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21日に、「高速増殖炉もんじゅ」の廃炉が決定された。夢の原子炉は、とうとう夢に終わった訳である。

これまでの経過からして当然の帰結であって、何故こうも時間を要したのか。ナンたら言う知事が、まだ「容認できない」趣旨の発言をしているとのこと、笑っちゃうのであるが要するに技術論・科学的見地からの考察は二の次で、これまで関わった先生方(科学屋商売のエセ研究者と政治家)・企業・原発ありきで形成された地域経済が、急な幕引きを許さず、調整に手間取った、引導を渡すのに時間がかかったのでしょうね。

周囲の顔色を見ながらダラダラと決められない、馬鹿な国である。とうに決断すべきだった行政の責任は大きいと言わざるを得ない。
お前はすでに死んでいる(byケンシロウ)と、文科大臣あたりが喝破すれば恰好よかったのですけどね、まあきっと言った本人がこの国では生きていけないのでしょう。

もんじゅの特徴である冷却材の金属ナトリウムは全部で2千トン弱あり、その半分が炉の一次側を回っているので当然ながら放射性物質を巻き込んでいる。ただ空中に置くだけで酸素と激しく反応して爆発的に燃える金属ナトリウムだ、これからの取り出し作業に事故がないことを切に祈るものである。

もちろん、素晴らしい夢のMOX燃料だって行き場がない。そもそも原子力は、スイッチを切って「はい止めました」で終わるものではないのだ。
もんじゅ」はこれからも膨大な費用と人員と時間を食いながら、容易には消えてなくならない。いや、おそらく永遠に作業が続いて、その地域は封鎖され続けることになる。

神を恐れず、ヒトが手に負えない、大変なものを解き放ってしまった。いっその事、その反省を踏まえるモニュメントにして観光地化したら如何か。
そこには「過ちは決して繰り返しません」の碑文を添えよう。
文殊の知恵であるぞよ。
昨日の報道を聞いて驚いたのだ。

産経新聞では、大津地裁は「住民らの人格権侵害の恐れが高いのにもかかわらず、関電は安全性確保について主張、説明を尽くしていない」として運転差し止めを命じる決定を出した。と書いた。

また、NHKは「住民の生命や財産が脅かされるおそれが高いにもかかわらず、関西電力は安全性の確保について説明を尽くしていない」として滋賀県内の住民の申し立てを認め、運転の停止を命じる仮処分の決定を出しました。と説明した。

これだけを見聞きすれば、ええっ~、これが運転差し止めの理由になるの?と、誰でも不思議に思う事だろう。私もそう感じたのだ。

産経新聞などは、これで電気料金値下げが出来なくなったと嘆いてみせて、ゼロリスクを求める判決は異常と述べる。しかし、記事を読み進めば、(福島を襲ったような)過酷事故への対応策に危惧があると裁判官が説明していることが分かるのだ。この判断は事実に照らしてまったく正当である。裁判官はよく勉強していると感じる。

要するに記者共がアホである。最初から報道の方向を決めてあり、そこに事実を押し込んでいるのだ。産経新聞などは、勢い余って血が昇っているとしか思えない。
で、これが「ワザトかと」考えれば、多分そうではない。自分の無知と不勉強を棚に上げて、とりあえず周囲に迎合した物言いをし、旗色を示して、仕事をしたフリなのであろう。

自身の言動を自覚し、誇り高くあるべきマスコミ人であろうに。亡国メディア朝日はどーしよーもないが、産経もNHKもこのザマか。というわけで、テレビも新聞も死に、ネットだけが生き残るのであるなぁ。
悲しい現実である。
原子力規制委員会が、高速増殖炉「もんじゅ」をもはや日本原子力研究開発機構には任せられないとして「これに代わる運営主体を明示せよ」と勧告したと報じられた。保安措置が適切に遂行できず、原子炉管理の基本的な能力を持っているとは認めがたい、との評価だそうである。

高速増殖炉そのものの存在意義には言及せず、管理主体の能力不足と搦手で来たわけだが、私は自分の仕事でも実(ジツ)を取るのが主義である。結果として「もんじゅ」が廃炉になれば、経過は、理由は、この際どうでもよい。

関係者には言いにくい言葉もあろう、責任問題にもなりかねない、下手に技術論を持ち出せば議論が漂流する恐れもある。ここは日本人の得意な「大人の判断」で、責任は玉虫色で結構、廃炉が当面のゴールと考えたのだとすれば、委員会は尊敬に値する。

我々、企業で製品開発に携わる者がセミナーなどで教わる言葉に「サンクコスト」がある。埋没費用と訳され、つまりこれまで投下したコストや労力を現時点で見直した時に、回収できない経費を指している。製品化が成った暁にも利益が投資に満たなければ、マイナス分はサンクコストである。勿論、製品化できなかった場合は全てがサンクコストと云われる場合もあるが、例えば製品化プロジェクトに関わった社員の質的成長や、派生した技術が将来的に陽の目を見ることもありうるわけで、簡単な割り切りは難しい。

そして企業では「敢えて損切り」して、方向転換する事は当たり前なのだ。過去の投資や労力、組織の面子や責任の所在を問うても仕方がない。その時点、その時点で見直して経営判断が求められる。但し、企業では責任者の降格も当然ありうる。

類義語にコンコルド・ファラシーと言うのもある。コンコルドの誤謬、これだけ投資したのに、環境の変化に置いて行かれて「今やめたほうが良いのに」続けてしまい墓穴を掘る。
我が国の原子力に関わる研究者は、皆大変優秀であるはずだ。注ぎ込んだ負けを取り戻すために血眼になる、パチンコ狂いの方々と同じメンタリティである筈がない。

国民は、ここは損切りを認めよう。
高速増殖炉は、そして原子力発電は、もはや時代遅れなのだ。
文化の日である。
仕事があるカミサンを送り出したら、Youtubeで遊んでいた。
面白いアニメを見つけた。当時の動燃(現:日本原子力研究開発機構)が1993年に作成した、高速増殖炉「もんじゅ」に関するPR動画である。
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プルトニウム物語、頼れる仲間プルト君。とは、いかにも明るい未来の科学技術。水に溶けないから飲んでも平気、盗んだ素人が原爆を作るのは無理、探査機ボイジャーにも(原子力電池として)使われているなど、嘘は言っていない。
微粒子を吸いこんでしまった場合の「内部被ばく」に関する言及は、これは甘いと言わざるを得ない。しかし、「プルトニウムで、人が癌で死んだのか?」と言われれば、明確に反論が出来ないのかもしれないな。
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無邪気に科学技術に期待する。人間の原動力は好奇心である。越えられぬ壁も、いつかは越えて見せようと意気込む。佳き時代の産物なのだろう。開放系のイケイケドンドンの世界観。

1993年は、日本ではバブルが弾けて「失われた20年」とやらに突入した時代だ。私が千葉に転勤になった頃なのだ。鉄腕アトムの時代でもあるまいし、この年代でこうまで明るい作りは如何か。米国からクレームが来て引っ込めたのは宜なるかな。このエネルギーを見限るべきか、人類はこの功罪を真摯に見極める時期が来ている。私はと言えば、廃棄物処理に方針が立てられず、自慢の二酸化炭素排出ゼロも廃棄処理までを考慮すれば意味を成さない原子力は、未来がない事は言うまでもない。

ニコニコ動画にも転載されており、こちらの方がコメントが秀抜でお勧めです。
新聞の一面に「もんじゅ運営 剥奪を検討」とある。
原子力規制委員会が、明日に日本原子力研究開発機構の理事長から聴取した上で「重大な決定」を下すのだそうである。

機構を見限って、これに代わる運営主体を探すなどの検討に入る」とも書かれているが、そんな都合の良い団体があるわけがない。
ここは、「廃炉にしましょう」「核燃料サイクルは諦めましょう」と、正直に言うべきである。

夢の原子炉:高速増殖炉、海外各国が開発を既に諦め、実験炉を臨界に持って行けたロシアも実用化を凍結しているそうな。

ウラン235を使い捨てて冷めるまでプールに溜め込むのがフツーの原子炉、ここで出来てしまうプルトニウムも焚けるプルサーマル(福島第一の3号炉)は少しは燃料効率が良くなるが、画期的なのは高速増殖炉。
より濃度の高いプルトニウムを焚いて、しかも隣にある燃えないウラン238を燃えるプルトニウム239に変身させる。
焚いた以上のプルトニウムが出来てしまい、何と燃料が増殖するのである。これは素晴らしい夢の技術である。

で、やはり夢だったのだ。

この高速増殖炉が、所謂「核燃料サイクル」のキモである。厄介な核廃棄物も、再処理すれば燃やせます、と言ってきたが、サイクルできませんとなれば「今ある廃棄物をどう処理するか」を真剣に議論することができる。手に負えない廃棄物を生み出すばかりの原子力は、やはり近い将来「廃止に向けて縮小すべし」の結論が鮮明になる事だろう。

オンカロを見て絶句し、真理を悟って宗旨替えをした小泉元首相と同様に、賢明なる私達日本の大人達はこれ以上 原発に期待するのは止めようではありませんか。

現在稼働している原発、まだ安全に動かせる原発までも即時撤廃とは言わない。代替エネルギーを積極的に開発しつつ、原発ゼロの未来からバックキャストしたエネルギー政策が必要だと申し上げたい。

明日の報道が、楽しみなような、恐ろしいような、、、
東京ビッグサイトに出かけて、第10回再生可能エネルギー世界展示会を見てきた。
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毎年併催されている太陽光発電関連PVJapan2015は大面積を使って活況を呈していたが、再生可能エネルギーの展示は小規模。あまり見るべきブースもない。

産総研の総合展示のほかは、風力発電、小規模水力発電、今更の感がある家畜糞尿のバイオガス発電、資源作物スーパーソルガム、あたりで終わってしまう。

各地の大学からのプレゼン、アカデミックギャラリーを聴講。
千葉大学のケミカルヒートポンプ、回収排熱の有効利用技術。
いろいろな方面で応用が可能で、例えば冷凍車のエンジン排熱を化学蓄熱しておき停車時にエンジンを回さずに冷凍を維持するなんて事もできる。ちょうどそんなフェリー事故があったっけ。

東京大学のバイオマス・ショア構想。広大な砂漠を使い、海洋性の微細藻類を汲み上げた海洋深層水で大規模培養する。二酸化炭素を固定し砂漠を緑化、代替燃料と淡水を回収し、深層水の冷熱により植物工場や周辺産業を興すという壮大な計画。うーむ、人類の技術はこーゆーふうに使われるべきである。私が若い学生だったら、是非取り組みたい分野だな。

太陽光ばかりが目立つ最近の再生可能エネルギーだが、その他の分野も現実味を増している事を感じた。
そー言えば地熱はどうした、地熱は。原子力発電なんか止めて、地熱開発をやろうよ。日本は世界で三番目の地熱エネルギー大国なんだそうである。施設費用はかかるが、原料はタダだよ。
28日 暑さの続く外気を切って自転車通勤。
特に急ぎの仕事もない、メールで届く仕事をゆったりとこなしながら、平穏な日々だ。うーむシニア社員はこうでなければならない。
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事務所に近い道路のガードレール。何があった?ヒトの力では直せそうもないな。

早めに事務所を失礼して、今日はクリニックに降圧剤を処方してもらう。まだ在庫があるが、病院の盆休みを跨いでおくためである。

29日 暑さの中で漕ぐ自転車も楽しい。体が暑熱に馴染んできたようだ。ポルテ号を12ヶ月点検に出す。積み込んだルイガノ号で事務所に漕ぎ帰る。
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途中のセブンイレブンで喉を潤して、ふと気がつけば屋外機からの排熱がない。アレレ、この暑いのにと思いつつ辿ってみれば冷凍機排熱利用電気温水器なる装置が稼働しているのだった。
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ヘエー、こんな低温排熱でも有効利用できるのだな。昔、堆肥屋だった時に、80℃にもなる発酵温度が勿体無いと相談したら、この程度の低温エネルギーは回収しても効率が悪いとか云われたが、技術が進んでいるのかしらん。

さあて、仕事は定時に終えて、今日は事務所の駐車場でバーベキューだ。まだ明るいうちから屋外でビールで乾杯。退職された相談役とも久々にお会いできて、楽しいひと時だった。

森イゾウだ、モエシャンだと珍しい酒もあり、肝心の焼肉やホタテ、サザエ、ハマグリをあまり口にせず酒類ばかりを飲んでいたら、大いに酔っ払った。ルイガノ号よ、明日は迎えに来るからね。
去る4月12日(土)に、立教大学にて開催された市民シンポジウム『対論!人類は原発をどうするのか』を聴講してきた。
その際の公演が分割されてYouTubeにUPされたとのメール連絡をいただいたので、ここに貼りつけておこう。

まずは、反原発の「ネ申」小出先生の公演。
続いて、敢えて対論として提出された森中先生による「プルトニウムの危険性と、トリウム溶融塩炉」の説明。その他ゲストの方々の発言等も、見る事が出来る。

なお、当日会場から集められた質問に対しては、両先生による答えが⇒日本生物地理学会のHPに掲載されている。
これも是非お読みいただきたい。

正しい知識に立脚してこその批判が為されるべきである。
福島原発の事故は現場管理者による人災ではない、ましてや当時の総理大臣のせいでもない。自然災害の水準を見誤り、結果として電力喪失をもたらした当初からの「設計ミス」が原因であった事は明らかで、現場では最早どうしようもなかったのだ。
そして、ヒトが住むべきでない場所に、今でも多くの国民が日常生活を余儀なくされている。

人類の手に負えないものは、悔しいけれど諦めよう。
日本は原発をやめよう、輸出するなどもってのほかだ。
わが民族は「恥を知る」事を美徳としてきた。保守ならば、この伝統は死守すべし。恥を知れ!とは、まさにこの事だ。
12日 午後にも用事があるので自転車には乗れない。生ごみ処理機のメンテを終えたら、モノレールで移動して、NPOの監事をしていただいている会社社長を訪ね、昨年度の会計監査をしていただいた。
総会や引き継ぎについてもいろいろとご配慮をいただいて忝い。

終わればモノレールで都賀、JRに乗り換えて千葉から東京、メトロで池袋まで。立教大学のシンポジウム会場でカミサンと合流した。
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過去に参加していた会のつながりで、「持続可能な国づくりを考える会」のサイトに掲載されていた市民向けシンポジウム。昨年の閑散としたイメージで行ってみれば、おおっ!ほぼ満席の大盛況。

講師の小出先生は、ネットでは「反原発のネ申」と言われる方で、この方の話を聞きに来たお客は多かっただろう。主催の学会長の森中先生が講演をお誘いした処、小出先生から、「敵地」で話したい、「若者」に聞いて欲しいなどのリクエストがあった由。そこで、やはり反原発ではあるのだが、森中先生が敢えて「トリウム溶融塩炉の可能性」を論じて対峙する趣向となったのだそうな。

小出先生のお話は明快で淀みがない。結論は「廃棄物が手に負えないから、核分裂に手を出すのは止めるべし」であり「先進国は使用エネルギー量を抑えて、世界にエネルギーを分け与えるべき」であった。
対する森中先生は、類を見ぬ危険な人工金属プルトニウムを概説し、核廃棄物に含まれ原爆の原料となるプルトニウムを無くしていくことが必須と説き、核廃絶のシンボルとして「プルトニウムも燃やせる」トリウム溶融塩炉を稼働させよう!、とした。
小出先生は、「トリウム炉も、所詮は『もんじゅ』の高速増殖炉と同様に『出来っこない代物』だから、止めておけ」とバッサリだったが、、、

ゲストの方々も多彩で、党内で反原発の筵旗を立てる自民党の若手議員、日本は民主主義が定着していないと嘆くスウェーデン好きのおじさん、3.11を記念日にしようと云う元NHKの方、1F3(福島第一原発三号機)炉の設計者の先生などなど。ちなみにこの方は、失敗学会のサイトで事故の初動から現在まで、非常に的確な評論をしておられる。興味のある方には一読をお勧めします。⇒吉岡メモ一覧表

集った方々は、つまりは反原発なので、つきものの反体制の匂いがするヘンな人達もロビーを席巻していたが、まあこういった科学的でない人達も邪険にせず「やらせておく」学会の懐深さが粋に感じた。敢えて仇役を買って出てシンポジウムを開催した森中先生の純真な科学者魂を、私は素晴らしいと感じたのだ。

13日の日曜日は、池袋で飲んできたお陰で寝坊して、我が家の掃除をして、机周りを片付けて、ビールを買ってきて、カミサンが旨い夕食を作ってくれて、これで一日が終わってしまった。これもまた有意義な一日だったのである。
ミニシンポジウム「次世代にどのような社会を贈るのか?」
日本生物地理学会と立教大学理学部の共催で、参加無料の市民シンポジウムが開催されます。お時間のある方は、是非お出かけください。
ポスターにある通り、事前にメールすると吉です。
⇒「持続可能な国づくりを考える会」のサイト
日時:4月12日(土)13:30—18:00
場所:立教大学タッカーホール(池袋)
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