30日は、前夜の準備も万端に早朝スタート。ポルテ号で成田空港の駐車場まで飛ばして30分、ここでハタと気がついた。荷物は万全だが、何と財布を忘れてきたではないか。旅慣れた私にあるまじき失態、ボケてんじゃあねーぞ!ホントに。

で、再び飛ばして戻る。も一度折り返してきたら、さあ 間に合うのか?微妙なところだったので、ここはスッパリ諦めた。
自宅に戻り、まだ寝ていたカミサンを起こしてしまったが、7時にはいつもの通り朝飯を作って二人で食べて、行きの飛行機はもう変更できないから、新たに昼の飛行機チケットを買う。
Jetstarには、片道7000円を寄付したようなものだ。

駐車場とレンタカーは時間変更して、さあて出発前に床屋に寄ってさっぱりする。成田から12時台の飛行機で新千歳空港。実家を訪ねれば、ゴーヤのグリーンカーテンも秋色になっていた。
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31日 江別の研究所に寄ってから、南千歳で営業所長に拾ってもらい門別へ。前回の冠レースの後始末。終われば札幌市内のホテルに戻ってきた。

札幌も、江別も、千歳も、門別も、今日も晴れやか、好天に恵まれた事だ。暑過ぎず、寒過ぎず、北海道はイイ季節である。
傘が無くとも何とかなるほどの小雨、津田沼までバスと電車で移動して、午後から「たち管:船橋たちばな管弦楽団」のコンサートを聴いてきた。カミサンの職場の方が参加しており、是非聴きに来て頂戴!に同行したわけである。
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演目は、ドヴォルザークの「謝肉祭」序曲、グラズノフのバレエ音楽「四季」より数曲抜粋、そしてトリは交響曲「新世界より」の三部構成。ほぼ満員の大盛況で、無料でこんな生オケが聴けるなんて有り難い事なり。

帰路は楽しみにしていたアイリッシュパブが開いておらず、天狗に引っ掛かってビールと生酒で有り難くなる。さあ明日は早い、もう寝てしまおう。
27日 午前中は、新たにプロジェクトに準参加してもらうM氏とのミーティング。興味を持って聞いていただけたが、最後で具体的な販売目標が示されて緊張の様子。まあ無理もない。しかし、若くして別分野に参画する事は、きっと貴殿のためになるでしょう。

午後からは雑用をこなしつつ、実に久々の部内スケジュール合わせができた。私はヒマしているが、他のメンバーはそれだけ忙しいと云う事だ。
霧雨だがルイガノ号で帰宅、とうとう自転車の前後にライトを点灯する時節が到来した。暮れゆく中を漕ぎ帰るのは、ちと物哀しいものがある。秋なのだなぁ。
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29日 研究開発側が来年度にリニューアルしたいと云う製品について、当方が窓口として営業部門に提示する。研究者は自信を持っているが、営業が手応えを感じられねば事は進まない。これから社内営業を始めねばならぬ。

午後からは四ツ谷の会社で打ち合わせ。
15分ほど早く着いたので、近所の公園のベンチに座り一休みしていた。打ち合わせは小一時間で終わって、帰路に東京駅は八重洲地下街の焼き鳥屋に引っ掛かり、まだ5時前だと云うのにビールを飲み始めた。

7時前には切り上げたが、結構飲んで酔っ払う。
勢いで、隣にある酒屋でウヰスキーを買った。何と台湾のウヰスキー・カパランと、オークニーの逸品スキャパ。酔って買い物すれば高くつく。今度息子が来たら一緒に飲もうっと。

帰宅したが料理をする元気はなく、駅横のスーパーで買ってきた寿司を食べて、轟沈した。
台風の襲来が近い、千葉も朝から雨が本気で降っている。
ビン缶の日で荷物があった事でもあるし、流石に今日はルイガノ号には跨らずポルテ号で楽して出勤。明後日の会議資料を作り込んでいた。

隣の部に、およそ一年ぶりにS女子が帰還した。若くして会社で倒れて車椅子の身の上になったが、お元気そうで何より。また一緒に飲みましょう。

そうそう、飲み仲間だったM氏が最前線の営業所長として赴任してほぼ二ヶ月。久し振りに電話で氏の声を聞いた。大変そうだが仕事に張り合いもあるようで、やはり貴方は営業部隊の指揮官が似合っているのかもしれませんね。頑張り過ぎずに励んで下さい。
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帰路は霧雨、自覚に戻れば年金機構から何やら面倒くさそうな書類が届いていた。

25日 終日プロジェクト会議、キーパーソンが盛岡からだったので今一つまとまらない。他を思いやる配慮が無ければ、TV会議も難しいものである。こんな事を云うもの年をとったせいである。
朝は、まず電車で事務所に出た。
気温が1~2℃下がっただけで、随分過ごし易くなる。しかし湿度は高いようだ。
準備をしたら一旦自宅までルイガノ号で漕ぎ戻り、電車に乗り換えて市内の取引先へ向かう。サプリメントの加速試験(高温・高湿度環境において物性の変化を見る)に供したサンプルの、有効成分を分析してもらうお願いに訪問したのだ。
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戻りがてらに京橋まで歩いて昼飯、東京八重洲地下街に引っ掛かってあれこれ。シニア社員の気楽さで、最寄駅まで戻ったら5時前だったので、事務所に断ってこのまま直帰とさせていただいた。

夕飯は、八重洲の北海道フーディストで買ってきた石狩味やら松前漬けを豆腐に乗せたもの、まさに日本酒の肴である。冷やしておいた清酒「大山」で、カミサンと美味しくいただいて、無事酔っ払った次第である。
22日の土曜日、カミサンと掃除をするうちに、上の息子から昼飯を食べに行ってよいかと電話。どうぞいらっしゃいませ。昔から通っている床屋に行く途中で寄るらしい。ジャガイモと枝豆で卵焼きを作って、ピザソースを塗りチーズ焼き。豚肉のブロックを切って塩胡椒。パンと紅茶と牛乳。

午後からは、団地の大規模修繕の説明会に出た。

夕方には、今度は下の息子が来る。札幌の実家から持ってきたゴーヤでチャンプルー。後は冷凍のピザを焼いたり、ししとうを焼いたり、蛸の酢の物を作ったり。

23日 泊まった息子と三人で朝飯は、いつものパンとヨーグルトに、生野菜と目玉焼き付き。昼から隣駅まで移動して、実に久しぶりに焼肉定食を食す。
その後は同じビルにあるカラオケ屋に流れて、これも実に久しぶりに唄を歌う。何曲目かで歌ってみた、友川かずきの「生きてるって言ってみろ」。

子供らが、深夜の徘徊の末に変質者に殺されたらしい。この国はいつからガキどもの無軌道が認められているのだ?秩序を守る市民がこの社会を形成している事を教えるべきである。いつの世にも危ない奴はいるし、これを避けるのが知恵と云うものだ。

世の中は危険なものだと知らねばならない。自分の身を守れないものは、危ない時空間に出没してはならない。周囲が便利になったせいなのか、動物としての本能を失っている。子供も、そして保護者もである。
17日の月曜日から20日の昼まで、迫る会議の資料作りに専念。しかし、本社のTV会議システムが故障したとかで、我々が使用予定の機材が拉致されてしまい、明日の我々の会議は開催不能となってしまった。

まあ、新製品の販売状況確認の打ち合わせと、定例の役員クラスが集う経営会議では、こちらの中止に文句は言えない。急がねばならぬ事には対策を打って、せっかく作った資料は参集予定者に配信しておいた。
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先日、銀行に行った折に「今日は大安です」と言われて買った宝くじ。2000円のちびまる子ちゃんスクラッチが、何と5千円と、千円と、2百円の当たりだった。

一袋に必ず2百円は当たるらしいが、2000円で6200円とは豪儀である。こんなこともあるのだな。で、味をしめて受け取った6千円でまたもや3袋を買ったら、今度は見事に2百円×3枚だった。2000円が結局は8百円になった計算だ。楽しい夢を見させていただきました。うーむ、良いウヰスキーにでも替えておけばよかった。

20日の午後は休みを取って、近所の大病院で頭のCTを撮った。今の時代、すぐ画像をディスクに焼いてくれて持たされて、これをかかりつけの耳鼻科に持ち込み、今後の治療方針を決めた。

副鼻腔炎は日常生活には支障がないまでに軽快したが、レントゲンではまだ影がある。もしや悪い出来ものや、真菌症ではないかと疑ったが、CT画像ではそうではないらしい。ではこのまま抗生剤による治療を続けましょう。

21日 私より一年先輩の、大学の先輩でもあるシニア社員が、自宅に近い工場に異動となった。6時から送別会、前回のバーベキュー会ではカラ酒で酔っ払ったので、今回は食べながら飲んだ。ルイガノ号を置いて電車で帰宅、土日のうちに取りに来よう。

流石に35℃に届く日はなくなったが、炊事で体を動かせば汗が落ちる。残暑厳しいのである。
今日、30歳を少し過ぎた同僚と駄弁った話。
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こないだ、電話で私の住所を伝える必要があり、相手のおねーちゃんに「千葉市美浜区真砂です」と云ったら、マサゴってどんな字ですか?と聞かれた。
私は「浜の真砂は・・・」のマサゴです、と云ったが、電話口のおねーちゃんは???の様子で、真実のシンにスナです、と説明したら分かってもらえたようだ。
ところで君は「浜の真砂は・・・」って知ってる?と聞いたら、彼は知らなかった。ガンバレ五右衛門は知っているらしかった。

も一つ。
名前を名乗る時に、私の名前の最後は「彦」なので、ヒコザエモンの「彦」ですと云えば、一昔前なら伝わったものだ。今の若い人には「ハア!?」と意味不明であるらしい。これも聴いてみれば、やはり彼も大久保彦左衛門は知らぬのだった。

30年経てば、君も若い者と話ができなくなるよ、と云っておいた。
14日 母とカミサンと息子を乗せて、死んだ妹の家まで盆参り。帰路に市内で息子をリリースして、実家に戻り昼飯とした。
さあて私は、畑のメンテナンス。エンドウを仕舞った後に大根とホウレン草、カブの後に小松菜、葉物の後に人参を蒔いておいた。
二十日大根の後にうっかり白カブを蒔いたら、肌荒れが酷い。連作してはいけなかったか。反省する。

カミサンは市内で友人と会うとかで、夕食は母と二人。庭で採れた野菜を使った献立を食する幸せ、このことであった。
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15日 私は昼のJetstarだがカミサンは10時台のANA、8時過ぎには実家を出た。目的地の成田空港にポルテ号を預けてあるので、空き時間にビールも飲めない。カミサンから借りた文庫本を読んで時間をつぶし、3時には成田空港に到着して、夕方に帰宅。
我がゼロハリケースの中には、実家で採れたインゲン豆、育ち過ぎたズッキーニ、そしてゴーヤが数本。夕飯に上の息子が来ると云うので、彼へのお土産は三方六。
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夕食はお決まりのゴーヤチャンプルーと、カミサンが土産に買ってきた「かま栄」の揚げ蒲鉾で、ビールをしこたま飲んだ。

16日 明日からの出社に備えて、今日は何処にも行かずに休息と机周りの片付けに充てているのだ。ようやく周辺に積み上がった書類が整理できた。投資信託やらNISAを始めたら、届く郵便物が膨大である。しかして、読んでもよく判らぬワイ。

おっと、地元の銀行から年金相談会の案内が来ていたな、私も今年で61歳になるので何やら機構から送られてくるらしい。ほとんど知識が無いので、勉強しておかねばならぬ。
というわけで、お盆で帰省しているのだが、こんな時期に当方の馬用サプリメントの冠レースを入れるなんて、総務も人が悪いと云うものだ。朝イチで札幌駅前にレンタカーを借りに行き、本社で資材を積み込んで、同僚を新千歳空港で拾い、門別競馬場に向かう。
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冠レースは最終レースなので、展示を設営し終えたらすることがない。高配当の三連単を狙ってフォーメーション買いをしてみたけれど、これが全く当たらない。競馬とは難しいもの也。数千円を寄付してきた。

盆の帰省の最中に仕事になったので、行き帰りのJetstar運賃は出張旅費として会社で精算できるわけだ。数万円浮いた訳なので、もっと積極的に勝負しても良かったかな。多分 全額納付になっただろうけれど、、、

レースが終わればあたふたと賞品授与式、撤収して車で千歳まで偉い方と同僚を送る。千歳市内の宿は取れず、次の町の恵庭まで移動して泊まる。最終レースが終わるのが9時なので、札幌の実家に戻っていては深夜になってしまうのだ。
運転手なので酒が飲めなかった。シャワーを浴びて缶ビールを流し込んで就寝した時は次の日になっていた。

13日 朝に恵庭の宿をスタート。36号線を上って札幌駅前でレンタカーを返却、新たにプライベート用にレンタカーを借り直して、実家に向かう。

家族を乗せて藤の聖山園で祖父母の墓参り、取って返して平岸霊園で我が家の墓参り、一度戻って車を置いて今度は月寒のお寺さんでカミサンの家の墓参り。お墓参り三連チャンをこなした後はススキノの飲み屋に親族が集まり楽しく宴会。

解散したらまだ時間が早い。オーセンティックなバーを探して、カミサンと息子と大いに飲んできた。昔通っていたバーが、代替わりしたのだが、無くなっていた。また札幌の店が一つ、思い出になってしまった。