8日 月曜日、終日プロジェクト会議だった。そして暑い日だった。
帰宅して、自室の気温は30.0℃、湿度52%。夕食に冷凍庫から取り出したスルメイカの刺身が、台所ですぐに溶けた。生姜をおろして、炒り酒などでいただく。他にはニンニク醤油味の鶏胸肉と野菜の炒めなど。

9日 ますます暑い日だった。
昼間に昼食の買い物に出たら、気温が尋常ではなかった。外に出ていた同僚もタダゴトデナイと言っていた。あとで聞けば気温は38℃くらいには上がったらしい。しかし、こちとら既に体が夏モードに馴致完了である。汗をドッサリかいても、それだけのことだ。

放課後に暑気払いのBBQ会が、一階の玄関前駐車場で催された。二階に入っている親会社の方々もノリの良い人達で、ホタテだ、サザエだ、牛肉だと食べ進み、ビールだ、ワインだ、日本酒だと飲み進んで、暗くなっても大いに盛り上がった。流石にルイガノ号では帰れず、電車で帰宅して、シャワーを浴びたら寝てしまった。

10日 さあて明日から夏休み、今後の仕事を整理しておこう。
進めていた新製品のパンフレットが届き、これを社内配布して、関係先にも郵送する。来週と再来週の出張準備も万全だ、と思ったら、お手伝いしているカタログ編集期限が早まって、これは夏休み明けが忙しい。

今日も暑かったが昨日ほどではない、それでも帰宅すれば自室の気温は30.2℃、湿度は59%か、体感温度は不正確なものだ。

今夜は大根と蒟蒻と凍み豆腐の煮物、シーフードと野菜の炒めなどをこれから制作にかかるのである。

さあて暇な日曜日、外は暑いし、自室でPCで遊んでいる。
そーだ、この際に糖質制限の自らの実験結果をまとめておこう。ご参考になる方はいらっしゃいますでしょうかね。

きっかけは二年前の3月、書店で目に留まった新書版「炭水化物が人類を滅ぼす」夏井睦著、光文社新書だった。この先生は、かつて「傷はぜったい消毒するな」でファンになったお医者様。医療現場にいて、しかし背景に実に広範な生物学的想像力を駆使される方である。
もう一つ、寄生虫博士で有名な藤田紘一郎先生の「50歳をからは炭水化物をやめなさい」も読んで、なーるほどネ、これはやってみようかしらンと思ったのだ。

当時の私は60歳定年の一年前、猛烈に忙しくなってきて、長年の暴飲暴食がたたって体重は96kgに到達、体が重かった。この一年を頑張らねばならず、その後のシニア期間を楽しく過ごす意味でも「少し何とかしようかな」と思っていた矢先の出会いで、よーしやってみるかと、その気になった訳だ。

もともと生化学系なので、理論は理解できた。
炭水化物、要するに甘味や澱粉類、お砂糖や小麦粉でできたパンやら麺類やら、そしてお米を食べずに、その他の食べ物は十分に食べる。結果として、口にするのはお野菜と、肉と魚などになる。つまり食物繊維とビタミン・ミネラルと、タンパク質と脂肪である。

体のエネルギー源は糖質(炭水化物、私の父の時代は含水炭素:ガンスイタンソと言ったんだけれど、知ってました?)だから、糖質がなければ体は困る。そこで、脂肪を燃やしてタンパク質からグルコース(ブドウ糖、代表的な糖質)を作る仕組み(ここのとこ、かなり省略してマス)を持っている。これを糖新生と言う。

ウィキなどを参照すれば、糖新生は「飢餓状態に陥った動物が、グルカゴンの分泌を・・・云々」と書いてあるけれど、農耕を覚える前の人間はいつも飢餓に直面していたのだ。脂肪として体に蓄えたのは「飢餓に備えたエネルギー」なのであって、腹が減れば次の獲物を食えるまでは体脂肪を燃やして持ちこたえるしかなかったのだ。

農耕を学んで安定的な糖質の摂取を可能とし文明を築いた時点で、人類はこの体脂肪による「まさかの時のエネルギー貯蔵」を捨て去るべきだった。食べ過ぎれば太るからである。
しかし、生物の体はそう簡単に進化しない。農耕は、つい最近の、一万年前に始まったばかりだ。で、現代は糖質の摂取し過ぎによるデブが多い、そーゆーわけなのだ。

さて、私も最初はかなり徹底して糖質制限をした。パンも飯もやめたら、体重はみるみる下がった。始めて半年、その年の12月には我が体重は90kgを切るところまで進んだ。
もっとも、秋にカミサンの病気があり、私が炊事当番になったことで糖質制限がやりやすくなったこともあっただろう。しかし夜には必ず酒を飲むが、醸造酒の最たるビールと日本酒は欠かさないので、ここでかなりの糖質は摂取していることになる。

この間、忙しい日々だったが体を動かす事を意識した。運動することでカロリー消費を高めるという事よりは、筋力を増強して基礎代謝量の増加を狙った。よーするに筋肉が多ければ、黙っていても消費するエネルギーは増えるので、体のエネルギー要求量は増すのである。

取り組み当初は、体は軽くなり、自転車運動で太腿は充実し、イイことずくめに思えた糖質制限。しかし、この後がイロイロあった。続く
5日は金曜日、朝から暑いのでカリユシで通勤。事務所では先月のデータ解析などをしながら過ごす。
昼休みに近所の公園でコンビニランチ、今日も夏の雲、気温は高い。空調の効いた事務所にいては体が鈍るので、暑い環境に身を置いている。

帰宅すれば、自室の気温は29.5℃、湿度66%だった。シャワーを浴びて、今夜のメニューは茄子と豚肉の味噌炒めに青トンガラシを多めに入れて、枝豆、青トン豆腐(今日で三日連続だ)、比内鶏の焼き鳥など食す。
f0057955_2192921.jpg
6日 土曜日。ベランダの赤唐辛子が色づいてきて、しかしまだ花も咲いている。もう暫くの間、楽しませてくれそうである。

オリンピックの開会式を見ながら、昼は飯を炊いてトロロご飯、舞茸と油揚げとワカメの味噌汁。カブの漬物。夜は、豚肉のしゃぶしゃぶに、キノコとオクラと茄子を合わせた。

エアコンを入り切りしている自室の温度は、日中は29度を切ることがなかった。明日もこんな気温であるらしい、暑い日々が続いているのだ。
3日 朝から美浦を目指す。改良した製品の評価を聞きに、そして次回製造の目途も立てなければならない。お客様を訪ねれば、やや意外な使い方をしておられ、やはり現場を見ることは大切であるなぁ。
f0057955_20383086.jpg
美浦トレセンの広場は、夏祭りの用意がしてあった。
f0057955_20392770.jpg
雲行きが怪しくなって、戻る圏央道で雨になった。車を走らせるうちに、どんどん雨は強くなって、東関道に入るころには周りが真っ白になった。これは堪らぬと酒々井SAで30分ほど雨宿り。

事務所に戻って少し仕事をして、帰宅すれば自室の温度は29.3℃、湿度は67%。うーむ、カラリとしない気候だが季節は既に夏なのだ。マッシュルームとタコでアヒージョ、ニラとベーコンの炒めなど食す。

4日 今日は速報日、7月の販売実績が〆った翌日なので売上高の速報を作るのだ。営業が頑張っており、前代未聞の好成績だ。春に投入した新製品と、これから投入する新製品が加わって、何とかこの勢いを持続してほしいものである。
f0057955_20584756.jpg
昼休みに近所の公園でコンビニランチを食う。湧き上がり合体する白い雲、飛び交うアゲハチョウとトンボたち、各種のセミの声が降ってくる暑いベンチに居て、夏を感じたのだ。

今日は帰宅すれば自室は29.7℃、湿度は67%、むしろ室内のほうが昼間の熱がこもっているのだろうか。もうすっかり真夏になっていることに、今更ながらに気がついた。
ピーマンと鶏むね肉のニンニク醤油炒め、オカヒジキとツナの和え物、モロキュウ、またまた青トンとおかかで冷奴など食す。
1日は月曜日、朝礼がある。急ぎの仕事もなく、のんびりと新聞広告の原稿作りなどする。心配していた7月の販売実績が、思いのほか好調の様子だ。営業が頑張っている。
f0057955_20293575.jpg
帰宅して今夜の料理は何にしよう。東金で買ってた青唐辛子をそろそろ食べなければと、細かく切って削り節と混ぜ、鱈のしょっつるを垂らして冷奴に乗せたら、これが辛くて旨かった。暑い夏は辛いものが旨いネ。

2日 明け方に、雨滴が叩く音と、轟く雷鳴で起こされた。
トドンと地鳴りがして、窓ガラスがビリビリ振動するほどの、それは凄まじい雷様だった。カーテン越しに、稲光も多数。しかし、朝の通勤時間には雨も止んで、ルイガノ号で走ることができた。

昼前後には事務所の窓ガラスを通して外が真っ白になり、再び雷鳴と集中豪雨。しかしこれまた帰宅時間には雨が上がってラッキーな私。
帰宅すれば、今日の自室は気温28.6℃、湿度75%で、この頃は「まずはシャワー」の毎日だ。

暑い日々が続いているが、体を動かして汗をかく事が、暑熱への馴致を早めるというものだ。自転車の後では汗がなかなか引いてくれないものの、この時期は汗をかくべきだとばかりに、事務所ではタオルを手元に置いてPCに向かっているのである。