カテゴリ:仕事と出張( 546 )

ルイガノ号で通勤し、昼前まで仕事。昨日の出張報告、旅費精算、メールでのやり取りをあれこれ。とりあえず懸案を片付けたら、一度帰宅して昼飯に鶏と人参と牛蒡の炊き合わせを拵えて食べる。
f0057955_862493.jpg
旅支度をして近所にあるバス停から成田行きに乗車、15時には第三ターミナルに到着した。このバス、たまには南総里見号にもなるらしい。

LCC専用の第三ターミナルは、相変わらずの混みようだ。しかし、この時期の千歳行きは安い。雪祭りが終わったからね。片道で素の料金は五千円台である。
f0057955_875140.jpg
いつもと違って西回りに関東平野に舞い上がる、ほぼ満員のJetstarエアバス。富士山のシルエットがくっきりと見えた後は、東北の真上を飛んだ。山形辺りまでは雲もなく、雪化粧した地形が見渡せた。
f0057955_8111410.jpg
その後は雲の上、苫小牧の海岸上空から高度を下げて進入したところでまた雲が晴れた。やはり北海道は畑が広い、いつもこの情景を観るたびに、北海道の生産力を思い知るのだ。

今日も今日とて札幌市内のホテルは満室で、千歳駅前に泊っている。さあて、昨年秋から進めてきたこの仕事も大詰めを迎える。気を引き締めてまいろうぞ。
サプリメントの試供品を販売店さんに配ってもらったら、大口のお客様からクレームありとの連絡、一大事と駆けつけたわけなのだ。

為替差損と国際的な原料高で、製造工程を簡素化して製品の供給継続を狙ったが、大事なところでお客様の違和感あり。これは直接にお客様の話を聞かせてもらわねば。

お話を聞けば、これはピンチだ。対応策が生み出せるものだろうか。
お約束はできなかったが、全社の知恵を集めて何とかしなければと思う。販売店さんにはクイックレスポンス有難うございました。
f0057955_20204023.jpg
緊張感を持って対処した帰路、「発酵の里 神崎」の道の駅に立ち寄って人心地。地元の酒屋さんが始めたものが、周囲を巻き込んでとうとう道の駅まで出来た。

このキャラクターは「なんじゃもん」と言い、神埼神社の御神木の分身なのである。有難や、有難や。

神崎の酒蔵「鍋店」さんの仁勇、「寺田本家」さんの五人娘を買い、帰路の佐倉では旭鶴さんの絞り立てを買い、意気揚々と帰宅したのだ。

夕飯は、残っていた蛸に蛸ブツを買い足して、牡蠣とマッシュルームでアヒージョ、豆と葉物のサラダ、フナップエンドウの茹でたの。
朝は定時にルイガノ号で事務所に着いて、昨日の出張結果を踏まえ月曜日の会議資料を手直ししてリリースをお願いした。さあて市内の研究所にルイガノ号で移動する。

陽も高くなれば寒さは和らいで、羽織ったウインドブレーカーが邪魔になるほどの気温だ。午後からのアポ取りも出来て上出来であった。

10時過ぎに研究所で来客を迎える。我が方の研究員に説明させつつ、私はコーディネート役に徹する。同行させた若き同僚には、進行を参考にしてもらえただろうか。プレゼンには、常に相手の理解度の把握と、客観的な視座が求められるのだよ。

終われば研究所の車を借りて、市を二つ跨いで国道を昇る。
取引先に対して、少々虫のイイお願いをする。相手をしてくれた方が、なかなか練れた方で、舌を蒔きつつ言いたい事はお伝えしてきた。何とか前に進めたいもの也。

研究所に戻り、3日から停めてあったポルテ号にルイガノ号を積み込んで、私は直帰させていただきます。若き同僚は、同じく彼のルイガノ号で事務所に戻り、仕事が待っている。若いうちはそれで良い。

早めに帰宅すれば、生協の個配で葱と白菜が届いていた。まだ共に在庫ありの野菜で、今夜は白菜と葱を消費すべく鍋になった。暫くは白菜との戦いが続きそうである。
は~るばる来たぜ!函館ぇ~~~。なんてね、羽田から一時間では千歳に降りるより30分早い。あっと言う間に着いたぜ、函館!である。
f0057955_18545915.jpg
取引先を訪問して、ようやく煮詰まってきた感がある。何とか年度内に結果を出さねばと思う。関係者で、も一つミーティングを設る必要がある。

昼で仕事は終わり、海産物にありつけもせず戻る。帰路、自宅の冷蔵庫の中を思い出して、生ワカメを食べてやろうと鰤シャブを想定しつつ、買い物をして帰宅する。
f0057955_20303534.jpg
ところが、ピンポ~ンと佐川急便で牡蠣が届く。これは新鮮なうちに食すべきである。
f0057955_20315424.jpg
と云う事で、蒸し牡蠣を作ってカミサンといろいろな味で楽しんだ。柚子胡椒とオリーブオイルが一番旨かったかな。幸せに夜が更けて行くのであった。
仕事に関わらぬでもない相手先の訪問、のんびりと訪ねるつもりで、有給休暇の残りもあったから休みを取ろうと予定していたが、急な出張が入ってしまった。今日のうちに函館に入っておらねばならぬ。

では出張日と云う事にして、朝イチで間に入ってくれる社長さんの車に同乗して外房まで。東金にある食品会社を訪ねて、いろいろと現地打ち合わせ。副産物の飼料化(エコフィード)の話あり、エサには出来ぬ有機物の堆肥化の話あり、そして不要になった堆肥発酵機を引き取ってくれる話ありで、これをコーディネートできるのは私ぐらいなものだ。
f0057955_20132928.jpg
相手先の会長さんに昼に地魚刺身定食を奢ってもらったからには、頑張らなくっちゃね。打ち合わせを終えて千葉市内まで戻り、今度はJRで浜松町。しばらくぶりに乗ったモノレールで羽田空港に着いた。
f0057955_20184711.jpg
函館空港に着けば19時、雪がうっすらとあるが道路は融けている。駅前のビジネスホテルに泊って、明日に備えるのである。少々仕事を入れ過ぎたナ、と反省している。シニアなのにネ。気を付けませう。
朝は遅めに家を出て、青山一丁目の取引先で同僚と親会社の課長氏と合流。一時間ほどの商談。終われば再びメトロで八丁堀まで移動して、昼飯を食べてから次なる取引先を訪問、ここでも小一時間の面談。
f0057955_20363144.jpg
よく晴れた日で、朝は少々寒かったけれど、冬の日の定番でジャケットを羽織り襟巻と皮(合成皮革)手袋で、リュックを背負う。

事務所に戻れば3時過ぎ、あたふたとメール対処と今日の訪問まとめなどするうちに終業時間を少しばかり超えた。

最寄りの駅前のスーパーで、安売りの鰹と鮪の刺身を買い、白菜と焼き豆腐の炊き合わせ、ほうれん草のお浸し。ああ、今日は自転車に乗れなかったな。昼には炭水化物を摂ったというのに。

米国アイオワ州では、トランプ爺が敗北の報。まだ彼の国にも良識が残っているようだな。如何なる事かと思ったが、、、
22日 千歳から江別の研究所に移動する。千歳では降っていなかった雪が、北広島では盛大に周囲を白くし、新札幌も江別もそこそこの降りだった。
午前中は新製品のデザインやら広告宣伝などの打ち合わせ、上層部の期待が大きいので、こちらとしては緊張するのである。売れなかったらどうしよう。万全を期すべし、だな。
f0057955_10253286.jpg
野幌で活躍していた路面融雪(氷?)機、こんなのあるのね、初めて見たかもしれない。

午後からは札幌市内で墓所の相続に走り回る。いろいろ書類が必要で、面倒この上ない。古い戸籍を取り寄せたりする。

23日 所要あり、久し振りに札幌市内を歩く。正月を過ぎで雪祭り前のこの時期は、いつも満席のJetstarも空席が目立ったけれど、市内は相変わらず観光客が多いなぁ。
いろいろな言葉が飛び交っていて、圧倒的に多いのは相変わらず中国人だが、控えめに話す品の良いアジア人は台湾か香港だろう。少し南方系の顔つきはインドネシアかタイあたり? 英語も仏語も独語もあったようだし、ロシア人なのか北方系の方々もいたようだ。子供らが降雪を珍しがってはしゃいでおり、微笑ましい。
f0057955_10334755.jpg
大通公園では、雪まつりの準備中。

三越の食品売り場で、お久し振りキュウリ(魚)を見つけて買ってきた。実家での晩飯は、これを塩焼きにしたらホロホロと甘く美味。昔はよく食べたよなぁ。カブと豚肉とセリの味噌汁も作り、母と食す。

24日 西日本は大荒れだと云うが、札幌は静かなものだ。午後の成田便には影響がなかろうと思う。成田空港サイトで運航状況を見ようとするが、なかなか繋がらない。サイバー攻撃がまだ続いているのかしらん。まったく迷惑な奴共だ。
19日 日常が戻ってきた。
特休と出張で一週間ばかり会社に出なかったので、メール対処が大変なのだ。あっと言う間の昼、そして今月の予定を固めた。風の強い寒い日で、ナニクソとペダルを漕ぐ。夕飯は冷凍シュウマイの蒸したのと野菜の煮物など。

20日 午前中は残務処理の続き、午後からはこの一年間のプロジェクト年次報告会。頑張ってくれたメンバーに感謝。その後は懇親会で、シニアの私はなるべく脇に居て、若い社員達を社長、会長、常務の横に配置する。私は一次会で帰宅して、カミサンと飲み直して就寝。

21日 朝に聞けば、昨夜は若者たちの宿泊場所帰着は24時を過ぎたらしい。やっぱりね。
さあて、こちとら出張日なので、必要事項をメール報告などして一度帰宅。カミサンの為に野菜を刻んで、空港連絡バスに乗る。

成田空港で訃報が追いかけてきた。
昔の仕事で、私から堆肥発酵機を買っていただいた酪農家さんが、乾草の上から転落して亡くなったそうな。私より数歳は若かっただろうか、研究熱心で有能な方だった。

すっかり気落ちしてしまい、千歳市内のビジネスホテルで弔い酒。
Tさん、お世話になりました。
f0057955_1916495.jpg
千歳駅のガード下に、バーを発見した。今度寄ってみようかな。
14日 午後から移動を開始。東京駅から東海道新幹線で京都、四条大宮のホテルに泊まる。ちょうど、ネットのニュースで「政府が地方創生の一環で文化庁を京都に移転する方針を固めた」とか報じられた。

15日 地下鉄東西線がそのまま京阪電車になって、浜大津に着く頃は路面電車となる。これが好きで乗ったのだが、時間だけで考えれば本当はJRが手っ取り早いのだ。
大津でレンタカーに乗り換えて、国道1号線をひた走り、草津の先で右に折れて栗東トレセン。馬のサプリの販売店で新年ご挨拶と打ち合わせ。
f0057955_2253282.jpg
終われば素早く戻り、今度はJRで京都。昼飯を食べて「のぞみ」で2時間で東京、その後は1時間で帰宅した。
f0057955_22531958.jpg
おやっ、東京駅の新幹線ホームの先端に記念碑らしきものあり。たまたま自由席の1号車に乗っていたので発見できた。
調べてみれば「新幹線の父」と云われた十河信二(そごう しんじ)氏のレリーフと「一花開天下春」の碑文、多分右から読むんだよねぇ。

「一花開いて天下春なり」 何か苦難を乗り越えて晴れやかな心境なのだろうか、気持ちの良い言葉だ。

早めに帰宅できたので、蛸と牡蠣とマッシュルームを買って来てアヒージョ。鰯のパン粉ふりオーブン焼き、蕪の葉を湯葉と炒め煮。カミサンにも好評であった。
函館駅前のホテルで研究所長と合流して取引先。2時間ほどの打ち合わせをした。1月~3月のスケジューリングが出来て有意義だった。
f0057955_2233816.jpg
終われば所長を五稜郭駅に降ろして、私は函館空港から羽田に戻る。

夕焼けの関東に向けて高度を下げる飛行機から東京湾を見下ろせば、アレレあの立ち上る煙は尋常ではないぞ。羽田空港からバスで千葉に向かう東関東道の途中でも、周囲にもやが立ち込めて社内まで刺激臭を伴った煙が入ってきた。咳き込んでいる乗客もいた。

帰宅してニュースを見たら、船橋の産業廃棄物の山が発火したとか。ああこれだったのだな。

さて、時間つぶしに函館空港で買った光文社新書。商店街はなぜ滅びるのか、社会・政治・経済史から探る再生の道、新 雅史(あらたまさふみ)著。社会学者とは、皆シニカルで世の中を斜めに見てせせら笑う奴共かと思いきや、この方は正確な判断と反省を踏まえた現実的な提案をする、まだ若い頭の良い学者である。

意外や歴史の浅い商店街の成り立ちと、これを破壊した元凶「財政投融資」。コンビニの台頭がとどめを差したが、今こそ引き継ぐべき商店街が語る理念。あるべき規制の形。

書かれた時期は2012年とやや古いのだが、順調に版を重ねているらしい。確かにその価値のある優れた評論である。良い本に出会えて幸せな出張帰りであった。