カテゴリ:仕事と出張( 558 )

7日 早朝から千歳駅、沼ノ端駅まで移動して車で拾ってもらった。めったに降らぬ雪が苫小牧から日高に降ったばかりとかで、悪路を想定して早めの移動としたのだが、結局は浦川まで路面にはなかったね。
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販売店さんらと昼飯を食い、競馬の関係施設を見学させていただいて、南千歳から札幌。ススキノの定宿に着いたのは午後7時。ビールを飲んで、さっさと就寝した。

8日 病院に母を見舞い、洗濯物を受け取り実家で洗濯。その他、持っていくものをまとめて、不在郵便物を受け取りに南局、年賀はがきを買う。次いでミュンヘン大橋のコーチャンフォーで、母に読ませる本を買い、頼まれていた三年日記、スイスへ送るクリスマスカードとカレンダーなどを買って母のもとに届ける。

お医者様と介護士さんらとのカンファレンス、残す一か月と少しの入院期間とその後について打ち合わせた。

夜は取引先とススキノで打ち合わせと飲み会。札幌市内は夕方まで雪がかなり降った。温度が低いので路面は凍ったまま溶けず、その上にフワフワの新雪が乗る最悪の道路状態。歩行者は滑って転ぶ、車は交差点で一度停まると発進できない。

9日 洗濯物を収穫して、三度 母のもとへ。今日も道路状況は最悪で、バスも車もノロノロ走る。バス移動を諦めて地下鉄とJRで新千歳空港。空港内の郵便局で、カレンダーをEMS:国際スピード郵便で送る。スイスまで2600円也。

Jetstarで成田空港まで、待ち時間と機内ではひたすら今野敏の孤拳伝3に没頭する。相打ちとは、腕を上げたなロバート・ソン。

ポルテ号を受け取って東関道を戻れば、千葉北ICでまさかの大渋滞。ゆったり戻って夕飯を作るはずが、バタバタと拵えて席についてTVをつければブラタモリの時間だった。
5日 朝から再び虎ノ門。午前中の研究会に出席して、終われば展示を撤収して、先生方有難うございました。首都高を飛ばして千葉まで戻り、遅い昼飯を食べてから事務所に帰還。

個人面談があって、雑務をこなしていればアッというまに退社時間に至る。冷蔵庫にがんもがあったナ、大根を買って帰り、炊き合わせなど。冷凍のホタテもバタ焼きとした。
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6日 先月の販売実績の速報日。売り上げも史上最高だが、返品額も新記録だ。私はヌルイので「まあしょうがない」だが、若き統率者はこれをどう見るか。

昼を過ぎて、成田空港からJetstar。千葉も寒気が覆っていたが、千歳はさすがにキンと冷えている。明日は雪が降った日高だ。時間に余裕を見て移動することにしている。
虎ノ門は発明会館で研究会。早朝から車で都心を目指した。
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聴講しつつ展示もせねばならぬので、近所の駐車場に車を止めて台車でゴロゴロと会場に持ち込む。

駐車場は何と15分で500円、一時間停めていたら2,000円!!!
しかし、探せば一日上限4,000円のところがあって、ここに車を止めたのだった。

有意義な発表をいくつか聞いて、5時に終われば、首都高が混まぬうちに戻ってきた。明日はもう一度出かけねばならぬ。明日も駐車場が空いていることを祈る事である。
午後から飼料用米の意見交換会があった。
小伝馬町の馬喰町との境目辺り、ここは私が札幌から転勤してきて数年間務めていた我が社の事務所があったところだ。
今から思えば短い東京通勤だったけれど、濃~い思い出が詰まっている場所である。
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江戸通りを渡った先の豚カツいもやさんは健在であった。ご当地銘酒「神田橋」を買い求めた隣の酒屋は、営業していないようだ。
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昼に、夜に、よく利用していた中華「味の一番」もそのままだ。

会合ではいろいろ話題が出た。当方が関わるものも多いのだが、紛糾を恐れてバックレたりしながら、問題意識を持ちつつ帰宅。
我が社の関りを少し調べてみる必要がありそうだ。
10日 同じホテルに泊まっていた同僚と合流して、レンタカーで研究所に向かう。新製品やらリニューアル品やらの打ち合わせ。来年度に向けて粛々と進めねば。

昼前に終えて、今度は本社で会議のある同僚を送っていき、今日の私の仕事はお仕舞だ。
駅前でレンタカーを返して、出張のついでに有難く母の病院でのカンファレンスに向かわせてもらった。母の主治医、介護職、病院の健康相談員の方々と、今後の治療の方向について打ち合わせる。

母は、腰痛が日を追って改善しつつあり、また帰宅への気力も湧いてきたようである。

11日 土曜日。母の洗濯物は昨日のうちに済ませて、部屋干しだが扇風機をかけてあった。その他、言われたものをあれこれ持って病院へ。

たまたま高校の同期会で来札したカミサンを迎えに行き、今度叔母様方と京都に持っていく分骨を受け取り、母の見舞いは時間が許さぬ。明日にして、大通りまでカミサンを送っていく。

12日 起床すれば粒雪がパラリパラリと舞う朝。周囲の山々は薄っすらと雪化粧だ。カミサンと共に母を見舞い、カミサンを最寄り駅まで送って一度実家に戻り、片付けものをして、母にミカンを届けたら、今日は札幌駅近くのホテルに泊まっている。

月曜日にもう一息仕事をして、千葉に戻る。いろいろと細かな仕事が、私を待っている。ソツなくこなして参ろうゾ。
明日の会議に備えて、千歳に泊まっている。
レンタカーを借りておかねばと早めの羽田発JALに乗れば、わが社の社長も乗っておられた。びっくり。
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コンパクトカーで頼んでいたレンタカー、ヴィッツかマーチのつもりでいたら向こうの都合でマークXを貸してくれた。9千円台で思わず良い車でドライブができる。

ホテルに入って窓から見下ろせば、焼き鳥屋の提灯。
数串を頼んでおいて、コンビニでビールを買い、も少し時間があるのでビデオ屋でレンタル切れの中古DVDを買う。5枚で千円だって、安すぎネェかこれ。こーゆーメディアも、使い捨ての時代か。

ホテルに戻り、焼き鳥とビールをお伴にPCでSF映画鑑賞。今夜は早寝が吉と出た。
2日 現地検討会は朝の9時半に熊谷駅発だ。
隣駅前のホテルに泊まっているので、朝飯を食べたらホテルの露天風呂で温まって優雅に出発、こりゃ素晴らしきサラリーマン生活。
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現地検討会では、飼料イネの収穫実演。新開発の収穫機で即細断して後ろのワゴンに積み、ダンプカーで飼料基地まで運んでロールしてラッピングする。
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ラップマシンも三機種がデモしてくれて、参考になりました。

収穫風景、ラッピングの様子などすべてiPodで動画に撮ったので、来週には事務所で社内イントラにUPして共有化しよう。便利な世の中である。
10日 さあて今日からは出張日、午後の会議に向けて研究所に向かう。時折小雨降る中を実家をカメレオン号で出て、中島公園でカメ号をキレイにフキフキして、すすきののレンタカー店で車を借り、カメ号を積んで新千歳空港。

同僚をピックアップして研究所で製品チラシ更新の打ち合わせ、終われば道央道で実家に戻り、電気店に頼んでいたTVに接続する録画装置の確認。

題名のない音楽会、母が楽しみに見ていたのだが何と10月から北海道では朝6時の放送になってしまって、困っていたのだ。これで録画ができるようになった。

11日 移動日、しかし帰る前に母を近所の病院に連れていく。
整形外科の腰椎の先生からは骨密度対策に一日一回自分で皮下注射するフォルテオ剤を勧められたが、目の前でデモして見せてくれても自信が持てない母は、週に一回病院で注射してもらうテリボン剤を選択したのだ。

初回なので副作用が心配だったが、注射して30分程横になっていたが特に問題はなかったらしい、一安心である。

実家に戻り、残りの枝豆を収穫し、不足品の買い物に行き、TVの番組録画の方法をメモして母に説明して私は新千歳空港に移動。夜8時前には成田空港に到着し、9時過ぎにはカミサンとビールが飲めた。

いろいろあった一週間だった。今月はもう一度札幌に行かねばなるまいナ。
急ぎの仕事もないので、栃木県のお役所の方にお願いして、飼料イネの圃場を見学させてもらった。しばらくぶりの車での出張、朝から東関道で事故渋滞に一時間ほどハマった。市原ICの事故現場ではトラックが横転して二車線を塞いでいた。

その後は車を飛ばして辛くも待ち合わせに間に合った。
モミが少なく茎葉が多い高糖分飼料イネ、しかもヒメトビウンカが媒介する縞葉枯れ病ウイルスに抵抗性の新品種「つきすずか」だ。
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このところ現場を離れているので、初めて見た。知らぬ人が見ればイネだとは思うまい、異様な、存在感のある草姿だった。

高速道路から離れた場所で解散となったので、時間もある、昔通った土地を通りながら真岡から筑波山の麓をかすめ、土浦北から圏央道経由で千葉まで戻ってきた。
21日 月曜日は昼前に事務所を出て成田からJetster。
千歳市内に泊まった。

22日 起きてみれば雨、ホテルで傘を借りて札幌駅。レンタカーでまずは母の見舞いと洗濯物の受け取り。実家で洗濯して、しかし雨で外での物干しができない。エアコンをドライにして、干し姫様に洗濯物をかけ、扇風機で風を当てる作戦をとった。

再び病院で先月の医療費の支払い、続いて仕事で江別の研究所まで車を走らせる。物凄い土砂降りとなった。
明日の冠レースの商品を作り、乳酸菌培養の打ち合わせをして実家に戻る。

23日 実家の畑の枝豆が採り頃で、近所にお裾分けして、母に洗濯物を届ける。庭で採ったトマトが、同室の方々に好評であった。
叔母宅にも枝豆を届け先日の礼を言う。次いでマンションの仲介業者で契約書の不備を整えて、午後からは本社発の競馬場行き車両に乗り込んだ。昨日の豪雨がこの日は晴れてラッキー、少し蒸し暑いほどの好天、ダートはやや重であった。
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我が社の冠レースは最終11競走、長丁場となる。毎年の如く素人が馬券を買っても当たらぬもの也。

行きに同行した総務社員の身内に異変あり、帰路は一台の車に四人と荷物を載せて戻る事になった。いったんは札幌に戻り、社長を降ろして今度は私を千歳で降ろし、彼らが苫小牧の自宅に戻れたのは何時だったろうか。私でさえホテルで風呂に入り就寝は翌日であったのだ。

24日 戻った成田空港は残暑が厳しい。帰宅すれば自室の温度計は30℃を示していた。今日はこのまま出社せずに、買い物に出て身辺整理。どうも気温のギャップがこたえそうだ。