今日で今年度も御仕舞。午前中は昨日の続きのパワーポイント資料をまとめ終えて、昼を回って契約書の作成に取り組んだが僅かに時間が足りない。業者さんとの待ち合わせ時間は3時、2時前にはあたふたと事務所を出た。

モノレールとバスを乗り継いで研究所でお客様と打ち合わせ。データを示し意見交換、試験牛舎を案内して、これからも宜しくお願いしますと別れたのは5時前だったが、今から戻っても退社時間で今日は直帰とさせてもらった。
帰路のパスを途中で降りて、気になっていた道路の工事現場を横目で見ながら歩いた。
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この道路が完成すれば、ずいぶん便利になるのだろうな。
駅前の大型店に入れば、酒屋が目を惹く。そこそこ品揃えが良く、上品なおば様と話を交わしながら、年度末に良い酒を買って帰ろうと決めて、スキャパ14年が4,500円で並んでいたので買ってきた。

f0057955_217485.jpgいつも飲むウヰスキーは、ニッカのシングルモルトか、アイラが多いのだけれど、今日はスキャパ。

華やかでバランス良いこのウヰスキーを、氷にドボドボと注いでゴクリと飲むのが好きである。旨いね。

飲みながら、PCでラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を聞きながら、NPOの次年度契約書と年度末の請求書を作っている。
明日は通帳に記帳して年度〆し、収支計算書を完成させれば、通常総会への準備はほぼ終了の予定である。
f0057955_19342412.jpg副題は、神秘家 水木しげる伝 勿論 水木しげる著、角川文庫
帯には「描いて、笑って、88年。祝 米寿」日本漫画界の驚異、水木しげる自伝漫画の決定版!とある。

3年前に出版された単行本を文庫化したものだそうで、大のファンの私としては単行本で買わせていただくべきであったかもしれない。

第一部 のんのん婆と出会う少年時代から、召集令状が届くまで。
第二部 鳥取連隊からラバウル、左手を失い、地元の民と親しみ、復員して東京で漫画家になるまで。
第三部 結婚して貧しい漫画家生活、やがて児童まんが賞の受賞とともに訪れた超多忙な生活、ラバウルへの帰還、現世での怪奇との出会いと父親の死まで。
第四部 そして現世の神秘との出会いと今日まで。最後は煙に巻かれたようで、これもまたオモチロイ。

うーむ、素晴らしい方である。何かこう、現世から少し外れた大きさを感じる方である。時代を超えて、私の年代にも息子の年代にも、空間を超えてフランス人にも(最優秀漫画賞)支持されている方である。この方の感性を日本の宝として、大切に受け継がねばならぬのである。
今日も昨日の屈辱を晴らさんとカミサンとパークゴルフ。寒い日だった。
昼飯前に、練習2コースと本番2コース。昼飯のうどんで暖まって、続きの2コース。昨日の夜にバーのマスターに教わった(ゴルフの)スイングの基本を実践してみると、なるほど体にしっくり来るのだが相変わらずティショットが当たらない。

何とか努力するうちに、2打目以降の「寄せ」は上手くなった。寒風強く、一時は「みぞれ」から雪が降る中を性懲りもなくもう一回り。後半は風も止んだが、それでも何とも寒い一日だった。
最後のコースの終了間近でようやく天啓がある。クラブが両腕の延長線上にないではないか。まっすぐに持つことを意識してみると、ほらスコンと当たる。運動神経ゼロを自他共に認める私にしては、これは上出来である。次回からは、第一打がまっすぐ飛び、2打目以降の寄せは上手くなったのだから、好成績が望めるに違いない。

これだけ冷え込んだ千葉だが、帰路の桜はかなり色づき始めている。
枝先に二つ三つ開花している桜の木もある。また、一斉に咲き誇るあの時期がやってくるのだな。途中、堆肥舎によって堆肥を土嚢袋に詰めてきた。
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腐葉土の勉強会を頼まれていて、出かける前にあたふたと仕込みをした。参加する皆さんに、放線菌のパワーを見せてあげよう。
今日は土曜日、取引商社との親善パークゴルフに出かけた。
駅から乗ったタクシーの運転手氏のネームプレートを見ると「遠藤けんじ」さん。
はて、耳に残る名前だが何だったか、数秒考えて思い出した。

この話題を振るべきか。運転手さんは初老の方で、会話にならないかもしれないなと思いつつ、気まずい沈黙が支配する車内だ、ものは試しと思い切って話しかけてみた。「運転手さん、漫画読みます?」
突然話しかけられた運転手さんは、戸惑い気味にそれでも「いやぁ、あんまり」と答えてくれた。すかさず「遠藤ケンヂさんですよね。漫画の主人公の名前が同じなんですよ。映画にもなってヒットしたんですよね。」と言ってみた。後席の同行者からも「おー、そうだ」の声。

「正義を守るヒーローで、悪と戦うんですよ。いやあ、同姓同名の方にお会いできて光栄です。」と続けたら、運転手さんものってきて「そういや、テレビでコマーシャル見たかもしんないな」、ワイワイ楽しい移動時間であった。20世紀少年、最後の映画は見ていない。DVDが安くなったら買わなくっちゃな。

パークゴルフは最悪で、ティショットが当たらない。何とゲレッパである。
チーム戦では大いに我がほうの足を引っ張り、これではいかんと、食事して解散した後に仲間と戻り、練習してきた。その後は千葉駅まで送ってもらい、L&Jでカミサンと息子と合流して、近所で食事して帰宅。自宅でビールのお供にTV番組表を見れば、M.I.Ⅲが始まったばかり。居間のスクリーンに投影してカミサンと見たけれど、派手なばかりでつまらない映画であった。

26日 朝からの打ち合わせは不本意。対応策に社内をドタバタして、夕方に事務所に戻れば、明日は残務整理に出社する同僚と帰社が重なる。明日忙しい彼を誘うのは申し訳ないと考えつつ、どちらからともなく、やはり「一杯やる」事になった。
f0057955_2252056.jpg昨日の昼から寒い雨が降っている。

突発業務で少し遅くなり、夜8時過ぎの電車を待った。
ホームに滑り込んできた電車の先頭には、何やら丸いエンブレムが装着されている。そして、先頭車両の側面には、このステッカーが控えめに貼られていた。
京葉線 おかげさまで全線開業20周年。

千葉市が政令指定都市になった1992年4月、私たちは札幌から千葉に転勤してきたのだった。
その時、既に京葉線は東京まで延びていたのだが、周りの方々からは「つい最近までは新木場止まりだった」と聞かされたものだ。

現在も、京葉線の東京駅は、しばらく歩かされた上での地下4階ホームで、これが同じ東京駅だとは言って欲しくないところもあるのだが、新木場止まりだった頃は乗客は皆でそのまま地下鉄有楽町線に乗り換えたものなのだろう。
このルートでも都心へのアクセスは、実は悪くない。農水省に用事があるときは桜田門駅、池袋の向こう側まで行くときにも乗り換え駅として重宝している。

京葉線が新木場駅から東京駅まで延伸したのは、ちょうど今から20年前。1990年3月10日であるようだ。と言うことは、私もそろそろ千葉での生活が20年になろうとしているのである。
息子も大きくなるわけである。
23日 同僚に、やりたくない仕事をやってもらうのは難しい。何とかゴール。
自宅に戻れば、NPOの収支計算をまとめて、新年度早々の税金の計算をしておく。

24日 私が謝れば済むことで、しかし周囲の動きが悪すぎるのは何とかしたい。
自宅に戻れば、NPOの貸借対照表と財産目録に形を作った。月末に記帳すれば、数字が確定して決算書類も完成する見込みとなった。収益事業を開始したことで、昨年からはケタ一つ違う書面に緊張することである。

新年度の事業計画と収支予算は、理事会での議論に任せておこう。
腐葉土の実習に使う落ち葉を、届けてもらった。作業は日曜日だな。
寝坊したが、昼からは一所懸命にNPOの決算に向けて作業した。
3月の経費をエイヤと決めて年度を〆る。
経費を事業別にソートして、収支計算書を作る。税金を逃れるつもりはないのだが、一般管理費を収益事業と非収益事業に案分する判断基準が分からない。
課税の根拠となる所得とは、収益事業の収支なのか、NPO全体の収支なのか。非収益事業は年度では赤字になるのだが、収益事業の税引き後を繰り入れればよいのか。
うーむ、判らない。

まあ、ともかく、収支はこの一点を除いて完了だ。
今日は結局、一歩も外に出ることがなかった。引き籠りである。
f0057955_133427100.jpg連休中日の今日は、午前中は掃除だ洗濯だでバタバタして、昼前に家を出た。
甲子正宗ブランドの飯沼本家さんをネット地図で探して、酒々井まで出かけて行った。何と、いつも行くパークゴルフ場の近く、林の向こうにあるのだね。f0057955_13363481.jpg

あと30分待てば酒蔵を案内してもらえると言うので、周囲を散策。鬱蒼とした沢の林は、フィトンチッド溢れる空間だった。

足元を見れば道路に埋め込まれた「酒界」
おお、何て素敵なんだ。しかし、多分「酒々井町の境界標識」に過ぎないのだが。

直販店で、お土産物もありギャラリーが併設されている「まがり家」で、私は運転なのでカミサンに試飲してもらう。薫り高い生酒と、ちと時期は外れたが燗酒に向くと言う純米酒と、ついでに日本酒ベースの梅酒を買ってきた
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ここまで来たついでとばかり、先日は大賑わいだった神崎の町まで車を走らせてみた。
日曜日のせいか、仁勇さんも寺田本家さんも門が閉じられている。人、人、人の波だった道路は、今日はたまに車が通る程度の静かなものだ。祭りの本部が置かれていた場所は、近所の病院の駐車場だったのだね。
寺田さんの先の肉屋さんは営業していて、先日のリベンジでメンチカツと枝豆コロッケと鶏ささみのチーズ巻きフライと餃子を購入。これで今夜の酒の肴はOKだ。

一般道も、大栄から乗った東関東道路も、車が多い。朝まで物凄い強風に雨も交じっていたが、この陽気だ、皆やはり車で遊びに出たのだろう。雨で畑は湿っている筈だから土埃ではあるまいが、視界がぼんやりと濁っていて、これは後で黄砂だったと知らされた。

自宅に戻れば、それでも強い風に黄砂は吹き去られたのだろう、夕焼け空に富士山のシルエットがくっきりと美しく見えていた。
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今日は上の息子の誕生日。もう23になった。
昨日のうちに、ホテルメイドのケーキを買っておいたので、今日の朝はケーキにロウソクを立ててパッピーバースディして朝飯代わりとした。

私は一浪したから、23の時にはまだ大学4年生だった。しかもその大学にあと2年(留年である)いたのだからとんでもない、親不幸も甚だしいものだ。我が息子は、金のかかる私立大学ではあったが、現役合格してくれたし、この就職難の時代にちゃんと職を得て都内に通勤するサラリーマンとなったのだから、私より数段立派であるね。

f0057955_14175599.jpg朝飯の後は、カミサンと久しぶりにパークゴルフに行ってきた。
芝も伸びてグリーンが綺麗。しかし風の強い日であった。またまたショットが定まらなくなった。定まらぬどころか、クラブヘッドの真ん中でスコンと打てない。ドスッ、ゴンの鈍い音ばかりでは、爽快感がない。それでも、当初よりはアプローチは上手くなったとしておこう。

佐倉の旭鶴さんで「しぼりたて生酒」を買い、若葉区のJA千葉みらいの直売所「しょいかーご」で旬の野菜を仕入れ、蕎麦屋を探索しながら、NPOの生ごみ処理機のメンテをして帰宅した。夕食は息子の誕生祝いの料理にカミサンが腕をふるってくれて、ワインで乾杯。疲れているのか日本酒がはかどらなく、眠たくなって早々に寝てしまった。風がゴウゴウと吹いていた。

19日 朝から営業所長と打ち合わせ、机に戻って今度は偉い方に出張報告、10時半からお客様が来て、昼前には偉い方に誘われて蕎麦屋に行く。昼からは、分析用のサンプル作りと発送、会議の召集と情報共有化の社内連絡をしておれば、あっという間に退社時間であった。
今日は有給休暇。中小企業会館で、千葉東税務署による決算期法人説明会に参加した。
会社の決算と申告の実務が講義の中心である。当方のNPOは、不動産もないから償却もない。収益事業を始めたとは言え、規模も極めて小さいから売上高も原価計算も簡単。請負収益なので、その月の仕事が終わった時点で収益を計上するのだね。役務完了基準と言う。

売上原価を算出するためには、一般管理費を決めねばならぬのだが、非収益事業と収益事業に共通する費用はどう案分すべきなのか。収益事業が始まったから、エイ全ての一般管理費を収益事業の経費にしてしまえ、は通らぬだろう。これは、やはり決算書類を作ったうえで、税理士さんに相談するしかなさそうである。

その他、源泉所得税と消費税・印紙税の説明、申請の注意点と法人税関係法令の改正の概要、昼には終了した。参加者は40名ほどであった。初老の紳士達(多分、起業した社長さんなのだろう)が目立っていた。

午後からは、生ごみ処理容器バクテリアハウス「BH-5」を買いに走り、頼んでいたコンテナ5箱も受け取り、事務用消耗品を買い、頼まれている腐葉土の説明会の下見もして戻ってきた。4月の総会の案内を作り、新年度の見積書を作り、理事たちの名刺を増刷し、年度末の交通費精算を取りまとめる。この時間までかかったとは言え、何とか今日一日で処理し終えたのはめでたいことであった。

17日 研究所まで二往復。会社の新しい福利厚生の説明を聞き、退職する大先輩の送別会。ビールでダブダブして帰宅した。