19日は午後から雨の予報。確かに昼休みに外に出れば、雨滴がポツリポツリ。いつもの昼休み散歩を諦めて事務所に戻った。
しかし、帰宅時もポツリポツリで本降りには至らず、これなら自転車通勤もできたナと反省する。
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20日 10時に中野で打ち合わせあり、電車を乗り継いで向かうが中野は遠い。昼前に終わって、飯田橋と新木場乗り換えで戻る。
暖かい日でジャケット一枚で十分なので油断した。

いったん帰宅して、そのままジャイアント号で通勤したのだが、定時を過ぎていざ帰宅となれば気温はぐっと下がって風も強まった。これで自転車で戻れば風邪をひくかもしれないナと思い、自転車を会社に置いて電車で帰宅する羽目になった。

昨日と言い、今日と言い、昔は恐れずに自転車に跨ったものだが、どうも歳をとったと思う。
無理をすると体に響くと、つい考えてしまうのだ。

さあて、2月もそろそろ終わりが見えてきた。
来週早々には、我が事務所に異動してきた同期の歓迎会を企画したところだ。

前日のうちにジャイアント号のタイヤに規定量のエアを入れていたので、今日は朝から快適自転車通勤。
昼にはかなり暖かくなって、ジャケットを羽織れば照り付ける冬の陽で背中が暑いくらいだ。
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昼休みの散歩中にお会いした野良猫さん、それなりの風格であられた、陽が眩しそうである。

人事課からは借り上げ社宅の更新確認のメールあり、我が立場は一年更新なので、まずは次年度契約が前提ではないでしょうか。雇っていただけるのであれば、引っ越しするつもりはありません。

定時を過ぎてジャイアント号に跨るときには、まだ周囲がトワイライト。ああ陽が長くなったことだ。
帰路のスーパーで、イワシが6尾で208円。これを煮魚にして、大根と蒟蒻とガンモの煮物など作りて食す。白菜の漬物が美味く漬かっていた。

毎月の給料から会社の懇親会費が天引きされている。
お花見、小旅行、スポーツ会、そして忘年会と、毎年実施される行事の原資となるのだが、今年は全て自粛。
まあ止むを得まい、と言うか、それどころでは無かったのだ。
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で、年末に今年度分の会費が金券で戻ってきた。何度か使っていたのだが千円券が二十数枚は、なかなか減らない。いつまでも持っていたくないので、今日の休みに思い立って車を走らせ、酒に替えてきたのである。

バーボン:ワイルドターキーが3千円ちょい、アイラモルトのラガヴーリンが7千円、アイリッシュクリームが2千円弱、日本酒頒布会の純米吟醸と生酛純米が合わせて6千円弱。これだけあれば、流石の飲兵衛の私でもしばらく持つと思われる。

この頃、バーボンのオールドグランダッド114が見つからない。札幌はススキノのバー「ガス灯」で飲んでいた思い出の酒なのだが。
思い出と言えば、マスターが亡くなって閉店した千葉のスタンドバーL&Jで、マスターが豪快にジャバジャバ注いでくれたスキャパも、この頃は見かけない。

今日買い求めてきたラガヴーリン、おいそれと買える値段ではないので久し振りだ。ガス灯のマスターに教わりながら味を覚え、見栄を張って防府のジャズバーにボトルキープしたこともあった。

いろいろな酒を飲んできて、この年になると酒に関わる思い出は尽きない。この事であった。

暴力の衝動を抑えられぬ狂人、しかも実父に殺害された少女のニュース。気が滅入るのである。
あれ?、実の娘じゃあなかったのかしら、私は新聞でもTVでもこのニュースは出来るだけ見聞きしたくないから、詳しいことは知らない。ただ哀れで、無残で、余りにも可哀そうだ。

も一つ、才能に恵まれ、人一倍努力もしたのだろう、我が国が誇るトップアスリートの女性が、まだ18歳だから少女と言ってもよいかもしれない方が白血病なのだという。これまた残酷で、余りにも可哀そうなのである。

私のカミサンも数年前に悪性腫瘍で右手の機能を失った。上皮組織ではないので癌とは呼ばず肉腫とか呼ぶのだが、エラーを起こした細胞の増殖には違いがない。不運なことである。

ただ、悪性腫瘍の場合は年齢と共にエラーが積み重なって起こるものが多いのに対して、白血病は所謂「血液のがん」で、異常な造血細胞が無秩序に増殖するため、若い人でも年寄りでも罹患率は変わらなかったはずだから、何とも誠にお気の毒なのである。

白血病には種類があって、比較的治りやすいものもあるらしい。大学の先輩で会社の先輩でもある方が罹患して、しかし最新医薬が功奏して生還できたとご本人から聞いた。

しかし、骨髄移植に頼らざるを得ないとなれば、これも最近は成功例が増えているとは言え、まずは本人の造血細胞を抗がん剤などで皆殺しにしてから、ドナーの骨髄(造血機能)を移植する過酷な荒業なのだ。患者の造血機能を奪ってしまえば、そのままでは患者は死に至る。ドナーの造血機能が上手く根付けば患者は回復する。しかし生殖機能は失われてしまうことが多いようだ。男性であれば精子の凍結保存の術はあるのだが。

死を間近にして、この治療法を選ぶしかない方々も多いのだろう。確かに骨髄のドナーが増えれば、救える命は増えるのだろう。しかし、まだまだ骨髄移植は夢の治療法とは言い難い。

そういえば、カミサンが入院していた有明の癌病棟には、少年少女の患者が多数闘病していたことを思い出した。彼らは今も生存しているのだろうか、支えていたご家族はどうしたろうか。
年寄りは死んでもよいとは言わないが、余りにも若い方々の不運は、本当に気の毒で気が滅入ることである。

昨日の夜に戻った千葉、寒かった北海道には及ばぬものの、なかなかどうして千葉も寒い。今日の気温は昼でも7℃止まりである。
生鮭を解凍しておいたので、焼いて浸し。安かった蛸の頭にワカメなど酢の物、野菜室に残った水菜は炒めで食してやろう。
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以下備忘録。
11日 昼の便で飛んで、16時に札幌市内の不動産屋を訪ねるはずが、飛行機が一時間遅れた。店長氏が待っていてくれて、賃貸物件を売りに出しましたので宜しくと伝えたが、既に契約した業者から連絡があった由で、売れた時点で当方との契約解除との事。

訪ねる必要もなかったかもしれないが、一応仁義は切りましたと言うところか。業者間で連絡が取れていることを確認できたので、まあ良かった。
ススキノまで地下鉄、豪華な刺身一人盛りで道産酒の晩餐。

12日 朝イチでススキノから札幌、新札幌と移動して本社で成績検討会。研究成果が多様であるのは良いことで、さあコーディネート役の当方としては社内整理を貫徹せねばと思う。

午後からは江別の研究所に移動して定例常会。
主たる製品の製造最盛期だが、いろいろ合理化のための試行も聞いた。現場が生き生きとしているのは良いことだ。懸案事項を当方で調べ報告、或いは終売も見えてきた製品だが、も少しアガイテみたい。やめるのは簡単なのだ。

13日 市内は軽めの降りだったが、実家に向かう途中で雪も止んでラッキー。
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幹線道路は排雪もされ路面は解けて走りやすい、助かる。
実家で母を乗せて、眼科と耳鼻科で薬をもらい、買い物に付き合い、回転すしで昼飯にして、私は戻る。

実家増設計画の前に現状図書の作成と検査が必要となり、建築士の先生を訪ね、いろいろ説明して見積りをもらうこととした。
事務所に貼ってある沖縄空手のポスター、聞けば建築士先生はこの流派の7段所持とか。弟さんはもっと達人らしい。

ちょうど今野敏のチャンミーグワーを読了したばかりだったので、実家の設計図を横に置いて空手ネタで盛り上がった。
任せて大丈夫かと訪問したのだが、この正統テイーを学んだ方ならば信頼できると感じた次第だ。

新川ICから飛ばして新千歳空港、飛行機を早めたが、またもや遅れて帰宅は8時過ぎ。料理を始めたカミサンと交代して、夕飯をでっちあげ食す。

9日の土曜日は、起床すれば団地の窓から見下ろす世界は雪化粧だった。昼過ぎまでは降り続いて、しかし降るそばから解ける雪なので、まあ交通機関にも支障はなかったようである。

見下ろす団地の駐車場の二階は、植栽が植わった共有空間になっており、子供らがせっせと乏しい雪を集めて雪だるま作り。
雪が足りないよね。北国の雪を分けてあげたい。

まあ、そんな訳で雪には驚かぬ北海道人なれど寒いので、買い物以外はほとんど家の中で過ごした休日であった。

10日は日曜日。家の掃除をしたら、寒風の中をカミサンとポケモン散歩。稲毛で食べたお好み焼きが胃に重く、腹を減らさんともくもく歩く。西千葉から千葉、千葉みなとに至る頃には日も暮れて、寒さが強まる。

すっかり体が冷えて帰宅、まだ腹は減っていないので夕飯は簡単にして、風呂で温まったところだ。
明日からは北海道、寒いンだろうなぁ。とりあえず着衣万全で向かう事としよう。

辿り着いた週末、ニュースでは寒波襲来と脅かされて、自転車通勤は諦めた。確かに、昼からは気温が下がり風も強まりで、自転車での帰宅となれば辛かったろう。歳をとったと思う。
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製品リーフレットの更新作業をしながら、サプリメントの希釈材の手配に御節介を焼く。担当分野の製品管理にも余計な口を出す。
若い者らの優柔不断が見ていて歯がゆい。どうも最近、社内が縮小スパイラルに陥っている気がしてならぬのである。

若い人には、変にブヲワキマエル事なく行動してもらいたいものだ。ミノホドシラズは若者の特権だ。

札幌は最高気温がマイナス10℃とか。
千葉でも私の部屋の室温は15℃あるが、外気温は6~7℃止まり。明日はどうやら関東圏は雪になりそうである。

朝から小雨がそぼ降る肌寒い日だ。夕方には何とか雨は上がって、傘を差さずに帰宅することができた。
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毎月の第三営業日までで販売実績を締めるお約束で、今日は1月の売上高速報日と言う訳である。
私の関わる製品は、1月は非需要期なのであまり解析の必要もない。報告はサラリと済ませて、さあ新年度予算がまとまりつつあるので、これを吟味してみたわけなのだ。

働き方改革の一環で、今年度対比で1割減の売上高予算とは、私も入社以来初めての経験である。常に右肩上がりを強いられてきた営業職としては、新年度はどうなることやら。丁寧に仕事をする中で、掴める気付きもあるのかもしれないが、、、

肉料理が続いたので、鯵を二枚に下ろしてもらった。
片身は塩して甘酢で締めて、骨付きは塩焼きにしてやろう。春菊と玉ねぎとで卵とじ煮、納豆とイカとオクラの和え物などをこれから作らんとする也。

1日 朝礼の後は、終日 全国を結んだTV会議で成績検討会。
言いたいことは数々あれど、あえて何も言わずにおいた。
各会場からの質問も鋭いものは少ない。仕事の分業が進んで、仕入職は技術離れが進んでいる気がする。私の頃は、むしろ研究側をリードしてやろうと意気込んでいたものだが、近頃の若い者は」と言いたくなる老人である。

帰宅すれば牡蠣が届いて、都内にいる下の息子が食べに来た。蒸し牡蠣にして楽しい晩餐会。
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2日 牡蠣の蒸し汁で飯を炊き、浅利の佃煮の混ぜご飯を作る。息子は帰り、のんびりした休日。

3日 日曜日の恒例とて、寝坊して、男子ご飯を見ながらブランチ、その後はカミサンと家の掃除。その後はポケモン狩りに出て、夕食の材料を買い求めて帰宅。タチ(鱈の白子)が安かったので、塩胡椒して粉をまぶし、バタ焼きにしたら美味かった。

4日 やたらと暖かい日だった。
製品リーフレットを二つ更新することになり、作業にかかる。ワインが沢山あるので、ワイン消費メニューで今夜はビーフシチュー。そうだ蕪も入れてやろう。

そして5日 昨日との落差激しく朝から寒い一日だった。
数年前に実施した委託試験が、ひょんなことから役に立ちそうで嬉しい。
たいして仕事もなく、のんびりと日々を過ごしているが、気が付けばもう二月も早や5日か。歳をとれば、日の過ぎるのが早い。

札幌のマンションの売買契約書を不動産屋に送付した。現状図書の作成と検査で30万ほど余計な費用が掛かりそうだ。少しでも高く売れると良いのだが、さあてどうなるか。

30日 何とか風が治まったので自転車通勤。
マッシュルームと蛸と牡蠣まで半額だったので、喜んで買って帰ってアヒージョ。
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31日 午後から都内に出かけて知財の打ち合わせ。
四ツ谷は年末にも来たのだが、一ヶ月を過ぎて駅前の再開発ビルは一段と高さを増していた。
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市ヶ谷から有楽町線で新木場、京葉線に乗り換えて帰宅したらちょうど定時であった。鱈のムニエル、法蓮草のソティ、里芋と長芋の和風グラタンなど作る。

朝から小雨、昼から夕方にかけては止んだが、夜になって八王子あたりでも雪が降り始めたとのニュース。この時間、千葉でもみぞれが落ちてきた。まあ、降るそばから解けるので積もりはしないだろうと、タカをくくっているのである。関東では、実にしばらくぶりの雨である。

朝から風に体を圧される、煽られる。
とても自転車通勤をする気にならなくて、電車でGOだ。歳をとったものだ。が、寒さもあって仕方なし。
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北風は夜になってようやく収まるらしい。

さて、私の所属する会社が飼料工場の合弁を発表した。近隣の合弁相手と、共に老朽化した工場をスクラップして、新たに最新鋭工場を建設の運びなのである。

私が入社して、初めて設立に関わった飼料工場なのである。日立の汎用機に組み込んだ線形計画法(LP計算)で配合設計し、導入したばかりの作表ソフト(日立のOFIS/POLだった)で原料使用量を計算した。

製品企画をまとめて会議に上げては、知ったかぶりのエライさんから苦言を投げられ、会議の材料を作るのは全て当方、相手はなにも用意して来ず文句だけだと、若かりし私は大いに憤ったものだ。

その工場が老朽化なのだ。
成程、この私も老化しているのだなと気づかされた事であった。

北海道や東北では降雪が続いているらしい。
千葉だけは例によって雪を見ずにいるが、このところなかなか寒い日々である。今日は少しは気温が上がったのかもしれないが、風が強いので体感温度はグッと低下する。そして強い横風は自転車泣かせなのである。
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一月も最終週に突入して、二つの製品群のリーフレットをせっせと作り直しているところだ。来年度は厳しかろうから、今年度のうちにけりをつけておきたい仕事である。

寒風に吹かれて帰路、ヤオコーさんで「北海道産かすべ」を発見、しかも三割引きだ。嬉しくて買ってきた、なかなか関東では売ってないんですよね。

今夜は、かすべの煮物にセリでも添えて、そろそろ出てきた房州の菜の花で辛し和えなど作る予定なり。

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札幌の実家の増築問題、完了検査済証が発行されておらず増築しようにも確認申請ができない。札幌市の建築指導課に相談に行ってもらい、結局は現状を示す図書を作成(費用が発生する)したうえで業者に建物検査を依頼(費用が発生する)することになりそうである。余計な費用が掛かりそうだ。

増築に備えて、退職以来 放りっぱなしだったファンドラップやらNISAを解約(売却というのかな?)して現金化して、さあこれでも足りなかろうと今度は札幌のマンションの売却を考え始めたのだ。我々が実家に住んでしまえば、もうこの部屋に戻ることもなかろうという訳である。

現在、月6万円で貸している物件。店子さんが入っているままの売却も可能で、所謂オーナーチェンジというやつだ。業者の話では、購入するのは投資目的のお客なので、収入年額が10%になる売価を目安にすべきであるとか。6×12で72万円だから、売価の目安は720万円からいくら値引きしましょうかといったところらしい。カミサンと相談せねばなるまい。

さて、ポンと空いた土曜日。カミサンはどこかに出掛けて行ったし、私はそろそろ周辺の身辺整理を始めることにした。
あと一年で、この家から引っ越しだ。粗大ごみになりそうなものは今のうちから捨て始めねばならぬ。まずは使っていないプリンタを廃棄しよう、机周辺の書類も整理して片付けよう。さあ、捨てて、捨てて、捨てまくるぞ。

先週末は札幌、日曜日には休めたが、月曜日から京都・栗東だったので、少々疲れた。まあ飲み疲れなのであるが、、、

今日は事務所に出てみれば、室長は出張、次長は休み、若き同僚も出張で、残された私は急ぎの仕事もない。いささかダラケつつ出張精算をし、メールで舞い込んできた社史編纂のお手伝いなどする。
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そうそう、お年玉年賀葉書の当選番号を調べたら三通が「切手シート」当たりであった。これを交換しに、書き損じも切手に替えようと郵便局に行けば、今年は年号が替わる四月にも「もう一度抽選がある」ので、それからで如何ですかなどと言われて、ではそうしましょう。

本当は、朝から国際展示場で健康博覧会を覗くつもりであったのだが、疲れているし、明日のミーティングが流れたので、じゃあ明日でもイイか。「明日できることを今日するな!」どこかの国の格言であった。

帰宅して、キャベツとニンジンを削った上に豚肉の生姜焼き。菜の花を茹でて鶏胸肉と合わせて辛子醤油。残ったカレーの汁でイモのグリルなど作りて食す。

21日の月曜日は、昼前まで先週の出張報告作成。研究所の常会ではいろいろと技術的な話題も出たので、これは書き留めておかねばならぬ。何とかまとめ終わって、モノレールで千葉駅、総武快速で東京駅、東海道新幹線で京都に着いたら日が暮れていた。

夜7時から、大学時代の旧友と待ち合わせしていた。奥様同伴で来られ、しばし近況を交換して楽しく語らった。
多分、20年以上会っていない彼だけれど、何せ昔馴染みであるからすぐに時間差はなくなるのが妙。
まあ二人とも髪が白く薄くなり、歳をとったことは確かである。お父上の看病などで苦労されたと聞いた。
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酔っぱらって京都から二駅の大津の宿。

22日 駅裏のレンタカーを借りて、栗東トレーニングセンターで販売店さんに新年ご挨拶と、お詫びと、ご連絡など。
昼には大津まで戻り、京都から再びの東海道新幹線、夕食の買い物をして帰宅は4時過ぎ。ブログを書いたら夕食の準備にかかろう。
今日のメニューは、海老だしにタコやら帆立を放り込んだシーフードカレー、サラダと香味スープで、白ワインの予定である。
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実家を増築したいと考えて、業者さんに見積もりを依頼した。そうしたら業者さんが調べたところでは、この建物には完了検査済証が発行されておらず、従ってこのままでは増築のための確認申請が出せないので工事ができない」と言われてしまった。

よく分からないのでネットで調べてみたら、本来は建築主は新築工事が完了した日から四日以内に完了検査申請をするべきであって、この申請を受理した側(この場合は札幌市)は七日以内に検査を実施して、設計図面通りに施工されていることが確認できた場合には「検査済証」を交付するお約束であるらしかった。

当時、母はこの辺りの諸手続きを棟梁サンに頼んでおり、一級建築士が引いた図面による確認申請から権利関係の書類まで作業が済んでいると思い込んでいたのだけれど、何故かこの最後の手続きが為されていなかったことが、今になって判明したわけなのだ。

昔は多かったらしい、最近でこそ8割方は申請されるようだが、今、日本国内に建っている個人家屋の50%は完了検査を受けていないとかで、数年前には救済措置として国土交通省からガイドラインが示されている、などが分かった。

今から完了検査の申請は勿論できない。確認申請のために「問題のない建物である」ことを何らかの方法で証明するなど、増築の前に乗り越えねばならぬ壁があることを理解したのである。

市の建築指導課に相談に行くなどが必要なようである。さあ、困ったことになった。手抜き工事をしたので申請できなかった、などではあるまいな。

17日の午後に羽田から新千歳空港。
運行状況を見れば、大荒れの北海道では各空港から「飛ばぬ」だの「引き返すかも」のコメントが付き始めていて、まだ千歳は無事だが飛行機を早めることにした。

2時台の便で飛んで、4時過ぎには到着。次の便からは機材の到着遅れも出始めていたから、早めて正解であったろう。
私の便は遅れはしなかったが、着陸前に高度を下げ始めたところで激しく揺れた。左右に上下に揺さぶられて、こんなのも珍しい。
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札幌市内へのバスは降雪のためノロノロ運転、宿の手前で降りて歩いたが厚着であっても北海道人の私が身震いするような寒さだった。夕飯はタチの天婦羅と鰊漬け。

18日 所々で粉雪が舞い、風を巻いて吹き付けたりで、なかなかに寒い。野幌まで移動して研究所で定例打ち合わせ、終わればススキノまで戻って某社長さんと打ち合わせを兼ねて一献。

19日 出張は昨日までだが、自費で一泊して、今日は実家の増築打ち合わせ。相見積もりに呼んだ二社から話を聞いた。増築前に乗り越えるべき壁がある。困ったことになった。

雪も止んで少しは寒気も緩んだ札幌、バス、地下鉄、JRと乗り継げば新千歳空港には早めに到着。飛行機を早めて、帰宅は8時。
カミサンは交流会とかで、私だけで残り物で肉豆腐など作り食す。

明日の日曜日は、ゆっくりと休みたいもの也。

物凄く寒いのだ、千葉。
今日はやや緩んだが、昨日は風も強くて、自転車通勤も寒い寒い。すっかり体を冷やしてしまった。
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この寒空だが、千葉みなと桟橋には穀物バルク船から観光船まで、いろいろな船が停泊中である。

さて、フェイスブックでお友達になった方の記事を見ていたら、中標津の「Aコープあるる」でA2ミルクが販売中とか。
豪州では注目を集めているが、日本では多分初めての試みだろう。業界関係者としては、一度飲んでみたいものである。

牛乳のタンパク質は、チーズになるカゼインが8割で、残りは乳清(ホエー)と呼ばれるタンパク質が2割ある。このカゼインは、さらにα:アルファ、β:ベータ、γ:ガンマ、κ:カッパとかいろいろあるらしい(済みません、詳しく知らないのです)が、このβーカゼインの中に更にA1やA2と言われる種類があることが最近分かったのだそうな。

構成するアミノ酸が一部分異なるのだが、このA1は「お腹ゴロゴロ」の乳糖不耐症を助長するとやら、そればかりか自閉症や総合失調症、糖尿病や心臓疾患の原因だとの学説が現れて、豪州では今ちょっとした騒ぎになっている。βーカゼインA2を含む牛乳なら大丈夫です、と言う事らしい。

A1やA2は、その牛の遺伝子が決めるのだそうで、じゃあA2だけを分泌する乳牛から絞った牛乳はめでたく「A2ミルク」と言うことになる。
最近では、A2遺伝子を持った乳牛の輸入精液が人気だそうな。

牛乳は殺菌とホモジナイズが必要なので、沢山の牛から絞った、沢山の酪農家からの牛乳が、乳業メーカーで混ぜられてしまう。これを合乳(ごうにゅう)と言って、つまり差別化しにくいのである。
流石にJA中標津は、A2の牛だけを集めることができるのだろう。
販売価格は、税込み388円とか。この先駆的取り組みがどうなるのか、興味津々なのである。




昨日から始動。
メールが溜まっていて、しかもスパムも沢山あって、返答すべきものに対処するうちに午前中が過ぎてしまった。
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午後からは年末の外勤の業務報告をまとめる傍らで、実家から持ち帰った設計図面をPDFにして編集したりする。
あと一年で私も札幌に戻って母と同居することになる、これに備えて私とカミサンの部屋を実家に増築する必要があり、リフォーム計画を進めているのである。

費用は見当がつかないので、3社に見積もり依頼をしてみた。
まだまだ終の棲家にはならぬのかもしれないが、日々を暮らしやすくしたいものである。

今日は、ポルテ号にジャイアント号を積んで出社。10時めがけて近所のトヨタ店に定期点検に車を置いて、自転車で戻ってきた。
今月の予定をあらかた埋めて、更新が必要となったリーフレットの編集作業などする。

帰宅して、この三日にわたり何度か火を入れていた牛スネ肉でカレーを作る。なかなか旨く出来た。

増築の見積もり依頼をした業者に、設計図面をPDFでメール送信したところだ。便利な世の中になったものだが、さあ費用はいくら必要なのだろうか。楽しみやら、恐ろしいやら。今年の秋には完成させなければならぬので、粛々と進めてまいる。

昨夜、札幌から成田に降りて自宅に戻った。
さあて、今日から千葉での日常が始まるのだ。乏しい食材で朝飯を作り、空の一升瓶を持って酒屋にポルテ号を走らせて、中身の入った瓶と交換(酒を買うとも言う)してもらい、月初なので銀行口座のメンテナンスをし、ガソリン満タンにして帰宅。

年末はバタバタでとうとう出しそびれた年賀状に代えて、カミサンと寒中見舞いを書き、ついでに住所録を更新する。これから机周りの整理の予定なり。

4日 朝飯を済ませたら、下の息子とカミサンとで実家をスタートした。年末年始に溜まりに溜まった酒のビン・カンを札幌市のクリーンセンターに持ち込む。このまましばらく札幌にいて大学時代の友人と遊ぶ予定の息子を地下鉄駅でリリースする。
そのまま36号線を下り、途中で旧島松駅逓所に寄って北海道観光などもして、千歳空港からカミサンはJALで羽田、私は二時間後のJetstarで成田。
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3日 実家のリビングの椅子が壊れて、これを機会にテーブルセットを更新したいと母が言うのでニトリまで。
豊富な品揃えに圧倒されながら、どうにか選ぶ。クッションや椅子の足靴下(正式名称は不詳)など全部で10万円也。

午後からは近所の札幌市民生協に買い出し、ウームまだ野菜が揃っていない。新年早々、皆で鏡餅(雪だるま?)ケーキを食す。
夜はビーフストロガノフもどきを作り、ワインで乾杯。

2日 朝飯は、甥っ子が持ってきたイクラを豪勢に盛ったイクラ丼と、甘海老の殻でとった出汁に卵を流した吸い物。昼過ぎをめがけて市内の叔母様宅にご挨拶に向かった。駅伝を見ながらしばし語らって、上の息子はこのまま千歳空港から仙台に戻る。

叔母さまから濁り酒とワインをいただき帰宅して、正月の残り物で宴会。

元日 朝はお雑煮、かつお出汁にスルメと昆布の細切りで醤油味の汁、具はサトイモと豚肉とほうれん草。昼には甥っ子が愛犬と共に帰る。夜には、まだ料理がたくさん残っていて宴会。

31日 昼過ぎに、昨日は飛ばなかった飛行機で、ようやく上の息子が合流。昨日の宴会に参加できずに残念でした。
行方不明となったエアコン室外機カバーを再び買いに行き、ついでに牛肉の塊やら酒などを買って戻る。母と、我が家の四人に、一人残った甥っ子の6人で年越し。紅白の途中で酔っぱらい就寝。

30日 朝飯を済ませたら料理に取り掛かる。
母は定番のおせち料理、私はローストビーフやら豚肉と庭で採れた冷凍トマトの煮物など若者向けを担当した。
昼に、義理の兄、上の甥と愛犬、下の甥とその家族が到着し、総勢10名の年末宴会。夕方には下の息子もどうやら飛行機が飛んで羽田から到着。

海産物主体の冷蔵倉庫会社に勤める上の甥は、マグロだ、海老だ、カニだ、数の子だを大量に差し入れてくれて、皆で堪能した。
体調を崩した義理の兄は、酒は飲まぬが健康そうに見えて安心した。孫二人とワイワイしているのが、体にも気力にも良いのだろうと感じた次第。

29日 カミサンが合流。
28日 母と買い物。
27日 昼過ぎの千歳着、そのままレンタカーを借りて実家に向かった。そこそこの大雪であった。

おめでとうございます。
今年が、皆さまにとって、我が家族にとって、良い年になりますように。
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私は保守主義者である。しかし、
政権与党たる自民党は保守本流と思いきや、この頃は自由貿易主義が走り過ぎ迷走している。と言わざるを得ない。

年末に迫るTPP11発効、その後にはこれを抜けた米国とのFTA。
日本の農業が大変なことになりそうだが、今の政府は頼りにならぬ。このところ、JAメディアが精力的な情報公開をしているので、広く知って欲しい。
岡山大学の小松先生は面白い方で、昨年だったろうか「隠れ共産党」を名乗って物議を醸した。背後にある思想は兎も角、現状で日本の農業を真摯に論じているのは共産党だ!と言う訳である。

この先生をインタビューワーにした各政党のコメントが面白い。
白眉はやはり共産党の志位委員長だ、この人がこんなに農業総論を押さえているとは知らなかった。続いて弱小政党ながら国民民主党の玉木代表、なかなかの発言だ。そして自民党にも前農水大臣の森山氏がいる。

こんなに農業を語れる方々がいるにもかかわらず、効率一辺倒、規模拡大がすべての農業論しか聞こえてこないのは何故なのだろう。
国民の関心は薄い、マスコミも取り上げようとしない。まずは政権交代と言う、しかし実現が程遠い頼りない野党では議論が深まるはずもないか。本気で共産党に投票したくなってきた。

朝から小雨、天気予報ではそのうち止むはずが、まだ降り続いている。これではポケモンハントに行けないではないか。
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そうだ、レモン酒を作ろう。
皮をピーラーで剥いてヴォトカで抽出する。これは二週間ほどしてから砂糖水と合わせると、白濁してレモンチェッロになる。

レモンの実は、皮を厚目に剥いてからホワイトリカーに氷砂糖と共に漬け込む。皆さん、我が家に飲みに来てね。

ところで、韓国海軍の船が海上自衛隊の哨戒機に対してレーダー照射を行ったとか。中国の真似はやめなさい。
先日は竹島周辺で防衛訓練をやってくれたり、徴用工判決、慰安婦合意の破棄と、挑発が目立っている。

自分から断交を言いたくないので、我が国を刺激して我が国から先に言わせたいのだろうな。
そしたら、また「日本がイジメました」と世界中に言いふらして回るのか。誠に困ったお隣様であることだ。

17日 年末年始の降圧剤が切れるので、会社の隣の病院に薬をもらいに行く。
血圧が高い、深呼吸しても高い、お医者様から二つ目の薬を処方されてしまった、不本意ながら、体調管理をサボっていたツケが回ってきたのかもしれない。

18日 途中入社の精力的な方の発案による拡売TV会議。
こちらも、できることは協力したいもの也。不祥事で意気消沈する若き同僚たちを、この新技術で元気にしたいものだ。

19日 何と、事後処理で北海道の販売店を訪問することになる。先週行ってきたばかりだというのに、効率悪すぎだ。しかも、飛行機を早めて研究所に向かう羽目になる。レンタカーを借りて、千歳まで来て泊っておく。

20日 吹雪だ、強風だと天気予報では脅かされたが、早めに出た日高道は順調である。三石の道の駅で若き営業マンと合流して、浦川のお客様を訪ねてお詫びとご相談。
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静内まで戻って、遅い昼飯を食う。千歳に早めに戻るも、残念ながら飛行機は満席で早める事が出来ず、17時発まで暇つぶし。

羽田に到着間際、機内で急病人があり、アナウンスに応じて女医さんらしき人が対処して、着陸したら病人の搬送を優先。周囲の客は神妙に着席のまま待つ。日本人は誠に民度が高いと思う。

21日 ようやくの金曜日、業務報告を書き、出張精算をして、そこそこ疲れて帰宅。この一週間、シニアにあるまじき密度で仕事をしてしまったな。
そういえば社内の長年の友人が、シニア途中で退社の報。いささか不本意なニュアンスが聞こえてきて、残念なことである。

札幌の実家から戻れば、64歳の誕生日だった。
カミサンと息子共が祝ってくれるというので、浅草のクラフトビールの店に行けば、何と本日貸し切り!
店を探し回るのも寒いので、並びの焼き肉店に飛び込んだ。
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ここで腹拵えをして、東京駅の居酒屋で二次会。
店を出れば、まだ陽は明るかったので、仙台に帰る上の息子と別れてからカラオケ店。唄を歌うのは久し振りなり。

イイだけ酔っぱらって帰宅して、しかし小腹がすいたので野菜のチーズ焼きを作りビールを飲み、就寝。
ああ、飲んだ飲んだ、お陰で幸せな誕生日であった。

そうそう、札幌の平岸で爆発事故があったとか。
住所を頼りに調べてみれば、母と何度か野菜のテリーヌを食べに行ったロイヤルホストの道を挟んでお隣なのだった。
土地勘が湧けば、急に身近に感じられる。

それにしても、室内で百本以上のスプレー缶を放出するとは、この社員氏はフツーではないと感じた。
上司の責任と共に、これだけの被害を賠償せねばならぬとしたら、小さな事業体では会社の存続に関わるのではないか。幸い?全国に根を張る大会社であるようだが、、、
死人が出なかったのが幸いである。

14日 いつもは安いJetstarで成田から飛ぶのだけれど、今回の出張は前後に別件が入るかもしれず、変更の利くJALのビジネスきっぷ。結局は変更なく、高い交通費についてしまった。
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昼に到着した新札幌は雪、その後もしんしんと降り積もり、研究所の打ち合わせを終えて戻る頃には大雪の予感。
後で聞いたら積雪25cmとか。

夜はS氏と札幌駅で待ち合わせ、たらふくビールを飲みつつ語る。
明らかに飲み過ぎで、駅前のホテルに戻れば風呂にも入れずバタンキューだった。

15日 雪を心配したのだが、一転して暖かい日ですでに雪は溶けはじめていた。レンタカーを借りて母のもとへ。眼科と耳鼻科をはしごして、銀行口座もメンテして、千歳空港に向かう。
幹線道路の雪は午後にはすっかり溶けて、走りやすくて幸い。

20時には戻り、カミサンとイオンの中華料理屋で辛~い四川の鍋料理。なかなか忙しく充実した二日間だったことである。

10日はコンプライアンス研修、11日は販促動画の打ち合わせ。
12日は、八丁堀の取引先に直行してお詫びとご相談、戻って対応まとめ。夕方は少し早く退社して歯医者。
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13日は、お客様の中山事務所を訪ねることになり、準備のために千葉の配送センター、その後は西船橋からテクテク歩く。少々寒気は緩んだので、ポケモン採りをしながら歩く。

お詫びして、対処して辞する。
夕方に再び千葉みなとまで戻ると、夕焼けが綺麗だった。
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外勤報告を書いて、交通費精算をして、さあ明日は早朝移動で札幌だ。服装は考えておかねばならないな。

我が国で現在承認されているGMOトウモロコシの種類と、米国で栽培されたこれらトウモロコシが我が国に輸入されるまでを見てきた。

相場等に左右され、また過去には高騰して一騒動あったとはいえ、通常は「大量」に「安定的」に「安価」で輸入できる体制が構築されている米国産トウモロコシ。
米国では輸出に関わる安全性確保のための管理システムの運用と監視がなされており、我が国でも港湾サイロや飼料メーカーには公的機関の有害物質等モニタリングが実施され、飼料メーカー自身も製品の工程管理の中で安全性を保持している。

もとより日本に持ち込み可能なGMO作物は、すべて科学的な見地からの安全性評価がなされたものであり、未承認のGMOは輸入禁止である。
数年前に未承認のカナダ産GM亜麻の遺伝子が極めて僅かに検出され、大騒ぎになったことは記憶に新しい。

以上、客観的に事実のみを書いた。脚色はないつもりである。
いささか簡単に過ぎてプロの方々には物足りなかろうけれど、生化学系のベースをお持ちでない一般市民各位にはこれでさえ難しい部分もあったことだろう。
少なくともこの程度まで理解していなければ、ものは言えないと思っているが、但し「好き嫌い」は別の次元の話であることは当初に書いた。

現状を理解する事は必要と考えるものだが、今後もこれを維持すべしと言いたいわけではない。
国産飼料の自給率の向上は、もちろん大賛成である。
コストが見合うのか、多少のコストアップがあっても生産者に国民に許容されうるのであればそれで良い。
食料もエネルギー同様に、あまりにもの海外依存に目をつぶることはできない。

これら一連の記事はGMOやトウモロコシの輸入、或いは国産自給飼料を論じようとする際の基礎知識として、私の頭の整理も兼ねてまとめたものであることをご理解いただきたい。
(とりあえず、お終い)

日本の主要な穀物積み降ろし港は、鹿島港(茨城県)、志布志港(鹿児島県)が物量的には突出している。
その他は北から釧路、十勝、苫小牧(共に北海道)、八戸(青森県)、名古屋、水島(岡山県)、鹿児島がある。

これらの港湾施設の多くには、バルク船から穀物を直接吸い上げるニューマチックアンローダーと巨大な穀物サイロ群からなるグレーンターミナルが置かれ、後背地の飼料コンビナート等にコンベアでトウモロコシを供給する体制が整っている。
また、パナマックス級バルカーが入港できない水深の浅い地方港に向けては、内航船への積み替えも行われる。

またコーンスターチ向けトウモロコシの輸入港では、専門メーカーの工場が位置する田子の浦(静岡県)や、名古屋、鹿児島がある。
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これもGoogle地図で見てみよう。
写真は、鹿島にあるグレーンターミナルにバルク船が到着したところである。サイロの前には穀物を吸い上げるニューマチックアンローダー装置が見えるし、後背地にある各社の飼料工場に伸びるコンベアも見える。

穀物資源を海外に頼らざるを得ない我が国では、大手商社が米国穀物メジャーから買い付けたトウモロコシを超大型ドライバルカーで海上輸送し、港湾のグレーンターミナル業者は飼料製造業者群と共に飼料コンビナートを形成して、陸上輸送コストをかけずにこの原料を受け取って製品化する輸送費削減戦略を選択し、推進してきたわけなのだ。

また、国(財務省、税関)も関税定率法による「飼料製造原料品の減免税制度」を用意、該当する飼料工場を「承認工場」と位置付けて、関税を免除(免税)している。
この制度は、「わが国の畜産農家に対して、良質かつ低廉な飼料を継続して安定供給するため、国内生産量の少ないトウモロコシ等の飼料製造用原料品を外国から輸入する際、本来課されるべき関税を(軽減又は)免除し、これに寄与しようとするもの」と説明されている。

輸入原料である限り、米国の穀倉相場や為替の乱高下、そして海上運賃により国内飼料価格が翻弄される構図には変わりがない。しかし、我が国や港湾・飼料業界による長年のこれら努力の積み重ねが、飼料の低コスト供給の基盤となっていることは否めない。(続く)

GMOトウモロコシについて長々と書いてきたが、これらは飼料原料として、またトウモロコシ澱粉(コーンスターチ)として、また酵素処理して液糖として等、幅広く日本国内で使われている。

「遺伝子組み換えでない」の表示を見せられれば、何かGMOが悪者のように目に映るのだが、すでに日本人は日常のいたるところでGMOトウモロコシ起源の原料が含まれる食品を摂取しているのが実情である。

さて、この米国産トウモロコシ、大半がGMOであるが、これが日本に届くまでを見てみたい。

日本は世界最大のトウモロコシ輸入国である。我が国が海外から輸入しているトウモロコシは年間1,500万トン、現在その3/4が米国産(USメイズ)であり、うち8割は飼料原料となり、残りは食品や澱粉(コーンスターチ)向けに加工されている。

US
メイズは、米国の所謂コーンベルト(アイオワ州を中心とする中西部)で収穫される。穀倉地帯からは陸路でミシシッピー川やその支流のイリノイ川沿いに建設された集積乾燥施設(カントリーエレベーター)に運ばれ、ここからバルクカーゴ(艀:はしけ)に積み替えてミシシッピー川を下り、バトンルージュからニューオーリンズ周辺にある穀物集積施設(ターミナルエレベーター)で最終的にパナマックス級の超大型ドライバルカー(穀物専用のばら積み船)に積まれてメキシコ湾に出る。

日本への輸送には太平洋側に出る必要があるため、カリブ海からパナマ運河を通過する。このパナマ運河の閘門(こうもん)を通過できる最大サイズに設計された船型規格が、パナマックスである。このルートでは、収穫地からカントリーエレベータまで一ヶ月、ミシシッピー川を下り穀物集積港まで一ヶ月、そしてパナマ運河を通過して日本に届くまでに一ヶ月、合わせて三ヶ月が必要である。

ちなみにパナマ運河が開通したのは1914年であるが、2016年には更に大型の船舶が通過できるよう拡張と浚渫、航路の追加が行われ、船型制限値も拡大(ニューパナマックス)された。

一方で、穀倉地帯から鉄路で西海岸まで運ばれ、タコマ等の港湾から太平洋に出て輸出されるルートもあるが、パナマ運河経由に比べてその割合は少ない。
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Google地図やGoogleEarthで、パナマ運河を見てみる。
航空写真に切り替えれば、閘門の幅一杯に通過中のパナマックス級ドライバルカーを見ることができるだろう。
またニューオーリンズを流れるミシシッピー川、その上流のバトンルージュまでを眺めてみると、河岸にカーギルや全農グレインなどの巨大な穀物集積基地が発見できる。ここで艀で集められた穀物を集荷してドライバルカーに積み替えるのだ。
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そしてミシシッピー川に浮かぶ無数の艀の連なりも見えることだろう。これらを辿っていけば、遥か上流の五大湖の下あたりにカントリーエレベータを見つける事ができるかもしれない。
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次に、我が国での受け入れを見てみよう。(続く)