静岡までの日帰り出張があったので、新横浜まで戻ったところで下車して泊まっておき、先日亡くなった友の実家を訪ねてみた。
仏壇で焼香させてもらえば、性格そのままの生真面目な顔をした彼の遺影がそこにあった。

彼の事務所で、父上、兄上、奥様と、しばし話す。
40を過ぎた頃から血圧が高くなり、これは家系なのかもしれない。
彼は大酒は飲まず、煙草もやらなかった。
亡くなる数日前から倦怠感と脱力感に襲われていたらしい。亡くなった当日は、朝から胸の痛みを覚えて自ら救急車を呼び病院に向かったそうだが、診察を終えてタクシーで帰宅、自室で休んでいたと言う。ゼイゼイとものを喋れないほどの状況だったが、そのうち復調し、事務所で片付け仕事までして、その後また床について、兄上に背中を揉んでもらって就寝、家族が気がついたときには既に死亡していた。

自宅で検死が行われ、診断書には死因は心臓破裂による心タンポナーデ、左右冠動脈に梗塞ありと書かれていた。心臓拍動が阻害され、ポンプとして機能できなくなったわけである。
数日前からの脱力感と当日の朝からの強い胸の痛みは、正に心筋梗塞の症状であり、既に心筋壊死による心臓破裂が進んでいたかもしれない。病院に行き診察を受けているのに何故、と思わざるを得ないが、藪で医師不足で近所では知られた病院だったらしい。

自覚症状は当然あったろう。ここまで進まぬうちにバルーンやステントによる血行再建や、間に合えば冠動脈バイパス手術もできただろうに、いかに病院嫌いでもまだ幼い子供を育てる責任があるのだから、死んでも良いとはなるまい。

仕事については無理のし通しだったようだ。
ホームページが功奏して、勿論のこと彼の真面目な仕事振りが評価されてだろうが、お客様が増えた。集客が安定すれば、そろそろ社員を雇って自分が全て出歩かなくとも良いようにしたいと言っていたそうだ。彼のPCO技術を会社として継承させることが夢だったろう。彼の心臓病の原因には、仕事のストレスが大きく関わっていたことは否めない。彼の蓄積したPCO技術は失われてしまった。

とりあえず、ご家族には「会社のホームページがそのままになっており、電話番号も表示されているので、これは閉じる必要がある」「ブログも中断放置されており、これは費用はかからないが、メンテナンスは必要である」とご説明して、対処を任せていただいた。

ブログには、彼の独立前のエピソードが書かれてあった。
奥様は、これを書き始めた彼に何か不吉なものを感じていたそうだ。まるで自分の人生のまとめにかかったようだと。
しかし、今ではこれが残されて良かったと言い、ブログを製本化しましょう、との私の提案には、是非そうして欲しい、子供達が読める時期になったら渡してやりたいとのお考えだった。

飲んでいた抗圧剤を止めて、毎日自分で血圧を測り、食事の塩分などには注意していたと聞いた。自分の体は自己管理できると、いかにも考えそうな彼だったが、どうも過信したようだ。
溢れる涙を押さえながら話してくださった奥様の悲しみように接して、まだ幼い可愛い子供さん二人の笑顔に触れて、誠に残念でならないのだ。
君が健康でさえあれば、これから子供を育てる苦労と喜びと、君が世に問うた技術論の実証もでき、仕事も順調、会社も発展できるという、まさに君の人生の黄金期が待っていたのだ。
昨日会社に来たお客。
打合せが終わってちょうど昼時だったので、近所の蕎麦屋に誘った。
着席してからお客が言うには、実は蕎麦屋の息子さんであった。知らなかったのだ。
さあ、緊張したが、こうなってはどうしようもない。真っ向勝負で、この店の蕎麦掻きを食べてもらったら、こんなふうわりとした蕎麦掻きは初めて食べたとご満悦。こちらは一安心した。
親父様が横浜で蕎麦屋をやっておられたが、息子さん二人は継がず、もう閉店したとか。
それでも、流石に蕎麦の事は良くご存知であった。名物「鳥汁蕎麦」を共に食して、駅までお送りした。

実は、財布に金が入っておらず、女将さんを拝んで借りてきた。
そこで、その借金を返しがてらに、今日は家族で蕎麦で夕食と洒落込んだ。
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酒を頼むと出てくる突出しは、塩茹で落花生に、秋刀魚の竜田揚げに、マリネに、南瓜の煮物に、皮付豚バラに、玉子焼き。これに鳥の塩焼きと、野菜の餡のかかった揚げ蕎麦、小鉢の生醤油うどんを食べながら焼酎のロック、最後は私は「とろろ蕎麦」で締めた。
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強まる雨脚の中、スーツとズボンの裾を濡らしての行き帰りだったが堪能させていただいた。
行った甲斐があったと言うものである。
f0057955_2292813.jpg赤絵の桜 損料屋喜八郎始末控え 山本一力 文春文庫。
待ってました!一力さんの看板シリーズ二作目だ。

相変わらず登場人物の立ち姿が心地よい。
密度が高くて、しかしちょうど良いボリュームの5編の短編集で、中でも共に知恵者の喜八郎と伊勢屋が揃って手玉に取られる「逃げ水」が白眉。
仕掛けた側の江戸を離れた寂しさ、栄華を誇ったかつての江戸の町が変わリ果て、しかも既に自分の居場所が無い悲しさを、丁々発止やりあった相手にぶつけて去る後姿に涙する。
しかし、喜八郎よりも年上で、それを判らぬ伊勢屋でもあるまい、と感じたが。
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鯨の王 藤崎慎吾 文芸春秋。
深海底で火山性の熱水を噴出すチムニーの群れ。
スモーカーの熱水に溶けた物質が支える豊かな生態系。
この場所に新たな開発を持ち込まんとする企業。
その深海を住処とする、まだ世に知られていない巨大な鯨類。
これを追う科学者。
深海の巨獣を狩る最新装備の攻撃型原潜。
この未知の鯨は、音波を駆使して攻撃を仕掛けてきた。
リバイアサンと言わぬところが良い。海洋SFの傑作である。
妻が、札幌の義父の密命を帯びて北見の親戚を訪ねる際、私が運転手兼ボディガードを拝命する事になった。
f0057955_21313261.jpgちょうど北海道は紅葉の時期であろう、これを楽しまんと我等が夫婦に我が母も誘っての道東ツアーを企画したのだが、残念ながら往路の層雲峡も復路の日高樹海ロードも、既に紅葉の盛りは過ぎてい、白樺の裸の幹が寒々しい。

綺麗な紅葉を観たのは、層雲峡を降りた留辺蕊あたり、日高は夕張まで降りてきたところ、そして札幌市内は真駒内地下鉄駅の並木であったか。

と言うわけで、移動で慌しかった一泊目の実家を除いて、二日目の旭川、三日目の帯広は、秋のグルメツアーへと変貌した。

旭川では、旬の北海道の味覚を堪能させてくれた板前料理が、帯広では一軒目はいただけなかったが口直しの二軒目の寿司屋で味わったボーンフリーファームの牛トロ、たち、江戸前にはあらずの穴子が素晴らしい。料理人の自負もなるほどの味であった。

北海道の道路も良くなったものだ。
愛別までの道央道も、北見に向かう層雲峡ルートも、北見から足寄に抜ける国道と帯広までの道東道も、濃霧で視界10メートルでも道幅が広く快適な日勝峠、その後の樹海ロード、夕張からの道東自動車道路も、極めて快適に高速走行できた。
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芽室と十勝清水では、ちょうどビートの収穫真っ盛り。早朝から、あおり一杯に砂糖大根を積んだトラックが製糖会社に押し寄せていた。砂糖を取った副産物のビートパルプは、貴重な国産の自給飼料。既に戦略物資と化したこの飼料は、今シーズンは我々商系メーカーにどれだけ回してもらえることだろう。
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共働学舎新得農場のチーズ工房ミンタルに寄って10時のおやつ。溶かしたラクレットを落としたパンと、チーズの盛り合わせで、チーズにあうミルクティをいただいて、お土産チーズも沢山買い込んで、札幌まで戻ってきた。走行距離850キロの旅行は、仕事では一日で走っても疲れることはないのだが、少々こたえた。旨いもので酒が進んだこともあっただろうか、な。
千歳から戻って、千葉の自宅に戻れば翌日となるハードな休日であった。
沖縄で作られる豆腐は、チャンプルーなど炒め物に使っても崩れない、硬くしっかりとしたテクスチャを誇る。島豆腐と呼ばれているらしい。
これは、作り方が違うのだ。大豆を水に浸して吸水させて、北海道弁で言うと「うるかして」、ヤマトではこれを挽いて加熱してから「おから」を分けるのだが、ウチナーでは大豆を挽いて「おから」を除いてから「豆乳を加熱」して豆腐を作るのだそうな。九州の南部にも、この方法で作られる豆腐があると聞いた。

先日の沖縄駐在の技術員さんとの電話の中で、「おから」の飼料化の話になって、この話題まで辿りついた。
我々エサ屋とすれば、加熱されていない「おから」は、トリプシンインヒビターが失活していないだろうから心配かもしれませんね、と言うことになる。

生の大豆には、蛋白質を消化する酵素の一つ「トリプシン」を邪魔(inhibit)する物質が含まれており、これも蛋白質なので加熱によって壊れると言われている。だから、生の大豆は家畜には与えてはいけない、必ず加熱してからと、大昔に会社の先輩に教えてもらった。

f0057955_8151885.jpgまあ、大豆の蛋白質のほとんどは、しかも島豆腐の場合は尚更だが、豆乳のほうに行ってしまい、「おから」には余り残っていない気もする。TIは、pHが下がっても失活するとも言われるようで、では「島豆腐おから」もサイレージ化すれば、問題ないだろうか。

しかし、実際に牛に多量に給与する場合は、事前に産乳性を見ておいたほうが良いだろうな、などと考えながら飛行機に乗ったら、ちょうどANAの機内誌に島豆腐の特集記事がある。
有難い事に、写真つきで島豆腐の製造方法まで説明してあって、なるほど理解が深まった。

ANA機内誌【翼の王国】 「沖縄 ジョートー!島豆腐」 文=池畑木綿子 写真=飯野亮一。
偶然にしては出来すぎであって、これは神が「島豆腐おから」の飼料化を進めよ!と私に指示を下されたものと理解したのであった。
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エコフィード開発で、13日の夜から九州に来ている。
f0057955_20421586.jpg今日は甘木まで移動して打合せで、途中に寄った甘木鉄道の終着の甘木駅。
博多からは、電車で来ても、車でも、ほぼ一時間で到着する距離である。

この場所は、古墳も多く、邪馬台国の古地であるとの観測がある。
駅前には、これを説明する看板があり、日本発祥の地、卑弥呼の里の碑があり、そして四本のチャンスンがこれを守っていた。

私のような北海道人には、異質の文化だ。
我が屯田兵のご先祖も九州の出身だったが、私にはやはり異様な風景だ。
雪に閉ざされることの無い土地の、暖かな風の地の奔放な文明の匂いがするような気がした。

甘木、大川、柳川、そして宿泊は久留米とした。
今日の宿は、いつもの6,090円、しかし同じチェーンの昨日の博多の宿は3,960円だった。
競争相手が多いが故の低価格とは聞いたが、こんな料金で大丈夫なのか。泊まる側は安いにこしたことはないのだが、人事ながら心配になると言うものだ。
世界恐慌前夜なのかもしれない、今日、明日、そして明後日の三連休。
この間の市場の休みが、吉と出るのか凶と出るのか。蓋を開けての何とやらである。

f0057955_20592575.jpg今日は自宅に居て、先日会社を退職されたお世話になった先輩から届いた退任挨拶状へ返信のお手紙を書く。

ブログとは違って、書きたいことがなかなかまとまらず、急に思い立ち、背中にあるCD棚を片付け始めたりする。

世に出た順にYesの名盤を並べなおしながら、そうだ!PCに収録した音源をメドレーにメディアプレーヤーで編集してヘッドフォンで聞きながら、しばし至福の時を過ごしたのだが、、、

それもつかの間で、ふと耳に留まったアルバムGoing For The Oneの中の2曲目は、Turn of the Century、まさにこのところの金融市場を連想させた。

ドルの大崩落と円高の進展、資金が日本に流れ込めば、しかし輸出産業にはある程度の衰退は余儀なくされるとすれば、我が国の金融状況は大きく質的に様変わりするのだろう。この変化に対処して乗り越える企業が生き残る。我が社はどうかなどと考え始めたら、折角の至福の時もすっかり色褪せてしまった。

常勝であらねば国柄が許さぬアメリカが、三浦元社長のように観念して死を受け入れるのか。
ロシアも原油景気には終わりが来よう。パクスアメリカーナ亡き後の大国のパワーバランスの変化はどうか。どうも予断を許さない事態に突入するようである。
f0057955_21463243.jpg深川駕籠シリーズ お神酒徳利 山本一力 著、祥伝社文庫。
前集は7つの短編、この第二集は3つの中編。そのためか物語から前作の明朗快活な疾走感が薄れて、心象風景がじっくりと書き込まれた感がある。

これはこれで、こちらはすっかり二人の主人公に感情移入されられているので、これもじっくりと読ませていただいた。
一人と、もう一人の恋の行方が、微笑ましくも気になるのである。

f0057955_21464749.jpg天涯の砦 小川一水 著、ハヤカワSFシリーズJコレクション 早川書房。

宇宙ステーションでの爆発事故で、奇跡的に助かったものの取り残された数人の運命。
しかも、その中には、協力者にはなり得ぬ人物も含まれていた。
酸素と宇宙服を確保しながらの、生き残りを賭けた戦いが始まる。
登場人物らが置かれた環境の設定と、無重力空間での描写がリアルな佳作である。

朝から、研究員を乗せて富士まで日帰りした。
エコフィードのサイレージを試作、やはり乳酸菌は偉大であった。
帰路の道端で、山のキノコを買い込んできた。掃除して、塩水で虫だしして、明日はキノコ汁といたそう。
f0057955_21581525.jpg東京から越後湯沢まで1時間と少し、越後湯沢からは特急に乗りかえれば、3駅で一時間で、直江津に着いた。
案外と近いものだ。

雨がパラつく千葉だったが、直江津は三日続きの好天で、気温も高い。
スーツを着ていると汗ばむほどだった。

相手先とのエコフィード打合せは、少々てごたえに乏しいだろうか。
限られた発生量と水分が多いゆえに限定される輸送距離、運賃の下敷きでは、折角のエコフィードも何をやっているのかわからなくなる。
発生場所と、加工場所と、そして使用場所の見極めが、やはり鍵となる。
今後に期待しておこう。
移動中の電車の中で、今日はPCを広げることも無く、早めのビールと共に読みかけの本二冊を読了できたのは、幸いであった。
アメリカ市民へのインタビューを、たまたまテレビで見た。
損失を出した金融機関を、国の資金で救う必要などない! 実にマッチョなアメリカ人の正義感である。このような発言だけを編集したのかもしれないが、、、

ついでに言えば、9.11でも同様の見解を聞いたように思う。「何故 ”正義の国アメリカ”が、攻撃の対象となるのか!」 このような発言だけを編集したのかも知れないが、、、

かように健全な一般市民の見解が、下院の金融安定化法案を一時は否決させたわけで、これがようやく可決されても、時既に遅しである。なるほど、国民の見識を反映した議決であったかも知れぬが、世界経済の中心たる国の見識としては、あまりにも未熟であった。

アメリカという国の存在そのものに、つまり「ドル」にものを言わせて、根拠も乏しく無理な赤字を上塗りし続けてきた国である。その国民が、自国の実態を知らぬのも怖いが、さあ現状が露呈したときに、彼等マッチョな国民はどのような境遇に落とされるのか。そして、世界経済へはどう波及するのか。

短期的な円高は、我々エサ屋=インポーターにとっては好都合だが、後が怖いことである。