土曜日、近所のイオンの魚屋の対面販売で、旨そうな「かすべ」の切り身があった。三切れで600円は高かったけれど、かすべは我が北海道の道民食である。醤油と味醂で煮てよし、煮てほぐして酢味噌で和えるのもよし、私のソウルフードの一つだ。千葉で「かすべ」なんて、初めてではないかしらン。

「かすべ」とはエイである。らしい。淡白ながら滋味豊かで、旨い魚である。味醂を利かせて醬油味で煮て、夕食としたわけだ。

身の旨さもさることながら、コリコリの軟骨を味わうのが醍醐味である。で、つい調子に乗って、硬い部分にまで歯を入れてしまった。前歯の差し歯が折れて抜歯して、そこには両側に接着して持たせた仮歯があることを忘れていた。

ゴリッと違和感があり、軟骨に私の仮歯が負けてしまったのだ。
上手に料理したはずの「かすべ」にカタキを取られ、喋ると前歯から空気が抜ける土曜日の夜である。
11時まで、あたふたと仕事して、来週の札幌出張の日程を決めた。午後から四ツ谷で打ち合わせ、天気が良いのでウインドブレーカーはリュックにしまって歩く、ちと寒い。
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少し早いので飯田橋で降りて、外堀公園を歩く。向こうには東京理科大、こちらの法政大はドでかいビルディング。
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堀をまたいで市ヶ谷駅の上を走る水管橋、昔は橋を架けたのね。かなり歴史がある代物のようだ。
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おや、こんなところに八幡宮とお稲荷さん。そのまま靖国通りを歩いてモノモノしい防衛省あたりを回れば、30分が消化できた。

打ち合わせでは、来週に技術者氏を飲み会に誘いだすことに成功し、よーし先方の技術者氏と引き合わせて意見交換させてもらおう。こんな提案ができるのも、年の功であるなぁ。

雛祭りだというので、いつもとは違った料理にしようとて、刺身用だという冷凍赤海老とイナダ、千葉産の蛤を買って帰宅。海老はあまり鮮度が良く見えず、仕方がないので殻でとったスープに放り込む。海老の殻、カニの殻、蛤の出汁のでたスープに、マッシュルームとセロリとパセリを放り込んだら、まあ何と芳醇なこと。

イナダとカニとホタテも、刺身のつもりだったが、カミサンの発案で柚子胡椒ドレッシングでマリネで食べたら、白ワインとの相性が良かった。
27日 前週は休みが多かったから、残務整理でバタバタのうちに昼に至る。午後からは研究開発の会議に出席した。この報告だけを聞いていると、我々がサポートしたこともすべて研究員の手柄だな。まぁいいか、業績が伸びれば良いのだ。

28日 どうやら今月の我が部門の販売実績は極めて良好である。これは正直に嬉しい事だ。
夕方から歯医者に行き、先日キャンセルした分を改めて入れてもらう事とした。
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3/1日 ああ、3月に突入だ。朝礼があった。社長の言う重い荷物とはいったい何であろうか。謎だ。
4月発売の新製品のチラシ編集が佳境に入る。夕飯は、ネットで衝動買いしたカニで、カニ酢とカニ玉。先日行けなかったカニ専門店の敵を取ろうとしたのだけれど、これはあまり良い買い物ではなかったか。

2日 午後からの雨で、ルイガノ号を置いて電車通勤。
チラシの文字校正を終えて、ゴールが見えてきた。何だかんだと忙しく一日を終えた。
団地の大規模修繕も終盤で、廊下がペンキ塗りたて。歩き難し。終わる日が待ち遠しい。
家の掃除を済ませたら、この一週間の食料品を買い込んできた。
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ロマネスコが安かったので、今日のイワシのパン粉焼きの付け合わせにしてやろう。

それにしても毎度見事なフラクタル形状。本人もさぞかし面倒だろうと思いきや、ウィキによれば「このような構造を生成するために必要な設計情報も、比較的単純な手続きの再帰的な適用で済まされるので、遺伝情報に占める割合もごく少量で済むものと考えられる。」とあった。なるほどそうしたものか。

24日 またもや朝3時起きで成田空港、6時発のJetstarに乗り込んだところで具合が悪くなり、じっと耐えていた。悪寒がこみあげ、脂汗が出て、からあくびを繰り返す。同行したカミサンによれば顔も血の気が引いていたとかで、軽い貧血状態だったのだろう。このところ無理をし過ぎて、体がついてこれなかった様だ。私も歳をとったものである。

何とか回復して新千歳空港、実家で母の入院準備、14時めがけて市内の病院に向かった。かなり老朽化した建物だが、スタッフはとても親切で、年寄りを扱いなれている。聞けば患者の平均年齢は80数歳とか。

25日 実家に泊まり、再び足りない荷物を持って見舞いに行く。早めに終えて、正月に顔を出せなかった月寒の叔母宅を訪ねた。下の叔母は年末に膝の人工関節手術を受けたそうで、来週は別の足で入院予定。上の叔母も、体のいたるところが痛くて辛く、リハビリに通っているとかで、皆して歳をとったと盛り上がった。?

成田空港に置いていたポルテ号で9時過ぎに帰宅、バルサとチャグムの活躍を見て就寝。
22日の朝は3時に起きて成田空港、6時のJetstar便で新千歳空港、JRで札幌、地下鉄で真駒内、バスには時間があるのでタクシーで10時には実家到着。タクシーには持ってもらって母から診察券と健康保険証とお薬手帳を預かり、再びタクシーで眼科と耳鼻科。

本来ならば本人が受け取らねばならぬ処方箋だが、代理で私が受け取って調剤薬局。薬をゲットしたら平岸に移動して、母の主治医に相談。短期入院の目途をつけて、途中のコンビニで昼飯のサンドイッチを買って、母と遅い昼食。

自宅で養生して回復して欲しかったが、もはや限界であるらしいので緊急避難の入院を決めた。ここで持ち直して、再び自宅で暮らせるところまで回復して欲しいものなり。

夜の便で成田に戻り、明日の出張に備えてこのまま成田に泊まる。勿論これは自腹の宿泊だが、5千円の東横インは有難い。
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23日 レインシャワーとか言う新設備。お湯が真上から降ってくるのはイイ感じだ。
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成田の東横インは、大規模増設工事中である。今日も見渡せばほとんどが中国人旅行者だったようだ。

東関道から圏央道を移動して美浦トレセン。販売店の営業氏といろいろと話して戻る。
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そうそう、遅い朝飯は、発酵の里「神崎」の発酵定食、デザートにはファミマのヨーグルト。疲れた体には発酵食品だな、うん。

車を自宅に置いて、ルイガノ号で出勤。メールに対処して、雑務をこなして、明日はお休みします。来週からは、安定して仕事に向かえそうだ。
今日も風が強い、そして気温も低い。
雑用を片付けるうちに、月次ミーティング。来月に、部内のお二人が転勤となった。補充はあるのだろうな、私の考えることではないか。

仕事の合間に、明日のスケジュールを組む。翌日の昼前には隣県に用事もできたので、こりゃまたハードなことになった。気を引き締めてまいろう。

今夜はカミサンが友達と夕食、私は飯を作る必要がなくなったので、寒風に吹かれる帰路にラーメンで温まってきた。

明日は3時起きだ、もう寝ます。明日の予定が無事にこなせれば吉である。
いつも通りに起きて、しかし早めに朝を済ませて、8時半の同僚との市内待ち合わせに車を走らせる。ピックアップして、市内の農家さんで写真撮影。同僚を最寄り駅に送って、私は成田空港を目指したまでは予定通りだった。
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しかし、第3ターミナルに着いてみれば我が便は欠航。到着地の大雪とのこと。
キャンセル窓口に並んだが、今日と明日の便は満席で、となれば仕方がない、預けたポルテ号に戻って自宅まで戻ってきた。高速代と駐車料金の数千円を払い、午後休を取り、まだ私は千葉に居る。
成田でいいだけ砂嵐に吹かれて髪の毛はザラザラ、これはまったく理不尽である。
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実家の母にはケアマネさんに打ち合わせに行ってもらい、私は明後日の早朝便で移動することにした。会社事務所に確認すれば、折悪しく先日すっぽかした相手先からは23日のアポがメールで届いているらしく、では明後日は日帰りせねばならぬようだ。

人生ままならぬ、煮詰まっているが、ここは持ちこたえて何とかするのだ。
13日は、母の整形外科に同伴、レントゲンではどこにも難は認められず、ところがその夜に眩暈がしたらしい。翌日起きれば今度は脳神経外科に連れて行けという。
尻餅をついた際に、壁に頭を打ち付けていて、タンコブができた。母の周囲に、頭を打ってから一か月後に硬膜下出血が判明した方がいたらしく、これを心配している。
私としては、足が痛いという母なのに二日間も検査で広い病院内を歩き回ることによる体への負担が心配なのだが、ここは本人の言うとおりにしてやろう。

14日は大事を取ってタクシー移動と、病院内は車椅子を押した。
で、やはり何ともなかった。頭を打ったぐらいでいちいち硬膜下出血していては、人類は既に死に絶えている。まあ、不安の連鎖に襲われている母には、納得すべきことだったのだろう。

15日 滞在が一日延びて、水曜日の午後に成田から出社。新製品ロゴの作業にバタバタして、周囲に迷惑をかけてしまった。

16日 バタバタと仕事をしつつ、午後からは来客対応。もうこのメーカーさんとも25年の付き合いだ。言いたいことは山ほどあれど、私も大人になったものだ。
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17日 聞きたかったセミナーは昨日終わっていたけれど、業務のネタ探しに国際展示場の健康博覧会。終われば機能性原料の取引先と打ち合わせ。ちょうどよい機会だ、神田のヨナヨナでビールを飲みながらあれこれ話して有意義であった。

18日 あっという間の土曜日、昼前に母から電話、ますます足が痛んで立てなくなった由。言わんこっちゃない、検査のハシゴでかえって足腰を痛めてしまったようだ。これは困ったことになったが、土日は現地のケアマネさんも病院も休みであるので、どーしようもない。
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既にJetstarは満席、移動は明日以降だ。カミサンと蕎麦を手繰りて市内探索。
夕方には下の息子を呼んで、稲毛海岸のビール屋で飲み、我が家に戻ってまた飲む。

19日 昨夜は仕事が忙しく合流できなかった上の息子が来て、皆で昼飯を食う。母に電話して、月曜日の午後からの帰省とした。ケアマネさんと話して、必要ならば母の入院に向けてあれこれせねばならぬ。どーにも困ったことになってきた。
11日の夜に札幌の母から電話がある。先月尻餅をついた後遺症が今頃出たのかもしれず、左足をつくと痛んで歩けぬとか。月曜日の通院に付き添うために、急ぎ日曜日に帰省することとした。

大急ぎで我が家の掃除をして、カミサンに成田空港まで付き合ってもらい、立ち喰い寿司を食べたらいつものJetstar。雪まつりの最終日のため、まだ料金は高めだ。
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流石に寒い札幌、しかし日本海側を襲った大雪は、今回はここではあまり雪を落としていないようだ。

さあて、これから整形外科まで。もはや老朽化した人工関節がどうにかなっていなければ吉である。バリアフリーの実家では、歩行器を押して歩けば何とか生活はしていけるようであるけれど、、、

検査の結果では、レントゲンに写らぬほどの腰部椎骨の微小な圧迫骨折が疑われた。背中を叩けば痛い場所がある。多分そんなところだろう、何とか歩けてはいるのだから。

とりあえず重大な事にはならず、一安心だ。
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11日の土曜日 風は冷たいが快晴でお散歩日和。カミサンが行った事がないという千葉寺を見るべく、モノレール県庁前駅からテクテク歩く。れん月で蕎麦を手繰り、後ろの丘を登れば、創建709年というウルトラ古い千葉寺がある。見事な山門、大銀杏の木、周囲に無造作に広がる墓所。

千葉寺町、葛城と抜けて、更なる丘の上にそびえる千葉大医学部を目標に亥鼻、旭橋から都川を渡って本町公園で一休み。ここまでくれば市街地も整備されているが、千葉寺から亥鼻あたりまでは流石に昔から人が住んでいるだけあって、車も入れない道が、しかも直線ではなく、都度に枝分かれして、ジモティでなければすぐに道に迷ってしまう。
千葉はぐるりと周囲に山がないので、どこを向いて歩いているかがわからなくなる土地柄なのだ。

近所のコンビニでカップ酒とつまみを買ってきて、公園のベンチで一杯やる。公園の看板によれば、この都川が大昔は市内をグルリと大回りして池になっており、椿森あたりで対岸に渡ったらしい。更級日記に記載があるという。なんでも上総の国府に任官していた父の任務完了により、寛仁4年(1020年)に作者が京に戻る途中で、大雨で増水した川に二日間の足止めを余儀なくされたとか。これまた古い話である。

あの更級日記の作者が少女時代にここを通ったのだ。おそらく道すがらに千葉寺にも詣でたことだろう。京の都までは、いったい何日を要したのだろう。今度読んでみようかしら、更級日記。今の時代だ、現代語訳などもあるのだろうな。
一昨日と昨日は、猛烈な風が吹いた。
事務所からの帰路、自転車が止まりそうな向かい風に、泣きながらペダルを漕いだ。体感気温はかなり低かったろう。

今日は、気温はそれほど高くはないものの、風がないのが救いだ。安心して風を切って走ることができたのだ。

午前中はメインの担当製品に関する打ち合わせ、何とかこの好調の勢いを維持せねばならぬ。午後からは新製品に関するあれこれ。広告を出した新聞の担当者のミスで、若き同僚が振り回させている。あまりに気の毒で、余計な世話を焼く。
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年賀はがきの当たりで切手シートが二枚、交換してきた。今年のお年玉切手は随分とゴージャスだ。

夕食は鶏を焼き、厚揚げと野菜の煮物などを作りて食す。
新製品の社内公募の関係で、最近この曲に向き合う羽目になった。
今は佳い時代で、YouTubeでレノンの面影を辿ることができる。
レノンがヨーコと共に白い館に入り、レノンがピアノを弾き、ヨーコが窓を開け、光が満ちていく。
Imagine there's no Heaven. It's easy if you try.
No Hell below us. Above us only sky.
Imagine all the people. Living for today~~~♪

若い頃、これが必然だと思った。どうしてこうならぬのかと憤った。歳をとって、いろいろ事情は呑み込めてきたつもりなのだが、やはり宗教が障害になっていることは否めない。

モスレムの過激な原理主義、対するキリスト教国のやはり過激な選民史観。これを救うべきは、自らが悟る仏教の価値観と、八百万の神々に護られる世界観を有する私達ではないのか。日本はよき伝統を伝えてきたと思わざるを得ないのだ。

何故 聖戦の名の下に自爆せねばならぬ、何故 自らの神の名の下に他人を殺す。彼らには、マインドコントロールの下で気が狂っていることを判らせねばならない。

1971年、私が高校生だった、今からもう46年前の歌なのだ。
日曜日なので少し寝坊して、朝飯を食べたら市内の研究所までポルテ号を走らせる。数年前に我が家のベランダの鉢植えから移植した柑橘の木が、今年もたわわに身をつけている。今日が今シーズンでおそらく最後の収穫だ。昼飯に毎日一個ずつ食しているのである。
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ベランダの鉢植えでは、根圏が制限されて気の毒だった。夏場はアゲハの幼虫の餌になり、とても実をつけるほどには成長しなかったが、土に降ろしてやれば毎年メキメキと成長した。

札幌で買ってきて、食べた実の中に、芽を切っている種があったので、不憫に思って植木鉢に落としたのが始まりだ。もう何年たったのだろう。

こうして毎年数十個の実をつける。何もメンテナンスしていない、粗放栽培だが、木で熟した実はジューシーでワイルドで美味しい。庭の木に黄色い実がなるのを珍しく感ずる北海道人である。

昼に息子が来たので葱と豚肉の饂飩、小松菜でキッシュを作って持たせる。ついでに送って行って、食料品の買い物をして戻る。今夜はキッシュで白ワイン、その後は燗酒を飲みながら湯豆腐と鱈子と蒟蒻の煮物。
1日 朝礼の後は、新中期計画の説明会。「基本の徹底」と「変化への対応」をキーワードに、頑張ってまいろうぞ。この中期3年が終わるときには、私もシニアを終えて会社を去ることになる。

乳酸菌の新用途向け取りまとめに苦労する。研究側とのやり取りが、どうもうまく嚙み合わぬ。向こうの未整理と情報発信のへたくそさに振り回されている。もう少しスマートに仕事がしたいものだと、もどかしい思いでキーを叩く。

2日 新製品の商品名社内公募を受けて、あれこれ。商標登録できるものは限られており、検討するうちに思いもかけない商品名に辿り着いた。うーむ、これはこれで楽しいのではないでしょうか。
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銀行に行き口座のメンテをしておく時期である。千葉銀行の桜は、今年も開花が早い。

3日 歯医者によってから出社する。奥歯の位置に装着したインプラントの状態は問題なし、次回は差し歯が折れて抜歯した上顎にも施工に取り掛かることにした。チタン製の基部が顎骨に取り巻かれるまで二か月かかるというが、ようやくこの大工事も先が見えてきた感がある。

大学の先輩でもある社長に夜を誘われたが、もう私の出る幕ではない。後任にバトンタッチして寒風の中を漕ぎ戻った。

4日 寝坊して朝昼兼用のネギ蕎麦。今日も快晴で、陽光は眩しいが気温は低い。穏やかな、静かな冬の土曜日である。
30日 やたらと暖かい日だ。昼休みのポタリングなど、ジャケットを羽織れば汗ばむほどだ。
昔の仕事の堆肥舎ブロワの問い合わせやら、ロシアへのサプリメントの輸出の相談やら、2月のお客様の訪問日程やらで、楽しく対処するうちに時間が過ぎた。

帰宅して、買い物をして、鶏もも肉をグリル、白菜の漬物、キノコの味噌汁など作りて食す。

30日 ああ、とうとう今月もお仕舞だ。
シニア社員で、全然まったく忙しくはないのだが、時の流れは無常であるなあ。もう一月も終わってしまうのか。

昨日の暖気に騙されたが、今日は寒気が逆戻りだ。
ポルテ号を定期点検に出して、帰宅して、キャベツの豚肉の炒め、油揚げの焼き物など食す。
27日 昼前にインプラントの手術があるので、会社を休む。
意気込んで向かったが、何のことはない15分ほどで手術は終わってしまった。勿論、麻酔をしたうえで歯肉を切り裂き、血の通った顎骨を削って、チタン製のスクリュウを捻じ込んだわけなのだが、もう終わりですかのアッというまの出来事だった。

先生のお話によれば良い条件が重なったとかで、歯肉は切開せずに丸メスでえぐり、顎骨は邪魔する血管もなく、硬すぎず脆すぎずであったとか。

麻酔が覚めた後の鎮痛剤も、少々イズイ程度で飲まずに済ませてしまった。気温は上がったが、吹き付ける風の強い一日だった。今日から酒が飲めぬのが残念である。温めた煮魚などの夕食。

28日 土曜日、朝イチで再び歯医者に向かう。インプラントの埋め込みは問題なし、30分で釈放となった。家でおとなしく本を読む。三匹のおっさん、面白い。

昼は冷凍鶏肉を初のスチームレンジで焼いてトッピングした蕎麦。夜は、セリの根とエビの天ぷら、隠元と砂肝炒めなど。
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29日 寝坊して朝昼兼用の食事をしていると、上の息子が昼に来るという。急いで掃除をして、息子には昨日の残りの鶏胸肉を焼いて蕎麦を食わせる。団地の駐車場の抽選に出かける。帰る息子には、クックパッドに従ってスペイン風卵焼き?を持たせる。

今日は風も納まり暖かな冬の日だ。三日ぶりに酒が飲めて、豆腐と海老団子の汁ものなどを作る。
25日 東京ビッグサイトまで移動してメディケアフーズ展を見てきた。
老人の食に関する開発が進んでいるが、私はあまり興味がない。乳酸菌やら酵素やらの製品開発について、情報収集してきた。

生きている乳酸菌で作った機能性を謳うヨーグルトが各社から出揃い、皆それぞれ売れ行きが好調の感があるが、この展示会では高濃度の死菌を供給する製品が目立っていた。

夕飯は、鰆を焼いて、春菊を炒めて、鶏もも肉と野菜をトマトスープに作り、ボジョレーを合わせてみた。
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26日 午前中は部内の会議、昼前に会社を抜け出して、抗生物質をゲット。いよいよ明日に迫ったインプラントの土台を入れる手術の前に、前日から飲んでおけとのことだ。明日は3時間前に鎮痛剤も飲んでおけとのこと、怖いよー。

先週はようやくブリッジが修復して、右で噛めるようになったと思ったら、今度は左に土台の埋め込みで、骨と一体化するのに二か月かかるらしい。

現役時代はなかなか時間が取れず、歯のメンテナンスを怠ったツケがきているのである。今はヒマなシニアの身の上だ、せいぜい歯医者に通って直しておこうと考えているところだ。

今夜は鯖を食べよう、塩焼きか、味噌煮か、悩んでいるのである。今日の昼過ぎから、ようやくあの寒波も弱まって、外に居ても生きていけそうな気がしてきたな。
昨日も今日も、恐ろしく寒い。
まあ、北海道の朱鞠内でマイナス30度超えであるとか、鳥取で車が大雪で立ち往生であるとかをニュースで聞けば、まだこの千葉は、関東は恵まれているのであろう。

昨日はルイガノ号で通勤したが、帰路は流石に覚悟が必要だった。
私はこの寒風の中、自転車で帰宅できるのだろうかと、少々命の危険を感じたのだが、ままよ私は風の子元気な子。頑張ってペダルを漕いで戻り、それでも何か寒気が取れずに早寝してしまった。

今日は、自転車通勤を諦めた。歳をとったな。
ムクムクのオーバーコートを着て、電車で通勤したのだ。年寄りの冷や水は止しておこうと言うわけである。

温かいものが食べたくて、今夜は豚肉の生姜焼き、韮と卵の炒め、長ネギと豆腐とわかめで味噌汁。今日も早く寝てしまおう。
昨日のことだ。
カミサンは所属する組織の40周年とかで朝から出かけて行ったので、私は式場のホテルまで送って行って、あとは我が家でウダウダしていたわけなのだ。

昼飯の、昨夜の残り物などを温めるべくレンジでチンしたら、そのうち突然ブレーカーが落ちた。レンジの中に入れた汁ものが突沸したらしく飛び散っていたので、ブレーカーを入れて再びレンジのドアを閉めたら、またブレーカーが落ちた。

これはいかん。どーやらレンジがご臨終である。
思えば結婚して新居をカマエた時に買ったレンジだ。グリルもできて、コンベクションオーブンの機能もある、シャープ製の当時としては最高級品だった。十万円以上した記憶がある。

あれから30年以上は働いてくれた、多分我が家の家電の最長不倒距離であった。最近では、芋のチーズ焼きやら、キッシュ制作に活躍してくれていたのだ。
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今日の日曜日、新しいレンジを買いに行った。
店で選んで、パナソニックのオーブンレンジに決めた。P社は三年前に買った食洗器の品質の良さが気に入っていたからだ。
シャープの独自路線、高温加熱水蒸気+レンジ機能のヘルシオも検討したが、まあここまでの事もあるまい。糖質制限の身の上からは、脂肪は落とさずとも良いのである。

新しいオーブンレンジは素晴らしい機能と操作性で、まあ30年前の製品と比較しては申し訳ないのだが、価格も6万円台。1/3の印象だ。
家電は、ものすごく進化していて、しかも安くなっているのだなと痛感した次第なのである。
18日 出張帰りの清算やら報告やらで、一日が過ぎた。久々の自転車で、昼休みにも近所のコンテナターミナルまでルイガノ号を走らせて、太ももに負荷をかける。

夕食は、カワハギの煮魚、パプリカの炒め物、ネギと油揚げの味噌汁に海苔など食す。
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19日 今日も冷え込んでおり、ルイガノ号で会社に着くころにようやく体が温まる。
昼休みには、またもや太ももに負荷をかけに走る。みなと公園の突端で大柄の猫に遭遇した。iPodを向けたら、シャアと威嚇してきたが、お前なんかには負けないぞ。

新製品の販売までのスケジュールを作り、関係先と調整する。そこそこやることはあるが、まあシニアの仕事としては、こんなものだ。

白菜と豚肉と豆腐で梅干し味の鍋を作る。
13日の金曜日。
午後からの打ち合わせの、たった二時間で、レンタカーには20cmもの雪が積もるから油断が出来ぬ。
その後の打ち合わせも終えて、国道12号線をオッカナビックリで中心部まで戻るのに1時間半かかった。
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14日 土曜日で、実家の母を訪ねた。大通りに面したビルの温度計はマイナス6℃、この日はとうとう気温がプラスにはならなかったようだ。

たまには違ったものを母に食べさせようと、食材を買っていく。
今夜のメニューは、ババ鰈の煮付け、セリと蕪の味噌汁、四角豆のお浸し、オクラ納豆など作りて食す。

15日 日曜日。テレビで京都女子マラソンを見た。まさかの雪の降りしきる中の、熱戦だった。夕刻には、明日に備えて市内のホテルまで移動しておく。

16日 月曜日。沼ノ端までJR、その後は営業所の若手にピックアップしてもらって、浦河の販売店に年始のご挨拶。いろいろ話が出来て有意義だった。
面と向かって話せば、イロイロ聞かせてくれる。営業はやはり現場に出ねばならぬことを、改めて痛感したのだ。

話が盛り上がって、辞する時間が遅れた。
若手氏とは趣味が合って楽しく語らいながらの移動だったのだけれど、夕刻の研究所への再訪は諦めざるを得なかった。再び札幌駅前のビジネスホテルに戻ってきた。

17日 火曜日、朝6時台の快速エアポートで新千歳空港。8時台のJetstarは、少々空席が目立った。それでも90%といったところか。なるほど閑散期の、片道4千円台の航空券の時期であるのだなぁ。今日もコーカソイドが多かった。

着いた成田は晴天、北海道に比べれば暖かいのだが、千葉としてはしっかり寒い。午後からは事務所に出て仕事をして、帰宅すればようやく日常が戻ってきた。

今夜は、イワシの塩焼き、鮪のトロロ、法蓮草のお浸しなどを作り、暫くぶりのカミサンと互いの出来事を語り合った。
実家に戻り北海道新聞を開けば、「バイオガスプラント3基同時建設へ」の一面記事が目に飛び込んできた。
十勝管内の農協と組合員、農機具メーカーが共同出資して会社を立ち上げ、家畜ふん尿を原料とした大型バイオガス発電プラント3基を同町内に建設する」のだそうな。

酪農の規模拡大が進む傍らで、ふん尿処理が課題だったので計画を進めていた。」とある。となれば、これは危険だ。
何故かと言えば、バイオガス技術は糞尿処理技術ではないからである。

バイオガスはメタン発酵技術、つまりメタンガスと二酸化炭素の混合物を生成する。メタンはCH4、二酸化炭素はCO2。従って、バイオガスを生成すれば炭素:Cと水素:Hと酸素:Oは古細菌の働きで変換されるのだけれども、糞尿に含まれる窒素:Nとカリウム:Kとその他の塩類は減らない、むしろ濃縮されるのだ。
少し理科の時間を思い出してもらえれば簡単な理屈である。

記事では「液肥は畑に還元する」とサラリと書いているが、これが問題なのだ。バイオガスを取り出した後の液肥には、窒素やカリウムや濃縮された塩類はそのまま含まれていることになる。これはそのまま液肥に残るので、土壌に対する負荷は変わらない。処理後の液肥(とやら)を畑にまいても、糞尿処理の方法としては何ら解決していない。

むしろ、ハンドリングが良くなることで撒きやすくなり、施肥過剰が心配される。いわんや、北海道の酪農地帯の土壌は、すでに過剰施肥であり、牧草の栄養成分に悪影響を与えている現実を認識すべきである。

アンモニア:NH3はメタン菌を阻害するので、バイオガス発酵プロセスでアンモニア(窒素)を除去する方法はある。今回導入される施設が、このアンモニア除去プロセスを含んでいれば、問題は少なくなる。僅かばかりではあるが、、、


耕地面積に相談せずに、大頭数飼養のためにバイオガスを導入するなどもってのほかだ。何も解決しないからである。農機具メーカーとやらは、ここをしっかりと説明すべき義務がある。売らんかな、の時代ではないことはお判りでしょうね。

耕地面積に照らして適正な家畜頭数を飼養することを前提に、そこから最大限の利益をくみ上げるためには如何するべきか」をこそ、この際 議論していただきたいものだ。
朝からレンタカーで移動する。
路面は凍っており、主要道路は排雪されているものの、ここまであった雪の山が道路のキワにそびえ立っている。これだけ高い山も近年なかったかも知れないな。
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暫くぶりの冬道で緊張したが、運転するうちに体が思い出してきた。ブレーキのタイミング、車間距離、アクセルの踏み具合。なーに、周りが動かしている車だ、私が動かせぬわけはないのだ。

比国から帰国できないと思われた取引先の社長氏が間に合って、午後からは有意義な打ち合わせだった。我が社のノウハウが間接的に比国の農業支援に役立てば幸いである。

三つの打合わせをこなして、野幌から恐る恐るのレンタカーでの戻り。何とか無事にビジネスホテルに辿り着いてビールでお疲れさま。

月曜日には浦河まで仕事を入れてしまったが、天候が不安である。まあ、何とかなるのであろう。
いくつかの仕事をまとめて、札幌に来ている。
天候が良くないようで心配していたのだが、到着した札幌駅周辺は小降りの雪。明日は久しぶりに雪道運転となるから、気をつけましょう。
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今日のJetstar便は、やたらと外国人が目立った。中国人はいつものことだが、白人のカップルや家族連れが多い。片道5千円台の航空券で、ここまで足を延ばす旅行者が多いのだろう。ちなみに17日の成田への帰路便は何と4千円台なのである。

以下、備忘録。
8日 カミサンと幕張までハリポタ外伝の映画を見に行く。
9日 少し早いが昼飯に鏡餅を食べてしまう。乾いていて、いくら煮ても焼いても柔らかくならない。水に漬けておくべきであったか。
10日 本年の初出勤日、バタバタして一日が終わった。
11日 先月の販売実績を取りまとめ。いろいろイレギュラーな売り上げがあり、単月で予算対比160%とは驚いた。
夜は同僚を我が家に招いて新年会。法蓮草のキッシュ、ローストビーフの特製ソース、鴨鍋を食しつつ、楽しく語らった。
4日 朝からカミサンを有明の病院に送っていく。
流石にまだ4日の朝なので、東関道は大型車が少なく車の流れは極めて順調。早く着いたこともあり、検査と診察は11時前には終わってしまった。

帰路は、道路が空いているので高速道路料金がもったいない。一般道を戻り、津田沼駅近くにできたコメダ珈琲で昼食。頼んだ味噌カツサンドが物凄いボリュームで、魂消ました。

5日 出勤日なのだがシニア特権でこの二日間を有給休暇としている。現役時代には周囲の目を恐れて叶わぬ夢であったが、30日から11連休としたわけなのだ。
少々買い物に出たくらいで、家の中で本を読み、ネットで遊んでいた。
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6日 燃えるゴミの日、これでようやく溜まっていた年末年始のゴミが出せた。朝から、いやいや昨日の夕方からだな、気温が低下して空気が冬の匂いがする、よく晴れた日である。

9時過ぎに歯医者に行き、修繕なったブリッジを被せてもらう。うーむ、やや違和感あり。借り止めにしてもらって様子を見ることとした。

暫くぶりのポタリング、稲毛の浜に出て遠くに霞む富士山を拝んで帰ってきた。夜はBSの雲切仁左衛門を見る。

韓国に対しては我が政府もとうとうキレたようで、しばしゴタゴタの心配ありだ。オトナゲない気もするが、どう着地させるつもりか。
トランプ爺がトヨタのメキシコ工場にイチャモンを付けたとか、先日はマサが飛んで行ったりするものだから、すっかりその気になっているのだろう。
TPPのようにこれから決まるものに待ったをかけるのではない、20年以上も前に発効している条約まで簡単に否定してみせるのだから、順法経営しているつもりの企業にすればとんでもない食えないオヤジである。
正月ならでは、比較的早くにTVを見ながら夕食。
ガッテンとか言うNHKの番組で、痛風の原因物質「尿酸」を排泄するには、牛乳なんだそうである。

少し補足しつつ、思い出しながら書けば、、、
尿酸の二割は食物由来だが、残る八割は我が身の細胞が壊れるときに排出されるプリン体から作られる。従って、摂取するプリン体を減らしても、激しい運動などすれば尿酸値は上がる場面もある。

ところが、尿酸値を下げる食品がある。牛乳である。
牛乳のタンパク質は、チーズとして固まるカゼイン蛋白と、乳清とも言われるホエイ蛋白の二種類がある。このうちのカゼイン蛋白に多く含まれるアミノ酸の一つ「アラニン」が、腎臓での尿酸排泄を即すのだそうである。牛乳でも、ヨーグルトでも、チーズでも、この効果は期待できる。

実際に牛乳を毎日コップ一杯飲めば、乳酸値は低下するのだそうだ。ちなみに尿酸値の適正範囲は「2.1~7.0」だそうで、ちなみに私の昨年の会社健診での尿酸値は7.2で「*」がついていた。関係ないですね。

番組では低脂肪が良いなどと余計なことも言っていたが、たかだか1~2%の乳脂肪を削ったマガイ物を何でわざわざ勧めるかなぁ。
コップ一杯、200ccとしても、たかが2~4gの乳脂肪。しかも数ある脂肪分の中で、機能性のある乳脂肪。
体重が増えるって??? 2~4gが問題になりますか?
乳脂肪をカスメた分だけタンパク質が増えるから???
意味ないよねぇ。

まっ、兎に角だ。皆さん!牛乳を飲みましょう!
明日は近所のスーパーに行ってみようかな。
売り切れたら愉快だな、牛乳。
皆ンなで飲もう! 牛乳!
既に忘却の彼方だが、ブログを読み返しつつ書き留めておこう。

1月 裁判員に選ばれ裁判所内で数日の勤務?をする羽目になった。
たまたま通りかかった被害者も気の毒だが、職場のストレスに追い詰められ精神衰弱して服用した薬と酒で自分を見失った被告も、これまた気の毒であった。
デビッドボウイーが亡くなった。

2月 愛車ルイガノ号をオーバーホールした。
担当するサプリメントのクレーム対処に追われたが、結果として短時間で対処できたのは流石!ワタクシであった。

3月 実家の母の足腰が悪化するも、高齢であり手術は諦めた。となれば介護認定を申請し、まず白内障への対処を急ぐこととなり、数か月間は実家に足繫く通った。
キース・エマーソンが亡くなり、自殺と報じられた。昨年にはイエスのベーシスト、クリス・スクワイヤも亡くなったばかりで、往年のプログレ・ファンとしては寂しい限りだ。

4月 所属部署名が若干変わった。
仕事は忙しくなくなって、この春はカミサンと周辺の花見によく出かけたものだ。

5月 母の目の手術に立ち会った。左目、次いで右目。
オバマ大統領が広島に来た。大国の威信を背負って、彼は立派だった。

6月 英国がEU離脱を決めキャメロンが辞任した。
営業所からの要請を受けて、微生物飼料の販売巡回支援を再開した。実に数年ぶりの経験で、環境の変化を思い知らされた。

7月 家族で小湊鉄道「里山トロッコ号」の小旅行を敢行。
北海道への出張のついでに帯広に足を延ばして、恩師を訪ねた。

8月 盆休みでカミサンと共に帰省、息子らも合流して墓参りと親戚との飲み会。月末には台風が北海道を襲った。大災害となった。

9月 同僚を我が家に招いて食事会を二度ほど。米国から戻った若き同僚と、我が担当事業を支援していただいた方にお礼を言いに出かけた。

10月 差し歯が折れて、ここから長い大規模修繕工事が始まった。

11月 千葉では珍しかったらしい、月末の降雪だった。
千葉駅が新しくなって、モノレールとも改札階で直結した。米国ではトランプが次期大統領に決まった。

12月 月初には珍しく風邪を引いた。
グレグ・レイクが死去、これでEL&Pも一人を残すだけとなった。後半からカミサンが再入院となり、退院は早まったものの年末の帰省を諦めざるを得なかった。

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仕事はシニア社員として暇となったが、まあこんなものなのだろう。担当事業の業績は総じて好調を維持しているのは幸いである。

我が国はと見れば、良くも悪くも我がシンゾーが大活躍だった。強引な国会運営が目立ったが、対抗勢力を欠く中ではこれはどーしょーもない。民進党はあろうことかレンホーを代表に、戦犯ノダを担ぎ出す始末だ。

積極外交は評価したいが、ヒラリーに会いに行くフライングを犯して慌ててのトランプ詣で。TPPの意義を語ったそうだが、すぐに本人からTPP撤退宣言が出されて、すっかりコケにされた感あり。
対プーチン戦でも、イイところは無かった。緊張感あるプーチンを前に、我がシンゾーが薄っぺらに見えたのは私だけだろうか。

年末のパールハーバーは私はご苦労様と言いたい。マッチョを好む米国民には、正々堂々と開戦の地に立ってみせたかつての敵国首領は、プラス評価に繫がっただろう。

そして、なんと言っても、グローバル・自由貿易主義とやらを本家筋として主導してきたはずの英国と米国の国民が、宗旨替えを表明したのに驚かされた。指導層は兎も角、一般大衆は追い詰められているのだ。2016年は後から見れば節目の年だったと言われるのだろう。

さあて今年はどうなるか。
トランプ大統領がやはり台風の目だ。TPPどころか、更に強引な日米FTAを仕掛けられれば、我が政府は対処できるのか。まあ、経緯が全く見えない密室のTPPよりは、コーカソイド共の強欲だけは国民の目にも明らかになることだろう。今度はちゃんと報道するのだよ、マスコミ諸君。

足元から経済が崩れ落ちるであろう某国が、死に際の無茶を仕掛けて来ぬことを祈らざるを得ない。そして自衛は強化せざるを得ずだ、日本。
元日 昨夜は紅白歌合戦を最後まで見たはずである。紅組と白組のどちらが勝ったのかは覚えていない。日が替わって就寝した記憶がある。
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近所の神様にご挨拶に行き、夕方には息子が来るというので元日から明けているスーパーで刺身と鮪のカマを買う。
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法蓮草でキッシュを作る。次いで鮪のカマを焼く。楽しく飲んで食べて、今日は日が替わらぬうちに就寝。

2日 実はカミサンのPCが起動しない。おそらくハードディスクが具合が悪いらしい。ちょうどよく来た上の息子に見てもらい、新しいハードディスクとOSとデータの吸出しのための機器?とやらをヨドバシカメラに買いに行った。

昨日よりはやや気温が低いだろうか、穏やかな正月なのである。
昼には寿司を買ってきて、息子にはPCを直してもらい、三人でブラタモリを見ながら夕食。息子には作業御礼のハムとワインを持たせた。
皆さま、明けましておめでとうございます。
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本年が皆様にとりまして、楽しい日々でありますことを、祈念いたします。
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カズノコは、塩抜きしてから出汁に漬け込んで、そこそこ上手くできました。