27日 仕事を終えて18時から、市内の蕎麦屋を予約していた。先々代の社長を務められたK氏、今年退職されたH氏に声をかけてささやかながらの忘年会。私だけでは荷が重いので、同僚のI顧問もお誘いして年寄り4人での会食だ。

美味しいものを控えめの量で出していただき、最後は蕎麦で〆る。あまり会話が弾まなかったのは、諸先輩の相変わらずである。蕎麦屋の奥様は今年病気をされたそうだ。お大事にしてください。

28日 来春発売の新製品の商品名を社内公募することになり、案内文書作りなどする。担当しているサプリメントに年末特需があり、状況把握に少々慌てた。

帰宅して、シュウマイを蒸して、シラス大根おろしなどで生酒を飲んだら、大いに酔っ払った。

29日 このところ青空で気温は低い冬晴れの日々が続いている。
午前中は部内打ち合わせ、午後からは来月の年始挨拶等の出張予定に目途を立てた。

16時には机周りの掃除を終えて、例年通りの親睦会の総会。その後の仕事納めで、皆でワイワイ酒を飲み、私は6時過ぎには帰宅した。

ジャガイモとカリフラワーのチーズ焼き、いろいろなキノコの炒め物などを作りて食す。
正直言って心配していたのであるが、我がシンゾーの真珠湾での発言は上出来であったと評したい。オバマもやはり傑物であったのだという事も、このイベントで思い知らされた。

指導者の思い通りに政治が運べば言うことはない、民意を、世の評価を、思い通りに動かすためにイロイロするのも、理想追及の手段と割り切れば判らぬでもない。

オバマは、その点で正攻法で臨んだのであり、結果はついてこなかったかもしれないが後世は評価する類の政治姿勢であったのだろう。

我がシンゾーの代わりに、例えばレンホーが務まる訳がない。ノダはそこそこシノいだかもしれないが、ハトヤマでは論点が宇宙の彼方に漂ってしまっただろう。

そんなことを考えながら、TVを見ていたのだ。
25日 日曜日 家の掃除をするうちに、昼に来た上の息子に蕎麦を茹でてやり、芋のチーズ焼きやらセロリと豚肉のパイなど作って持たせる。

会社の関係先への年賀状印刷をセッセと作業して、投函しに行く。あーあ、肩の荷が下りた。サトイモの煮物、作ってあった鰈の煮付けなど食す。

26日 三連休が明けた月曜日なのだが、カミサンの通院に付き合って有給休暇。昼過ぎに戻って、珍しく二人で回転寿司などを食えば、食べ過ぎたな。

帰宅して今度は我が家の年賀状をセッセと作る。日も暮れてから投函に行き、銀行口座のメンテナンスもして、ようやく安心した。

鶏むね肉とカラーピーマンを炒めてスイートチリソース、カリフラワーのチーズ焼きなど作りて食す。
さあ、今年もあと3日。丁寧に仕事をして参りたい。
23日 金曜日だが天皇陛下のお誕生日の休日。
朝イチで歯医者に行って、終わればポルテ号で有明にある病院にカミサンを迎えに行く。休日で東関道は驚くほどスイスイで、40分ほどで到着したのには驚いた。

退院するカミサンの荷物持ちで、下の息子が来ていた。殊勝なる心掛けであるぞ。三人で戻り、そのまま蕎麦屋で旨い鴨汁蕎麦を手繰る。蕎麦の半分は柚子切りにしてもらった。うーむ、素晴らしい。
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港に面したスーパーに寄って買い物。ここは海産物が充実していて、芝エビ、シラス、鯖などを買い込んだ。

帰宅して、息子に持たす料理に取り掛かる。鯖は煮付け、芝エビは塩焼き、一緒に買ってきたビーフとラムは塩胡椒して密閉容器。息子よ、親孝行の返礼であるぞ。

先日から抽出していたレモン皮をスピリタスから取り出して、グラニュー糖を溶かしたお湯で割れば、見事に白濁した。クックパッドのレシピを見て、ちょうど開栓していた甘口の白ワインも少し入れてみた。これでしばし熟成させれば出来上がりである。
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残ったレモンの実で先日作った果実酒は、年が明けたら実を取り出しておこう。

24日 団地の駐車場の入れ替えがあり申込書を管理事務所に提出、その足で郵便局に行き不在郵便物を受け取り年賀状を買う。帰りには、スーパーに寄ってまたもいろいろ買い込んできた。

世の中はクリスマスイブ、仏教徒である我が家二人の老夫婦も、今夜は美味しいものを食べようというわけである。ナメタガレイを煮ておいて、これは明日に食べるとして、今日はタラバガニを奢ったのでこれをメインに。あとは残っているラム肉でパイでも作ってみようか、いろいろ考え中である。
21日に、「高速増殖炉もんじゅ」の廃炉が決定された。夢の原子炉は、とうとう夢に終わった訳である。

これまでの経過からして当然の帰結であって、何故こうも時間を要したのか。ナンたら言う知事が、まだ「容認できない」趣旨の発言をしているとのこと、笑っちゃうのであるが要するに技術論・科学的見地からの考察は二の次で、これまで関わった先生方(科学屋商売のエセ研究者と政治家)・企業・原発ありきで形成された地域経済が、急な幕引きを許さず、調整に手間取った、引導を渡すのに時間がかかったのでしょうね。

周囲の顔色を見ながらダラダラと決められない、馬鹿な国である。とうに決断すべきだった行政の責任は大きいと言わざるを得ない。
お前はすでに死んでいる(byケンシロウ)と、文科大臣あたりが喝破すれば恰好よかったのですけどね、まあきっと言った本人がこの国では生きていけないのでしょう。

もんじゅの特徴である冷却材の金属ナトリウムは全部で2千トン弱あり、その半分が炉の一次側を回っているので当然ながら放射性物質を巻き込んでいる。ただ空中に置くだけで酸素と激しく反応して爆発的に燃える金属ナトリウムだ、これからの取り出し作業に事故がないことを切に祈るものである。

もちろん、素晴らしい夢のMOX燃料だって行き場がない。そもそも原子力は、スイッチを切って「はい止めました」で終わるものではないのだ。
もんじゅ」はこれからも膨大な費用と人員と時間を食いながら、容易には消えてなくならない。いや、おそらく永遠に作業が続いて、その地域は封鎖され続けることになる。

神を恐れず、ヒトが手に負えない、大変なものを解き放ってしまった。いっその事、その反省を踏まえるモニュメントにして観光地化したら如何か。
そこには「過ちは決して繰り返しません」の碑文を添えよう。
文殊の知恵であるぞよ。
朝からプロジェクト会議、私の提案で始まり二年が過ぎて、今日で最後の実務会合だった。
残る3か月で定年となる時期のスタートだったから、実務リーダーは部下に任せた。レールだけ敷いて、予算を確保してスタートさせたら、後は言いたい事も敢えて発言せずに来た。

製品形態と価格体系は刷新できた、これまでにないアプローチでユーザーへの提案ができ、何より念願だった販売店網の整備に着手できたことは大きな成果だ。すぐに結果が出るものではないが、徐々に手堅く売り上げを積み上げられるものと期待しているのである。この成果は、新しい監督者の手柄にしてほしい。

午後からは会議を抜けて研究員と乳酸菌の打ち合わせ。その後は来客対応。4時半には終えて、カミサンの見舞いに会社を出た。
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何と、明日で退院だそうで驚く。では、歯医者が終わったらポルテ号で迎えに来ます。

帰路は、27日の忘年会の会場探しで一駅前で降りてみた。一回りしてみて、どうもピンとくる店がない。どの店もさほど特徴があるでもなく、先輩をもてなすには不十分と見た。最近の飲み屋は皆こうだ、バイトばかりで店を回している弊害なのだろうな。
一仕事してから事務所を出て、まずは中山競馬場近くの取引先に年末ご挨拶。今年一年お世話になりました、チラシとか製品資料が欲しいとか、何かあったら遠慮なく声をかけてください」と名刺と粗品を置いてきた。営業の基本ですね。
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住宅地の細道をテクテクと駅まで歩く道すがら、葛羅の井戸なる看板を発見。なかなか由緒あるもので、船橋侮れずだ。

市川真間で京成電車を降りて、JR市川まで横移動して東京駅。歩いて八丁堀の取引先にも年末のご挨拶。朝は冷えていたものの、ドンドン暖かくなる。上着にリュックを背負って歩いていると汗ばむ気温だ。

帰社する前に有明の病院にカミサンを見舞う。今日の朝からの手術が終わり、ようやく全身麻酔が覚めてきたところだった。特に問題もないようで安心する。

事務所に戻って明日に備えて、定時過ぎに帰宅。今夜は豚肉を消化する必要があり、セロリとキノコとトマト煮を拵えた。ワインだな。

20日 月次ミーティングがあるので午前中は出社して、午後からは半日有給。朝から出て入院したカミサンの荷物を病院まで運ばねばならぬ。

息子らが使う布団が古くなったので近所のクリーンセンターに捨てに行く、そのまま給油して有明の病院に向かった。今回の入院は前回の手術の後の整形が目的なので、あまり心配はしていない。しかし、年の瀬を控えて、予定が立てにくいのがややストレスである。

まだ明るいうちに帰宅して、冷蔵庫の残り物整理の夕食。

19日 レンタカーを借りて美浦トレセンの得意先に年末のご挨拶、新製品の需要などを聞く。圏央道ができて、ホントに美浦が近くなったな。

急いで戻って2時からはお客様対応、4時には歯医者、戻ってレンタカーを返して、ああバタバタの一日だった。明日入院するカミサンのために、カニと牡蠣を入れてキムチ鍋を作る。
17日 土曜日。夏掛け布団を洗いに行き、待ち時間でカミサンと共に横浜家系ラーメンを食す。私は二度目だが、お初のカミサンにはインパクトあったよう也。
モタレたので、夜は残り物料理にセロリとマッシュルームのスープ。
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18日 神田のビール屋で家族に私の誕生日を祝ってもらう。少し早めに都心に出たので、銀座一丁目から30分歩く。昼間から旨いビールと料理で幸せになった。

息子ら二人は、都内に勤めるサラリーマンであるので、もはや私より都心には詳しいようだ。20年前は私も都内に通っていたが、こんなにほうぼう出歩いた記憶がない。せいぜい職場のあった馬喰町やら人形町界隈だったものだが、今はイイ時代である。

今日の夜も軽めに、麦飯を炊いてオクラ・トロロと、ネギと油揚げとワカメの味噌汁。うーむ、日本人で良かった。
14日 昼の歯医者に事務所を抜けて、終われば遅めの昼めしはラム屋の500円プレートランチ。そこそこ旨かったので、夜にカミサンを誘ってラムチョップステーキを食べてみた。
勢いがついて、一度行ってみたかったクラフトビール・ミハマベース。IPAを始めとしてなかなかの品ぞろえで、旨いビールを堪能した。

15日 展示会、その後は自転車で市内巡行。気温が低い猛烈に風の冷たい日だった。自転車を漕いでいても体が温まらない。
鶏胸肉と長ネギを焼き、昨日買ってきたスイートチリソースで食べたら、これがなかなかイケた。
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16日 事務所を11時過ぎに出て自転車で戻り、電車に乗り換えて四ツ谷で打ち合わせ。終わればようやく昼飯が食えて、そのまま直帰させてもらった。

今日は私の誕生日、頂き物のローストビーフを切り、キャベツのアンチョビ炒めを作る。冷凍パイシートを買ってきて、初挑戦のキッシュはまあ上出来の部類としておこう。

TVには、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンと我がシンゾーが映っていた。場所を変えての長時間の会合、そして調印式、挙句にシンゾー自身がNHKに出て今回の意義をアピールしていたのには驚いた。プーチンもシンゾーも、いい年をしてタフである。
眼光鋭いプーチンの存在感を否応なしに見せつけられたことだ。
12日 そろそろ切る風が冷たくなってきた、今日から耳を覆う織物を装着して自転車を漕ぐ。相変わらず車道の脇を逆走してくる自転車おばさんと若者が多数。あんたら、交通違反なんですけど、、、

微生物飼料のチラシとマニュアルの最終校正、よーし!これで閲覧に回す準備ができた。今年のうちには正式な外部資料と致したい。

帰宅して、カブと油揚げの炊きもの、レンコンの焼き物など食す。

13日 朝から同僚と南房総を目指す。
糞尿処理にも使えるという、真空・発酵・乾燥・土着菌・処理機を見学に行った。見てみれば何のことはない、タンクを加熱水蒸気で覆って加温して、且つタンク内は陰圧にして発酵させつつ水分蒸散を促し、短時間で有機性廃棄物を処理する装置であった。目の前でイノシシ斃獣を機械に放り込んで見せた、南無阿弥陀仏。

とりあえず、物質消滅とかの魔法の機械でなくてよかった。
イニシャルコストとランニングコストが心配だが、目先にあるドロドロの糞尿を、とりあえずハンドリングの良いコンパクトなものにするという設計思想は分らぬでもない。

しかし、この処理物は断じて堆肥ではない。塩類濃度は高かろうし、堆肥のつもりで畑に戻せば土壌を壊すことだろう。

メカとして完成度を追及する技術者さんには、それなりに共感もしたが、農業に対する姿勢、生き物への対峙の仕方には大いに疑問が残った。とりあえず目先の処理をして、後は宜しくでは、問題は解決しないのである。微生物を謳う装置なのだが、生き物への愛を感じることはなかった。ノスタル爺である。

寄ったお客様の山から野生のミカンを多数いただく。帰宅して、キャベツの炒め、法蓮草のお浸し、ジャガイモのチーズ焼きなど食す。