実家の母が病院に行きたいという。半年に一度、人工関節のモニタリングをしているのである。
大昔に両股関節を手術しており、かなりガタが来ている。しかし高齢での全身麻酔は体の負担が大きいし、人工関節の入れ替えは大変な作業になるらしいから、再手術は諦めている。
で、大事に使いましょう、と云う事になる。その定期検査なのだ。
f0057955_08483584.jpg
14日の金曜日を休みにして、成田空港から8時台のJetster。こんなに空席の目立つ機内は初めてだ、いつもの賑やかで存在感のある中国人観光客の姿が見えない。

さて、昼前に実家に着いてみれば、何と病院は午前中であったとか。午後と聞いたからこのタイミングで来たのだが、もう間に合わぬではないの。
母は「午前と言った」と言い張るが、私は午後と聞いたから午前中の飛行機で行きますと応えたのだ。ダイイチ千葉から飛んできて午前中の札幌の病院に間に合うわけないジャン。私は自宅を朝の5時半に出たのだ。

そー言えば、私が成田から飛ぶとカミサンに伝えたはずが、カミサンは「羽田」と言ったと譲らない。私が言い間違えた可能性もなくはない、どうも母も私もカミサンも、年をとって勘違いや早飲み込みや、そして意固地が増している。皆してポンコツである。気をつけよう。

病院には行けなかったが、実家では買い物や畑仕事でそこそこ忙しかった。近所の生協では、豆腐と牛乳とヨーグルトと卵が品薄ですでに売り切れだった。帰路にもしやとセコマに寄ったら、豊富の牛乳とヨーグルトをゲットできたのが有難かった。
f0057955_08484619.jpg
16日の日曜日、夕方に成田に戻る。
新千歳空港は利用客の数は普段と変わらない気がしたが、レストラン階はすべて閉店。数少ない飲食店には長蛇の列。
こんな時期に来てくれた観光客には誠に気の毒である。

10日は美浦まで顧客対応で一走り、行き帰りに一日を費やした。
11日の今日は、ぐっと気温が下がった。通勤時にはジャケットを着てもよいくらいで、一気に気配は9月下旬だ。
f0057955_21463265.jpg
昨日の続きで、市内の配送センターまで検品に行く羽目になる。
途中歩いた「みなと公園」では、赤・白・黄色の蓮の花が咲いていた。
f0057955_21462025.jpg
ようやく、暑さから解放されるのだろうか。
日没が早まってきて、終業の頃には暗くなり帰路の自転車にはヘッドライトが必要な季節になった。しばらくさぼっていた自転車のタイヤに、空気を入れてやることにしよう。

全国的な大災害が目立ったばかりの夏だったが、気がつけば既に秋である。

北海道を襲った5日の台風、いたるところで大木がなぎ倒された。
我が社の施設にも木が倒れ掛かるなどの損傷ありとか、心配していたら今度は6日未明の大地震だ。

震源地では大規模な山崩れ、そしてまさかの北海道全域(発電所を持つ離島を除く)での大停電、電力供給ネットワークの脆さを露呈した。
札幌本社では6~7日は社員は自宅待機、交通機関は動かず、事務所に出ても電気が来なければPCも動かない。

私は千葉にいて仕事柄、道内事業所との電話やメールのやり取りが多いのだが、固定電話は不通、やむを得ない場合には携帯電話、そして固定PCでのメールは開けない。やきもきしながら、まずは電源回復を待つことになった。

不謹慎にも、7日の夜には新橋で退社した先輩方との飲み会。
夜に実家からの電話で、電源回復を知らされ、とりあえず一安心したところだ。

北海道では酪農家が搾乳機械を動かせない、何とか搾乳できても牛乳の冷蔵保存装置(バルククーラー)が動かない。
だいたい乳業メーカーも停電で稼働できず、集乳ローリーも来なければ牛乳も出荷しようがない。

事故った厚真火力発電所は北海道の主力パワープラント。海外炭の使用を前提に苫東の海に面した立地だ。
苫小牧から日高に向かって海側を走れば、発電所の雄姿と、その横の巨大な石炭貯蔵場が嫌でも目に入る。全道の電力需要の4割を担うとされた泊原発が停止中であり、近年は火力発電所の高稼働が続いていた。そこが被災したのだから影響も大きかったのだろう。

危機に及んで、すぐに原発を再稼働させ電力回復ができたなら、原発の株も上がったのかもしれない。
しかし、原発は臨界まで持っていくのに一苦労する鈍重な・重厚?なメカニズムであって、そーは行かない。むしろ使用済み核燃料の冷却にも、もちろん施設内の制御機器にも、外部電源が必要なのだ。

ほくでんサンにしてみれば、泊の再稼働が見通し不透明の中で、高負荷となっていた主力発電所が被災したのだからお気の毒ではあるけれど、そろそろ電力の地域分散と相互補完ネットワークを考えてほしいものだ。原発はもう諦めましょうよ。

そー言えば、昔読んだSFに、何らかの原因で荒廃した地球を舞台に、人類文明の灯火たる原子力発電所の稼働を死守する物語があった。電力を失えば人類は文明を喪失してしまう。子孫に文明を継承するために、我々は原発を守らなければならぬのだ。
それなりに面白く読んだ記憶がある。昔の原発は人類の叡智の結晶、科学力のシンボルだった。バラ色だったあの頃、、、

3日は昼まで事務所仕事、サプリの在庫切れのお詫び電話をぎりぎりまで対処。いったい何やってるンだ、対応が遅すぎる。と内心憤りつつ、、、
f0057955_18191046.jpg
市内で銀行口座のメンテをしてから東京駅、新幹線に乗ればあっという間の長岡だった。
昔、微生物飼料のルートセールスをしていた頃は、ほぼ毎月のように来ていた。長岡を拠点として、新潟県内を回り、今度は金沢に移動して富山県・石川県・福井県と販売店とお客様巡回して、名古屋に降りたりしていたな。もう20年以上も前のことだ、長岡の街も大きく変わっていた。

4日は三条市にある試験場を訪ねて情報収集、終われば戻って、今度は上越妙高で特急から新幹線に乗り換えて富山。
ちょうど台風が迫っており、富山駅に到着すれば在来線は運休していた。横殴りの雨の中を、ホテルに急ぐ。
f0057955_18192260.jpg
まだ早いけどホテル併設の居酒屋で一人酒、げんげの唐揚げやら白海老の刺身をいただいて早めの就寝が吉と出た。
この時間の富山は、台風の目の中だったようだ。雨と風が収まり、上空の雲が渦巻いていた。そして、その後は再び猛烈な雨。
f0057955_18193654.jpg
5日 起床すれば快晴、まさに台風一過だ。そして気温が高い。
再びレンタカーを借りて、今度は富山の試験場を訪ねて情報収集。終われば富山駅前で遅い昼飯、つい刺身定食など食べてしまう。旨かったけど。

新幹線で東京駅まで直行できるご時世、午後6時には帰宅できた。
今回の情報収集は有意義だった。も少し補強して、レポートにまとめるつもりなのだ。

北海道から戻り、気温差が激しい今日の千葉は最高気温が34℃。
こんな日に限って、昨日の続きで外出して市内の鉄工場さんを訪ねる羽目になる。暑さに打ちひしがれて、かなりイキが下がって昼前に事務所に辿り着いた。

事務所ではPCが更新されており、win10は自宅では慣れているものの、突発事項に対応しながら、画面の色合いを調整し、スクリーンセーバーを設定し、私はカナ入力なので切り替えて、マウスはワンクリック設定にして、などなどいろいろな設定をし直して操作性を回復したところで定時に至った。
f0057955_20474912.jpg
帰宅して夜は、シュティーカフェーさんのブログを参考に、イタリア風夏野菜炒め。パプリカが無くってピーマンになったから、色彩的には宜しくないが、ケーパーとアンチョビと、そしてワインビネガーを大目に振ったのが旨かった。

写真にはないが、実は最後にルッコラを散りばめる。これがまた鮮烈である。カミサンにもウケて、作った甲斐があったというものだ。レシピには忠実だったつもりなれど、も少し極めてみたい。

明日もまた34℃とか、残暑が厳しいのである。

27日の浦川までの移動の道すがら、通りかかったビッグサイズ紳士服の店で我慢できずに安物のジャケットを買った。
長袖のワイシャツだけで札幌に来たのだけれど、昼間は何とかなっても、朝夕が寒い。暑ければ脱げばよいが、羽織るものがなければどうしようもないのだ。
f0057955_18335721.jpg
28日 広告掲載の不手際でご迷惑をおかけした相手先を訪ねて、お詫びのご挨拶。昼には隣町の様似まで車を走らせて、ツブとホッキ丼を食す。うーむ来た甲斐があったというものだ。

気を取り直して、再びJRA施設まで戻って、専門の先生にズーズーしくいろいろ聞く。こちらも手探りなので、各方面の方々のお話を聞きながら、可能性を見極めていく作業なのだ。

帰路に、販売店さんにも顔を出して意見交換。新冠の先から高速道路に乗れば、千歳に戻ったのは7時だった。流石に草臥れて、ビールを飲んだら回りが早い、すぐに就寝。

29日 朝の飛行機で羽田に戻り、そのまま今度は六本木にあるJRA事務所で製品開発の相談。20℃に辛うじて届いた浦河から30℃近い都内、しかも湿度が高いので体にこたえるのである。
f0057955_18341588.jpg
麻生十番まで歩くと、牧草牛専門店なる店を発見した。
穀物を食わせて肥育を仕上げるのがグレインフェッド、つまり穀物肥育。対して牧草だけで肥育するのがグラスフェッド。
穀物肥育しないと、肉は固く、脂肪の色も濃く、日本人好みではないとされているが、このお医者様は栄養学的に後者を推奨しておられるらしい。

ガラス越しに冷やかしていると、店のおねーさんが出てきてくれた。説明してくれようとするが、私のほうが詳しいですよ多分。試しにグラスフェッドとか言ってみたが、やはり通じませんでした。

帰宅の直前に若き同僚から電話、ウームこれは手伝ってあげねば。
会社に出ようかなと考えていたが、自宅からポルテ号で研究農場。加工したい植木鉢をもって、昔からの知り合いの鉄工所のお父さんを訪ねた。6~7年か、随分とご無沙汰だったけれど、覚えていてくれた。目立つ図体はこのような時には便利である。

加工を頼めば二つ返事で引き受けてくれた。
すぐさま同僚に電話して、明日再びの訪問を決め、今度は直帰させてもらった。我ながら、シニア社員にあるまじく、よく働いてしまった。

25日の土曜日、昼過ぎの成田空港にはカミサンが付き合ってくれた。札幌の実家に着くのは母の夕食に間に合わぬ、真駒内のスーパーで肉と野菜とビールを買って行く。

翌日は畑仕事。キュウリを母が収穫しやすいよう誘引して、あとはひたすら雑草退治。
f0057955_17352679.jpeg
翌日に備えて、市内まで移動。エドゥイン・ダン記念館まで歩いて、地下鉄に乗った。

市内ではヘンテコな格好の若者ら多数。市民マラソンの余波なのだろう。
f0057955_17412322.jpeg
で27日。市電に乗って、レンタカーを借りて、千歳から鵡川に抜けて、浦河までのロングドライブ。今日は
移動だけの一日だったな。明日は忙しくも充実した日になる予定である。
f0057955_17455794.jpeg

朝7時頃は、風が巻いて雨が叩き付ける嵐の千葉。
こんな状態では電車も動かぬだろうと心配していたら、8時前には収まって、傘もささずに電車で出勤。
f0057955_18540436.jpg
東京駅に着けば、ポツリポツリの雨、そして蒸している。
10時から、会社でIDをもらっているパテント検索システムの勉強会だ。製品のリニューアルも検討しているので、少し他社特許なども調べておきたかったから、この際だと出席させてもらったわけである。

午前中は概要編、午後からは実践編で、流石に今日一日ですべてが分かるわけではないが、こんな事が出来ると覚えておればテキストを見ながら跡は辿れるようだ。

いつもは踏み入れることも少ない世界、新鮮な経験であった。
念の為に折りたたみ傘をリュックに入れていき、結局は使わずに帰宅した。まだ風は強い。

いやー、暑い。
湿度が高いので、千葉の最高気温は32℃だったとはいえ体にコタエるのである。

午前中のミーティングで少々緊張感のある話を聞いて、午後からは半日休とした。盆休みを過ぎてバタバタしていて気がつけば、降圧剤が在庫僅少だ。金曜日は終日都内で講習会を入れてしまったし、土曜日からは札幌、そして日高を回って、戻りは水曜日だ。今日のうちに薬を補充しておこうと企んだのだが、、、

まずは昼に会社近所の千円床屋に行けば、むむ、12時半から昼休憩とか。出鼻を挫かれるとはこの事だ。
で、仕方がないので駅蕎麦を食べて、一度は自宅に戻る。クリニックは14時からなので早すぎるのだ。時間調整して、予定貫徹とばかり意気込んで、再び暑さの中に出る。

車に燃料を入れる。
いよいよクリニックに行けば、妙に静かだ。玄関先をのぞけば何と、23日まで夏季休業だった! そういえば前回そんなことを聞いていたかもしれない、忘れていたのはこの暑さのせいである。

何のための午後休だ、とかブツブツ言いながら、千円床屋まで行って今度こそ髪を刈る。うむ、少し達成感がある。
帰路にヤオコーさんでお買い物して帰る。ビールを買うのに気を取られて、卵を買い忘れていた。暑さのせいである。

エアコンを入れた我が家でしばし、夕方には近所のイオンで卵だけは買っておこう。暑くて動くのが嫌になるが、必要な事柄はキチンとこなして参ろう。

暑さは一段落の関東だが、半袖では震える寒さだった千歳から戻った身には、まだ暑さがコタエルというものだ。
f0057955_13262820.jpg
今日の昼は、卵の黄身の醤油漬け丼を試作してみた。
ビニール袋の中に三時間ほど、黄身を醤油に漬けておく。ご飯の上にシラスとオクラのおかか和えを置き、黄身を真ん中に配置。これを崩しながら食する。茄子とシメジと油揚げの味噌汁も作った。
f0057955_13260985.jpg
漬物は、胡瓜と茄子と茗荷。
昨日はstehkaffeeさんのブログで教えてもらったレシピを参考に、生姜の甘酢漬け。薄く切って塩でもんだので、熱は入れませんでした。早く食べきらねばなりませんね。
f0057955_13261795.jpg
暑いと、やはりこんなものが食べたくなる。この事であった。

11日の土曜日、朝から新宿に用事があったカミサンと田原町のクラフトビール屋で待ち合わせ。
羽田空港から夕方の便で飛ぶはずが、帰省ラッシュのピークとかで札幌の実家に着いたのは深夜だった。

12日、畑仕事をしてから、レンタカーを借りに行き、思った通りだ帰省ラッシュの混雑する国道を戻る。買い物などもしつつ、残りの時間は畑仕事。結局は畑に出られたのは、この日だけだった。

夕方に義兄とその息子らが訪ねてきて宴会、寿司を囲んだが、そのほかにも酔っぱらって追加の料理を作ったりで奮闘する。甥夫婦の子供らはますます元気で、母からすれば娘の息子の息子と娘にヒイバアと呼ばれている由。

13日、午前中に市内二箇所の墓参りを済ませれば、午後からは雨。夕方から、月寒のお寺さんでお参りして、親戚の飲み会は何と11時に及ぶ充実ぶりだった。子供三人を引き連れて帰省中の親類も、叔母に聞けばいろいろ悩みもあるとか。まあ、子孫繁栄だけでも良かったじゃあありませんか。

14日、一日雨模様。叔母宅にアイスクリームを届ける約束をしたので、朝から市内に出る。アイスを届けて、そのまま叔母を乗せてカミサンの実家の様子を見に行く。
誰も済まない家は、ますます玄関周りや庭が荒れていた。この家も、ボイラーが壊れたのが運の尽きだったナ。

不要物を車に積んで、これは叔母が処分してくれるという、有難し。隣家に挨拶に寄るもお留守、お土産を置いてきたら、夜に電話が来た。
f0057955_08130620.jpg
15日、この日までの夏休み、下の息子は大学時代の友人と一日過ごしてよく日に帰京するとか。カミサンは一足先に戻る。二人を最寄りの地下鉄駅まで送っていき、私も母と昼飯を食べたらレンタカーを返しに実家を離れた。今日も雨で畑ができない。支柱を立てるなど最低限のことだけこなす。

大通公園の札幌夏祭りビール園も、すっかり雨に祟られた。今日が最終日だというのに、連日の雨で盛り上がらずだったことだろう。

16日、やはり朝から雨模様。研究所に着いて打ち合わせをするうちに、ますます雨脚は強くなった。
夜は千歳まで戻り一泊。肌寒い。こんな気候が続くようでは、北海道の農産物が大いに心配である。

8日 台風が迫りくる関東、風が小雨を巻いて降りつける。
午後の新幹線で那須塩原まで行き、拾ってもらって営業所で打ち合わせ、そして隣にある関連会社で打ち合わせ。
f0057955_20471878.png
この仕事から離れて8年ほどになる。
実に懐かしく、現場の話を聞いて、また事業の進捗に驚かされた。地域に根差したコントラクターとして、雇用も生み出し、頑張っておられる先輩に敬意を表するものである。

夜は飲み会になり、話も弾んで大いに酔っぱらって就寝。起床したら、まだ頭が重かった。

風は強いが気にならぬ小雨の中を東京まで戻り、午後から事務所で仕事をする。明日の一日を働けば、お盆の帰省が私を待っている。

今日は体にコタエル暑さだった。
千葉の気温は30℃を少し超えたくらいだったらしいが、それでも十分暑いのだが、今日は朝から湿度が高かった。体を包む空気が重いのだ。

昼間に歩けば、熱気に抱きすくめられる気分。所々の日陰、木陰が、こんなに有難いとは。直射日光に晒されていれば、生命の危険を感じる気がした。
しかし、銀行口座のメンテナンスに頑張って歩いたのだ。

7月の全社の売上高が確定して、午前中はイソイソと集計作業。
全体的には良い数字になったが、地域と製品カテゴリで明暗が分かれた。正しい対処策には、正確な現状分析が欠かせない。しかし、分析できても施策が定まらねば、意味がない。
言いたいことは沢山あるのだが、シニアの身分で控えておこう。

夜になって、気温も下がり、小雨が降り始めるようだ。

土日には暑さも和らぐとか聞いた記憶もあるけれど、現実は甘くない。今日もちゃんと暑かった。
f0057955_21195480.jpg
蝉が我が世の夏と鳴いている。近所の公園では彼らが土のなかから這い出してきた穴が多数、こんなに地面の下で季節の到来を待っていたのだな。ちゃんと子孫を残して、また何年か後の夏を騒がしくしてください。

カミサンとポケモン取りの一日、今日はゼニガメが沢山採れた。
夕方に、外出から戻ってシャワーを浴びると生き返る。そしてそのあとのビールが格別である。
暑い日には、それなりの楽しみ方がある、と言う事にしておこう。

火星の大接近とやら、団地の上に輝く赤き軍神。の横に昇る月。
f0057955_21504548.jpg
ジョン・カーターならずともアリゾナの洞窟から引き寄せられてしまいそうな存在感。で、テレポートした先には、だんびらを振り回す緑色人タルス・タルカスや赤色人の絶世の美女デシャー・ソリスが待っているのである。

さて8月になってしまったが、ものすごく暑い。
昼休みに外を歩けば、熱気で卒倒しそうな物凄い暑さなのである。

1日とて朝礼があり、チーム打ち合わせがあり、今月のスケジュールを決めて関係先と日程調整などする。あまり暇にならぬよう、仕事を入れた。
海外の文献をネットで漁っていたら、思わぬ発見あり。
うーむ、私の方針は間違ってはいなさそうである。製品リニューアルを頑張ろう、と思ったことであった。

28日 ノートPCが壊れて、デスクトップのミニタワー型になり、ネット環境は何とかしたのだが、メールが動かない。
上の息子を呼ぶ口実ができたので、来てもらい、メール環境を整えてもらった。サーバーの設定が間違っていたらしかった。
f0057955_19593376.jpg
ついでに下の息子にも声を掛けたら来れるというので、土曜日は宴会だ。枝豆を茹で、ベランダのバジルでカプレーゼ、イワシ10匹をハーブ・パン粉焼き、夏の定番ゴーヤチャンプルー、あとはカボチャのチーズ焼きなども作り、飲んで食べて幸せに就寝した。

29日 夜のうちに台風は東海に上陸して西に去ったらしい。
しかし、台風一過とはならず、突然のスコールが来たりで変な空模様だった。

メールが生き返って、バックアップからデータをコピー、マイクロソフトのワードやエクセルはどうしようと考えたが、とりあえずオフィス365とかを試してみた。
ようやくPC環境が構築できつつある。

25日はウエルネスフードJapan2018 の展示会をのぞいてきた。
f0057955_08190180.jpg

我がプロテインサプリメントにも、そろそろHMBを導入すべきなのだろうか。企画書でも書いてみることにしよう。
やや猛暑は収まったが、それでも外出すると消耗が激しい。外で仕事をしている方々、まったくご苦労様である。

26日あたりから、朝の気温が30℃を越えることがなくなって、こうなると覿面に涼しく感じるものだ。まだ歩けば汗ばむのだが、体への負担が軽いのが実感できる。空調のきいた事務所で、チラシ配布、カタログ編集、行動計画の作成などする。

8月の人事異動、なかなか大規模だ。が、これまでが流動性がなさ過ぎたということなのだろう。部長連中も一気に若返り、人材不足を心配もするが、まあベストを尽くしてもらいたいものだ。

28日の土曜日、起床すれば雨。予報通り台風が接近している。
関東に上陸して、本州の東側から回って今回の被災地を舐める異例の最悪のコースが予想されている。まったく気の毒なことだ。

20日の金曜日を休みにして、Jetsterで里帰り。
札幌の実家の畑では、野菜たちが苦戦しつつも育っていた。
f0057955_21383992.jpg
ゴーヤは強風と低温で初期成育を阻まれたが、盛り返しつつある。まだ、グリーンカーテンとは言えないが、もう少し繁茂して、葉も大きくして欲しいものだ。

きゅうりとトマトは、何とか育っている。伸びた枝に手をやって、これからに期待しよう。
土曜日は30℃近くまで気温が上がり、暑いのだがこのくらいの気温でなければ野菜が育たぬネ、とか母と話していたのだが、日曜日に起床すれば霧がかかって今日は25℃止まりとか。油断がならぬ北海道である。

実家の向かいの畑から大根を大小二本いただいた。母一人では食べきれぬから、大きな方を私がリュックに入れて持ち帰った。2kgほどの大根を空輸したとは、Jetsterも知るまいて。

成田に降りれば熱気に包まれる、大げさに暑さを訴える黒人青年と目が合って、微笑みあう国際親善。なるほど関東はずっと暑かったのだな。
明日から戻ってくる日常、すでに7月も下旬となっている。

昨日買ったデスクトップをどうにか起動させて、今日は死んだノートPCをドスパラさんに持って行った。500円で診断してくれるのである。15分経って、お客さん!と声をかけられた。

OSが合ってませんね。
このマシンはそもそもwin7用なのですが、win10にしたので更新の都度にどんどん10になってしまい、限界が来たのです。7に戻せば動くかも知れませんけど、すでに周辺が弱ってますから時間の問題ですね、、、って、そーゆーものなのか!!!

我がブログを遡れば、前のノート型が死んで新しいのを買ったのは2009年末だ。9年も働いてくれたのだから、まあ寿命だったのかもしれないが、それでもOSの入れ替えが原因とは素人としては納得できない気もする。

内蔵HDDを読めるようにしてもらい、これからデータを吸い上げる。本体は富士通さんのサイトでPC回収を申し込んだ。無料であった。

流石に新しいデスクトップPCは早い。
快適であるが、何か資源を食いアップグレードを繰り返さねば生きていけぬ、あ奴等の世界観に取り込まれたようで不愉快である。

構成する分子を入れ替えつつ、我が身を維持する動的平行が可能な生物。いつかは老いて死ぬのだけれど。
対して、資源を食い、常に新しいものを取り込み、大きくならねばその存在を維持できぬPC世界。これはガラスの巨人(by谷山浩子)だ。

閉鎖的世界観を持つアジア人(中国と韓国を除く)の誰か、ここは持続可能なPCシステムを開発してくれませんかね。これ以上の進歩は不要です。保守主義者ですので。

14日の夜は、枝豆を茹でて、シシトウの炒め、千葉産のマッシュルームが手に入ったので海の物も入れてアヒージョにしてみた。

15日は定例の掃除をして、カミサンがカレーが食べたいというので昼飯は稲毛のシバまで行く。この暑いのに、辛いカレーを食せば汗がしたたり落ちるのである。移転した千葉中央の「しょいかーご」で野菜を仕入れてきた。

夜は再び枝豆を茹でて、シシトウも炒めて、買ってきた瓜の浅漬け、ゆで卵と炒め野菜を乗せた魚醤味のラーメン。暑い日だった。エアコンなしだと、部屋の温度はあっという間に30℃を超える。

そして今日は連休最後の16日、起床すれば我がノートPCがご臨終であった。暑さのせいなのか。
すでにシニアの身で、MyPCで仕事をすることもない。しかしネットが覗けないのは困るので、ドスパラに行ってデスクトップ型を買ってきた。6万円の思わぬ出費だ。

CPUはインテルの6コア、メモリは8GB、本体とマウスとキーボードのみ。Celeronだったノートから比べようもない速さだ。
これからメール設定だの、office系アプリのインストールだの、やらねばならないことがいろいろある。

今夜のテーマは大豆。枝豆を茹でで、納豆とオクラの和え物、豆腐に茗荷と大葉と葱、みそ汁は油揚げとワカメと舞茸。アジの干物も焼いたら、少し作り過ぎてしまった。

今日も夜まで暑い。しばらくはこの安定した高気圧の下で熱せられそうな日本列島(東北と北海道は除く)である。

昨日から千葉は真夏になった。
外に出れば身を包む熱気、じりじりと肌を焼く陽光、自転車で風を切っても涼しさを感じない。じっとしていると家の中でもポタリと汗が落ちる。
何でも勢力の強い夏の高気圧にすっぽりと包まれているそうな。
f0057955_12461741.jpg
三連休でヒマであるので、そうだ夏の食事を作ろう。
イオンで鯵の開きと麦味噌と大葉を買ってきた。鯵は焼いて身をほぐし、麦味噌とすり胡麻を混ぜてから一度オーブンで香ばしく焼く。手で崩した豆腐と胡瓜の小口切りを混ぜて、冷やしておいた出汁で伸ばす。

蕎麦は茹でて、茗荷と大葉と胡瓜の千切りを乗せて、これをワシワシといただく。上出来であった。デザートはスイカ、夏である。

さあ、夜は何を作ろうかしらン。いつもとは違い、時間に追われることが無ければ料理は楽しい。この事であった。

今は気温20℃くらいだろうか、昼には23℃まで上がると言う涼しい札幌である。
今日は隣市の研究所で定例会に出席する。五年間活躍してくれた所長が異動、まあ会社の優先順位としてはやむを得ないが、今後も見守っていく必要がある。

日曜日のうちから札幌に入っており、実家に泊まり、畑の手入れをしていた。低温と長雨と風にやられて、ゴーヤはまるで成長が見えない。キュウリは一株だけが生き延びて、実をつけようとしている。北海道全体も冷湿害の様相だから、今年の実家の畑も期待はできないな。
f0057955_08100233.jpg
実家を10日に出て、会社には今日が移動日。昼に市内を歩いてスノーロイヤル・スペシャルなアイスクリームを食べなければ。時計台は化粧直しの工事中であった。
f0057955_08093855.jpg
ブログをサボっていたこの10日間、いろんなことがあった。
西日本の物凄い規模の洪水災害、死者と安否不明を合わせれば200人を超える惨事となってしまった。
そしてオウム幹部の処刑、タイ国の少年たちの救助劇、横浜の病院での点滴殺人の犯人逮捕などなど。

私と言えば、5日の第1四半期成績取りまとめで胸をなでおろし、6日は愛車の車検、次の車検は千葉にはいないだろうな。7日には来週の爺様会のセッティングを兼ねて浅草のクラフトビール、カミサンが見たいというので勢いで縄文展。

6月のうちに梅雨明けしてしまったが、確かに体に感じる気候は夏である。そして風が強い。
南からの風が強い毎日で、自転車にも大敵だが、ベランダゴーヤにも大敵なのである。大いに風になぶられて、ゴーヤの葉は損傷が痛々しい。
f0057955_08484345.jpg
それでも南国の生育旺盛な奴らである、これからも新しい葉を出して大きく茂らせてくれることを期待しよう。初めての実が大きくなってきた。
f0057955_08490654.jpg
千葉中央に見つけた「しょいかーご」JA千葉みらいの産直市場である。30日にはカミサンと蕎麦を食べた帰りに寄って、ネギや大根を背負って帰ってきた。

そうそう、ベランダのまだ青いとんがらしで、鯵のたたきを作ってみたら、たいそう美味しかった。
生姜をおろし、味噌と混ぜ、鯵を叩いて混ぜ、これを盛り付けてネギと青とんの刻みを振り、黒酢でいただく。酒が進むことは言うまでもない。

今日はカミサンの誕生日であった。
昨日の土曜日から、息子共が来てくれて前夜祭の宴会。キッシュを作ればクリームを入れ忘れ、松の実をふり忘れ、どうにも料理が定まらぬ、スランプである。
それでも、まあ楽しく肉を焼いてワイワイと夜が更けた。
f0057955_21000180.jpg
朝飯にはバースディケーキをいただいて、昼飯を食べたら泊った息子らを送っていく。
今日の夜はカミサンの好物「塩鰹」を作ることにした。
サクを水洗いして塩を擦り込み一時間ほど、再び水洗いして塩を落としたら、たっぷりの薬味をのせていただく。
f0057955_21005561.jpeg
茗荷、大葉、生姜、ネギ。このままでワシワシ食べてもよいが、少しポン酢を落としても美味である。
f0057955_21012084.jpeg
午前中には時折激しく降った雨も、午後からは晴れ上がり気温が増してきた。明日からは真夏日の一週間となりそうなのである。

20日は、終日 研究員氏を乗せて、成田やら白井やら。朝からずーっと雨、強まったり弱まったりの雨。いかにも梅雨だ。
f0057955_16454432.jpeg

今日は雨は降らぬと言うから自転車通勤出来たのだが、空はいかにも降りそうな曇天の一日。そして蒸していて、いかにも梅雨だ。

北海道では、低温と日照不足で今年の冷害は確定的だ。農家さんのデントコーンはまっ黄色、実家の畑でもキュウリの苗は枯れ、元気なのはカボチャだけ。
今年の行く末が心配になってきた。

体調がすぐれぬまま寝坊して、朝昼兼用でラタトゥーユもどきを作る。私としては暫くぶりの我が家の掃除をして、夕方には買い物に行き、イオンでスペインの水牛のモツァレラ特売品を買ってきた。
f0057955_20500157.jpg
初収穫のバジルを贅沢に使ってカプレーゼ、残ったラタトゥーユは炒めた玉ネギを足してソースにしてパスタ料理を作り、白ワインと共に夕食とした。
ようやく咳も治まってきたきたようだ。明日からは6月後半の戦いが始まるのだ。
月・火と出張で、水曜日から出社。
金曜日は雨が降るぞと脅かされて、自転車通勤ができなかった。

とても寒く、ワイシャツ一枚で自転車に乗ると風邪をひく。ウインドブレーカーが欠かせない梅雨寒である。それでもベランダゴーヤは順調に枝を伸ばし、グリーンカーテンもサマになりつつある。
f0057955_19281619.jpg
毎年の通り雄花が先行するが、ようやく雌花を発見。開いたら受粉してやろう、媒介する虫のいない都会である。
f0057955_19295978.jpg
バジルも順調、そろそろモツァレラチーズを買ってきて、初回のカプレーゼを作りたいところだ。
f0057955_19312712.jpg
久しぶりに何もしない日を自宅で過ごしている。カミサンは今夜は女子会、私は昨夜の残り物をリメイクしてビールを飲んでいる。まだ咳が離れないので、今夜は早めの就寝が吉と出た。

一週間前に実家の花壇と野菜畑に苗を植えた。
そろそろ苗も大きくなっただろうと、張り切って実家に来てみれば、札幌は恐ろしく寒い。苗もほとんど育っていない、花などは枯れているものもある。一時の高温の後は雨もなかったようなのだ。
f0057955_20463240.jpg
昨日の夜も冷え込んで、そのせいか朝にはゴーヤの先端が頭を垂れている。慌ててアミノ酸液肥を噴霧するなどしたが、この低温だ、効果は知れている。

北海道恐るべし。内地の我が家ではあれだけゴーヤが繁茂しているというのに、北国はこの様子なり。まだなおこの一週間は低温が続くようである。

札幌の実家よりは小規模だが、千葉の我が家でもゴーヤをコンテナに植えているのである。
かなり繁茂してきたので、突っ張り棒を買ってきてネットを大きく広げてみた。
f0057955_10045031.jpeg
これから札幌出張、どれだけ伸びているか帰ってくるのが楽しみである。

1日 昨夜は何とかJetstarの代替機に乗れて、しかしお陰で千歳に着いたら10時になってしまった。今日は有給休暇、実家の畑が私を待っている。

母を乗せて、苗物を買い出しに行く。近年、ホームセンターなどでは苗を売るのが早過ぎる。札幌周辺であれば5月はまだ地温が上がっていない。マルチングやビニールハウスをするならまだしも、路地栽培では5月も20日過ぎから、ちょうど6月に入った今頃がベストだ。但し、豆類の種蒔きなら、もう少し早くとも良いのだが、最近はエンドウ豆やスイートコーンまで苗にして売っているから便利な世の中だ。
f0057955_11220931.jpg
2~3日で、ネットを張り、コンテナを載せ、ゴーヤを定植。その他の苗物も畑に植えて、少し遅いが隠元豆と枝豆も播種。
腰を痛めた母のために、今年はしゃがんで収穫する葉物野菜は作らぬことにした。
f0057955_11262160.jpg
葉物野菜を作らぬとなれば、時間に余裕がある。玄関横の花壇にも花苗を植えて周辺美化。

去年は、母が入退院を繰り返していたので、畑がメンテできなかった。今年は、胡瓜だ、トマトだ、ズッキーニに茄子と、成り物を主体にしてみたが、出来はどうなるだろうか。月に一~二度しか来れないのが、やはり辛いのである。