昨日買ったデスクトップをどうにか起動させて、今日は死んだノートPCをドスパラさんに持って行った。500円で診断してくれるのである。15分経って、お客さん!と声をかけられた。

OSが合ってませんね。
このマシンはそもそもwin7用なのですが、win10にしたので更新の都度にどんどん10になってしまい、限界が来たのです。7に戻せば動くかも知れませんけど、すでに周辺が弱ってますから時間の問題ですね、、、って、そーゆーものなのか!!!

我がブログを遡れば、前のノート型が死んで新しいのを買ったのは2009年末だ。9年も働いてくれたのだから、まあ寿命だったのかもしれないが、それでもOSの入れ替えが原因とは素人としては納得できない気もする。

内蔵HDDを読めるようにしてもらい、これからデータを吸い上げる。本体は富士通さんのサイトでPC回収を申し込んだ。無料であった。

流石に新しいデスクトップPCは早い。
快適であるが、何か資源を食いアップグレードを繰り返さねば生きていけぬ、あ奴等の世界観に取り込まれたようで不愉快である。

構成する分子を入れ替えつつ、我が身を維持する動的平行が可能な生物。いつかは老いて死ぬのだけれど。
対して、資源を食い、常に新しいものを取り込み、大きくならねばその存在を維持できぬPC世界。これはガラスの巨人(by谷山浩子)だ。

閉鎖的世界観を持つアジア人(中国と韓国を除く)の誰か、ここは持続可能なPCシステムを開発してくれませんかね。これ以上の進歩は不要です。保守主義者ですので。

14日の夜は、枝豆を茹でて、シシトウの炒め、千葉産のマッシュルームが手に入ったので海の物も入れてアヒージョにしてみた。

15日は定例の掃除をして、カミサンがカレーが食べたいというので昼飯は稲毛のシバまで行く。この暑いのに、辛いカレーを食せば汗がしたたり落ちるのである。移転した千葉中央の「しょいかーご」で野菜を仕入れてきた。

夜は再び枝豆を茹でて、シシトウも炒めて、買ってきた瓜の浅漬け、ゆで卵と炒め野菜を乗せた魚醤味のラーメン。暑い日だった。エアコンなしだと、部屋の温度はあっという間に30℃を超える。

そして今日は連休最後の16日、起床すれば我がノートPCがご臨終であった。暑さのせいなのか。
すでにシニアの身で、MyPCで仕事をすることもない。しかしネットが覗けないのは困るので、ドスパラに行ってデスクトップ型を買ってきた。6万円の思わぬ出費だ。

CPUはインテルの6コア、メモリは8GB、本体とマウスとキーボードのみ。Celeronだったノートから比べようもない速さだ。
これからメール設定だの、office系アプリのインストールだの、やらねばならないことがいろいろある。

今夜のテーマは大豆。枝豆を茹でで、納豆とオクラの和え物、豆腐に茗荷と大葉と葱、みそ汁は油揚げとワカメと舞茸。アジの干物も焼いたら、少し作り過ぎてしまった。

今日も夜まで暑い。しばらくはこの安定した高気圧の下で熱せられそうな日本列島(東北と北海道は除く)である。

昨日から千葉は真夏になった。
外に出れば身を包む熱気、じりじりと肌を焼く陽光、自転車で風を切っても涼しさを感じない。じっとしていると家の中でもポタリと汗が落ちる。
何でも勢力の強い夏の高気圧にすっぽりと包まれているそうな。
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三連休でヒマであるので、そうだ夏の食事を作ろう。
イオンで鯵の開きと麦味噌と大葉を買ってきた。鯵は焼いて身をほぐし、麦味噌とすり胡麻を混ぜてから一度オーブンで香ばしく焼く。手で崩した豆腐と胡瓜の小口切りを混ぜて、冷やしておいた出汁で伸ばす。

蕎麦は茹でて、茗荷と大葉と胡瓜の千切りを乗せて、これをワシワシといただく。上出来であった。デザートはスイカ、夏である。

さあ、夜は何を作ろうかしらン。いつもとは違い、時間に追われることが無ければ料理は楽しい。この事であった。

今は気温20℃くらいだろうか、昼には23℃まで上がると言う涼しい札幌である。
今日は隣市の研究所で定例会に出席する。五年間活躍してくれた所長が異動、まあ会社の優先順位としてはやむを得ないが、今後も見守っていく必要がある。

日曜日のうちから札幌に入っており、実家に泊まり、畑の手入れをしていた。低温と長雨と風にやられて、ゴーヤはまるで成長が見えない。キュウリは一株だけが生き延びて、実をつけようとしている。北海道全体も冷湿害の様相だから、今年の実家の畑も期待はできないな。
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実家を10日に出て、会社には今日が移動日。昼に市内を歩いてスノーロイヤル・スペシャルなアイスクリームを食べなければ。時計台は化粧直しの工事中であった。
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ブログをサボっていたこの10日間、いろんなことがあった。
西日本の物凄い規模の洪水災害、死者と安否不明を合わせれば200人を超える惨事となってしまった。
そしてオウム幹部の処刑、タイ国の少年たちの救助劇、横浜の病院での点滴殺人の犯人逮捕などなど。

私と言えば、5日の第1四半期成績取りまとめで胸をなでおろし、6日は愛車の車検、次の車検は千葉にはいないだろうな。7日には来週の爺様会のセッティングを兼ねて浅草のクラフトビール、カミサンが見たいというので勢いで縄文展。

6月のうちに梅雨明けしてしまったが、確かに体に感じる気候は夏である。そして風が強い。
南からの風が強い毎日で、自転車にも大敵だが、ベランダゴーヤにも大敵なのである。大いに風になぶられて、ゴーヤの葉は損傷が痛々しい。
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それでも南国の生育旺盛な奴らである、これからも新しい葉を出して大きく茂らせてくれることを期待しよう。初めての実が大きくなってきた。
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千葉中央に見つけた「しょいかーご」JA千葉みらいの産直市場である。30日にはカミサンと蕎麦を食べた帰りに寄って、ネギや大根を背負って帰ってきた。

そうそう、ベランダのまだ青いとんがらしで、鯵のたたきを作ってみたら、たいそう美味しかった。
生姜をおろし、味噌と混ぜ、鯵を叩いて混ぜ、これを盛り付けてネギと青とんの刻みを振り、黒酢でいただく。酒が進むことは言うまでもない。

今日はカミサンの誕生日であった。
昨日の土曜日から、息子共が来てくれて前夜祭の宴会。キッシュを作ればクリームを入れ忘れ、松の実をふり忘れ、どうにも料理が定まらぬ、スランプである。
それでも、まあ楽しく肉を焼いてワイワイと夜が更けた。
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朝飯にはバースディケーキをいただいて、昼飯を食べたら泊った息子らを送っていく。
今日の夜はカミサンの好物「塩鰹」を作ることにした。
サクを水洗いして塩を擦り込み一時間ほど、再び水洗いして塩を落としたら、たっぷりの薬味をのせていただく。
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茗荷、大葉、生姜、ネギ。このままでワシワシ食べてもよいが、少しポン酢を落としても美味である。
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午前中には時折激しく降った雨も、午後からは晴れ上がり気温が増してきた。明日からは真夏日の一週間となりそうなのである。

20日は、終日 研究員氏を乗せて、成田やら白井やら。朝からずーっと雨、強まったり弱まったりの雨。いかにも梅雨だ。
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今日は雨は降らぬと言うから自転車通勤出来たのだが、空はいかにも降りそうな曇天の一日。そして蒸していて、いかにも梅雨だ。

北海道では、低温と日照不足で今年の冷害は確定的だ。農家さんのデントコーンはまっ黄色、実家の畑でもキュウリの苗は枯れ、元気なのはカボチャだけ。
今年の行く末が心配になってきた。

# by yokuya2006 | 2018-06-21 16:45 | Comments(2)
体調がすぐれぬまま寝坊して、朝昼兼用でラタトゥーユもどきを作る。私としては暫くぶりの我が家の掃除をして、夕方には買い物に行き、イオンでスペインの水牛のモツァレラ特売品を買ってきた。
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初収穫のバジルを贅沢に使ってカプレーゼ、残ったラタトゥーユは炒めた玉ネギを足してソースにしてパスタ料理を作り、白ワインと共に夕食とした。
ようやく咳も治まってきたきたようだ。明日からは6月後半の戦いが始まるのだ。
月・火と出張で、水曜日から出社。
金曜日は雨が降るぞと脅かされて、自転車通勤ができなかった。

とても寒く、ワイシャツ一枚で自転車に乗ると風邪をひく。ウインドブレーカーが欠かせない梅雨寒である。それでもベランダゴーヤは順調に枝を伸ばし、グリーンカーテンもサマになりつつある。
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毎年の通り雄花が先行するが、ようやく雌花を発見。開いたら受粉してやろう、媒介する虫のいない都会である。
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バジルも順調、そろそろモツァレラチーズを買ってきて、初回のカプレーゼを作りたいところだ。
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久しぶりに何もしない日を自宅で過ごしている。カミサンは今夜は女子会、私は昨夜の残り物をリメイクしてビールを飲んでいる。まだ咳が離れないので、今夜は早めの就寝が吉と出た。

一週間前に実家の花壇と野菜畑に苗を植えた。
そろそろ苗も大きくなっただろうと、張り切って実家に来てみれば、札幌は恐ろしく寒い。苗もほとんど育っていない、花などは枯れているものもある。一時の高温の後は雨もなかったようなのだ。
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昨日の夜も冷え込んで、そのせいか朝にはゴーヤの先端が頭を垂れている。慌ててアミノ酸液肥を噴霧するなどしたが、この低温だ、効果は知れている。

北海道恐るべし。内地の我が家ではあれだけゴーヤが繁茂しているというのに、北国はこの様子なり。まだなおこの一週間は低温が続くようである。

札幌の実家よりは小規模だが、千葉の我が家でもゴーヤをコンテナに植えているのである。
かなり繁茂してきたので、突っ張り棒を買ってきてネットを大きく広げてみた。
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これから札幌出張、どれだけ伸びているか帰ってくるのが楽しみである。

1日 昨夜は何とかJetstarの代替機に乗れて、しかしお陰で千歳に着いたら10時になってしまった。今日は有給休暇、実家の畑が私を待っている。

母を乗せて、苗物を買い出しに行く。近年、ホームセンターなどでは苗を売るのが早過ぎる。札幌周辺であれば5月はまだ地温が上がっていない。マルチングやビニールハウスをするならまだしも、路地栽培では5月も20日過ぎから、ちょうど6月に入った今頃がベストだ。但し、豆類の種蒔きなら、もう少し早くとも良いのだが、最近はエンドウ豆やスイートコーンまで苗にして売っているから便利な世の中だ。
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2~3日で、ネットを張り、コンテナを載せ、ゴーヤを定植。その他の苗物も畑に植えて、少し遅いが隠元豆と枝豆も播種。
腰を痛めた母のために、今年はしゃがんで収穫する葉物野菜は作らぬことにした。
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葉物野菜を作らぬとなれば、時間に余裕がある。玄関横の花壇にも花苗を植えて周辺美化。

去年は、母が入退院を繰り返していたので、畑がメンテできなかった。今年は、胡瓜だ、トマトだ、ズッキーニに茄子と、成り物を主体にしてみたが、出来はどうなるだろうか。月に一~二度しか来れないのが、やはり辛いのである。

事務所では販促物の総点検に取り掛かる。まだ体がフワフワするようで、自転車通勤は控えている。
風邪薬が切れたので、クリニックに薬をもらいに行けば、体調最悪の時の血液検査の結果が出ていた。白血球数が多いだの、明らかに感染症の兆候が現れていて面白い。抗生物質をもう一週間分貰ってきた。

さで、五月最後の日だ。午後からお客様を訪ねて、そのまま成田空港に来ている。実家の畑仕事に向かうのだが、一度搭乗したJetstar機からエンジントラブルとかで降ろされてしまった。
代わりの機材を準備すると言うので待っているが、果たして今日中に札幌に辿りつけるだろうか。

# by yokuya2006 | 2018-05-31 18:08 | Comments(2)
書き留めておこう。
26日の土曜日は、夕方から常務取締役まで務めた方のお通夜(偲ぶ会)であった。亡くなったのは19日と聞いたから、関東では焼き場が混んでいるらしい。

私も復調間際で、無精髭にマスクをして礼服をまとい出席した。
前社長、前々社長、前々副社長から、最近卒業した諸先輩まで、いろいろな方にお目にかかった。北海道組は姿が見えなかったけれど、十和田から来たM氏などは日帰りである由。

良くも悪しくも、会社人生だった最後の年代だろうか。
会社としても、優秀?な大卒・院卒を取り始めた最初の年代、氏は工場の品質管理から営業の技術支援、理路整然とした弁舌を買われてか労働組合の委員長なども務めて、いつしかエサ部門のトップに君臨した。

入社が数年遅かった私だが、なお氏は二つ三つ年上だった。私は仕事一筋、組合活動などに興味はなかったので、氏の八面六臂の活躍振りを呆れて見ていたクチである。同年代の同僚の使い方には頓着せず、しかし配下には慕われた面もあったようだ。

健康を害して早めの引退、この数年はかつて組合活動で丁々発止とやりあった社員とのパークゴルフが楽しみだったとは、人生分からぬものである。会社の今を振り返れば、氏の業績が見通せる。事業環境の激変もあるが、総じて及第点は付けられぬ事だろう。ただ、私の担当事業への投資を後押ししてくれたことは感謝しているのである。

風邪気味ながら決めていた仙台行きもあり、土日と無理をした。
ドライブは楽しかったが帰宅と共に症状は悪化、特に喉が俄然痛さを増してきた。咳をする度に、物を飲み込む度に痛むのだ。

21日の月曜日 会社を休んで寝ていた。
22日の火曜日 起きられず、午後から再び病院に行って、セフェム系抗生物質と消炎鎮痛剤イブプロフェン、咳止めシロップとうがい薬を処方してもらった。
23日の水曜日 何とか復調の兆しが見えてきた。抗生物質はやはり偉大な人類の発明である。

24日の木曜日 ようやく出勤、まだ体がふらつくのでエスケープ号は止めにして、電車で通勤。
25日の金曜日 マスクをして通勤の二日目。今日も自転車は止めておいた。
不祥事を受けて会社では臨時株主総会。新体制の発表があった。これからが正念場だ。

19日 体調はかなり回復して、朝7時前には我が家を出る。
東関道から圏央道に横移動して、後はひたすら常磐道を北上する。いわき市を過ぎたあたりから「放射線量」のリアルタイム表示板がチラホラと目につき始め、そのうち「ここから帰還困難地域」などと看板がある。道路から見下ろせば、汚染土壌を詰めた袋らしきものの膨大な蓄積、荒れた田畑と住宅がイヤでも目に付く。
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仙台市内では、駅前がお祭り騒ぎだった。息子の引っ越し先にポルテ号に積んできた荷物を届ける。我々は青葉城址を見てからホテルに入る。これから引っ越し業者が来るので、息子はこれを受け取ったら、夜は仙台市内で美味しいものを食べようと企んでいたが、私はまだ無理である。カミサン一人に行ってもらい、私はまたしてもホテルにこもって寝る、寝る、寝る。

20日 朝はホテル近くの土産物店を物色して、遅めに戻り始める。
今日も常磐道、天気は快晴のドライブ日和だ。
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「ここから帰還困難区域」の看板。
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放射線量を示す電光掲示板が、上りと下りのレーンにそれぞれ数枚設置されており、最大値は「3.0マイクロシーベルト/h」であった。移動距離は10数キロだっただろうか、常磐道は浜通りの真ん中をほぼ直線で南北に貫いているのだから、水戸・いわき方面と仙台とを結ぶ重要ルートで、震災復興にも大いに意味があったのだろう。

インターチェンジ建設中だの、高速道路の拡幅工事も進められていたようだ。これも震災復興の一環なのか、単に予定が震災で遅れているものか。
アクセスが改善されても、汚染された大地は帰還困難、野生の王国だ。この地域は今後どうなる事やら。

17日は国際展市場で ifia Japan 2018 を冷やかしに行った。機能性原料の展示会があったのだ。

しかし3時を過ぎた頃だったか、体調に違和感。早めに戻ってきたが、自宅に着く頃には発熱しており、布団に入ったらそのまま起き上がれなかった。

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18日 息子の引っ越し手伝いで午後半休としていたが、こりゃ全休である。朝イチで病院に行き、薬を貰った後はひたすら寝ていた。睡眠と休息は免疫の基本なのだ。

3時に迎えに行くことになっていたので、それまで寝ていて、何とか起きてポルテ号を走らせる。晩飯を作ったが、満足に食えず、ひたすら寝た。大汗をかくのは、体が病原菌と闘っているのだろう。何とか直さねばと焦るばかり


私と同じ歳と記憶していたが、氏が1955年4月との事なので、私よりは1/3年ばかり若かったことになる。
彼がTVの歌番組で活躍していたころ、死んだ妹から「ヒデキとおんちゃん(私の事)が同じ歳なんて」と、よく言われたものだ。アカヌケナイ兄貴で悪うございました。

正直、それほど歌のうまい歌手とは(私には)思えなかったが、シャウトのきいた楽曲を得意とし、ワイルドな印象の半面でファンを大切にする誠実な姿勢を貫いて、闘病を乗り越えて最後まで歌う事にこだわった人生だったようだ。

自分のレコード増産で作業量が増えた工場に出向き、従業員に対して「皆さんに残業させてしまいます」と詫びて、ミカン箱の上で歌ったそうな。漢である。ご冥福をお祈りいたします。

14日に恩ある先生との飲み会で、フェイスブックに誘われた。
先生のように「功成り名を遂げた方」ならば、自信をもって情報公開できるでしょうが、こちとら功績もなき凡人、しかもまだ会社勤めの身であれば、少なくとも退職までは止めとこうと思います、などと応じたものだった。

飲み会後に三人で写真を撮ったら、これをフェイスブックに上げますと仰る。酔っぱらった勢いで「では私も」と先生に友達申請してしまった。
すぐさま承認してもらったところ、まあ同じ業界に属しているものだから、私の会社の同僚も含めて知り合いが出てくる、出てくる。
これまた酔った勢いで、友達申請しまくったところ、瞬く間に10数名から反応が届き、魂消た。フェイスブック恐るべし、である。

コメントだの、いいね!が届き始めて、すっかり恐れをなした私は「これは魔の空間に足を踏み入れてしまった」と悟った事である。「この人も友達じゃね?」とまだまだ聞いてきて、確かに見覚えのある方も多いのだが、もう余程の事がない限り友達申請しないことを決めたのだ。今後は厳選させていただきます。

FBは、できれば顔が写っている写真に簡単なコメント付きで当面付き合ってみよう。12年ほど続けてきたこのブログを、やはり私の電脳空間での住処にしよう。この事であった。

そうそう、最近ブログ更新の無くなった知り合いをFB上で見つけたのは、収穫だったのかもしれないな。

朝9時の飛行機で千歳を発ち、羽田空港からバスで出社する予定である。高速が混んでいるのかバスは下道を走るのだが、ここも渋滞している。この様子では、自宅でエスケープ号に乗り換えて出社する時間はなさそうだ。

降りた羽田は初夏のよう。札幌では重宝した上着は不要である。
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14日 江別の研究所で定例の打合せ、終われば時間があるのでバス停までテクテク歩く。
夜は、恩義ある先生に、喪が明けぬと言うのに出てきていただき、それでも楽しく昔話。研究農場の番頭さんにも付き合ってもらった。取材半分なのだが、それでも昔話が楽しいのは、私も歳をとった事である。
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13日のうちに札幌入り。夕方に実家を訪ねれば、甥がひ孫ちゃん二人を連れて、遊びに来ていた。
暖かくなると聞いていたが、上着一枚では肌寒い札幌。市内の花壇のいたるところで、チューリップが咲いている。毎度この季節、チューリップが目立つ北海道である。

とんでもなく暖かいと思ったら、今週に入って気温が下がり雨に祟られた。9日も10日も雨で電車通勤、ようやく11日の金曜日はエスケープ号で通勤出来て、体が喜んだ。

飛び込んできた文書作成をこなして、青空のもと漕ぎ返るが、夜はカミサンは女子会である。豚肉と春キャベツでチーズ焼きなど作りてビールと共に夜が更けた。
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12日の土曜日、先週の日曜日に買ってベランダ環境に馴致させておいた苗たちを、コンテナに植えた。今年も唐辛子、ゴーヤ、そしてエアコン室外機の上にはバジルの鉢も置いたのである。
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昨年同様に、まずはアブラムシとの戦い、そしてカメムシとの追いかけっこになるのだろうか。今のところ、苗にはついていないようだが、彼奴等は湧いて出るからな。(自然発生説)

明日からは、月曜日の研究所での打ち合わせに備えて札幌の実家に移動することになる。いったいどんな服装で行けばよいのやら、悩むところである。

今日は朝から雨模様、気温は驚くほど低い。
当然ジャケットを着ていくが、それでも寒いほどだ。空が恨めしい電車通勤の二日目である。

昼を過ぎても気温は上がらない。季節を逆戻りの感がある。前月実績の速報をして、明日の会議に備えてまとめなどする。頼んでいる製品ロゴなどがまだ未着であるのは、如何したことだ。

7日 連休空けの月曜日、久々の出勤だが夕方から雨と言われて自転車には乗れないのは悲しい。
借上げ社宅である自宅のトイレのタンクから水漏れがする。管理会社を通じて修理を依頼すれば、当然ながら立ち合いが必要となったので、午後休とした。引っ越しを控えた息子が、保証人となった私の印鑑証明が欲しいというから、ちょうど良い。昼から市民センターで合流して、印鑑証明をゲットした後は一緒に昼飯を食べる。
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連休後半の5日は、引きこもりにも飽きて、カミサンと東京駅から日比谷ミッドタウンまで歩いた。そのまま歩いて永田町から国会議事堂をかすめて赤坂見附、半蔵門から東京駅まで皇居を4分の1周ほど歩いて戻り、東京駅で息子らを呼び出してビールを飲む不良老夫婦である。ちなみにカミサンのおごりであった。

6日は家の掃除をした後は、ホームセンターに出掛けて、ゴーヤ、唐辛子、バジルの苗を買う。今年のベランダ菜園は、手を抜かずにしっかりやりたいものである。去年は札幌通いが忙しくて、ままならなかったのだ。

3日 一日中、風が強かった。
上の息子が昼に来たので、一緒に買い物をして、昼飯を作る。
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パスタは、バタで炒めてパルメザンチーズをどっさりと絡めている。イオン名物タスマニアビーフの300g越えを、二人で分けて食べる。わさびを付けたら旨かった。

夜は、新玉ねぎと新ジャガイモの煮物、春キャベツの塩昆布和えなどで、ワインを飲む。仙台に居を移す息子の話をいろいろ聞いた。
ますます強まる風で、電車も乱れているようだが、引っ越し準備があるとかで息子は帰る。ちゃんと自宅に辿り着くことを得たのか、息子よ。

4日 青空だが風はまだ強い、外に出れば思いの外に気温は低い。
カミサンの衣替えを手伝って、片付けものをしながら、あとは料理ばかりしていた。昼はそばを茹でて担々風漬け汁を自作。夜はアスパラの豚肉巻き黒酢味、空豆とマッシュルームでアヒージョ、塩鰹の薬味どっさりなど作りで食す。

悪事を成し、その姿勢を修正できず、保身に走った者たちの末路である。まったく情けないことだ。
愚直に自らの業務をこなす日々である。

連休狭間の1日と2日働いたら、またしても四連休を下さるという。今日は憲法記念日か。
改憲発議はますます遠のいている。安倍総理も脇の甘さから出た自業自得であるというべきで、しかしこんな空虚な国会運営が許されてよいのか。
反発するしか取り柄のない野党も含め、国民は辟易するのみだ。

自衛隊は明らかに憲法違反であり、しかし現実はその存在を必要としているのだから、では法改正すればよいだけの話だ。決して国外には出さず、同盟国への援助も必要最低限として防衛に徹すると、何故明言できぬか。
争いと植民地化を生業としていた欧州・米国の、先進国の仲間入りをしようとした私たちが馬鹿でした。侵略は許しませんが、他国民を傷つけぬことを国是としますと、喧嘩上等の外人共に言ってやれ。

この連休後半も引きこもりの予定である。外出する気になれぬ。
ただ、今日は上の息子が引っ越し案件を持って訪ねてくれるというので、そろそろ買い物だけして料理の支度にかかろう。

西部師の本、中身を知らずに取り寄せたのだが、読んでみれば生い立ちから自裁死間際までの一代記であった。例によって身勝手だが難解な理念の洪水ではない。15年遅れで昭和と平成を生きた私にも、共感できることが多かった。
自裁死と言いながら、結果的には周囲に自殺ほう助の罪人を作ってしまいました。早く死にたい一心だったのでしょうね、先生。

連休の前半は好天に恵まれた。
金曜日の社内発表で大いに落胆し、気分は上向かぬままなれど、季節は巡り、行楽へと人を誘っている。が、私は引きこもる。土曜日の夕方に、女子会帰りのカミサンと合流して酒を飲んだくらいか。

家に籠って料理ばかりしておれば、酒量が増える。
最近は飲み過ぎを自覚しているから、ここいらで自らを戒める必要がある。

そー言えば、TVでは酒で失敗したタレントの話題があったな。
思うに、彼らは若いころからその世界しか知らぬので、業界では成功しても人格形成のための多種多様な経験が不足しているのだろう。私もこの年になって酒の依存症にならぬよう、注意しなければならぬ。
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さて、窓の外の青空を眺めながら、家に居て読書している。
このところ今野敏ばかりを読んでいたので、すっかり頭が今野敏になっていた事に気付かされた。
これも昔から読み続けている佐々木譲、緻密なプロットと重厚な読み応えの作者なのだが、比べればやや軽快で、登場人物のキャラが立っている今野敏の警察小説や、最近読了した拳法小説などでは、空手家でもある今野敏は型をつかう。

キャラ造形も、警察小説であれば捜査の方法論も、登場人物間のやり取りにも型があり、読者はそれを喜んで読み進むわけだが、これに慣れてしまうと佐々木譲の小説では登場人物の思考なり行動が、より柔軟である。この柔軟なところに今野敏に染まった頭が違和感を提出するわけなのだ。

で、結論はと言えば、読書はいろいろな作家をバランスよく行うべきであると言う事になる。その作家が手練れであればこそ、知らぬ間にこちらは影響されてしまう。

沈黙法廷、じっくりと読ませた。
数年前に経験した裁判員召集を否応なく思い出した。私の場合は被告人がすでに罪を認めていたので、議論は処分の程度に留まったのだが、、、
テーマは、作中で主人公が語る「貧乏であることは犯罪ですか」なのだろう。都市部の貧困者、特に若者や女性の実態と、対して小金持ちの独居老人の悲哀といった現代社会の暗部に光を当てて見せた。

さあ、連休前半最後の日だ。
今日は、自裁死を選んだ我が師 西部邁の遺作をとってある。例によって難解で、身勝手な、理念の洪水にまみれることで、孤高の思索者であった師を偲んでみたいと考えている。

南北会談を伝える朝のニュースを見て、会社の事務所でもスマホのネットニュースで見守り、この歴史的な日を過ごしたのだ。
金正恩の緊張しつつも時折弾ける満面の笑顔には、制裁の効果だ、茶番だとの指摘もあるところだが、改めて分断された隣国の同胞を再認識した喜びがあったことは否めない。
今後の進展には目が放せない。トランプはどう出るのか、安倍はどう動くのか。かつてベルリンの壁の崩壊を見たように、この日が歴史的なきっかけとなるのであろうか。

さて、自らを語れば、もう一つ歴史的な体験をした。
所属する会社の不祥事が明らかになり、驚き、呆れたが、諸事情により以下削除します。お天道様は見ているぞ。

24日は夕方から小雨、25日は朝から雨が本気で降っていた。
午前中は風も強く、傘もさせない横殴りの雨だったけれど、3時過ぎには一転して青空。そして今日は実に暖かな日となった。
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生垣のツツジも、至る所で満開である。

午前中は片付け仕事をして、夕方からの取引先との打ち合わせに向かう。私のような田舎者が戸惑う都心 赤坂見附でビールを飲みながらの気の置けない情報交換だった。
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試験結果が良く、性能が明確な製品になりそうなのは喜ばしいが、どうもステークホルダーが多すぎる。原料供給やら商流をどうするのか、我がほうでも追試は必要ないのか、知財の観点からはどうか。うーむ、これは関係者から事情を聞いて整理する必要がある。

打ち合わせが終われば、近所で働く息子も合流して店を替えて飲み直し。息子はすっかり都会のサラリーマンだなと、改めて思う。佐々木譲の沈黙法廷、単行本なので重たいが、楽しく読書をしながら帰宅。

21日 久々の休みだ。午前中はいろいろ片付けものをする。
午後からは掃除して、上の息子が夕飯を食べに来るに備える。春キャベツの和え物、肉豆腐、鶏のチーズ焼き、そしてシュウマイをチンして、蕪の漬物などで盛り上がる。

22日 朝は三人でいつものメニュー。夏みかんのヨーグルト、生野菜とソーセージと卵焼きとパンのワンディッシュ。牛乳と紅茶。

昼過ぎには下の息子も合流するので、料理を頑張る。再びの肉豆腐、グリルドビーフ沢山、パルメザンまみれのパスタは息子らに好評であった。いいだけ飲んで、夕食はひっぱり饂飩。
やはり料理ばかりしていた土日であった。頑張りました。

23日 さーて、仕事だ月曜日。
昨日までとは打って変わって、えらく肌寒い。しかし、これが季節なりの気温なのである。

気が滅入る朝礼の後は、ひたすら製品リニューアルに備える。情報を共有化するにも、他人事のような返事が来て魂消る。主体的に行動できないのは、自信の無さのなせる業なのか。ただ笑っていれば仕事ができていると思ったら、大間違いだよ。

もっと職制に見合った発言力を示せと言いたいところだが、できない人に言ってみても仕方がないか。組織の行く末が心配でならないのだが、年寄りの愚痴なのでありましょうね。

19日 遅めの電車で小舟町、商社を訪ねて新原料の情報を得る。室町のラーメン屋で早めの昼食にして、渋谷から井の頭線で新代田。今度はデザイン会社との打ち合わせだ。
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時間があったので、近所の大木の麓で読書。終われば今度は丸の内、渋谷から半蔵門線で戻る。
暖かな日で、歩いておればもはや上着を着ていられない。

丸の内の商社は小一時間で終わり、同僚と別れて線路をくぐり、八重洲北口の東京駅にアプローチ。5時過ぎに息子らと黒塀横丁で待ち合わせ。
流石は都会で、こんな時間なのに混んできたので、二階の北町まで登ってビア&グリルの店。
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流れて隣の店でしこたま飲んで、帰宅はそれでも10時前だったろうか。風呂に入り、寝床で佐々木譲の本を読了して轟沈。

で、20日。昨日に増して暖かだ。
昨日の訪問記をまとめて、メールで社内共有化しつつ、午後からはリニューアル製品のチラシを作り込む。

明日からはますます暖かくなるらしい。
土日には息子らも来てくれるので、料理の対応に忙しいオヤジである。

今日も曇天ながら、気温も上がって上着を着たのみで自転車通勤。ツツジも存分に花を咲かせている。

今後のスケジュールやら、リニューアル製品の事前準備やらで一日を過ごした。昼休みの港の波止場は、風もなく、陽も照らずだが、心地よい気温也。
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新原料の情報を求めて、明後日の都内行きを決めた。その日はカミサンが飲み会であるので、私も都内のビール屋に引っ掛かって帰ろうと思い、息子らにメールしたところが、二人とも都合が悪くはないらしい。

これは楽しみなことになってきたぞと、ほくそ笑むオヤジであった。