27日 鼻炎が完治しないところにきて、窓を少し開けて就寝したら、夜が思いのほか寒くて、夜風が部屋に入って風邪気味である。前日まで蒸していたのに、油断が出来ぬ。

28日 まだ風邪を引きずっていた。午後のお客様が帰ったところで、早引きさせてもらって自宅に戻った。日中はまだ蒸し暑く、暖地の階段を昇って自宅に辿り着けば、大汗をかいた。夕飯も食べずに寝てしまう。カミサンが札幌に行き、長男と二人の夜だった。

29日 寝坊して、そのまま外に出ず、一日自宅にこもって安静にしていた。しばらくぶりだな、こんなのは。夜寝る前に、少しばかりNPOの仕事。

そして今日、やはり寝坊して起きたら雨が降っていた。肌寒い一日。
遅い朝食をとって、会社に行く。明日は出張なのだ、準備があるし、残務もある。
夜に自宅に戻って、長男と飯を食い、風呂に入って、久々のブログ更新。

目の前の温度計は、温度22℃、湿度68%を示している。今日で9月も終わる。つまり我が社のクールビズも今日で終わる。明日の出張から、ネクタイと上着が要るわけだ。
今年の夏は、関東直撃の台風の前に涼しさでフェイントをかけられて、台風一過は再びの蒸し暑さが体に堪えた。今日の肌寒さで、ようやく夏が終わったと実感することだ。
20日は釧路から戻った。明日の会議は私が主催しているのだが、これに出席する大学の後輩と一緒となれば、千葉の夜は私のおごりである。明日の会議に差し支えぬ程度に飲んだ。

21日は朝から会議。準備不足は否めないが、まあこのあたりで良かろうとも思う。会議の後の飲み会では幹事役もこなした。金曜日の夜は、店を選ぶのも大変だった。

22日は、休日出勤なのだが、示し合わせたわけでもないつもりだが、急遽の会議となった。
午後6時からはNPOの理事会、その後はまたも飲み会となる。会長のご病気が、対処が早く支障がなさそうで一安心したことだ。

23日は、午後からNPOの講習会の下打ち合わせに出かける。

24日は、朝から夜まで会社で残務整理。

25日は、週明け業務と会議の波にのまれる。仲間の送別会があり、その後の残務整理に遅くまでかかった。
朝から札幌で会議、夕方に終わってそのまま特急に乗って、釧路までやってきた。
たっぷり3時間半の旅。新幹線と違って、狭くて揺れが激しい在来線の特急は、乗っていて疲れるものだ。
釧路に着いたら9時過ぎ、こんな時間の特急なのに結構混んでいた。
肌寒い。しかし、寝苦しい夜にはならないだろうから、良く眠れるものと期待しよう。

18日は、栃木県の食品メーカーに副産物の商談。何とかものになりそうな気配だった。
小山まで戻る途中、昼になったので、以前美味しかった記憶のある自治医大前の鰻屋さん。
f0057955_23374677.jpg
立派な鰻重で、思わず写真を撮ったが、久し振りに美味い鰻を食べた。
その後、羽田から千歳、札幌駅で母、妹、息子と待ち合わせして、少し遅れたが母の喜寿のお祝いお食事会。中華の店のコース料理だったが、決して油濃くなく、楽しめました。そのまま実家に泊まる。

17日は、一日事務所で仕事。16~15日は、体調不良もあってしばらくぶりの自宅休養。
古いシュミレーションゲームを引っ張り出して、プロジェクターで投影して大画面で遊んでいたら、すっかりはまってしまった。恐るべし、セガサターン。
そうだ、15日は血圧の薬を貰いに行った行きつけの病院で、慢性化してしまった鼻炎の治療に抗生物質も処方してもらってきた。腸内菌層が乱れるので、抗生物質は嫌なのだがな。

最近、たくさんの本を読んでいるが、何かと忙しく、読書記録が追いついていない。
今日の特急の中で読んだ、フラーレン、カーボンナノチューブのブルーバックス、
昨日、飛行機の中で読んだ、茂木先生の脳のエッセイ、
そして、読みかけを持ってきた、米原真里さんの犬と猫のエッセイ、
その前の出張で持って歩いていたハヤカワのSFを二冊、
そして、寝物語にふと手を伸ばしたら、止まらなくなった、レンズマンシリーズ4冊の読み返しは、これで何度目だろうか。とりあえず忘れぬうちに書き留めておこう。
韮崎まで日帰り出張した。
朝、千葉を出るときは比較的涼しくて、昨日に引き続いてネクタイを締め上着を着た。
新宿で、北海道から今日の朝飛んできた同僚と合流して、特急スーパーあずさに乗る。
甲府・韮崎は、雲はあるものの青空が少し高く見えて、秋の到来を期待させた。

会議でお会いした大学の准教授氏、私が関わった農業高校の堆肥処理施設をご覧になったことがあるとかで、当方のシステムを褒めていただいた。それからいろいろ話をしていたら、この方は乾式バイオガスの研究を大手企業と進めていたと仰る。

聞くうちにそのシステムの特徴が気になって、もしかして、それは〇〇〇〇社では? 
ハイ、そうです! やっぱりね!
当方の発酵機の設計について、発注をちらつかされて設計協力を求められた事がある。
最初は丁寧に対応していたのだが、数回の設計打合せに出席を求められて図面を何度も提出、散々当方からアイデアを出して概要がまとまり、精密な見積もりを提出したら、高いので相見積もりをしているとか言いながら、更に技術的な相談を持ちかけられた。
流石に頭にきて、「技術協力には人と時間と金がかかります。どうも共同開発のノリになってきましたね。これ以上のご協力には、契約の上でしかるべき費用をいただかねばなりません。」とメールを打ったら、それきりになってしまった。

最初から、この先生と直接やっていれば良かったわけだ。
その後どうなったかもお聞きしたが、あんなに現場に疎い設計者では上手く行かないだろうな。
やたらと過大設計をする、計算ばかりが得意の若い方だった。現場で鍛えられていない、現場で悩んでいない、組織が大きく分業ができる大企業ならでは、と感じたものだ。

それにしても、まったくの偶然で別の会議で出会い、しかも予期せぬ会話がきっかけで、昔の関わりとすれ違いが判明したわけで、世の中は狭いものだと思い、また「人の縁」を感じた次第であった。
このところ、とうもろこしが安定していると思っていたら、麦類がとんでもなく高騰している。
ウクライナの旱魃に端を発して、小麦が垂直上昇とも言うべき値上がりで、今後オーストラリアの減産が表面化すれば、手に負えないレベルまで進むだろう。
小麦、ライ麦、大麦、燕麦、特に肉牛用の飼料においては麦類の飼料価値を求める設計が多いのだが、ここまで高値になってはどうしようもない。
配合飼料原料としての大麦は、既に年内には、とうもろこしよりトン当たり5千円高いレベルまで、その後は四半期毎に更に5千円、5千円と値上がりが必死だ。

配合飼料の原料たる穀類は、もう我が国では高値安定のとうもろこししかないのか?
これは、もはや畜産物の市場価格を上げてもらうしか、道はないだろう。

来年1月のカップヌードルの値上げが報道されている。理由は、やはり小麦の値上がりである。
消費者に、穀物原料の値上がりや畜産物の価格上昇を訴えるとき、このネタが一番説得力があるという話がある。情けないが事実であるのだろう。
台風が通り過ぎたら、また夏がやってきた。
暑いし蒸している。一度涼しくなってから、また暑さがぶり返すと、体に負担が大きい気がする。

7日は、午後から予定通り真岡の企業に副産物の打合せ。台風で設備に支障があったとやらで打合せが出来ません、ではサンプルだけいただきます。那須まで移動して宿泊。今日が最終日のセブンイレブンの70円おでんを肴にビールで夕食。早く寝た。

8日は、営業所で打合せ。こんなご時世で、ただ安い基礎飼料を求められている。しからば、これでどうだ。新規原料で設計したサイレージ飼料だが、当社の試験牛には聞いていない。野心作と言えなくもない。打合せの後、東北道が混まないうちに、千葉まで戻る。

9日の今日は、昼まで大寝坊。午後から会社に出て、流れた会議と昨日の会議をまとめてメールで流す。おお、明日は月曜日だ。体を休める時間もない、って昼まで寝ていた私だった。
今日のうちに富士宮に入っておかねばならなかった。
上司の都合も加味して、その日に日程が変更された会議であった。
夜に富士宮に着けば良い、となれば、どうしても就業時間までは事務所で仕事をしてしまう。
さあ、6時を過ぎた。台風は近づいているが出かけるとしよう。

ネットで調べれば、新幹線が風雨が強まったため、新横浜駅などで待機している。これは不通になりそうだ、車で出かけることにした。

走りながらラジオを聴いていると、東名高速は清水の向こうが通行止めになった。
これは念の為に中央道から回るしかないか。と考えていたら、今度は中央道の勝沼-八王子間も大雨で通行止めになってしまった。
これは困った、やはり東名高速しかないのかと思い直して、とりあえず首都高に繋がる京葉道路に進入したところで、営業所長から電話。彼の上司が新幹線の中で缶詰になったらしい。
明日の会議は止めましょうか、と言う。

もう少し状況を見ましょう、として電話を切ったら、しばらくして私の上司からも電話が来た。彼も新幹線の中で缶詰である。お前は戻れ。俺も何とか帰る、というので、では部長お気をつけて。この時点で会議の中止を決めた。営業所長に電話をし、京葉道路を降りて自宅に戻ってきた。

ますます強まる風雨。会議で決めるつもりだった事柄が、頭をよぎる。またメンバーの日程を合わせるのは容易ではない。とりあえずメールでのやリ取りで進めておかねばなるまい。そんなことを考えながら、ガタガタと叩かれる窓の音の中で、就寝となった。
昨日の日曜日は、珍しく誰も出てこない会社の事務所で、堆積した書類の山に取り組んだ。
あまり仕事に集中し過ぎたか、夕方になって体調が悪くなったので自宅に戻り、夕飯も食わずに寝た。二週間以上、鼻風邪を引きずっている。大事にしなくては。

さて、明けて今日は朝から昼まで事務所で仕事。
月曜日はどうしても社内調整に明け暮れることになる。
午後から、都内で分析見積もりを依頼して、羽田空港。東銀座で乗り換えた地下鉄が、羽田空港行きなのはツイていた。
f0057955_2124321.jpg
函館空港から函館駅に移動。函館は小雨が止んだところだ。
特急に乗り次いで、森まで移動して、今日の仕事は終了だ。
道南は久し振りだ。僅かな時間だったが、函館駅の周辺は驚くほどの様変わりだった。
昨夜は、家族で食事。
自宅と、私の会社から、それぞれ歩いて30分のところにある「和食レストランとんでん」に、夜7:30で待ち合わせた。気温は下がっているが湿度があって、早足で歩くと大汗をかいた。
お勧めメニューの「ほっき貝の刺身」「さんまの刺身」が美味かった。
その後は家族3人でカラオケ屋に入ってみた。
息子の歌う曲は、最近のものなのか、テンポばかり早くで、何やら判らぬ早口歌。これがいいんだそうである。

今日は、昼から昔NPOでお世話になった先生を、会長と共に訪問。肝心の生ごみ処理の話から、お相撲さん、鋼材の値上がり、介護業の厳しい実態など、いろいろ喋ってきた。

さあ、またとない空いた時間だ。床屋に行って髪を切る。3度目は15%安になり、気を良くした。ついでに皮膚科に行って、気になっていたイボを取る。
もみ上げの下に出来たウィルス性のイボで、髭剃りに邪魔でしょうがなかったのだ。
先生は問診もそこそこに、二つ返事で助手さんに指示して消えた。横にならされて、液体窒素を含ませた綿棒でイボを焼く。
これで組織が死に、10日もすればイボはかさぶたになって落ちる、との事だ。
請求書を見てたまげた。6900円とは、随分高いものだ。ほんの数分の処置だったが、書面には「手術」と書いてある。
床屋とイボ取りで、かみさんから貰った一万円札が消えていった。
さて、おじさんの風采は、一万円分上がったであろうか。