朝から関係者で打ち合わせと午後からの売り込み準備。あれこれ事情を整理する。
おおよその意見交換が終わって、昼飯は近所の蕎麦屋にした。人気店らしく、12時前だと言うのにしばし待たされる。所謂、これでもかの田舎蕎麦で、蕎麦の洗練の対極にあるが、旨かった。
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旨いが、しかし北海道民よ、これで蕎麦の味を語るべからず。ちゃんと江戸の蕎麦を食べてから、総合的に対極的に評価していただきたい。関東の蕎麦の味が知りたいのなら、いつでもご案内いたしますよ。

午後からの仕事は、そこそこ上首尾。設営した甲斐があったと思っておこう。
実家に帰って、今日も遅い息子を待たずに一人の夕飯、いや酒の肴の料理を作り、酒を飲む。
明日朝早くには出発して、午後からは長岡で仕事である。
やや蒸したが涼しい、札幌の夜である。
28日 涼しい一日を、高速道路で旭川から空港先の美瑛まで行って打ち合わせ。高速道路の無料化社会実験が終わってしまって、旭川以北の方々は打撃が大きいようだ。
運転してくれた同僚によれば、一時は多かった大型車が実験終了後はめっきり減って、走り易くなったと言う事だ。タダでなければ下道(したみち:一般道)を走れと言われて、恨めしいのはプロドライバー諸氏であろう。

帰宅すれば夕飯は私がこしらえて、7時過ぎに戻った息子といただきます。献立は、茄子・隠元・舞茸・豆腐の炊いたの、アスパラとベーコンの炒め、鰹の刺身、黒米入りのご飯。+ビールと酒。
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29日 朝から暖かいし陽射しも強い、ようやく暑くなりそうな札幌だ。
自転車を車庫から出して、行ってきます。風を切るのが心地よい自転車日和だ。
午前中の仕事を済ませて、昼からの市内で打ち合わせには、そのまま自転車で向かう。通り道には我が母校があるから、この際だ、寄ってみよう。なに、そう遠回りではないのだ。
東白石中学校、私が通ったのは今から40年以上前だから、勿論建て替わっている。当時は周りは野原だった記憶があるが、今やびっしりと住宅やアパートが立ち並んでいた。
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南郷通りを上って昼どきに見つけた蕎麦屋。そこそこ旨い蕎麦に喜んだ。
汁はもう少し辛くても良いが及第点。機会があれば、札幌の蕎麦店も探訪してみたいもの也。
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続いて、札幌東高校。高一の夏休み前に自転車通学でトラックにひかれた現場も通ってみる。
東高校は、これも建て替わっていて、校門が当時から見れば裏側に移設されていた。
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仕事は順調に終わり、比較的上首尾と言ってよい。
札幌は今年初めての真夏日とか、暑いながらも快適走行の一日だった。今日は息子の帰りが遅いので、私一人の晩飯である。冷蔵庫にあるもので、何とかしよう。酒はあるし、、、
我が実家の畑には、スギナが沢山生えている。
私が関わったり、父が生きていた時分には、せっせと畑をメンテナンスしていたので、スギナなど見つけてもすぐ摘んでいたものだ。しかし母が手が届くところだけの畑を作るようになると、スギナは俄然繁茂しはじめた。

家の北側の低木の庭は、今やスギナ林と化していて手が付けられない。しかし、南側の野菜畑と花壇は、このスギナの猛威から死守しなければならぬのだ。
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実家での休日とした今日は、午前中は母を病院に乗せていったりしたが、午後からの三時間ばかり、畑のスギナ退治に没頭していた。他の雑草など可愛いもので、とにかくスギナを目の敵にして抜きまくった。幸い畑の土は軟らかいから、指を土にもぐらせて出来るだけ地下茎を探り出して摘み取った。

地上部だけをポチッともいだのでは、すぐまた再生してくる。何せ結構深い地下茎を延ばすので、厄介な雑草である。すぐにコンポストが一杯になってしまった。

夕方にレンタカーを返しに駅前まで出る。大学が終わった息子と合流して、一杯やって、今度はカミサンの実家に戻ってきた。さあ、ここを拠点に三日間の出張業務の開始である。
昼の飛行機を予定していたが、実家の母の具合が悪そうだ。うまい具合にパスが早めに羽田に着いたので、飛行機を早めて12:35新千歳空港着。息子にも来てもらい、レンタカーで実家に直行した。
母は、少しは回復したようで一安心する。
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近所のホームセンターに行って、ゴーヤの緑のカーテンのための支柱やネットやらを買ってきて、息子と組み立て作業に精を出す。エンヤコーラと杭を打ち、支柱を針金で縛りつける。ネットを上から張りおろして横棒に固定して行く。二人掛かりだと手が早い。二時間ほどで何とかなった。念の為に、手前に棒を打ち込んで、これも針金で固定して倒れ防止とした。我ながらよい出来である。
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後はゴーヤが伸びてくれるだけなのだが、何せこの冷涼な気温だ。さあ、何処まで大きくなってくれるものか。ゴーヤは暑くならないと育たない。まだこの背丈では、先が思いやられると言うものだ。
定植するときに、本気で耕してマルチでもしておくべきだったか。

母の様子も心配だし、今日は泊る事にした。
まだ本調子でない母に夕食の仕度をしてもらうのは気が引ける。どうせ本人は「おかゆ」だと言うから、我々は生協で出来合いの寿司や惣菜を買ってきて、ビールと酒で有難くなる。
明日は私は会社認定休日、実家の畑の草取りでもしていよう。息子にはここから大学に行ってもらうことにした。
24日 曇天で、暑く、風の強い日だった。自転車で向かい風ともなると、止まってしまいそうなほど風が吹きつけるので、太ももの鍛錬にはなったかもしれない。
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荷台の荷物用ゴム紐が伸びてきていたから、昼休みに近所の自転車店まで買いに走る。
通りかかった市役所の斜め向かいにNHKの建物が建設中、ほぼ形は出来たようであった。

今日は定刻で帰路につき、近所の惣菜店に頼んであったオードブルを受け取り、隣の酒屋で冷蔵庫に冷えていたスパークリングワインを買って帰宅。カミサンの誕生日なのである。
二人ともシャワーで汗を流して、料理の手間無く明るいうちから宴会とする。息子も早めに帰宅して家族で祝った。

25日 曇天の土曜日、昼間に小雨が降ると言う。田んぼに行くカミサンを駅まで送り、自転車に乗り換えてクリニックで処方箋を書いてもらって、降圧剤の在庫を増やしておく。明日から一週間の出張で、戻った頃に薬が切れては面倒だ。

昨日よりは過ごしやすいが、それでも流石に日中は黙っていても汗をかく。Tシャツに半ズボンの夏用モードで、机周りの片付けものをする。夕方にはNPOの生ごみ処理機メンテに出掛ける。結局のところ、雨は夕方にパラりときただけだった。

週間天気では、北海道の気温は25℃といったところらしい。上着を持って行っても良いのかもしれないが、羽田空港までの移動に汗をかくのもしゃくである。悩みながら、出張の支度をしている。
今日は午後からの打ち合わせに向けて、11時半頃からの市内巡行だ。
昨日のリベンジにと、穴川の「そばいち」を目指すが、木曜日は定休日であった。
気落ちしつつ自転車を走らせれば、やがてポツリポツリと大粒の雨が落ちてくる。これはマズイ。通り掛かりの回転寿司屋に自転車を停めて、昼飯とした。

千数百円と高くついたわりには、あまり美味しくなくて、蕎麦への思いを引きずりながら走る。
午後からの打ち合わせを終え、戻り始めれば、そこそこ陽射しも強くなってきた。自転車で、特にフラットハンドルを握っていると、手の甲がいつも上向きなので、手首に横に折りたたまれて陽に当たらないシワができる。ここだけが日焼けしないので、我が手を見ると変な模様がついている。

昨日の巡行で手首に白い模様が出来てしまったので、今日は交差点などで停まるたびに手首をわざと下げて、白い筋を陽に曝して焼いていた。傍から見れば変な格好のオヤジ。手首を下げて、何だろう、お化けでもあるまいし。

都合40分×往復の行き帰り、暑い中をそこそこ楽しく市内巡行した。暑い中で体を動かしておけば、体が暑さにも早く順応するだろうと思っているのだが、果たしてどうか。
帰宅して、シャワーを浴びて、ビールが美味しい事である。
21日 朝から雨で傘を持って出勤するが、自転車でも何とかなったようで悔しい。やはり、乗れる時は乗って出るべきであったと反省する。日中、雨は降らぬがジメジメの梅雨らしき一日。
執拗な不動産勧誘の電話があり、逆ギレされて対処に窮した。そんな仕事しかないのだろうか。

f0057955_20545482.jpg22日 まだ曇天ながら、陽射しは強い。
試験圃場の写真を撮るには、気温が上がらぬ午前中と思って自転車で市内巡行するが、夏の陽射しを甘く見てはいけない。
すっかり日焼けしてしまった。

昼は、一度行ってみたかった蕎麦にした。
まあ、恰好は良いが、味は評価保留としておこう。

昼になり、陽射しは強く、木陰で一休み。もう少し湿度が下がれば、梅雨明けだと言われても納得するような一日だった。
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2時に来客、3時から社内説明会、打ち合わせ日程を決めてメールして、明るいうちにカミサンと示し合わせて居酒屋に引っかかり、ビールを飲んで帰宅する。
今日は夏至であるそうだ。
昨晩から、またもや鼻風邪が悪化している。きちんと直せていないのは判っているのだ。
事務所に出て仕事をしていると、今日はやたらとミスタイプが多い。どうだろう、注意して打たないと、成功率75%と言ったところで、やり直すのに時間がかかって仕方がない。鼻詰まりのせいか、風邪薬のせいだろうか、脳細胞の機能を疑う。

PCからのコピーや印刷にも、いつになく時間を取られ、親睦会の案内を作り稟議書を作り、来週以降の社内連絡をしたところで、あまりの能率低下に嫌気して早退してきた。
自転車での帰路、気になっていた髪の毛を刈ってもらって、家で弁当を食べたら寝てしまった。

夕飯時に起きれば、ほぼ平常通りに復帰。うんタイプミスも朝ほどではない。
今日も酒は飲まずに、早く寝てしまおう。
久し振りにグーグルアースを見ていた。
近所の駅や、通勤先の駅周辺の写真が最近のものに更新されていて、しかも新しいバージョンでは画像取得日が表示されるのだな。2011年3月31日と書かれてある。

となれば、被災地の画像も更新されているのかと、マウスで千葉から北上を開始した。
福島第一原発は、原子炉格納施設の屋根が吹き飛んだ生々しい様子が見て取れる。
2011年3月19日更新とあるから、震災直後の映像だ。なるほど、この広く沖合に展開した堤防を越えて、津波が襲来したと言う訳なのだな。これだけの備えが無効であった訳なのだ。

そしてその周辺も、まさに大災害の状況を俯瞰できる。扇状地一帯が水に浸かったまま海と同じ色を呈する地域が多数。津波が襲ったのであろう、河口から川に沿って昇り、或いは海岸線から内陸へと一定の幅で、瓦礫と化した地域も多数。白く点々と散らばるのは流された自動車なのだろうか。陸上に横倒しになった漁船も見える。

世界中がこれを見ているのだ。画像にはロシア語やら中国語やらで付箋が貼られている。
今の時代だ。この衛星写真を使えば、津波が来たエリアを明確に示す事が出来る。後世に伝える事が出来る。人が住んではならないところ、住むためには対処が必要なところが判るだろう。

そして原発だ。この周辺に国民が永久に居住出来ない国土を現出させてしまった事は、日本人が、そして世界が忘れてはならないことだろう。
そんな事を思いながら、しばし呆然としてマウスを滑らせていた。
年に二回の開催だが、もうこの朝市も4回目になるのか。NPOでお世話になっているホテルから今回も声がかかって、千葉県内の農業高校の諸君と共に朝市に出店させてもらった。
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毎年、並べ始めたらお客様が殺到するので、今回は開催8:30厳守。フライングなしとの通達だ。
こうなると、望みの商品の前にはお客様の列が出来たりするので、都会人は侮れぬ。
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混雑のピークは開始後30分、その後はボチボチで二時間で終了となった。用意した野菜は、とうもろこし80本があっという間に消えたあと、キャベツ50個から、大根、長ネギ、玉葱とほぼ売り切った。人参とホウレン草、そしてお餅やお赤飯が少々残った。この辺りの読みは、いつも難しい。

私もホウレン草を二束買って帰り、自宅で昼飯後に早速料理。
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これは、この後スティックミキサーで細かくして、冷製のホウレン草クリームスープになる予定である。今晩は、ワインにしよう。うん、それが良い。

おや、小雨が降ってきたな。明日のパークゴルフは大丈夫であろうか。