29日 葬儀屋と打合せ。次いで親族を迎えに車を走らせる。8人乗りレンタカーを借りていたから、式場への行き来には重宝した。18時からの通夜から、その後の振舞いへと、時間は慌しく過ぎていく。

義父は、つい先日に誕生日を過ぎた81歳。7人兄弟の長男として家計と弟・妹を支えながら、戦後の日本を生きてきた。林業に関わり、酒と煙草と漢詩と詩吟を愛した。
一人娘と結婚させていただいたからにはと、盆正月には孫達の顔を見せてきたし、息子供もよく爺さまには懐いていた。
お世話になりました、父上。私は良い婿だったでしょうか。
世代も違い、価値観も異なりましたが、私の未熟から至らぬ点が多々あったことでしょう。

30日 告別式は10時から。義父の仲間が弔辞と弔吟を申し出てくれ、有難いことだ。火葬場ではえらく順番待ちをさせられる。札幌の衛星都市のこの町は、北海道全体の人口減少を尻目に住宅地は造成され、しかも老齢化は進んでいるから、インフラ整備が追いつかぬものか。施設も老朽化が目立っていた。

繰り上げ法要も大きく遅れ、散会して、自宅に祭壇を拵えて骨壷を置き、レンタカーを取り替えに行って戻れば夜の9時半である。時ならず顔をそろえた家族四人で、引き出物料理を肴にお疲れ様でした。
会社の同僚でフィリピン生まれの友人が昨日帰国したが、その前日にマニラを襲った熱帯低気圧による集中豪雨でマニラ周辺は大洪水となっていた。彼の自宅も自家用車は水没し、家族は屋根に昇って救助を待ったのだという。家族に怪我はなかったものの、家財道具は全て水に漬かり被害甚大である。彼自身もマニラ空港には降り立ったが、交通網が寸断されていては自宅には戻れず、空港近くのホテルに泊まったと電話で伝えてきた。

ネットでも大水害の様子がブログや写真や動画でUPされていて、これは大変ことになっている。一週間後には、彼とマニラで合流する出張計画があるのだが、さあどうなるのか。そんなことより、早速、見舞金を集めようと社内に働きかけた。上手くすれば、私の出張時に見舞金を持って行けるかも知れない。しかも、ちょうど円高だ。彼の所属する職場は彼の上司に任せて、では私はその他の職場に声をかけようなどど俄然張り切った。

ところがそこへ、カミサンからの電話。何と義父が亡くなったという。一瞬絶句して、次にはやるべき事柄の優先順位が頭の中でパタパタと積み上げられ始める。透析の身の上ではあったが、そこそこ元気にしていたはずで、急にどうしたことだ。こうなったら友人には悪いが、他人の心配をしているどころではない。午後からのお客を呼んでの打合せは私がいなければ済まないから、これだけは片付ける。事務所には電話を入れて、自宅に戻り仕度して、羽田空港に急いだ。

幸いにして飛行機には空席があり、待ち時間に蕎麦を腹に収めて、千歳空港からはレンタカーを借りて妻の実家に到着したのは夜9時半ごろ。10/1が友引であるから葬式は9/30に済ませたい。となれば通夜は明日である。短期決戦の忙しいことになった。
会社の大先輩が亡くなられた。向かった松戸市斎場は、千葉県なのだが東京都立の八柱霊園に併設されており、この霊園の広いことには魂消る。タクシー運転手氏によれば、昭和10年に設立されたそうだ。
告別式では、会社を退職された先輩や元上司が多数おられて「ご無沙汰しております」を、ひたすら繰り返す。72歳は今の時代少々早すぎたようである。日蓮宗の葬儀であった。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。

昼には、何と息子が蕎麦を奢ってくれるというので、そのまま戻る電車でカミサンと合流して蕎麦屋に向かう。息子に馳走になる蕎麦は、一段と旨いのであった。

夕方には、車検に出していたマイカーを受取りに、トコトコ歩く。
我が愛車にも、ようやくETCが付いた。首都高は割引になるし、高速道路も首都圏に関わる道路は無料化の目処が立たないようだから、車検に乗じて取り付けてしまった。
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蕎麦屋からの帰路、いつも通勤で見守っている蘇鉄の雌花。充実してきた。この中から、朱色の種子がこぼれて見えるのも、もう遠くはなさそうだ。
NPOで管理請負している生ごみ処理機、付属しているバイオ脱臭槽(とは名前が凄いな)の担体を交換することになり、朝からメンバーで作業してきた。脱臭槽の担体は、10年前から交換したことがないヤシ繊維だから、だいぶんヘタっているのは確かだ。

例によって、発酵槽に接続された排気ファンの送風量がきわめて大きいにも拘らず、脱臭槽の容量は小さいから、臭気を含んだ排気が担体に接触している時間など、たかが知れている。
担体はタイマーで上から散水されているので、要するに湿った担体に排気が接触することで水溶性のアンモニアなどは排気からは取り除かれるが、そのほかの悪臭物質はそのまま放出されてしまう。
バイオと言うからには、この担体に硝化菌などが住み着いて、などと連想を誘うのだが、こんな短時間で通過する悪臭物質を捕まえて食べてしまう便利な微生物などいるはずがない。

どうしてもう少し考えて設計しないかなぁ?容量を大きくしたり、排気ファンにインバータをつけて風量をコントロールして接触時間を稼ぐとかさぁ、バイオの名が泣くぜ、まったく。
先週の土日に続いて、月・火・水曜日が休みとなれば、明けて事務所に出て、忙しいのが当たり前である。おお、お客を駅に迎えに行かねばと思いつつも、会社の大先輩が亡くなられた連絡などをしているうちに、すっかり時間に遅れてしまう。
打合せを済ませて戻る途中にも、同僚から電話があって「事務所にいつ戻るか」と聞かれる。何やら数件の電話連絡が私を待っているらしい。机に戻り、片付け仕事をしているうちに帰宅時間を大幅に過ぎてしまった。

25日も同様で、何故こんな日にマイカーの車検を入れたのかが悔やまれる。車を預けたら、今度はテクテクと歩いて帰らねばならなかった。

来週末に出かける海外出張の準備に、パワーポイントで英語の資料を作らねばならないが、同行してくれる研究員が英語に堪能なのは助かることだ。メールで日本語資料を送ってやれば、あっという間に英語版になって戻ってくる。ほぉ、こんな表現になるのか、なるほどね。やはりネイティブの英語の文章は、実に英語らしい。

ふと窓の外に目をやれば、極めて色の濃い強い虹が出ていた。よく見ると二重になっている。
雨も降っていないのに、きっとあの黒雲に反射したのかな。
キレイな色に、事務所の皆でしばらく見とれて、得した気分であった。
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昨日は、会社に仕事を取りに行った。
休み明けに同僚と検討しなければならないレポートを、読んでおく必要があったからだ。
帰路はそのまま郵便局まで歩いていって、NPOメンバーに会報を郵送した。
日頃の運動不足解消のため、テクテクと小一時間を我が家まで歩いて帰る。暑過ぎず寒過ぎず、ちょうど良い散歩日和であった。
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工事現場の壁に、なにやら絵が貼ってある。道端のタンポポから、どんどん視点を引いていって、最後の謎の生物は月にいるのだろうか。
調べてみれば、社団法人「建築業協会」の50周年記念事業「仮囲デザインコンペ」の優秀賞で、お題は「視線のリレー」であるそうだ。なるほどね。

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通りかかった蕎麦屋にも、何やら旨そうなメニュー看板。これは一度来てみなければな。

今日は、特に朝から何もせずに、贅沢な休日。昨日のうちに焼きそばを買っておいて、今日の夜は家族で焼きそばを肴に、去り行く夏を惜しんでビールをしこたま飲もうとの計画である。
朝起きて、昨日のNPOの理事会で編集承認された会報の作成に注力する。
記事を見直して細部を修正、写真を貼り付け、バランス調整して、誤字確認。昼前にようやく完成して、PDF化し、メンバーにメール添付して、会のホームページにもアップし終えた。

昼飯を食って午後からは、まずはマイカーの車検予約にダイハツへ。
その後は、来週の出張に備えて土産物をいろいろと買いに行く。
休日のデパートなど実に久し振りだ。最近は、いろいろと面白いものが売っているものだ。
友人の結婚式のギフトはこれにしよう!と決めた角型デジタルフォトフレーム、その横には何とも可愛い卵型のデジタルフォトフレームが置かれていた。
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データはPCからの転送だし、電源もUSB充電だから、PCが使える人にしか贈れないが、これは面白いし価格も手頃である。つい、これも買ってしまった。

自宅に戻り、今日は先日のY150で予約してきたワインが届いているから、これを飲むことに決めていた。ワインに合わせて、カミサンは野菜サラダに、秋鮭のムニエル、そうめん南瓜とインゲンの炒め。私は、キタアカリで冷製スープを作る。純乳脂肪のクリームを買ってきて、このスープに注いで、パセリを散らす。やはり乳脂肪は、素晴らしく野菜の味を引き立てる。旨いなぁ。これをスキムした牛乳紛いを飲む人の、気が知れない。
朝起きて、農協の集いに向かうというカミサンを送り、私は床屋に行く。
さっぱりとして戻り、今度は会社に車を返しに行きがてら、昼には息子と蕎麦を食う。
その後はひたすらNPOの仕事、前回の理事会議事録を作り、イベント結果をまとめ、会計帳簿を更新して、今日の理事会議事を整理する。

夕方6時に向けて、定例理事会に向かう。
市民活動センターが入っている建物の前の街路樹は、椋鳥の所謂「集団ねぐら」になっていて、チュンチュンが重複するとここまで騒がしいものか。
もはや騒音であり、そして糞害もひどいものだ。街路樹の枝がしなうほどに、鳥がとまっている。

昔は害虫を食べる益鳥と教えられた記憶があるが、これは明らかに害鳥である。
なにせ、周辺では会話が成立しないほどの大音量なのだ。

NPOの打合せは、充実して有意義なものだった。さあ、会報を完成させ、収益事業を軌道に乗せ、来月の出店にも備えねばならぬ。頑張って参ろうぞ。
花、茎、球根の全てに毒があり、そのご利益で田んぼのあぜ道や墓所に植えられたという。
この時期、路傍のいたるところで一斉に見かけるから、彼岸花とはよく言ったものだ。
種では増えず、栄養繁殖だけと聞いたが、人為的に株分けしなければならないだろうに、これだけ見かける全てが人間の手で植えられたとは信じられない。

北海道では、見かけた覚えがない。
あったのかも知れないが、これほどまでの数で見なかったと言うことか。
内地に転勤してきて、この時期に見慣れぬ花の名を覚えてから、もう20年近くになる。
葉も見えぬ場所から唐突に、土中から茎が突き出して、派手やかな花を浮かべる。
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彼岸花咲きて、咲かぬ故郷を思い起こす。

いや、まてよ。確か叔母が「あの花は気味が悪い」と言っていたな。叔母は札幌から出たことがなかったはずだ。いやいや、死んだ私の祖母の言葉だったかも知れない。祖母であれば佐渡と津軽の地を踏んでいるから、見ていることに不思議はないな。
昨日に続いて快晴の暖かい首都圏。
朝ゆっくりのスタートで、首都高もそこそこ快適に通過して、いざ関越道に入ったとたんに、あれれ詰まった。何事かとラジヲを聴けば、事故で上下線とも通行止めであった。
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そのうち我が下り線は一車線が通行できるようになったらしい。ようやく辿り着いた入口は、この有様である。6キロ渋滞に通過は60分だそうだ。
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のろのろ、のろのろと、前に進んで、事故現場が見えてきた。
ここまでガードレールをひん曲げるとは、大型トラックでも突っ込んだものか。反対車線は相変わらずの通行止めが続いていた。
お陰で、原料引取りは大きく遅れて、富士に到着した時には就業時間を過ぎていた。
まあ、明日と言う日もあるのであった。