土曜日なのでNPOの生ごみ処理機メンテナンス、終われば昼まで会社事務所に出て仕事する。この短時間では終わるはずもないが、社内情報誌の編集作業。
よし12時になった、自転車で帰宅して、カミサンに昼飯を食わせてもらう。

13時には二人で家を出て、新木場乗り換えで池袋。立教大学でミニシンポジウムを聞いてきた。第68回日本生物地理学会年次総会の冒頭に、一般市民の参加を許して行われたもので、岡野先生の「持続可能な国づくりを考える会」の繋がりである。
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まずは、この会の運営委員であり、生物学者として学会を率いておられる森中先生の基調講演。続いての講演は二題
・持続可能な地球社会のつくり方 ─グローバル・タックスの可能性を中心に─
 横浜市大・院・国際総合科学群教授、国際総合科学部国際都市学系長  上村 雄彦氏
今、地球で起きている「環境問題」「飢餓」「貧困」そして「富の偏在」と氏の言葉では「投機的なギャンブル経済」への対処法として、圧倒的に不足する資金を賄うグローバル・タックス(国際連帯税)について説明する。国境を越えて展開される経済活動に対して課税し、その税収を途上国向けのHIVや飢餓対策に向ける。
既にフランス主導でドイツ・スペイン・韓国など8カ国で航空券連帯税が徴収されており、今後は通貨取引税の適用が叫ばれている。言うまでもなく、税収のみならず実態経済の10倍以上に膨れ上がったバーチャル経済への牽制メカニズムとしても期待されている。
残念ながら我が国では、民主党政権が「国民の理解が不十分」として蹴っ飛ばし、自民党政権での税制改正大綱では「忙しくて入れ忘れた」そうである。

・ふるさとのかけがえのなさを未来へ繋ぐ 作家・翻訳家 池田 香代子氏
公演予定を変えて、氏のベストセラー「世界がもし100人の村だったら」の成り立ちや、原発反対の立場を述べた。イサオ ハシモト氏の OverKilled のDVDを上映して、会場が息を呑んだ。また"1945-1998"の紹介もあった。

自宅から出かけて1時間半で、このような貴重な公演がタダで聴ける。肝心の聴講者は、多分数十人だったが、大変勉強になった。都会とは有難いものである。
持続可能な国づくりの会(緑と福祉の国・日本)が主催するシンポジウムに参加してきた。
板橋区のグリーンホールにて、午後1時から7時までの充実した内容だった。
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小澤徳太郎氏の、「希望の船出」から11年-経済も、福祉も、環境も-
先進国家スウェーデンの現状を、日本の無策と対比して述べる。スライド資料の作り方が上手な方で、良く理解できた。環境問題を経済諸問題以前の前提に置くスウェーデン。

西岡秀三氏の、低炭素社会は持続可能な国づくりへの1歩
エネルギー多消費型文明との決別と、日本型持続可能社会モデルの構築。科学者としての真摯な物言いが印象的だった。

岡野守也氏の、持続可能な国を作りうる心
ばらばらコスモロジーを克服して、今こそ「つながりコスモロジー」を。相変わらずの正しい言葉使い、判り易い説明、時間が無くやや早口ながらも、今日の基調講演たる内容。

大井玄氏の、江戸時代の環境崩壊阻止と倫理意識
大火が相次いだ江戸で消費され枯渇に瀕した森林資源と、これに気付いた幕府の環境政策。
環境倫理は本来は閉鎖系であるべきだが、我が国の閉鎖系故の欠点の指摘は秀逸。

神野直彦氏の、「人間回復の経済学」で言いたかったこと
ケインズ的福祉国家の行き詰まりに対して、米国、英国そして日本で選択された新自由主義的な規制緩和・行政改革は、やはり失敗であった。今、グローバル経済が破綻のアラームを鳴らしている。環境と経済の両立は、本来可能である。今あるべき経済の形を提案する。

非常に聞き応えのある講演が五題で、参加費2,000円はお得であった。
サングラハ岡野チルドレンの主催する会と言って良いのだろう、大学生から20代後半の若者がこのようなシンポジウムを企画し、議論する。頼もしい限りである。
反面で、30代、40代、そして私のような50代前半までの所謂働き盛りの参加が少なく、60代以上の参加者が多い。この辺りの組織化が今後の課題なのだろう、と感じた。
私の所属するサングラハとも関連の深い「持続可能な国づくりの会」が、来週の日曜日にシンポジウムを企画している。
そもそもサングラハの活動にも、日々の仕事が忙しくてまったく参加できていない、会報購読のみの参加状態だが、このシンポジウムは見逃せないと感じている。

草の根運動では国の方向性に影響を与えられない、理念ある政党を選び、組織し、後援し、そこに代議士を送り込んで、初めて政策に反映できるのだが、今の既成政党に希望は無い。
日本版「緑の党」の母体となる動きとして注目している。

少々、地球温暖化に対する警戒感が前面に出過ぎている。原因は化石燃料との決め付けは如何なものか、とも思うのだが、持続可能な社会を目指す精神には基本的に賛同している。
会の事務局は、⇒こちら

とりあえず、メールで興味のありそうな方々にご案内をしてみたところ、かなりの反響があり嬉しく感じている。
日時 5月11日 日曜日 13:00~19:00
場所 板橋区グリーンホール
参加費は一般2千円、事前に事務局に申し込んだほうが良いようです。
というのを、誘われて傍聴してきた。
平日の夕方5時から8時過ぎまで。委員の大学の先生方も、県の担当職員の方々も、遅くまでご苦労様です。

私としては、有名な「三番瀬」の歴史と現状が判り易く説明され、理解を深めることができた。
しかし、会議の内容はあまりいただけなかった。

県の「環境との調和に配慮した農業農村整備」について、どこかの大学の女性教授が辛辣な物言いをしていた。
こんな「環境に優しいごっこ」で衰退する農村を救えるのか、とか言っていたのだが、農地所有者がおり、その所有者の所得の手段であり、農産物の生産の場である農地の「生態系の保全」が、三番瀬やら印旛沼水系やらの保全と同等に語られるはずもない。他人の土地なのです。
そんなことを県職員に求めたって無理ですよ。県職員は何も反論しなかったが。

傍聴の女性市議の発言も気になった。
遺伝子組み換え作物も生物多様性には危機因子である」は、なんとか同意できました。
しかし、コシヒカリの原種の農林一号を植えています、固有種を大切にしましょうって、何か変ではないですか。
水稲農林一号だって、交配選抜の結果です。確かに偉大なる遺伝資源ではあるが。
捨て去られた古い品種に固執するのは、品種改良の否定。単なるアナクロニズムだ。

じゃあ、ホルスタインはやめて、原牛オーロックスを飼ったらどう。
ホモサピエンスなんかやめて、クロマニヨンやネアンデルタールと結婚して、あんたの子孫を原人に近づけたらどう。交雑するか判らんが。

生物学や生態学の基本や、農家の皮膚感覚を判らずに、都市部にいて偉そうに発言する権利があるのだろうか。
いつも感じることなのだが、市民運動には無知の弊害が付きまとう。
知らぬことは言わぬこと、このあたりが我慢できない、言わずに居られない方が多いのも事実。
常識人の会社員オヤジには、市民運動に限界を感じることが多い。
もっとも、素人は自分がどこまで判っているかが判らないから、素人なのだけれど。
11月19日に開催されるシンポジウム
「日本も〈緑の福祉国家〉にしたい! スウェーデンにまなびつつ」
の一般参加者の募集が始まりました。シンポジウム事務局ブログ
公開されていました。皆さんどうかお読み下さい。
今、聞くべき話です。会場でお会いいたしましょう。
http://blog.goo.ne.jp/smgrh1992/e/9b4656408d2cc5d983befbf20b91ee1b
千葉県では、年内に改定される「資源循環型社会づくり計画」に資するため、県内5箇所でタウンミーティングを開催してきた。今日はその最後の会場、旭市でのシンポジウムに参加した。
各地それぞれ、地元の環境NPOなどが運営に当たっている。先日の市原会場は、会社の業務の一環として参加したのだが、人数は集まらない、分科会の議長が不慣れでまとまらない、で散々の状況だったので、今回は会社を休み個人として参加した。
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さて、今日はといえば、上首尾だった。
大量消費が前提のリサイクルはあり得ない、まずReduce(発生抑制)との提言から始まり、販売側の売り切る努力、有料化がゴミを減らす、養豚向けのエコフィード(食品の飼料へのリユース)とリキッドフィーディング、努力が評価されずコスト高になりがちな有機農業、安易な飼料化への危惧、廃油から石鹸、菜種油のバイオディーゼル燃料、市民が出資する風力発電、地元密着の環境問題取り組み例、太陽光発電、など話題は多岐に及んだ。

旭市や市内の生産者との連携の歴史がある「生活クラブ生協」が主たる後援団体で、やはり彼等の活動の深さと蓄積、おそらく準備されていたのだろう議事運営の巧さが光った。
司会の網中氏も、飄々と話題を捌き、上手に参加者の発言を誘い、役割を振る。サブ司会を務めた竹中氏も、都度の発言を要領よくまとめつつ、ストーリーを持たせて進行させた。
場慣れしていて頭の良い方々が議事進行すると、こうも違うものかと感じたことだった。

最後から二番目の会場からの発言、このようなミーティングを、格好だけの行政のアリバイ作り(一応、県民の意見は聞きました)に終わらせず、今回のコーディネーターが県の計画作成委員となり、一緒に行動しその首尾を見守るようにせよ、との提案には大拍手、最後の発言では、食品残渣ばかりではなく食品容器もリユースできるものを選ぼうとの指摘で散会となった。