今日は下の息子の誕生日。目出度い。
今度の日曜日には、上の息子も加わって、都内でお誕生会の予定なのである。

朝は訃報を聞かされて気落ちする。
サイボーグ009のテーマ「誰がために」で知られる成田賢にいさんが亡くなられた。
作詞:石森章太郎、作曲:平尾昌晃、編曲:すぎやまこういち、そして成田賢の唄は最高だった。ご冥福をお祈りいたします。


さて、昼は愛車のパンクを直しに、テクテク自転車屋まで歩いた。実に見事に後輪がネジを踏んでしまい、タイヤまで損傷しておれば大きな出費と覚悟したが、夕方に引き取りに行けばチューブ交換で済んだ。2,800円也。
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この自転車屋には、何故かパン屋が併設されているので、糖質制限の身ながら今夜はパンを買って、途中の酒屋でボジョレーを仕入れて、カミサンと楽しくディナー。野菜は添えました。

さて、事務所では出張精算をして、溜まってしまった出張報告をせっせと書く傍らで、ネットでネイチャー最新号のダイジェストを読む。
我らが太陽系から二番目に近い恒星系のバーナード星。ここにスーパーアース級の惑星が存在するという。これまでも、惑星がある、いや無いと議論があったが、これは嬉しい。

我々SF読みにはお馴染みの惑星で、かの宇宙戦艦ヤマトも立ち寄ったことがある。僅か6光年しか離れていない、人類が外宇宙に進出する際にメルクマールとなる星なのだ。

ちなみに、太陽系に一番近い恒星系は、アルファ・ケンタウリを主星とする恒星系。これは三重連星と言われていて、一番近いのが赤色矮星プロキシマ・ケンタウリ。主星からは大きな偏心率を誇る孤独な恒星だが、現在は太陽系から4光年の距離にある。

このプロキシマ・ケンタウリにも、惑星の存在が言われたのが二年前だった。仕事そっちのけで、宇宙に思いを馳せた事である。

11日には実家の母を訪ねる。
先日は、義兄が意識朦朧として病院に担ぎ込まれたとかで慌てたが、すでに退院して母のところにも挨拶に来た由で、良かった良かった。

母の買い物に付き合って、年賀状の材料、来年の日めくり、スイスの鉄道員夫婦に毎年贈っているクリスマスカードに日本のカレンダーなどを購入。生協で西洋キャベツを見つけたので、ロールキャベツを作ってみた。
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まだ雪の降らぬ札幌なれど、畑は霜が降りて作物はお仕舞。
最後の片づけをする。

12日は江別の研究所で定例打合せ。終われば千歳で泊まる。冷たい雨が降り始めた。
13日 朝のJetstarで成田に降りて、そのままレンタカーを借りて研究員氏と共にエコフィード業者さんで打ち合わせ。
新しい乳酸菌を試したところ、問題とされた悪さをする酵母をある程度抑え込むことができたようだ。数か月を要したこの問題にも、何とかピリオドを打つ事が出来たようである。

静岡に行くという研究員氏をJRの駅で降ろして、燃料を入れレンタカーを返して、ようやく一週間空けた我が家に戻ってきた。
昔は一週間続きの出張など何ともなかったものだが、この年になると夜は早めにビジネスホテルで就寝して、移動の時間もできるだけ合理的に組まねば、体にコタエルことである。

6日は先月実績の速報日。既に我が製品群の需要期は終えたので軽く済ませたが、何とか予算達成。しかし、細かく見ればクレーム返品など問題が無くもない。丁寧に対処しておこう。
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7日はPR動画作成の打ち合わせを終えてから、移動を開始。新幹線で名古屋、近鉄に乗り換える。
近鉄電車は久し振りだ。10年以上前に、堆肥発酵機の納品と設置工事で南伊勢や鳥羽に通っていた時に、いつもはワゴン車を運転して行ったものだが、たまには電車にも乗ったのだ。
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8~9日は、イネWCSの講演会と現地展示会。
二日目は雨に祟られたが、関係する方々ともお会いできて有意義だった。終わって千葉に戻り、すぐまた北海道では年老いた身が持たぬので、9日は常滑泊り。翌10日は中部セントレア空港から新千歳空港、夜に札幌駅前まで来て泊っておいた。
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宿泊費は自腹となるが体調管理を優先だ。
飛行機代は羽田から飛ぶよりも、中部セントレアからJetstarで飛んだほうが安いから、これは会社経費で何とかしよう。
着いた札幌で、欲しかったポケモンをゲット! さすがは酪農王国北海道であるね。続く。

3日の土曜日は、昼前からカミサンとポケモン散歩。
幕張から稲毛の浜まで、海岸線を歩く。千葉は青空ながら、東京方面には雲がかかって、幕張ビル群の向こうにスカイツリーは見えども、箱根の山々と富士山は拝めなかった。
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夜には、仙台にいる上の息子が来てくれた。
翌日、つまり今日に秋葉原で用事があるとかで、殊勝にも牛タンの土産を持ってきたので、私も張り切って彼の好物で夕食をまとめてみた。
イモのチーズ焼き、肉豆腐、そして多分自分では料理しなかろう秋刀魚の塩焼きなど作る。

4日、息子を送り出した後は定例の家の掃除、その後は昨日の敵を取るべくまたもやポケモン散歩。昨日は弱いながらも雨に祟られ、今日もポツリポツリときたので、思い立って帽子を買った。

いつもは帽子を着用する習慣はない、しかし雨で頭が濡れるのは嫌である。イオンで似合わぬ帽子を買ったのだ。
薄くなった頭頂部を隠すにも有効と思えるが、身長190cmの私の頭部を見下ろす人は少なかろうとも思う。

思惑通りというべきか、午後にも雨は続いて、やや強まり、ここは帽子に感謝したことである。
小雨が気にならぬ。頭が濡れると、人間なにか惨めな気分になるものである。
せっかく買った帽子だ。これからは、雨が予報されれば着用することに致そうか。

29日 シャツにウインドブレーカーを羽織れば汗ばむ陽気だ。
午後から研究農場まで出向いて、北海道と結んだTV会議。
近頃はTV会議が大流行で、私の事務所の会議室軍は飽和状態。
客人をここまでお連れする羽目になった。
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17時を過ぎれば、もう陽は落ちている。日の暮れが早くなったことだ。
150%もの値上げとは驚くが、これは如何ともし難い。製品の価格転嫁はままならず、さあて如何してくれようかと思案しつつ帰宅。
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28日 日曜日は定例の家の掃除をこなしてから、カミサンとポケモン散歩。時々ビール屋に引っ掛かりつつ、、、
レイドバトルで苦労してゲットしたポケモンなのだが、あまり可愛くない。どうしたものか。脚も六本あるし、、、
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27日の昼、神田の中華料理店で、我が社のOB会の関東支部会が開催された。
会の新年度は9月スタートの8月末エンドなのである。少々時間が過ぎたが、この日が年次総会と懇親会であった。

歴代の社長から、つい最近加わった現役シニアの私の世代まで、40名ほどが集まった。支部全員で55名なので、7割ほどが参加したことになる。新規入会3名、死亡退会2名、総会を終え追悼の黙とうの後の懇親会は大賑わいだった。

諸先輩方を見ると、めっきり老け込んだ方もいれば、相変わらず見た目が変わらない方もおられ、皆さん体調キープには気を使っておられるご様子だった。やはり日頃の摂生が大切なようである。

また、社に残ってシニア社員を選ばずに再就職した面々が元気だったのが印象に残った。技能や経験を次の職場に活かしているのはご立派ですね。

イイだけ飲んで店を出れば、神田は秋晴れで陽がまぶしい。
先輩と語らいつつ日本橋で別れ、東京駅まで歩いて帰宅して、シャワーで汗を流したら、だらだらと酒を舐めながら本を読む怠惰なる一日。早めに布団に入ったところで、カミサンが女子会から帰ってきた。

23日 事務所で片付け仕事をしながら、何事もない穏やかな日。しかし、帰宅してから一波乱あった。

甥っ子から電話で、父(つまり私の死んだ妹の旦那である)が危篤状態とか。なんでもメールやラインの返答がなく、訪ねてみればソファに座って意識朦朧の状態で発見され、救急車で運ばれたという。とりあえず我が息子らに電話で備えを伝えて就寝。

24日 製品紹介動画の編集会議などに参加しながら、定時に帰宅。夕食が済む頃に再び甥っ子からの電話。
何とか意識が戻って、ときどきワケワカランが生命の危機は脱した模様。良かった良かったと、皆で喜んだ。

死んだ義理の父が口癖で「母が生きているうちは死ねない」と繰り返していたことを思い出した。
妹の旦那にまで先立たれては、私の母も意気消沈するのは必至であって、やはり人間は順番通りにこの世を去らねばならぬのだ。
私も、今夜は少しばかり酒を控えてしまったではないか。

死してのち止む」わけにはまだ参らぬ。この事であった。

ここ数日、朝夕は上着が必要な寒さで、秋は深まっている。気が付けばもはや10月も下旬、丁寧に日々を過ごして参りたい。

各省庁で発覚した障害者雇用の水増し問題、今日のニュースで「意図的ではない」とか言っていたが、バカも休み休み言えの部類であろう。
意図があったに違いなく、作意があったに違いなく、惰性で仕事したふりであったとすれば嘆かわしい。守る気なんかサラサラなかったのが見え見えではないか。

担当者は処罰せよ。
いや、罰則はないのかしら、詳しいことは分からないが、まったく腹が立つのである。

官公庁が率先してやらねばどうする。
お役所の倫理観も、もはや地に落ちたと言わざるを得ない。一方で、民間は大丈夫だと言いたいが、そこは不祥事が相次ぐことで、我が身の問題もあるし、ここは偉そうなことは言えない。
しかし、我が国のタガが緩んでいることを、国民一人一人が自覚しなければならない。
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22日 朝夕は肌寒い秋晴れの日。
筑波まで行って、農研機構のシンポジウムを聞いてきた。植物の根圏微生物などにもメタゲノミクスの波が押し寄せている。
網羅的解析で、どのような微生物が関与しているかが明らかになろうとしている。

赤の上のスペクトルが植物の根に届いていて、それが根圏微生物に影響しているとか、面白い話題をたくさん聞いてきた。
生物学にもパラダイムシフトが押し寄せている。
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ところで、筑波のメインストリートにはロボットが出没するらしい。楽しみにしていたが、ついぞお目にかかることはなかった。

例のポキュポキュの足音で、向こうから鉄腕アトムが歩いてきて、例のあの声で「やあ、こんにちは!」などと言ってくれるのかと期待していたのだが、、、

先日買ってあったパプリカで、マリネを作らんとす。
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半割にしてオーブンで皮が黒焦げになるまで焼いたら、皮をむいて、温かいうちにマリネする。ワインビネガーやオリーブオイルなどを適当に混ぜたものに漬けるだけの簡単料理だが、じっくり焼くとパプリカの甘みが際立つ。
白ワインだな。

快晴で涼しい秋の一日、切らしている料理素材と酒を買ってきて、のんびり過ごす予定である。ああ、母に干し芋を送らねば。

19日 出張報告を書き、旅費精算をする。
ひょんなことから、社内報に「年寄りの思い出話」を連載することになった。

PC黎明期に作表ソフトを学び、これを普及した。バイナリデータが送れなかった時代に、*.ishでテキスト変換した作表データを東京・札幌間でパソコン通信でやり取りした。我が社初のPCモバイル利用者であり、我が社初の携帯電話(当時はレンタルだった)利用者であり、社歴37年の老人が、入社当時の仕事環境を書き留めておこうとの趣旨である。

本社事務所には電話交換台があったとか、コピー機が導入されたとか、その前はカーボン紙による複写やガリ版(謄写版)だったとか、引っ越す前の本社の様子、古くは先輩諸氏の独身寮時代に定山渓鉄道で通勤されたと聞いていた等々。

社史には載らない、こんな目線での記録も、若い方々には残しておこうと思うのである。

14日 残りの松茸をリュックに入れて、Jetstarで札幌。
空港で買った豪華なタラバガニ空弁に、松茸の汁物と焼き松茸を母に振舞う。喜んでいただけて何よりでした。

15日 午前中は畑仕事。胡瓜とトマトとグリーンカーテンのゴーヤをお仕舞にした。ミニトマトと小振りのゴーヤが沢山採れて、ご近所にもお裾分け。
午後からは先日のリベンジで、今後こその整形外科。続いて眼科と耳鼻科で薬をもらい帰宅して、ゴーヤチャンプルーの夕食。

16日 これから仕事の日、研究所に移動して定例の月例会。
いろいろと課題は尽きぬものなり。まあ、若き方々の時代だ。助言に徹する。

夕刻に札幌駅近くのホテルに戻り、会社の大先輩にして準仲人の方をお誘いして飲み会。遅れてきた若き同僚が加わって、ますます酒が進み、かなり酔っぱらい、ホテルのベッドでバタンキュー。
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17日 も一つの研究所に移動する道すがら、大地震で被害ありと市のサイトに掲載されていたので、我が家の平岸霊園の墓所を見に行った。
墓石を固定するモルタルが欠けた程度の事で、大した被害ではない。周りを見渡しても倒れた墓標も見当たらず、紅葉が美しい静かな墓地である。

午後イチで、研究員氏と打ち合わせして、千歳空港に戻り、帰宅は夜10時前。風呂に入り、カミサンとひとしきり話して就寝。

18日 肌寒い日で、今日は千葉でもジャケットが必須である。秋は確実に進んでいる。
片付け仕事をしながら、しかし取り扱い製品の原料値上げが伝えられたりで、なかなか楽に仕事をさせてもらえないものなり。

12日の金曜日、美浦まで返品受け取りの行き返り。
事務所に戻りて稟議書を書こうとするが、金額が大きいので社の業務決済基準に照らせば、シニアの私では稟議起案ができない。

管理職氏に起案を頼んで、決済は本部長。これは大ごとになったナ。まあ粛々と進めて参る。
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13日の今日は土曜日。カミサンは講演会の主催側で出掛け、私はポケモン取りをしながら松茸を買う。

才巻海老などスーパーにあるわけもなく、安物のアルゼンチン海老を茹でる。銀杏もレトルト品で間に合わせる。ハモも見当たらず鶏のささ身にして、それでも出汁は鰹節でしっかり取って、松茸の汁物を作った。

大きめの松茸は、半分に割り、酒を振って焼く。焼ければアチチと手で割いて、醤油を垂らし、スダチを絞る。
香りもさることながら、味が良く歯触りも良いのが松茸である。

値も張るので、一度食べれば十分の秋の味覚。

9日 朝8時台の電車に乗れば、京都から折り返して12時には大津に到着した。便利な世の中である。

レンタカーで栗東に向かい馬の仕事。製品を欠品させてしまったので、そのお詫び。そして今後のリニューアルについての意見交換。終われば京都まで戻って、定宿にしている四条大宮のホテルに入る。案外暖かくて、ワイシャツ姿でも汗ばむ。リュックを背負っていることもあるか。

10日 昼に自宅に戻り、着替えて、自転車に跨り、途中で昼食のラーメンを食べて出社。旅費精算やら、ワタワタするうちに定時を過ぎる。

11日 10時過ぎまで事務所で仕事をして、幕張メッセの農業資材EXPOを覗く。物凄い人の数、去年にも増して、植物工場がらみと、ドローンに代表される自走機器が目立った。
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夕食は大根を煮て、ミツバのお浸し、秋刀魚を焼く予定なり。カボスと大根おろしも忘れずに。

7日 家の掃除をして、昼からカミサンとポケモン散歩。
10月だというのに、30℃超えの千葉である。強い日差しが照り付けて、木陰や建物の陰を選んで歩く。やや風があるのが有難いくらいの真夏日だった。

黄昏時分に、たまたま出くわしたバルに入りIPAで喉を潤す。もう一軒引っ掛かって帰宅。
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8日 起床してホッとする。今日は暑くはないゾ。
紙ごみの日とて、新聞と雑紙と段ボールをえっさこらさと団地の集積場まで運ぶと、やはり汗をかく。
室温は25℃くらい、風が涼しい秋日和である。

台風の大風でやられた唐辛子の木、ダメになった葉を落とし、乾いてきた実を収穫した。
しかし、新芽が現れてきて葉を広げようと頑張っているし、花も咲いている。まだまだ収穫できそうなのは有難い。
煮物や汁物に重宝しているのである。

ネットで見つけた「つぎ汁」、岐阜の名物だそうで、出汁に唐辛子の辛みを移した汁物を何度か試している。なかなか美味い。

4日 9月の販売実績をまとめる。やはり思わしくない。
不祥事のツケもあり、台風だ地震だの影響もあり、そもそも北海道では自給飼料が量的に不足なのであろう。
午後からは、来週の行動予定を整理して、宿や車の手配などする。
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5日 雨でエスケープ号は諦める。一度会社に出て連絡業務をこなし、再び国際展示場に移動して出店各社のプレゼンを聞く。

6日 カミサンは仕事とて、私は朝からポケモンハント。
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明日から暑くなるはずが、昼を過ぎれば既に暑い。夏に逆戻りで、半袖半ズボンに着替える。

ネットによれば、モンセラート・カバリエ死去とか。
バルセロナオリンピックの開催を盛り上げた、あのフレディーとの共演は素晴らしかった。ここに貼っておこう。
ご冥福をお祈りいたします。


2日は、午後イチで美浦トレセンまで行くことにした。
直行することにしたので少し時間がある。ベランダゴーヤの後始末に取り掛かった。台風でやられた葉が、次々に散らかるのである。
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小さな実が、それでも結構収穫できた。も一度どころか二度ほどはチャンプルーができそうだ。

車を走らせて東関道から圏央道、牛久大仏が見えたところで降りて、大仏様を拝んでから目的地へ。返品の回収なので電話だけでは不安だ、現場主義の私である。
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案の定、聞いていたのとは違う数、やっぱり来てみて良かった。
電話で聞いた数を交換手配していたら、また一騒動あるところだった。長年生きていると、このような勘が働くのだなぁ。

製品を回収して事務所に戻り、社内関係先にメールで対処を依頼した。なかなかスマートにこなせたな。

3日 朝に事務所に出たら、メール対処をして行ってきます。
食品開発展2018で国際展示場。面白い素材が目白押しだが、今年はますます乳酸菌が目立った。 

整腸作用のみならず、アトピーに効く、ピロリ菌を減らす、メタボ対策に美容に、口腔ケアに、変わったところではアミノ酸の吸収を増やすなどなど、死菌あり生菌ありの大盛況だった。これもメタゲノミクスの進展がなせる業であろう。

聞きたい企業講演をつまみ食いして、金曜日にはまた聞きに来よう。歩き回って草臥れたが、楽しい一日だった。

夜半からゴウゴウと、凄まじき風の声。
起床してみれば、ベランダゴーヤの葉は無残にも風になぶられて、これは再生不可能である。週末には撤収作業だな。

バジルも茎を折られたが、これは少なからず再生してくれるだろう。とんがらしの木も、何とかなりそうと見た。
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例によって風に弱い京葉線は動かず、しかし私は自転車通勤。朝から気温も上がって、汗をかきながらペダルを漕ぐ。
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道路脇の自転車レーンには、枯葉どころか折れた枝まで散乱していて、走りにくい。銀杏も松ぼっくりも多数。銀杏は拾ってもよかったな。

千葉みなとは海に面しているので、昼を過ぎても海風が凄まじかった。近所のセブンイレブンの看板は曲がり、割れ、修理に駆け付けた業者さんの高所作業車も、風を恐れて様子見していた。
あれま、その下の歩行者信号機もあっちを向いて、いかに強風だったかを物語っている。

次の台風25号も見えているようだ。
派手な風と雨が直撃せぬことを祈るばかりだ。

果物とヨーグルトと紅茶で、やや軽めの朝食。
講演会とやらに参加するカミサンを見送ってから、家の掃除。そしてようやくPCの回復ドライブを作成する決心をした。時間があれば取り掛かろうと思いながら、PCを更新してからずっとサボっていたわけである。
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マニュアルによれば、できれば32GBのUSBのフラッシュメモリを用意して、しかもUSB2.0規格のポートに繋げという。3.0では不具合が発生する可能性があるとか。生憎と2.0ポートはマウスとキーボードで塞がっているので、わざわざ2.0規格のハブを引っ張り出してきて接続した。

で、これが時間がかかる。
作成をクリックしたら、画面の真ん中にバーが出たのでしばらく待つ。数分待たされて、ドライブF:にメモリが見つかりましたとかで、あらまだ始まっていなかったのね。で、これを進めると、またもや画面にバーが出て、左側からジリジリと緑になり始めた。いかん、これは待たされそうだ。

で、雨が止んだのをいいことに買い物に出た。
戻ってしばし、ようやく作成終了。メモリに作成年月日を書き込んで引き出しに仕舞う。使うことがありませんように、、、

昼間はずっと雨は止んだまま。幕張のクラフトビール屋でカミサンと待ち合わせてIPAで乾杯、歩いて帰宅するころ、ポツリポツリと降り出した。

明日から10月。業界ではシンポジウムや展示会の時機到来である。暇なシニアの身の上で、機会を見つけていろいろ参加してやろうと企んでいる。
札幌の実家の畑も、片付けに行かなくっちゃなぁ。

担当する製品群に関して、その将来性を見据えるレポートを書かねばならなかった。シニア社員で出不精になっていたが、ここは奮起して周辺に情報収集していた。

で8月の盆前には那須、9月に入って新潟、富山、今週はディスプレイの前に座ってまとめにかかり、そしてぎりぎりの28日は午前中に香取に行って、現場に詳しい方と話をしてきた。
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久し振りに来た佐原の街、駅の向こうには真新しい合同庁舎があった。駅と直結しているかと思いきや、連絡橋はあっても繋がっていない。何故?と思ったが、JRは一時間に一本の路線なのだ。これは繋げる必要はないですかね。

頭の中で組み上げていたストーリーを、詳しい方のお話を聞いて補強できて、来た甲斐があったというものだ。事務所に戻り、書きかけの報告書を一気に仕上げる。6ページにまとめてみた。うむ、そこそこの出来である。
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帰宅して、道の駅「水郷さわら」で買ってきたマッシュルームでアヒージョ、つるむらさきのお浸しなど作り、白ワインでいただく。
レポートを書き終えて、ああ9月も終わりだ。
今月の販売実績は、山崩れだ台風だ地震だ停電だで思わしくない結果に終わりそうだ。お客様が大変なので、当方も大変だ。まあ当たり前のことであるが。

29日 朝は初物の柿と梨をむき、ヨーグルトと紅茶。
カミサンは病院に行ったので、私は台所に立ち、小茄子を漬け、カブも処理して漬物にして、落花生を茹でる。昼飯は野菜たっぷりの温蕎麦にした。

昼からは雨が降り始めた。この土日は外出せずに過ごそう。今度の台風が、また悪さをしませんように。

17日 札幌から戻った次の日は、月曜日ながら敬老の日。
自宅にいてゆっくり休ませていただこう。

18日 この週は馬用サプリメントで販売店回りを計画していたのだが、欠品してしまいご迷惑をかけている。そろそろ次ロットの出荷目処が見えるはずなので、これを待ってお詫びに行こうと、巡回を断念した。
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19日 更新されたPC、NECの事務用機でデュアルコア・4スレッドとは現在ではやや地味ながら、動画やゲームをするわけでもなし、会社での使用には問題なかろう。たまたま机の中から、往年の名器PC9800の頭脳たるV30プロセッサが出てきたので、これを眺めるうちに、私の入社当時の、PC黎明期の記憶が蘇ってきた。

画面がカラーでなかった頃、PCにマウスが付いていなかった頃、日本語処理は出来ずとも作表ソフトと格闘したあの頃を、書き留めて原稿募集中の社内報に投稿してやろうと思い立った。暇な我が身である。

20日 朝イチで、亡くなった同僚の一周忌の追悼式があった。
そうか、あれからもう一年がたつのだ。いやいや、一年しか過ぎていないのだ。あれからいろいろな事があり過ぎた。

21日 てなわけで、せっせと記事を書く。
メインフレームに載せたLP計算を端末で走らせた思い出、そのうち台頭してきた表計算ソフトを率先して学んだ日々、インターネッ環境のない時代に試行したパソコン通信による事業所間のファイル転送。

初代のダイナブックを持ち歩き、ダイヤルアップでモデムからサーバーにつないで、バイナリをishでテキスト変換していた。懐かしい思い出だが、振り返ればインターネット環境もマシンスペックもとんでもなく進歩したものである。

22日 幕張のクラフトビール屋に下の息子を誘ったら、上の息子も仙台から来るという。ゲームショーを覗いて帰りたいらしい。
勢いあまって、夜は蕎麦屋でも酒を飲む。

23日 掃除して、洗濯して、網戸も洗って、気になっていたベランダも掃除して、家中のエントロピーを下げる。
泊って行った息子を送り出し、カミサンとポケモン採集。

レイドバトルでミュウツーをゲットして気をよくしたら、スペシャルリサーチを乗り越えてセレビィとミューまで捕れてしまったのは、上出来であった。

24日 秋分の日の振り替え休日。
今日はお弁当とお茶を持って、ピクニック気分でポケモン採集の続き。あと一週間で9月も終わってしまう。10月に入れば、上半期の実績が見えてくる時期なのである。

実家の母が病院に行きたいという。半年に一度、人工関節のモニタリングをしているのである。
大昔に両股関節を手術しており、かなりガタが来ている。しかし高齢での全身麻酔は体の負担が大きいし、人工関節の入れ替えは大変な作業になるらしいから、再手術は諦めている。
で、大事に使いましょう、と云う事になる。その定期検査なのだ。
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14日の金曜日を休みにして、成田空港から8時台のJetster。こんなに空席の目立つ機内は初めてだ、いつもの賑やかで存在感のある中国人観光客の姿が見えない。

さて、昼前に実家に着いてみれば、何と病院は午前中であったとか。午後と聞いたからこのタイミングで来たのだが、もう間に合わぬではないの。
母は「午前と言った」と言い張るが、私は午後と聞いたから午前中の飛行機で行きますと応えたのだ。ダイイチ千葉から飛んできて午前中の札幌の病院に間に合うわけないジャン。私は自宅を朝の5時半に出たのだ。

そー言えば、私が成田から飛ぶとカミサンに伝えたはずが、カミサンは「羽田」と言ったと譲らない。私が言い間違えた可能性もなくはない、どうも母も私もカミサンも、年をとって勘違いや早飲み込みや、そして意固地が増している。皆してポンコツである。気をつけよう。

病院には行けなかったが、実家では買い物や畑仕事でそこそこ忙しかった。近所の生協では、豆腐と牛乳とヨーグルトと卵が品薄ですでに売り切れだった。帰路にもしやとセコマに寄ったら、豊富の牛乳とヨーグルトをゲットできたのが有難かった。
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16日の日曜日、夕方に成田に戻る。
新千歳空港は利用客の数は普段と変わらない気がしたが、レストラン階はすべて閉店。数少ない飲食店には長蛇の列。
こんな時期に来てくれた観光客には誠に気の毒である。

10日は美浦まで顧客対応で一走り、行き帰りに一日を費やした。
11日の今日は、ぐっと気温が下がった。通勤時にはジャケットを着てもよいくらいで、一気に気配は9月下旬だ。
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昨日の続きで、市内の配送センターまで検品に行く羽目になる。
途中歩いた「みなと公園」では、赤・白・黄色の蓮の花が咲いていた。
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ようやく、暑さから解放されるのだろうか。
日没が早まってきて、終業の頃には暗くなり帰路の自転車にはヘッドライトが必要な季節になった。しばらくさぼっていた自転車のタイヤに、空気を入れてやることにしよう。

全国的な大災害が目立ったばかりの夏だったが、気がつけば既に秋である。

北海道を襲った5日の台風、いたるところで大木がなぎ倒された。
我が社の施設にも木が倒れ掛かるなどの損傷ありとか、心配していたら今度は6日未明の大地震だ。

震源地では大規模な山崩れ、そしてまさかの北海道全域(発電所を持つ離島を除く)での大停電、電力供給ネットワークの脆さを露呈した。
札幌本社では6~7日は社員は自宅待機、交通機関は動かず、事務所に出ても電気が来なければPCも動かない。

私は千葉にいて仕事柄、道内事業所との電話やメールのやり取りが多いのだが、固定電話は不通、やむを得ない場合には携帯電話、そして固定PCでのメールは開けない。やきもきしながら、まずは電源回復を待つことになった。

不謹慎にも、7日の夜には新橋で退社した先輩方との飲み会。
夜に実家からの電話で、電源回復を知らされ、とりあえず一安心したところだ。

北海道では酪農家が搾乳機械を動かせない、何とか搾乳できても牛乳の冷蔵保存装置(バルククーラー)が動かない。
だいたい乳業メーカーも停電で稼働できず、集乳ローリーも来なければ牛乳も出荷しようがない。

事故った厚真火力発電所は北海道の主力パワープラント。海外炭の使用を前提に苫東の海に面した立地だ。
苫小牧から日高に向かって海側を走れば、発電所の雄姿と、その横の巨大な石炭貯蔵場が嫌でも目に入る。全道の電力需要の4割を担うとされた泊原発が停止中であり、近年は火力発電所の高稼働が続いていた。そこが被災したのだから影響も大きかったのだろう。

危機に及んで、すぐに原発を再稼働させ電力回復ができたなら、原発の株も上がったのかもしれない。
しかし、原発は臨界まで持っていくのに一苦労する鈍重な・重厚?なメカニズムであって、そーは行かない。むしろ使用済み核燃料の冷却にも、もちろん施設内の制御機器にも、外部電源が必要なのだ。

ほくでんサンにしてみれば、泊の再稼働が見通し不透明の中で、高負荷となっていた主力発電所が被災したのだからお気の毒ではあるけれど、そろそろ電力の地域分散と相互補完ネットワークを考えてほしいものだ。原発はもう諦めましょうよ。

そー言えば、昔読んだSFに、何らかの原因で荒廃した地球を舞台に、人類文明の灯火たる原子力発電所の稼働を死守する物語があった。電力を失えば人類は文明を喪失してしまう。子孫に文明を継承するために、我々は原発を守らなければならぬのだ。
それなりに面白く読んだ記憶がある。昔の原発は人類の叡智の結晶、科学力のシンボルだった。バラ色だったあの頃、、、

3日は昼まで事務所仕事、サプリの在庫切れのお詫び電話をぎりぎりまで対処。いったい何やってるンだ、対応が遅すぎる。と内心憤りつつ、、、
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市内で銀行口座のメンテをしてから東京駅、新幹線に乗ればあっという間の長岡だった。
昔、微生物飼料のルートセールスをしていた頃は、ほぼ毎月のように来ていた。長岡を拠点として、新潟県内を回り、今度は金沢に移動して富山県・石川県・福井県と販売店とお客様巡回して、名古屋に降りたりしていたな。もう20年以上も前のことだ、長岡の街も大きく変わっていた。

4日は三条市にある試験場を訪ねて情報収集、終われば戻って、今度は上越妙高で特急から新幹線に乗り換えて富山。
ちょうど台風が迫っており、富山駅に到着すれば在来線は運休していた。横殴りの雨の中を、ホテルに急ぐ。
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まだ早いけどホテル併設の居酒屋で一人酒、げんげの唐揚げやら白海老の刺身をいただいて早めの就寝が吉と出た。
この時間の富山は、台風の目の中だったようだ。雨と風が収まり、上空の雲が渦巻いていた。そして、その後は再び猛烈な雨。
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5日 起床すれば快晴、まさに台風一過だ。そして気温が高い。
再びレンタカーを借りて、今度は富山の試験場を訪ねて情報収集。終われば富山駅前で遅い昼飯、つい刺身定食など食べてしまう。旨かったけど。

新幹線で東京駅まで直行できるご時世、午後6時には帰宅できた。
今回の情報収集は有意義だった。も少し補強して、レポートにまとめるつもりなのだ。

北海道から戻り、気温差が激しい今日の千葉は最高気温が34℃。
こんな日に限って、昨日の続きで外出して市内の鉄工場さんを訪ねる羽目になる。暑さに打ちひしがれて、かなりイキが下がって昼前に事務所に辿り着いた。

事務所ではPCが更新されており、win10は自宅では慣れているものの、突発事項に対応しながら、画面の色合いを調整し、スクリーンセーバーを設定し、私はカナ入力なので切り替えて、マウスはワンクリック設定にして、などなどいろいろな設定をし直して操作性を回復したところで定時に至った。
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帰宅して夜は、シュティーカフェーさんのブログを参考に、イタリア風夏野菜炒め。パプリカが無くってピーマンになったから、色彩的には宜しくないが、ケーパーとアンチョビと、そしてワインビネガーを大目に振ったのが旨かった。

写真にはないが、実は最後にルッコラを散りばめる。これがまた鮮烈である。カミサンにもウケて、作った甲斐があったというものだ。レシピには忠実だったつもりなれど、も少し極めてみたい。

明日もまた34℃とか、残暑が厳しいのである。

27日の浦川までの移動の道すがら、通りかかったビッグサイズ紳士服の店で我慢できずに安物のジャケットを買った。
長袖のワイシャツだけで札幌に来たのだけれど、昼間は何とかなっても、朝夕が寒い。暑ければ脱げばよいが、羽織るものがなければどうしようもないのだ。
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28日 広告掲載の不手際でご迷惑をおかけした相手先を訪ねて、お詫びのご挨拶。昼には隣町の様似まで車を走らせて、ツブとホッキ丼を食す。うーむ来た甲斐があったというものだ。

気を取り直して、再びJRA施設まで戻って、専門の先生にズーズーしくいろいろ聞く。こちらも手探りなので、各方面の方々のお話を聞きながら、可能性を見極めていく作業なのだ。

帰路に、販売店さんにも顔を出して意見交換。新冠の先から高速道路に乗れば、千歳に戻ったのは7時だった。流石に草臥れて、ビールを飲んだら回りが早い、すぐに就寝。

29日 朝の飛行機で羽田に戻り、そのまま今度は六本木にあるJRA事務所で製品開発の相談。20℃に辛うじて届いた浦河から30℃近い都内、しかも湿度が高いので体にこたえるのである。
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麻生十番まで歩くと、牧草牛専門店なる店を発見した。
穀物を食わせて肥育を仕上げるのがグレインフェッド、つまり穀物肥育。対して牧草だけで肥育するのがグラスフェッド。
穀物肥育しないと、肉は固く、脂肪の色も濃く、日本人好みではないとされているが、このお医者様は栄養学的に後者を推奨しておられるらしい。

ガラス越しに冷やかしていると、店のおねーさんが出てきてくれた。説明してくれようとするが、私のほうが詳しいですよ多分。試しにグラスフェッドとか言ってみたが、やはり通じませんでした。

帰宅の直前に若き同僚から電話、ウームこれは手伝ってあげねば。
会社に出ようかなと考えていたが、自宅からポルテ号で研究農場。加工したい植木鉢をもって、昔からの知り合いの鉄工所のお父さんを訪ねた。6~7年か、随分とご無沙汰だったけれど、覚えていてくれた。目立つ図体はこのような時には便利である。

加工を頼めば二つ返事で引き受けてくれた。
すぐさま同僚に電話して、明日再びの訪問を決め、今度は直帰させてもらった。我ながら、シニア社員にあるまじく、よく働いてしまった。

25日の土曜日、昼過ぎの成田空港にはカミサンが付き合ってくれた。札幌の実家に着くのは母の夕食に間に合わぬ、真駒内のスーパーで肉と野菜とビールを買って行く。

翌日は畑仕事。キュウリを母が収穫しやすいよう誘引して、あとはひたすら雑草退治。
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翌日に備えて、市内まで移動。エドゥイン・ダン記念館まで歩いて、地下鉄に乗った。

市内ではヘンテコな格好の若者ら多数。市民マラソンの余波なのだろう。
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で27日。市電に乗って、レンタカーを借りて、千歳から鵡川に抜けて、浦河までのロングドライブ。今日は
移動だけの一日だったな。明日は忙しくも充実した日になる予定である。
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朝7時頃は、風が巻いて雨が叩き付ける嵐の千葉。
こんな状態では電車も動かぬだろうと心配していたら、8時前には収まって、傘もささずに電車で出勤。
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東京駅に着けば、ポツリポツリの雨、そして蒸している。
10時から、会社でIDをもらっているパテント検索システムの勉強会だ。製品のリニューアルも検討しているので、少し他社特許なども調べておきたかったから、この際だと出席させてもらったわけである。

午前中は概要編、午後からは実践編で、流石に今日一日ですべてが分かるわけではないが、こんな事が出来ると覚えておればテキストを見ながら跡は辿れるようだ。

いつもは踏み入れることも少ない世界、新鮮な経験であった。
念の為に折りたたみ傘をリュックに入れていき、結局は使わずに帰宅した。まだ風は強い。

いやー、暑い。
湿度が高いので、千葉の最高気温は32℃だったとはいえ体にコタエるのである。

午前中のミーティングで少々緊張感のある話を聞いて、午後からは半日休とした。盆休みを過ぎてバタバタしていて気がつけば、降圧剤が在庫僅少だ。金曜日は終日都内で講習会を入れてしまったし、土曜日からは札幌、そして日高を回って、戻りは水曜日だ。今日のうちに薬を補充しておこうと企んだのだが、、、

まずは昼に会社近所の千円床屋に行けば、むむ、12時半から昼休憩とか。出鼻を挫かれるとはこの事だ。
で、仕方がないので駅蕎麦を食べて、一度は自宅に戻る。クリニックは14時からなので早すぎるのだ。時間調整して、予定貫徹とばかり意気込んで、再び暑さの中に出る。

車に燃料を入れる。
いよいよクリニックに行けば、妙に静かだ。玄関先をのぞけば何と、23日まで夏季休業だった! そういえば前回そんなことを聞いていたかもしれない、忘れていたのはこの暑さのせいである。

何のための午後休だ、とかブツブツ言いながら、千円床屋まで行って今度こそ髪を刈る。うむ、少し達成感がある。
帰路にヤオコーさんでお買い物して帰る。ビールを買うのに気を取られて、卵を買い忘れていた。暑さのせいである。

エアコンを入れた我が家でしばし、夕方には近所のイオンで卵だけは買っておこう。暑くて動くのが嫌になるが、必要な事柄はキチンとこなして参ろう。

暑さは一段落の関東だが、半袖では震える寒さだった千歳から戻った身には、まだ暑さがコタエルというものだ。
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今日の昼は、卵の黄身の醤油漬け丼を試作してみた。
ビニール袋の中に三時間ほど、黄身を醤油に漬けておく。ご飯の上にシラスとオクラのおかか和えを置き、黄身を真ん中に配置。これを崩しながら食する。茄子とシメジと油揚げの味噌汁も作った。
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漬物は、胡瓜と茄子と茗荷。
昨日はstehkaffeeさんのブログで教えてもらったレシピを参考に、生姜の甘酢漬け。薄く切って塩でもんだので、熱は入れませんでした。早く食べきらねばなりませんね。
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暑いと、やはりこんなものが食べたくなる。この事であった。

11日の土曜日、朝から新宿に用事があったカミサンと田原町のクラフトビール屋で待ち合わせ。
羽田空港から夕方の便で飛ぶはずが、帰省ラッシュのピークとかで札幌の実家に着いたのは深夜だった。

12日、畑仕事をしてから、レンタカーを借りに行き、思った通りだ帰省ラッシュの混雑する国道を戻る。買い物などもしつつ、残りの時間は畑仕事。結局は畑に出られたのは、この日だけだった。

夕方に義兄とその息子らが訪ねてきて宴会、寿司を囲んだが、そのほかにも酔っぱらって追加の料理を作ったりで奮闘する。甥夫婦の子供らはますます元気で、母からすれば娘の息子の息子と娘にヒイバアと呼ばれている由。

13日、午前中に市内二箇所の墓参りを済ませれば、午後からは雨。夕方から、月寒のお寺さんでお参りして、親戚の飲み会は何と11時に及ぶ充実ぶりだった。子供三人を引き連れて帰省中の親類も、叔母に聞けばいろいろ悩みもあるとか。まあ、子孫繁栄だけでも良かったじゃあありませんか。

14日、一日雨模様。叔母宅にアイスクリームを届ける約束をしたので、朝から市内に出る。アイスを届けて、そのまま叔母を乗せてカミサンの実家の様子を見に行く。
誰も済まない家は、ますます玄関周りや庭が荒れていた。この家も、ボイラーが壊れたのが運の尽きだったナ。

不要物を車に積んで、これは叔母が処分してくれるという、有難し。隣家に挨拶に寄るもお留守、お土産を置いてきたら、夜に電話が来た。
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15日、この日までの夏休み、下の息子は大学時代の友人と一日過ごしてよく日に帰京するとか。カミサンは一足先に戻る。二人を最寄りの地下鉄駅まで送っていき、私も母と昼飯を食べたらレンタカーを返しに実家を離れた。今日も雨で畑ができない。支柱を立てるなど最低限のことだけこなす。

大通公園の札幌夏祭りビール園も、すっかり雨に祟られた。今日が最終日だというのに、連日の雨で盛り上がらずだったことだろう。

16日、やはり朝から雨模様。研究所に着いて打ち合わせをするうちに、ますます雨脚は強くなった。
夜は千歳まで戻り一泊。肌寒い。こんな気候が続くようでは、北海道の農産物が大いに心配である。