カテゴリ:日常の雑感、覚書( 1307 )

三連休を我が音楽環境の整備に費やして、春分の日の月曜日はカミサンが市内で研修会とか。私はほぼ一日、ハノンの1番を弾き、イマジンを練習していた。

Youtubeでイマジンのレクチャー動画を見つけて、とりあえず簡単なものにトライ。タドタドしくながら弾けるようになって、あとは別な動画を参考に和音を工夫して音を厚くしていけば良いようだ。
イマジンは比較的簡単なので何とかなったけれど、まだまだ一日二日では我が左手4・5指はクニャクニャである。練習あるのみ、指に筋肉をつけ神経を活性化させればならぬ。

夜は、上の息子の誕生日で、船橋のイタメシ屋に家族で集合。美味しく楽しい時間だった。
けれど、ゲームの話しか無いのか息子等よ。確かにニンテンドーのスイッチは、よくできたハードではあるらしいけれど、、、
定年後の三度目の契約更新を迎えようとしている。
こんな筈ではなかったのだが、何か満たされぬままに隙間を酒で埋めて日々を送っている。何なのだ、この焦燥感は。

顧みるに、定年半年前の秋にカミサンの病気が明らかになり、引っ越しと共に私が炊事当番となった。会社ではようやく陣容が整って、この際だと大変な思いをして新規プロジェクトを立ち上げて、承認を得たらこれ幸いと部下にそのまま引き継いで、もう仕事に目を向ける余裕がなくなってしまった。本気で進めてきたもう一つの製品開発は犠牲にせざるを得なかった。

シニアになって一年目は、そこそこ暇ではない程に仕事はあり、家では炊事当番で時間も取られてあっという間に過ぎた。楽しみもあるのだけれど。
二年目はようやく来た新しい上司の下でややヒマになり、しかし今度は年老いた母のサポートで溜まった有給休暇を使い果たすほどに札幌通いだった。随分とJetstarには貢献したものだ。

で、今に至るのだが、これは現職時代に思い描いていた定年後の私の姿とは違っている。もう少し優雅であったはずなのだ。カミサンの事と母の事は仕方がないが、家事の合間の少ない空き時間が酒とYoutubeでは問題がありすぎる。

思い起こせば、私の趣味は音楽鑑賞とオーディオであり、定年後の夢は「もう一度ピアノを弾くこと」だった。
高校入試前まではピアノを弾いていた。中学までは学校の式典ではいつも校歌を弾いて(弾かされて)いたのだ。ソナチネからソナタアルバムに届いたころに、高校受験という格好の言い訳ができてピアノをやめてしまったが、その後もピアノを続けた妹が音楽大学に進みピアノ教師になったので、俺が定年になったら教えろよと頼んでいた。早くに死んでしまったので叶わずにいたわけなのだ。
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今、私の音楽環境は、卓上のPCにつないだスピーカーである。便利だが音は知れている。今回、これではいかんと居間にCDラックを移設して、ちゃんとしたCDプレーヤー(DENON製、made in ベトナムだった)を買ってきた。流石に素晴らしい音がするのである。
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そして、ローランドの電子ピアノも買った。とりあえず運指の練習にハノン教本から始めたわけである。特に左手の小指と薬指が力がなく動かない。練習あるのみだナ。

イマジンを、明日にかける橋を、キャンドル インザ ウインドを弾けるようになりたい。目標はショパンのポロネーズだ。ここまで行ければ本望。ラ・カンパネラやラフマニの二番まで弾ければとは思うが、これは夢としておこう。
前橋地裁での原発避難者訴訟で、事故は人災だったと評価された。
電源喪失がメルトダウンとその後の水素爆発の原因であり、電源供給に配慮があれば防げたとの司法側の判断は科学的に正しい。
裁判官は、素人だろうによく勉強するものだ。

その後の国の責任云々は、私はその方面の知識がないので保留。しかし、事故は人災だった事が明確に示された事は評価したい。分かっている人は分かっていたはずなのに、タカをくくっていたのであるから、その罪は追及されねばなるまい。企業内技術者の責任というものである。
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今日は朝から東大弥生講堂、飼料用米のシンポジウムを聞いてきた。主として輸入トウモロコシ代替の穀物原料としての「飼料用米」であり、これはどちらかと言えば鶏豚向けの利用技術。私は牛屋なので、取り組んでいる実も茎葉もすべて利用するホールクロップサイレージ:WCSとは方向性が異なる。モミ米を砕いて加水してサイレージにするソフトグレインサイレージ:SGSの技術もあるのだけれど、あまり言及がなかった。
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今日こそはと、朝から千葉西税務署に向かう。三代王神社とか言うバス停で降りて歩く。とうとう神社はどこにあったのか判らない。

列に並んで30分程で提出を終え、控えに受領印を押してもらう。口座振替なので、あとは銀行口座の残高を注意しておればよい。
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幕張駅まで歩いてみた。初めて利用する駅である。

小雨の降る寒い日である。千葉港では海風も強かった。
事務所では作表ソフトで販売実績の解析で遊んでいた。あと半月で今年度もお仕舞だ。今年度見込みを置いて、担当する事業のここ十数年の推移をグラフ化し悦に入る。どうだ、我が成果が見事に表れているではないか。

異動する若者から、少しづつ引継ぎを始めて、片付け物などする。こうした業務のインフラ整備は、私が見るしかないのであろう。
13日 我が部の若者が異動になるのだが、交代要員は前職を引きずっており当面は全力をこちらに向けられそうもないそうだ。実質的な人員減ではないか、そんな人事があるものか。

お陰でシニアの私にも営業の手伝いが回ってきて、まあこれはヒマつぶしになるからイイのだが、係長の負担が増すばかりで心配になる。事業は伸びており、新しい事も始めているのに、ナンでコーナルの? バランスを欠いた采配である。

14日 昨夜まとめた確定申告を提出しようと、事務所を抜けてポルテ号を走らせたのだが、千葉西税務署は駐車場に入る車の列が次の交差点まで並んでいて、これは諦めざるを得ない。税務署は車で来るところではないのだ。

明日が確定申告の最後の日、少し甘く見ていたナ。
プライベートでバタバタで、なかなか申告書類を作ることができなかった。
明日、自転車で向かおうかと思えば、天気予報は雨、あるいは雪である。バスで行こうかしらね。
11日 10時過ぎの空港行バスに乗り、のんびりと成田空港。
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快晴の千葉である。幕張のホテルを巡るうちに、バスは外国人で満員となった。やや肌の浅黒いアラブ系の方々が多かったようだ。
夕方に、母が入院する病院に到着、母を見舞って実家に泊まる。

12日 母に頼まれたものをいくつか持ち出して、実家はセコムして、再び病院まで。
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近所で食したラーメンが意外に旨かった。見舞いを終えて、バスで新千歳空港。帰路のJetstarは、子供連れの外人客が多く、その騒ぎっぷりに閉口する。
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帰宅が遅くなったので、到着駅にカミサンを呼んで居酒屋に引っかかり帰宅。
よーし、明日からは通常の一週間をこなしてまいる。
6日 前月の販売実績の速報日、大変よろしい。
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この時期限定の寒締め(縮み)法蓮草は、甘くて食べごたえあり。

7日 雑務を整理しつつ、午後からコンプライアンスの会。

8日 10時の便で成田から千歳。母を見舞って、実家のカギを忘れたので仕方がない、早めにホテル入りしてビールを飲む。

9日 江別の研究所で打ち合わせ、13時の便で成田。少し飛行機が遅れたので、都内の用事に間に合わないとポルテ号を駐車場に置いたままで浅草でビール会。取引先の若手にビールを飲ませつつ、楽しいひと時だった。

10日 朝イチで成田空港に行き、ポルテ号を取り戻して出社。いろいろするうちに定時で帰宅。何と明日からまた札幌だ。倒れぬように、自力での移動は極力控えておこう。
日曜日 カミサンとの都内散策を発案す。
掃除して昼過ぎに家を出る。まずは四ツ谷3丁目まで行って喜多方ラーメンを食し、外堀公園を目指して、一度来てみたかった新宿歴史博物館。

夏目漱石など明治の文豪が集ったことで有名な界隈、その後の大正、昭和の戦前戦後。都市近郊の田舎が、繁華街に変貌を遂げるこの街の歴史が面白かった。

都市は人が群れることで形成される。その時代の、そこに住む民衆の欲望と訴求熱量の蓄積だ。今の日本は成熟社会から老成社会に移行しつつあるが、当時の若き日本の匂いを感じることができた。

外堀公園を飯田橋まで、初めての経験で靖国神社、再び飯田橋で青森県のアンテナショップで買い物をして、中央・総武線で千葉まで戻ってきた。

千葉のエキナカの立ち飲み屋に引っかかり、帰宅して仕込んであった鯖の塩麴を焼き、買ってきた長芋を鮪と合わせて夕食。
11時まで、あたふたと仕事して、来週の札幌出張の日程を決めた。午後から四ツ谷で打ち合わせ、天気が良いのでウインドブレーカーはリュックにしまって歩く、ちと寒い。
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少し早いので飯田橋で降りて、外堀公園を歩く。向こうには東京理科大、こちらの法政大はドでかいビルディング。
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堀をまたいで市ヶ谷駅の上を走る水管橋、昔は橋を架けたのね。かなり歴史がある代物のようだ。
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おや、こんなところに八幡宮とお稲荷さん。そのまま靖国通りを歩いてモノモノしい防衛省あたりを回れば、30分が消化できた。

打ち合わせでは、来週に技術者氏を飲み会に誘いだすことに成功し、よーし先方の技術者氏と引き合わせて意見交換させてもらおう。こんな提案ができるのも、年の功であるなぁ。

雛祭りだというので、いつもとは違った料理にしようとて、刺身用だという冷凍赤海老とイナダ、千葉産の蛤を買って帰宅。海老はあまり鮮度が良く見えず、仕方がないので殻でとったスープに放り込む。海老の殻、カニの殻、蛤の出汁のでたスープに、マッシュルームとセロリとパセリを放り込んだら、まあ何と芳醇なこと。

イナダとカニとホタテも、刺身のつもりだったが、カミサンの発案で柚子胡椒ドレッシングでマリネで食べたら、白ワインとの相性が良かった。
27日 前週は休みが多かったから、残務整理でバタバタのうちに昼に至る。午後からは研究開発の会議に出席した。この報告だけを聞いていると、我々がサポートしたこともすべて研究員の手柄だな。まぁいいか、業績が伸びれば良いのだ。

28日 どうやら今月の我が部門の販売実績は極めて良好である。これは正直に嬉しい事だ。
夕方から歯医者に行き、先日キャンセルした分を改めて入れてもらう事とした。
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3/1日 ああ、3月に突入だ。朝礼があった。社長の言う重い荷物とはいったい何であろうか。謎だ。
4月発売の新製品のチラシ編集が佳境に入る。夕飯は、ネットで衝動買いしたカニで、カニ酢とカニ玉。先日行けなかったカニ専門店の敵を取ろうとしたのだけれど、これはあまり良い買い物ではなかったか。

2日 午後からの雨で、ルイガノ号を置いて電車通勤。
チラシの文字校正を終えて、ゴールが見えてきた。何だかんだと忙しく一日を終えた。
団地の大規模修繕も終盤で、廊下がペンキ塗りたて。歩き難し。終わる日が待ち遠しい。