昨日の夏日が何処へやら、またもや霧雨の肌寒い朝である。
まとんさんを駅まで送っていって、我々も札幌行きの仕度に取り掛かる。
11時の電車で羽田空港を目指した。私はいつものANAで、カミサンは爺さまの介護割引が適用になるのでJALで、10分違いの離陸となった。

千歳空港のレンタカー受付でカミサンと待ち合わせ、車を借りた。
この時期は混んでいるのでしょうと聞けば、そうでもないのですとの返事。不景気のためか、料金の高いこの時期はお客様に敬遠されて昨年よりは車も減らしています、その代わり9月の連休は予約で一杯ですよと係りの方。なるほどそうしたものか。

f0057955_113659.jpg夕方5時に実家で母を乗せ、北大の横でちょうど試験が終わったという息子を乗せて、妹の嫁ぎ先にお悔やみに行く。

52歳、C型肝炎が進行した肝硬変で長年通院していたが、食道静脈瘤が破裂して7/23に吐血、一時は持ち直したが、7/30にまたもや規模の大きな破裂があって出血性ショックで死んでしまった。

子供の頃に整形外科手術をしたことがあり、その際の輸血が原因だったかウイルス感染していて、インターフェロンも二度ほど試したが副作用の割には効果を見なかった。肝硬変が進むと、血管が狭窄して食道静脈に負担がかかる。食道静脈瘤破裂は、肝硬変患者の死因として多いことを初めて知った。

通夜と葬式の予定を聞き、じゃあまた明日と戻る。残された家族には、立派な息子も二人いるし、あちらの家系は親戚も多いから、特に手伝うことも無いようであった。
NPOで生ごみ処理機を管理させてもらっているクライアントから、急なリクエストがあって作業が発生してしまった。まあお客様だから止むを得ないか。いつも通り会社に出て、バタバタと電話だメールだ稟議書だの片付けものをしたあとで、今日は会社は休みにします。
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暑い日である。空には、夏の入道雲がモコモコしていた。

11時から作業服に着替えて、処理物の取り出しと後片付け。思ったよりも時間がかかって、堆肥処理の場所まで行って戻り、二度目の取り出しを終えた頃に実家の母からの携帯メール、入院中の妹が容態が急変して死んだとの知らせに愕然とする。

この頃は入退院を繰り返し、腹水が溜まったの吐血したのと聞いていたので覚悟はしていた。危篤ならまだしも、死んでしまっては、落ち着いて考えればもう私が急いでするべきことは何もないわけなのだ。

NPO仲間の畑に堆肥を運んで電話で処理を託し、会社に電話して明日からの特別休暇を申請して自宅に戻る。今日は夜にブログ友達のまとんさんが訪ねてきてくれるのだ。
うら若き初対面の女性に嫌われてはいけないので、シャワーを浴びて生ごみ堆肥のにおいを落とす。カミサンが朝から圧力鍋でいろいろ仕込をしていてくれたので、私は枝豆でスープを作る。おっ、そろそろ駅に迎えに行かなくては。スープを冷蔵庫で冷やしている暇がない。残念ながら冷製スープにはできなかったが、まあいいか。

ブログでは三年越しのお付き合いのまとんさん。ビールや柚子酒や、何やらかにやらを飲みながら、楽しく沖縄の話などいろいろ聞いた。
感受性豊かでタフ!な、笑顔の可愛いお嬢さんであった。どうしてこんな良い娘さんを放っておくかな~、世の若き男どもよ!
これから在来線でゆっくりと北帰行、明日は遠野とのこと。お気をつけてお戻り下さい。
また着てね。どんどはれー。

さあ、土曜日の通夜にむけて、明日のうちに札幌に入っておくこととした。
今日は会社の健康診断の日。昨夜の夕食も早く済ませ、今日は朝から何も食うなとのお達しだから、珍しく朝にブログの更新などしている。薄曇りの涼しい朝である。
またバリウムを飲まされるのが嫌で、受診が億劫である。

昨日は、夜半までザアザアと雨、ゴロゴロドロドロと雷、日中も通り雨が何度かあった。相変わらず、はっきりしない天気が続いている。今日は、雨は降るまいな。
関東はまだ天気には恵まれているほうだが、北海道をはじめ、全国的に牧草や飼料作物の生育がよろしくないようだ。

そろそろ7月も終わりが見えてきて、8月のスケジュールは、当社も相手先様もお盆休みがあるからこれを避けての日程組みがむしろ集中して、盆明けにドドドと「会議だ」「打合せだ」が入るのは毎年の事である。手帳を見れば、NPOの夏祭り出店もあるし、8月はアッという間に過ぎてしまいそうだ。
来月の予定をきちんと見据えて、今月中にやるべきことはキチンと済ましておかねばと思う。
f0057955_15351091.jpg23日は、会社帰りに近所にできた富山料理の居酒屋で仲間と一杯、そのうちに愛知から戻ったカミサンも合流して、皆で日本酒を飲み過ぎる。

ビールの盛りも良く?魚が旨い。
日本酒の温度管理も良くて、これは良い店である。

f0057955_1605835.jpg24日 今週は月曜日を休みに取られたから、あっという間に金曜日だ。
朝晩の通勤時間帯に、通り雨に降られて濡れる。
市内のところどころで、ピンポイントの土砂降りもあった。

空気がとても蒸していて、打ち合わせに向かった農場では、褐色腐朽菌だけが元気にせっせと木質を分解していた。あら、昆虫の住処にもなっているのだね。まったく梅雨明け宣言が恨めしい。

25日 朝から青空、気温も高く今日は湿度もやや低いようだ。
乾いた風が吹き抜ける部屋の窓から見下ろせば、街路樹や庭木の緑も濃くなってきて、ああようやく梅雨明けを実感することだ。

朝から掃除、有料回収を申し込んであったカミサンの壊れたパソコンを梱包して、送られてきた伝票を貼って、エコゆうパックとやらに出しに行く。ついでに冬物のスーツやコートもドライクリーニングに持って行き、家の中が片付くのは良いことなり。

しばし本を読み、こうしてブログも更新して、夕方にはNPOの作業。
戻ってシャワーを浴びて、ビールで助けてもらったら、私の土曜日は平和に過ぎていく(予定)のであった。
早朝から京葉線で東京。昨日の夜に飲みすぎたものか、少し具合が悪くなって新木場のホームのベンチで一休み。気を取り直して、次の快速に乗りなおす。八丁堀から座れたのでHPもやや回復して、朝飯にパンとミルクティーを買って新幹線に辛くも間に合った。

f0057955_23115817.jpg那須について、営業所で会議。若い方々の元気をもらって、議論もまとまり、外に出たらちょうど日食が始まっていた。

曇天がむしろ幸いして、雲の切れ間に太陽が欠けていくのが見えた。携帯のカメラでは、この程度なり。

那須塩原駅まで送ってもらえば、うまい具合に上りの新幹線に駆け込めた。腹が減ったので、上野で降りて昼を食べて、千葉には3時過ぎには戻ってきたのだが、朝も早かったし、やや体調も不良であるから、直帰して家で寝てしまう。

カミサンは出張中であるから、夜には息子と駅前で飯を食い、焼き鳥を食べて帰宅した。
息子もすっかり東京通いのサラリーマンが板についてきた。
いろいろあろうが、真面目に努力してもらいたいものだ。
18日の土曜日は、カミサンがいないから朝起きて卵かけご飯を食べてから洗濯。
昼前に、まだ寝ている息子をそのままに会社のパークゴルフ大会に参加した。
夕方には、NPOの生ごみ処理機取り出しにも顔を出して、自宅に戻れば夕食は息子がチャーハンを作ってくれるのは有難い。

19日の日曜日は、午後からカミサンが帰るから、羽田空港まで迎えに行く。
駐車場が全て満車であるので、しばし離れた場所で時間を計る。ふと前を見れば、モノレールの軌道の付け替え工事進んでいた。国際線のターミナルビル駅への対応なのだろうか。
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20日の月曜日は海の日とやらで休日、都合三連休だったのだね。朝から思い立って、納戸の整理。カミサンは下駄箱の整理。捨てるべきものを捨てて、ああ家の中がすっきりしたようだ。

さあ、21日は朝から雨。どうも関東の梅雨明け宣言は早すぎたようであるな。
山口県のお客様から、私が売って据え付けた堆肥発酵機が、大雨で水没したとの電話がある。
何でも、経験したことのない雨であったそうな。復旧のための電話連絡にあたふたする。モーター減速機も水に漬かってしまっては、オーバーホールが必要である。お気の毒である。
千葉から出かければ川越は遠い。
新木場から乗った電車が、和光市に向かうはずが、何故か所沢に着いてしまい慌てる。まあ、乗り換えて何とかなったが、どうも新宿・池袋から向こうの路線は良く判らない田舎者である。
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川越での用事を終えて、新宿で取引先と打ち合わせ。f0057955_23181140.jpg見上げれば、ビルに飛行船がまとわりついているのも都会ならではの光景だが、皆見ようともしない。写真を撮って喜んでいる私など、田舎者である。

打ち合わせが終わり、中央快速で東京。

仕事が終わる頃の息子と待ち合わせようとしたが果たせず、京葉線で千葉に戻れば、もういい時間である。

息子と一緒の夕食は諦めて自宅に戻り、まずシャワーを浴び、ビールを飲みながら、届いた枝豆ととうもろこしを茹でて、後片付けをすれば、この時間となった。

まともに夕飯を食ってはいないが、ビールを飲めば腹は減らぬ。こうしてカミサンがいなければ、少しは痩せるのかも知れないな。
15日は、昼前に千歳空港に到着。苫小牧方面に向かう。
こちらは、朝は土砂降りだったと聞いたが、私は幸い遭遇せず。
百聞は一見にしかず、の相手先訪問だった。

仕事を終えて仲間を千歳空港まで送って、夕方には一時的に激しい雨に降られて、親父殿の看病に来たカミサンとレンタカー店で合流。今度は札幌の実家を目指した。
下の息子も呼んで、実家の母と皆で食事の約束である。
会社には日帰り出張として、翌日は夏休みを取らせてもらった。

札幌は雨がちだそうで、実家の家庭菜園も寂しい限りなり。
花壇の球根は腐ってしまい、畑の豆も発芽が不揃い。発芽した作物の生育も、まったくよろしくない。涼しい札幌を喜んで良いのやら。

16日は、昼の飛行機で羽田空港に戻る。
周囲の空気がまるて違って、顔をしかめたが、そのうち体が順応してしまった。
夏は暑いものなのだし、今の私は関東人だな。やはり。
こんな時間に乗ったことがなかった空港連絡バス、高速道路をスイスイであっという間に千葉まで着いた。なるほど、この時間帯はこんなものなのだ。

自宅に戻って、仕度して家を出る。今日は、NPOの会計相談を申し込んであった。
千葉市民活動センターで、小一時間ほどマンツーマンで対応してもらえるのは有難かった。
やるべきことを教えてもらい、整理はできたが、これでまた忙しくなる。

再び帰宅して夕食の準備。冷凍庫を漁って豆を都合3袋発掘したので、食べてしまおう。
ベーコンと玉葱を角切りにオリーブオイルで炒めて、解凍した豆を放り込み、トマト缶を入れて砂糖と塩とスパイスで味を調える。作ったところで、見切り品で買ってきた鰹の刺身とのミスマッチを悟るが、まあ良い。前者はビールの肴、後者は日本酒の肴と飯のおかずとなった。
昨夜、いつもは見ないテレビの天気予報で、明日は梅雨の晴れ間などと言っていたのに、青空になり気温が上がった今日の昼には「関東は梅雨明けしたと思われる」そうだ。

まだしばし、梅雨の時期を甘んじて過ごさねばならぬと覚悟していたら、あら、そうですか。てなもんである。
いよいよ、暑い夏が到来か。梅雨の時期も好きではないが、この関東の夏の暑さといったら毎年堪らない思いをさせられる。ここで生まれ育った人は諦めもつくのだろうが、北方民族の私には辛い季節がやってくる。

幸いに明日は北海道。少しは涼しい思いをさせてもらえるのかと思いきや、明日の札幌は大雨で雷だと、電話で実家の母が言う。人生甘くないのである。

政局が一気に流動化し始めた。都議選のあとに、今度は衆議院の解散だ。
民主党の勢い、いや反自民の勢いが強いのだろう。
確かに今の自民党は頼りにならぬが、では民主党はどうなのだ。
政治にも競争原理の導入とは判らぬでもないが、責任を背負いきれるか民主党。
まあ、一回やらせてみるか、と思った次には、細川短命内閣を思い起こす人も多いことだろう。
政権を取るなら、死ぬ気でやってみろ!気概を見せてくれ!
友愛などと、訳の判らんことを言っていると承知しないぞよ。
f0057955_22183793.jpg昔、好きだったなぁ、平岡正明。
文体が突拍子もなくって、あっち飛びこっち飛び、イメージの洪水だった。
ここでテーゼを出そう、ってね。

歌謡曲論が特に面白くって、美空ひばり論、山口百恵論、学生時代から新入社員時代まで、とにかく片端から読んだ。

山口百恵を論じては、作曲の宇崎竜童、作詞の阿木燿子、編曲の萩田光男の手柄まで全て山口百恵に持っていき、それはないだろうと思いながらも、筆者の思い入れを大いに楽しんだ。

平岡正明氏、亡くなられたそうだ。
ご冥福をお祈りいたします。貴方の著作には、とても楽しませていただき、当時の私に新たな地平を見せていただいたことに感謝申し上げます。