朝に起床すれば札幌は晴れ。新千歳空港からJetstarで中部セントレア空港、いつも満席の成田便とは異なって7割程度の稼働率だろうかナ。いつもと違う空路を楽しませてもらった。
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多分、南から来た所謂「ひつじ雲」の上に覆いかぶさる、多分、北から来た流れの早い「すじ雲」は、上空の気団の盛者必衰の理をあらわす。多分、佐渡島上空辺りと思う。気象予報士ではないので詳しい事は分からない。

エアバス機は、日本海側から本州を縦断して、中部セントレア空港に降り立った。久し振りだな、この空港。名鉄で常滑、タクシーで半田の取引先で、いろいろとご教授いただいた。忝い。
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JR半田駅前で、知多酪農発祥の地の石碑を見た。
28日 会社の出張日はこの日からで、昼に同僚を新千歳空港でピックアップして帯広事務所に向かう。途中で物凄い豪雨、ワイパーが利かぬほどの土砂降りの中、静々と車を走らせればトンネルを抜けた十勝平野は晴れていた。

懸案事項を打ち合わせてスッキリとして、再び千歳まで戻る。同僚を空港ホテルに置いて、私は市内のホテルで就寝。
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29日 朝イチで苫小牧の営業所に移動して、サプリのレクチャーをさせてもらう。若い方々の知恵をお借りしたい。

終われば札幌まで戻って、昼は鈴蘭のラーメン。この建物も老朽化しており、立ち退きを迫られている由。移動距離が大きくなれば常連さんが離れてしまう、難しいところらしい。

出張の合間だが、実家を古書店の倉庫代わりに貸す話があって現場立会い。さあて最後の仕事は、里塚のペット店での試供品配布の感触を聴取する。好反響は良い事である、商品化を頑張ろう。

雨の中を札幌駅前まで戻り、レンタカーを返して宿泊している。
27日 昼のJetstarで再び札幌、今度は仕事であるが一日早く北海道入り。雨上がりの千歳空港に着いたら、札幌に移動中に低い暗雲が行く手をふさぐ。土砂降りの雨と横に走る稲光に遭遇した。
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夜は、墓所の相続で書類を頼んだ従兄弟と、久し振りの酒宴。カラオケに流れて楽しく酔っ払った。いささか飲み過ぎの就寝。

26日 台湾帰りの下の息子が、成田からの帰路に寄り、泊まっていった。何しに行ったのだと聞いたらば、友人とショウロンポウを食べに行ったのだと。食べ始めたら美味くて写真を撮り忘れたとか、ツアーはこみこみ7万円であるそうな。

お土産に買ってきた台湾ウイスキーKAVALANのシェリーカスク・ストレングスを飲ませてもらう。たまたま我が家にあったKAVALANのスタンダードと飲み比べたりして、数日後に友人と飲むと云うので、スキャパの残りと共に持たせてやった。若いうちは、いろいろな酒を飲んで味を覚える事です。

帰る荷物が重くなったので、足立区の彼のワンルームまでポルテ号で送って行く。途上の昼飯は実に久し振り、花月庵れん月で鴨汁蕎麦に立ち寄る。首都高に出る頃には、雨も上がった。

戻って4時、夕飯の用意をしていると今度は上の息子が訪ねてきた。殊勝にも鴨ささ身のキノコソースの冷凍食品を持ってきた(近所のスーパーの抽選で当たったらしい、彼は昔から抽選運が強いのだ)ので、早速解凍してフライパンで焼く。キノコマリネのニンニクを取り出して、微塵切りして春菊を炒め付け合わせとした。
この家に引っ越し一周年で、スパークリングワインで乾杯。
23日 連休最後の日だ。
畑仕事と片付けも終わり、昼からはお彼岸の墓参りとした。
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藤野聖山園の爺様と婆様、その後は平岸霊園で我が家のご先祖様を巡り、買い物をして戻れば遅くなったので、寿司を頼んで受け取り帰宅。
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24日 さあ千葉に戻るのだが、その前に平岸霊園に用事がある。
墓所の使用者が亡くなった伯父の名前のままになっており、誰かが相続しなければならない。朝から管理事務所を訪ねて説明を聞けば、姻族は三親等までは相続できる。伯父の妻が私の父の妹であるから、私も相続できる。セーフであった。

となれば、従兄弟の同意を得て、両家の戸籍謄本などを集める必要がある。来週また仕事で札幌に来るので、その時にでも作業するとしよう。従兄弟とも叔母の葬式以来だ、一杯やるか。
Jetstarで成田、午後からは事務所に戻ってセッセと仕事した。

25日 残務整理、銀行に寄るのと車を置きにいったん帰宅して再び戻り、3時に新宿に向けて社長のお伴で出かけた。取引先の社長さんから当社社長の就任祝いで一献とのお誘いを受けていた。

20数年来、毎年順調に業績を伸ばしてこられたM社長、こちらはこの7月に就任した当社のA社長、年は十も離れている。重責を背負い決断を求められる立場の孤独、そして自負と気概、カバン持ちの私は二人の横に居て話を聞くばかりだったが、なかなかトップは大変なものだ。

雨だったので新宿のホテルで会食、メインバーにも流れてタクシーで帰宅。下の息子が友人と台湾を遊んできた帰りとかで、我が家に寄ってくれた。もう少しウイスキーを舐めてから就寝。
息子は朝早くに出かけて云った。夜の便を予約してあり、今日こそは友人と遊んでから都内に戻ると云う。続いてカミサンが千葉に戻って行った。私は、さあて実家の畑の作業に本腰を入れるのだ。
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まずは畑のごみ処理、本来ならば堆肥化すべきところだが、場所も時間もない。有機物をゴミとして出すのは不本意であるなあ。ゴーヤ茎葉の袋、ズッキーニの袋、スイートコーン茎葉の袋、そして朝顔のツルの袋、全部で4つ。
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ゴーヤのコンテナをひっくり返す。今年のグリーンカーテンの繁茂を支えた根、二度にわたって発根剤を用いたので細根がビッシリと回っている。頑張ってもらいました。
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次いで、大根と人参と小松菜とホウレン草にトンネルをかけた。雪が降るまであと一ヶ月と少し、どこまで育ってくれるものか。手前の湾曲した背骨のようなものは、残ったもう一本のズッキーニの茎である。まだ健気に花を咲かせ実をつけている。
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畑で汗を流す私の回りで、トンボ達が遊んでくれた。どうして君達は、尖った竿の先が好きなのさ?
夕方になり気温が下がってくると、君達の動作も緩慢になる。君等の天下も長くはないようだネ。
20日 ようやく今日からレンタカーを借りる事が出来る。
市内まで出て借りたインプレッサで戻れば、実家に息子が到着していた。前日のうちに札幌入りしてこちらの友人と遊ぶ筈が、空席待ちで飛行機に乗れたのは夜になった由。ホテルもなくネットカフェで泊まったと云うから、いまどきの若者である。
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夜は母と三人でロイホに行ってお食事。北海道フェアが美味しかったね。最後に150円で食べられるコーヒーゼリー。

21日 この日はカミサンの実家の空き家の整理に充てていた。爺様の書籍を買ってもらった古書店が、実家を倉庫代わりに使わせてほしいとの事。どうせ住めない家なのだし、冬の排雪費用になればよしとして貸すことにしたのだ。最低限の片付けはせねばならぬ。

月寒の叔母たちを迎えに行き、実家でJetstarで飛んできたカミサンと合流し、家具の移動のチカラ仕事には息子が大いに役立った。

家の中を片付け、畑に生い茂った雑草を払い、伸び過ぎた木まで切った。叔母様、元気である。
17日 朝イチでサプリメントの打ち合わせ、その後は資料作りに充てた。打ち合わせを終えた仲間二人は、そそくさと福島に移動、お疲れ様である。残ったもう一人の同僚と昼はラーメンを食べに出る。誕生日を過ぎたばかりと云うので奢ってやったわけなのだ。
気温が下がって肌寒い、シトシト雨の一日だった。

18日 シルバーウイークとやらの前日の土曜日、休みを貰っていた。夜半に轟いていた雷鳴が、朝も遠くに聞こえている。雨が強まったり弱まったりする中を、成田空港までポルテ号を走らせる。実家の畑の片付けやら、カミサンの実家の後始末やらで、札幌に帰省した。

Jetstarはほぼ満員、千歳空港も大賑わい、レンタカーを予約しようとしたが空きがなく、久し振りに真駒内までのバス移動となった。
この間に太田忠司の目白台サイドキック三作目を読了、ますます面白くなってきたな、このシリーズ。

19日 さあて、張り切って畑仕事。午前中は雨が降らぬらしい。
すっかり秋色に染まったゴーヤのグリーンカーテンを仕舞う。網に絡んだ枝葉を取り除くのが一苦労、ネットを外し、支柱をまとめ、枝葉はビニール袋にまとめた。
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札幌市では、このような畑のゴミを回収してくれる日がある。ただし、堆肥化可能なものだけのようだ。

昼飯を食べて、雨の降らぬうちにもうひと仕事と思ったら、既に細かな雨が降っていた。どうやら今日の仕事はこれまでのようである。午後は雨読と参ろうか。
15日 同僚がNZから戻って、久し振りの部内スケジュール合わせとなった。私は忙しくないが、皆は大層忙しい。プロジェクト作業も佳境に入った。

馬用サプリの説明資料作りに没頭した。小腸上皮の細胞膜を通過させるペプチド・トランスポーターの説明は、一般の人には難しいだろうな。何とか分かりやすく工夫してみよう。
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国勢調査がネットで回答できるのだと云うので、早速カミサンと取り組んでみた。なるほどこれは便利で集計も早かろう。コスト削減にもなるのだろうな。

16日 やや涼しいとはいえ、自転車で事務所に着けばやはり汗が止まらない。資料作りの続きをして、適当なところでとりあえず販売店に送っておいた。もう少し作り込んでやろうと考えている。

3時には早退させてもらって、先日の健康診断の再検査結果をクリニックに聞きに行く。肝機能と総コレステロール、そして尿酸値も少し高め、まあこんなところでしょう。

早めに帰宅して、買い物に出れば、雨がポツポツと落ちてきた。天気予報通り、これから夜にかけては雨になるのだろう。明日は自転車には乗れないようである。
13日 日曜日はネットで本のお買い物。
ヤマザキマリの漫画、太田忠司と佐々木譲と東直己の小説、全部で8千円弱だが、ホテルの宿泊代やらレンタカーで貯めたポンタポイントで値引き。800円程度の負担で、頼めば数日で自宅に届くとは、良い時代になったものだ。
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夕飯には、カミサンを誘って近所にある牡蠣の店まで。
ガンボ&オイスターバー千葉そごう店。生牡蠣、焼き牡蠣をたらふく食べて、幸せに帰宅した。

14日 昼に銀行に行く。そうだ、その前にルイガノ号のブレーキを調整せねばならぬ。
ブレーキシューが減ったのと、ワイヤが伸びたのと、多分両方なのだろう。このところブレーキの利きが良くない。六角レンチでナットを緩めて、前輪と後輪のブレーキワイヤを少し引っ張って固定する。うーむ、俊敏な運転に復帰する事を得た。
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国道14号が内房に接続する国道357号。ようやく立体交差が完成しそうだ。何やら埋蔵文化財が出たとかで大幅に工期が遅れていたようだが、私が千葉に居るうちに完成を見そうで嬉しい。

事務所に戻り、今月の予定を埋める。
シルバーウイークは札幌、戻ってすぐにまた北海道、千葉戻りは30日になりそうだ。今日聞いた28日の送別会は欠席だな。この日は帯広に居る。いくらなんでもTV会議とはならないのである。画面から酒が出てくれば別だが。そんな時代が来るかもしれないが。
線条降水帯なぞ初耳だ。
茨城県では鬼怒川が、宮城県では渋井川が決壊して、住宅地に泥水が流れ込んだ。自衛隊などのヘリコプターによる救出劇がTV画面に流れている。

これだけの災害に、亡くなった方には申し訳ないがよくもここまで死者が少なく済んだものだと思う。我が国の民度と、自治体の対応と、救援側の訓練がもたらした奇跡だと感じた。

しかし命が助かったと安堵したものの、自宅の惨状を目の当たりにして、明日からどうして生活しようと呆然とする被災者、特に老齢にある方々には申し上げる言葉もない。10日に会社から自宅に帰れば、事態はきわめて深刻だった。

11日 千葉は台風一過の青空、自転車通勤が可能であった。
いろいろと仕事の整理、月末の出張に向けた資料の作成、東北各地で展開していた現地試験が、この豪雨で影響を受けたらしく心配である。

夏の旱魃、そしてこの水害。今年の秋は首都圏での米や野菜の値上がりは必至であろうな。

12日 土曜日は寝坊するつもりが、早朝の地震で起こされた。
東京湾が震源の、千葉で震度4の揺れはなかなかのものだった。布団の中で身構えつつ、そろそろ危ないかと思いつつ、しかし揺れは収まった。

朝から照りつける陽が強い、残暑の一日。
洗濯をして、掃除をして、布団を干して、料理をしていた。被災地に方々には申し訳ない、千葉ではいつもと変わらぬ平穏な休日である。この秋二度目の秋刀魚を食べた。