カテゴリ:日常の雑感、覚書( 1346 )

北朝鮮をめぐる情勢が緊迫している。
やや旧式の原子力空母カールヴィンソンが向かったと報じられたが、実はインド洋にいたりで、よく判らんのだが、なーに近所には横須賀基地を母港とする同形艦ロナルド・レーガンがいる。
米国は、キューバ危機の折に派遣した初の原子力空母エンタープライズの後に、このニミッツ級空母を10隻建造しているのだ。

しかも、このシリーズの発展形で、ステルス性を付加し新型原子炉を積むなど最新技術を投入したジェラルド・フォード級空母が今年就役予定であり、この三番艦には空母としては3代目、米海軍の船としては9代目の命名となるUSSエンタープライズが予定されている。
USSエンタープライズと言えば、SFシリーズ「スタートレック」でキャプテン・カークが、のちにはキャプテン・ピカードが率いる宇宙船の名前と同じであるとかはこの際どーでもイイ。

北朝鮮が暴発すれば我が国への影響は必須である。ミサイルが飛んでくる、難民は押し寄せる、紛れてテロリストも侵入するだろう。
というのに、我が国の政府は米国の陰に隠れて、まったくその意思を表明しない。いや米国追随の意思表示だけをしておいて、困ったふりをしてみせる。センセイ方は不祥事に忙しい。

白人共の選民思想による植民地支配に唯一対抗しえた有色人種であり、近隣諸国に迷惑をかけなかったとは言わぬが結果としてアジア諸国の独立を導き、唯一米国には物量で敗れ、本土は空襲を受け、挙句に原爆2発を落とされて降伏し、そして彼の国は今や我が同盟国である。

こんな歴史を持つ我が国が、同様に孤立させられ暴発に追い詰められようとする北朝鮮に、何も行動を起こさずに同盟国の陰に隠れて安易に非難するのみとは、まったく情けない。我が国の意思が全く感じられない。小泉首相のように会いに行けとは言わぬが、力しか信じない白人共は放っておいて東洋の知恵を発揮できぬものかと、実にもどかしいのである。

20日 少し気温が下がって、快適なる自転車通勤。事務所では我が島に人がおらず、ひたすら電話番をしていた。大根おろしのシラス乗せ、タコのアヒージョ、鯛が安かったので塩焼きにする。

21日 曇りで、上着を羽織って自転車がちょうどよい。昼前から国際展示場にInnoPack展を見に行くが、期待外れだった。残り野菜と豚肉の煮物、残った筍で炊き込みご飯、豆腐に漬物など。
18日 昨夜からの嵐は通勤時間まで続いた。
大風で朝から電車も止まり、8時過ぎにようやく運転再開、辛くも会社には間に合った。
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この風が暖気を運んできて、風はまだ強めだが気温が上がって何とも暖かだ。昼休みのポタリングでは上着を着ていられなかった。昼休みのコンビニに立っていたワンコ停め。

夜はカミサンが飲み会だ。私だけの夕飯はラーメンにして、帰宅してシャワー。暖かさが弱まり、しかし風が強いままだ。

19日 朝から八丁堀、東京駅で待ち合わせたのだが、外に出たとたんに上着を後悔した。その後は上着は丸めてリュックに入れたまま、打ち合わせを終えて、一度自宅に戻り上着を置いてワイシャツで自転車通勤。
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帰路はものすごい向かい風、何くそ負けるかとペダルを漕ぐ。今日はストウブ鍋で鶏肉と蓮根と玉ねぎとキノコ、もちろん塩レモン味。小松菜の炒め、セロリの浅漬けなど食す。

母に電話をするが、すこぶる快調の様子で安心する。来週は、途切れた女学校時代の集まりに出るのだと言う。
朝は快適に自転車通勤、我が通勤路の生け垣にも気の早いツツジが開花していて、目を楽しませてくれる。
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販売店にサンプルを送って昼、チラシを直したり明後日のアポ取りしたりして定時を過ぎれば雨が降っていた。

止む無くルイガノ号を置いて電車で帰宅すれば、おお!最寄りの駅は屋根を叩きつける激しい雨だ。周囲が真っ白になり、駅舎から踏み出さずに待つ人多数。私も駅下のスーパーで買い物してから帰宅した。

ストウブ鍋で豚肉と玉ねぎとエリンギと蓮根のレモン塩バター、シシトウの炒め、スナップ豌豆の茹でたのを食す。
明日は自転車で帰ってこれるらしい。
14日の金曜日、暖かい。
午後から来客あり、広告宣伝の打ち合わせをする。夕方には事務所を抜けて歯医者、ようやく奥歯のインプラントに歯を建てることになった。
ヘッドランプを点けずに帰宅、生キクラゲを買ってきて小松菜や鶏肉と炒め、桜海老を買ってきて大根おろしにトッピング、絹サヤの茹でたのなど。

15日の土曜日、体が不自由になってしまった同僚S女史は、昔はよく我が家にも遊びに来てくれたものだ。美味しい刺身が食べたい、カミサンとも話がしたいとて、ポルテ号で迎えに行って近所の寿司屋でランチ。カミサンと右手が不自由な者同志のアルアル話。
強風の吹く中を買い物して戻り、冷蔵庫内の食材整理メニューは、そら豆の茹でたの、カプレーゼ、牡蠣とキノコでアヒージョ、そして桜エビは葱と共に卵焼き。 

16日は日曜日、寝坊して朝飯を食べて、新聞紙を畳んで昼。家の掃除をして、酒を買いに行き、紙ごみをまとめ、買ったばかりなのに壊れてしまったDENONのCDプレーヤーを梱包して郵便局から送ったらこの時間である。

今夜は、昨日のうちに茹でておいた筍で若竹煮、同じく仕込んでおいた鰆の塩麴を焼き、ビールのあてにはキャベツのアンチョビ炒めでも作ろうか。
北朝鮮の弾道ミサイル発射は失敗したらしいが、韓国が「次は懲罰のための措置を取る」と警告した由。これって、韓国が米国に言わされた最後通牒ってやつじゃあないのかしら。物騒なことになってきたナ。
10日 月曜日、ご無沙汰だったフィリピンで新原料を手掛ける社長氏が訪ねてくる。かなり事業の形が明確になってきて、こちらとしてもご協力した甲斐があったというものだ。

11日 火曜日、懸案の広告宣伝の最終案がまとまりつつある。調子を崩した同僚から引き継いだ案件で、彼の意気込みは反映させたいと思う。も一つの増刊号の広告も、イイ感じでまとめることができそうだ。

12日 チームで打ち合わせ、午後からは来客対応が二件。数年前に食品副産物の飼料化でアドバイスした方が、今度はインドネシアの新原料の相談。ベトナムだ、フィリピンだ、メキシコだと、こんなに体を張って仕事をしているバイタリティーには敬服する。お役に立てれば幸いである。

夜は、営業所の販売係長に昇進したS氏を呼んで、お祝い会。奥様と、周辺の同僚が来てくれて、私とカミサンを含めて6名の宴会。ワインを6本空けて、日本酒もビールも飲んだから、これはS氏がツブレてしまったのも仕方がないか。
夢多きS氏、そして支える奥様も素晴らしい。

13日 我々もいささか飲み過ぎで、朝はヨーグルトとミルクティ。
粛々と仕事して、定時に戻る。日が長くなってきて、自転車で漕ぎ戻るにヘッドランプの点灯は不要である。昨日よりは気温が低いものの、自転車通勤には快適な季節になってきたナ。

葱と海老と豆腐の汁物、帆立のツブの刺身、鶏肉のチーズ焼きに法蓮草のソティなど作りて食す。
今日は朝から、隣町のパナソニックの桜広場にいく。
小雨が止まないが、幸いにして桜広場に居るうちは雨も弱まって、傘なしで散策ができたことは有難かった。
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ちょうど見頃の、見事な桜である。

次いで、市内の名所と言われる緑町中学校の桜並木を見て、老舗の名店「千秋正家」で道明寺の桜餅を買って帰って昼飯とする。

午後からは掃除して、ようやく雨の上がった夕方には来週知り合いを招く予定の寿司屋の下見に出かけた。お値段相応だが美味しい料理であった。さあ来週は、これらの飲み会の企画で忙しくなる。
午後には止むと思われた小雨が、なかなか止まない。向かうバスの中で、すでに数人のメンバーと顔を合わせて四方山話。
11時半からの会社OB会の花見は、急きょ研究所の研修棟の中での開催となった。
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窓を開けて隣接する外のテントで焼肉等を室内に運び入れるが、煙も一緒に入ってきて参加者は全員が燻された格好だ。

現役A社長に、歴代社長のK氏、T氏、K氏。私の仲人でもあるS氏には久々にお会いできた。その他総勢50名弱の大宴会となり、すべての酒を飲み切って夕刻にお開きとなった。我が社らしい大盛況の飲み会であった。

先日ひょんなことから再会した方にOB会への参加をお勧めしたので、私もシニア3年目にして初参加した次第である。諸先輩各位、人間あまり変わらぬものである。
大いに酔っ払い帰宅、捨てるのがもったいないとリュックに入れてきたジンギスカンで、カミサンと夕食にした。

帰宅してすぐにシャワーを浴び、着ていた衣服はすべて洗濯に回したのであった。
昨日のうちに対処できなかったメールに対応する。
せっせと年度末のデータを作り込む。我ながら納得の出来であり、正確さであり、そして早さである。自画自賛だな。
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会社の駐車場の桜も、今が盛りである。
昼は雨がパラつく中を千円床屋ですっきりして、午後からは残務整理を進めた。夕方には早めに抜け出して先日のインプラントあとの抜糸。

届いていたソラマメを茹でて、エリンギと豚肉のニンニク炒めなど食す。天気予報によれば明日もまだ雨が残るらしいが、OB会の花見は大丈夫かしらン。
5日 快晴の札幌、退院した母の調子もすこぶる良い。しかし、病院ではリハビリはしたものの家事等で体を動かす事はなかったわけで、いざ自宅に戻れば何かと仕事はある。過信せぬようにと、畏れながら申し上げて、帰路に就いた。
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昼飯は千歳空港で、頑張った自分への慰労の五色丼。雲丹、イクラ、蟹、帆立、牡丹海老が乗った豪華版は2400円也。

羽田からの東関道はしばらく渋滞が続いたが、6時前には帰宅。土産に買った酒のつまみで夕食。早めの就寝が吉である。

6日 さあ、事務所を二日空けるとメールがてんこ盛りだ。
しかも今日は前月の実績が、つまりは前年度の販売実績が確定する日である。ある程度の準備はしてあったが、速報を作り、コメントを付す。こんな日に限って、途中に別の仕事が飛び込んでくる。久しぶりに真剣に時間と闘いながら仕事をした。とうとうすべてのメールには対処できず、明日の心だ。

帰宅して、冷蔵庫の残り物で小松菜の炒め物、茹でインゲン、大根おろしのシラス乗せ、その他を作りて食す。
3日 午後から部内の新体制でのミーティング。元部下は体調不良で復帰がならず、私が少々カバーすることになった。彼の今後が心配である。

夕方は早めに会社を引けてポルテ号で成田空港。午後7時過ぎにエアバスに乗り込んだところで、落雷避難警報で作業員は一時待機、次いで機体をバラバラと大粒の雨が叩きつけてきた。

雨は十数分で収まって、機内アナウンスで離陸の順番待ちが説明されたのだが30分ほどして今度はキャンセルが通知され、機内には落胆の声と悲鳴が広がった。

飛ばないことが判ってからの対応が酷かった。客を待たせたまま30分あまりも飛行機から降ろさないのだ。客としては、早く次の手段を用意したいところなのである。携帯電話は使えたので、泊まるはずだったビジネスホテルとレンタカーをキャンセルする。

カミサンに電話して、翌日の便をネットで押さえてもらい、近所のホテルを探すが空きはない。2千円払って駐車場からポルテ号を出して帰宅。遅い晩飯を作ってビールを飲みながら、カミサンの予約した便のメール連絡を確認すれば、なんと日付が間違っているではないか。もう明日の成田発は諦めざるを得ない。

既に夜の10時だ、今から移動しても羽田周辺のビジネスホテルには空きがない。ANAの朝一便に間に合うバスもない。早朝にポルテ号で向かわざるを得ないと腹をくくって就寝。寝ながら、ポルテ号の燃料が乏しかったことを思い出した。
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4日 朝の4時に自宅をスタート。やはり燃料が残り少ない、ここは一つ一つこなしてまいる。ルートを外れたところに大きなセルフのスタンドがあった事を思い出して、寄り道。満タンにして東関道に入る。逸る心を抑えてゆっくり走行、事故ってはどーしょーもない。一つ一つ丁寧にだ。

明け方の羽田空港は駐車場も余裕がある。ポルテ号を停めて、手荷物ゲートをくぐり、搭乗口には予定通り一時間前に到着、今度は順調に新千歳空港から札幌駅に9時過ぎに着くことができた。

ようやく我が時間に追いついた感あり。10時に母の待つ病院へ向かい、退院手続きを済ませ、タクシーで戻り、途中の耳鼻咽喉科で薬をもらい上出来。

買い物に行き、ケアマネさんが訪ねてきて今後の母のリハビリ計画打ち合わせ。Jetstarは払い戻しができたので、明日は羽田に戻ることにした。これから夕飯を作って、この怒涛の、パニクった帰省の終わりが見えてきたのである。