26日 偉い人に蕎麦を誘われて、帰路には新製品の牛乳を買い求めて戻り、レギュラー品と試飲会。うーむ。
自転車で市内に走り、銀行口座を三つ住所変更してきた。比較的早く済んだ千葉銀行、お急ぎでしたらと手紙での届け出を勧められたみずほ銀行、やたらと待たされて往生した三井住友信託銀行。

事務所では10月新体制に向けて、ここでも引っ越しである。書棚の書類を出しておけって、5時を過ぎてから言わないで欲しいね。
近所のスーパーで旬の生鱈を買ってきて、バタ焼の夕食。&キノコのスープ&おおまさりの茹で落花生。
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27日 さあこの土日で、家の中の片付けだ。しばらく読売新聞だったが、現行政権の提灯記事が鼻についていたので変えてみようか。
朝日と赤旗は論外、毎日も化石のようだし、サラリーマン御用達の日経など読みたくもない。東京新聞と産経新聞で悩んだが、保守主義者の私としては産経新聞を選んでみた。
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さあて事務所に出よう。引っ越し作業中の事務所で、移動前の私の書棚を空にして、あとは宜しくお願いします。
古い住処の郵便箱に、まだいろいろ届いている。この際、張り紙を用意して箱を封印しておいた。次いで、行きつけだった酒屋でポイントカードの清算。貯まったポイントに少しお金を足して、よさ目のワインを買いこんで、リュックに背負って帰宅した。

明日はこの団地の保護者会の資源回収である。溜まった段ボールを結えてせっせと運ぶ。おっ、衣類や布製品も回収OKとは有り難い。引っ越し整理で不要になったものを袋に詰めて、これも集積場に持っていく。玄関周りがすっきりした。

これで、明日はようやく本やCDの整理に取り掛かる事ができそうだ。
まあ、一日で終わるはずもないが。
引っ越しがあり、カミサンの検査に付き合い、月の後半はバタバタになるのが目に見えていたから無理に出張を入れて、まあ忙しい日々だった。
昨夜には何とか新居も片付いて、今日は念願の自転車通勤。

ひと駅離れたので時間にして10分ほど会社まで遠くなり、と言う事は朝夕の自転車通勤時間が合わせて一時間ほどになった。今までは距離が短すぎて、体が暖まった頃には「もう着いてしまった」と物足りなさを覚えていたが、今度は適度な距離である。

朝にはポツリポツリ雨が落ちていて、しかし楽しみにしていた自転車通勤だから、多少の濡れは気にしないのだ。午後からは市内に用事があったので、千葉駅にルイガノ号を置いてバスで移動。用事が終われば直帰させてもらい、ああ今日は自転車に沢山乗れたなぁ。
会社に着くと既に体が目覚めているし、帰宅してシャワーを浴びればビールが旨い。自転車は何て素晴らしいンだ。

以下、備忘録。
15日 敬老の日で休日。引っ越し荷物の荷造りに精を出す。

16日 有休休暇を貰って、カミサンの検査に付き合う。右手の軟部肉腫は悪性だが、転移は今のところ認められず、しかし患部の切除が必要との診断。親指と人差し指を残すべく手術に臨む基本方針を確認した。

17日 ひたすら仕事する。しかし、午後にはポルテ号に満載した粗大ごみ・不燃ごみ・可燃ごみを捨てに行った。

18-19日 有休休暇を貰い、再びカミサンの精密検査に同行する。リンパ節や肺への転移が無い事を再確認し、患部の詳細な解析をして手術の方向性を再確認。これで予後の生存率が格段に上がった事を、とりあえず喜びたい。

お陰でPET(陽電子放射断層撮影)のお勉強をした。病院内に設置されたサイクロトロンで陽電子を持たせたフッ素を生成し、これをブドウ糖にくっつけて体の中に入れる。がん細胞はブドウ糖の消費量が多いので、その部位に集まるが、電荷がプラスの陽電子(ポジトロン)は、周りの普通の電子(エレクトロン)と対消滅して、ガンマ線を発する。これを周囲のカメラで捉えることで、三次元の分布画像が得られるのだ。体の中で対消滅だって!SFの世界だな。

20日 さあ引っ越し当日だが、何とカミサンは展示会で不在である。
上の息子を呼んで手伝わせ、私は旧宅から荷物を送りだして後片付け。息子等には新宅で荷物の受け入れ。何とか布団を敷けるスペースだけ確保して就寝。

21日 荷ほどき、遅々として進まず。荷物が多過ぎるのである。

22日 ひたすら仕事して、午後からはやはりゴミを捨てに行く。休日の合間だからなのか、えらく混んでいて自己搬入車の長蛇の列。
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23日 秋分の日で休日。朝から電話とインターネットの接続工事。その後の設定は息子に任せた。プロバイダ設定、無線と有線LAN配線工事、プリンタの共有化までやってもらい、助かる。SEの息子は手慣れたものだ。もう私では対処できないな。

24日 午後から会社を抜けて、区役所で住所変更手続き、団地の駐車場を手続きして陸運支局に自家用車の変更登録、車庫証明が必要ですと言われて警察署で申請するが今日のものにはならず、ついでに運転免許証の住所の書き換え。最後に郵便局で郵便物の転送依頼の申し込み。

部屋の中の段ボール箱がようやく無くなりつつある。とは言っても、本やCDはただ押し込んだだけでジャンルや作者毎に並んでいる訳ではない。納戸の中も、まだ無秩序である。あと休日が二日三日無ければ、とても片付くものではない。
13日 さあ朝から畑仕事。枝豆を全て抜こうかと思ったけれど、まだペッタンコの莢がある。隣の株に負けて日当たりが良くなかったのだろう。3株残して、これから頑張って実を成熟させてくださいね。
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グリーンカーテンの副産物、ゴーヤがまだまだ成っていて、脚立を取り出して高いところの収穫をする。こんなに沢山採れて、まだまだ実がなる様子である。
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そろそろ太くなってきた人参の葉には、毎年お馴染のキアゲハ幼虫が豪雨に耐えてへばり付いていた。たまには横のスギナでも食べてくれませんかねぇ。また、駆虫せずにおきました。
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14日 昨日のうちに車を返して千歳まで来て泊まっていた。早朝のJetstar便で成田。北海道は青空で、着いた成田は23℃とは涼しいね。
昼に帰宅して、猛然と引っ越し準備に取り掛かる。CDを仕舞い、レコードを仕舞い、本を仕舞い、空けた書棚は明日分解して捨ててしまおう。明日一日で、カミサンと二人引っ越し作業の大詰めである。
11日 昨日の親会社との試供品打ち合わせを受けて、やはり今のうちに行動しておかねばどんどん遅くなる。
エイヤと雨の成田から、午後イチのJetsterで千歳に飛んできた。道央は大荒れだと脅かされたが、千歳は晴れていた。

本社によって試供品を検めて、降って湧いた大手商社への連絡事項をまとめて市内に走る。偉い方にはお会いできなかったが、クイックレスポンスは上首尾としておこう。その後は動物病院を訪ねて、先生の空き時間にお会い出来ていろいろと打ち合わせ。時間の読めない一日だった。

我が実家のある札幌南区は、雨は確かに凄かったらしい。まあ、山だから水がつく心配はないのだけれど。暗くなってはいたものの、雨でなぎ倒された枝豆を二株収穫したら茶豆と青豆だった。すぐに茹でてビールの友。何て旨いんだ。
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12日 朝から本社で会議、11時半に終われば試供品を積み込んで旭川までひたすら走る。昨日までの雨はどこへやらと思えたのだが、青空の中にところどころ黒く重たげに積み上がった雲がある。あの下は多分土砂降りだな。今日も時間の読めない日だったが、日頃の行い宜しく3時過ぎには打ち合わせを終えて帰路に就く事を得た。
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今度はところどころで降られた。
実家を目指して真駒内辺りからは、またもや本降りとなって、まったくよく降ってくれる。今日は実家に泊めてもらって、明日は畑を少し整理しようと企んでいる。枝豆はもう全て収穫してしまおう。キュウリもそろそろお終いだ。酸度矯正の石灰と、寒じめホウレン草の種子を買ってきたから、これが今年最後の種蒔きだ。今夜のうちに種は水を含ませておく。
9日 私の引っ越し先のマンション、家具の置き方など詳細について改めて下見をしたいと不動産屋の兄ちゃんに頼んでいた。10時に現場で待ち合わせ、しかし来ない。電話があって別のお客に深刻なトラブル発生とかで、仕方ないね。30分待ってようやく現れた。

部屋に入って、あらかじめ測っておいた家具のサイズを床に落として、ガムテープで位置決めしたりしながら見当をつける。うーむ、荷物はずいぶん捨てるのだけれど、狭い部屋に引っ越す事は難しいものであるなぁ。

午後からは会社に戻って、今度は来月着任する部下の家探しに土地勘のある私が付き合う。住む場所の選定は大切である。独身者なので制約は少ないものの、間取りは勿論のこと、会社までの距離感、買い物事情、出張の際の駅や空港とのアクセスなど、見ておくべき事は沢山ある。不動産屋を二軒回り、候補二つに絞って7時。彼を泊める手配したホテルの地下の居酒屋で軽く一杯やって帰宅した。

10日 昨日の続きで、もう一度車で走ってみて距離感の確認。続いて研究所で仕事を手伝わせて、蕎麦を食わせてリリース。一ヶ月後にはお待ちしていますよ。

さあ、都内で打ち合わせだ。電車で新宿方面を目指す。蚊を気にしながら歩くも、ポツリポツリの雨が落ちてきて、打ち合わせが終わった5時過ぎには土砂降りとなっていた。
中央線はスピードを落として運行、錦糸町の辺りでは雷光と共にバケツから浴びせられるほどの豪雨、しかし船橋を過ぎれば雨はやんでいた。

自宅周辺はほとんど雨も降らなかったようで、道路も乾いている。ああ、またコンビニ傘が一本増えてしまった事である。あの土砂降りでは、蚊も飛んでいなかったようで、これだけはラッキーだったナ。
午前中の会議が途中で休会になったのをイイ事に、会社を抜けて引っ越し先の管理事務所であれこれ書類提出をする。
続いて、ポルテ号に積んであった粗大ごみ、不燃ごみ、可燃ごみ、回収家電、回収PC、回収携帯電話を捨てまくっていたら、あっという間に夕方になり、ようやく一時間ほどを仕事に充てて帰ってきた。

粗大ごみとは、15ヘルツからの再生が可能な3Dウーファーシステム、カセットデッキ、オープンリールデッキ等であり、不燃ごみとはカセットテープの硬質プラケースであり、可燃ごみとはカセットテープとビデオテープの本体である。私の青春を捨ててきた気分だ。
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仕事を始めて数年、出張が多くなってきた頃に買い求めたダイナブックの初期型、使っていたフロッピーディスクも出てきた。MS-DOSの頃は、そうそうフロッピーディスクにシステムを入れてロードしていた。
アシュトンテイトのフレームワークⅡEZを使っていて、今から思えばウィンドウズのマルチタスクの原型だったのかもしれないな。日本語入力はATOK5だったらしい。懐かしいなぁ。

カセットにはその昔エアチェックして取りためた歌謡曲やらPop'sやらが多数、ビデオでは鬼平は全てDVD版を息子が買ってくれたから良いとしても、BBCのホームズやポアロもいくつかあって、でも見ないンだよねぇ。いつかは捨てるべきだったのだ。

よーし、身軽になった新生おやじは、明日に備えよ!過去の余韻に浸っている余裕はない。日々これ前進あるのみだぁ。
20日の引っ越しまで二週間と迫って、家の中を片付け始めた。まずは文庫本・単行本・DVDを小さめの箱に詰め始める。それでも本ばかりだと重くなりすぎるので、DVDで重量調整しながら封をする。

続いて机の上のNPO書類に手を付けた。今のNPOの業務はもう引き継いだのだから、法人設立前の資料は不用、単なるノスタルジー、全部捨てる。前NPOの黎明期の千葉市への報告書類など、多分保管しているのは私だけなのだろうが、今の事務局に「引き継ぎませんか?」と聞いても返事がない。もう捨てる捨てる、全部捨てるのだ。
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捨てるスイッチが入ったところで、動作が不安定なステレオアンプ、ノイズが乗るCDプレーヤー、団地では鳴らせぬまま持っていた3Dウーファーと駆動アンプとディバイダ、小型のスピーカーなどをドシドシ玄関先に運ぶ。このアンプキットを組み立てたのは、もう30年以上前の事なのだなぁ。青春していたものだ。今や全部、粗大ゴミとは、、、月曜日にはポルテ号で運ぶ事にしよう。
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次いで捨てられずにいたノートPCを押入れから発掘した。初代の東芝ダイナブックはまだパソコン通信の時代だった。
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二台目はNECノートで画面もカラーになった多分Win95マシン、
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三台目の富士通ノートはXPマシンだったはず。皆そこそこ働いてくれたっけ。これに先日壊れて交換したカミサンのデスクトップPC本体、全部で4つを市内に唯一ある廃棄PC受入業者に持っていくことにした。全部で8千円以上の廃棄費用がかかるらしい。

古い手紙の束は中身を確認せずそのまま可燃ごみ、飼料計算プログラム開発で優良社員表彰された記念品の置時計も錆が浮いてみすぼらしいので不燃ごみ、昔購読していた保守系言論冊子も大切に取ってあったが全部資源物の古紙。βとVHSのビデオデッキもテープと共に捨てよう。ビデオテープはケースごと可燃ごみ、デッキは粗大ゴミと。

カセットデッキはどうしようかなぁ、カセットテープは可燃ごみでも、硬質プラスチックのケースは不燃ごみなのか、面倒だな。悩むのがオープンリールデッキ、極めて大きく高級品で捨てがたいがずっと仕舞ったままだしなあ、まず絶対使わないよなぁ、まあ捨てるのだろうなあ。

引っ越しの直前まで葛藤が続きそうである。
4日の朝イチJetstarで成田、うーむ関東はまだ秋ではないな。
それでも車窓から見る田んぼでは、稲刈りが半分ほど進んでいた。
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午後から会社に出て、大車輪で仕事する。溜まった決裁を済ませ、メールを読み、返信して、いつもの通り出張後のバタバタである。8月実績をデータベースから抽出して解析してリリース、そこそこの成績で安堵した。
自宅では早めの就寝、やはり疲れているのだ。涼しいのかと油断したら寝汗をかいて、なかなかに寝付けなかった。

5日 いろいろ為すべき事がありポルテ号で出勤。偉い方から昼の蕎麦を誘われて、大いに予定が狂う。昼前の来客はこなしたが、午後の打ち合わせに遅れ、帰路に引っ越しの契約書を入手して、手続き書類を作成するも銀行窓口は既に閉まっているから来週の心だ。

放課後には、引っ越しで開設が必要となった銀行口座のカードを受け取りに郵便局まで走る。段ボール箱も届いているので、この土日は箱詰め作業に精を出すことになる。引っ越しまであと二週間と迫っている。要らぬものはドシドシ捨てるのだ。

ところでデング熱、やはり殺虫剤の散布ではなく「立ち入り禁止」が正しい措置であった事が明白になってきた。そして、薬剤散布後にサンプリングされた蚊からウイルス検出しかも複数とは、地域内に保菌者がいる事を示している。蚊と一緒にキャリア(人間)を駆除するなど出来ないのだから、やはり「近づくべからず」が正しい対処法である。

危ないところに薬を撒いて「対処したフリ」は、やめて欲しい。どうして、こんな単純な事が専門家とやらには判らないのだろう。生態系を壊すだけなのである。
着任した課長と共に出張の三日目。目的のある会議を複数こなし、主だった方々には着任挨拶もでき、今日は二つの研究所の訪問を残している。

朝に札幌駅前でレンタカーを6000円で借り、夕方に新千歳空港で返却する予定で、まずは江別を目指す。
昼前に辞して今度は長沼方面、道の駅「マオイの丘公園」で昼飯をとレストランに着席すれば、おや!あの方は。

U先輩ですよね、と声をかけた方は、大学と職場の大先輩であられた。
我々のテーブルに移ってこられて、しばしの会談。白血病を発症したが、数か月の入退院の繰り返しで抑え込む事を得た由。血色も宜しくお元気そうで何よりであった。思いがけない人に会うものだ。

引っ越しを明日に控えた部下を空港に送り、携帯電話で仕事をいろいろ。レンタカーを返して、今日は恵庭のビジネスホテルを宿とした。何があるのか判らぬが、千歳も札幌もホテルが取れない。私としては、今日のうちに無理して帰るより、明日の朝イチのLCCに乗れば宿泊費を加えてもお釣りがくる。今日のうちにホテルの部屋で、この出張報告をまとめてしまい、ゆっくりと明日に備える訳である。
31日 日曜日は実家の畑のメンテナンス。とうもろこしを収穫し後片付け、枝豆の初期の収穫はまず青豆から。近所にも配り、実家で母とも食す。
格別である。
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明日の朝は朝礼があり、その後は会議のオンパレード。遅れぬように今日のうちに市内のホテルに移動しておくことにした。

コンビニ夕食も味気ないので、実家の畑の収穫物を弁当にしよう。採りたてのゴーヤでチャンプルーを作り、抜きたてのネギに塩パラでレンジ蒸し、枝豆を茹でて、キュウリとトマトをもいで、おお!実に豪華な晩餐をビジネスホテルで食べる事が出来た。幸せのうちに就寝。

1日 さあ朝から朝礼、定例会議が二つ。着任課長にも来てもらって、空いた時間で挨拶回り。昼食もそこそこに、午後からは取引先を招いての技術的な打ち合わせ。最後に我が社が引き継ぐことになった販売組織の実務打ち合わせ。

そこそこ充実して一日を終えて、札幌駅前でお疲れ様。
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昔、札幌に居た息子といった事のある海鮮の居酒屋で、巨大なボタン海老を食す。これは旨かったなぁ。

2日 帯広に移動して、午後からは今回の出張のメインテーマとなる打ち合わせ。こちとら、営業エリアに土足で踏み込むような提案をせねばならぬ職務であって、それでも信頼感をある程度確認できつつの打ち合わせは忝い。

予定通り夕方の特急「スーパーおおぞら」で札幌に戻り、今日は牛タンの旨い店で乾杯。日々、連日、旨いものばかり食べている。財布からは金がなくなるが、実に幸せな出張の毎日である事だ。