カテゴリ:仕事と出張( 578 )

さて、25日の朝。
まずは千歳空港を右手に見て南下して、日高道の入口の沼ノ端西ICを目指す。ところが工事中で、次の沼ノ端東ICまで迂回せよとの看板。やはり、何かありそうな予感は当たったな。時間に余裕を見て出発したので大丈夫、と思っていたのだ。
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ところが今度は、途中の厚真ICから鵡川ICがナント通行止め、慌てて道路情報を聞けば、朝の五時半から事故で通行止めだった由、これはマズイ 間に合わぬかと焦り始めた。

日高富川からは車を飛ばした、一般道に降りれば片道一車線で追い越し禁止区間も多く、これはなかなか飛ばせない。気を揉みつつ、それでも5分遅れで待ち合わせ場所に到着できたのは幸いだった。営業所の仲間と合流し、取引先二つを回って、新冠まで戻って遅い昼飯を食べて一息ついた。
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その後は、またしてもひたすら走って札幌の実家に辿り着いた。

26日の金曜日 母を整形外科と内科の病院に連れて行く。
股関節に入れた人工関節が寿命を過ぎており、何とか持たせましょう作戦でいたのだが、痛みが出てきた。大腿骨にもやや変形が見られ、これは今後は注意深く見て行く必要あり、場合によっては骨折する前に関節の置換手術も検討しましょうか、との診断。歳をとってからの全身麻酔は負担になるので避けてきたわけなのだが、そろそろ年貢の納め時というやつか。

天気予報は雨だったが、実家ではそれほど降らず、お陰で最低限の畑仕事ができた。晴天は多くないようだが、今年の札幌は昨年のような春の天候不順が無かったので、畑の作物の生育は順調だ。

ゴーヤのグリーンカーテンもそこそこ繁茂し、キュウリやトマトは豊作の予感。周囲の家々の庭でも、野菜の実りが良いらしい。

27日の土曜日 関東には台風崩れが接近している。
荒れぬうちにと、飛行機を早めたら、JALの国際線仕様の機体の臨時便がガラ空きだった。20人乗っていただろうか。

28日の日曜日 朝まで小雨が降っていた。
雨上がりの外は、ジメジメと蒸し暑い。歩いているだけで汗がしたたり落ちる。
ベランダゴーヤをメンテナンスして、掃除して、昼を簡単に済ませたら、さあて外に出ようか迷っているのである。

スペシャルリサーチでロケット団と対決せねばならぬのだが、大汗かくのは必至である。


22日の月曜日 出張の準備を進めながら、会社を抜けて銀行口座の整理などする。投資信託や定期預金も普通口座に移して、建築費用に充てる資金もどうやらまとめ終わった。

23日の火曜日 会社も喪が明けて、久し振りの社員の飲み会。
二階に入っている親会社の面々も誘って、玄関先でバーベキューとジンギスカン。たらふくビールを飲んで大賑わいだった。

24日の水曜日 昼まで仕事して、いったん帰宅して電車に乗る。
取引先に持っていく千葉のお菓子の土産と、同行してくれる若き同僚には好みのIPA缶を買い求めていた。荷物が重たいのである。
その日のうちにレンタカーを借りておき、千歳の定宿に入った。
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25日の木曜日 浦河の、より正確にはJR日高線の日高幌別駅で9:30の待ち合わせである。千歳から車で二時間半かかる、何かあってはいけないので早めにホテルを出発すれば、やはりアクシデントがあった。長くなりそーなので、続く。

1日 朝礼があって、グループの週次ミーティングもあった。
小雨が降ったり止んだりのハッキリしない天候が続く、如何にも梅雨だ!が続いている。
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2日 美浦の取引先から呼ばれていた。
過日の競走馬飼料への禁止薬物混入事故を受けて、全ての製品の再確認を進めているとの事。ご苦労様な事である。
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東京駅から特急に乗る。駅のキオスクNewDaysで弁当を買えば、雪ミクのクリアフォルダーがオマケになった。北海道フェアを開催中、だそうである。
新幹線に乗って、北海道に行こう!!!ってか。

土浦からは、一時間に一本のバスで美浦トレセンまで。着いた美穂は蒸していた。事情聴取され、いろいろ話したが、このままでは終わらぬ予感。検査体制の整備も急務であるようだ。

帰りは特急に巡り合えず、土浦・我孫子・新松戸・南船橋と乗り継いで、それでも18時過ぎには帰宅することができた。

24日 取引先を訪ねて、土浦の先まで。
車で東関道から回ることが多いので、実に久し振りに常磐線の特急列車に乗った。
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昔は上野から「スーパーひたち」などが出ていた記憶があるが、今では「特急ときわ」が品川発で東京、上野、柏の次はもう土浦だ。

しかも、常磐線の特急は昔は随分と揺れた記憶があったが、今回は実にスムースな走行。線路が良くなったのか、車体が改良されたのか、まあきっと両方なのでしょうね。

23日 急ぎの仕事もなくヒマしていたら、社史編纂のメンバーからいろいろ聞かれた。なるほどこの会社では私が社歴で最年長なのだから、ムベなるかな。PCのHDDの底のほうに残っていた昔のファイルを探すうちに、当時の細かな記憶も戻ってきた。ちゃんと仕事していたじゃないか、私。

21日の月曜日は、昼前まで先週の出張報告作成。研究所の常会ではいろいろと技術的な話題も出たので、これは書き留めておかねばならぬ。何とかまとめ終わって、モノレールで千葉駅、総武快速で東京駅、東海道新幹線で京都に着いたら日が暮れていた。

夜7時から、大学時代の旧友と待ち合わせしていた。奥様同伴で来られ、しばし近況を交換して楽しく語らった。
多分、20年以上会っていない彼だけれど、何せ昔馴染みであるからすぐに時間差はなくなるのが妙。
まあ二人とも髪が白く薄くなり、歳をとったことは確かである。お父上の看病などで苦労されたと聞いた。
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酔っぱらって京都から二駅の大津の宿。

22日 駅裏のレンタカーを借りて、栗東トレーニングセンターで販売店さんに新年ご挨拶と、お詫びと、ご連絡など。
昼には大津まで戻り、京都から再びの東海道新幹線、夕食の買い物をして帰宅は4時過ぎ。ブログを書いたら夕食の準備にかかろう。
今日のメニューは、海老だしにタコやら帆立を放り込んだシーフードカレー、サラダと香味スープで、白ワインの予定である。
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17日の午後に羽田から新千歳空港。
運行状況を見れば、大荒れの北海道では各空港から「飛ばぬ」だの「引き返すかも」のコメントが付き始めていて、まだ千歳は無事だが飛行機を早めることにした。

2時台の便で飛んで、4時過ぎには到着。次の便からは機材の到着遅れも出始めていたから、早めて正解であったろう。
私の便は遅れはしなかったが、着陸前に高度を下げ始めたところで激しく揺れた。左右に上下に揺さぶられて、こんなのも珍しい。
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札幌市内へのバスは降雪のためノロノロ運転、宿の手前で降りて歩いたが厚着であっても北海道人の私が身震いするような寒さだった。夕飯はタチの天婦羅と鰊漬け。

18日 所々で粉雪が舞い、風を巻いて吹き付けたりで、なかなかに寒い。野幌まで移動して研究所で定例打ち合わせ、終わればススキノまで戻って某社長さんと打ち合わせを兼ねて一献。

19日 出張は昨日までだが、自費で一泊して、今日は実家の増築打ち合わせ。相見積もりに呼んだ二社から話を聞いた。増築前に乗り越えるべき壁がある。困ったことになった。

雪も止んで少しは寒気も緩んだ札幌、バス、地下鉄、JRと乗り継げば新千歳空港には早めに到着。飛行機を早めて、帰宅は8時。
カミサンは交流会とかで、私だけで残り物で肉豆腐など作り食す。

明日の日曜日は、ゆっくりと休みたいもの也。

11日には実家の母を訪ねる。
先日は、義兄が意識朦朧として病院に担ぎ込まれたとかで慌てたが、すでに退院して母のところにも挨拶に来た由で、良かった良かった。

母の買い物に付き合って、年賀状の材料、来年の日めくり、スイスの鉄道員夫婦に毎年贈っているクリスマスカードに日本のカレンダーなどを購入。生協で西洋キャベツを見つけたので、ロールキャベツを作ってみた。
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まだ雪の降らぬ札幌なれど、畑は霜が降りて作物はお仕舞。
最後の片づけをする。

12日は江別の研究所で定例打合せ。終われば千歳で泊まる。冷たい雨が降り始めた。
13日 朝のJetstarで成田に降りて、そのままレンタカーを借りて研究員氏と共にエコフィード業者さんで打ち合わせ。
新しい乳酸菌を試したところ、問題とされた悪さをする酵母をある程度抑え込むことができたようだ。数か月を要したこの問題にも、何とかピリオドを打つ事が出来たようである。

静岡に行くという研究員氏をJRの駅で降ろして、燃料を入れレンタカーを返して、ようやく一週間空けた我が家に戻ってきた。
昔は一週間続きの出張など何ともなかったものだが、この年になると夜は早めにビジネスホテルで就寝して、移動の時間もできるだけ合理的に組まねば、体にコタエルことである。

6日は先月実績の速報日。既に我が製品群の需要期は終えたので軽く済ませたが、何とか予算達成。しかし、細かく見ればクレーム返品など問題が無くもない。丁寧に対処しておこう。
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7日はPR動画作成の打ち合わせを終えてから、移動を開始。新幹線で名古屋、近鉄に乗り換える。
近鉄電車は久し振りだ。10年以上前に、堆肥発酵機の納品と設置工事で南伊勢や鳥羽に通っていた時に、いつもはワゴン車を運転して行ったものだが、たまには電車にも乗ったのだ。
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8~9日は、イネWCSの講演会と現地展示会。
二日目は雨に祟られたが、関係する方々ともお会いできて有意義だった。終わって千葉に戻り、すぐまた北海道では年老いた身が持たぬので、9日は常滑泊り。翌10日は中部セントレア空港から新千歳空港、夜に札幌駅前まで来て泊っておいた。
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宿泊費は自腹となるが体調管理を優先だ。
飛行機代は羽田から飛ぶよりも、中部セントレアからJetstarで飛んだほうが安いから、これは会社経費で何とかしよう。
着いた札幌で、欲しかったポケモンをゲット! さすがは酪農王国北海道であるね。続く。

3日は昼まで事務所仕事、サプリの在庫切れのお詫び電話をぎりぎりまで対処。いったい何やってるンだ、対応が遅すぎる。と内心憤りつつ、、、
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市内で銀行口座のメンテをしてから東京駅、新幹線に乗ればあっという間の長岡だった。
昔、微生物飼料のルートセールスをしていた頃は、ほぼ毎月のように来ていた。長岡を拠点として、新潟県内を回り、今度は金沢に移動して富山県・石川県・福井県と販売店とお客様巡回して、名古屋に降りたりしていたな。もう20年以上も前のことだ、長岡の街も大きく変わっていた。

4日は三条市にある試験場を訪ねて情報収集、終われば戻って、今度は上越妙高で特急から新幹線に乗り換えて富山。
ちょうど台風が迫っており、富山駅に到着すれば在来線は運休していた。横殴りの雨の中を、ホテルに急ぐ。
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まだ早いけどホテル併設の居酒屋で一人酒、げんげの唐揚げやら白海老の刺身をいただいて早めの就寝が吉と出た。
この時間の富山は、台風の目の中だったようだ。雨と風が収まり、上空の雲が渦巻いていた。そして、その後は再び猛烈な雨。
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5日 起床すれば快晴、まさに台風一過だ。そして気温が高い。
再びレンタカーを借りて、今度は富山の試験場を訪ねて情報収集。終われば富山駅前で遅い昼飯、つい刺身定食など食べてしまう。旨かったけど。

新幹線で東京駅まで直行できるご時世、午後6時には帰宅できた。
今回の情報収集は有意義だった。も少し補強して、レポートにまとめるつもりなのだ。

27日の浦川までの移動の道すがら、通りかかったビッグサイズ紳士服の店で我慢できずに安物のジャケットを買った。
長袖のワイシャツだけで札幌に来たのだけれど、昼間は何とかなっても、朝夕が寒い。暑ければ脱げばよいが、羽織るものがなければどうしようもないのだ。
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28日 広告掲載の不手際でご迷惑をおかけした相手先を訪ねて、お詫びのご挨拶。昼には隣町の様似まで車を走らせて、ツブとホッキ丼を食す。うーむ来た甲斐があったというものだ。

気を取り直して、再びJRA施設まで戻って、専門の先生にズーズーしくいろいろ聞く。こちらも手探りなので、各方面の方々のお話を聞きながら、可能性を見極めていく作業なのだ。

帰路に、販売店さんにも顔を出して意見交換。新冠の先から高速道路に乗れば、千歳に戻ったのは7時だった。流石に草臥れて、ビールを飲んだら回りが早い、すぐに就寝。

29日 朝の飛行機で羽田に戻り、そのまま今度は六本木にあるJRA事務所で製品開発の相談。20℃に辛うじて届いた浦河から30℃近い都内、しかも湿度が高いので体にこたえるのである。
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麻生十番まで歩くと、牧草牛専門店なる店を発見した。
穀物を食わせて肥育を仕上げるのがグレインフェッド、つまり穀物肥育。対して牧草だけで肥育するのがグラスフェッド。
穀物肥育しないと、肉は固く、脂肪の色も濃く、日本人好みではないとされているが、このお医者様は栄養学的に後者を推奨しておられるらしい。

ガラス越しに冷やかしていると、店のおねーさんが出てきてくれた。説明してくれようとするが、私のほうが詳しいですよ多分。試しにグラスフェッドとか言ってみたが、やはり通じませんでした。

帰宅の直前に若き同僚から電話、ウームこれは手伝ってあげねば。
会社に出ようかなと考えていたが、自宅からポルテ号で研究農場。加工したい植木鉢をもって、昔からの知り合いの鉄工所のお父さんを訪ねた。6~7年か、随分とご無沙汰だったけれど、覚えていてくれた。目立つ図体はこのような時には便利である。

加工を頼めば二つ返事で引き受けてくれた。
すぐさま同僚に電話して、明日再びの訪問を決め、今度は直帰させてもらった。我ながら、シニア社員にあるまじく、よく働いてしまった。