26日 昼前に母を生協店内にある美容室に連れて行く。
カミサンに付き添ってもらっておいて、私は食料品や酒の買い物をする。

午後からはカミサンはハローワークに行くと言う。私は留守番のつもりでいたら、メガネ屋から先日頼んできたメガネがもう出来てきたとの電話あり。散歩がてら行ってみようか。
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ヒマなので、真駒内まで歩いてみた。7kmほどあるらしい、ゆっくり歩いたら一時間半を要した。
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27日 青く晴れ上がった空のもと、気温が下がってきて室温も20℃を切ると寒く感じる。関東におれば厚着して我慢するところだが、ここは北海道。室内にはストーブが備え付けられているので、ついポチッとスイッチを入れてしまう。なあに、一時間も焚けば温まり消火するのだけれど、、、

テレビで見たレンコン入り酢豚を作ってみたら、そこそこの出来だった。事にしておこう。

28日 食べてつなげよう支援の輪。エルパソの「どろぶた」ハンバーグと挽肉が届いた。お向かいからいただいたカボチャと合わせて今夜はそぼろ煮にしてやろう。

外を歩くと雪虫がフワリフワリと舞っている。髪の毛や服に付くので、玄関前で上着をバタバタせねば、室内に連れてきてしまう事になるから面倒くさい。

23日 金曜日。朝に溜まったプラゴミを出しに行けば、傘が必要だった。
そのまま雨は降り続き、曇天の肌寒い一日。今野敏「道標」を読了。

24日 土曜日。青空が見えるものの肌寒い風の日だ。
高かった秋刀魚を焼き、大根を庭から抜いて下ろして添えたら、母に喜ばれた。
今野敏「アンカー」読了。
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25日 日曜日。青空も見えるが厚い雲からパラリパラリと雨が落ちる。FBでみた壮瞥町のキノコラーメンを食べに、カミサンと中山峠を目指した。
峠に近づくにつれて、路面には雪がシャーベット状に溶け残る。まあ凍結する気温ではないので、大丈夫。
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洞爺湖をぐるりと回り、有珠山と昭和新山をかすめて壮瞥町でお目当てのキノコラーメンを食す。キノコの出汁がなかなか旨い。
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その後は支笏湖畔を北上して、千歳と恵庭をかすめて札幌市に入る。六時間ほどの小旅行だったが、南区に住んで居れば支笏・洞爺はこんなに近かったのかと、改めて感じた事である。
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天気予報では午後遅くから天気が崩れると言われていた。
しかし、昨日に比べると朝から暖かい。日差しがあると上着がいらないくらいだ。
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そんな訳で、午後から、雨の降らぬうちに母を誘って近所にある石山緑地まで、紅葉を見に行ったのだ。
今年は寒さが進まぬせいか、今一つ紅葉も鮮やかではない気がする。
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うーむ、来週は八剣山辺りに足を延ばしてみようかな。
雪はまだ降らぬが、秋が深まる札幌であります。

19日 朝から青空だ。庭のトマトをお仕舞にして、整理した秋明菊やらと共にセッセと袋に詰める。
ネットで見て夜に試した無限白菜が旨かった。
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20日 今日も青空、今度はゴーヤのグリーンカーテンを撤去した。
小さな実がいくつか採れて、夫婦で食べるゴーヤチャンプルーの一回分くらいだな。

傷だらけになって気になっていたメガネを新調することにして、午後から真駒内のメガネ店まで。ついでに会社OB会の会費請求が来ていたので振り込んでおいた。

夜は隣の母から刺身の差し入れがあったので、湯豆腐と合わせて純和風の献立。
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21日 今日は枝・葉・草の回収日。朝飯前に、この二日の作業で貯め込んだ袋九つをゴミに出す。えらく冷え込んだ朝で、畑にも愛車にも霜が降りていた。
畑にはまだ大根、人参、隠元豆、ピーマンが残っているが、明日からは天気も崩れると言うから支柱の類は整理して物置に仕舞っておいた。
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壁に寒そうなバッタを発見。
まだ成体ではなさそうだが、果たしてこれからの寒さを乗り切れるのか。強く生きるのだよ。

私はPCでは主として二つのアカウントを使い分けている。
最近は、ほぼ毎日この二つのアドレスにフィッシングメールが飛んでくる。やれアマゾンのプレミアム会員が無効になるだの、楽天のお支払い条件に異常があるだの、銀行系クレジット口座に異常なアクセスがあったから確認しろだの。

これらは作りが稚拙で、日本語的にも少々オカシイので、外国人だなとすぐ判る。
しかし、今日飛んできたメールはなかなかの出来だった。
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何と、あの「一人10万円」の定額給付金の二回目が用意されたのだと言う。
誘導されたサイトでは、次々と個人情報を書かされるらしく、これらは全てパックリと悪用されるのだろう。

10日に一人とは言わないが、100人いれば数人は引っ掛かってしまうのではないかしら。こーゆー才能を、世の中の役に立つ建設的な方向で使っていただきたいものだが、まったく悪い奴もいるもの也。

16日 夏休みにも帰省できなかった下の息子、足立区民だがGoTo何ちゃらも適用になったので札幌まで遊びに来ると言う。彼は我が家の完成も見ていないし、確か三月に千葉で上の息子の誕生日を家族一緒に祝ってから顔を合わせていなかったはずだ。

10時過ぎに、履き替えたばかりのスタッドレスで我が家をスタート。11時半に着いた新千歳空港は、なかなか混んでいて驚く。息子の乗ってきたANA便もほぼ満席だったようだ。

途中、細沢牧場のソフトクリームで虫養いをして、手放したカミサンの土地に建築中の他人様の家を見に行く。息子にしてみれば大学と大学院の六年間を過ごし、爺様を見送った場所である。

鈴蘭のラーメンを食べて帰宅、庭で採れたゴーヤで多分最後のチャンプルー、ピーマンの炒め、インゲン豆のお浸し、宗谷牛ヘレ・ステーキなどで、隣の母も呼んで楽しく宴会。
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17日 午前中は町内会の一斉清掃だった。
昼は山を下りて、国道沿いのスープカレー。夕方には3時から開いている澄川のクラフトビール「ひらら」で軽く乾杯して、帰宅すればカリフラワーでティンバッロ、宗谷牛ハンバーグなどでまたもや宴会。

18日 朝を食べたら、市内の叔母宅に息子の顔を見せに行く。
汚染地帯から来た息子には、もちろんマスクをさせて2m以上のキープ・ディスタンス。いろいろ鉢物を分けてもらって忝い。学生時代の友人と会ってもう一泊すると言う息子を大通のホテルまで送って、帰宅する国道230号線はえらく渋滞していた。

日曜日の昼だし、天気も良いので、紅葉を見に行く人たちが多いものか。空港の混み様と言い、この車の列と言い、そろそろ世の中が動き始めた感がある。

14日 資源回収の日、段ボールを結わえる。新聞と一升瓶を出す。朝から小雨。

生協宅配を受け取り、昼飯を食べたら、私は床屋に行く。尿酸値が8.0だったので薬を処方しますと医者に言われていて、さあいざ行ってみれば水曜日の午後はお休みであったのだった。

15日 10時に向けて母を歯医者に乗せて行く。
今日は手稲の山に冠雪とか。午後からは、ポルテ号の冬支度が必要だ。トヨタ店まで行き、スタッドレスタイヤとホイールを履き替えて、夏タイヤを預かってもらう。バッテリーは特に寒冷地用を載せ替えなくても良いらしい。

冬用のワイパーは業者さんで買ったほうが安いデスヨとかで、帰路に買い求め、自分で装着した。タイヤと合わせて、10万円ばかり掛かった。関東におれば必要のない出費だ。

今日も小雨が降ったり止んだりの、はっきりしない一日。
気温はかなり下がって、短時間だが夜にはストーブを点けた二日間だった。

11日 世の中は日曜日。
私ら夫婦は、旅行中の暴飲暴食を反省しつつ、朝は十勝川温泉のホテルでもらってきた饅頭と紅茶で朝食。

昼は叔母様にいただいた新米を炊いて、冷蔵庫に残った大根葉の炒め物に納豆を混ぜて、質素に食す。
夜は、これも冷蔵庫に残っていたタコしゃぶにキノコと白菜。一日はっきりしない雨の日を室内で大人しく過ごした。今野敏「隠蔽調査7」を読了。

12日 いつものメニューの朝飯、燃やせるゴミを出して、やはり朝から小雨の中を家に居る。
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昼は、昨夜のタコしゃぶの汁に、庭から抜いてきた長ネギで質素に雑炊。夜は庭で大量に採れたピーマンの炒め、土産に買ってきたラクレットをジャガイモに載せてチーズ焼きなど。今野敏「任侠シネマ」読了。
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13日 さあ、朝から青空。久し振りの畑仕事ができる。
風で傾いだ芽キャベツの木を、支柱で立て直す。まだ芽は小さいが、果たしてモノになるか疑問である。あれだけ住みついていたオオモンシロチョウの幼虫は、皆して既に姿を消していた。
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法蓮草がそこそこ大きくなってきたので、トンネルをかけて寒締めまで育ててみる事にした。さあ、どこまで大きくなってくれるものか。時間との勝負だな。

9日 ゆっくりと釧路駅前ホテルを出発。
阿寒を目指して道の駅で土産を買う。通りかかった畑には丹頂鶴が群れているのを目撃できてラッキー。

道東道の先端は、現在のところ釧路市内から阿寒湖方面に20kmほどの阿寒ICまで伸びている。乗ってしまえばトンネルに次ぐトンネルで十勝平野に出た。
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池田町から幕別を抜けて帯広市内には入らず帯広畜産大学。ちょうど昼時だったので、大学生協の学食を食べさせてもらった。私のいた頃とはずいぶん変わっていて、こ洒落た雰囲気のレストランのようだ。名物の牛トロ丼をいただく。

集う学生諸君が、皆幼く子供に見えたのは驚いた。俺も歳をとった。

新得まで足を延ばしてミンタルでチーズを買い求め、十勝清水から再び道東道に乗る。またもやトンネルに次ぐトンネルで、夕方には千歳に到着。

楽しみにしていたレストランは予約でいっぱい、仕方なく近所の居酒屋で腹拵えして、もう少し飲みたいとバーをググればまだ若いマスターながら良い店に辿り着く事ができた。

10日 いささか二日酔いで起床。
途中通過したカミサンが売却した西の里の土地では、既に基礎工事が始まっていた。
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長年の札幌市民でありながら初めての羊ヶ丘展望台。
ナーるほどこうした場所だったのだね。

3時過ぎに帰宅して、長旅お疲れ様でした。
750kmほどのドライブ旅行であった。今日の夕飯は簡単なものにしておこう。食べ過ぎ、飲みすぎを数日かけて解消せねば、、、

北海道は秋も深まり、そろそろ冬支度。
関東時代には所有していなかったポルテ号の冬タイヤ(スタッドレス+ホイール)を用意して、今月中旬には履き替えておかねばならぬ。
そこで、夏タイヤのうちに釧路湿原への旅行を計画したのだ。

7日の昼、生協の宅配を受け取ってからスタート。
調べてみれば帯広市内のホテルのツインには既に空きがない。GoToトラベルで大幅な値引きとなるらしいので、ここは奮発して十勝川温泉の有名ホテルの露天風呂付き和室を予約してあった。
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道東道を音更で降りて夕方には十勝川温泉に到着。
コース料理をいただき、モール温泉に漬かって就寝。朝起きて朝飯前にもまた温泉、目の前に流れる十勝川と白鳥大橋を眺めながら、うーむ極楽である。

GoToトラベルでの値引きに加えて、地域共通クーポンを一万円分もらい、音更町独自の宿泊費補助も二人合わせて一万円弱あったので、実質的に宿泊費は半額程度まで圧縮されたことになる。これは大盤振る舞いだ。

8日 時間があるので道東道には入らず、一般道を飛ばして釧路入り。昼飯には名物の玉川園の牡蠣蕎麦、その後は釧路湿原を目指した。
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DQウォークのお土産をゲットして、これで北海道をコンプリート。湿原展望台から2kmほど離れたサテライト展望台までテクテク歩く。はるか遠くまで雄大に広がる湿地帯は、悠久の歴史を物語る。
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夕方には釧路駅前のホテルに到着。
名所の幣舞橋の上から、釧路川の河口を染める夕焼けをしばし眺めた。

66歳の誕生日を二か月後に控えて、どうやら痛風を発症したらしい。
土曜日に起床すれば左足に違和感。親指の付け根に熱感と腫れがあり、鈍い痛みを感じた。
痛風って風が吹いても痛いンだよな」とか思いつつ、それでもこの急な症状は噂に聞く痛風に間違いなさそうだ。
思い当たるフシはある。会社の検診では尿酸値が7.0mg/dl付近にあり毎年※印が付いていた、札幌に引っ越してきてから自転車にも乗らなくなって運動不足は明らかだ、そして毎日美味しくビールをいただき、糖質制限気味の食生活で肉類の摂取量は多い。体重はここ数年90kg前後を維持しているとはいえ、身長190cmとしては少し多過ぎる。
さて、土曜日の昼には痛みがやや和らいで、靴を履いてポケモン散歩に出られるほどだったのだが、違和感は去らない。日曜日も日常生活には困らぬものの腫れは引かない。そこで月曜日に血圧の薬の補充を早めることにして、行きつけの内科の先生に診てもらいに行ってきた。
血液検査をすれば判明します」との事で血を沢山採られた。ちなみに関節炎なので整形外科を受診する方も多いようだが、痛風は内科で正解です」と言われたのだった。
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明日の午後に電話を入れてくれれば結果をお伝えできます」との事。尿酸を下げる薬は発作が収まってから服用開始とかで、今日のところは消炎剤と胃薬をもらってきた。痛みが強まったら飲んでくださいね。
と言うわけで、今日の午後に電話してみたら、尿酸値が8.0なので痛風で間違いないですね。」とのお達しであった。
尿酸値を下げる薬を処方してもらうべく、来週に再診が必要だ。

とうとう俺も老人になったと感慨深いものがある。
水をたくさん飲むようにしようっと。

いやーすごい!武漢ウイルスをものともせず、トランプ大統領の復活だ。
見よ、この体力と精神力の勝利を!

このお方の体の中の武漢ウイルスは全て抹殺されて、外部に振り撒かれることもない。既にマスクなど無用であることを、自ら証明して見せたではないか。

こんな超人的な指導者を仰ぐ米国民は幸せである。
武漢ウイルスなど恐れるに足らず。
皆、マスクを捨てて街に出よう。隔離された者達よ、日常に復帰して経済を回そうではないか。

さあ、強い決意をもってこの指導者に倣い、従うのだ。
このお方こそ、神の恩寵を受けた我らの真のヒーローなのだ!

ホワイトハウスでまさかのクラスター発生。
罹患したトランプ大統領が入院したと思ったら、まさかの病院周辺支持者への顔見世ドライブ。
馬鹿なパフォーマンスも、ここに極まれりだ。

自ら武漢ウイルスを放出する身になったのに、宇宙服でも着用しているのならまだしも、隔離されてしかるべき身を周囲に晒すなど基地外沙汰だ。

この人は本当に判っていないンだな。
その場のパフォーマンスがすべての人なのだ。そしてこれを涙を流して歓迎する米国民シンパ。皆ンな馬鹿じゃねえの。
アメコミのマッチョなヒーローに憧れる低能な国民性。
呆れてしまう。

聡明な方々も多数いるとは思うのだが、、、
まあ、トランプ爺もこの状況下で最後の悪あがきと言う事なのか。

1日 何と九月が終わってしまった。
今年も残すところ三か月か。四月に引っ越してきて、仕事もせず基本的に暇な毎日だが、月日は確実に過ぎて行くのだなぁ。

午後から、母を内科に連れて行き、インフルエンザの予防接種といつもの薬を補充する。

2日 近所の電気屋さんが、ラクヨウ(キノコ)を採ったからとお裾分けしてくれた。我が庭で差し上げられるのはインゲンマメくらいと、物々交換。このキノコは下処理が難しいので、母に頼んで大根おろしで甘酢にした。うーむ、懐かしい故郷の味。

午後から叔母宅へ。庭にあるいろいろな宿根草を株分けしてもらったので、帰宅したら雨が上がったのをいいことにせっせと定植。
ちょうど開花して庭を占有していた秋明菊を、思い切って処分。数株だけ残して、その場所にいただきものを置いた。これで来年の花壇は少しカラフルになる。

3日 朝の小雨も上がったけれど、もう畑に出てもさほどすることがない。昨日抜いた秋明菊やらカボチャのツルやらの、まだ採れているトマトやピーマン、茄子なども、片付けの段取りをしておこう。
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10/3 畑もそろそろお仕舞だ_f0057955_17030841.jpg
小松菜の食害が激しい。夏からここにいるのは青虫ではなく黒虫。葉に触ると、ポロポロと黒い虫が下に落ちて丸くなる。調べてみれば、カブラハバチの幼虫で見た目から菜の黒虫と言うらしい。青虫は簡単に落ちないので、菜を採ると良く台所まで持って来てしまうのだが、その点でこの黒虫は対処が楽である。

まあ、その場でポロポロと落ちたのをそのままにしてくるので、次の菜を食べてくれと言っているようなものか。

やはり私のカンが当たった。
芽キャベツに大発生した毛虫だが、どうも蛾ではない気がしていたのだ。
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一般に、蝶の幼虫には毛虫は多くない。この虫には毛が生えているが、毛虫と呼ぶほど密に生えているわけでもない。
フェイスブックに写真を上げてみたら、オオモンシロチョウの幼虫だと友人が教えてくれた。外来種だったのね。

侵入は1995(~1996)年と言うから、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の頃だ。北海道で爆発的に広がって、その後は東北まで南下したらしい。
私は既に関東に居住していたので、昔の虫取り少年がこの虫を知らなかったのも道理である。

まとめて卵を産むので、しかも旺盛な食欲なので、食害が派手である。一時は強害虫の襲来だと騒がれたらしいが、その後は急激に数を減らし絶滅したのではと言われたこともあったとか。

きっと生態系がバランスを取り直したのだろうな。寄生蜂が狙い始めたとか、鳥が味を覚えたとか。アオムシよりデカいので捕食する側にすれば食べ甲斐がありそうだ。昼でも葉の上に堂々と群れているので、腹を減らしたヒナが待つ親鳥には絶好の狩場であろう。

札幌に戻った私に、お前が知らぬ新顔だよと、自然が教えてくれたわけである。

なお、成虫は普通のモンシロチョウより少し大きいくらいで、飛んでいるところを知らずに見ていると別種とは気付かないらしい。今度白い蝶が飛んでいたら、翅の先端が黒っぽいか注意してみよう。

今この姿なので、きっと蛹で越冬するのだろう。来年の春には成虫が庭で見られそうである。

28日 カミサンは昼前にハローワークに出かけた。
私は買い物に出て、午後からは母を皮膚科に連れて行く。
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29日 朝夕は寒くなるが、陽が射しておれば昼間は暖かい日々が続いている。
雨で割れたトマトを採ったら小鍋にイッパイになったので、オリーブオイルと塩とニンニクの微塵切りでソース作り。

午後はカミサンと季節の果物などを買いに、近所の果樹園を回った。ブドウとプルーンとネクタリン、採れたて果実は朝のヨーグルトのトッピングとなる。

30日 昼前に母のところにケアマネさん、近況をいろいろ話す。

下の息子が10月中頃に来ると言うので、10月のスケジュールをボードに書き込んだ。雪の降る前に、10月の何処かで釧路湿原に旅する計画である。
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今日のスマホで庭の虫写真は、芽キャベツについた毛虫。何の幼虫だろう。蛾ではないような気がしているのだが、、、

25日 昨夜に東京から戻ったと思えば、今日は朝から土地売却の引き渡しでカミサンは外出である。忙しい事だ。

なんでも西の里は今、ファイターズの野球場建設の話が出て以降、売りに出る物件にすぐ買い手が付くのだそうで、不動産市場は活況であるとか。もっと高値を付けても良かったか?
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26日 秋も深まってきたが、まだまだ野菜は採れる。
二度目の大根は、播種時期がちょうどよかったらしく、間引きしながら食べられている。野良カボチャは葉が枯れてきたので、そろそろお終いにしよう。

人参と二度目の法蓮草は、機種時期がやや遅れたかもしれないな。夏蒔きの青梗菜も、もう少し多く蒔いておけばよかった。
これらは来年に向けての反省としよう、メモメモ。

カミサンに記帳してもらった千葉銀の通帳、電話代引き落とし口座の切り替えが間に合ったのか不安になって、ドコモ澄川店まで確認に行く。
ついでに、同居となって使わなくなった母の携帯電話も解約した。

カミサンと待ち合わせて、クラフトビールで乾杯し、焼き鳥をつまんで帰宅。

21日 世の中は四連休の三日目、敬老の日。
人出が多いようなので、こちとらは家にこもる。必要最低限の買い物などしたのみ。

22日 明日は月に一度の枝・葉・草の回収日。朝からカミサンと畑仕事と雑草退治。キュウリはお仕舞にして、道路際の草取りなど周辺美化。昼からも作業して、雨がポツポツ落ちてきたので撤収、そしたらスコールがきて驚かされた。

退院した義兄が、よせばいいのに買い物に出て、自宅の近くで転んで動けなくなった。何と股関節を骨折したというから、これは大事になった。多分 年内は出てこれないだろうな。

23日 昨日せっせと袋詰めした草を回収に出したら、朝飯を食べて8時にはポルテ号で家を出る。通勤時間帯なので混んでいたが、9時20分には新千歳空港にカミサンを運んでいく事ができた。

帰路は一般道で戻り、昼の生協の宅配を受け取ったら、一人で映画三昧。インターステラー、何度目になるのか、凄い映画だ。
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24日 今日も晴れた秋空が広がる札幌。
家の中を掃除して、思いついてコルクボードを買いに出た。千円で複合機周りが片付いたのはめでたい。

国勢調査をPCから回答、なかなか気の利いたサイトであった。
元・会社の同僚が酒を送ってくれたので、お返しに北海道の海産物など手配する。

家に一人、アンプのボリュームを大きめにして常に部屋に音楽を満たしている幸せ。

17日 母を月イチの歯医者に連れて行く。
待ち時間に、近所のガソリンスタンドまで行って、コイン洗車。

前日までの道北旅行で、愛車ポルテ号の前面には衝突した虫の死骸の痕跡多数。この時期の北海道は、高速道路を疾走していると突如として赤トンボの大群に突っ込むことがある。フロントガラスに当たる虫も多く、流石に北海道は生物密度が高いと感じる。生態系が豊かというのか、保たれている、或いはまだ人間の影響が少ないと言うべきか。

18日 一日ぐずついた小雨。
いつも野菜を差し上げているお隣から、お礼にとブドウとパンをいただいたので、またお返しに大量の野菜を届けておいた。

19日 久し振りの青空が広がる。
今度は向かいのお宅から根菜類をいただく。
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菜園ではキュウリは葉がほとんど枯れてしまって、実に養分が届いていない様子だ。そろそろお仕舞にしなければ。
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トマトも葉を落としてきたが、実はまだまだ赤くなる。これは最後まで付き合ってやろうか。

入院していた義兄が21日に退院する旨、甥からの電話があった。しばらくは通院との事だが、果たして酒をやめられるか。施設に入れろとの意見もあるようだが、義兄のプライドが許すまいと思う。

20日 今日も青空、窓を開けて風を入れると寒く感じる。秋も深まってきたなぁ。
母がお彼岸の墓参りに行きたいと言うので、今日のうちに済ませておこう。連休で下の国道も昨日は混んでいたようだ。今日はどうなのだろう。

名寄を早めに出て、ひたすら南下する。
道央道に入って、旭川はパスして滝川ICで降りる。ここは昔関わった合鴨が特産品なのだ。
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道の駅で出始めたリンゴなどを買い求め、合鴨の生産直売場でスライス、ブロックなどをゲットする。

30年以上前に合鴨のエサを供給する担当者だったのだ。
当時の運営主体だった第三セクターの公社はその後撤退して、今は障がい者就労支援施設が引き継いで事業を進めている。
今では滝川市のふるさと納税の返礼品にもなっており、嬉しい。

夕方には自宅に戻り、牛蒡を買ってきて、葱は畑から抜いてきた。今夜は母も誘って鴨鍋を食べながら、旅行談義で夜が更けた。

稚内の駅前、つまりサハリンや利尻・礼文へのフェリーターミナル直近のホテルで起床。朝は駅前周辺の散歩に出た。

6時半過ぎの汽車が下って行った。
旭川までの特急が一日三本ほどあり、何と札幌まで行く特急は一日一本しかないのだ。そして都市間バスの札幌行きは数本、今や車やバスが移動の主体なのだなぁ。
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ノシャップ岬に行き、戻る。傍若無人に出没するエゾシカの群れに魂消つつ、高台から利尻・礼文に行き帰るフェリーを眺めたりしているうちに、気がつけば昼まで時間を取られる。稚内は見所が多い街だ。

さあ、今日のうちに名寄まで入らねばならぬ。
気を取り直して、宗谷岬を回り、猿払、浜頓別から内陸に舵を向けて、中頓別から美深に入る。

カミサンが美深の町を歩いてみたいと言うので、駅にポルテ号を停めて私も付き合う。
美深のチョウザメをみて、昔住んだ町営住宅の跡地、親父殿の仕事場などを確認しつつ、明るいうちに名寄に到着。
ホテルお勧めの西洋居酒屋で、名物料理などをいろいろ食す。
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私は、天塩生まれの遠別育ち、小学校四年までは遠別にいた。
カミサンは小学校から中学校の半ばまで美深に暮らした。
共に道北である。

ヒマな年金老人の身の上だが、来週は所謂シルバーウィークとやらで人出がありそうだ。では我々は今週のうちに旅行を楽しんでおこうと言う事になった。

GoToトラベルで申し込んだ稚内のホテルに向けて、朝7時前に札幌の自宅を出た。
道央道の深川から分岐して、留萌までは自動車道が繋がっていたので、思いのほか早く留萌の道の駅で一息つく事ができた。
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日本海側を北上すれば、何と昼には遠別に着いてしまい、天塩を冷やかして一路 稚内。日の暮れる前に最北端の地まで足を延ばす事ができた。

稚内駅から最北端の地 宗谷岬までは30km弱の距離がある。ほぼ東京から千葉の距離だなぁと思いながら、車を飛ばした。

昔暮らした遠別の町、記憶に照らしてこんなに近かった! 狭かったっけ!と驚かされた。人口はかなり減っているンだろうな。

夜は稚内駅前の居酒屋と寿司屋をハシゴして、旨い海産物を食い散財した。宗谷産のモズクが、実に存在感ある。

10日から急に寒くなった。
10日と11日は最高気温が25℃に届かず、しかもシトシトと雨が降り続いている。道民諸君、三日前の暑さがピークでこれからは寒くなる一方なのだよ」と念を押された気がする。
昨日からは20℃にも届かなくなった。
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畑仕事ができないが、収穫はいろいろできている。毎日採れたての枝豆を食べられる幸せ。
小雨の中、叔母宅まで野菜を届けに行ってきた。

それにしても、もう少し暖かくなって欲しい。畑の野菜達も、突然の変化に戸惑っていることだろう。

8日 札幌の気温は33℃辺りまで上がり、まさしく残暑厳しい。
暑さばかりでなく湿度が高い、これは体にコタエル暑さであるね。

それでも午前中は畑仕事をして、キュウリやトマトを収穫。次々に色づくトマトは、大量に採れたのでご近所に進呈して回る。
昼はひっぱり饂飩、夜はお魚を焼いて和食でまとめた。

9日 この日も30℃超え、しかし前日より下がった気温のせいで過ごし易い。明日からは雨、気温もますます下がるというから、畑仕事を頑張った。
トマトとキュウリの下葉の整理、インゲンやネギ周りの雑草取り。うーむ秋の畑が見えてきたな。
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アキアカネ、畑の棒と言う棒に全てとまったアキアカネ。

カミサンの実家の解体作業を見に行ったら、既に整地されて作業は終了していた。この土地を購入した人が、この後の作業を急いでいるらしい。年内に家が建つのだろうかな。
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帰路、月寒の叔母宅に報告がてら野菜を届ける。

10日 朝から雨、時折激しく音を立てて降る。
カミサンに調べてもらっていた実家の相続について、母を入れて話す。カミサンは昔は弁護士事務所に勤務していたので、この方面の仕事は手早いのが助かる。

私と同様に法定相続人となる甥っ子二人には、そろそろ根回ししておかねばなるまい。母も90になったので、後10年の間にはと覚悟しておかねばなるまいて。

6日 昨日に続いて今日も日差しが強く暑い。
午前中は畑の草取り、次いで野菜の収穫。インゲンと小松菜はお浸し、ゴーヤはチャンプルーにして昼飯を食わせたところで、甥は帰っていった。

見逃しお化けキュウリを発見。皮を剥いてニンニクとショウガでオイスターソース炒め。そこそこ美味しく食べられた。
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7日 今日からカミサンの実家の解体工事が始まるとて、見に行ってきた。昼前に、もうここまで進んでいて驚く。整地が終わったころに、も一度来てみようかな。

今日も残暑が続いている。
北海道には台風の勢力が及ばないのが幸いだ。

入院した義兄が一般病棟に移されたと連絡があり一安心。まだ退院の目処は立たぬようだ。

昭和5年生まれの母の、今日は90歳の誕生日であった。
祝 卒寿!
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昼にケーキを食べてお祝い。
夜には義兄と甥も来てお食事会の予定だったのだが、今日が早番だった甥が帰宅したところ義兄が室内で意識朦朧の状態で発見され、これから救急車で搬送との連絡が入った。

低栄養と脱水症状とかで、当面は入院が必要との診断。暑い日だったからな。

遅れて到着した甥と今後に向けて深夜まで話した。
カミサン(私の妹)を早くに亡くし、会社もたたみ、次男夫婦も転勤して孫の顔も見れなくなった男ヤモメに酒を飲むなとは言いにくいが、これで二度目、発見が遅れれば危なかったかも知れぬ。さあて困ったことになった。

2日 関東以西は連日の酷暑、しかし札幌は涼しい。
午前中は草取りに専念する。
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トマト、キュウリ、ピーマン、そしてゴーヤが大量に収穫できたので、ご近所に配りまわった。

叔母様からいただいたサギ草の鉢、たった一輪になってしまった。来年の球根を根の先に用意しているらしい、冬の間に手入れをして来年こそは沢山咲かせてやろう。

3日 予報に反して朝から霧雨。
一時は止んで、路面が乾き始めたと思ったら、再び風を巻いて霧雨。そんな中、母を耳鼻科まで連れて行く。
畑は十分に潤ったが、畑仕事は出来なかった。

4日 午前中は太陽が照り付けて気温が上がり、しかも蒸しているから汗をかきながらの草取り。
母の90歳の誕生日を明日に控えて、義兄や甥も呼んであるから午後から買い物に言っておこう。トマトが次々赤くなるので、二度目のドライトマトづくりを始めた。
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予報通り雨は上がって、気温もやや上昇。
しかしピュウと吹く風は冷たい庭で、久々の畑仕事を再開した。

トマトとキュウリの枯れた下枝を整理し、その後は昼まで黙々と草取りをした。

陽が射せば暖かさを感じるものの、既に秋の気配。本当に週末はまた気温が上がるのだろうか。
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午後からは買い物に行き、近所の公園を冷やかして戻る。

生鮭の切り身が安かったので夜は野菜と共にオイル焼き。そうだ北海道はこれから鮭のシーズンだな。

秋刀魚は高くて手が出そうにないし、そもそも売っているのは解凍品ばかりで、しかも一匹130円もするのは悲しい事だ。

昨日に続いて寒い。最高気温が20℃の札幌である。
朝には雨も上がって、午後からは母を皮膚科と眼科に連れて行く。

皮膚科のアレルギー検査は全て陰性。食品各種、埃もダニもカビも全て反応せぬとは、流石に90年も生きてきた貫録であろう。
と言う事は、問題の痒みはいろいろと服用している薬の副作用である可能性が高い。乾燥肌のベースもある。対症療法で経過を見るしかなさそうだ。

眼科をハシゴして帰る。
足りない食料品を買って戻れば、ハローワークに出かけていたカミサンが戻っていた。

生協で半額だった米茄子をレンチンして、息子の土産の牛タン味噌でいただく。
さあ明日からは早や9月、暫くご無沙汰だった畑仕事を再開せん。


29日 気温が28℃ほどまで上がるのも今日までか。
明日からの雨に備えて、割れる恐れがある赤くなったトマトの実を摘み、キュウリ、ゴーヤ、ナス、ピーマン、インゲン、そしてセクシーな大根も収穫しておこう。
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このトマトの収穫は破壊力がある。
とても食べきれぬので、叔母宅に押し付けに行くことにした。

天気予報通り、戻る午後からは雨になった。

30日 夜半の雨がそのまま終日、強く、また弱まり、降り続いた。
外気温は15℃とか、確かに気温差が激しい。畑に野菜を採りに行くほかは、外出せずにいた。

時間があったので、ジャガイモやニンジンを丁寧に面取りして、煮物を作った。アワビタケ、随分出汁が出るものだ。もう少し味醂を控えるべきだったか。

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