不動産を売ったり、建てたりで、周囲に書類が溜まってきた。
エイヤと時系列でまとめて、ファイルに綴った。

まずはマンションの売却に関するもの、次いで離れの施工業者の見積もりと打合せ資料、設計事務所とのやり取りと母屋の経緯、そして離れの設計図面の変遷だ。

要らぬものはどしどし捨てた。
ようやく、ここに来て周囲が見渡せた気がするのである。

マンション売却の契約に、そして離れの新築の契約に、月末に札幌行きを決めた。土曜日に汐留のショールームで照明器具の相談をしたら、その足で成田から飛んで日曜日には二つの契約を済ませる予定也。

土日をつぶして忙しいのだが、今すべきことなのだ。
果敢に、丁寧に処理して行こう。

これが済んだら10月か、我がサラリーマン人生も残すところ半年に相成るわけである。

実家の横に建てる離れの資金にしようと、月寒のマンションを売りに出した。値下げして値引きして、ようやく売却手続きに進もうとしている。

さあ不動産業者からは、遡って半年の賃借料の支払い明細だの、過去三期の総会議案書と議事録だの、これまでの修繕の履歴だのを提出せよとの催促だ。言われれば用意してしまえる我が事務処理能力! しかし、こんなに客に投げっぱなしで、仲介とはオコガマシイのではないか。若い担当者は調子はイイが、コミュニケーション能力は乏しい。

どうやら相手は法人らしい。
と言う事は、今のうちはオーナーチェンジで安く買い叩いておいて、店子が退去したら高値で売り払おうとの魂胆なのか。であれば、もっと汗をかいても良いと思うのだが。

こちとら、この物件を無理に現金化しなくとも良いのだ。
足元を見てはいけないぞ。

これ以上の作業負担を強いてくるなら、無かったことにしましょうと言ってやりたい気分なのである。
まったく、、、

それにしても、下げた同価格帯で、今入居している方には「買いませんか」と返信用葉書まで同封したというのに、無しのツブテ。
これまた如何かと思うのである。この世の中はコミュ障の方々が多いのだな。と思いました。

14日 実家の横に建てる離れの見積もりも煮詰まってきたので、カミサンを伴ってJetstarで新千歳空港。バスと地下鉄で工務店を訪ね、打ち合わせた。

先方の説明がなっていないので、こちらの方でエクセルで比較表を作り、先方の計算間違いや見積もりの甘さを指摘したうえで、差異の説明を求める羽目になる。現役の(シニアだけど)会社員の事務能力を舐めてもらっては困るのである。

何とか30万円程度を圧縮して予算に見合う内容に落ち着いたところで、では契約しましょう。続いて、外壁、玄関ドア、室内の床材などの色合わせまでしてきた。

工務店の近所にある蕎麦店「季のした」さんで、とりあえず進展を祝ってカミサンと乾杯して、実家に泊まる。

15日 実家のゴーヤのグリーンカーンを片付ける。
近所の電気屋さんに来てもらい、インターフォン、インターネット、照明器具、そしてロボット掃除機の話を聞く。照明器具は、やはりショールームに出かけなければならぬらしい。月末の都内のショールームを予約した。

午後には、売りに出していた月寒のマンションに買い手が付いたの報。100万円下げたところに、さらに50万円の値引きを言われ、では550万円ならと答えたら、これで了承とか。成約は嬉しいものの、やや複雑な心境である。

夜は、最後の収穫となったゴーヤでチャンプルー。

16日 昼のJetstarで着いた成田は雨、先日の台風による倒木等の被害が至る所に見られる。
3時過ぎに帰宅して、買い物に出て、ようやく落ち着いて備忘録を書いている。

離れの建設に関わる確認申請やら契約やら、半金の準備もあるし、売却するマンションについてもいろいろ成すべきことがある。丁寧に進めて参りたい。

先日、概算見積もりを札幌の業者さんからもらい、カミサンと共に札幌まで打ち合わせに行ってきた。

図体のでかい私に合わせて、キッチンは作業位置を高くしたい。どうせ新設するなら流行りの対面型にしたい。とか考えた。
キッチンの詳細はショールームで見てきて欲しいと言われ、地元千葉市内でショールームを探してカミサンと覗いてみたわけなのだ。
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漠然としたイメージしかなかったが、なるほどショールームでの見積もりとはこういったものかと、ようやくガテンがいったのだ。

まずクラスを選ぶ。高級になるほどパーツ選択の自由度が増す。
次いで天板の材質を決める。ステンレス、人造大理石、セラミックなどがある。
そしてシンクを選び、蛇口を選び、コンロを選び、周囲の収納の形を決めていく。これは確かにコーディネーターのお姉さんに指導してもらわねば、ただ見に行っただけではダメなのだな。

見積もりは、まとめて自宅と札幌の業者に送ってくれる。今度はこれを見ながら要不要とグレードの再考を進めることになる。

この連休は、我が家で大きな面積を占める本棚と、冷蔵庫だ洗濯機だのサイズを測り、カミサンと私の個室のレイアウトを考えて、工務店に伝えなければならぬ。ようやく離れの計画が動き出したところだ。

4日 カミサンの抜糸の日。
会社を休みにして、ポルテ号で付き合って、抜糸が終われば筋電義手の研究をしているという府中の電気通信大学を訪ねてきた。

恐れ多くも教授先生自らがご説明して下さり、成程こういうものかと理解ができた。対応できる装具士を探すことから始めなくてはいけないわけである。

5日 一日遅れの6月実績速報日。
販売実績は素晴らしく、しかし今後の計画への反映の仕方を考えるべきである。午後からはカミサンの義手の話を聞きに、極めて近所にある千葉赤十字まで行ってきた。

6日 土曜日の朝からカミサンと共に成田空港。
昼過ぎに札幌入りして、まずはお世話になる建築会社で設計の打ち合わせ。続いて水漏れ事故があったカミサンの実家の様子を見に行き、藤野の実家に到着した。
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離れを建てる場所の庭は、すっかり庭木が撤去されて更地となっていた。我が札幌移住計画も、一気に現実化した感ある。

今のところ、10月中旬の着工で明けて2月末には完成の予定なのである。
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7日の日曜日、幸いにして晴れ。畑仕事を頑張った。
畑はアカザの林と化していて、抜いて抜いて抜きまくる。

今年の北海道は、春の気候もそれなりで、植えた苗の生育もそこそこ順調だ。ゴーヤのグリーンカーテンも良いスタートを切った様子。

8日 トマトと胡瓜に手をやって、ゴーヤのコンテナに散水したら、新千歳航空から成田に戻ってきた。
千葉市内では、キッチン・洗面台・トイレなどの現物合わせで、慌しくショールームを冷やかして帰宅。豪華な設備にするつもりはないが、価格と相談しつつ新居を設えたい。しばらくはショールーム回りが続きそうである。