先週の木・金と図らずも欠勤して、もう今週は月・火・水と進んでしまった。
もう今日で二月もお仕舞である。
春の新製品の販促準備も終わり、来週の飼料用米シンポジウムの準備などをノンビリ進めているのである。

今日は昼から少し暖かかった。明日の午前中は嵐になるらしいので、これを過ごしたらシンポジウム会場の下見などしてこようと考えている。

年度が変わり、周辺でも人事異動があるようだ。もう私の出る幕ではないが、若いうちにいろいろと経験しておくことは、将来きっと為になるから、新しい職場でも自分を信じて頑張って欲しいものである。

先日の母のドタバタで世話になった甥っ子達をもてなすべく、来月中旬の札幌出張に食事会を計画した。そして、私が入社以来お世話になった先輩もシニア退職となるので、同じくお世話になった奥様共々、やはり一献差し上げることとした。
こんな事をしていると、私も年をとったものだと思う事だ。世話になった方々には、然るべく謝意を伝えておきたい。

23日 母を見舞って千歳まで戻り、明日の朝早くのJetstar便に備える。札幌市内は昨年ほどではないが、そこそこの積雪である。
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24日 昼前に成田に降りて、そのままカミサンと昼飯がてらの買い物に出掛ける。今日は息子らがIPAを飲みに我が家に集まる計画なのであった。
ところが午後3時前だっただろうか、義兄から電話があり、母が救急車で運ばれたとの事、彼もヘルニア手術で退院の翌日なのだが、これから病院に向かいますとの事。

ああ、これで私の会社勤めも終わったなと思いつつ、日曜日には再び札幌行きを覚悟したのだ。が、
午後5時頃か、母本人から電話があり、自宅に戻ったとの事。聞けば、再び心臓バクバクしたのでセコムを通じて救急車を呼んだが、病院では血圧も高めながら安定しており、帰宅を認められた由。再び三度の腰椎骨折ではなかったようで、これは一安心だ。

集まった息子らには事情を説明し、皆で母に電話する。
その後は、牛蒡のキッシュ、明太子ポテトwithサラダ、キャロットスープ、牛ヒレのステーキで宴会。私は朝早くからの移動で、早めに就寝。

25日 昨夜届いた二度目の生牡蠣を蒸して、下の息子にオリーブ油に封じて持たせる。昼は蒸し汁に味をつけて牡蠣蕎麦、息子が帰れば掃除して、夜の食事の準備。相変わらず、休日は家の仕事で一日が過ぎていくのである。

再雇用の定年まであと二年、しかし母の状況を見極めつつ臨機応変に対処しようと考えた、この三日間であった。

週イチで病院で皮下注射するテリボンと、毎日自分で注射するフォルテオの、二つの製剤が提供されている。ヒトが本来分泌しているホルモンの一部を切り出した、ポリペプチド製剤である。

母は、腰椎の圧迫骨折を発症し、骨粗しょう症であるとして、整形外科でまずはフォルテオを勧められた。毎日の自己注射を丁寧に実演してもらったが、母には自分でやれる自信がなかった。で、近所のかかりつけの病院で一週間に一度のテリボン注射を選択したわけなのだ。

テリボンは、血中パラトルモン濃度の急上昇を避けるため、なるべく脂肪組織の多い部位に注射することが推奨されている。しかし残念ながら母は太っていない。骨・皮・スジの老婆であるので、血中濃度の急上昇が起こってしまったらしい。

今回で20回目の注射であった。
この製剤は強力なので使用回数が定められている。テリボンの場合は確か72週の投薬制限があったはずである。母は、17週目までは問題がなかったが、その後は注射数時間後に心臓ドキドキを経験し、今回はテレビで見ていたフィギァスケート選手が二重に見えて異常を感じ、ベッドに向かったがその手前で意識喪失して倒れてしまった。恐らく低血圧による脳貧血で昏倒したのである。

骨粗しょう症の治療薬の副作用で、倒れて骨折してはシャレにならない。母は、今のところは腕を擦りむいたぐらいで、骨には異常がなさそうである。ただ、打撲症はあとから出るので油断はならない。倒れても足腰が痛まないのは、これまでのテリボンの効果なのかもしれない?

ネットで検索してみたら、「厚生労働省は1月11日、骨粗鬆症治療薬の「テリパラチド酢酸塩」(商品名:テリボン皮下注用56.5μg)と「テリパラチド(遺伝子組換え)」(同:フォルテオ皮下注キット600μg)の使用上の注意に対し、重大な副作用のショックの項に「意識消失」の追記などを求める改訂指示を出した。」との記載が見つかった。

特に閉経後の女性に対しては、この製剤しか対応策がないのが現状のようである。効果が明確なだけに副作用もある。ヒトは長生きになったことで、これまでになかった問題に直面しているのだ。

昨夜、実家の母に電話をしたところ、倒れてベッドにいると言う。
骨粗しょう症の治療薬テリボン注射で、前々回と前回 心臓ドキドキを経験していたが、午後の注射の後でテレビが二重に見えて、ベッドまで辿り着けずに床に崩れ落ちてしまった由。

札幌にいる甥に電話をして、様子を見に行ってもらった。彼は市内にいる兄に連絡を取り、二人して母のもとに駆け付けてくれたのだから有難いことである。

薬の副作用であれば、時間が過ぎれば回復するのだろうが、倒れたとなれば弱い足腰への影響が心配である。と言うわけで、会社を休みにして、Jetstatで飛んできて、3時過ぎには実家に到着することを得た。

たまたま休みだったという甥兄貴が待っていてくれて、引き継ぐ。夜に一献誘ったが、親父(義理の兄)が何と今日ヘルニアの手術であるとかで、ではまたの機会にお誘いしよう。

母は、今のところ元気で安心。明日のうちに千歳に入っておき、土曜日の朝には成田に戻りたいものだが、さあどうなるか、、、

21日 情報誌の広告宣伝を新規に作り始めた。
午後には、外部講師を招いてTV会議で結んだメンタルヘルス講習会。うつ病は「心が風邪を引いた」などではなく「脳に機能障害が起きている」と捉えるべきであり、治癒するが、また再発率も高い。認知行動療法のアプローチを紹介するなど、勉強になった。
分かって治れ!と言うことなのだろう。なるほど合理的である。

来月の展示会に使う籾米サイレージ:SGSのサンプルが冷凍で届いたので、急きょ研究所の冷凍庫を借りに行った。研究室で若き同僚に会い、我が家での食事会を誘っておいた。

20日 奇しくも昨日は、うつ病でほぼ一年間の休職状態だった元部下が復帰することになり、その受け入れ先に取り扱い説明に行ってきたばかりだった。元上司の責任である。
不手際への対処の連絡あり、どうも要領を得ないが真摯に対応するのみである。

19日 新製品のチラシが納品され、配布の準備を進めるなどした。
どこまで販売展開が進むのか、読みが難しい商品である。販促の準備だけはしっかりとしておきたい。

Windowsはサービスであり、スムーズな実行を維持するための通常手段として、更新プログラムの適用が必要です。と書いてあるメッセージが飛び込んできた。
日本語として意味がよくわからないのである。要するに、早めに再起動するなどしてプログラムの更新をお勧めします」と言うことなのだろう。こんなフザケた文章を読まされるたびに、PCの世界では我が国は所詮二流国なのだなぁとイヤになるのである。

マイクロソフトの日本法人ってあるのですよね、多分。そこの社員の方々、も少しちゃんと仕事してください。日本語での日常会話は大丈夫ですか。

さて、17日。夕食前に宮城県から「笑える牡蠣」が届いたので、早速タワシでゴシゴシして蒸して食べた。笑えた。

羽生さん王者の貫禄 凛々しい。そして昌磨君カワイイ、転んだあとでよくも立て直し果敢に攻めた、立派であった。
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18日 男子ご飯を見て、掃除して、カミサンと買い物。牡蠣の蒸した汁がもったいないので、広島の牡蠣を買ってきて生姜と牛蒡を入れて牡蠣の炊き込みご飯。まだ汁が余るので、礼文の昆布だしを加えてキノコの汁もの。我ながらそこそこ上手く出来ました。
何やら底冷えしてきたが、幸せに夜は更けていくのである。

16日 会社でひと悶着あり、めげる。あまりにもルーズである。
気を取り直して、出来上がった新製品リーフレットを社内に配布、市内の配送センターにも配りに出た。

エスケープ号のサドルを少し上げてやろうと六角レンチでボルトを緩めたら、パキンと折れてしまった。日本製のネジでは考えられない品質。おっと、品質については人のことは言えないな。急きょ自転車屋に修理に持ち込んで、ではセンターまでは公共交通機関と歩きで参ろう。
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波止場の公園整備も随分と進んできた。
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帰宅すれば我が家のアレカヤシは、春への備えなのか、大きく葉を広げつつあった。

17日 冬晴れの、青空の土曜日の朝である。
札幌で通学していた息子が持ったままになっていた実家の鍵を、今度は甥っ子夫婦に持っておいてもらうこととした。母に何かあったときには、近間の親戚が頼りである。

カギと共に食品などを詰め合わせて送り、修理を終えた自転車を取りに行く。雲が増してきた空からポツリポツリと雨が落ちてきて、そのうちに猛烈な風が吹き始めた。

相変わらず寒い日が続いているのである。
来月に出展することになったシンポジウムの準備にパワポ資料をまとめつつ、新製品の販促リーフやら、業界雑誌への新製品紹介など準備している。
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桟橋の公園整備は、モニュメント工事は一段落。今度はパラソルが数基立ち始めた。
このところ、夕飯の時間にカミサンと冬季オリンピックを観戦。やはり日本勢の活躍は嬉しい。つい応援してしまう。

11日は日曜日、連休二日目である。
掃除して、溜まった紙パックを解体して片付けて、机周りの整理をいろいろ。
昨日も今日も比較的暖かいが、どうやら今日までらしい。北日本ではまだ大雪が続いているようだ。
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12日は振り替え休日。カミサンは仕事に出掛けていき、私は期限切れsuicaの残額を隣駅の機械で受け取り、酒を買って帰ってきた。スピリタス、ウオッカ、ホワイトリカー。レモンが手に入ったのでレモンチェッロを作るのだ。

帰宅して、牛蒡と人参を削って貝柱の炊き込みご飯。寒締め法蓮草でキッシュ、干し椎茸を戻して切り干し大根などせっせと作る。キッシュは少し焼き過ぎで、しかもクリームが古かったので入れずに作ったら、今イチの出来だった。

夕食後はレモンの皮をピーラーで向いてスピリタスに投入、剥いたレモンは輪切りにして氷砂糖を入れてホワイトリカーを注ぐ。確か一週間ほどしてレモン皮の抽出は終わるはずなので、来週は砂糖水と合わせていよいよレモンチェッロの仕込みである。

三連休の一日目、カミサンに誘われて電車を乗り継ぎ、はるばる東中野まで。遠かった。
映画館「ポレポレ東中野」を探し当てて、ドキュメンタリー「おだやかな革命」を観た。太陽光・小水力・風力発電による地域おこしと都市部との連帯、森林資源を再開発する村の再生戦略。バイオマスを軸に、全国各地の取り組みを紹介した。
遍くもたらされた基礎教育と国民の民度の高さは、我が国の財産である。まあ、クレバーな方々だけを紹介したのだろうけれど、旧弊な立場からの反発や移住者の成功に対するやっかみなども当然あったのだろうけれども、映画ではポジティヴに切り開き、賛同し、支える人々の姿を、ただありのままに紹介していた。

地元の電力会社が各戸に張り巡らせた電線から、毎月お金を払って電気を買う。当然のように配備されたライフラインだが、今や「どっちが安い」の電気屋とガス屋の競争などではなく、再生可能エネルギーで発電された電気を消費者が選んで買える時代である。電力も資源であり、地域戦略の柱になりうることを実感した。

資源を、資金を、そして人材を消費する場としてある都市部の生活者は、今何を考えねばならぬのか。皆して一様な便利な生活を追い求めてきた私たちは、これで良かったのか。