カテゴリ:日常の雑感、覚書( 1375 )

16日 雨で電車で通勤した。カミサンは今週の残りは休みであるとか、羨ましいのである。
17日 何とか自転車通勤ができた。残務処理を粛々とこなした。
18日 この日も何とか自転車に乗れた。二つ目のインプラントの調整が済み、ようやくこの歯医者通いから解放された。

19日 土曜日は買い物に行ったくらいか。カミサンが夜は飲み会なので、私は5時過ぎから枝豆を茹でてビールを飲み始める。相次いで電話が来て、息子らが明日の昼飯に来るという。私は一人で酔っ払い、早く寝てしまう。
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20日 掃除して買い物に行って、昼飯の準備。ベランダのゴーヤでチャンプルー、薬味満載の塩かつお、アスパラのバタ炒め、トマトとモツァレラにベランダのバジルを添えてカプレーゼ、ジャガイモのチーズ焼きなど作る。

息子らが帰ってから、収穫したバジルをオリーブ油で封じてペーストを作った。今季一作目。
しばらく留守となる明日からの食材の準備もいろいろして、忙しい一日がようやく終わろうとしている。
12日 雨の札幌、午後からは母の見舞いに行き洗濯物を受け取り戻る。カミサンが合流して夕飯、久々のローカル魚の刺身の美味しさに感動した。夜中には上の息子も到着。
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13日 聖山園に墓参り、その後は母を見舞ってから平岸霊園で下の息子とも合流し、アンパン道路を歩いて叔母宅に集合。お寺に今日で三度目の墓参りをして、恒例の親族飲み会。
カラオケ屋に流れて、地下鉄を乗り継いで帰宅は10時過ぎだった。

14日 母の一時帰宅の日、洗濯物を干してから迎えに行き、昼飯は庭で採れたピーマン、茄子、ズッキーニでラタトゥーユ。採れたてレタスの上に豚シャブ。母の急な入院に加え、来れば雨で草取りもできず、放置状態で草ボウボウの畑だが、それでも収穫はある。

病院の夕食前に送っていき、買い物して戻って、実家で家族四人で宴会。いろいろ重なって疲れて来たな。

15日 昼前のJetstarなので慌ただしく実家をスタート、ほぼ満員のエアバスで小雨の成田に戻ってきた。買い出しに行けば、市場が休みなのか八百屋に野菜が乏しい。

それでも生きの良いイワシを買い求めて、かば焼きにして食し、風呂に入ってようやく落ち着いたところだ。明日からは仕事、早く寝るのが吉である。
台風が北日本に向かい、関東は一気に気温が上がった。
昨日と今日で、制作した新製品チラシを販売店と営業所に配布の作業。数が多いので、いささか草臥れた。

我がルイガノ号は、乗って7年。ハンドルがガタつき、フロントサスは錆び、タイヤはそろそろまた替え時を迎えている。あと2年半の多分最後の通勤を少しでも快適にしようと思い立って、会社に近い自転車店でクロスバイクを予約してきた。

市販品では最大クラスのフレームサイズ、適合身長は180~195cmと言うから、まあ大丈夫だろう。最近はフロントサスペンション付属のクロスバイクが絶滅していたのだな、驚いた。高級MTBについているようなハイエンド・サスしか生き残っていないらしい。

重くて、バネバネしていても、それなりのフィーリングはあるのですがね。段差が多い街乗りには、あってよい機能だと思うんだけどなぁ。

以下、備忘録。
7日 チラシが届いて、枚数配分に精を出した。
6日 日曜日 ゴーヤが鈴なりで、数本が赤くなってきて、上の息子を呼んで昼間にゴーヤチャンプルーパーティ。息子はカミサンの買い物についていき、おこぼれ頂戴もあったようだ。
5日 土曜日。久々の何もしない日を楽しんだ。
3日 曇天で、気温もそう高くない。過ごし易い一日。
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千葉港の海は、相変わらずのコバルトブルー。しかし硫化物の臭気は無い、酸化されているのでしょうね。事務所で留守番、電話番をしながら、作表ソフトで実績解析の準備をしていた。
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4日 午前中は、確定した7月実績の解析作業。昼前に社内リリースして、桟橋に出れば海の色は青さが無くなり、クラゲが多数プカプカしていた。表面層にいるのは酸素が少ないためなのだろうか。それにしても沢山いるものだ、クラゲ。

クリニックによって帰宅。ようやく長かった一週間が終わった。
パプリカの赤と黄が各二つある。
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オーブンで焼いてマリネ、しばらくは冷蔵庫の常備菜となる。

1日 ポルテ号の定期点検のついでに、カミサンが左手だけで運転できるように補助具をハンドルに取り付けてもらった。一万円也。
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ところが、ポルテ号を受け取りに雨の中をルイガノ号を走らせれば後輪に違和感、なんとパンクしている。万事休すで、ポルテ号の回収は諦めて、しかも家のカギが一緒になっていたから、我が家にも入れない。悪いことは重なるもので、カミサンは夜まで仕事。
濡れネズミで、隣の駅のビジネスホテルに泊まる羽目になった。

2日 昨日の敵を取るべく、昼まで仕事してから、ルイガノ号を回収して、またもやの小雨の中をポルテ号を引き取りに行く。
運命と闘った二日間であった。
気温が高い中をカリユシで自転車通勤、快適である。

昼休みに、札幌のマンションを出た店子さんに敷金を返却すべく郵便局と銀行にルイガノ号で向かえば、おおっ海がコバルトブルーに染まっている。
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何度も言って気の毒だが、こんな千葉港では観光桟橋を整備しても観光船に乗る客などいない。まずは海をキレイにしなさい。排水の管理が重要だろうし、実験していたはずの溶存酸素の増加設備は結果はどうなったのかしらね。

先日発生していた赤潮、大量のプランクトンが発生し、酸欠で大量の魚や貝が死んだ。プランクトンも死んで沈降し、これらを微生物が分解するときに酸素が消費される。
その結果、酸素が少なくなった海水の中では今度は嫌気性細菌、中でも硫酸還元菌が活躍して、硫化水素を作り出す。これが何かの原因で海水上層に昇り、更に酸化されて硫黄化合物の微粒子を形成する。この微粒子が海水中にコロイドとなって漂い、海をコバルトブルーに染めるというわけだ。

また酸欠で、魚介類が死ぬのだろう。
魚が浮き始めるとき、これが腐敗し、また酸化されずに放出される硫化水素とあいまって、また海辺は「かぐわしい」世界となる。気温が高い時期には毎度のことながら、何とかならぬものかと思う。
28日の昼までコツコツ仕事して成田空港からJetstar。
新千歳空港でレンタカーを借りたら、思いのほか順調で、その日のうちに母を見舞うことができた。洗濯物を受け取り実家に宿泊。

29日 札幌は洗濯日和、外の物干し竿にかけたら、頼まれたものを持って母を見舞い、その後は叔母宅を訪ねる。店子さんが出たマンションの鍵を預かってもらっていた。

鍵を受け取って、暫くぶりの我が家に入る。二人目の子供が生まれたので買ったマンション、もう30年ほど前になる。
キレイに使っていただいたようで、特に問題は無し。敷金は全額お返しすることになる。近所の不動産屋に行って、次の契約者を募集してもらう。ついでに行列のできるラーメン屋を試してみた。

実家に戻り、洗濯物を収穫して、再び母に届ける。
札幌市内をいろいろと走り回った一日だった。

30日 マンションのハウスクリーニングを頼んでいる業者さんの下見に立ち会う。終わればそのまま新千歳空港に向かい、満席のJetstarで成田、空港連絡バスで帰宅は18時過ぎ。
バタバタと夕食の支度をして、カミサンに報告しつつ食べて、今日はシャワーに入ったらすぐ寝てしまおう。
明日からまた仕事だなんで、、、無理のできない歳になったと思う。
北九州の豪雨が過ぎたかと思えば、今度は秋田が洪水だ。
降る時は土砂降りって言い方があったけど、It never rains but it pours. 当たるときは大きいという意味で、現地語では悪いことのみならず、良い意味でも使われるらしい。この大雨は、良いことは全くない。

気象が派手になっている。
これまで人が住んでいて問題の無かった筈の山沿いの集落が、突然の土砂崩れで押し流される。川沿いの耕地が水浸しとなる。油断はできない。二酸化炭素が云々の前に、人は居を置くべき土地に、もう少し気を遣わねばならぬと言うことだ。

22日の土曜日は、ビールに白ワインを混ぜた飲み物を入手したので、息子らを呼んで飲み会。ベランダから採りたてのゴーヤでチャンプルー、同じく採りたてのバジルでカプレーゼ。

23日は曇天で蒸す中を、汗を流しながら家の掃除。

今日24日の月曜日は、曇天ながら気温は高い中を通勤、歯医者では今日こそと思われた前歯のインプラントが来週にお預け。スーザン・ボイルのCDを大人買いして楽しんでいる。
関東地区も梅雨明けしたらしい。
もっとも、昨日の豪雨が去ってから成田に戻った私は、とうとう雨らしい雨に遭遇する事なしに、この時期を過ごしてしまった。
案の定、ニュースでは関東は水不足とか。そりゃそーだろー。
九州北部で、あれだけ余計な雨を降らせておきながら、である。
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昨夜の料理、実家から持って帰った、黄色と緑のズッキーニ、白のカブ、冷蔵庫に残っていた赤いパプリカをバター焼きにして、塩胡椒で焼いた鯵の周りに散らしバルサミコを垂らしたら旨かった。

さて今日も暑いので、シニア特権でルイガノ号でカリユシ通勤。
農業新聞に、私の昔のお客様ご夫婦が紹介されていた。牛舎設計をお手伝いし、堆肥発酵機を設置して戻し堆肥をお勧めした。その後の牧場経営も、そして食育の情報発信をされていた奥様が始めたレストランも、地元に根付いている由。嬉しく記事を読み、15年ぶりになるのだな、手紙を書いた。

この再雇用が終わり札幌に帰るまでには、もう一度この牧場をカミサンと共に訪れて、看板メニューのミルク鍋を食べさせてもらおう。そんなことを考えた。
16日 9時台のJRで千葉、成田空港。早めの昼飯にしてJetstar、札幌駅からバスに乗って、17時前には母を見舞う。
洗濯物を受け取り、あれこれ指示書を受け取って実家に泊まる。庭の畑は、えんどう豆が鈴なりで、ズッキーニも胡瓜も収穫。両隣に野菜の押し売りをしつつ、心配してくれる母の近況を話す。気にかけていただいて、誠に有難いもの也。

17日 洗濯をして干そうと思えば雨。草ボウボウの畑を手入れしようとすれば雨である。介護士に頼まれて、母の玄関先から日常の生活までの写真を撮る。高さを記録すべく、10cm刻みにテープを張った尺を添えて30枚に及ぶ写真を撮った。
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例えば、玄関からの上がり框30cmなど。

雨なので洗濯物は室内でエアコンをドライにして、しかも扇風機の風を当てて乾かして、夕方に再び母を見舞い荷物を届ける。
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雨の中を濡れて戻り、今夜のメニューは畑で採れたてバリバリのレタスに豚肉炒め、お隣から貰ったバジルでカプレーゼ。
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畑で採れたものをすぐさまいただく幸せ。
この事であった。

明日は朝から三度、母を見舞って、リハビリ医のカンファレンス。母の体調を見据えつつ、退院の目安を定める打ち合わせの第一回目となり、次回の日程も決まるのである。