カテゴリ:日常の雑感、覚書( 1346 )

朝から家の掃除をして、昼には団地の駐車場の入れ替えがある。正午には車を新しい場所に移さねばならぬ。となれば昼は車で出かけるのが吉である。
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会社に車を置いてカミサンと歩く。みなと公園の桜はほぼ満開。各所の公園の桜を見ながら千葉城を目指す。蕎麦屋の若松サンの閉店を確かめて、県庁から歩いた千葉城の桜まつり。大層な人出だが、肝心の桜は3分咲きと言ったところか。
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一枝に紅・白と桃色の花をつける源平桃が美しい。

千葉駅から登戸に戻ってきて登戸神社に来てみれば、ラジオ体操の会の方々による落語会の真っ最中でビールを呼ばれたりする。夕方に至り、風が冷たくなってきたので、バスと電車で帰宅。

昼飯のインドカレーが腹に応えたので、今夜は小松菜と油揚げの煮浸し、大根おろしにシラス、スナップエンドウなどを食す。
30~31日と、プレスリリースした新製品の対応をしながら、今年度の事業概況をまとめる準備を進めていた。
売上高7億円は、私がこの事業の担当になってから目標としていたゴールなのだ。正直嬉しい。
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1日 今年こそはと、永福寺の枝垂れ桜を見に行った。今年は間に合って、ポツリ雨の曇天ながら、この見事な存在感に心打たれる。また来年もと思うのが桜を愛でる日本人である。

再来週にお迎えする方との食事の場所を探しつつ、市原の料亭を訪ねてカミサンと昼食。美味しいが、ここはやめて九十九里にしようかなどと語らいつつ戻り、佐倉に酒を買い行くはずが酒々井まで足を伸ばしてパークゴルフなどして帰る。

いろいろ回って、楽しい一日だった。湯豆腐に、イタリア豚肉とグリンピースの高菜炒めなど作りて食す。
午前中は液肥サンプル品の出荷作業。
昼前に抜け出して歯医者に行き、今度は差し歯が抜けた後の前歯にインプラントを埋め込む手術。奥歯に続いてこれで二つ目だ。

やはり今回も手術はあっけなく15分ほどで終わり、傷口を縫って、これで三か月ほどしたら歯を装着することになる。今日明日は酒が飲めぬ。
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昨日歩いた旧職場辺り、浅草橋を渡ったところにあった地図がとんでもなく古いままだ。北海道拓殖銀行などと書いてある。そう、我が社はこのビルの4階に入居していたのだ。少なくとも20年前の地図がそのままになっているとは、驚いた。
27日 営業所と販売店に試供品を送る。
朝はみぞれ降る寒い日、電車で帰宅して、グリンピースとマッシュルームの汁物、ホッケのフライなど食す。

28日 都に出て引継ぎを二件。
単なる担当者の交代ではない、懸案事項があるにもかかわらず、それをまとめて来ない。新しい担当者は新しい名刺が間に合っていない。会社受付では、コートを羽織ったままで面会申し込みをする。

思わず叱ってしまう、もう若い者の指導などすべき立場ではないのだが、これは目に余る。どうして自分が担当だとの自負と俯瞰を持てないのか、まったく近頃の若い者は、、、
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浅草から馬喰町まで歩いて、昔通勤していた界隈の今を見る。
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池波正太郎が随筆にしたためた洋食屋を発見する。

直帰して、明日のインプラント手術に備えて歯医者。葉玉ねぎを食すべく、牛肉を買って帰り、すき焼き風にして食す。
25日の昼過ぎの便で札幌へ。
夕方には豊平に入院している母を見舞って、実家に移動して宿泊。

今日の26日は、たまたま訪ねてくれた民生委員の方とも話ができて、先日の水道管破裂の顛末を情報交換、見つけてくれた近所の方がようやく判明して、帰りがてらにお礼して、再び母の病院へ。

母は既に足腰の痛みはなくなり、避難入院の甲斐があったというものだ。リハビリの効果もあって杖でスタスタと歩けるまでに回復したので、4月上旬の退院が見えてきた。
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9時前に戻った成田空港は小雨、結局 千葉県知事選挙は棄権してしまったのだった。候補者はもう一人いたらしい。
同僚で元部下の調子が悪く、一週間ほど静養させることになった。期限のある仕事を一部引き継いている。別な同僚は異動で月末を待たずに抜けるから、彼の仕事も一部受け持つことになった。何やらこまごまとした仕事が増えてきた。まあ正直、彼らよりは上手に早く仕事ができる自負はあるのだ。

23日は本部の送別会だった。家に牡蠣が届く日だったので、早めに抜けて帰り、カミサンと蒸し牡蠣にして食す。

24日は引継ぎ打ち合わせの後で、今度は我が部署の送別会だった。
私より一年若いシニアは実家のある盛岡へ、若い同僚は北海道の研究所へ、しかも転勤をきっかけに彼女を口説いて結婚というからおめでとう。

二人抜けて、4月から一名補充があるものの、旧務も引きずってくるそうなので、調子を崩した同僚もいる中では、こりぁ大変なことになりそうだ。
三連休を我が音楽環境の整備に費やして、春分の日の月曜日はカミサンが市内で研修会とか。私はほぼ一日、ハノンの1番を弾き、イマジンを練習していた。

Youtubeでイマジンのレクチャー動画を見つけて、とりあえず簡単なものにトライ。タドタドしくながら弾けるようになって、あとは別な動画を参考に和音を工夫して音を厚くしていけば良いようだ。
イマジンは比較的簡単なので何とかなったけれど、まだまだ一日二日では我が左手4・5指はクニャクニャである。練習あるのみ、指に筋肉をつけ神経を活性化させればならぬ。

夜は、上の息子の誕生日で、船橋のイタメシ屋に家族で集合。美味しく楽しい時間だった。
けれど、ゲームの話しか無いのか息子等よ。確かにニンテンドーのスイッチは、よくできたハードではあるらしいけれど、、、
定年後の三度目の契約更新を迎えようとしている。
こんな筈ではなかったのだが、何か満たされぬままに隙間を酒で埋めて日々を送っている。何なのだ、この焦燥感は。

顧みるに、定年半年前の秋にカミサンの病気が明らかになり、引っ越しと共に私が炊事当番となった。会社ではようやく陣容が整って、この際だと大変な思いをして新規プロジェクトを立ち上げて、承認を得たらこれ幸いと部下にそのまま引き継いで、もう仕事に目を向ける余裕がなくなってしまった。本気で進めてきたもう一つの製品開発は犠牲にせざるを得なかった。

シニアになって一年目は、そこそこ暇ではない程に仕事はあり、家では炊事当番で時間も取られてあっという間に過ぎた。楽しみもあるのだけれど。
二年目はようやく来た新しい上司の下でややヒマになり、しかし今度は年老いた母のサポートで溜まった有給休暇を使い果たすほどに札幌通いだった。随分とJetstarには貢献したものだ。

で、今に至るのだが、これは現職時代に思い描いていた定年後の私の姿とは違っている。もう少し優雅であったはずなのだ。カミサンの事と母の事は仕方がないが、家事の合間の少ない空き時間が酒とYoutubeでは問題がありすぎる。

思い起こせば、私の趣味は音楽鑑賞とオーディオであり、定年後の夢は「もう一度ピアノを弾くこと」だった。
高校入試前まではピアノを弾いていた。中学までは学校の式典ではいつも校歌を弾いて(弾かされて)いたのだ。ソナチネからソナタアルバムに届いたころに、高校受験という格好の言い訳ができてピアノをやめてしまったが、その後もピアノを続けた妹が音楽大学に進みピアノ教師になったので、俺が定年になったら教えろよと頼んでいた。早くに死んでしまったので叶わずにいたわけなのだ。
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今、私の音楽環境は、卓上のPCにつないだスピーカーである。便利だが音は知れている。今回、これではいかんと居間にCDラックを移設して、ちゃんとしたCDプレーヤー(DENON製、made in ベトナムだった)を買ってきた。流石に素晴らしい音がするのである。
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そして、ローランドの電子ピアノも買った。とりあえず運指の練習にハノン教本から始めたわけである。特に左手の小指と薬指が力がなく動かない。練習あるのみだナ。

イマジンを、明日にかける橋を、キャンドル インザ ウインドを弾けるようになりたい。目標はショパンのポロネーズだ。ここまで行ければ本望。ラ・カンパネラやラフマニの二番まで弾ければとは思うが、これは夢としておこう。
前橋地裁での原発避難者訴訟で、事故は人災だったと評価された。
電源喪失がメルトダウンとその後の水素爆発の原因であり、電源供給に配慮があれば防げたとの司法側の判断は科学的に正しい。
裁判官は、素人だろうによく勉強するものだ。

その後の国の責任云々は、私はその方面の知識がないので保留。しかし、事故は人災だった事が明確に示された事は評価したい。分かっている人は分かっていたはずなのに、タカをくくっていたのであるから、その罪は追及されねばなるまい。企業内技術者の責任というものである。
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今日は朝から東大弥生講堂、飼料用米のシンポジウムを聞いてきた。主として輸入トウモロコシ代替の穀物原料としての「飼料用米」であり、これはどちらかと言えば鶏豚向けの利用技術。私は牛屋なので、取り組んでいる実も茎葉もすべて利用するホールクロップサイレージ:WCSとは方向性が異なる。モミ米を砕いて加水してサイレージにするソフトグレインサイレージ:SGSの技術もあるのだけれど、あまり言及がなかった。
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今日こそはと、朝から千葉西税務署に向かう。三代王神社とか言うバス停で降りて歩く。とうとう神社はどこにあったのか判らない。

列に並んで30分程で提出を終え、控えに受領印を押してもらう。口座振替なので、あとは銀行口座の残高を注意しておればよい。
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幕張駅まで歩いてみた。初めて利用する駅である。

小雨の降る寒い日である。千葉港では海風も強かった。
事務所では作表ソフトで販売実績の解析で遊んでいた。あと半月で今年度もお仕舞だ。今年度見込みを置いて、担当する事業のここ十数年の推移をグラフ化し悦に入る。どうだ、我が成果が見事に表れているではないか。

異動する若者から、少しづつ引継ぎを始めて、片付け物などする。こうした業務のインフラ整備は、私が見るしかないのであろう。