私と言う一人の人間、単一ゲノム(そーでもなさそう、との話もあり)の37兆個(60兆個の説あり)の細胞でできている。
しかし、それだけが私ではない。

腸内菌叢だけでも1000種類以上(のゲノム)の細菌が100兆個住んでいるというし、常在菌は腸内に限らない。皮膚にも、口腔内にも、胃にも、鼻にも、耳にも、肺にも、外界と接するところならば何処にでもいる。これらマイクロバイオームを全部ひっくるめたのが「私」である。

そうそう、寄生虫だって飼っているかも入れない。また一つゲノムが増えた。一つとは限らないか。

俯瞰すればゲノムの数でもその多様性からみても、もはやヒトが主役だとは言い難い。私とは、ヒトを取り囲むマイクロバイオーム全体で「一つの宇宙」である。微生物が私を生かし、コントロールしているのだ。

しかも、そのヒトの体も、日々の食事から得た構成材料で、自らの組織を壊しては作り直している。これを動的平衡(福岡ハカセ)と言う。今の私は、構成する分子から見れば去年の私ではないが、ヒトの体の生命現象は維持継続され、記憶も、癖も、古傷の後だって残っている。

何とも生物とは不思議な存在だ。独立した意識と思考能力を持っているのは、この一つの宇宙の中でもどうやらヒトとしての私だけであるらしいから、まだ偉そうな顔をしておられるわけである。って本当にそうなんだろうな、おい。
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最近読んだウイルスの本二冊、大変面白かった。
アーキアに好気性細菌が住み込んでミトコンドリアになった、光合成細菌が共生して葉緑体となった、てーのは既に定説であるらしい。私の時代の学校の教科書には、もちろん載っていなかった。そもそもアーキア(最初は古細菌)なんて、当時は存在すら知られていなかったンですもの。

そしてこの本によれば、細胞核も、細胞に感染したウイルスが自らの増殖のために作ったウイルス工場が、役目を終えても宿主の細胞を殺さず、居座って、あろうことか宿主と共に進化してきたのであろう、と言うのだ。(著者である武村博士の説)

菌を培養して喜んでいた時代、培養できない細菌は「いない」ことにする呪縛から離れて、メタゲノミクス周辺の進展はこの様に新たな知見をもたらしている。研究者は、日々楽しくて仕方があるまいと思う。

も一つ、私が昔習ったウイルスとは「結晶化できる無生物」だった。このウイルス粒子は、しかしウイルスの生活環ともいうべき中では、感染力を持った一形態に過ぎない。ウイルス粒子はウイルスの本質ではない。ウイルスが細胞に取り付いて自らのゲノムを大量に複製している状況、そのものがウイルスの本体ととらえるべきである、と言うのだ。この状態の細胞を、フランスのパトリック博士はヴァイロセルと名付けた由。

これまで分裂するのが仕事だったフツーの細胞が、ウイルスがとっついたらウイルスの本質たる「ヴァイロセル」に変身する?
理解はできるが、どうも苦しい。

いっその事、ウイルスはミニマリストなので、そもそも本質なんかないのです。と言ってしまえばどうか。
粒子になって細胞を感染させたと思えば、その細胞を乗っ取り自らを増殖して、再び次の宿主にとっつく。他人のソースを使って変幻自在に生きる、その営みが、その現象がウイルスなのであって、姿はないのです。(これは素人の私の戯言です、本には書いてありませんので悪しからず。)

何だか、地球の生命は、少なくとも真核生物は、ウイルスの意志から生まれた。ウイルスこそが神であった、という気がしてきましたね。

16日は午後から、千葉市から数えて三つ隣の市のお客様を訪ねる。我が社の乳酸菌で食品副産物からリキッドフィードを作っておられる。サンプル分析を頼まれて、品質管理にご協力することとした。国道16号線の上空はどんより怪しげな黒雲。
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朝から冷たい小雨だったが、夕方にかけて風も強まり、こりゃ先日までの暖かさはどこへやら。直帰させてもらい、クリニックで薬を貰って帰宅した。
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17日 起床すれば窓の結露が凄い。外気が冷たい証拠だろう。
朝飯は簡単に済ませて、掃除して、今夜は息子共が来るので食材の買い物に行こう。カミサンは夜は女子会とか。まあ、ゆっくりと遊んできなさい。

13日 札幌市の社会福祉協議会のご担当が、母の介護度の判定にやってくる。体の動きを調べたり、認知の状況を確認したりするのに私も立ち会った。札幌は道内の年寄りが大集合しているから、仕事は大変だろうな。新年度から保険証書は二年更新になるので、少しは負担も減るらしいのだとか。

終われば、母を歯医者に送って行き、製品写真を撮るべく市内とは言っても西区にある印刷会社を目指して車を走らせる。
夜は、今度シニア定年を迎えるお世話になった先輩ご夫婦に、駅前ホテルの会席料理で一献差し上げた。入社前の飼料分析アルバイトでは奥様に、そして入社後は情報誌の連載漫画の助言やらで、いろいろとお世話になった方なのだ。

14日 7時前に札幌駅から快速エアポート、9時発の飛行機に乗り、昼には自宅に着いて、着替えて、エスケープ号で出社する。
早朝の札幌は2℃、降りた羽田は22℃、コートなど着ていられない気温差である。

15日 今日も暖かで、ジャケットを羽織っただけでエスケープ号で通勤。先週末のシンポジウム展示を含めて、出張の後始末をいろいろする。帰宅時には風がやたらと強くなった。

週末には上の息子の誕生日祝い、来週は職場の若き同僚の壮行会、もてなす料理を考えておかねばなるまい。

午前中は、会社には移動日扱いで忝い。
母と共にリハビリ施設を見学に行き、その後は私は江別に移動して生産部門の打ち合わせに参加した。

TV会議で済むこともあれど、その場に居てこそのニュアンスもあり、有意義だった。新規包材のダミーを作り、明日の新製品撮影に備えたら、札幌駅前の定宿に戻ってきた。
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ホテルのフロントでは、明日発売の発泡酒の試飲缶の提供あり、連泊の部屋掃除不要を告げればビールのプレゼントありで、有難い。

明日も丁寧に過ごして参ろう。
昼前の羽田発で新千歳空港。快速エアポートで札幌駅にアプローチ。大通りまでの地下歩道では、各所で3.11関連のイベントあり。被災した海岸で採取したハマヒルガオの種子を、石狩の中学生らが増殖して、再び被災地に戻す活動の成果発表を聞いた。
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このコーディネーター氏は、早期退職した私の元同僚である。良い仕事をしているではないの。

去年移動した雪印パーラーを見つけて、ロイヤルスペシャルを食べて、持って行ったウィルスの本を読み耽る。羽田に向かう際にも、没頭してしまい新木場駅を通過してしまったくらい面白い。

夜は、先日世話になった甥っ子らを招いて、焼き肉屋で一杯。
いろいろと近況報告、今度の盆には家族皆ンなで記念写真を撮ろうなどと計画した。
札幌市内は、3月に入ってからの大雪がまだ残っている。

朝飯は、いつものメニュー。
ソーセージと目玉焼き、レタスと胡瓜とトマト、パンと紅茶と牛乳、そしてヨーグルトは今日は林檎ジュースとMIX。

昼は、鯖缶と納豆があったので、ひっぱり饂飩を試してみた。
まあ、上出来ということにしておこう。私としたことが、炭水化物でお腹いっぱいである。

午後は買い物に行き、明日から留守にするのでカミサンに残しておく常備菜も含めて料理。
きんぴらなどにして、ようやく牛蒡が消化できた。ウドを買ってきたので、今夜のメニューはウドの芽と葉玉ねぎの天ぷら、鶏ももの焼き物、ウドと葉玉ねぎとワカメの酢味噌、厚揚げと葉玉ねぎの炊きもの、カブの葉とベーコンの炒め、ウドの皮はきんぴらに投入したことは言うまでもない。
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そうこうするうちに、ネットで頼んでいた本が届く。この頃は今野敏ばかり読んでいたが、同じく北海道の作家の佐々木譲の最新刊、追いかけている太田忠司の単行本、こないだ自死を選んだ西部師の本、生物系の本などまとめ買いしたのだ。

明日からの出張に、二~三冊持っていこう。明日からは札幌で、恩を返す飲み会などイロイロあるのだ。

昨日からの雨が後を引く中、早朝から車で都内を目指した。朝の、しかも雨の首都高は大渋滞。湾岸線を抜けて箱崎までは快調だが、C1ではまたもやノロノロ。しかし、何とか8時半には東京大学の会場に車を入れることができた。
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飼料用米シンポジウムにロビー展示させていただいたのである。
いつもは、当方はイネWCS推進の立場だが、乳酸菌を添加して作る籾米サイレージ(ソフトグレインサイレージ:SGS)もあり、大動物向けにはこの技術があります」と、サイレージの現物を各地から取り寄せて展示したのだ。

そこそこ興味を持って見ていただけたようで、甲斐はあったな。
生産者さんをはじめ、いろいろな分野の方々と話が弾んだのは、楽しかった事だ。5時に終了、帰路は京葉道路を飛ばして戻り事務所に展示物と車を置いて、帰宅は7時を過ぎた頃だった。

8日 朝から雨、そのうち風も強まってきた。
夕方から、研究所の冷凍庫に保管してあるサイレージ展示品を回収に行き、そのまま直帰。

7日 新製品の土壌改良資材のチラシが届き、せっせと販売店に荷造りをする。昨夜に自宅で完成させた確定申告書を、会社の複合機で印刷させてもらい、郵便局に投函に行く。サプリメントの売買契約書を送るなどした。

小春日和だ、啓蟄だと浮かれていたら、今日はムチャクチャ寒かった。気温が上がらずに、しかも風が強いので、体感温度はかなり下がる。
風は自転車の大敵である。寒い寒いとボヤキながらペダルを漕いで帰宅したところだ。

二月の販売実績が締まり、ほぼ予算通りの数字に安堵した。さあてあと一か月、どうやら着地も見えてきた感がある。

昨日、10ヶ月間の休職で何とか復調に漕ぎ付けた元部下が、机を片付けがてら挨拶に来た。3月から市内の別部署に勤務となる。
見た目は大丈夫そうなのだが、本人はまだ辛いのだろうな。頑張って、と言ってはいけないので難しいところだが、ゆっくりと取り戻して欲しいものである。

そして、4月からはまたもや我が部署に二名の異動がある。
この短期間に、よくもまあこれだけ人が動くものだ。人に仕事が付いてくるようではいけないが、これでは組織にスキルが残せない。

我が社も、人材・人員不足が深刻になってきた感がある。
仕事は回っているように見えて、しかし質的な低下はないか? 刷新は悪いことではないが、後任者が育っていなければ前任者のスキルを引き受けるのが難しかろう。
こんなことが気になるのは、私が年寄りになった証拠であろうか。

この15日が、確定申告の締め切り日である。
僅かなりといえども、札幌市内の住処を賃貸に出しており、月に数万円の店賃が入る。これで儲かることはないが、お陰で管理費と固定資産税が払えているので助かっている。

勤め人だがこの不動産所得があるので、毎年この時期には慣れぬ確定申告をする羽目になる。

昨年は、現役時代はメンテ出来なかった歯の治療に金がかかった。奥歯と前歯にインプラントを入れたので、医療費は合計779千円也と出た。そして貸している家も、これまでの店子さんが出たので、新たに不動産屋と管理契約し、業者を入れて掃除して、年末にようやく新規入居者を得ることができた。これらもすべて計算に入れねばならぬから、今年の申告はメンドクサイのである。
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昨日も今日も、外はとても良い天気。大荒れが伝えられた北海道の方々には申し訳ないが、今日などは風は強いが日差しがあり、部屋の温度は20℃を超えた。
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団地の梅も桜も、一気に開花が進んだ感がある。
さあ3月。忙しくはないが、そこそこ成すべきこともあって、丁寧に毎日を過ごして参ろう。あと二年のサラリーマン人生を全うしたいものである。

先日、仕事中に何か確かめることがあってググっていたら、面白そうなタイトルが目にとまった。「海洋ウイルス学:海の微生物の消失要因」ネイチャーの記事だった。

仕事そっちのけで楽しく読んで、一人ひそかに興奮していた。
ウイルスと言ってもこの記事の場合はバクテリア(細菌)やアーキア(古細菌)を消失させるとあるので、バクテリオファージの事だな。ファージと言えば、多面体の頭に、細菌にとっつくための足のついた尾部を持つT4ファージのメカメカしい形が有名だが、この記事によれば海の中では尾部を持たない奴らが優勢なのだそうだ。

研究者らは、この尾っぽのないウイルスの新たな種類を発見し、それらが海洋中のバクテリアやアーキアを消失させていることを明らかにした、とある。昔から、バクテリアを捕食するとされる原生動物だけでは追っつかないのが不思議だったようだ。

一昔前までは、人間が培養できない微生物は「いないもの」とされてきた。ここ最近のメタゲノミクスとその周辺の進展で、環境中のゲノムを丸ごと解析できるようになり、未知の世界が我々の前に現れつつある。

そー言えば数年前には、サイズもゲノムもものすごくでかい、その名も巨大ウイルスってのが話題になった。ウイルスはとっついて殺すのが仕事の病原菌などではなく、そもそもバクテリア、アーキア、ユーカリオーテ(真核生物)と並ぶもう一つのドメインであるべき? 否々むしろドメインの境界が揺らいでいると見るべきなのだろう。
何せ、自然科学の真理とは仮のものだと心得よ!(本川達雄先生)なのである。

旧来のプランクトンネットにかからないので、これも無視されていたピコプランクトンと言う概念も、最近ようやく解明が進んでいるようだ。

目に見えないから分からなかっただけなのだ。海洋でも、当然ながら土壌中でも、空中でも、そして私たち人間の体の中でも、そうなのだろう。

いろいろな「サイズの異なる生きる意志」がウゴメき、共生し、反発しつつ、お互いを認めて進化してきたのが生物体だ。その体も、日々構成材料を入れ替えつつ、成長し、子孫を残し、奇跡的な動的平衡(福岡ハカセ)を保ちつつ、やがて何処かで破綻が起きて、死んで、大きな地球の物質収支の中に還元されていく。

こちとら分子生物学以前の生物学徒だが、こんな生物観が持てる時代に生きていることに感謝したい。この分野の研究者の方々は、毎日が楽しくて仕方がなかろうと思うのだ。

先週の木・金と図らずも欠勤して、もう今週は月・火・水と進んでしまった。
もう今日で二月もお仕舞である。
春の新製品の販促準備も終わり、来週の飼料用米シンポジウムの準備などをノンビリ進めているのである。

今日は昼から少し暖かかった。明日の午前中は嵐になるらしいので、これを過ごしたらシンポジウム会場の下見などしてこようと考えている。

年度が変わり、周辺でも人事異動があるようだ。もう私の出る幕ではないが、若いうちにいろいろと経験しておくことは、将来きっと為になるから、新しい職場でも自分を信じて頑張って欲しいものである。

先日の母のドタバタで世話になった甥っ子達をもてなすべく、来月中旬の札幌出張に食事会を計画した。そして、私が入社以来お世話になった先輩もシニア退職となるので、同じくお世話になった奥様共々、やはり一献差し上げることとした。
こんな事をしていると、私も年をとったものだと思う事だ。世話になった方々には、然るべく謝意を伝えておきたい。

23日 母を見舞って千歳まで戻り、明日の朝早くのJetstar便に備える。札幌市内は昨年ほどではないが、そこそこの積雪である。
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24日 昼前に成田に降りて、そのままカミサンと昼飯がてらの買い物に出掛ける。今日は息子らがIPAを飲みに我が家に集まる計画なのであった。
ところが午後3時前だっただろうか、義兄から電話があり、母が救急車で運ばれたとの事、彼もヘルニア手術で退院の翌日なのだが、これから病院に向かいますとの事。

ああ、これで私の会社勤めも終わったなと思いつつ、日曜日には再び札幌行きを覚悟したのだ。が、
午後5時頃か、母本人から電話があり、自宅に戻ったとの事。聞けば、再び心臓バクバクしたのでセコムを通じて救急車を呼んだが、病院では血圧も高めながら安定しており、帰宅を認められた由。再び三度の腰椎骨折ではなかったようで、これは一安心だ。

集まった息子らには事情を説明し、皆で母に電話する。
その後は、牛蒡のキッシュ、明太子ポテトwithサラダ、キャロットスープ、牛ヒレのステーキで宴会。私は朝早くからの移動で、早めに就寝。

25日 昨夜届いた二度目の生牡蠣を蒸して、下の息子にオリーブ油に封じて持たせる。昼は蒸し汁に味をつけて牡蠣蕎麦、息子が帰れば掃除して、夜の食事の準備。相変わらず、休日は家の仕事で一日が過ぎていくのである。

再雇用の定年まであと二年、しかし母の状況を見極めつつ臨機応変に対処しようと考えた、この三日間であった。

週イチで病院で皮下注射するテリボンと、毎日自分で注射するフォルテオの、二つの製剤が提供されている。ヒトが本来分泌しているホルモンの一部を切り出した、ポリペプチド製剤である。

母は、腰椎の圧迫骨折を発症し、骨粗しょう症であるとして、整形外科でまずはフォルテオを勧められた。毎日の自己注射を丁寧に実演してもらったが、母には自分でやれる自信がなかった。で、近所のかかりつけの病院で一週間に一度のテリボン注射を選択したわけなのだ。

テリボンは、血中パラトルモン濃度の急上昇を避けるため、なるべく脂肪組織の多い部位に注射することが推奨されている。しかし残念ながら母は太っていない。骨・皮・スジの老婆であるので、血中濃度の急上昇が起こってしまったらしい。

今回で20回目の注射であった。
この製剤は強力なので使用回数が定められている。テリボンの場合は確か72週の投薬制限があったはずである。母は、17週目までは問題がなかったが、その後は注射数時間後に心臓ドキドキを経験し、今回はテレビで見ていたフィギァスケート選手が二重に見えて異常を感じ、ベッドに向かったがその手前で意識喪失して倒れてしまった。恐らく低血圧による脳貧血で昏倒したのである。

骨粗しょう症の治療薬の副作用で、倒れて骨折してはシャレにならない。母は、今のところは腕を擦りむいたぐらいで、骨には異常がなさそうである。ただ、打撲症はあとから出るので油断はならない。倒れても足腰が痛まないのは、これまでのテリボンの効果なのかもしれない?

ネットで検索してみたら、「厚生労働省は1月11日、骨粗鬆症治療薬の「テリパラチド酢酸塩」(商品名:テリボン皮下注用56.5μg)と「テリパラチド(遺伝子組換え)」(同:フォルテオ皮下注キット600μg)の使用上の注意に対し、重大な副作用のショックの項に「意識消失」の追記などを求める改訂指示を出した。」との記載が見つかった。

特に閉経後の女性に対しては、この製剤しか対応策がないのが現状のようである。効果が明確なだけに副作用もある。ヒトは長生きになったことで、これまでになかった問題に直面しているのだ。

昨夜、実家の母に電話をしたところ、倒れてベッドにいると言う。
骨粗しょう症の治療薬テリボン注射で、前々回と前回 心臓ドキドキを経験していたが、午後の注射の後でテレビが二重に見えて、ベッドまで辿り着けずに床に崩れ落ちてしまった由。

札幌にいる甥に電話をして、様子を見に行ってもらった。彼は市内にいる兄に連絡を取り、二人して母のもとに駆け付けてくれたのだから有難いことである。

薬の副作用であれば、時間が過ぎれば回復するのだろうが、倒れたとなれば弱い足腰への影響が心配である。と言うわけで、会社を休みにして、Jetstatで飛んできて、3時過ぎには実家に到着することを得た。

たまたま休みだったという甥兄貴が待っていてくれて、引き継ぐ。夜に一献誘ったが、親父(義理の兄)が何と今日ヘルニアの手術であるとかで、ではまたの機会にお誘いしよう。

母は、今のところ元気で安心。明日のうちに千歳に入っておき、土曜日の朝には成田に戻りたいものだが、さあどうなるか、、、

21日 情報誌の広告宣伝を新規に作り始めた。
午後には、外部講師を招いてTV会議で結んだメンタルヘルス講習会。うつ病は「心が風邪を引いた」などではなく「脳に機能障害が起きている」と捉えるべきであり、治癒するが、また再発率も高い。認知行動療法のアプローチを紹介するなど、勉強になった。
分かって治れ!と言うことなのだろう。なるほど合理的である。

来月の展示会に使う籾米サイレージ:SGSのサンプルが冷凍で届いたので、急きょ研究所の冷凍庫を借りに行った。研究室で若き同僚に会い、我が家での食事会を誘っておいた。

20日 奇しくも昨日は、うつ病でほぼ一年間の休職状態だった元部下が復帰することになり、その受け入れ先に取り扱い説明に行ってきたばかりだった。元上司の責任である。
不手際への対処の連絡あり、どうも要領を得ないが真摯に対応するのみである。

19日 新製品のチラシが納品され、配布の準備を進めるなどした。
どこまで販売展開が進むのか、読みが難しい商品である。販促の準備だけはしっかりとしておきたい。

Windowsはサービスであり、スムーズな実行を維持するための通常手段として、更新プログラムの適用が必要です。と書いてあるメッセージが飛び込んできた。
日本語として意味がよくわからないのである。要するに、早めに再起動するなどしてプログラムの更新をお勧めします」と言うことなのだろう。こんなフザケた文章を読まされるたびに、PCの世界では我が国は所詮二流国なのだなぁとイヤになるのである。

マイクロソフトの日本法人ってあるのですよね、多分。そこの社員の方々、も少しちゃんと仕事してください。日本語での日常会話は大丈夫ですか。

さて、17日。夕食前に宮城県から「笑える牡蠣」が届いたので、早速タワシでゴシゴシして蒸して食べた。笑えた。

羽生さん王者の貫禄 凛々しい。そして昌磨君カワイイ、転んだあとでよくも立て直し果敢に攻めた、立派であった。
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18日 男子ご飯を見て、掃除して、カミサンと買い物。牡蠣の蒸した汁がもったいないので、広島の牡蠣を買ってきて生姜と牛蒡を入れて牡蠣の炊き込みご飯。まだ汁が余るので、礼文の昆布だしを加えてキノコの汁もの。我ながらそこそこ上手く出来ました。
何やら底冷えしてきたが、幸せに夜は更けていくのである。

16日 会社でひと悶着あり、めげる。あまりにもルーズである。
気を取り直して、出来上がった新製品リーフレットを社内に配布、市内の配送センターにも配りに出た。

エスケープ号のサドルを少し上げてやろうと六角レンチでボルトを緩めたら、パキンと折れてしまった。日本製のネジでは考えられない品質。おっと、品質については人のことは言えないな。急きょ自転車屋に修理に持ち込んで、ではセンターまでは公共交通機関と歩きで参ろう。
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波止場の公園整備も随分と進んできた。
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帰宅すれば我が家のアレカヤシは、春への備えなのか、大きく葉を広げつつあった。

17日 冬晴れの、青空の土曜日の朝である。
札幌で通学していた息子が持ったままになっていた実家の鍵を、今度は甥っ子夫婦に持っておいてもらうこととした。母に何かあったときには、近間の親戚が頼りである。

カギと共に食品などを詰め合わせて送り、修理を終えた自転車を取りに行く。雲が増してきた空からポツリポツリと雨が落ちてきて、そのうちに猛烈な風が吹き始めた。

相変わらず寒い日が続いているのである。
来月に出展することになったシンポジウムの準備にパワポ資料をまとめつつ、新製品の販促リーフやら、業界雑誌への新製品紹介など準備している。
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桟橋の公園整備は、モニュメント工事は一段落。今度はパラソルが数基立ち始めた。
このところ、夕飯の時間にカミサンと冬季オリンピックを観戦。やはり日本勢の活躍は嬉しい。つい応援してしまう。

11日は日曜日、連休二日目である。
掃除して、溜まった紙パックを解体して片付けて、机周りの整理をいろいろ。
昨日も今日も比較的暖かいが、どうやら今日までらしい。北日本ではまだ大雪が続いているようだ。
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12日は振り替え休日。カミサンは仕事に出掛けていき、私は期限切れsuicaの残額を隣駅の機械で受け取り、酒を買って帰ってきた。スピリタス、ウオッカ、ホワイトリカー。レモンが手に入ったのでレモンチェッロを作るのだ。

帰宅して、牛蒡と人参を削って貝柱の炊き込みご飯。寒締め法蓮草でキッシュ、干し椎茸を戻して切り干し大根などせっせと作る。キッシュは少し焼き過ぎで、しかもクリームが古かったので入れずに作ったら、今イチの出来だった。

夕食後はレモンの皮をピーラーで向いてスピリタスに投入、剥いたレモンは輪切りにして氷砂糖を入れてホワイトリカーを注ぐ。確か一週間ほどしてレモン皮の抽出は終わるはずなので、来週は砂糖水と合わせていよいよレモンチェッロの仕込みである。

三連休の一日目、カミサンに誘われて電車を乗り継ぎ、はるばる東中野まで。遠かった。
映画館「ポレポレ東中野」を探し当てて、ドキュメンタリー「おだやかな革命」を観た。太陽光・小水力・風力発電による地域おこしと都市部との連帯、森林資源を再開発する村の再生戦略。バイオマスを軸に、全国各地の取り組みを紹介した。
遍くもたらされた基礎教育と国民の民度の高さは、我が国の財産である。まあ、クレバーな方々だけを紹介したのだろうけれど、旧弊な立場からの反発や移住者の成功に対するやっかみなども当然あったのだろうけれども、映画ではポジティヴに切り開き、賛同し、支える人々の姿を、ただありのままに紹介していた。

地元の電力会社が各戸に張り巡らせた電線から、毎月お金を払って電気を買う。当然のように配備されたライフラインだが、今や「どっちが安い」の電気屋とガス屋の競争などではなく、再生可能エネルギーで発電された電気を消費者が選んで買える時代である。電力も資源であり、地域戦略の柱になりうることを実感した。

資源を、資金を、そして人材を消費する場としてある都市部の生活者は、今何を考えねばならぬのか。皆して一様な便利な生活を追い求めてきた私たちは、これで良かったのか。

このところ寒い日が続いている。
今日も、昼休みに外に出たら、気温が上がっていない。帰宅時も、軽装では身震いするような寒さだ。しかし、確実に日は長くなってきて、5時半を過ぎて外に出れば、まだ明るさが残っている。

ああ、こうして日が長くなるのだったな。と、毎年思い出すのだ。
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桟橋の建造物は、少し形になってきた。煉瓦を巻いて、電源を引いてある。いったい何ができるのでしょうか。毎日通って、様子を見てみよう。

後日談 金曜日に現場のおっちゃんと話してみた。
怒りの、もとい港らしく錨のモニュメントが立つのだそうな、夜はライトアップされるのだそうな。来月には完成するので、楽しみにしていてくださいと言われた。顔の皺が現場焼けした、イイ顔をしたおっちゃんだった。

まだまだ寒い日が続いている。
久しぶりに楽しくエスケープ号で通勤、溜まったメールに対処したら10時から歯医者に行かせてもらう。シニア特権である。
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昼休みに蕎麦を食べての帰り道、千葉港の桟橋ではカボチャが置いてあったところが工事中である。何かモニュメントでも建てるのでしょうか。
整備はしたが、相変わらず人が少ない桟橋。近所の我々は良い雰囲気になったのが嬉しいけれど、果たして投資効果はあるのでしょうかね。ま、長い目で見なければならないのでしょう。

いろいろ打ち合わせが入りつつ、何とか出張報告をまとめて帰宅。今日は届いているニラを炒めて、セリをお浸しにして、新物のワカメも食べてやろう。

1/31 午前は月次ミーティングで皆の進捗と今後の予定のすり合わせ。午後からは成績検討会のTV会議。
団地のベランダから皆既月食を眺めて就寝、明日は早い。

1日 早朝の電車で羽田空港、札幌駅から会場に歩く道すがらにラーメンで昼飯、午後からは酪農関係のシンポジウムに出席した。
久々に牛の臭いのする話を濃厚に聞けた気がする。

夜は、札幌事務所に移動になった同僚と新札幌で一杯。いろいろと話し、楽しく酔っぱらう。

2日 札幌事務所に出て、肉牛の専門家氏と意見交換。監査役室で無駄話をしてから、実家に向かう。
足腰が弱った母のために、分別ごみを玄関先から回収してくれる市のサービスがあるというので、玄関フードに置いておく蓋つきバケツを買ってきた。
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3日 昼前に実家を出て、バスを乗り継いで新千歳空港。手荷物検査をくぐった後の、待合いスペースの土産物店が去年の春に一新され、礼文島発のイートインができている。
ホッケの干物と昆布味のまろやかビールが絶品であった
自宅に戻れば、息子らも訪ねてきて、一緒に買い物に出る。タスマニアビーフの塊を買ってきて、ローストピーフ・パーティ。流石に疲れていて、早めに就寝。

4日 快晴の日曜日だ。気温は低い。
この出張で、読み漏らしていたベイエリア分署の三巻目が読めて安積班シリーズを読了することができた。札幌の書店では孤拳伝の4巻目も見つけて、帰路はこれを読み耽っていた。
今日のところはゆっくりと家に居て、明日からに備えよう。

27日と28日、土日は久々にまったりと過ごす。
念願の紙ごみをまとめて、新聞を4包み、段ボールを大小各一つ、雑紙を袋に二つ出して、ようやく玄関入り口が片付いた。
夜は男子ご飯で見た柚子胡椒鍋にチャレンジ、まあそこそこ美味かった。

29日 前日のうちにエスケープ号のタイヤに空気を入れておいたので、朝は適正空気圧で通勤だ。総合リーフレットその他あれこれ。
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30日 通勤時に何やら新規設備を発見。多分、水面の高さを測る装置であろうネ。
今日は我が社の研究開発部門の成績検討会、終日TV会議で参加したが、なかなかの充実ぶりだった。発表する研究員は皆して若く、そして不勉強も見え隠れする。私が年をとったということなのだ。

相変わらずヘタクソな語り口で司会進行をする者あり、本を読まないのだろうな。会社人生、30年も過ぎれば、自ずとその人の力量が見えてくるのが面白い。

持って生まれた能力もあろうが、日々を如何に過ごしたかの、積み重ねの結果なのである。私は常にベストを尽くしていたか、と自問すれば、もちろん怠けていたのであるが、志はあったことにしておこう。

25日 バスと電車とバスで市内の配送センター。今日も気温が上がらない、寒風に吹かれて体温が奪われる。
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畑には見事に成長した霜柱、やはり千葉では珍しいことだ。
バスとモノレールで戻り、午後から事務所仕事。自転車を置いてきたから、夜はカミサンを呼んで千葉駅近くの寿司屋に入り燗酒で温まった。
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26日 総合リーフレットの編集も、ようやく終盤。今日も物凄く寒くて自転車を諦めた。夜はまたしてもカミサンと共に今度はイタメシ屋で食事。老夫婦の楽しみである。帰宅まで寒風が強く吹き付けて、いくら体に燃料を炊いていても、寒くて仕方がなかった。

そごうの書店で、未購入だった安積班シリーズの2冊を発見してラッキー。これを読み終えれば、とりあえず安積班シリーズは読了だ。

まだ所々凍っているようなので、自転車通勤を諦める。
物凄く寒い、風も昨日ほどではないが強い、のでますます寒さを感じるのだ。

夕方には北から黒雲がジワリと伸び広がって空を覆う、夕暮れも早まった感あり。
明日はますます寒くなるらしいから、市内の配送センターまで自転車移動を楽しみにしていたが、どうやら諦めたほうがよさそうだ。

総合リーフレットの編集作業に一日を充てた。関連のシンポジウムがあるという、仕掛けを考えたいものである。

起床すれば、すでに雪は止んでいた。
しかし、自転車通勤できる道路状況ではない。ごみを捨てたら電車で通勤。電車は上下ともに遅れていた。
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駅のホームもこの有様で、確かに千葉では大雪と言ってよかろう。

昼には雪もほぼ溶けたが、今度は物凄い海風が吹き付けてくるのに閉口した。一日、新製品を含めた総合リーフレットを作り込む。
今夜はカミサンが新年会だ、私一人でもキチンと料理して過ごして参ろう。

天気予報通りに、昼から雪が舞い始めた。
会社では、16時半からの自主帰宅がアナウンスされ、急ぐ仕事もないシニアの私としては、そろそろ派手に舞い始めた雪片を傘で受け止めながら帰宅したわけなのだ。雪に傘をさすとは、私も北海道人失格である。

京葉線もすでに遅れが出ている。私は二駅だからよいものの、遠方から通勤している方には早めの帰宅が吉と出た。
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2月のはじめに札幌出張が入ったが、すでに市内のホテルは取りにくく慌てた。昨日もそうだったが、ますます外国人が多く流入しているのであろう。

札幌から戻り7時のニュースを点けたら、大砂嵐の自動車事故の後は西部邁の自殺の報。

学生運動を率い、首相官邸襲撃を画し、しかし東京大学教授に至りその後は保守に転じて論客として名を売った師も、年をとり、伴侶を亡くされ、自らも咽頭がんを表明して、前途を見通せず自死を選択されたのでしょうか。

誠に聡明な方で、数多くの著作も、そして主催された月刊誌「発言者」も、愛読していた私です。
まるで江藤淳の自殺を思い起こさせる、行き場のない選択だったのでしょう。理に勝った方の人生の終わり方としては、判らなくもない。私もそんな年になったということです。

ここは安らかにお休みください。有難うございました。合掌。

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18日 有給休暇を使い果たして、欠勤には午前休も午後休もない。しかし、総合リーフの編集が押しているので、朝イチで会社に出て仕事をして、では親孝行をして参ります。
昼過ぎにカミサンを迎えに行き、成田空港から新千歳空港。

19日 母の退院の日である。
入院費用を払うべく銀行で出金してから病院に向かい、同室の方々にお菓子を配って無事退院。午後にはケアマネさん他、総勢6名が実家に来てくれて、今後の母のケアプラン策定。

20日 母の念願の冬モードを仕入れたら、食材の宅配が届くまでの食材の買い物。実家での今後のイロイロ。守り人を見て就寝。

21日 この三日間、母にたくさん食べさせようと料理に頑張った。
母にはくれぐれも無理をなさらぬようお願いして、昼前にカミサンと実家を出て、千歳空港から飛んだエアバスは離陸直後は大揺れだった。
日没頃に成田に降りて、我が家で夕飯。ああ日常が戻ってきた。

明日は降雪とか、ジャイアント・エスケープ号での通勤なるか。