今年の1月は、次男の受験を控えて家族揃って帰省せず、千葉でゆったりとお正月を迎えた。
ところが1月末から2月の上旬には、まさかの義母の急死で、札幌に急行する羽目になる。
3月、息子は無事合格してくれて北海道に行くことになった。彼を送りがてら、しばらくできない家族旅行。大阪で雀さんを聞き、やくらで串カツを食べ、奈良にも遊んで、セントレアから千歳。
4月と5月は、NPOの総会と各種届出、そして野菜の企画で忙しかった。
6月は、急に決まった部下の転勤と、堆肥発酵機のメンテナンスツアーで大忙しだった。
7月は、自分の仕事も守備範囲が広がり、また社内プロジェクトにも駆り出されて、飛行機による出張がとても多くなった。
バタバタの中で、あっという間の10月にはNPOの公開研修会も実施したが、反省が多かった。
11月には、透析の身の上になった義父が、加えて脊椎膿瘍が判明して、しかも術後の大量下血であわや危篤かと思われた。月末には、私も不注意で怪我をして、取引先の方にも迷惑をかけてしまった。
12月は、仕事に追われながらも何とか懸案の周辺の書類整理を敢行したが、年末の難題発生に頭が痛い年の瀬となった。

指の怪我は、抜糸は終わったが、傷口はまだ硬く強張っていて爪は死んでいる様子だ。タイプするのに支障が無いのは不幸中の幸いである。
気がつけば、事務所で仕事をする日の退社時間は、夜の10時11時が珍しくなくなっている。
これは少々体に応えるので、来年は何とかせねばと思うところだ。

どうも今年は、本業に追われて、バイオマス関連の個人的業績が振るわなかったな。
これでは、ブログ名も考え直さねばならない。
いやいや、明年こそ頑張ってバイオマスな仕事をこそしなくてはな。042.gif
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朝から会社で、片付け仕事。外は雨が降っていた。
突発事故で一日取られているので、とうとう仕事は片付け終わらない。
今年やりのがしたことを、思い付くままメモに残せば10を超えた。来年に持ち越しだ!

四時過ぎに自宅に戻り、食器洗いと鉢物に水やり、鍵をかけて、行ってきます。
雨の千葉から羽田は曇り空、着いた千歳はマイナス二度で、そう冷え込んではいない。
空港には、紅白梅をあしらった門松。年末特価のレンタカーを借りて、今日は妻の実家まで移動すれば、久しぶりの家族全員集合である。
早朝から、息子を羽田空港に送って行く。
流石に年末であって、朝の六時だと言うのにワラワラと人の波!

戻って、会社で年末の書類の整理に没頭した。
事務所階と書庫を台車で往復して、書棚から移し、整理しなおして、捨てる。
カテゴリ分けして並べると、おお仕事の時系列が良く見える。
何で、この状態で引き継いでくれなかったのかと、少々憤りを覚えた。(-_-;)

しかし、念願の作業を終えて、来年に向けての士気は上がったな。
昨夜、得意先から伝えられた支払いの遅れ。極めて高額の与信事故発生である。
朝から同僚と経緯を取りまとめ、社内メールで関係先に発信、上司にも報告する。
とりあえずは社内規定に従った契約作業をしていたかを洗いなおす。こんなことを確認しても、支払いが早まるわけではないのだが、まずは社内向け説明を整える。これは保身であるか。

管理部門からの指示で、相手先の担当者に改めて電話をし、文書を流す。
売れ残りの機械を買っていただいたこともある得意先で、その意味では世話にもなっている。
心苦しいが、立場上やむを得ない。言うべきことを伝えた。

年末に飛び込んでくる諸仕事をこなしつつ、午後からは携帯もフリーズしてひたすら対処に専念した。夕方から始まった親睦会の宴会にも出席せず、大いに消耗して6時過ぎに退社した。

既に昨日、カミサンが実家に戻っている。
一人残った息子と待ち合わせ、蕎麦を食い、居酒屋で酒を飲む。
息子の就職への取組みなどを聞く。
早めに帰宅して、風呂に入り、明日は息子を空港まで送って行く。
そのまま出社して、残務整理をする予定なり。
30日の夜には、私も北海道に向かわねばならない。残務に向ける時間は、今年はあと二日。
前回の忘年会は、副会長が風邪で欠席だったので、今年のうちにもう一度の忘年会。
今日は皆さん体調もよろしく、お店のお母さんに怒られながら、4人でビール068.gifで乾杯してから、少し残っていた芋焼酎を空けて、その後は4合瓶を2本も空けてしまった。こりゃ飲みすぎだ。
話はいろいろ、2月の研修会のゲスト講演者やら、体育系の昔話やら、夫婦談義やら、、、
楽しく語らって、酔っ払って帰宅した。043.gif

26日は、朝から新製品の会議、続いて午後イチで親会社の農学博士に関連の商材を紹介してもらう。建設的な仕事は、後は大変なのだが楽しいものだ。
あまり遅くならずに帰宅した。
022.gif朝から溜まったメールとの格闘。
夕方に来客あり、同僚も誘ってそのまま蕎麦を食べに外に出る。
穀物相場と石油価格の高騰、首都圏での不動産の供給過剰の話、あまり明るい話題はない。
蕎麦屋で〆の柚子きり。鮮烈なる香りに、酔いしれる。
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その後は、スタンドバーでギネス、ボウモア、そしてブッシュミルズなど。おおいに酔っ払って帰宅した。

24日 会社の床掃除で、出社しても仕事ができない。大寝坊して、一日自宅で本を読み音楽を聴いて過ごす。こんな休日は実に久し振りなり。外は快晴の冬空。寒い風が窓を鳴らしている。
f0057955_20272024.jpgハイドゥナン上・下巻 藤崎慎吾 著
ハヤカワSFシリーズJコレクション
二巻合わせて961ページ、重さ900gの大作である。

舞台は、薄型シートパソコンや、ユビキタスな携帯端末、進化したIT機器が日常生活周辺にさりげなく登場する近未来の日本。
伊豆の珊瑚の海で耳元に呼びかける声を聞いた大学生の岳志、
与那国島で神様に呼ばれ巫女(ユタ)としての運命に直面する柚、
深海調査艇のパイロットの武田、乗り組んだ地質学者の菅原、微生物学者の橘、米国の大学に籍を置き木星の衛星エウロパに生命を捜し求める天文学者でネイティブアメリカンの末裔ホーマー、f0057955_20281396.jpg
橘の師であり独自の環境生態系共鳴理論を展開する博物学者の南方、量子コンピュータを駆使する天才科学者 只見、岳志の研究室の助教授で認知心理学者の吉田、そして彼等を組織する地球科学者の大御所の大森、、、
沖縄の南西諸島の地下で動きはじめた未曾有の地殻変動に対して、彼等の選んだ道は、、、

いやあ、凄い。恐らく多くの時間を費やしたであろう綿密な取材と、破綻を見せない多方面に及ぶ科学的見識に支えられて、織り成す伏線と量感溢れる描写に圧倒されつつ、一気にしかし丁寧に読んだ。

これは傑作。
巨大スケールの、脅威の、近未来アニミズム・シャーマニズム・ハードSFだ!!
ハイドゥナンとは、架空の楽園「南与那国島」の意味だそうだ。
19日は朝からプロジェクト会議。喉風邪を引いたかして、喉が痛む。
こちらも忙しいが同僚が忙し過ぎる。明後日の堆肥発酵機の本検査立会いは私が行くことにして、そうなればできるだけ仕事は片付けておかねばならぬ、と頑張る。何とか明日にならぬうちに会社を出たが、帰宅したら次の日になっていた。

20日は、午前中の打合せを済ませて、電話を数本で、会社を出る。午後から都内で業界の会議だ。農水省の担当官から、いろいろ技術関係の情報を聞き、また意見交換と質疑応答。
東京駅から新幹線で名古屋乗換え、岐阜羽島まで移動して宿泊した。

21日は、借りておいたレンタカーで高山に向かう。検査に立会うが、やはり遅くなって、この時間ではレンタカーが帰せなくなり高山市内に泊まる。
まだ喉が痛むので酒を二日間断っているが、「地酒の宝庫」に泊まってこれを飲まぬのは酒飲みとは言えぬと、地酒のカップを数個買い込んできて、ホテルの部屋の電磁湯沸しに放り込み燗酒を飲む。まあ、一杯でやめておく。

f0057955_1801749.jpg22日、今日は帰るだけだからと寝坊して、ビジネスホテルで遅い朝食をゆっくり。高山市内から東海北陸道に向かう道すがら、高台にある真光さんの建物が相変わらず目を引く。
金色の巨大な舟を思わせる屋根の上に、真紅の玉が鎮座している。本山なのだろうか?

高速道路は路面は溶けていても周囲は冬景色だ。飛ばす理由もないのでゆっくりと走り、岐阜羽島でレンタカーを返して昼過ぎの新幹線に乗れば、3時過ぎには帰宅することができた。
多分、これが今年最後の出張になるのだろう。
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17日は羽島発、早朝から高山に向けて車を走らせ高速道路を北上した。
路肩に雪が寄せられていると思いながら進めば、標高が上がるにつれて、その雪の固まりが徐々に大きくなってくる。そのうち小雪がちらつき始め、路面も白くなりはじめた。
気温が高いので圧雪や凍結にはならない、シャーベット状と言ったところで、こちらはスタッドレスだし、運転者が北海道人であるから特に問題はない。
2時間ほど走れば高山市内に辿り着いた。

現場で堆肥発酵機の調整をしながら検査を待つ。夜半から朝にかけて降ったという雪が周りに残り、底冷えする。野外でじっとしていると寒い寒い。防寒着を持っていってよかった。
書類検査が一段落して、昼過ぎからは現場確認、続いて再び書類検査。元請者の廃棄物処理義務など、立ち会っていろいろ参考になった。

思ったより検査が長引き、今日中の千葉戻りは諦めざるを得ない。では、翌日の同僚の行動予定に合わせて、帰路は中央道ルートに変更とした。
安房トンネルを抜けて松本方面に下りる。山を登ってゆけば、今度こそトンネルまでは路面に雪が積もっていて多少緊張したが、ダムを過ぎてからは路面も乾き、高山をでて2時間で山越えを済ませた。

少し北上して、定宿の豊科に泊まる。明日の朝イチの会議は申し訳なかったがキャンセルさせてもらい、続く都内の会議は昼前からなので、朝の特急に乗れば間に合うはずである。

18日、朝7:38の豊科発スーパーあずさ6号に乗車。豊科駅は朝の霞の中。
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松本で4両を連結して、10時半には新宿に着いた。銀座まで地下鉄で移動して、会議。
4時には終わり、会社に戻って仕事とも考えたが、忙しくて行けていなかった床屋を選んだ。
久し振りに早く帰宅した。今日は読みかけの本を持ち横になれば、きっと早く寝てしまう。
10時に、頼まれて行けなかった息子の代理の映写技師として、市内の会場に向かった。
お付き合いのある先生がキリスト者で、今日は聖書を読む会のクリスマス祝会がある。
中学生と高校生のお孫さんのパワーポイント発表のアシストである。

老齢の方々が多いが、ようやく歩き始めた子供もいる20名くらいの集会で、旧約聖書の一部分を読み、聖歌を歌い、お話を聞く。
聖歌は都合3曲だったが、うち2曲は知っているメロディ、もう一つも聴いているうちに覚えて、キリスト教に縁のない私にも歌うことができた。
お孫さんの発表も上出来で、礼儀正しく利発な若者達であった。

出張で飛び回り、土日もなく夜遅くまで仕事をしている最近の私にとって、心静かな、穏やかな方々との場は、日常にぽっかりと空いた日向ぼっこのような気分だった。
とは言え、2時過ぎに終わって会社に戻れば、いつもの日常が待っている。
5時過ぎまで仕事をして自宅に戻り、家族を誘って駅前の焼き鳥屋で一杯やりながら、ではそろそろ行ってきます。快速電車に飛び乗り、東京から新幹線で名古屋で乗換え。10時過ぎには岐阜羽島に到着した。明日は、高山市で納品した堆肥発酵機の検収があるのだ。
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