カテゴリ:日常の雑感、覚書( 1368 )

北九州の豪雨が過ぎたかと思えば、今度は秋田が洪水だ。
降る時は土砂降りって言い方があったけど、It never rains but it pours. 当たるときは大きいという意味で、現地語では悪いことのみならず、良い意味でも使われるらしい。この大雨は、良いことは全くない。

気象が派手になっている。
これまで人が住んでいて問題の無かった筈の山沿いの集落が、突然の土砂崩れで押し流される。川沿いの耕地が水浸しとなる。油断はできない。二酸化炭素が云々の前に、人は居を置くべき土地に、もう少し気を遣わねばならぬと言うことだ。

22日の土曜日は、ビールに白ワインを混ぜた飲み物を入手したので、息子らを呼んで飲み会。ベランダから採りたてのゴーヤでチャンプルー、同じく採りたてのバジルでカプレーゼ。

23日は曇天で蒸す中を、汗を流しながら家の掃除。

今日24日の月曜日は、曇天ながら気温は高い中を通勤、歯医者では今日こそと思われた前歯のインプラントが来週にお預け。スーザン・ボイルのCDを大人買いして楽しんでいる。
関東地区も梅雨明けしたらしい。
もっとも、昨日の豪雨が去ってから成田に戻った私は、とうとう雨らしい雨に遭遇する事なしに、この時期を過ごしてしまった。
案の定、ニュースでは関東は水不足とか。そりゃそーだろー。
九州北部で、あれだけ余計な雨を降らせておきながら、である。
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昨夜の料理、実家から持って帰った、黄色と緑のズッキーニ、白のカブ、冷蔵庫に残っていた赤いパプリカをバター焼きにして、塩胡椒で焼いた鯵の周りに散らしバルサミコを垂らしたら旨かった。

さて今日も暑いので、シニア特権でルイガノ号でカリユシ通勤。
農業新聞に、私の昔のお客様ご夫婦が紹介されていた。牛舎設計をお手伝いし、堆肥発酵機を設置して戻し堆肥をお勧めした。その後の牧場経営も、そして食育の情報発信をされていた奥様が始めたレストランも、地元に根付いている由。嬉しく記事を読み、15年ぶりになるのだな、手紙を書いた。

この再雇用が終わり札幌に帰るまでには、もう一度この牧場をカミサンと共に訪れて、看板メニューのミルク鍋を食べさせてもらおう。そんなことを考えた。
16日 9時台のJRで千葉、成田空港。早めの昼飯にしてJetstar、札幌駅からバスに乗って、17時前には母を見舞う。
洗濯物を受け取り、あれこれ指示書を受け取って実家に泊まる。庭の畑は、えんどう豆が鈴なりで、ズッキーニも胡瓜も収穫。両隣に野菜の押し売りをしつつ、心配してくれる母の近況を話す。気にかけていただいて、誠に有難いもの也。

17日 洗濯をして干そうと思えば雨。草ボウボウの畑を手入れしようとすれば雨である。介護士に頼まれて、母の玄関先から日常の生活までの写真を撮る。高さを記録すべく、10cm刻みにテープを張った尺を添えて30枚に及ぶ写真を撮った。
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例えば、玄関からの上がり框30cmなど。

雨なので洗濯物は室内でエアコンをドライにして、しかも扇風機の風を当てて乾かして、夕方に再び母を見舞い荷物を届ける。
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雨の中を濡れて戻り、今夜のメニューは畑で採れたてバリバリのレタスに豚肉炒め、お隣から貰ったバジルでカプレーゼ。
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畑で採れたものをすぐさまいただく幸せ。
この事であった。

明日は朝から三度、母を見舞って、リハビリ医のカンファレンス。母の体調を見据えつつ、退院の目安を定める打ち合わせの第一回目となり、次回の日程も決まるのである。
この一週間は、久々に事務所に詰め切りで、販促物の作成やらに精を出した。疲れた疲れた。

こんな仕事は部下に任せて久しいから、今更に担当することになるとは、とボヤキつつ、まあ部下より上手にやれる自負はあるのだけれど、根を詰めると草臥れる。歳をとったなと思う。
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気分転換に昼休みは銀行口座のメンテナンスに外出。おやメッタに人通りがないことで有名な、いや存在さえ知られていないかもしれない千葉駅前の地下通路。無駄に広いこの空間に自転車置き場ができている。

千葉駅周辺の再開発の一環であるらしい。作ってみれば失敗だったものを再利用しようとする姿勢は評価したいね。いいアイデアじゃないでしょうか。

海の臭いはここ数日ますます強まって、砂浜(埋め立てた人工だけど)や水路には、死んだ魚が多数。腹を見せて浮かんでいる。こんな惨状では、観光桟橋を整備しても客など来ぬまいて。
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好天で酷暑の夏が続き、帰宅すればすぐにシャワーを浴びる日々。
ベランダのグリーンカーテンは、その後も順調に実をつけている。室内から眺めると緑が目に新鮮で、これはなかなか良いものである。料理に使えて嬉しいものである。
既に朝から汗ばむ陽気で、自転車通勤は風を切って走っている時が快適である。赤信号で止まれば、体の中から熱気が湧いて出て閉口する。
ああ、このまま会社になど行かず、風を切ってどこまでも走って行きたい!!!のである。

千葉港の海辺に近づけば、海が臭う。
磯臭さを通り越して、これは明らかな腐敗臭、おそらく赤潮が発生しているのだろう。
これだけ気温が上がれば、微生物の活動にも大きな影響を与えるであろうが、要するに人間の活動によって沿岸が富栄養価しているのだ。

赤潮・青潮は、年に何度か遭遇するが、自然の緩衝能力の範囲を超えた有機物・栄養塩の排出がもたらす事象であろう。本来ならば自浄作用を発揮するべき海岸線への、人為的な改変が原因とする意見もある。遭遇するたびに、ヒトは環境に対して謙虚であらねばと思い知らされるのだ。
金曜日はゴーヤを収穫したので、上の息子を呼んでゴーヤチャンプルー・パーティとした。土曜日はいつもの朝飯、息子は帰り、夫婦は何もしない日。夕方に私は歯医者に行った。

前歯のインプラントにようやく歯が立つことになり、型取り。
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イオンで安かった鰯を買ってきて、今夜は鰯のオーブン焼き。梅味、塩胡椒、カレー味。梅雨時期のイワシは旨いことになっているらしい。

9日は日曜日、気温が上がっている。
カミサンは近所に開店手伝いに行ったので、私一人で掃除、洗濯、この際だ家のことをイロイロする。

九州の大規模災害、山肌が土砂崩れとなり樹木が流されて住宅を襲い、川をせき止める。何と恐ろしいことだ。
津波の時も感じたことだが、海辺、川辺、火山の周辺など、本来はヒトが住んではならぬ場所があるということだ。或いは覚悟して、備えて住まねばならぬということだ。

住宅を、家族を、これまでの人生の蓄積を一気に失った方々を目にして、発すべき言葉がない。
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4日 朝飯を済ませたら成田に移動、昼過ぎには着くはずが成田では滑走路で離陸を待つヒコーキ多数、小一時間はノロノロしていたのじゃあないかしら。当然 千歳到着は遅れてしまう。
今回はいろいろ動く必要があり、レンタカーを借りた。

母を見舞って、洗濯物を受け取り、実家で洗濯して、夕飯を作って食べているところにカミサンも合流だ。

5日 母の転院の日。朝イチで出かけて荷物を片付け、退院手続きをして、車椅子で運んでくれる福祉タクシーを待つ。予定通り10時半までに愛全病院のリハビリ病棟に到着、改装したばかりの病院で病室も小奇麗、廊下などはデーンと立派な椅子が置かれるなど、まるでホテルの如き也。

医師の問診だ、介護士の聴取だ、さあ一回目のリハビリだと、母もなかなか忙しい。お疲れ様である。母が気に入った地獄堂霊界通信の文庫本の続きと、TV用ヘッドフォンの延長コードを買い、こちとらも食事をして、再び母を見舞い、その後はカミサンを叔母様宅まで乗せて行く。

夕方には実家に戻り、必要最低限の庭の手入れ。隣の奥さんと立ち話して、どうぞ野菜を勝手に収穫して持って行って下さいね。

6日 今日ならJetstar便が安いので、朝は千歳空港に直行して、それでも事務所に戻れば午後2時を過ぎた。先月の販売実績を解析して、予想外の数字に驚きながら速報をこしらえて関係者にルール配信。よーし、すべき事は終えたので、遅く来た私は早く帰ります。

我が家では、冷蔵庫の残り物で料理をいろいろ。帰宅したカミサンに札幌での礼を言って乾杯。今週も残すところ明日一日だ、丁寧に過ごして参ろう。
帰宅した我が家では、ベランダゴーヤが迎えてくれた。そろそろ収穫、この土日で初チャンプルーでも作ってやろうか。
帰省の合間の出張などで、最近はバタバタだった。明後日からもまた帰省して、母の転院に付き添わねばならぬ。何もせずともよいこの土日は貴重な時間であった。
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1日の土曜日 カミサンは研修の引率とやらで出掛けて行ったので、私は懸案だった最後の洋服ダイスの衣替えをし、防虫剤をホームセンターに買いに行った。

結婚して新居を構えた時に購入した食卓が、表面が荒れて流石にミットモナくて気になっていた。そこで、サンドペーパーをかけた上でニスを塗ってみた。およそ30年ぶりのメンテナンスである。湿度の高い季節なので、除湿器を回して扇風機で風を送る。

近所の酒屋が隣町に移転したので、様子を見に行き、酒を買って帰る。

2日は日曜日 家の掃除をして、洗濯やら、ベランダゴーヤの世話やら。カミサンがビノス貝と蛸を買ったとメールをよこしたので、今夜は蛸でアヒージョだな。マッシュルームを買いに出て、足りなめの野菜をあれこれ買って戻る。
先日のNHK朝のニュースだったか、大手企業の重役だった方が退いても「顧問」と言う肩書を持ち、個室と運転手付きの車が使え、現職の重役が持ち込む相談に応える様子がTV画面に写っていた。

顧問だ相談役だが、会社の意思決定の権限や経営責任は無いにもかかわらず、ともすれば経営陣に院政を敷くかの如く振舞って弊害をもたらす場合があると、日本的な企業風土を指摘するのが趣旨だったようだ。株主総会で問題視されている、海外からは認められにくいとかの言い方もされていたようである。

ちなみにTVに写った顧問氏は、そのような方ではないらしく、これまで培った経験を社業に役立てるべく努力されておられるようだ。少なくともチャレンジなどとは仰らないのだろう。

実は私も「顧問」の端くれである。
私が所属する会社では「顧問」は二通りある。片や、役員を退いた者が位置づけられる「顧問」であって、しかし常勤ではなく云わば長年ご苦労様報酬であるらしい。つまり経営に口出しする顧問はいない。(と思われる)

もう一つは、私のような常勤の顧問で、部長職経験者が60歳定年後に再雇用される位置である。幹部職ではないので決定権はなく責任もないので気楽なものだ。日々しゃしゃり出ない様に気を付けて仕事をしている。経験はあるので、そこそこ便利に使ってください、てなもんである。

再雇用ではシニア社員制度がある。部長職未満の定年到達者は通常はシニア社員になり、一年更新で五年間の再雇用期間がある。私の立場は云わば「上級シニア」とでも称するべきか。同じ五年間のシニアなのだが、要するに一般のシニア社員より給料がやや高いのである。その分しっかり働かなくっちゃネ。

定年後にシニア社員になると、給料が激減するので初年度の重税感がハンパない。部長職経験者には上級シニアに位置付けて少々給付額を増やし、激変緩和措置を講じてもらっている感があり、これは有難いことである。文句を言えばバチが当たるというものだ。

ただ、これは実はシニア社員の給料が低すぎるからこその救済策であるかも知れず、とすれば顧問などを作らずにシニアの給料を底上げすればどうよ、と言いたくなるのも事実。まあ原資の問題なのだろう。

このTVを見て考えた。
とりあえず、次回作成の私の名刺には「顧問」の肩書を印刷しないことにしておこう。
25日は日曜日、家の掃除をしたら料理に取り掛かる。
昼には息子二人も駆けつけて、カミサンのお誕生会が華々しく開催された。バースデーケーキを食べてから、茹で卵と豆腐でボリュームアップしたバンバンジーサラダ、鶏むね肉のガーリック焼き、初めて作ったジャガイモのニョッキと空豆には、息子に買ってきてもらったゴルゴンゾーラチーズでソースを作る。

ビールをたくさん飲んでから、白ワインを二本空けて、そのあとは日本酒になって、庭のバジルでカプレーゼや、隠元豆のお浸しなど作った記憶がある。皆していいだけ飲み食いして、酔っぱらって、息子らが帰ったらバタンキューだった。しかし、ピアノでlet it beの練習をした記憶もかすかにある。

26日 昼前のJetstarに乗らねばならぬというのに、昨夜の飲み過ぎで朝はミルクティーのみ。それでもカミサンの弁当を作ったり、やることはやったのだ。

鉄路で成田空港、昼に到着した新千歳空港でレンタカーを借りて母の入院先まで。上着を持って来なかった事を後悔した、えらく気温が低いのだ。

母から持ってくるべきものを聞いて実家で荷造りして、戻って届けて、転院予定の病院に医療相談員氏を訪ねる。

詳しい説明を聞き、転院は7月5日を希望すると伝え、緊急入院してそのままになっていたリハビリを訪ねて料金を支払い、実家に戻れば軽く畑仕事をして青梗菜を収穫した。採りたての青梗菜を油揚げと炊き合わせる。うーむ細胞が生きている、美味い。

27日 実家の野菜を叔母の家に届けて市千歳空港、今度は関空行きのJetstar。久しぶりだな関西空港、乗ってきた飛行機にはスパイダーマンが描かれていた。
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鉄道より安いはずのバスで京都まで移動して、明日に備えて四条のホテルに入る。

札幌の病院からは、5日の転院OKの電話があった。来週も忙しくなるな。