1月は二男が成人式に戻った。ネットのアウトレット販売で大型ディスプレイを安く購入して、机のPC環境が改善できたのはこの頃だ。NPOの人事問題で大いに時間を取られ、苦い記憶が残った。
2月は本川先生の本を大人買いして楽しんだ。近隣の農協さんから堆肥セミナーを頼まれて、会社としてNPOの一環としてせっせと準備、同僚が発表しそれなりの反響を得た。

3月、農水省のエコフィード事業に参加することになり、私の仕事が増えた。上の息子が大学を卒業した。新製品と新原料で下旬には二度も九州に行っている。NPOの生ごみ処理機管理請負事業も見えてきて忙しくなってきた。
4月は上旬に、札幌の実家で父と祖母の法事があった。中旬にはNPOの定例総会、前後は事業報告書や会計諸表の準備や県への届け出、市税県税の減免申請に時間を要した。上の息子が新日本橋のシステム関連の会社に勤め始めた。

5月は、連休にはNPOで事業化に取り組む生ごみ処理機の稼働に専念した。パークゴルフに目覚め、カミサンと楽しみ始めた。過去にUPした放線菌の記事で、いつもは静かな我がブログが活況を呈したのはこの月だった。
6月、千葉市の手作り環境博覧会に、NPOでエコフィードをテーマに参加した。千葉市長選挙で民主党の若手候補が当選し、最年少の政令指定都市市長として名をはせた。下旬には、恩師の訃報に接する羽目になった。間の悪いことに、外部のシンポ出席で社を空けていたため、通夜にも葬式に出席できなかった。まさにテクノクラートとして尊敬すべき師であられた。

7月上旬に、ブログで知り合った方に牛糞堆肥をお送りした。おおむね好評をいただき、お礼の品までお送りくださったのには恐縮した。下旬には、ブログ友達のまとんさんが沖縄の帰り道に我が家に寄ってくれた。妹が急死したとの報を受けて札幌に向かった。肝硬変が進んだ食道静脈瘤破裂による出血性ショックだった。
数日で戻るが、8月は盆休みに再び札幌の実家に行く。中旬にはNPOで団地の夏祭りにきゅうりの丸かじりで出店し、きゅうり約千本を完売した。そうそう、月末の衆院選挙で民主党が政権を取ったことは忘れてはならない出来事だ。

9月、死んだ妹の四十九日には、上の息子に札幌に出向いてもらい札幌在住の下の息子と共に法事に出席させた。上の息子には、ついでに祖父にも会って本人の就職報告をしておいたのが結果として良かったことになる。中旬には、妹が嫁いでいた先の父上が入院中の病院で亡くなった。都合がつかず、札幌の下の息子にお悔やみに向かわせた。月末には透析の身の上ではあったが元気だった義父が、突然亡くなった。心不全だった。札幌に戻り通夜、告別式と済ませて四日後には千葉に戻った。

10月、札幌から戻って一日出社、次の日には成田からマニラに向かった。マニラでは洪水被害にあった友人宅の見舞いをした。フィリピンからは強烈な下痢を伴って帰国する羽目になった。中旬の千葉市民の日では、NPOで野菜の朝市販売などに参加した。国税に収益事業の届け出をした。ようやく茶系エコフィード取り組みの結実が見えた。

11月は中旬に義父の四十九日に札幌。下旬にはフィリピンからようやく試作原料が届いて、確認作業やその後に忙しくなった。月末には突然の円高とドバイショックに、金融危機の加速が心配された。佐々木譲の小説の完成度の高さにすっかりファンになったのは、この時期だった。
12月、岡山に、静岡に、都内へ、そして年末の札幌へと、小規模な出張と移動が多い月で、本を読む時間には不自由しない。佐々木譲の小説を読み漁って今に至る。月末に愛用のノートPCがご臨終となり、図らずもデュアルコアのウインドウズ7ノートユーザーとなった。

さても、訃報と法事で随分と札幌行きの飛行機に乗ることが多かった一年だった。
妹の死は我が身の余命を考えさせられた。仕事の充実を図るとともに、所謂ワークライフバランスを考えねばならぬ。恩師の訃報に続いてのことで、そのあとには義父の急死の追い打ちもあり、気の滅入る後半だった。

良い事はと言えば、上の息子が大学を卒業し、この就職難のご時世に無事に仕事を得て勤め始めたことか。親として一仕事が終わった感がある。実社会はいろいろあろうが、知恵と努力で頑張ってもらいたいものだ。札幌のマンションの支払いを終えたことも、ささやかながら達成感があった。

仕事は、ルーチンワークでない分、進行遅れに悩まされた。スケジュール感の貫徹が求められる。どうも取引先の諸先輩に振り回されることが多く、私はそうならぬよう気をつけねばと思う。

29日から実家に来ていて30日には家族も勢揃いした。ここ二日間は風邪っぽく喉が痛んで横になっていることが多かった。お陰で持ってきた「牙のある時間」と近所の書店で買った「警官の血」上巻を読了、下巻に進んでいる。「夜にその名を呼べば」は既に成田・千歳の機内で読み終えている。うーむ傑作ぞろいである。
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大晦日にはコロッケを大量に作って食べた。残りは保存食としても重宝するのである。
昼に、今年最後の蕎麦を食べに行く。
鶏汁蕎麦を手打ちで頼んで、うーん旨い。幸せな午後である。
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夕方まで先週の出張報告などをまとめて社内関係者にメール送信。これで今年の業務は終了とさせていただく。懸案は多いが、皆さん良いお年を。

成田に移動して、千歳行きの飛行機はどうだろう搭乗率75%といったところか。
着いた札幌は、雪に雨が降ってツルツルの歩きにくい路面であった。
12/27 朝PCを起動したらXPの更新が2件入っていた。更新をクリックしてしばらくして、PCからカスカスと異音がしてフリーズしてしまった。リブートしてもセーフモードでも立ち上がらない。
すでに多分ハードディスクがご臨終であった。

先日の出張の折に、少しばかりゼロハリのケースに詰め込みすぎたかもしれない。
さあ困った、NPOの仕事や、二週間後に迫った視察対応のパワーポイントが作れない。余裕たっぷりの年末最後の休日を迎えるはずが、とんでもないことになってしまった。

ドスパラに行って最新のノートPCを見たが、機能は十分だがバッテリーの稼働時間が短すぎてモバイル会社員には使えない。結局はヤマダ電機でメーカー出来合いのノートPCを買うことになった。約二倍のコストだが、止むを得ない。これでもこれまで使っていたノートの購入当時からは十万ほど安かったようである。もちろん機能は非常に向上していて、テクノロジーの進歩を否応なしに感じさせる。図らずもウインドウ7のユーザーになってしまった。
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新しいマシンを設定し、バックアップを回復して、メール設定の難しいところは息子に頼んで、環境の再構築は深夜に及んだ。

12/26 朝、近所の公民館で、以前所属していた元NPO会長と視察受け入れの打ち合わせ。その後はいつもの通りの生ごみ処理機のメンテナンス。自宅に戻り、年末大掃除を少し手伝う。
さあ、家の中もきれいになって、明日は机周りを整理すればよいなどと、のんびり油断していたのだった。
佐々木 譲、新潮文庫。これは稀に見る傑作だ。重厚だがスピード感のあるストーリーテリング、挫折と絶望と憎悪と諦めの中で喘ぎ嘆息する魂たちの関わりが切なく痛々しく、それでも希望もほの見えるのだから大したものだ。
国家とは、戦争とは、正義とは、そして愛とは、、、文庫本で600ページを越える大作だが、出張の電車の中と夜のビジネスホテルで夢中で読み終えた。
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宿泊地に移動する途中で古本屋を見つけて、新たにこの作家の本を3冊購入。帰りの新幹線から読み始めた現代小説「屈折率」も、これまた面白すぎる。モノ作りの家業を継がされた元商社マンが、これまでの経験から得た経営力を発揮しながらも人として成熟してゆく様を、恋を濃厚に絡めて描き出す。これも大人の読物で、傑作である。

さあ、まだ手元には2冊ある。しかも文庫で新刊も出ているらしい。
今年の正月は、佐々木譲!で過ぎてゆくことである。
富士宮に向かう。
昼から、商社と原料クレームの打合せ、その後は新原料の試作立会いである。
下界は快晴で暖かだが、富士山の裾野は雲をまとっていた。
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仕事を終えて、三島まで戻って宿泊。泊まったビジネスホテルで、どれビールでもと自販機に百円玉を入れるが、全て受け付けない。
これは困った、ビールを飲まねば一日が終えられないではないか。

直ったら電話で教えてね、とフロントに頼んで部屋に入ったが、とんと音沙汰がない。
電話してみると「済みませんが業者さんが来る明日まで、直りません」と言う。
えーと、私のリクエストは「自販機を直せ」ではなく「ビールが飲みたい」なのですけど。

結局、手近のコンビにまで歩く決心をして外に出る格好で降りて行き、試しに「自販機は開けられないの?」と言ってみたら、「はい、空けられます」の返事。じゃあ、お金を払うから缶ビールを売ってくれる?とまで言ったら、「はい、わかりました」とのことである。
どうして最初から「お客様、自販機の具合が悪いようですけど、自販機から取り出して現金でビールをお渡しできます。」って言えないかなぁ。頭悪いんじゃあない、少し。
この頃の若い人の特徴、アドリブが利かない!! マニュアルに書いてないからかなぁ。
注)あくまでも一般論です。妄言多謝。
21日 午後から川崎まで打合せに向かう。新橋から京急に乗り換えて、来た電車が快速でついているぞと思いつつ京急川崎で降りるはずが、読書に熱中してしまって気がつけば川崎駅を発車したところ。結局、横浜駅まで乗っていき、今度は4両編成の各駅停車で折り返してくる羽目になった。佐々木譲の「エトロフ発緊急電」を読んでいる。

訪問先では、当初の話と違ってきて困惑しながらも何とかなるのだろうか。間に入ってくれている業者さんに、そのまま高速で送ってもらったのはかたじけない。芋とワインを差し上げた。

22日 事務所で片付け仕事。定時に退社して今日はNPOの忘年会、通算3回目となった。
来年早々の視察団対応など打合せしながら、鍋をつついてお湯割りを飲む。
おなか一杯で帰宅して、更にカミサンとビールを飲む。轟沈。

23日 昼前にカミサンと家を出て、セルフの讃岐饂飩で暖まって、パークゴルフ。
夕方4時を過ぎて、暗くなるまで遊んできた。
今日の昼間は少し寒さも緩んだろうか。この三日間は冬晴れの寒い日が続いた。
ここ数日、冷え込んだ日々が続いている。
今日の朝も冬晴れの快晴で、東京湾の向こう側の雪化粧した富士山がはっきり見えた。
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掃除して、昼からはカミサンとあれやこれやの買い物に出かけた。夕方のジャスコは、えらい混みようで、駐車場に入る車がズラリと並んでいた。そんな時期である。

とうとう、今年も残すところ10日となった。来月に某市の視察市議団を迎えることになり、パワーポイント資料の作成に時間を取られている。短い時間で要領よく詰め込まねばならぬし、お呼びする当市の市議さんとの打合せも必要である。
ようやく、去年から育てて夏を越したシクラメンの花芽が上がってきだした。日光浴させつつ、あまり寒い目にも会わせぬよう気を使っているのだが、こちらの手入れに応えてくれるのは嬉しいものなり。

昨日の19日土曜日は、早めにNPOの作業に向かって、昼からは会社の月例パークゴルフ大会に夫婦で参加。120ながら、私にとってはベストスコアである。ハンデを大きくもらっていたので、二位の賞品を戴いたのは、嬉しいやら恥ずかしいやら。
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18日の金曜日は、夕方に真っ黒な雲が上空に低く浮かび、異様な光景。千葉市内でも、雪が舞ったところがあったのではなかろうかと思う。せっかく写真を撮ったので、UPしておこう。
カミサンと息子が共にそれぞれ忘年会で、研究所での打合せを終えた私は、駅前のなか卯で一人寂しく「かき揚げ丼」の夕食であった。お陰で、帰宅してからパワーポイント作成が進んだ。
16日 通勤の駅から何気なく外を眺めると、あれれれ!いつの間にやら解体工事中で、あの場所には何があったかしらん。多分パチンコ屋だったような、、、
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会社が終われば、そそくさと千葉駅前まで歩いていく。今日は私の誕生日で、家族とイタメシ屋ステラ☆マリスで待ち合わせだ。
美味しいものを沢山と、三人でワインを二本空けて、みな上機嫌で帰宅した。

17日 懸案の新原料二件のサポートでバタバタする。一つは商社の機能不全のまま来週に試作にかかり、もう一つは価格面で折り合わず睨み合い状態が脱せない。この歳になっても、仕事は難しいもの也。エコフィードのとりまとめをやり直して、しかし明日は偉い方に不首尾を報告せねばと気が重いことだ。

しかし、結果は一部思わしくないのだが、対処すべき作業の山は越えた感あり。
明日の午後の打合せで、この週も終わってしまえば、ほぼ一週間を残す年末である。
来年が、すぐそこまで来ている。
まず車にガソリンを入れる。
次いで、昨日不在で預りになった郵便物を郵便局に受取りに行き、来月にお世話になる方の事務所に、ご自宅にと、シクラメンを届ける。ようやく京葉道路に乗ったのが11時頃だったか。
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京葉道路から首都高に走る途中で、建設中の東京スカイツリーが見えてくる。200mを越えたと聞いてから、もう一ヶ月が過ぎただろうか。かなり目立つようになって来たが、この3倍の高さになるのだな。

厚木で、大学の先生に個人教授を受けてきた。帰路は4時半に東名に乗れたのだが、やはり首都高は用賀まで渋滞である。毎日の朝夕がこのザマで、メトロポリスの名が泣く道路事情。
早く外環を作って欲しいものだが、車を運転したことのない議員さんたちには、この必要性は感じてもらえないだろうな。2時間半かかって千葉に辿り着いた。
13日 日曜日だが、富士まで運ぶものがある。同僚に金曜日にダンプカーに積んでおいてもらい、この日の朝7時にはスタート。休日の日帰りに、カミサンも付き合ってくれたのは有難い。
幸い、京葉道路も首都高も中央フリーウェイも渋滞ナシで、3時間足らずで到着。
荷物を降ろして、水洗いして、仕事は終了。道の駅によってお土産を買った。
雲が低く、せっかくの富士山の裾野も見えないのは残念だった。

帰路、あきる野に寄って酒を買う。新酒のしぼりたてだ。自宅に戻って、富士の土産と共に酒を包む。このところお世話になっていた会社の諸先輩に、これでようやく御礼が出来る。

14日 会社に出る。酒は、会社の先輩お二人にお渡しする。お口に合いますかどうか。
昼にはシクラメンの社内販売。これも大量に買い込んで、日頃お世話になっている方々に宅急便でお送りした。
カミサンに頼まれていたシクラメンを届け、ついでに常連の蕎麦屋にも一鉢、NPOでお世話になっている市民活動センターにも一鉢届けておいた。

これで、ようやく日頃のお返しができたかも知れない。恩にきてばかりだと、この歳になって気がかりであったのだ。