ようやく昨日の夕方に書き上げた年賀状を、近くの集配局まで投函しに行く。
毎年の事ながら今年も遅くなった。しかし郵便局には、次から次から年賀状の束を持った人達がやってくる。おお、我が家だけではなかったかと、変な仲間意識を感じたことだ。

戻って、昼に蕎麦を食べてしまう。これは私の実家からの流儀なのだ。
その後は手分けして、私と長男は家の掃除、カミさんはおせち料理に取りかかる。次男は自分の部屋を掃除しただけで、もちろん受験勉強に専念していただく。
ベランダと玄関前から始めて、団地の階段を5階から下まで掃き掃除。鉢物のゼラニウムに水をやる。よし、最後は机周りの整理に取りかかる。年末最後の身辺整理を始めた。

今年もいろいろあった。後で振り返る今年はどんなことが記憶に残っているのだろう。
1月にはブログを始めた。
2月には理不尽な振る舞いの某NPO内で異議申し立てしてジイサマ達と喧嘩して、その後退会した。今思い出しても腹が立つ。
3月には三重で大型物件の納品があった。社内の製造拠点を休止・統合・稼動させた。共に大仕事だった。
4月、一体型プロジェクターを買ってきて、我が家でDVDを見始めたのは確かこの月だ。
5月にはNPOの立ち上げ準備で多忙だった。
6月はNPO設立総会に漕ぎ着けた。本業では社内調整で忙殺されつつ、遅れ気味の各地の年次点検を何とかこなした。
7月、社内事業所の法対応のテコ入れをし、視察案内では一悶着あった。
8月にはNPO行事としての団地夏祭り出店。県知事からNPO認証。
9月にはNPOの登記と法人成立。本業では某プレゼンに時間を随分取られた。
10月に、我が家のADSL回線が光100メガになった。
11月にはゼネコンの工事遅延で止まっていた堆肥発酵機の設置工事を、ようやく終了。
12月は中旬やや体調を崩しつつ、年末に向けて各種打合せ、工事検収、棚卸しを、ようやくこなしたところだ。

読書では、相変わらずのSFものをシリーズで読んだ。その他、目についた作品にも手を出し、年の後半はミステリが多かっただろうか。他には地球温暖化の関連を数冊(二酸化炭素が原因でないとの考え方を知った)、ビジネス書も数冊。

音楽では、これも相変わらずの古き良きブリティッシュが中心。オークションを利用して、欠けていた作品を随分補完できた。トリビュートものを聞く楽しみも覚えた。そして忘れてならないオオタスセリ氏。衝撃だった。

このエキサイト・ブログは、MyBooksの機能を使ってブログを製本化できる。先日さっそく試してみたが、なかなか便利な機能で、レスポンスも早く、価格はそれほどでない。年が明けたら非公開にしている日常覚書も含めて、一年分を日記としてまとめて製本化しておこうと考えている。
朝に、薄っすらと雪が積もっていた那須。冷え込むTMRセンターで棚卸しを済ませた。
親しくしていただいている稲作兼業の酪農家さんから、玄米一俵をいただき(かたじけない!)、雪がチラツク東北道を首都高から千葉まで帰ってきた。
事務所に戻って、年末のメール最終チェック、皆さん良いお年を。積み残し懸案は多々あるが、一応明けて4日までの正月休暇に突入した。
5日は仕事始めで、午後からの日程も埋まった。6日は本来は休日だが、緊急の会議を主催している。9日からは、また三重県に一週間の出張が入っている。
ああ、やることが沢山ある。今から、年明けの優先順位を見当つけておこう。
千葉は、夜になって風がうなり、窓を叩いている。
昨日の出張の宿題が残ってしまい、連泊出張を日帰りにして深夜に戻る羽目になった。
今日は、朝からその残務整理をして、昼前にようやく事務所をスタートした。東京駅から乗った新幹線は13時を過ぎてしまった。年末棚卸に間に合うのか。
f0057955_21224178.jpg

多分、今年最後の新幹線。今年もお世話になりました。
大雨は朝方には上がっていたが、案の定、雨に弱い房総の電車は遅れており、京葉線も遅れがちだ。しかも、新幹線に乗り継ぐ東京駅が出発の遅れた電車で一杯で、この電車が入線できない。手前の駅でしばらく待たされ、いつもとは違うホームに入る。新幹線には辛くも間に合い、雨上がりの快晴の空の下を走る電車の中で、ようやく落ち着くことができた。
東京も横浜も、道路はまだたっぷりの雨をのせている。このあたりも大雨だったようである。

晴れなのだが風の強い豊川で、お役所の視察団のご案内。その後は、豊田JCTから東海環状道を走って美濃太田に移動して次の視察場所へ。
視察自体はうまく行って、ほぼ満足してお帰りいただいたことと思うが、時間が大幅に狂ってしまった。移動に思いがけず時間を食ったからだ。理由は簡単で、車のスピードが私の予想を下回ったのだ。
お役所の方々は、高速道路では制限速度を遵守される。私が120キロでスッ飛ばす道路も、きっちり80キロ、100キロのスピードを守られるので、何度かおいて行きそうになった。
彼等は、着ている作業服にも、乗っているその車両にも、町の名前が書いてあるし、そもそも公務員として法律遵守の姿勢は当たり前なのだろうな。最近は、世の中の目がうるさいし。
民間で良かった。小生。
歩いていても足元から冷え込むような寒い冬の朝だった。昼前から雨が降り出して気温は上がったようだ。昼を過ぎてからは大雨になって、私の都合で3時に事務所に来ていただいたお客様には気の毒をしてしまった。

5時半の終業チャイムとともに退社、この大雨の中を、今日はNPOの忘年会だ。
子会社の忘年会は体調不良で参加できず、本社のそれも出張が入って欠席したので、実はこれが最初の忘年会である。
こんな大雨の中では、流石に店にも客は少ない。明日は早いので、早めに切り上げ帰宅した。
富士宮に二泊して、24日は朝から茅ヶ崎に移動して、お客様の堆肥発酵機のオイル交換と油さし。24hタイマーが一個壊れて排気ファンが回っていなかった。やはり定期点検は必要ですよ、お客様。
茅ヶ崎から小田原で新幹線に乗り換え、浜松まで来て明日に備える。

翌25日は、午前で仕事は終わり。浜松と言えば鰻を食べて、新幹線で戻った。
浜松から乗った各駅停車の新幹線は、とても乗りごたえがある。
f0057955_2023161.jpgキュービクル(受変電設備)のトランスが経年劣化して、交換が必要となった。工事費を含め200万円となれば、稟議書を書いた手前、立ち会わねばなるまい。百数十万円かかったトイレ改修の検収も、一緒に行うことにした。
30年前の100KVAトランスと、最新の150KVAトランス、勿論小さいのが新しいトランスだ。コンパクトに洗練されています。愛知電機さんのベストセラー。
ちなみに古いトランスは、PCBが含まれていないか、これから検査する必要がある。

注)PCBはポリ塩化ビフェニールの略で、後年これらを含めてダイオキシンと称しています。不幸なカネミ油症事件で名高いですね。これを絶縁油に含んだ電源トランスは、処理方法が決まるまでユーザーにて保管が義務付けられています。

見上げれば、あまりにも近くに富士山は雪化粧して朝日に照らされておりました。
f0057955_2025132.jpg

f0057955_2021653.jpg功徳庵更科の「おかめ蕎麦」
大将の言によれば、湯葉と、松茸と、小田原蒲鉾は必須であると。
この店では、敢えて顔に見立てぬのが流儀であるらしい。
美味しい玉子焼き、ちゃんと仕事がしてある椎茸、もちろん蕎麦も、全てが自己主張していて折り合わず、丼の中で独立諸島を呈している。
あら美味しい。
この丼の大きさ(小ささ)が、江戸流なのだそうだ。

ノロウィルス報道で、牡蠣南蛮がすっかり売れなくなった。牡蠣で発病した人はいないようだし、そもそも加熱すれば問題ないはずだけれどね。
牡蠣が暴落しているらしい。皆さん、鍋の季節です。牡蠣は、心配なら熱を通して、ドシドシ食べよう!!牛乳と同じで、栄養抜群だよ。
会社の事務室に貼ってあるリーフレット、牛には素性の判ったA飼料を与えましょうと訴求する印刷物で、従って想定している読者は「酪農家」なり「関係業界」だ。
何の気なしに見ていて、いつも何か違和感を感じていた。
今日、つくづく見ていて気がついた。牛のイラストが私の違和感の原因だった。

f0057955_21533973.jpg一般市民向けのイラストとしては、まったく問題のない「牛の絵」だ。耳標をつけているあたり、注意して書かれているのかもしれない。しかし、想定読者は一般市民ではない、酪農家だ、プロなのだ。こんなに可愛く、しかも有り得ない模様で、しかも斑紋も何故か現実には少ない茶色で、直立歩行の牛を、プロ向けにわざわざ描く意味があるのだろうか。

牛の模様が違うでしょ」と、うしおばさんとカウベルさんに怒られるぞ!
要するに、編集側がプロでないと言うことか。
ま、たいしたことじゃない、いいんですけどね。

注)A飼料とは、牛などの反芻動物に食べさせるための、動物質原料を含まないエサのことです。BSE以降に、厳しく定められています。
このエキサイト・ブログには、ネームカードが貼ってある。ネームカードでは、アクセス解析ができて、どんな検索タームで読みに来てくれたかが判るようになっている。
私のブログは、これまでは「生ごみ」「エコフィード」や「堆肥」が多かったのだが、12月に入って異変が起きている。何と「からあげ丼」が首位に君臨しているのだ。

検索タームでは「からあげ丼」のほかに、「まんぷく食堂△宇治山田駅」「まんぷく食堂△からあげ丼」なんてのもある。
このヒット数は何なのだ、人気のある店に触れてしまった、と言うことに過ぎないのか。

年が明ければ、また鳥羽の現場に行かねばならない。また「からあげ丼」を食する機会があるだろう。前回は、実は三日続けて通ったのだ。

店のおばちゃんも素敵であった。
一日目の私の隣の客は、おばちゃんとの会話を聞くともなしに聞いたところでは、昔馴染みの地元出身のミュージシャンの若者であったようだ。今日、東京の仕事から新幹線で帰ってきた、収入を得るための仕事と、音楽の仕事はなかなか両立できない、とか言っていた。
この若者は、どんな音楽をやるのだろう、おじさんもソコソコ音楽は聴くのだがナ、などと考えながら、二人の会話を聞いていた。

二日目、三日目は、地元の常連客で一杯だった。財布を忘れた客を追いかけて、財布を渡したりした小生。ブログにアップした写真は、確かこの日に撮ったものだ。
空き店が目立つ駅ヨコビル、撤退する同業者を尻目に、私が判らぬ何故かで固定客がついて、そこそこ賑わっている駅前の食堂、そんな「まんぷく食堂」に幸あれ!と願う。