13日 金曜日。リニューアルが迫る製品がある。
誰もやらないので、概要をわかる範囲でまとめる。今やっておかねば間に合わぬよ、まったく。

リリース予定からバックキャストしてスケジュール表を作る。関係先と調整し、チーム内で共有化するのに、ほぼ丸一日を費やした。
風に寒い日は、アサリを酒蒸ししてクラムチャウダーで温まる。
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14日 思い立ってカミサンと東京見物。
そういえば丸の内側が新しくなったのを見ていない、わざわざグルリと東京駅を回って、神田、淡路町辺りで遅い昼飯。セリ鍋を食べたかったが昼はやっていないのね。塩釜おでんが旨かった。

神田の藪をかすめて新しくできたビル街の中を通って御茶ノ水駅に出る。聖橋を渡り、湯島聖堂を覗けば太極拳の方々。孔子様にご挨拶して、秋葉原、斜めにのぼって田原町。何度か来たクラフトビールの店で一休み、歩くのはこのくらいにしてメトロで上野、JRで東京駅。
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八重洲北側の飲み屋街に引っ掛かり、魚の店、秋田の店とハシゴして幸せに帰宅。出る前に買っておいた千葉ブランド大多喜の筍は、明日にしよう。移動時間に読み進めていた太田忠司の優しい幽霊たちの遁走曲を、寝床で読む。イイところなのだが睡魔に負けた。

15日 夜中には物凄い風の音がしていた。家まで揺れたような気がしていたが、起きてカミサンに話せば「酔っぱらって寝たせいでしょ」と笑われた。朝起きても風は強いが、昼には雨は止んでくれたようだ。

朝は軽めに済ませて、日曜日の定例 我が家の掃除。
昼は、鯖の水煮缶、納豆、卵に、小葱を刻み、白胡麻を混ぜた汁に、饂飩をつけて食す。山形名物ひっぱり饂飩だ。

ようやくの休日の午後、まずは太田忠司の続きを読んで、今度こそiPhoneの各種設定を終わらせてやろう。

久々の自転車通勤、今日は朝から暖かだ。
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桜が散ってしばし、今年も生垣のツツジがこれでもかとばかり花をつける時期になった。

さて、実はスマホで苦労している。
テンキーが捲れてきた我がガラケーを見限って、土曜日にドコモの店で機種更新したのだ。

会社支給のケータイは断っており、自前のガラケーを仕事でも使って来たのだが、その愛機も長年の使用に耐えかねたようだ。ケータイあればこそで、iPod touchを携帯音楽再生とカメラとして使ってきたが、その環境も維持したいので、iPhone X を選んでみた。

さあ、これが難しい。
日曜日からの出張に持って行ったが、かかってきた電話に出ることしかできない。重宝していた携帯メールやショートメールは、どうやって送ればよいのだ???

今日、やっと落ち着いて取扱説明書を読めば、携帯電話で使っていた懐かしのドコモメールのiモードは、スマホでは別のプロバイダspモードとかになるらしく、スマホではspモードにつなぐのもアプリが必要となるのだね。

で、d-アカウントやら、何たらかんたらをイヤになるほど設定させられて、ようやく携帯電話でできていたメールやり取りが可能になった。自宅のWi-Fiにも繋げることができて、ようやく何とかなったのが一時間前である。

後は、iCloudにこのデバイスを同期させられれば、一応の我が欲求は満たされる。出先に持ち歩いても、地図や電車の時刻確認をするくらいであろうな。間違っても、間抜けな顔をして公共の場でスマホに興じることのないように致したい、オヤジである。

第5巻を札幌の書店で見つけ、昨日の午後から取り掛かって、今日の早朝便で千歳⇒羽田の機内、モノレール、JRで自宅最寄り駅到着まで読み進み、あと10ページほどを自宅で読了。これで今野敏の孤拳伝:文庫新装版を読了した。
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1992年のノベルズ版を合本・文庫化して、昨年7月から全5巻を隔月刊行。512+472+488+464+696ページ、全2,632ページの、重ねれば厚さ105mmの大作であった。

不幸な生い立ちを自らの喧嘩拳法で乗り切ってきた若者が、強さを求め、強敵と対峙し、相手を倒し、しかしどうしても勝てない相手との戦いに悩み、技を極めるにつれて変貌していく。いやー今野さん、読ませます。去年の夏過ぎから楽しませていただきました。

風が物凄い千葉、午後からはポルテ号で事務所に出て仕事をした。
明日の午後のミーティングまでには、今回の出張報告をまとめねばならぬ。

今日は午後から研究所の定例会に出席した。
日頃から、電話だメールだで意思疎通は出来ているとしながらも、実は、顔を見合わせての会議ではアレコレ聞いておくべきこともイロイロある。

発言者の日常が、周囲の者には詳細が分からぬことが多く、若いうちは周りが如何見ているかなど気にしないものなので、傍から見ればどうしても説明不足になる事が否めぬ。ここいらが私のような年寄りの出番と弁えているのだ。

人事異動もあって、しかし若い者は成すべき事を追及しており、頼もしく感じた事である。

終わって、札幌駅前で先輩との飲み会。
退職同期のS氏と三人で、お手軽に飲んで酔っぱらって、楽しく二時間ほど語らう。酒ばかり過ぎて、先輩の「旅人よ」を拝聴する機会を逸してしまったが、次回は酒はホドホドにしてカラオケに行きましょうね。
酔っぱらいつつ、千歳まで来て定宿に泊まっているのである。

9日 有給休暇にして、母の着る春物購入付き合い、耳鼻科で薬を貰い、買い物して実家泊。8日 家の掃除をして、カミサンに作り置く料理素材を作り冷蔵庫へ。夕刻から札幌入りする。

4日は午前中のTV会議。長引く。
いろいろと想定外のことを聞かされて、戸惑いつつ、当方は営業企画部門であるから、では如何するかを考えねばならぬ。

5日は前月の、つまり前年度の売上高が確定する日。せっせと実績速報をまとめ、簡単な解析データを付け加えてメール発信。予算は達成したものの、個々に見れば課題も浮かんでくる。

この二日間は、グッと気温が下がり、ウインドブレーカーを着てこなかったことを後悔する気温だ。しかも風が巻いている。これでは桜の花弁も吹き飛ばされるというものだ。
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6日 長年愛用した携帯電話が滅びつつある。上蓋の表示面のヒビはまだしも、開いた押し釦の表面がめくれてきた。SDカードの蓋はとうの昔に無くなっている。まだ通話には支障はないが、使い続けるのに不安になってきた。

今日は昼にかけて風がごうごうと吹いていた。帰路も物凄い横風、自転車が持っていかれるのでスピードを出せない。自宅に近づくにつれて小雨も混じってきた。こりゃ堪らん。

今夜は冷蔵庫の残り物を整理して、料理してくれよう。

少し気温が下がっただろうか。しかし、昨日同様にウインドブレーカーと手袋はよして、ジャケット(まだ冬物だけど)を羽織って自転車通勤。これで、会社事務所に到着するころには、うっすらと汗をかく気温である。
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周囲では、惜しまれつつも、早くも散りゆく桜。

製作途中の製品開発年表が、関係者からはえらく好評だ。まあ、自分の仕事の足跡、それもそこそこの伸長を示した事業であれば、楽屋落ちではあるけれど見ていて嬉しいものだ。世の中の役にたっている自負もあり、40年を経過して今がまとめる最後のチャンスであったのか。

もう一方の製品群の年表までリクエストされてしまい、これは分を弁えぬ仕業であるかもしれぬが、暇な身の上だ、やってみましょうか。天才にして努力家のS氏のセレンディピティは、社史に残す価値があろうというものである。

2日 早めに会社を抜けて歯医者。二か月に一度のメンテナンス。
カミサンも早くあがれたので、稲毛海岸の魚の店で一献。高くついて、煙草の煙に巻かれたけれど、美味しい魚を堪能した。

昨日は桜三昧であった。
予定されていたOB会の花見が中止になってしまい、カタキを取りにポルテ号で桜を見に行ってきた。
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戸外でもシャツ一枚の暖かさ、満開の桜、風もなく、ちょうどよいお花見日和であったのに、残念なことだ。

残念と言えば、途中で腹ごしらえしようと寄った穴川の名店「そばいち」が閉店していた。すっかり整地されて跡形もない。あの薫り高い蕎麦、強い出汁がもう食べられなくなってしまった。
で、カミサンとの昼飯はココイチのカレーになった。糖質制限しているでカレーライスなど暫くぶり也、飯で腹一杯になる感触も久しぶりであった。

戻りながら緑町中学校の桜並木、今年も見事に咲いている。通りかかった人たちが木陰に車を止めて写真撮影。大きな桜の枝から花弁が降りかかる。
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最後は毎年恒例、海浜幕張にあるパナソニックの桜広場。505本のソメイヨシノが満開、今年も壮観である。家族連れ、カップル、数人の集団と見物客も多数、企業メセナとして地味だが大変な費用が掛かることであろうと、いらぬ心配をする。

昼に買い物を済ませていた。
近所の魚屋は、早い時間に行けば鮮魚が選べる対面販売。八丈島の金目鯛が旨そうで半身、千葉産のホンビノス貝の大きいのが安く五つばかり、ついでに長崎産のスミイカを刺身用に処理してもらう。
夕飯は金目鯛を煮つけ、ホンビノスは酒蒸しにして野菜と合わせ、スミイカは実は刺身、エンペラとゲソは塩焼き。

さて本日4/1も快晴で、起床すれば部屋の温度は20℃越えだ。
お弁当を作って、近所の桜を愛でに歩き回ってこよう。

急ぎの仕事もないので、7年前に仰せつかった今の担当業務の年表を作っているのである。
今でこそある程度のシェアを持つに至った製品群だが、先日のシニア卒業となる先輩ご夫婦との会食で、きっかけはその先輩の入社二年目の米国出張にあったことを知らされた。

取引先の企業の研究所で発売したばかりの製品を見せられ、持ち帰り、さっそく自分たちの農場で試してみた。良好な結果を得て、その二年後には我が社でも取り扱いを始めた。私が入社したのは、この年だ。

そして、その翌年には、大学と共同で国産自社開発を目指しているのだから、なかなかのフットワークと言えよう。
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我々新入社員の前で、M常務から「今年から我が社でこの製品を売ることになった」と聞かされたのを、今でも鮮明に覚えている。37年前の事であるから、年表は40年を遡るものになった。
今度、我が社でも社史編纂が行われるらしいので、この年表を完成させて、押し売りしてやろうと考えているのである。

29日までは暖かく、桜も一気に満開に至ったが、30日は風もあり気温も低めであった。
隣の席の若い同僚が4月で営業職へと異動する、私のチームの係長もすでに異動しており、残念ながら補充がなく、その場所に主任の机を動かすことになったので、私も席替えとなった。

あと二年、多分この席で仕事をするのであろう。
年度を終えて、会社としては大きな案件を引きずったまま、新年度に突入する。来週には、平成29年度実績のまとめ、依頼があったお客様の品質管理のお手伝い、広告宣伝の準備やら、札幌出張やら、そこそこのスケジュールが私を待っている。

31日の今日は土曜日。昼まで仕事のカミサンを迎えに行って、市内の桜見物をしておこうと考えている。

昨日と今日の暖気で、千葉の桜もすっかり満開だ。
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そして、今日は朝から曇りがち。夕方になるにつれて空もどんよりしてきた。

あと数日で平成29年度もお仕舞いだ。会社PCには、平成30年度のスケジュール管理表を作り始めたところである。
近くの千葉港埠頭には、モニュメントが姿を現していた。
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「錨」と「操舵輪」に、千葉の名物「二枚貝」をあしらったものらしい。有名?な加曾利貝塚もあるし、近頃では北米原産のホンビノス貝が採れるようになったものね。

26日 サイト編集をこなして、昼には散髪。大根の炒め物が、そこそこ上手に出来た。
25日 家を掃除して、片付けものをして、ドライクリーニングに出した冬物を受け取りに行く。グリルドビーフがイメージ通りに出来た。

先日イオンを冷やかしていて、ジャケット買いした安売りDVD。例によって趣味のSFっぽいのをいくつか買ったのだが、まずはエックスメン・アポカリプスを見て少々失望し、次いでスタートレック・ビヨンドでこんなものかと思い、その他には手を触れずにいた。

この土曜日はカミサンが仕事に出たもので、家で洗濯して、冬物コートはドライクリーニングに出して、手紙を出して年賀葉書を交換して、ラーメン食べて、2時間ほどのポタリング。帰宅して、ようやく見る気になったのがインターステラーだった。

魂消た。
しっかりしたSF考証、ストイックで、クールで、破綻のない映像。
ロケットで地球の重力圏を離脱して、無重力の描写も秀抜。木星付近に現れたワームホールまでは母船に回転を加えることで1Gを作り、噴射の際の加速Gなど「重力」の描写にトコトン拘っているのは、このストーリーのゴールが人類の地球からの避難であり、そのためには「重力」制御が必要で、主人公の娘がそれをやり遂げる事への対比なのであろう。

ブラックホール・ガルガンチュア(しかも回転していた)を使ったスイングバイだの、事象の地平面に落ちたと思われた主人公が超四次元空間に導かれ、重力波で地球の娘に交信を試みるだの、これはSF読み以外には難し過ぎるだろう。
逆に言えば、この世界に親しんでいる者には、これまた素晴らしい大傑作であった。いやぁ、凄い映画があるものだ。

最後に主人公が小型の宇宙艇を失敬して、仲間の救出に向かう。
この時代、既にこんな小規模な宇宙船でも、重力を操り恒星間飛行が可能なのでしょうね。人類も進んだものです。

半面で荒れ果てた地球。
襲い来る砂嵐や大規模な作物病害は、限界を超えた灌漑や遺伝子組み換え作物などの多様性を欠いた作付け、土壌微生物叢・昆虫類の貧困を暗示しているようにも思えた。

2014年の製作とあるが、私はその存在をまったく知らなかった。
この年は私の現役最後の年。新たな部下を加え、プロジェクトの立ち上げに追われ、カミサンの手術と、引っ越しがあった頃だ。さもありなんと言うべきか。

22日 午前中は月次ミーティング、放課後は移動する同僚氏の送別会に参加した。
23日 製品写真がようやく届く。サイト更新の作業などいろいろ。

外は冷たい雨が降っている。
昨夜の洗い物を食洗器に入れて、同僚が調味料をこぼした台所マットは洗濯機に入れて、昼前に車を走らせて永福寺の枝垂れ桜を見に行った。
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ソメイヨシノより早く咲くこの桜。去年は遅れて、盛りを過ぎてしまったから、今年は早めを心掛けた。ちょうど見ごろだが、二本ある奥の木が元気がないようだった。
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墓地に向かう道端には、石碑に張り付いた地衣類が小雨を喜んでいる様子だった。

18日 二日早いが、上の息子の誕生パーティを開催だ。
二人とも前の日からきて泊っており、生憎と私は鼻と喉が風邪をひいている。昨晩は鳥を焼いたくらいで、あとは買ってきた寿司で夕飯にして、珍しく酒を飲まずに早めに就寝したのだが、起きてみるとまだ本調子ではなかった。

朝飯はバースディケーキでおめでとう、昼にはビーフシチューを作り、私は乾杯のカヴァを一杯だけにしておいた。夕飯前に、カミサンにせき止め風邪薬を買ってきてもらう。

19日 雨だと脅かされて自転車通勤は諦めたが、とうとう雨は降らなかった。風邪気味を引きずっているから、まあ無理はしないで正解である。
咳が出るので、事務所ではマスクをしていた。世の中にはマスク愛好者が非常に多いようだが、私としてはマスク着用は非常に珍しいことだ。翌日の準備にイオンでお買い物して帰宅。

20日 朝から雨だった。気温も低い。何とか風邪は治まりつつある。マスク着用二日目だ。夜は、部の若き同僚らを自宅に招いて壮行会。
入社三年目となる彼女が営業職に異動で、春からは上司となる係長氏も呼んで面倒を見てやってください。若いうちは、いろいろと経験しておくことが為になるのだ。

前菜に少し凝って、アヒージョやら、ローストビーフやら、お豆のサラダに、酔っぱらって作った大根サラダ。お客には台所を貸して麻婆豆腐を作ってもらい、皆でワイワイと食べた。二日間酒を飲まずにいたから酔った、しかし酒が飲める程度には回復したようだ。

私と言う一人の人間、単一ゲノム(そーでもなさそう、との話もあり)の37兆個(60兆個の説あり)の細胞でできている。
しかし、それだけが私ではない。

腸内菌叢だけでも1000種類以上(のゲノム)の細菌が100兆個住んでいるというし、常在菌は腸内に限らない。皮膚にも、口腔内にも、胃にも、鼻にも、耳にも、肺にも、外界と接するところならば何処にでもいる。これらマイクロバイオームを全部ひっくるめたのが「私」である。

そうそう、寄生虫だって飼っているかも入れない。また一つゲノムが増えた。一つとは限らないか。

俯瞰すればゲノムの数でもその多様性からみても、もはやヒトが主役だとは言い難い。私とは、ヒトを取り囲むマイクロバイオーム全体で「一つの宇宙」である。微生物が私を生かし、コントロールしているのだ。

しかも、そのヒトの体も、日々の食事から得た構成材料で、自らの組織を壊しては作り直している。これを動的平衡(福岡ハカセ)と言う。今の私は、構成する分子から見れば去年の私ではないが、ヒトの体の生命現象は維持継続され、記憶も、癖も、古傷の後だって残っている。

何とも生物とは不思議な存在だ。独立した意識と思考能力を持っているのは、この一つの宇宙の中でもどうやらヒトとしての私だけであるらしいから、まだ偉そうな顔をしておられるわけである。って本当にそうなんだろうな、おい。
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最近読んだウイルスの本二冊、大変面白かった。
アーキアに好気性細菌が住み込んでミトコンドリアになった、光合成細菌が共生して葉緑体となった、てーのは既に定説であるらしい。私の時代の学校の教科書には、もちろん載っていなかった。そもそもアーキア(最初は古細菌)なんて、当時は存在すら知られていなかったンですもの。

そしてこの本によれば、細胞核も、細胞に感染したウイルスが自らの増殖のために作ったウイルス工場が、役目を終えても宿主の細胞を殺さず、居座って、あろうことか宿主と共に進化してきたのであろう、と言うのだ。(著者である武村博士の説)

菌を培養して喜んでいた時代、培養できない細菌は「いない」ことにする呪縛から離れて、メタゲノミクス周辺の進展はこの様に新たな知見をもたらしている。研究者は、日々楽しくて仕方があるまいと思う。

も一つ、私が昔習ったウイルスとは「結晶化できる無生物」だった。このウイルス粒子は、しかしウイルスの生活環ともいうべき中では、感染力を持った一形態に過ぎない。ウイルス粒子はウイルスの本質ではない。ウイルスが細胞に取り付いて自らのゲノムを大量に複製している状況、そのものがウイルスの本体ととらえるべきである、と言うのだ。この状態の細胞を、フランスのパトリック博士はヴァイロセルと名付けた由。

これまで分裂するのが仕事だったフツーの細胞が、ウイルスがとっついたらウイルスの本質たる「ヴァイロセル」に変身する?
理解はできるが、どうも苦しい。

いっその事、ウイルスはミニマリストなので、そもそも本質なんかないのです。と言ってしまえばどうか。
粒子になって細胞を感染させたと思えば、その細胞を乗っ取り自らを増殖して、再び次の宿主にとっつく。他人のソースを使って変幻自在に生きる、その営みが、その現象がウイルスなのであって、姿はないのです。(これは素人の私の戯言です、本には書いてありませんので悪しからず。)

何だか、地球の生命は、少なくとも真核生物は、ウイルスの意志から生まれた。ウイルスこそが神であった、という気がしてきましたね。

16日は午後から、千葉市から数えて三つ隣の市のお客様を訪ねる。我が社の乳酸菌で食品副産物からリキッドフィードを作っておられる。サンプル分析を頼まれて、品質管理にご協力することとした。国道16号線の上空はどんより怪しげな黒雲。
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朝から冷たい小雨だったが、夕方にかけて風も強まり、こりゃ先日までの暖かさはどこへやら。直帰させてもらい、クリニックで薬を貰って帰宅した。
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17日 起床すれば窓の結露が凄い。外気が冷たい証拠だろう。
朝飯は簡単に済ませて、掃除して、今夜は息子共が来るので食材の買い物に行こう。カミサンは夜は女子会とか。まあ、ゆっくりと遊んできなさい。

13日 札幌市の社会福祉協議会のご担当が、母の介護度の判定にやってくる。体の動きを調べたり、認知の状況を確認したりするのに私も立ち会った。札幌は道内の年寄りが大集合しているから、仕事は大変だろうな。新年度から保険証書は二年更新になるので、少しは負担も減るらしいのだとか。

終われば、母を歯医者に送って行き、製品写真を撮るべく市内とは言っても西区にある印刷会社を目指して車を走らせる。
夜は、今度シニア定年を迎えるお世話になった先輩ご夫婦に、駅前ホテルの会席料理で一献差し上げた。入社前の飼料分析アルバイトでは奥様に、そして入社後は情報誌の連載漫画の助言やらで、いろいろとお世話になった方なのだ。

14日 7時前に札幌駅から快速エアポート、9時発の飛行機に乗り、昼には自宅に着いて、着替えて、エスケープ号で出社する。
早朝の札幌は2℃、降りた羽田は22℃、コートなど着ていられない気温差である。

15日 今日も暖かで、ジャケットを羽織っただけでエスケープ号で通勤。先週末のシンポジウム展示を含めて、出張の後始末をいろいろする。帰宅時には風がやたらと強くなった。

週末には上の息子の誕生日祝い、来週は職場の若き同僚の壮行会、もてなす料理を考えておかねばなるまい。

午前中は、会社には移動日扱いで忝い。
母と共にリハビリ施設を見学に行き、その後は私は江別に移動して生産部門の打ち合わせに参加した。

TV会議で済むこともあれど、その場に居てこそのニュアンスもあり、有意義だった。新規包材のダミーを作り、明日の新製品撮影に備えたら、札幌駅前の定宿に戻ってきた。
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ホテルのフロントでは、明日発売の発泡酒の試飲缶の提供あり、連泊の部屋掃除不要を告げればビールのプレゼントありで、有難い。

明日も丁寧に過ごして参ろう。
昼前の羽田発で新千歳空港。快速エアポートで札幌駅にアプローチ。大通りまでの地下歩道では、各所で3.11関連のイベントあり。被災した海岸で採取したハマヒルガオの種子を、石狩の中学生らが増殖して、再び被災地に戻す活動の成果発表を聞いた。
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このコーディネーター氏は、早期退職した私の元同僚である。良い仕事をしているではないの。

去年移動した雪印パーラーを見つけて、ロイヤルスペシャルを食べて、持って行ったウィルスの本を読み耽る。羽田に向かう際にも、没頭してしまい新木場駅を通過してしまったくらい面白い。

夜は、先日世話になった甥っ子らを招いて、焼き肉屋で一杯。
いろいろと近況報告、今度の盆には家族皆ンなで記念写真を撮ろうなどと計画した。
札幌市内は、3月に入ってからの大雪がまだ残っている。

朝飯は、いつものメニュー。
ソーセージと目玉焼き、レタスと胡瓜とトマト、パンと紅茶と牛乳、そしてヨーグルトは今日は林檎ジュースとMIX。

昼は、鯖缶と納豆があったので、ひっぱり饂飩を試してみた。
まあ、上出来ということにしておこう。私としたことが、炭水化物でお腹いっぱいである。

午後は買い物に行き、明日から留守にするのでカミサンに残しておく常備菜も含めて料理。
きんぴらなどにして、ようやく牛蒡が消化できた。ウドを買ってきたので、今夜のメニューはウドの芽と葉玉ねぎの天ぷら、鶏ももの焼き物、ウドと葉玉ねぎとワカメの酢味噌、厚揚げと葉玉ねぎの炊きもの、カブの葉とベーコンの炒め、ウドの皮はきんぴらに投入したことは言うまでもない。
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そうこうするうちに、ネットで頼んでいた本が届く。この頃は今野敏ばかり読んでいたが、同じく北海道の作家の佐々木譲の最新刊、追いかけている太田忠司の単行本、こないだ自死を選んだ西部師の本、生物系の本などまとめ買いしたのだ。

明日からの出張に、二~三冊持っていこう。明日からは札幌で、恩を返す飲み会などイロイロあるのだ。

昨日からの雨が後を引く中、早朝から車で都内を目指した。朝の、しかも雨の首都高は大渋滞。湾岸線を抜けて箱崎までは快調だが、C1ではまたもやノロノロ。しかし、何とか8時半には東京大学の会場に車を入れることができた。
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飼料用米シンポジウムにロビー展示させていただいたのである。
いつもは、当方はイネWCS推進の立場だが、乳酸菌を添加して作る籾米サイレージ(ソフトグレインサイレージ:SGS)もあり、大動物向けにはこの技術があります」と、サイレージの現物を各地から取り寄せて展示したのだ。

そこそこ興味を持って見ていただけたようで、甲斐はあったな。
生産者さんをはじめ、いろいろな分野の方々と話が弾んだのは、楽しかった事だ。5時に終了、帰路は京葉道路を飛ばして戻り事務所に展示物と車を置いて、帰宅は7時を過ぎた頃だった。

8日 朝から雨、そのうち風も強まってきた。
夕方から、研究所の冷凍庫に保管してあるサイレージ展示品を回収に行き、そのまま直帰。

7日 新製品の土壌改良資材のチラシが届き、せっせと販売店に荷造りをする。昨夜に自宅で完成させた確定申告書を、会社の複合機で印刷させてもらい、郵便局に投函に行く。サプリメントの売買契約書を送るなどした。

小春日和だ、啓蟄だと浮かれていたら、今日はムチャクチャ寒かった。気温が上がらずに、しかも風が強いので、体感温度はかなり下がる。
風は自転車の大敵である。寒い寒いとボヤキながらペダルを漕いで帰宅したところだ。

二月の販売実績が締まり、ほぼ予算通りの数字に安堵した。さあてあと一か月、どうやら着地も見えてきた感がある。

昨日、10ヶ月間の休職で何とか復調に漕ぎ付けた元部下が、机を片付けがてら挨拶に来た。3月から市内の別部署に勤務となる。
見た目は大丈夫そうなのだが、本人はまだ辛いのだろうな。頑張って、と言ってはいけないので難しいところだが、ゆっくりと取り戻して欲しいものである。

そして、4月からはまたもや我が部署に二名の異動がある。
この短期間に、よくもまあこれだけ人が動くものだ。人に仕事が付いてくるようではいけないが、これでは組織にスキルが残せない。

我が社も、人材・人員不足が深刻になってきた感がある。
仕事は回っているように見えて、しかし質的な低下はないか? 刷新は悪いことではないが、後任者が育っていなければ前任者のスキルを引き受けるのが難しかろう。
こんなことが気になるのは、私が年寄りになった証拠であろうか。

この15日が、確定申告の締め切り日である。
僅かなりといえども、札幌市内の住処を賃貸に出しており、月に数万円の店賃が入る。これで儲かることはないが、お陰で管理費と固定資産税が払えているので助かっている。

勤め人だがこの不動産所得があるので、毎年この時期には慣れぬ確定申告をする羽目になる。

昨年は、現役時代はメンテ出来なかった歯の治療に金がかかった。奥歯と前歯にインプラントを入れたので、医療費は合計779千円也と出た。そして貸している家も、これまでの店子さんが出たので、新たに不動産屋と管理契約し、業者を入れて掃除して、年末にようやく新規入居者を得ることができた。これらもすべて計算に入れねばならぬから、今年の申告はメンドクサイのである。
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昨日も今日も、外はとても良い天気。大荒れが伝えられた北海道の方々には申し訳ないが、今日などは風は強いが日差しがあり、部屋の温度は20℃を超えた。
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団地の梅も桜も、一気に開花が進んだ感がある。
さあ3月。忙しくはないが、そこそこ成すべきこともあって、丁寧に毎日を過ごして参ろう。あと二年のサラリーマン人生を全うしたいものである。

先日、仕事中に何か確かめることがあってググっていたら、面白そうなタイトルが目にとまった。「海洋ウイルス学:海の微生物の消失要因」ネイチャーの記事だった。

仕事そっちのけで楽しく読んで、一人ひそかに興奮していた。
ウイルスと言ってもこの記事の場合はバクテリア(細菌)やアーキア(古細菌)を消失させるとあるので、バクテリオファージの事だな。ファージと言えば、多面体の頭に、細菌にとっつくための足のついた尾部を持つT4ファージのメカメカしい形が有名だが、この記事によれば海の中では尾部を持たない奴らが優勢なのだそうだ。

研究者らは、この尾っぽのないウイルスの新たな種類を発見し、それらが海洋中のバクテリアやアーキアを消失させていることを明らかにした、とある。昔から、バクテリアを捕食するとされる原生動物だけでは追っつかないのが不思議だったようだ。

一昔前までは、人間が培養できない微生物は「いないもの」とされてきた。ここ最近のメタゲノミクスとその周辺の進展で、環境中のゲノムを丸ごと解析できるようになり、未知の世界が我々の前に現れつつある。

そー言えば数年前には、サイズもゲノムもものすごくでかい、その名も巨大ウイルスってのが話題になった。ウイルスはとっついて殺すのが仕事の病原菌などではなく、そもそもバクテリア、アーキア、ユーカリオーテ(真核生物)と並ぶもう一つのドメインであるべき? 否々むしろドメインの境界が揺らいでいると見るべきなのだろう。
何せ、自然科学の真理とは仮のものだと心得よ!(本川達雄先生)なのである。

旧来のプランクトンネットにかからないので、これも無視されていたピコプランクトンと言う概念も、最近ようやく解明が進んでいるようだ。

目に見えないから分からなかっただけなのだ。海洋でも、当然ながら土壌中でも、空中でも、そして私たち人間の体の中でも、そうなのだろう。

いろいろな「サイズの異なる生きる意志」がウゴメき、共生し、反発しつつ、お互いを認めて進化してきたのが生物体だ。その体も、日々構成材料を入れ替えつつ、成長し、子孫を残し、奇跡的な動的平衡(福岡ハカセ)を保ちつつ、やがて何処かで破綻が起きて、死んで、大きな地球の物質収支の中に還元されていく。

こちとら分子生物学以前の生物学徒だが、こんな生物観が持てる時代に生きていることに感謝したい。この分野の研究者の方々は、毎日が楽しくて仕方がなかろうと思うのだ。

先週の木・金と図らずも欠勤して、もう今週は月・火・水と進んでしまった。
もう今日で二月もお仕舞である。
春の新製品の販促準備も終わり、来週の飼料用米シンポジウムの準備などをノンビリ進めているのである。

今日は昼から少し暖かかった。明日の午前中は嵐になるらしいので、これを過ごしたらシンポジウム会場の下見などしてこようと考えている。

年度が変わり、周辺でも人事異動があるようだ。もう私の出る幕ではないが、若いうちにいろいろと経験しておくことは、将来きっと為になるから、新しい職場でも自分を信じて頑張って欲しいものである。

先日の母のドタバタで世話になった甥っ子達をもてなすべく、来月中旬の札幌出張に食事会を計画した。そして、私が入社以来お世話になった先輩もシニア退職となるので、同じくお世話になった奥様共々、やはり一献差し上げることとした。
こんな事をしていると、私も年をとったものだと思う事だ。世話になった方々には、然るべく謝意を伝えておきたい。

23日 母を見舞って千歳まで戻り、明日の朝早くのJetstar便に備える。札幌市内は昨年ほどではないが、そこそこの積雪である。
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24日 昼前に成田に降りて、そのままカミサンと昼飯がてらの買い物に出掛ける。今日は息子らがIPAを飲みに我が家に集まる計画なのであった。
ところが午後3時前だっただろうか、義兄から電話があり、母が救急車で運ばれたとの事、彼もヘルニア手術で退院の翌日なのだが、これから病院に向かいますとの事。

ああ、これで私の会社勤めも終わったなと思いつつ、日曜日には再び札幌行きを覚悟したのだ。が、
午後5時頃か、母本人から電話があり、自宅に戻ったとの事。聞けば、再び心臓バクバクしたのでセコムを通じて救急車を呼んだが、病院では血圧も高めながら安定しており、帰宅を認められた由。再び三度の腰椎骨折ではなかったようで、これは一安心だ。

集まった息子らには事情を説明し、皆で母に電話する。
その後は、牛蒡のキッシュ、明太子ポテトwithサラダ、キャロットスープ、牛ヒレのステーキで宴会。私は朝早くからの移動で、早めに就寝。

25日 昨夜届いた二度目の生牡蠣を蒸して、下の息子にオリーブ油に封じて持たせる。昼は蒸し汁に味をつけて牡蠣蕎麦、息子が帰れば掃除して、夜の食事の準備。相変わらず、休日は家の仕事で一日が過ぎていくのである。

再雇用の定年まであと二年、しかし母の状況を見極めつつ臨機応変に対処しようと考えた、この三日間であった。

週イチで病院で皮下注射するテリボンと、毎日自分で注射するフォルテオの、二つの製剤が提供されている。ヒトが本来分泌しているホルモンの一部を切り出した、ポリペプチド製剤である。

母は、腰椎の圧迫骨折を発症し、骨粗しょう症であるとして、整形外科でまずはフォルテオを勧められた。毎日の自己注射を丁寧に実演してもらったが、母には自分でやれる自信がなかった。で、近所のかかりつけの病院で一週間に一度のテリボン注射を選択したわけなのだ。

テリボンは、血中パラトルモン濃度の急上昇を避けるため、なるべく脂肪組織の多い部位に注射することが推奨されている。しかし残念ながら母は太っていない。骨・皮・スジの老婆であるので、血中濃度の急上昇が起こってしまったらしい。

今回で20回目の注射であった。
この製剤は強力なので使用回数が定められている。テリボンの場合は確か72週の投薬制限があったはずである。母は、17週目までは問題がなかったが、その後は注射数時間後に心臓ドキドキを経験し、今回はテレビで見ていたフィギァスケート選手が二重に見えて異常を感じ、ベッドに向かったがその手前で意識喪失して倒れてしまった。恐らく低血圧による脳貧血で昏倒したのである。

骨粗しょう症の治療薬の副作用で、倒れて骨折してはシャレにならない。母は、今のところは腕を擦りむいたぐらいで、骨には異常がなさそうである。ただ、打撲症はあとから出るので油断はならない。倒れても足腰が痛まないのは、これまでのテリボンの効果なのかもしれない?

ネットで検索してみたら、「厚生労働省は1月11日、骨粗鬆症治療薬の「テリパラチド酢酸塩」(商品名:テリボン皮下注用56.5μg)と「テリパラチド(遺伝子組換え)」(同:フォルテオ皮下注キット600μg)の使用上の注意に対し、重大な副作用のショックの項に「意識消失」の追記などを求める改訂指示を出した。」との記載が見つかった。

特に閉経後の女性に対しては、この製剤しか対応策がないのが現状のようである。効果が明確なだけに副作用もある。ヒトは長生きになったことで、これまでになかった問題に直面しているのだ。

昨夜、実家の母に電話をしたところ、倒れてベッドにいると言う。
骨粗しょう症の治療薬テリボン注射で、前々回と前回 心臓ドキドキを経験していたが、午後の注射の後でテレビが二重に見えて、ベッドまで辿り着けずに床に崩れ落ちてしまった由。

札幌にいる甥に電話をして、様子を見に行ってもらった。彼は市内にいる兄に連絡を取り、二人して母のもとに駆け付けてくれたのだから有難いことである。

薬の副作用であれば、時間が過ぎれば回復するのだろうが、倒れたとなれば弱い足腰への影響が心配である。と言うわけで、会社を休みにして、Jetstatで飛んできて、3時過ぎには実家に到着することを得た。

たまたま休みだったという甥兄貴が待っていてくれて、引き継ぐ。夜に一献誘ったが、親父(義理の兄)が何と今日ヘルニアの手術であるとかで、ではまたの機会にお誘いしよう。

母は、今のところ元気で安心。明日のうちに千歳に入っておき、土曜日の朝には成田に戻りたいものだが、さあどうなるか、、、

21日 情報誌の広告宣伝を新規に作り始めた。
午後には、外部講師を招いてTV会議で結んだメンタルヘルス講習会。うつ病は「心が風邪を引いた」などではなく「脳に機能障害が起きている」と捉えるべきであり、治癒するが、また再発率も高い。認知行動療法のアプローチを紹介するなど、勉強になった。
分かって治れ!と言うことなのだろう。なるほど合理的である。

来月の展示会に使う籾米サイレージ:SGSのサンプルが冷凍で届いたので、急きょ研究所の冷凍庫を借りに行った。研究室で若き同僚に会い、我が家での食事会を誘っておいた。

20日 奇しくも昨日は、うつ病でほぼ一年間の休職状態だった元部下が復帰することになり、その受け入れ先に取り扱い説明に行ってきたばかりだった。元上司の責任である。
不手際への対処の連絡あり、どうも要領を得ないが真摯に対応するのみである。

19日 新製品のチラシが納品され、配布の準備を進めるなどした。
どこまで販売展開が進むのか、読みが難しい商品である。販促の準備だけはしっかりとしておきたい。

Windowsはサービスであり、スムーズな実行を維持するための通常手段として、更新プログラムの適用が必要です。と書いてあるメッセージが飛び込んできた。
日本語として意味がよくわからないのである。要するに、早めに再起動するなどしてプログラムの更新をお勧めします」と言うことなのだろう。こんなフザケた文章を読まされるたびに、PCの世界では我が国は所詮二流国なのだなぁとイヤになるのである。

マイクロソフトの日本法人ってあるのですよね、多分。そこの社員の方々、も少しちゃんと仕事してください。日本語での日常会話は大丈夫ですか。

さて、17日。夕食前に宮城県から「笑える牡蠣」が届いたので、早速タワシでゴシゴシして蒸して食べた。笑えた。

羽生さん王者の貫禄 凛々しい。そして昌磨君カワイイ、転んだあとでよくも立て直し果敢に攻めた、立派であった。
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18日 男子ご飯を見て、掃除して、カミサンと買い物。牡蠣の蒸した汁がもったいないので、広島の牡蠣を買ってきて生姜と牛蒡を入れて牡蠣の炊き込みご飯。まだ汁が余るので、礼文の昆布だしを加えてキノコの汁もの。我ながらそこそこ上手く出来ました。
何やら底冷えしてきたが、幸せに夜は更けていくのである。

16日 会社でひと悶着あり、めげる。あまりにもルーズである。
気を取り直して、出来上がった新製品リーフレットを社内に配布、市内の配送センターにも配りに出た。

エスケープ号のサドルを少し上げてやろうと六角レンチでボルトを緩めたら、パキンと折れてしまった。日本製のネジでは考えられない品質。おっと、品質については人のことは言えないな。急きょ自転車屋に修理に持ち込んで、ではセンターまでは公共交通機関と歩きで参ろう。
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波止場の公園整備も随分と進んできた。
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帰宅すれば我が家のアレカヤシは、春への備えなのか、大きく葉を広げつつあった。

17日 冬晴れの、青空の土曜日の朝である。
札幌で通学していた息子が持ったままになっていた実家の鍵を、今度は甥っ子夫婦に持っておいてもらうこととした。母に何かあったときには、近間の親戚が頼りである。

カギと共に食品などを詰め合わせて送り、修理を終えた自転車を取りに行く。雲が増してきた空からポツリポツリと雨が落ちてきて、そのうちに猛烈な風が吹き始めた。

相変わらず寒い日が続いているのである。
来月に出展することになったシンポジウムの準備にパワポ資料をまとめつつ、新製品の販促リーフやら、業界雑誌への新製品紹介など準備している。
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桟橋の公園整備は、モニュメント工事は一段落。今度はパラソルが数基立ち始めた。
このところ、夕飯の時間にカミサンと冬季オリンピックを観戦。やはり日本勢の活躍は嬉しい。つい応援してしまう。