家の掃除もそこそこに、窓に並べて置いてあるゼラニウムの手入れをする。
枯れた葉を取り除き、枝を整え、花びらを散らすまでおかずに満開を過ぎた花は刈り取る。
窓を開け放てば、寒い寒い。セーターを着込んでちょうど良い寒い日だ。

昼からは近所の店に写真を焼きに行き、そのまま蕎麦屋で妻と昼食。寒い日なので、熱い汁の炙りかしわ南蛮で温まる。
ビデオ屋に行って、あまり買うべきものも見当たらず、間違いのないところで往年の007シリーズ廉価版を二巻買って、妹に本を送るため郵便局に寄ってから戻る。

まずは一つを見て、その後は机の前の片付け物をしているうちに、大学から息子が戻ったので、近所の店に一緒に酒を買いに行く。
夕食は、ビールをお供にお好み焼きを食して、その後は残りの一作を見た。
二作とも2000年以前の映画だが、古さを感じさせない。沢山お金のかかった映画なので、次から次へとただ見惚れているうちに話は終わった。

家の中は綺麗になり、机周辺も片付き、映画もそこそこ面白かった一日である。
晴れていれば散歩ができたのだが、まあ息抜きができた良い一日であったとしよう。
寒い日は今日までらしく、明日は10度近く気温が上がるようだ。明日は会社に出て溜まった残務をこなしておかねば、一週間を迎えられない。
明日からは、もはや6月に突入する。酪農業界、飼料業界には激変の嵐が吹いている。
この夏をどう乗り切るか、お客様のみならず我々エサ屋も正念場を迎えることになるだろう。
釧路発10:30の便で羽田へ。
この時間なら空いている空港バスで、あっという間に海浜幕張まで移動できた。
しめしめ、これならここで昼飯を食って、午後からの会議に間に合うぞ。
駅前には、いつの間にやら新しいビルが二つ建っている。どちらも飲食店がいろいろ入っているらしい。しかし、そんなに人間が増えたとは思えないが、客の奪い合いにはならないのだろうかと、いらぬ心配をする。駅中の改札向かいの食事場所は、以前よりは客が少ないようだ。
f0057955_18501282.jpg
何とか間に合って、気を良くして臨んだ他社との会議だったのだが、一年も経って今更の委託研究仕様変更は、どういうつもりか。当方の人の良さを利用して、これでは情報のただ取りではないか。
まったく油断のならぬ世の中である。
大いに当惑し、憤慨し、そして旅の疲れも倍加して帰宅した。
飼料コンビナートが集う、釧路西港。
線路を跨ぐ道路脇の倉庫の壁に書かれた文字。
いつも見るたびに、内地の酪農家の受取り方を考えざるを得ない。
f0057955_1518179.jpg

早朝の便で千歳空港。
苫小牧で打合せをして、夕方には南千歳から特急おおぞらに乗り、釧路に移動した。
昨日までは荒れていたそうだが、今日は青空の北海道。
流石に涼しくて、関東ではそろそろ気になり始めたスーツの上着も脱ぐ気にはならない。

先日、無性に聞きたくなったショパンのポロネーズ。演奏者の違うCDを二枚ネットで購入してPCに入れてあった。列車の中ではPCヘッドフォンでこれを聞きながら、本を読み始めたのだが、つい気持ちが音楽に行ってしまい読書は断念。まだ明るいのにワゴンサービスで缶ビールを買って、至福の一時。しかして特急で3時間半かかる、釧路はやはり遠いのだ。
f0057955_2112872.jpg
車内で買い求めた缶ビール。青函トンネル20周年記念であるそうな。
私が千葉に転勤になる数年前に開通したのだから、もうそんなに経つのだな。
海底駅のドラえもん企画列車に、爺さま婆さまが孫を連れて行ってくれたものだ。
すっかり日が長くなったこの季節、特急での日没は、ちょうど白糠駅に到着する間際であった。
f0057955_2122251.jpg

f0057955_2053727.jpg大井 玄 著、新潮新書。
サングラハ会報への連載記事を再構成した、貴重な医哲学書だ。
痴呆老人が住み暮らす精神世界を、著者の経験に裏打ちされて客観的に、しかし愛ある分析の上で読者に提示する。

なるほど、こうなのだ。
夫々の精神が認識する世界は、健常人でさえ多様である。
痴呆老人が自らの知力の衰えに応じて構築し得た世界観を、何も看護側が潔癖さを発揮して否定し、修正すべきことではない。

抗癌剤の副作用で奇矯な言動をする爺さまを前にして、大いに戸惑った20年前の自分を思い出した。修行が足りなかったことだ。

現代社会の解析と生存戦略の流れから、若者のひきこもりについて触れている。
日本固有の社会現象であり、豊かな社会故の発現であるのは確かであろう。途上国では生存の為に否応なく社会参加せざるを得ぬからである。しかし、その根源を鮮やかに説明されて、これは唯一無二の考察である。
周囲他人との協調を美徳として求められつつ「よい子」として成長し、自我の確立が伴わぬうちに学校や社会教育の中で突きつけられる競争原理に戸惑う魂。助言すべき大人と社会システムが陥る自立への勘違いと、結果としての責任放棄、或いは方法論の未熟である。

自分の子育てはどうだったか。
失敗したとは思わぬが、この辺りの陥穽を理解している、いないで、大きく家庭教育の形は変わってこよう。正にこのような的を得た経験則が求められるのである。
老人介護に対するよりは、むしろこれから子育てをする若い夫婦にこそ読んでもらいたい、人生の叡智の好著である。
たまに行く近所の和食料理屋から「上得意様向けの特別企画」。
全てのメニューをいくら食べても一人4000円也。
札幌にいる息子に案内書をFAXしたら、これを目当てに、しばらくぶりの帰省である。

相変わらず慌しい帰省であって、金曜日の深夜に帰宅。
土曜日は、それでも家の掃除と団地の階段掃除を手伝わせ、生憎の小雨の中を傘を差して電車で一駅の料理屋まで。店の負担を心配しつつも、家族四人でたらふく食べて帰宅。

日曜日は、皆で寝坊して、プロジェクターで彼の観ていないハリポタ最新作とチョコレート工場の怪作映画を鑑賞し、皆で最寄の駅まで送っていった。

元気で快活、少し痩せていた。
我が家で一週間も過ごせば、少しは体重も戻るのだろうが。
シンポジウムに出かけた日曜日は、寒い日だった。セーターを着込んだが、それでも風が身に染みて、風除けを一枚羽織ったら温かかった。
月曜日は雨であった。風も強かった。午後から田町まで出かけて会議だったが、都心で酒を飲んでの帰りも、夜までずっと寒い日であった。会議内容を反映して、心も寒かった。

そして今日の13日の火曜日。早朝から東京乗換えの新幹線で那須塩原まで移動。
朝の千葉と東京は小雨、ますます寒い日で、既に仕舞いこんだコートが欲しかった。
帰りの夕方は、さすがに台風の影響だとかの雨はあがったが、戻った千葉はとても冷え込んでいる。自宅では晩飯のために台所にガスストーブを持ち出し、事務机の足元のセラミックヒーターも電源を入れている。

新幹線の行き帰りは、勿論PCを開いて仕事。20年前に手がけた仕事のちょっとした整理総括を命じられたのだった。
長男が生まれた頃の私の仕事の結果が、今も残っている。当時を思い出しながら、懐かしく楽しく取りまとめをした。ある頃の自分と、今の自分を比べざるを得ない。仕事に対する処理能力は増加したか、精度はどうか、パフォーマンスは向上したか、、、
自分自身の能力は、あまり変わっていないのかもしれないな、と思った。

進歩したのは、IT作業環境だけなのかもしれない。
見かけの処理能力だけは、上がっているようである。
持続可能な国づくりの会(緑と福祉の国・日本)が主催するシンポジウムに参加してきた。
板橋区のグリーンホールにて、午後1時から7時までの充実した内容だった。
f0057955_23213863.jpg
小澤徳太郎氏の、「希望の船出」から11年-経済も、福祉も、環境も-
先進国家スウェーデンの現状を、日本の無策と対比して述べる。スライド資料の作り方が上手な方で、良く理解できた。環境問題を経済諸問題以前の前提に置くスウェーデン。

西岡秀三氏の、低炭素社会は持続可能な国づくりへの1歩
エネルギー多消費型文明との決別と、日本型持続可能社会モデルの構築。科学者としての真摯な物言いが印象的だった。

岡野守也氏の、持続可能な国を作りうる心
ばらばらコスモロジーを克服して、今こそ「つながりコスモロジー」を。相変わらずの正しい言葉使い、判り易い説明、時間が無くやや早口ながらも、今日の基調講演たる内容。

大井玄氏の、江戸時代の環境崩壊阻止と倫理意識
大火が相次いだ江戸で消費され枯渇に瀕した森林資源と、これに気付いた幕府の環境政策。
環境倫理は本来は閉鎖系であるべきだが、我が国の閉鎖系故の欠点の指摘は秀逸。

神野直彦氏の、「人間回復の経済学」で言いたかったこと
ケインズ的福祉国家の行き詰まりに対して、米国、英国そして日本で選択された新自由主義的な規制緩和・行政改革は、やはり失敗であった。今、グローバル経済が破綻のアラームを鳴らしている。環境と経済の両立は、本来可能である。今あるべき経済の形を提案する。

非常に聞き応えのある講演が五題で、参加費2,000円はお得であった。
サングラハ岡野チルドレンの主催する会と言って良いのだろう、大学生から20代後半の若者がこのようなシンポジウムを企画し、議論する。頼もしい限りである。
反面で、30代、40代、そして私のような50代前半までの所謂働き盛りの参加が少なく、60代以上の参加者が多い。この辺りの組織化が今後の課題なのだろう、と感じた。
f0057955_1714130.jpg結局、連休の四日間は、風邪で寝て過ごす羽目になった。
一日目・二日目は、起きて食事の仕度もしながら、様子を見て明日は事務所になどと考えていたのだが、三日目は鼻水がひどく熱も出て起きているのが辛くなり、ほとんど布団の中にいた。

小雨と薄曇のぐずついた天候だった連休も、最終日には何とか晴れ上がった。空に合わせて体調も小康状態に至ったが、まだ本調子とは言えず、結局、明けて7日の今日も会社を休んで病院に行き、薬をもらってきた。ついでに床屋にも行ってきて、ようやく明日からは働けそうなり。

休日を体調回復に費やしたことへの喪失感はないが、休日出勤して片付けられると踏んでいた仕事が手付かずに終わったことでの焦燥感があり、これはストレスの素である。

f0057955_17141932.jpg深川黄表紙の面白さに味をしめて、カミサンが作家買いしていた山本一力の文庫本を品定め。
体調不良で根気が続かぬとなれば短編集が良かろう。

損料屋喜八郎始末控え、文春文庫。
武士を捨て損料屋に身をやつした喜八郎だが、裏ではある札差の後見役をその先代から頼まれている。武士階級への多額の貸金を公儀に棒引きにされた札差商人達が、今度は武士への貸し渋りを始めたから、江戸中は金が動かぬ不況の嵐。その中で、喜八郎と商人たちとの駆け引きが火花を散らす。

蒼龍 文春文庫。
作者を世に出したオール讀物新人賞受賞作をはじめ、初期の短編集。どれも、自助と努力、夫婦や先代・周囲との人間関係の大切さを気付かせる、読後感の爽やかな作品集。

f0057955_17143261.jpg深川駕籠 祥伝社文庫。
共に訳アリの大きく逞しい二人の若者が、深川の長屋の主に拾われて始めた駕籠かき家業。
時間を限った仕事の賭けに乗り、不埒な御家人を懲らしめ、足が自慢の同業ライバル、鳶や飛脚と駆け比べをして師走の江戸の町を盛り上げる。

明朗無比の青春体力時代小説。若くて図体がデカイは良い事よ、喧嘩も強いし足も速いぜ、文句あるか。

損料屋と深川駕籠には続編もあるようで、これも楽しみ。
山本一力氏は、そう古い書き手ではないはずと思ったが、デビュー後は随分と早いペースで、しかも優れた作品を多く残しているようだ。また楽しみな作家が増えてしまった。
f0057955_21413611.jpg山本一力 講談社文庫。
小間物問屋の一人娘で絵師の雅乃を紅一点に、夏負けの特効薬を売り歩く蔵秀、文師で算盤上手の辰次郎、飾り行灯師の宗佑の四人が繰り広げる、大江戸エンタテインメント。

個性際立つ若者四人が、その才覚を合わせて江戸の難事に立ち向かう。ある時は広告代理店まがいのアイデアで奇抜な物売りを仕掛け、窮地に陥った雑穀問屋を助けたと思えば、次にはこれを裏で糸を引いた悪徳商人親子に高い買い物をさせて仇を取る。

豪商・紀伊国屋文左衛門とも渡り合って大きな商談を全うさせるのみならず、相手を成り上がりとばかりに深川の粋を鮮やかに見せつけたり、最後には取引の陰の企みを見破って一泡吹かせたり。

この作者のいつもの江戸人情物とは一味違った、テンポのよい娯楽優先の短編連作。第二集もあるようで、早く文庫にならぬかな。とても楽しめました。