つくばエポカルで、エコフィード・シンポジウム。
食品副産物を利用した発酵TMRは、当方のお家芸であるからして、あまり得るものはない。
民間がとうの昔から取り組んでいても、国の試験場の先生方が認知しなければ技術ではないらしい。発酵TMRは最近の技術」とは、片腹痛い。
サイレージ用乳酸菌も、戻し堆肥技術も、複合生菌剤も、みな然りである。

どうしても豚用リキッドフィーディングが前面に出るのは、仕方が無いか。
澱粉粕の尿素処理サイレージの話題は面白かった。会場からの質問「何故、ホル肉牛・乳牛への試験ではないのか」に対して、発表者側の「贅沢に聞こえるが、当方には黒毛しかいない」との答えは、極めて正直だが、考えさせられた。まさに北海道の乳牛のための技術であるべきだからだ。

日獣の木村先生のDDGSの話題、一般向けの総括的な話題は、我々のようなプロには食い足りないが、それでも二三得るものがあった。流石は第一人者の理解は広範である。

日大の佐伯先生の発表で、リキッド飼料の乾物補正の式が示されていた。乾物に、乳酸とVFAとアルコールを加える考えは納得できた。
f0057955_22543249.jpg
釧路で3時過ぎまで打合せ。
帰路に着くべく、釧路空港にやってきた。

復活なった「白い恋人」は、お土産屋さんのどこも売り切れ。
二日前の夕方の千歳空港も、やはり売り切れだった。
本格製造には至っていないのか、製造が間に合わないのか、まあ売り切れは復調の証で結構なことだ。

騒がれはしたが、違反の程度は重大ではなかった、とも云える。
北海道を代表する銘菓としての自負をもって、お客様を大切にして、この調子で立ち直って欲しいものだ。

羽田からは、モノレールとJRで秋葉原、ここで「つくばエクスプレス」に乗り換えて、つくばまで。
明日はエコフィード(食品副産物の飼料化)の発表会があるのだ。
出張続きで事務所に戻るのが怖いくらいだが、しかし、このテーマは私の本業の一つ、出席しておかねばなるまい。
つくば駅前も、イルミネーションが綺麗だ。雪があったほうが映えるのは、云うまでもない。
f0057955_2364755.jpg

f0057955_23522895.jpg早朝に、南千歳でお客様を拾って苫小牧に向かう。
夕方には仕事が終わって、札幌まで戻って荷物を降ろし、レンタカーを返して、特急に乗るために新札幌駅にやってきた。

駅前のイルミネーションが、小雪の薄化粧に映えてとても綺麗。

ふと見れば、あれっ! 牛の絵柄のタクシーが客を待っていた。

f0057955_2241483.jpg




特急で3時間半の旅。
車中では、駅地下で買い込んだ値引きの寿司を食べて終えて、PCにヘッドフォンをつないでPink Floydを聞きながら、いつもならビールが手元にあるところだが指の傷の化膿を恐れて酒を断っているから手持ち無沙汰。
9時半を回って到着した釧路は、札幌よりは暖かく感じた。
26日は、昨日の緊急病院の先生の言いつけを守って、近所の外科に行って指の傷の様子を見て貰う。待合では、朝から婆様方が溢れている。皆さん、腰痛などを抱えて理化学療法を受けに来ているらしい。なるほど、住宅地の中にある整形外科は、この様なものかと納得する。

私の番となり、まあ大した怪我ではないのだが一応は骨折しているし傷口の縫い目も生々しいものだから、先生のテンションは上がり、看護婦さん達の注目も浴びる。整形外科がご専門の先生は、血が騒いだのだろう。ご老人の世話ばかりでは、確かに張り合いがないかもしれないな(失礼)と感じた次第。化膿止めの追加を処方してもらう。

遅刻して会社に出て、メール連絡もそこそこに今度は駅に走る。飛行機の時間にギリギリだ。
新木場駅の乗り換え時間に、パンと缶紅茶を買い込み、臨海線の前のほうの空いた車両に座ってモグモグと昼食。ANAは、チェックインが二次元バーコードに変わっていて、手荷物検査が長蛇の列。こんなときに限って金属反応アリで二度も戻される。背広のポケットに電卓が入っていたのだった。旅慣れた私としたことが、、、

すっかり暗くなった千歳に到着。レンタカーを借りて、義父の入院する病院で妻と合流。短時間の見舞いだが、あまり交わす言葉もなかった。危険な状態は脱したようで一安心だ。
夕食の寿司を買い込み、途中で次男を拾って実家で晩飯。楽しく語らって、早めに就寝した。

今日は朝から会議。夕方に終わって、昔通った美園のラーメン屋「鈴蘭」に顔を出して、話しをしながら旨いラーメンを一杯。この店のラーメンは、バランス良く品も良く、旨い店が多い札幌でも上位ランクと思っている。この水準の札幌ラーメンが、なかなか関東では食べられない。
すっかり満足して車を走らせ、千歳のホテルに入った。
今日の札幌・千歳は、雪がヒラヒラと舞っていた。冷え込みは厳しい。
今日は朝から寒い。我が家にいても足元が冷たくなる。
夕べから布団の下に毛布を重ねるようにしたが、千葉も着実に冬に進んでいると感じることだ。
外を歩くにも、コートが必須になった。

妻が今日からまた、入院した義父の介護に札幌に向かう。下血もほぼ収まり、多少は安定している容態も、果たして小康状態を維持することが出来るのか。とりあえずは下血が止まり、血圧が安定し、栄養点滴を外して通常食を受付けるようになれば、退院も視野に入ってくるのだろうが、どうやら長い道程である。札幌にいる叔母達が代わるゞに付き添ってくれ、毎日容態をFAXで連絡してくれている。有難いことだ。
来週は、私も北海道に出張が入っている。札幌に行ったら、病院には顔を出しておこう。

22日は、朝から来客。滑舌悪い技術系の親父と、自分ばかり喋る商社系のコンビ。いい年をして、初対面の挨拶もろくに出来ない。営業としては失格だ。
景気が良くなくて荒んでいるのか、こんな営業は願い下げである。こんな奴等とは話したくないし、勿論の事、買いたくはない。こちらの値打ちも下がりそうで、早々に話を切り上げお帰りいただいたが、当然、そんな当方の感触も、彼等は判らない。どうも鈍い方々であった。

午後からは、東京と札幌と帯広を結んだ三元TV会議。相変わらず、互いの発言の間の取り方が難しい。言葉も画像も到着が半秒ほど遅れるのは、おそらく処理落ちのだろうな。これだけの距離で、信号の伝達そのものが遅れるはずはないからな。

その後は、来社したJVの担当者との打合せ。この方々は、頭も良くまわり、油断は出来ぬが印象は悪くない。流石は業界首位の会社の方々で、他流試合にも慣れている。当方の都合で打合せ時間を遅くしてもらった手前、では打合せもそこそこに蕎麦屋で会食。
蕎麦掻き、干物各種を炭火で炙ったもの、葱ま鍋、出し巻き卵、蕎麦ガレットなどを出してくれ、最後には名物の鳥汁蕎麦で〆た。
帰路は、そうだ昨夜もやはり寒かった。

21日は、出張の整理と来週の出張予定を立て、出張申請、飛行機の手配、関係者への日程連絡を済ませてから残務整理をすれば、帰宅はやはり10時を過ぎていた。同僚の車で送ってもらったのは有難かった。
f0057955_203011.jpg副題は13のストーリーズ 坂川栄治著 光文社文庫

数年前に出た単行本の文庫化であるらしい。電車の広告で、わが故郷でもある「遠別」の文字が目に留まり、いつものBookWebで取り寄せた。
作者は、遠別町出身の装丁家だそうで、年齢は私より二年先輩である。読んでいて、自分の遠別での少年時代を、大雪に取り囲まれた冬を、遊んだ夏の野山を思い出した。

遠別は静かな町で、当時はまだ自動車など普及していなかったから騒音もなく、よく音が通った。遠くの鍛冶屋の鉄を打つ音がカーン、カーンと響いていたことを、今でもその時の青い空と一緒に覚えている。

浜で地引網を手伝えば小魚を貰った、冬は通りかかった農家の馬橇に乗せてもらい通学した。住んでいた公営住宅の前にある広場で、夏は家族で花火をした。毎日すぐ近くの集乳場に行って、井戸水に浮かべた牛乳缶から鍋いっぱいの牛乳を買ってくるのが私の仕事だった。バイクの後輪に足を巻き込まれ、父に迷惑をかけた。鶏を飼っていた。自転車に乗れるようになり、しかし砂利に車輪を取られてよく転んだ。テレビがついた。マーブルチョコが宝物だった。お寺の息子と友達だった。海の向こうに見える利尻富士の景色が好きだった。

19日からの富士への出張の道すがら、新幹線の中で読了した。
19日は富士宮泊まり。仲間と近所の居酒屋で一杯やって、カラオケの二次会。20日は午後には仕事を終えて、戻ってきた。飲み疲れもあって、夕方帰ってからすぐ横になっていた。
富士宮のタクシーの運転手さんお勧めの「富士宮焼そば」の有名店。場所を聞いていたので、仕事を終えて皆で向かってみたのだが、残念!定休日であった。リベンジなるか?
f0057955_2112553.jpg

少し寝坊して、昼前に自宅を出る。
会社に出る前に、てくてく歩いて、結局は行きつけの蕎麦屋に顔を出し、牡蠣南蛮で温まる。
私にとって、蕎麦は熱い汁に浸っていないほうが絶対に旨いのだが、しかし温かい蕎麦を食べたい季節がやってきたということだ。

千葉は、ちょうど今が秋から冬への季節の変わり目。
今日も天気は良いが、風は冷たい。街路樹の葉は紅葉を過ぎて、強い風に吹かれてはバラバラと頭の上から散りかかる。歩道では、落ち葉がつむじ風にかき寄せられてグルグル回る。
f0057955_203453100.jpg
会社の事務所で、のんびりと仕事。なかなか気分が乗らないのは、少々疲れ気味なのである。
書類をカテゴリー別に整理していて、おもむろに気がついた。そうか、前任者のファイリングが悪いので書類が片付かないのだ。情報の置き場所が決まっていないから、書類が溜まる、整理が出来ない。となれば目的別のファイルを作ろうと、がぜんやる気が湧いてきた。
タイトルを書き込んでファイルを作り、系統だって書類をまとめれば、だんだん机の上も片付いてゆく。まあ、ようやく新しく担当した部分の仕事が腑に落ちてきたと言うことなのだろう。

自宅に戻れば、息子が夕飯のスパゲティを作ってくれる。なかなか旨いではないの。
飛行機をキャンセル待ちしていたカミサンも、どうやら座席が確保できたらしい、10時過ぎには戻れるようだ。義父の病状は小康状態。大腸の潰瘍からの出血である事がわかり、絶食して腸粘膜の再生を待つのだそうだが、さてどうなることか。
看護に行った叔母に「延命はするな」と言ったとか、いかにも父上らしい。
朝から会議に情報提供側として出席。昨夜11時まで作っていたPPT資料を説明する。
その後は、昼食がてらの散歩。行ってみたかった近所のうどんのお店。
f0057955_038533.jpg
昼食の後は、自宅に戻ってしばしの休憩の後に、夕方からNPO理事会に出かけた。
新入会員の方が、自分でも微生物オタクというほど、なるほど詳しい、しかも実践家である。
サラリーマンで、仕事の合間に堆肥を作り、畑も持っていて、いったいいつ寝ているの???

f0057955_0461361.jpg理事会の後の飲み会では、農協職員氏ともお近づきになれたが、この方の堆肥にかける思いは熱い。
このような方と連携して、我々の活動も、まだまだ意義ある展開が出来そうである。

ところで、付き出しの鯵の生姜甘酢巻きは、旨かったですね。
先日、脊椎膿瘍の内視鏡手術を受けた義父。原因不明の腰痛が、これで治るのかと思いきや夕方に電話で大量の下血との報。何故、背骨の内視鏡手術で下血なのだ!!!??
とりあえずカミサンが、文字通り夜遅くの飛行機で飛んでいった。札幌で何も知らぬ次男と合流したはずである。

私はと言えば、明日の営業会議に使うPPT資料を準備しながら、万が一の事を考えて火急の仕事をこなし、この時間に帰宅した。
明日は予定通り、朝から会議。夕方のNPO理事会には、果たして出席できるのか。
一体どうなされた、親父殿。
鹿島で大勢集まって打合せ。社内の製造事業所を綺麗にしよう。所謂5S運動だが、実は私の会社の飼料工場は、かなり掃除が行き届いていると断言できる。
他社の工場で、おっこれはマズイだろう、と思うことが度々あるのだ。
掃除をし、道具を定位置に置いても、それを継続すること、モラールを維持することが難しい。
低きに流れがちな緊張感を保つことが、皆で自覚してキープすることが、大切なんだよね。
会議の後の、飲み会の後の、夜中に目覚めて撮った鹿島の夜景。24時間動いている工場群の灯りと煙が眩しかった。
f0057955_0303186.jpg