今年ももはや最終日。振り返ってみれば、今年は公私共にとても濃密な、そして変化の大きな一年だった。特に後半は大車輪だった気がしている。
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1月 NPOの引き継ぎ計画をせっせと進めていた。サプリの開発も大詰めとなり、そうそう部下の怪我が飛び込んできて慌てさせられた。

2月 珍しく千葉を大雪が見舞った。4月からの新組織発足に向けて準備が始まった。

3月 異動する上司の壮行会、翌日も早朝から移動するなど出張で多忙だった。NPO引継ぎの総まとめにかかっていた。

4月 新部署が発足するも人員増が遅れて、忙しさは増すばかり。原料の新規開発に注力した。準備を進めていたNPO移管にも暗雲が広がった。反原発のシンポジウムに出かけて行き、核燃料サイクルなど大嘘である事を知った。原発は卒業しよう、日本!

5月 思い立って久里浜から東京湾フェリーで房総半島に渡る小旅行を敢行した。直前に事件が起きたNPOの通常総会も、何とか乗り切った。事務所PCのディスプレーを二連として能率アップしたのもこの頃だ。出張の度に実家の野菜畑のメンテナンスが忙しかった。

6月 部下の不調が続きこちらの負担が増す。これでは新規部署など動く訳もない。相変わらず出張ラッシュが続く中で、中期計画に取り掛かった。

7月 退任する偉い方をお誘いして、房総縦断蕎麦の旅。製造部門の中期計画を作り込んでいた。猛暑が続く千葉を抜け出して月末には門別競馬を楽しんだ。

8月 どうやら定年後もシニアで千葉勤めらしく、それならばと家探しを始めた。お盆の帰省、夏休みではカミサンの実家のボイラーが壊れて、とうとう住めない家になってしまった。戻ってNPOでは最後の夏祭り出店をこなした。デング熱が流行ったのもこの頃だ。

9月 ようやく増員なり、引継ぎの作業に専念した。引っ越しを前にして、長年溜まった不要なモノたちを思い切って捨てた。カミサンの肉腫が悪性と判明し、引っ越し作業の傍らで何度もの精密検査に追われながら手術の方針が決まった。

10月 上旬に二つの台風が関東を直撃した。最初の台風の日にカミサンは入院、手術は半日を要する複雑なものだったようだ。事務所ではようやく増員が完了して4名体制、下期からを睨んで基本方針を策定した。カミサンの見舞いに、仕事に、そして新居の諸々の不具合に大忙しだった。

11月 我が家の料理人として忙しい日常となった。新居はようやく片付いて家庭生活も落ち着き始めたが、皮膚の活着が不良とされてカミサンは再入院。家事を補助すべく食器洗い機を導入し掃除機を新調した。

12月 夏前から続けてきた糖質制限が功を奏して、とうとう体重が90kgを割り込んだ。カミサンが退院したと思ったら、今度は出張で訪ねた母の具合が悪い。上手く日程調整できて病院に連れていくなどした。仕事はよく回ったが、新年からの負担も増えて油断が出来ぬ年の瀬である。

安倍首相の信任を問う選挙は自公で盤石の結果となり、ますます改革?は加速する事だろう。為替は120円に至り、輸入食品は高騰せざるを得ない。原油安はわが国にはラッキー要素だが、おかけでロシアは見る影もなくなり、中韓国の停滞も加わって世界は大きくそのバランスを変えた。

来年はどんな運命が私を待っている事だろう。「シニア社員の身分でノンビリ仕事」とは行かない事だけは確かのようである。
26日 今年最後の自転車通勤。
秘密のデータをせっせと作り込んで、部下の課長にプレゼント。しっかりと将来を見つめて欲しいもの也。さあ次は年賀状の住所録作りだ。

年明けのスケジュールなどを整理しながら定時。今日は我が部署の忘年会である。たった四人の職場だし、隣の部長が今月末で異動になるので彼の送別会も兼ねてお誘いした。

駅近くのイタ飯屋で飲み放題、続いてスタンドバーに流れて、しこたま飲んで帰宅。ビールを土産に買って帰ったような気がするが、既にそれ以上は飲めず轟沈。

27日 土曜日でお休み。昨夜は私はずいぶん陽気だったらしい。
同居している下の息子は、一足先に札幌入り。年末まで札幌の仲間と遊びまわるとかで気楽なものだ。

朝は軽めにして掃除と洗濯。午後からは会社に出て、軽く仕事をして月曜日の休暇を申請。昨夜置いてきた自転車に乗って帰ってきた。銀行のATMは長蛇の列、そうだ年賀状を買って帰ろう。

28日 日曜日。朝から猛然と会社の年賀状に取り組む。
昼に上の息子が遊びに来て昼飯を食わせる。彼の自宅の食材がカラになったと言うので、夕食を作って持たせた。昨夜の残りのサツマイモ、蓮根、カラーピーマンなどの野菜天ぷら。やや肉々しい青菜の炒め物。冷凍ご飯と缶ビールが一本。どうだ立派な夕食だろう。

会社の年賀状が終わったら、今度は我が家の年賀状に取り掛かる。裏の文面さえ考えれば、住所書きはエクセルで作ってあってワードの差し込み印刷なので早いのだ。夕飯前に作業完了した。

29日 私は休暇にしたのだがカミサンは仕事に行くので寝坊できず。いつも通りに昼の握り飯を結んで持たせる。

机周りの整理を進める。野菜を炒めてソーセージを焼いて昼飯としつつテレビを見れば、飛行機は依然として行方不明で、ギリシャ沖のフェリー炎上事故も収束していない様子、宮崎ではまたもや鳥インフル発生。知らぬ方が良いニュースばかりであるなぁ。
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生協の宅配が届いて今年最後、頼んでいたワインも到着。これは来年のお楽しみだ。さあて帰省の支度でも始めようかしら。
24日 京葉線からりんかい線、東急大井町線を乗り継いで、はるばる二子玉川までやってきたのだ。地元では通称「にこたま」とか。
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サプリの件で動物病院の先生をお訪ねする。いろいろ教えてもらい忝い。

午後の相手先にはドタキャンされてしまって、事務所に戻り残務整理。帰宅して、クリスマスのピザを焼き、無謀にもローストビーフを作るが、そこそこ旨かったね。

25日 今日も市内の動物病院にアポ取りしている。寒風の中だが自転車で30分のツーリングは楽しい。
終わって再び30分自転車を漕いで、午後からの事務所仕事は自転車の効用で体がベストコンディション、すらすらと仕事を片付けて定時で戻ってきた。

そろそろ冷蔵庫の中身を歳末整理にかかり、鍋とする。先日から仕込んであった高野豆腐や干し椎茸の煮物、ほっけ味醂も焼いてみる。うーむ充実の日本の夕餉だが、少々塩分が多かったかもしれないな。酒が進む、このことであった。
22日 渾身のプロジェクト提案を朝イチの会議にかける。判らぬ奴等が知ったふりをする中で、光る発言も無くもない。外れた方々には「程度が知れるぞ」と同情しつつ、無視すべきものには要らぬ反論をしない。ピントの合った投げ掛けには誠意をもって答える。私も随分と大人になった。

提案を通した反動で、午後は力の抜けた残務整理。カミサンが忘年会で、テキトーに作った夕食を息子と食べているうちにカミサンもご帰還で、まだ少し飲んだ様な気がする。

23日 休日であるが、息子は仲間と出かけると早朝に家を出る。カミサンも仕事に行くという。
昨夜の豚白菜鍋の汁で雑炊にして、可燃ごみを出したら私も仕事に行く。昼には終わって、途中の酒屋でウヰスキーを買った。
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NHKの朝ドラでニッカ創業者が主人公、しかも彼が雇われたのがサントリー。竹鶴ブランドは飛ぶように売れており、しかし宣伝上手なサントリーも負けてはいない。なにやら国産ウイスキーは活性化しているようで、よい事である。

サントリーのホワイト復刻版とブラックニッカを買ってきたが、うーん残念ながら安ウヰスキーの味である。まあ、共に千円しないものだから、贅沢を言ってはいけない。

午後からは暇であったから、夕食の手配をいろいろ考えた。
またも届いた人参の消費の為に、牛蒡と豆腐とゴマで炒め物。同じく届いたブロッコリー、まだ残っていた前回ロットをジャガイモと合わせて桜えび味でニンニク風味の炒め物。舞茸をバタ焼きにしてソーセージを添えてビールのアテ。残った汁は、わざわざ炊いた黒米ご飯に吸わせてチーズ焼き。しかも、暇にまかせてじっくりと取った出汁で煮含めた高野豆腐。うーむ、我ながら豪華で美味しい晩御飯。

今年も残り少なくなってきた。もう少し頑張ってみよう。
掃除をしたり、買い物に出たりで、忙しい日だった。
朝は果物と焼き菓子で簡単に、昼には上の息子が来たから先日つねさぶらうさんで物々交換した饂飩を茹でて、ちょうど届いた下仁田ネギと干し肉のスライスで、肉々しい温饂飩とする。
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息子達の誕生日プレゼント、超々長期熟成のビールとこれもまた熟成の進んだチーズ、旨いねえ。

夕飯はテレビで見た「男子ごはん」を真似して、野菜たっぷりの鶏すき焼きと、蓮根・長芋・牛蒡の青海苔風味の揚げ物。我ながら良い出来だった。
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さて、寝る前にもう一仕事。料理の材料を入れておくボウルなどの置き場所がなかったので、自作してみた。そこそこ使い勝手の良い置き場所が出来て、これから重宝しそうなのである。
16日は職場の仲間がカミサンのお祝いをしてくれるのだとか、残された息子と私で幕張で待ち合わせて飲みに行った。
えらく寒い日々が続いていて、しかも冷たい雨も落ちてきた。
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パブでギネスとキルケニー、フィッシュ&チップスやソーセージで図らずもお腹一杯。駅のスタンド飲み屋に移り、五人娘を飲んで赤カブとモツァレラのカプレーゼは見た目は綺麗だが味は微妙。
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次いでカラオケに流れてカミサンも合流。楽しい夜。

17日 朝からお客が続く。午後からは資料を作り込む、込む、込む!
18日 作り込んだ資料をトップに根回しするも、思いがけぬ反応に戸惑う。いったい何をやらかしてくれたのだ、確認して対処を考えバタバタする。
夕方から病院でカミサン抜糸、これで年内の通院はないのだとか。今日は息子が遅いので、二人で待ち合わせてホテル地下の居酒屋。
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今月の料理は鮟鱇。山椒煮も空揚げも旨かったが、意表を突いたパスタが絶品だった。カルボナーラ風の上にソテーしたアンキモ。
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〆はやはり鮟鱇鍋でおじや、ご馳走様でした。

19日 朝から会議、重たい。来週に向けて根回しして、出張計画を作り始める。年明けのスケジュールも見えてきた。ようやく寒波が緩んだ中を自転車で戻り、春菊と豚肉などで鍋にして、煮ておいた大根をツナ缶の油で焼いて醤油と片栗粉で整える。

20日 土曜日だがカミサンは仕事、洗濯して掃除して我が家の片付け。新しいサイクロン掃除機は実によく埃を吸う。こんなに?と呆れるほど綿ゴミと埃の微粉が集まる。で、集塵部を外して水洗い。最近の電化製品は上手に出来ている事だ。食器洗い機も掃除機も、買って正解であったな。
村の渡しの船頭さんは~、今年六十のお爺さん~とか云う童謡があったな。今日は私の誕生日、何と私も60歳になってしまった。還暦じゃん!

もう60年も生きているのだなぁ。
浪人と留年はしたけど、どうにか国立大学を卒業し、準社員を含めれば会社も三つ目だけれど、最後の会社には30数年勤続している。

高校時代にトラックに轢かれて奇跡的に脚の骨のヒビだけで済み、50の時に過労と風邪による貧血で駅のホームでぶっ倒れたけど、なんとかなって今まだ生きている。親父が死んだ歳まであと二年、親父よりは長生きできるのか?まだ分からんな。

伴侶に恵まれ人並みに結婚して息子も二人。自慢?の息子等も、それぞれが世帯主となり独立して都内でサラリーマンをやっている。上の息子は近くに住んでいて、たまには差し入れを持って遊びに来る。下の子はまだ一緒に居るが、ちゃんと毎月の家賃を入れて、たまにはビールを買ってきて親に振る舞ってくれる。

学生時代にバスケットで絞った体重は70kgの中ほど、その後順次増加して今年の春には96kgをマークしたが、流石にヤバイと糖質制限。近年再開した自転車通勤の甲斐もあって、太股の充実を感じつつ、体重は90kgをようやく切ったところだ。

総じて今のところ幸せな人生を送っている。
不幸な出来事と云えば、親父と妹が早死にした事と、一時の上司に恵まれなかった事、最後に任された現在の仕事の荷が重過ぎる事くらいか。
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朝は、カミサンがケーキを買ってきてくれて、誕生日を祝ってくれた。赤いちゃんちゃんこや頭巾と云う訳にもいかず、今日はチーバ君の赤いネクタイを締めて出社した次第である。

ちなみにネクタイ止めは愛用の岡本太郎作。ネクタイ止めに眼があってもイイじゃないか!
自民党の圧勝とか云うが、この低投票率の中で、日本維新の会から分党した次世代の党の一人負けの様相である。党首曰く、準備期間が無かった、巷にはネトウヨを当てにし過ぎた、などの評価があるが、多分 老害のなせる技であろう。

平沼党首、立派な方なのだろうが、はっきり云えばご老人で見るも痛々しい。石原最高顧問、立派な方なのだろうが、ご自分で暴走老人と仰るようだが、既に引退すべきお歳である。このお二人が前面に出た選挙戦は、国民を呆れさせ、白けさせるのに十分な効果を発揮した。若い党員が気の毒である。まだ、ネトウヨのネ申と呼ばれるタモさんを前面に出した方が良かったのではないか。
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お歳を召すほど若いものが頼りなく映る。老骨に鞭打っても、オレがやらねば!と思われるのだろう。しかし、そんな指導者に率いられた党など、国民からは冷笑を向けられるだけ、その結果の惨敗であった。

今回の自公の圧勝は、投票した有権者が至極真っ当に二年間の安倍政権を評価した結果である。民主党の情けなさに助けられ、中韓の不振や原油安も味方にして、積極的な外交は評価できるがアベノミクスは評価保留、まあもう少しやってみろの民意と思う。

これで勢いを得て、政権の取り組み速度は増すだろう。私の属する農業分野でも、変化の波は高くなるのだろう。出来る限りの万全の策を想定せねばならない。
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この選挙キャラ、まったく知らなかったが「めいすいくん」と言うらしい。
朝、実家で起きれば、母が体調不良である。メニエール症の発作が後を引いているのか、ふらつくのだそうな。とりあえず、真駒内まで出て、札幌からJRで野幌の研究所に行き打ち合わせをこなす。

昼に終わって戻り、今日はたまたま午後の用事がなくてお客様との夜の会食だけなので、そのまま実家まで戻ったタクシーに母を乗せて近所の主治医に見せに行く。心配ならば脳のMRIを取りましょうかと云う事になって、近所の専門病院に紹介状を書いてくれた。

運よく病院は空いており、その場で問診を経て10分ほどのMRI撮影、すぐさま画像が得られて先生からの診断があった。腫瘍や梗塞の問題はなく、年相応の脳画像である由。まあ、ここに原因がない事が分かった事で良かった良かった。

主治医の病院に連れて云ったのが13時過ぎ、紹介された病院で診断が終わり、タクシーを呼んだのが16時半だったから、驚異のスピードだ。我が国の医療水準は素晴らしい。たまたま空いた出張の半日を、母の通院補助に使えたのは有り難い事だ。

ホテルに戻って身繕いをして、さあこれからお客様との会食である。
新札幌で同僚と待ち合わせてタクシーに乗る。朝イチで打ち合わせしてスポンサードの御礼など。その後は方針説明の打ち合わせが昼過ぎまで食い込む。

昼飯を食って戻り、今度は予算の説明を聞く。相手の説明は言語明瞭意味不明で、まあこれで聞いておけの意味と捉えた。こんな人もいると言う事だ。あまり楽しくない人生だろうなと同情したりする。
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早めに仕事を終えて、実家に戻ろうとバスを待てば、横殴りの吹雪。バス停に避難しつつ待つ。

帰路のスーパーでビールと食材を買って、実家の母を訪ねた。佐呂間の牡蠣とアブラナ科野菜を炒めて夕食は、なかなか上手く出来ました。