事務所では販促物の総点検に取り掛かる。まだ体がフワフワするようで、自転車通勤は控えている。
風邪薬が切れたので、クリニックに薬をもらいに行けば、体調最悪の時の血液検査の結果が出ていた。白血球数が多いだの、明らかに感染症の兆候が現れていて面白い。抗生物質をもう一週間分貰ってきた。

さで、五月最後の日だ。午後からお客様を訪ねて、そのまま成田空港に来ている。実家の畑仕事に向かうのだが、一度搭乗したJetstar機からエンジントラブルとかで降ろされてしまった。
代わりの機材を準備すると言うので待っているが、果たして今日中に札幌に辿りつけるだろうか。

書き留めておこう。
26日の土曜日は、夕方から常務取締役まで務めた方のお通夜(偲ぶ会)であった。亡くなったのは19日と聞いたから、関東では焼き場が混んでいるらしい。

私も復調間際で、無精髭にマスクをして礼服をまとい出席した。
前社長、前々社長、前々副社長から、最近卒業した諸先輩まで、いろいろな方にお目にかかった。北海道組は姿が見えなかったけれど、十和田から来たM氏などは日帰りである由。

良くも悪しくも、会社人生だった最後の年代だろうか。
会社としても、優秀?な大卒・院卒を取り始めた最初の年代、氏は工場の品質管理から営業の技術支援、理路整然とした弁舌を買われてか労働組合の委員長なども務めて、いつしかエサ部門のトップに君臨した。

入社が数年遅かった私だが、なお氏は二つ三つ年上だった。私は仕事一筋、組合活動などに興味はなかったので、氏の八面六臂の活躍振りを呆れて見ていたクチである。同年代の同僚の使い方には頓着せず、しかし配下には慕われた面もあったようだ。

健康を害して早めの引退、この数年はかつて組合活動で丁々発止とやりあった社員とのパークゴルフが楽しみだったとは、人生分からぬものである。会社の今を振り返れば、氏の業績が見通せる。事業環境の激変もあるが、総じて及第点は付けられぬ事だろう。ただ、私の担当事業への投資を後押ししてくれたことは感謝しているのである。

風邪気味ながら決めていた仙台行きもあり、土日と無理をした。
ドライブは楽しかったが帰宅と共に症状は悪化、特に喉が俄然痛さを増してきた。咳をする度に、物を飲み込む度に痛むのだ。

21日の月曜日 会社を休んで寝ていた。
22日の火曜日 起きられず、午後から再び病院に行って、セフェム系抗生物質と消炎鎮痛剤イブプロフェン、咳止めシロップとうがい薬を処方してもらった。
23日の水曜日 何とか復調の兆しが見えてきた。抗生物質はやはり偉大な人類の発明である。

24日の木曜日 ようやく出勤、まだ体がふらつくのでエスケープ号は止めにして、電車で通勤。
25日の金曜日 マスクをして通勤の二日目。今日も自転車は止めておいた。
不祥事を受けて会社では臨時株主総会。新体制の発表があった。これからが正念場だ。

19日 体調はかなり回復して、朝7時前には我が家を出る。
東関道から圏央道に横移動して、後はひたすら常磐道を北上する。いわき市を過ぎたあたりから「放射線量」のリアルタイム表示板がチラホラと目につき始め、そのうち「ここから帰還困難地域」などと看板がある。道路から見下ろせば、汚染土壌を詰めた袋らしきものの膨大な蓄積、荒れた田畑と住宅がイヤでも目に付く。
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仙台市内では、駅前がお祭り騒ぎだった。息子の引っ越し先にポルテ号に積んできた荷物を届ける。我々は青葉城址を見てからホテルに入る。これから引っ越し業者が来るので、息子はこれを受け取ったら、夜は仙台市内で美味しいものを食べようと企んでいたが、私はまだ無理である。カミサン一人に行ってもらい、私はまたしてもホテルにこもって寝る、寝る、寝る。

20日 朝はホテル近くの土産物店を物色して、遅めに戻り始める。
今日も常磐道、天気は快晴のドライブ日和だ。
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「ここから帰還困難区域」の看板。
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放射線量を示す電光掲示板が、上りと下りのレーンにそれぞれ数枚設置されており、最大値は「3.0マイクロシーベルト/h」であった。移動距離は10数キロだっただろうか、常磐道は浜通りの真ん中をほぼ直線で南北に貫いているのだから、水戸・いわき方面と仙台とを結ぶ重要ルートで、震災復興にも大いに意味があったのだろう。

インターチェンジ建設中だの、高速道路の拡幅工事も進められていたようだ。これも震災復興の一環なのか、単に予定が震災で遅れているものか。
アクセスが改善されても、汚染された大地は帰還困難、野生の王国だ。この地域は今後どうなる事やら。

17日は国際展市場で ifia Japan 2018 を冷やかしに行った。機能性原料の展示会があったのだ。

しかし3時を過ぎた頃だったか、体調に違和感。早めに戻ってきたが、自宅に着く頃には発熱しており、布団に入ったらそのまま起き上がれなかった。

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18日 息子の引っ越し手伝いで午後半休としていたが、こりゃ全休である。朝イチで病院に行き、薬を貰った後はひたすら寝ていた。睡眠と休息は免疫の基本なのだ。

3時に迎えに行くことになっていたので、それまで寝ていて、何とか起きてポルテ号を走らせる。晩飯を作ったが、満足に食えず、ひたすら寝た。大汗をかくのは、体が病原菌と闘っているのだろう。何とか直さねばと焦るばかり


私と同じ歳と記憶していたが、氏が1955年4月との事なので、私よりは1/3年ばかり若かったことになる。
彼がTVの歌番組で活躍していたころ、死んだ妹から「ヒデキとおんちゃん(私の事)が同じ歳なんて」と、よく言われたものだ。アカヌケナイ兄貴で悪うございました。

正直、それほど歌のうまい歌手とは(私には)思えなかったが、シャウトのきいた楽曲を得意とし、ワイルドな印象の半面でファンを大切にする誠実な姿勢を貫いて、闘病を乗り越えて最後まで歌う事にこだわった人生だったようだ。

自分のレコード増産で作業量が増えた工場に出向き、従業員に対して「皆さんに残業させてしまいます」と詫びて、ミカン箱の上で歌ったそうな。漢である。ご冥福をお祈りいたします。

14日に恩ある先生との飲み会で、フェイスブックに誘われた。
先生のように「功成り名を遂げた方」ならば、自信をもって情報公開できるでしょうが、こちとら功績もなき凡人、しかもまだ会社勤めの身であれば、少なくとも退職までは止めとこうと思います、などと応じたものだった。

飲み会後に三人で写真を撮ったら、これをフェイスブックに上げますと仰る。酔っぱらった勢いで「では私も」と先生に友達申請してしまった。
すぐさま承認してもらったところ、まあ同じ業界に属しているものだから、私の会社の同僚も含めて知り合いが出てくる、出てくる。
これまた酔った勢いで、友達申請しまくったところ、瞬く間に10数名から反応が届き、魂消た。フェイスブック恐るべし、である。

コメントだの、いいね!が届き始めて、すっかり恐れをなした私は「これは魔の空間に足を踏み入れてしまった」と悟った事である。「この人も友達じゃね?」とまだまだ聞いてきて、確かに見覚えのある方も多いのだが、もう余程の事がない限り友達申請しないことを決めたのだ。今後は厳選させていただきます。

FBは、できれば顔が写っている写真に簡単なコメント付きで当面付き合ってみよう。12年ほど続けてきたこのブログを、やはり私の電脳空間での住処にしよう。この事であった。

そうそう、最近ブログ更新の無くなった知り合いをFB上で見つけたのは、収穫だったのかもしれないな。

朝9時の飛行機で千歳を発ち、羽田空港からバスで出社する予定である。高速が混んでいるのかバスは下道を走るのだが、ここも渋滞している。この様子では、自宅でエスケープ号に乗り換えて出社する時間はなさそうだ。

降りた羽田は初夏のよう。札幌では重宝した上着は不要である。
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14日 江別の研究所で定例の打合せ、終われば時間があるのでバス停までテクテク歩く。
夜は、恩義ある先生に、喪が明けぬと言うのに出てきていただき、それでも楽しく昔話。研究農場の番頭さんにも付き合ってもらった。取材半分なのだが、それでも昔話が楽しいのは、私も歳をとった事である。
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13日のうちに札幌入り。夕方に実家を訪ねれば、甥がひ孫ちゃん二人を連れて、遊びに来ていた。
暖かくなると聞いていたが、上着一枚では肌寒い札幌。市内の花壇のいたるところで、チューリップが咲いている。毎度この季節、チューリップが目立つ北海道である。

とんでもなく暖かいと思ったら、今週に入って気温が下がり雨に祟られた。9日も10日も雨で電車通勤、ようやく11日の金曜日はエスケープ号で通勤出来て、体が喜んだ。

飛び込んできた文書作成をこなして、青空のもと漕ぎ返るが、夜はカミサンは女子会である。豚肉と春キャベツでチーズ焼きなど作りてビールと共に夜が更けた。
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12日の土曜日、先週の日曜日に買ってベランダ環境に馴致させておいた苗たちを、コンテナに植えた。今年も唐辛子、ゴーヤ、そしてエアコン室外機の上にはバジルの鉢も置いたのである。
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昨年同様に、まずはアブラムシとの戦い、そしてカメムシとの追いかけっこになるのだろうか。今のところ、苗にはついていないようだが、彼奴等は湧いて出るからな。(自然発生説)

明日からは、月曜日の研究所での打ち合わせに備えて札幌の実家に移動することになる。いったいどんな服装で行けばよいのやら、悩むところである。

今日は朝から雨模様、気温は驚くほど低い。
当然ジャケットを着ていくが、それでも寒いほどだ。空が恨めしい電車通勤の二日目である。

昼を過ぎても気温は上がらない。季節を逆戻りの感がある。前月実績の速報をして、明日の会議に備えてまとめなどする。頼んでいる製品ロゴなどがまだ未着であるのは、如何したことだ。

7日 連休空けの月曜日、久々の出勤だが夕方から雨と言われて自転車には乗れないのは悲しい。
借上げ社宅である自宅のトイレのタンクから水漏れがする。管理会社を通じて修理を依頼すれば、当然ながら立ち合いが必要となったので、午後休とした。引っ越しを控えた息子が、保証人となった私の印鑑証明が欲しいというから、ちょうど良い。昼から市民センターで合流して、印鑑証明をゲットした後は一緒に昼飯を食べる。
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連休後半の5日は、引きこもりにも飽きて、カミサンと東京駅から日比谷ミッドタウンまで歩いた。そのまま歩いて永田町から国会議事堂をかすめて赤坂見附、半蔵門から東京駅まで皇居を4分の1周ほど歩いて戻り、東京駅で息子らを呼び出してビールを飲む不良老夫婦である。ちなみにカミサンのおごりであった。

6日は家の掃除をした後は、ホームセンターに出掛けて、ゴーヤ、唐辛子、バジルの苗を買う。今年のベランダ菜園は、手を抜かずにしっかりやりたいものである。去年は札幌通いが忙しくて、ままならなかったのだ。

3日 一日中、風が強かった。
上の息子が昼に来たので、一緒に買い物をして、昼飯を作る。
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パスタは、バタで炒めてパルメザンチーズをどっさりと絡めている。イオン名物タスマニアビーフの300g越えを、二人で分けて食べる。わさびを付けたら旨かった。

夜は、新玉ねぎと新ジャガイモの煮物、春キャベツの塩昆布和えなどで、ワインを飲む。仙台に居を移す息子の話をいろいろ聞いた。
ますます強まる風で、電車も乱れているようだが、引っ越し準備があるとかで息子は帰る。ちゃんと自宅に辿り着くことを得たのか、息子よ。

4日 青空だが風はまだ強い、外に出れば思いの外に気温は低い。
カミサンの衣替えを手伝って、片付けものをしながら、あとは料理ばかりしていた。昼はそばを茹でて担々風漬け汁を自作。夜はアスパラの豚肉巻き黒酢味、空豆とマッシュルームでアヒージョ、塩鰹の薬味どっさりなど作りで食す。

悪事を成し、その姿勢を修正できず、保身に走った者たちの末路である。まったく情けないことだ。
愚直に自らの業務をこなす日々である。

連休狭間の1日と2日働いたら、またしても四連休を下さるという。今日は憲法記念日か。
改憲発議はますます遠のいている。安倍総理も脇の甘さから出た自業自得であるというべきで、しかしこんな空虚な国会運営が許されてよいのか。
反発するしか取り柄のない野党も含め、国民は辟易するのみだ。

自衛隊は明らかに憲法違反であり、しかし現実はその存在を必要としているのだから、では法改正すればよいだけの話だ。決して国外には出さず、同盟国への援助も必要最低限として防衛に徹すると、何故明言できぬか。
争いと植民地化を生業としていた欧州・米国の、先進国の仲間入りをしようとした私たちが馬鹿でした。侵略は許しませんが、他国民を傷つけぬことを国是としますと、喧嘩上等の外人共に言ってやれ。

この連休後半も引きこもりの予定である。外出する気になれぬ。
ただ、今日は上の息子が引っ越し案件を持って訪ねてくれるというので、そろそろ買い物だけして料理の支度にかかろう。

西部師の本、中身を知らずに取り寄せたのだが、読んでみれば生い立ちから自裁死間際までの一代記であった。例によって身勝手だが難解な理念の洪水ではない。15年遅れで昭和と平成を生きた私にも、共感できることが多かった。
自裁死と言いながら、結果的には周囲に自殺ほう助の罪人を作ってしまいました。早く死にたい一心だったのでしょうね、先生。

連休の前半は好天に恵まれた。
金曜日の社内発表で大いに落胆し、気分は上向かぬままなれど、季節は巡り、行楽へと人を誘っている。が、私は引きこもる。土曜日の夕方に、女子会帰りのカミサンと合流して酒を飲んだくらいか。

家に籠って料理ばかりしておれば、酒量が増える。
最近は飲み過ぎを自覚しているから、ここいらで自らを戒める必要がある。

そー言えば、TVでは酒で失敗したタレントの話題があったな。
思うに、彼らは若いころからその世界しか知らぬので、業界では成功しても人格形成のための多種多様な経験が不足しているのだろう。私もこの年になって酒の依存症にならぬよう、注意しなければならぬ。
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さて、窓の外の青空を眺めながら、家に居て読書している。
このところ今野敏ばかりを読んでいたので、すっかり頭が今野敏になっていた事に気付かされた。
これも昔から読み続けている佐々木譲、緻密なプロットと重厚な読み応えの作者なのだが、比べればやや軽快で、登場人物のキャラが立っている今野敏の警察小説や、最近読了した拳法小説などでは、空手家でもある今野敏は型をつかう。

キャラ造形も、警察小説であれば捜査の方法論も、登場人物間のやり取りにも型があり、読者はそれを喜んで読み進むわけだが、これに慣れてしまうと佐々木譲の小説では登場人物の思考なり行動が、より柔軟である。この柔軟なところに今野敏に染まった頭が違和感を提出するわけなのだ。

で、結論はと言えば、読書はいろいろな作家をバランスよく行うべきであると言う事になる。その作家が手練れであればこそ、知らぬ間にこちらは影響されてしまう。

沈黙法廷、じっくりと読ませた。
数年前に経験した裁判員召集を否応なく思い出した。私の場合は被告人がすでに罪を認めていたので、議論は処分の程度に留まったのだが、、、
テーマは、作中で主人公が語る「貧乏であることは犯罪ですか」なのだろう。都市部の貧困者、特に若者や女性の実態と、対して小金持ちの独居老人の悲哀といった現代社会の暗部に光を当てて見せた。

さあ、連休前半最後の日だ。
今日は、自裁死を選んだ我が師 西部邁の遺作をとってある。例によって難解で、身勝手な、理念の洪水にまみれることで、孤高の思索者であった師を偲んでみたいと考えている。

南北会談を伝える朝のニュースを見て、会社の事務所でもスマホのネットニュースで見守り、この歴史的な日を過ごしたのだ。
金正恩の緊張しつつも時折弾ける満面の笑顔には、制裁の効果だ、茶番だとの指摘もあるところだが、改めて分断された隣国の同胞を再認識した喜びがあったことは否めない。
今後の進展には目が放せない。トランプはどう出るのか、安倍はどう動くのか。かつてベルリンの壁の崩壊を見たように、この日が歴史的なきっかけとなるのであろうか。

さて、自らを語れば、もう一つ歴史的な体験をした。
所属する会社の不祥事が明らかになり、驚き、呆れたが、諸事情により以下削除します。お天道様は見ているぞ。

24日は夕方から小雨、25日は朝から雨が本気で降っていた。
午前中は風も強く、傘もさせない横殴りの雨だったけれど、3時過ぎには一転して青空。そして今日は実に暖かな日となった。
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生垣のツツジも、至る所で満開である。

午前中は片付け仕事をして、夕方からの取引先との打ち合わせに向かう。私のような田舎者が戸惑う都心 赤坂見附でビールを飲みながらの気の置けない情報交換だった。
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試験結果が良く、性能が明確な製品になりそうなのは喜ばしいが、どうもステークホルダーが多すぎる。原料供給やら商流をどうするのか、我がほうでも追試は必要ないのか、知財の観点からはどうか。うーむ、これは関係者から事情を聞いて整理する必要がある。

打ち合わせが終われば、近所で働く息子も合流して店を替えて飲み直し。息子はすっかり都会のサラリーマンだなと、改めて思う。佐々木譲の沈黙法廷、単行本なので重たいが、楽しく読書をしながら帰宅。

21日 久々の休みだ。午前中はいろいろ片付けものをする。
午後からは掃除して、上の息子が夕飯を食べに来るに備える。春キャベツの和え物、肉豆腐、鶏のチーズ焼き、そしてシュウマイをチンして、蕪の漬物などで盛り上がる。

22日 朝は三人でいつものメニュー。夏みかんのヨーグルト、生野菜とソーセージと卵焼きとパンのワンディッシュ。牛乳と紅茶。

昼過ぎには下の息子も合流するので、料理を頑張る。再びの肉豆腐、グリルドビーフ沢山、パルメザンまみれのパスタは息子らに好評であった。いいだけ飲んで、夕食はひっぱり饂飩。
やはり料理ばかりしていた土日であった。頑張りました。

23日 さーて、仕事だ月曜日。
昨日までとは打って変わって、えらく肌寒い。しかし、これが季節なりの気温なのである。

気が滅入る朝礼の後は、ひたすら製品リニューアルに備える。情報を共有化するにも、他人事のような返事が来て魂消る。主体的に行動できないのは、自信の無さのなせる業なのか。ただ笑っていれば仕事ができていると思ったら、大間違いだよ。

もっと職制に見合った発言力を示せと言いたいところだが、できない人に言ってみても仕方がないか。組織の行く末が心配でならないのだが、年寄りの愚痴なのでありましょうね。

19日 遅めの電車で小舟町、商社を訪ねて新原料の情報を得る。室町のラーメン屋で早めの昼食にして、渋谷から井の頭線で新代田。今度はデザイン会社との打ち合わせだ。
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時間があったので、近所の大木の麓で読書。終われば今度は丸の内、渋谷から半蔵門線で戻る。
暖かな日で、歩いておればもはや上着を着ていられない。

丸の内の商社は小一時間で終わり、同僚と別れて線路をくぐり、八重洲北口の東京駅にアプローチ。5時過ぎに息子らと黒塀横丁で待ち合わせ。
流石は都会で、こんな時間なのに混んできたので、二階の北町まで登ってビア&グリルの店。
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流れて隣の店でしこたま飲んで、帰宅はそれでも10時前だったろうか。風呂に入り、寝床で佐々木譲の本を読了して轟沈。

で、20日。昨日に増して暖かだ。
昨日の訪問記をまとめて、メールで社内共有化しつつ、午後からはリニューアル製品のチラシを作り込む。

明日からはますます暖かくなるらしい。
土日には息子らも来てくれるので、料理の対応に忙しいオヤジである。

今日も曇天ながら、気温も上がって上着を着たのみで自転車通勤。ツツジも存分に花を咲かせている。

今後のスケジュールやら、リニューアル製品の事前準備やらで一日を過ごした。昼休みの港の波止場は、風もなく、陽も照らずだが、心地よい気温也。
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新原料の情報を求めて、明後日の都内行きを決めた。その日はカミサンが飲み会であるので、私も都内のビール屋に引っ掛かって帰ろうと思い、息子らにメールしたところが、二人とも都合が悪くはないらしい。

これは楽しみなことになってきたぞと、ほくそ笑むオヤジであった。

13日 金曜日。リニューアルが迫る製品がある。
誰もやらないので、概要をわかる範囲でまとめる。今やっておかねば間に合わぬよ、まったく。

リリース予定からバックキャストしてスケジュール表を作る。関係先と調整し、チーム内で共有化するのに、ほぼ丸一日を費やした。
風に寒い日は、アサリを酒蒸ししてクラムチャウダーで温まる。
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14日 思い立ってカミサンと東京見物。
そういえば丸の内側が新しくなったのを見ていない、わざわざグルリと東京駅を回って、神田、淡路町辺りで遅い昼飯。セリ鍋を食べたかったが昼はやっていないのね。塩釜おでんが旨かった。

神田の藪をかすめて新しくできたビル街の中を通って御茶ノ水駅に出る。聖橋を渡り、湯島聖堂を覗けば太極拳の方々。孔子様にご挨拶して、秋葉原、斜めにのぼって田原町。何度か来たクラフトビールの店で一休み、歩くのはこのくらいにしてメトロで上野、JRで東京駅。
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八重洲北側の飲み屋街に引っ掛かり、魚の店、秋田の店とハシゴして幸せに帰宅。出る前に買っておいた千葉ブランド大多喜の筍は、明日にしよう。移動時間に読み進めていた太田忠司の優しい幽霊たちの遁走曲を、寝床で読む。イイところなのだが睡魔に負けた。

15日 夜中には物凄い風の音がしていた。家まで揺れたような気がしていたが、起きてカミサンに話せば「酔っぱらって寝たせいでしょ」と笑われた。朝起きても風は強いが、昼には雨は止んでくれたようだ。

朝は軽めに済ませて、日曜日の定例 我が家の掃除。
昼は、鯖の水煮缶、納豆、卵に、小葱を刻み、白胡麻を混ぜた汁に、饂飩をつけて食す。山形名物ひっぱり饂飩だ。

ようやくの休日の午後、まずは太田忠司の続きを読んで、今度こそiPhoneの各種設定を終わらせてやろう。

久々の自転車通勤、今日は朝から暖かだ。
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桜が散ってしばし、今年も生垣のツツジがこれでもかとばかり花をつける時期になった。

さて、実はスマホで苦労している。
テンキーが捲れてきた我がガラケーを見限って、土曜日にドコモの店で機種更新したのだ。

会社支給のケータイは断っており、自前のガラケーを仕事でも使って来たのだが、その愛機も長年の使用に耐えかねたようだ。ケータイあればこそで、iPod touchを携帯音楽再生とカメラとして使ってきたが、その環境も維持したいので、iPhone X を選んでみた。

さあ、これが難しい。
日曜日からの出張に持って行ったが、かかってきた電話に出ることしかできない。重宝していた携帯メールやショートメールは、どうやって送ればよいのだ???

今日、やっと落ち着いて取扱説明書を読めば、携帯電話で使っていた懐かしのドコモメールのiモードは、スマホでは別のプロバイダspモードとかになるらしく、スマホではspモードにつなぐのもアプリが必要となるのだね。

で、d-アカウントやら、何たらかんたらをイヤになるほど設定させられて、ようやく携帯電話でできていたメールやり取りが可能になった。自宅のWi-Fiにも繋げることができて、ようやく何とかなったのが一時間前である。

後は、iCloudにこのデバイスを同期させられれば、一応の我が欲求は満たされる。出先に持ち歩いても、地図や電車の時刻確認をするくらいであろうな。間違っても、間抜けな顔をして公共の場でスマホに興じることのないように致したい、オヤジである。

第5巻を札幌の書店で見つけ、昨日の午後から取り掛かって、今日の早朝便で千歳⇒羽田の機内、モノレール、JRで自宅最寄り駅到着まで読み進み、あと10ページほどを自宅で読了。これで今野敏の孤拳伝:文庫新装版を読了した。
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1992年のノベルズ版を合本・文庫化して、昨年7月から全5巻を隔月刊行。512+472+488+464+696ページ、全2,632ページの、重ねれば厚さ105mmの大作であった。

不幸な生い立ちを自らの喧嘩拳法で乗り切ってきた若者が、強さを求め、強敵と対峙し、相手を倒し、しかしどうしても勝てない相手との戦いに悩み、技を極めるにつれて変貌していく。いやー今野さん、読ませます。去年の夏過ぎから楽しませていただきました。

風が物凄い千葉、午後からはポルテ号で事務所に出て仕事をした。
明日の午後のミーティングまでには、今回の出張報告をまとめねばならぬ。

今日は午後から研究所の定例会に出席した。
日頃から、電話だメールだで意思疎通は出来ているとしながらも、実は、顔を見合わせての会議ではアレコレ聞いておくべきこともイロイロある。

発言者の日常が、周囲の者には詳細が分からぬことが多く、若いうちは周りが如何見ているかなど気にしないものなので、傍から見ればどうしても説明不足になる事が否めぬ。ここいらが私のような年寄りの出番と弁えているのだ。

人事異動もあって、しかし若い者は成すべき事を追及しており、頼もしく感じた事である。

終わって、札幌駅前で先輩との飲み会。
退職同期のS氏と三人で、お手軽に飲んで酔っぱらって、楽しく二時間ほど語らう。酒ばかり過ぎて、先輩の「旅人よ」を拝聴する機会を逸してしまったが、次回は酒はホドホドにしてカラオケに行きましょうね。
酔っぱらいつつ、千歳まで来て定宿に泊まっているのである。

9日 有給休暇にして、母の着る春物購入付き合い、耳鼻科で薬を貰い、買い物して実家泊。8日 家の掃除をして、カミサンに作り置く料理素材を作り冷蔵庫へ。夕刻から札幌入りする。

4日は午前中のTV会議。長引く。
いろいろと想定外のことを聞かされて、戸惑いつつ、当方は営業企画部門であるから、では如何するかを考えねばならぬ。

5日は前月の、つまり前年度の売上高が確定する日。せっせと実績速報をまとめ、簡単な解析データを付け加えてメール発信。予算は達成したものの、個々に見れば課題も浮かんでくる。

この二日間は、グッと気温が下がり、ウインドブレーカーを着てこなかったことを後悔する気温だ。しかも風が巻いている。これでは桜の花弁も吹き飛ばされるというものだ。
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6日 長年愛用した携帯電話が滅びつつある。上蓋の表示面のヒビはまだしも、開いた押し釦の表面がめくれてきた。SDカードの蓋はとうの昔に無くなっている。まだ通話には支障はないが、使い続けるのに不安になってきた。

今日は昼にかけて風がごうごうと吹いていた。帰路も物凄い横風、自転車が持っていかれるのでスピードを出せない。自宅に近づくにつれて小雨も混じってきた。こりゃ堪らん。

今夜は冷蔵庫の残り物を整理して、料理してくれよう。

少し気温が下がっただろうか。しかし、昨日同様にウインドブレーカーと手袋はよして、ジャケット(まだ冬物だけど)を羽織って自転車通勤。これで、会社事務所に到着するころには、うっすらと汗をかく気温である。
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周囲では、惜しまれつつも、早くも散りゆく桜。

製作途中の製品開発年表が、関係者からはえらく好評だ。まあ、自分の仕事の足跡、それもそこそこの伸長を示した事業であれば、楽屋落ちではあるけれど見ていて嬉しいものだ。世の中の役にたっている自負もあり、40年を経過して今がまとめる最後のチャンスであったのか。

もう一方の製品群の年表までリクエストされてしまい、これは分を弁えぬ仕業であるかもしれぬが、暇な身の上だ、やってみましょうか。天才にして努力家のS氏のセレンディピティは、社史に残す価値があろうというものである。

2日 早めに会社を抜けて歯医者。二か月に一度のメンテナンス。
カミサンも早くあがれたので、稲毛海岸の魚の店で一献。高くついて、煙草の煙に巻かれたけれど、美味しい魚を堪能した。

昨日は桜三昧であった。
予定されていたOB会の花見が中止になってしまい、カタキを取りにポルテ号で桜を見に行ってきた。
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戸外でもシャツ一枚の暖かさ、満開の桜、風もなく、ちょうどよいお花見日和であったのに、残念なことだ。

残念と言えば、途中で腹ごしらえしようと寄った穴川の名店「そばいち」が閉店していた。すっかり整地されて跡形もない。あの薫り高い蕎麦、強い出汁がもう食べられなくなってしまった。
で、カミサンとの昼飯はココイチのカレーになった。糖質制限しているでカレーライスなど暫くぶり也、飯で腹一杯になる感触も久しぶりであった。

戻りながら緑町中学校の桜並木、今年も見事に咲いている。通りかかった人たちが木陰に車を止めて写真撮影。大きな桜の枝から花弁が降りかかる。
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最後は毎年恒例、海浜幕張にあるパナソニックの桜広場。505本のソメイヨシノが満開、今年も壮観である。家族連れ、カップル、数人の集団と見物客も多数、企業メセナとして地味だが大変な費用が掛かることであろうと、いらぬ心配をする。

昼に買い物を済ませていた。
近所の魚屋は、早い時間に行けば鮮魚が選べる対面販売。八丈島の金目鯛が旨そうで半身、千葉産のホンビノス貝の大きいのが安く五つばかり、ついでに長崎産のスミイカを刺身用に処理してもらう。
夕飯は金目鯛を煮つけ、ホンビノスは酒蒸しにして野菜と合わせ、スミイカは実は刺身、エンペラとゲソは塩焼き。

さて本日4/1も快晴で、起床すれば部屋の温度は20℃越えだ。
お弁当を作って、近所の桜を愛でに歩き回ってこよう。

急ぎの仕事もないので、7年前に仰せつかった今の担当業務の年表を作っているのである。
今でこそある程度のシェアを持つに至った製品群だが、先日のシニア卒業となる先輩ご夫婦との会食で、きっかけはその先輩の入社二年目の米国出張にあったことを知らされた。

取引先の企業の研究所で発売したばかりの製品を見せられ、持ち帰り、さっそく自分たちの農場で試してみた。良好な結果を得て、その二年後には我が社でも取り扱いを始めた。私が入社したのは、この年だ。

そして、その翌年には、大学と共同で国産自社開発を目指しているのだから、なかなかのフットワークと言えよう。
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我々新入社員の前で、M常務から「今年から我が社でこの製品を売ることになった」と聞かされたのを、今でも鮮明に覚えている。37年前の事であるから、年表は40年を遡るものになった。
今度、我が社でも社史編纂が行われるらしいので、この年表を完成させて、押し売りしてやろうと考えているのである。

29日までは暖かく、桜も一気に満開に至ったが、30日は風もあり気温も低めであった。
隣の席の若い同僚が4月で営業職へと異動する、私のチームの係長もすでに異動しており、残念ながら補充がなく、その場所に主任の机を動かすことになったので、私も席替えとなった。

あと二年、多分この席で仕事をするのであろう。
年度を終えて、会社としては大きな案件を引きずったまま、新年度に突入する。来週には、平成29年度実績のまとめ、依頼があったお客様の品質管理のお手伝い、広告宣伝の準備やら、札幌出張やら、そこそこのスケジュールが私を待っている。

31日の今日は土曜日。昼まで仕事のカミサンを迎えに行って、市内の桜見物をしておこうと考えている。

昨日と今日の暖気で、千葉の桜もすっかり満開だ。
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そして、今日は朝から曇りがち。夕方になるにつれて空もどんよりしてきた。

あと数日で平成29年度もお仕舞いだ。会社PCには、平成30年度のスケジュール管理表を作り始めたところである。
近くの千葉港埠頭には、モニュメントが姿を現していた。
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「錨」と「操舵輪」に、千葉の名物「二枚貝」をあしらったものらしい。有名?な加曾利貝塚もあるし、近頃では北米原産のホンビノス貝が採れるようになったものね。

26日 サイト編集をこなして、昼には散髪。大根の炒め物が、そこそこ上手に出来た。
25日 家を掃除して、片付けものをして、ドライクリーニングに出した冬物を受け取りに行く。グリルドビーフがイメージ通りに出来た。

先日イオンを冷やかしていて、ジャケット買いした安売りDVD。例によって趣味のSFっぽいのをいくつか買ったのだが、まずはエックスメン・アポカリプスを見て少々失望し、次いでスタートレック・ビヨンドでこんなものかと思い、その他には手を触れずにいた。

この土曜日はカミサンが仕事に出たもので、家で洗濯して、冬物コートはドライクリーニングに出して、手紙を出して年賀葉書を交換して、ラーメン食べて、2時間ほどのポタリング。帰宅して、ようやく見る気になったのがインターステラーだった。

魂消た。
しっかりしたSF考証、ストイックで、クールで、破綻のない映像。
ロケットで地球の重力圏を離脱して、無重力の描写も秀抜。木星付近に現れたワームホールまでは母船に回転を加えることで1Gを作り、噴射の際の加速Gなど「重力」の描写にトコトン拘っているのは、このストーリーのゴールが人類の地球からの避難であり、そのためには「重力」制御が必要で、主人公の娘がそれをやり遂げる事への対比なのであろう。

ブラックホール・ガルガンチュア(しかも回転していた)を使ったスイングバイだの、事象の地平面に落ちたと思われた主人公が超四次元空間に導かれ、重力波で地球の娘に交信を試みるだの、これはSF読み以外には難し過ぎるだろう。
逆に言えば、この世界に親しんでいる者には、これまた素晴らしい大傑作であった。いやぁ、凄い映画があるものだ。

最後に主人公が小型の宇宙艇を失敬して、仲間の救出に向かう。
この時代、既にこんな小規模な宇宙船でも、重力を操り恒星間飛行が可能なのでしょうね。人類も進んだものです。

半面で荒れ果てた地球。
襲い来る砂嵐や大規模な作物病害は、限界を超えた灌漑や遺伝子組み換え作物などの多様性を欠いた作付け、土壌微生物叢・昆虫類の貧困を暗示しているようにも思えた。

2014年の製作とあるが、私はその存在をまったく知らなかった。
この年は私の現役最後の年。新たな部下を加え、プロジェクトの立ち上げに追われ、カミサンの手術と、引っ越しがあった頃だ。さもありなんと言うべきか。

22日 午前中は月次ミーティング、放課後は移動する同僚氏の送別会に参加した。
23日 製品写真がようやく届く。サイト更新の作業などいろいろ。

外は冷たい雨が降っている。
昨夜の洗い物を食洗器に入れて、同僚が調味料をこぼした台所マットは洗濯機に入れて、昼前に車を走らせて永福寺の枝垂れ桜を見に行った。
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ソメイヨシノより早く咲くこの桜。去年は遅れて、盛りを過ぎてしまったから、今年は早めを心掛けた。ちょうど見ごろだが、二本ある奥の木が元気がないようだった。
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墓地に向かう道端には、石碑に張り付いた地衣類が小雨を喜んでいる様子だった。

18日 二日早いが、上の息子の誕生パーティを開催だ。
二人とも前の日からきて泊っており、生憎と私は鼻と喉が風邪をひいている。昨晩は鳥を焼いたくらいで、あとは買ってきた寿司で夕飯にして、珍しく酒を飲まずに早めに就寝したのだが、起きてみるとまだ本調子ではなかった。

朝飯はバースディケーキでおめでとう、昼にはビーフシチューを作り、私は乾杯のカヴァを一杯だけにしておいた。夕飯前に、カミサンにせき止め風邪薬を買ってきてもらう。

19日 雨だと脅かされて自転車通勤は諦めたが、とうとう雨は降らなかった。風邪気味を引きずっているから、まあ無理はしないで正解である。
咳が出るので、事務所ではマスクをしていた。世の中にはマスク愛好者が非常に多いようだが、私としてはマスク着用は非常に珍しいことだ。翌日の準備にイオンでお買い物して帰宅。

20日 朝から雨だった。気温も低い。何とか風邪は治まりつつある。マスク着用二日目だ。夜は、部の若き同僚らを自宅に招いて壮行会。
入社三年目となる彼女が営業職に異動で、春からは上司となる係長氏も呼んで面倒を見てやってください。若いうちは、いろいろと経験しておくことが為になるのだ。

前菜に少し凝って、アヒージョやら、ローストビーフやら、お豆のサラダに、酔っぱらって作った大根サラダ。お客には台所を貸して麻婆豆腐を作ってもらい、皆でワイワイと食べた。二日間酒を飲まずにいたから酔った、しかし酒が飲める程度には回復したようだ。