16日 雨で電車で通勤した。カミサンは今週の残りは休みであるとか、羨ましいのである。
17日 何とか自転車通勤ができた。残務処理を粛々とこなした。
18日 この日も何とか自転車に乗れた。二つ目のインプラントの調整が済み、ようやくこの歯医者通いから解放された。

19日 土曜日は買い物に行ったくらいか。カミサンが夜は飲み会なので、私は5時過ぎから枝豆を茹でてビールを飲み始める。相次いで電話が来て、息子らが明日の昼飯に来るという。私は一人で酔っ払い、早く寝てしまう。
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20日 掃除して買い物に行って、昼飯の準備。ベランダのゴーヤでチャンプルー、薬味満載の塩かつお、アスパラのバタ炒め、トマトとモツァレラにベランダのバジルを添えてカプレーゼ、ジャガイモのチーズ焼きなど作る。

息子らが帰ってから、収穫したバジルをオリーブ油で封じてペーストを作った。今季一作目。
しばらく留守となる明日からの食材の準備もいろいろして、忙しい一日がようやく終わろうとしている。
12日 雨の札幌、午後からは母の見舞いに行き洗濯物を受け取り戻る。カミサンが合流して夕飯、久々のローカル魚の刺身の美味しさに感動した。夜中には上の息子も到着。
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13日 聖山園に墓参り、その後は母を見舞ってから平岸霊園で下の息子とも合流し、アンパン道路を歩いて叔母宅に集合。お寺に今日で三度目の墓参りをして、恒例の親族飲み会。
カラオケ屋に流れて、地下鉄を乗り継いで帰宅は10時過ぎだった。

14日 母の一時帰宅の日、洗濯物を干してから迎えに行き、昼飯は庭で採れたピーマン、茄子、ズッキーニでラタトゥーユ。採れたてレタスの上に豚シャブ。母の急な入院に加え、来れば雨で草取りもできず、放置状態で草ボウボウの畑だが、それでも収穫はある。

病院の夕食前に送っていき、買い物して戻って、実家で家族四人で宴会。いろいろ重なって疲れて来たな。

15日 昼前のJetstarなので慌ただしく実家をスタート、ほぼ満員のエアバスで小雨の成田に戻ってきた。買い出しに行けば、市場が休みなのか八百屋に野菜が乏しい。

それでも生きの良いイワシを買い求めて、かば焼きにして食し、風呂に入ってようやく落ち着いたところだ。明日からは仕事、早く寝るのが吉である。
朝は早よからカメレオン号で実家をスタート、途中のスタバでラテとハムサンド、精進川沿いから豊平川沿いのサイクリングロードに入った。久々のカメレオン号での全力疾走、楽しかったね。

菊水辺りで今度は旧千歳線跡のサイクリングロードに乗り換える。水源地通りと交わるところで一般道に出て月寒。賃貸に出すマンションのハウスクリーニング業者との作業確認、支払いを済ませて今度は賃貸仲介の業者と契約手続き。
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帰路はミュンヘン大橋で喉を潤して、母の見舞いに寄ってから買い物をして帰宅。
札幌は涼しくて助かるが、流石にこれだけ走れば帰宅してシャワーのお世話になる。
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遅めの昼飯は350gのオージービーフ、食べ応えあります。味をしめたので、今度の墓参りの途中に、家族で寄ろうと決めたのだ。
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ビーフ・インパクト、札幌圏に5店舗あるらしい。
鰹が旬である。
先日、少し離れたスーパーで「塩かつお」のレシピが表示されていた。サクに塩をまぶして30分冷蔵庫に置いてから食らうべし。
早速やってみたら、美味かったのだが、も少し置いてみても良さそうだった。
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初回は30分、二度目は1時間、フーム少しは「ねっとり感」も出てきた。今日は早めに帰宅できたので、90分に挑戦中なのである。

食べる間際に水洗いして塩を落とし、茗荷・大葉・葱・生姜をどっさりと乗っけていただく。生姜は、これも旬の新生姜を甘酢漬けにしてあって、これを千切りにするのが私流である。

今日は真夏だった。
明日は札幌に移動して、母の主治医のカンファレンスがある。その後は、家族皆で札幌で合流。15日まで、そこそこ忙しい日々を送って戻る予定である。
台風が北日本に向かい、関東は一気に気温が上がった。
昨日と今日で、制作した新製品チラシを販売店と営業所に配布の作業。数が多いので、いささか草臥れた。

我がルイガノ号は、乗って7年。ハンドルがガタつき、フロントサスは錆び、タイヤはそろそろまた替え時を迎えている。あと2年半の多分最後の通勤を少しでも快適にしようと思い立って、会社に近い自転車店でクロスバイクを予約してきた。

市販品では最大クラスのフレームサイズ、適合身長は180~195cmと言うから、まあ大丈夫だろう。最近はフロントサスペンション付属のクロスバイクが絶滅していたのだな、驚いた。高級MTBについているようなハイエンド・サスしか生き残っていないらしい。

重くて、バネバネしていても、それなりのフィーリングはあるのですがね。段差が多い街乗りには、あってよい機能だと思うんだけどなぁ。

以下、備忘録。
7日 チラシが届いて、枚数配分に精を出した。
6日 日曜日 ゴーヤが鈴なりで、数本が赤くなってきて、上の息子を呼んで昼間にゴーヤチャンプルーパーティ。息子はカミサンの買い物についていき、おこぼれ頂戴もあったようだ。
5日 土曜日。久々の何もしない日を楽しんだ。
3日 曇天で、気温もそう高くない。過ごし易い一日。
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千葉港の海は、相変わらずのコバルトブルー。しかし硫化物の臭気は無い、酸化されているのでしょうね。事務所で留守番、電話番をしながら、作表ソフトで実績解析の準備をしていた。
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4日 午前中は、確定した7月実績の解析作業。昼前に社内リリースして、桟橋に出れば海の色は青さが無くなり、クラゲが多数プカプカしていた。表面層にいるのは酸素が少ないためなのだろうか。それにしても沢山いるものだ、クラゲ。

クリニックによって帰宅。ようやく長かった一週間が終わった。
パプリカの赤と黄が各二つある。
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オーブンで焼いてマリネ、しばらくは冷蔵庫の常備菜となる。

1日 ポルテ号の定期点検のついでに、カミサンが左手だけで運転できるように補助具をハンドルに取り付けてもらった。一万円也。
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ところが、ポルテ号を受け取りに雨の中をルイガノ号を走らせれば後輪に違和感、なんとパンクしている。万事休すで、ポルテ号の回収は諦めて、しかも家のカギが一緒になっていたから、我が家にも入れない。悪いことは重なるもので、カミサンは夜まで仕事。
濡れネズミで、隣の駅のビジネスホテルに泊まる羽目になった。

2日 昨日の敵を取るべく、昼まで仕事してから、ルイガノ号を回収して、またもやの小雨の中をポルテ号を引き取りに行く。
運命と闘った二日間であった。
気温が高い中をカリユシで自転車通勤、快適である。

昼休みに、札幌のマンションを出た店子さんに敷金を返却すべく郵便局と銀行にルイガノ号で向かえば、おおっ海がコバルトブルーに染まっている。
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何度も言って気の毒だが、こんな千葉港では観光桟橋を整備しても観光船に乗る客などいない。まずは海をキレイにしなさい。排水の管理が重要だろうし、実験していたはずの溶存酸素の増加設備は結果はどうなったのかしらね。

先日発生していた赤潮、大量のプランクトンが発生し、酸欠で大量の魚や貝が死んだ。プランクトンも死んで沈降し、これらを微生物が分解するときに酸素が消費される。
その結果、酸素が少なくなった海水の中では今度は嫌気性細菌、中でも硫酸還元菌が活躍して、硫化水素を作り出す。これが何かの原因で海水上層に昇り、更に酸化されて硫黄化合物の微粒子を形成する。この微粒子が海水中にコロイドとなって漂い、海をコバルトブルーに染めるというわけだ。

また酸欠で、魚介類が死ぬのだろう。
魚が浮き始めるとき、これが腐敗し、また酸化されずに放出される硫化水素とあいまって、また海辺は「かぐわしい」世界となる。気温が高い時期には毎度のことながら、何とかならぬものかと思う。
28日の昼までコツコツ仕事して成田空港からJetstar。
新千歳空港でレンタカーを借りたら、思いのほか順調で、その日のうちに母を見舞うことができた。洗濯物を受け取り実家に宿泊。

29日 札幌は洗濯日和、外の物干し竿にかけたら、頼まれたものを持って母を見舞い、その後は叔母宅を訪ねる。店子さんが出たマンションの鍵を預かってもらっていた。

鍵を受け取って、暫くぶりの我が家に入る。二人目の子供が生まれたので買ったマンション、もう30年ほど前になる。
キレイに使っていただいたようで、特に問題は無し。敷金は全額お返しすることになる。近所の不動産屋に行って、次の契約者を募集してもらう。ついでに行列のできるラーメン屋を試してみた。

実家に戻り、洗濯物を収穫して、再び母に届ける。
札幌市内をいろいろと走り回った一日だった。

30日 マンションのハウスクリーニングを頼んでいる業者さんの下見に立ち会う。終わればそのまま新千歳空港に向かい、満席のJetstarで成田、空港連絡バスで帰宅は18時過ぎ。
バタバタと夕食の支度をして、カミサンに報告しつつ食べて、今日はシャワーに入ったらすぐ寝てしまおう。
明日からまた仕事だなんで、、、無理のできない歳になったと思う。
北九州の豪雨が過ぎたかと思えば、今度は秋田が洪水だ。
降る時は土砂降りって言い方があったけど、It never rains but it pours. 当たるときは大きいという意味で、現地語では悪いことのみならず、良い意味でも使われるらしい。この大雨は、良いことは全くない。

気象が派手になっている。
これまで人が住んでいて問題の無かった筈の山沿いの集落が、突然の土砂崩れで押し流される。川沿いの耕地が水浸しとなる。油断はできない。二酸化炭素が云々の前に、人は居を置くべき土地に、もう少し気を遣わねばならぬと言うことだ。

22日の土曜日は、ビールに白ワインを混ぜた飲み物を入手したので、息子らを呼んで飲み会。ベランダから採りたてのゴーヤでチャンプルー、同じく採りたてのバジルでカプレーゼ。

23日は曇天で蒸す中を、汗を流しながら家の掃除。

今日24日の月曜日は、曇天ながら気温は高い中を通勤、歯医者では今日こそと思われた前歯のインプラントが来週にお預け。スーザン・ボイルのCDを大人買いして楽しんでいる。
関東地区も梅雨明けしたらしい。
もっとも、昨日の豪雨が去ってから成田に戻った私は、とうとう雨らしい雨に遭遇する事なしに、この時期を過ごしてしまった。
案の定、ニュースでは関東は水不足とか。そりゃそーだろー。
九州北部で、あれだけ余計な雨を降らせておきながら、である。
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昨夜の料理、実家から持って帰った、黄色と緑のズッキーニ、白のカブ、冷蔵庫に残っていた赤いパプリカをバター焼きにして、塩胡椒で焼いた鯵の周りに散らしバルサミコを垂らしたら旨かった。

さて今日も暑いので、シニア特権でルイガノ号でカリユシ通勤。
農業新聞に、私の昔のお客様ご夫婦が紹介されていた。牛舎設計をお手伝いし、堆肥発酵機を設置して戻し堆肥をお勧めした。その後の牧場経営も、そして食育の情報発信をされていた奥様が始めたレストランも、地元に根付いている由。嬉しく記事を読み、15年ぶりになるのだな、手紙を書いた。

この再雇用が終わり札幌に帰るまでには、もう一度この牧場をカミサンと共に訪れて、看板メニューのミルク鍋を食べさせてもらおう。そんなことを考えた。
16日 9時台のJRで千葉、成田空港。早めの昼飯にしてJetstar、札幌駅からバスに乗って、17時前には母を見舞う。
洗濯物を受け取り、あれこれ指示書を受け取って実家に泊まる。庭の畑は、えんどう豆が鈴なりで、ズッキーニも胡瓜も収穫。両隣に野菜の押し売りをしつつ、心配してくれる母の近況を話す。気にかけていただいて、誠に有難いもの也。

17日 洗濯をして干そうと思えば雨。草ボウボウの畑を手入れしようとすれば雨である。介護士に頼まれて、母の玄関先から日常の生活までの写真を撮る。高さを記録すべく、10cm刻みにテープを張った尺を添えて30枚に及ぶ写真を撮った。
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例えば、玄関からの上がり框30cmなど。

雨なので洗濯物は室内でエアコンをドライにして、しかも扇風機の風を当てて乾かして、夕方に再び母を見舞い荷物を届ける。
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雨の中を濡れて戻り、今夜のメニューは畑で採れたてバリバリのレタスに豚肉炒め、お隣から貰ったバジルでカプレーゼ。
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畑で採れたものをすぐさまいただく幸せ。
この事であった。

明日は朝から三度、母を見舞って、リハビリ医のカンファレンス。母の体調を見据えつつ、退院の目安を定める打ち合わせの第一回目となり、次回の日程も決まるのである。
この一週間は、久々に事務所に詰め切りで、販促物の作成やらに精を出した。疲れた疲れた。

こんな仕事は部下に任せて久しいから、今更に担当することになるとは、とボヤキつつ、まあ部下より上手にやれる自負はあるのだけれど、根を詰めると草臥れる。歳をとったなと思う。
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気分転換に昼休みは銀行口座のメンテナンスに外出。おやメッタに人通りがないことで有名な、いや存在さえ知られていないかもしれない千葉駅前の地下通路。無駄に広いこの空間に自転車置き場ができている。

千葉駅周辺の再開発の一環であるらしい。作ってみれば失敗だったものを再利用しようとする姿勢は評価したいね。いいアイデアじゃないでしょうか。

海の臭いはここ数日ますます強まって、砂浜(埋め立てた人工だけど)や水路には、死んだ魚が多数。腹を見せて浮かんでいる。こんな惨状では、観光桟橋を整備しても客など来ぬまいて。
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好天で酷暑の夏が続き、帰宅すればすぐにシャワーを浴びる日々。
ベランダのグリーンカーテンは、その後も順調に実をつけている。室内から眺めると緑が目に新鮮で、これはなかなか良いものである。料理に使えて嬉しいものである。
既に朝から汗ばむ陽気で、自転車通勤は風を切って走っている時が快適である。赤信号で止まれば、体の中から熱気が湧いて出て閉口する。
ああ、このまま会社になど行かず、風を切ってどこまでも走って行きたい!!!のである。

千葉港の海辺に近づけば、海が臭う。
磯臭さを通り越して、これは明らかな腐敗臭、おそらく赤潮が発生しているのだろう。
これだけ気温が上がれば、微生物の活動にも大きな影響を与えるであろうが、要するに人間の活動によって沿岸が富栄養価しているのだ。

赤潮・青潮は、年に何度か遭遇するが、自然の緩衝能力の範囲を超えた有機物・栄養塩の排出がもたらす事象であろう。本来ならば自浄作用を発揮するべき海岸線への、人為的な改変が原因とする意見もある。遭遇するたびに、ヒトは環境に対して謙虚であらねばと思い知らされるのだ。
金曜日はゴーヤを収穫したので、上の息子を呼んでゴーヤチャンプルー・パーティとした。土曜日はいつもの朝飯、息子は帰り、夫婦は何もしない日。夕方に私は歯医者に行った。

前歯のインプラントにようやく歯が立つことになり、型取り。
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イオンで安かった鰯を買ってきて、今夜は鰯のオーブン焼き。梅味、塩胡椒、カレー味。梅雨時期のイワシは旨いことになっているらしい。

9日は日曜日、気温が上がっている。
カミサンは近所に開店手伝いに行ったので、私一人で掃除、洗濯、この際だ家のことをイロイロする。

九州の大規模災害、山肌が土砂崩れとなり樹木が流されて住宅を襲い、川をせき止める。何と恐ろしいことだ。
津波の時も感じたことだが、海辺、川辺、火山の周辺など、本来はヒトが住んではならぬ場所があるということだ。或いは覚悟して、備えて住まねばならぬということだ。

住宅を、家族を、これまでの人生の蓄積を一気に失った方々を目にして、発すべき言葉がない。
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4日 朝飯を済ませたら成田に移動、昼過ぎには着くはずが成田では滑走路で離陸を待つヒコーキ多数、小一時間はノロノロしていたのじゃあないかしら。当然 千歳到着は遅れてしまう。
今回はいろいろ動く必要があり、レンタカーを借りた。

母を見舞って、洗濯物を受け取り、実家で洗濯して、夕飯を作って食べているところにカミサンも合流だ。

5日 母の転院の日。朝イチで出かけて荷物を片付け、退院手続きをして、車椅子で運んでくれる福祉タクシーを待つ。予定通り10時半までに愛全病院のリハビリ病棟に到着、改装したばかりの病院で病室も小奇麗、廊下などはデーンと立派な椅子が置かれるなど、まるでホテルの如き也。

医師の問診だ、介護士の聴取だ、さあ一回目のリハビリだと、母もなかなか忙しい。お疲れ様である。母が気に入った地獄堂霊界通信の文庫本の続きと、TV用ヘッドフォンの延長コードを買い、こちとらも食事をして、再び母を見舞い、その後はカミサンを叔母様宅まで乗せて行く。

夕方には実家に戻り、必要最低限の庭の手入れ。隣の奥さんと立ち話して、どうぞ野菜を勝手に収穫して持って行って下さいね。

6日 今日ならJetstar便が安いので、朝は千歳空港に直行して、それでも事務所に戻れば午後2時を過ぎた。先月の販売実績を解析して、予想外の数字に驚きながら速報をこしらえて関係者にルール配信。よーし、すべき事は終えたので、遅く来た私は早く帰ります。

我が家では、冷蔵庫の残り物で料理をいろいろ。帰宅したカミサンに札幌での礼を言って乾杯。今週も残すところ明日一日だ、丁寧に過ごして参ろう。
帰宅した我が家では、ベランダゴーヤが迎えてくれた。そろそろ収穫、この土日で初チャンプルーでも作ってやろうか。
帰省の合間の出張などで、最近はバタバタだった。明後日からもまた帰省して、母の転院に付き添わねばならぬ。何もせずともよいこの土日は貴重な時間であった。
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1日の土曜日 カミサンは研修の引率とやらで出掛けて行ったので、私は懸案だった最後の洋服ダイスの衣替えをし、防虫剤をホームセンターに買いに行った。

結婚して新居を構えた時に購入した食卓が、表面が荒れて流石にミットモナくて気になっていた。そこで、サンドペーパーをかけた上でニスを塗ってみた。およそ30年ぶりのメンテナンスである。湿度の高い季節なので、除湿器を回して扇風機で風を送る。

近所の酒屋が隣町に移転したので、様子を見に行き、酒を買って帰る。

2日は日曜日 家の掃除をして、洗濯やら、ベランダゴーヤの世話やら。カミサンがビノス貝と蛸を買ったとメールをよこしたので、今夜は蛸でアヒージョだな。マッシュルームを買いに出て、足りなめの野菜をあれこれ買って戻る。
先日のNHK朝のニュースだったか、大手企業の重役だった方が退いても「顧問」と言う肩書を持ち、個室と運転手付きの車が使え、現職の重役が持ち込む相談に応える様子がTV画面に写っていた。

顧問だ相談役だが、会社の意思決定の権限や経営責任は無いにもかかわらず、ともすれば経営陣に院政を敷くかの如く振舞って弊害をもたらす場合があると、日本的な企業風土を指摘するのが趣旨だったようだ。株主総会で問題視されている、海外からは認められにくいとかの言い方もされていたようである。

ちなみにTVに写った顧問氏は、そのような方ではないらしく、これまで培った経験を社業に役立てるべく努力されておられるようだ。少なくともチャレンジなどとは仰らないのだろう。

実は私も「顧問」の端くれである。
私が所属する会社では「顧問」は二通りある。片や、役員を退いた者が位置づけられる「顧問」であって、しかし常勤ではなく云わば長年ご苦労様報酬であるらしい。つまり経営に口出しする顧問はいない。(と思われる)

もう一つは、私のような常勤の顧問で、部長職経験者が60歳定年後に再雇用される位置である。幹部職ではないので決定権はなく責任もないので気楽なものだ。日々しゃしゃり出ない様に気を付けて仕事をしている。経験はあるので、そこそこ便利に使ってください、てなもんである。

再雇用ではシニア社員制度がある。部長職未満の定年到達者は通常はシニア社員になり、一年更新で五年間の再雇用期間がある。私の立場は云わば「上級シニア」とでも称するべきか。同じ五年間のシニアなのだが、要するに一般のシニア社員より給料がやや高いのである。その分しっかり働かなくっちゃネ。

定年後にシニア社員になると、給料が激減するので初年度の重税感がハンパない。部長職経験者には上級シニアに位置付けて少々給付額を増やし、激変緩和措置を講じてもらっている感があり、これは有難いことである。文句を言えばバチが当たるというものだ。

ただ、これは実はシニア社員の給料が低すぎるからこその救済策であるかも知れず、とすれば顧問などを作らずにシニアの給料を底上げすればどうよ、と言いたくなるのも事実。まあ原資の問題なのだろう。

このTVを見て考えた。
とりあえず、次回作成の私の名刺には「顧問」の肩書を印刷しないことにしておこう。
午前10時に米原駅で営業マンに拾ってもらい、お客様に新製品の感触を聞きに行った。
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総じて好評は、良かった良かった。開発側の思惑通りの性能を見ていただけたようだった。

昼過ぎに再び米原駅まで送ってもらい、新幹線こだまで名古屋、のぞみに乗り換え、帰宅ラッシュの始まる前に東京駅を通過できたのはラッキーであった。

今回改めて京都の地下鉄を利用して違和感、周囲の人波に乗れず、これは皆の歩く速度が遅いのだ。大阪人はイラチで速足だと聞くが、京都人は優雅なのかしらん。
新幹線で東京駅に到着して歩きだして、これこれ、この速度感だよ!と気が付いたのだ。東京駅ではスムースに歩けた私である。

も一つ、国道一号線を走っていると両脇にやたら回転すしの店が多かった。戻った京都駅でも回転すしの店は昼食時間を大きく外れていても満員だった。京都や滋賀の方々は回転すしがお好きなのかもしれなかった。新発見だが、要再検だ。

そして、街歩きでの違和感。京都はやたらと外人が多い、中国人は多いが白人の割合が非常に多い。あれだけ背のデカい人種が目につくのだから、大勢の観光客が流入しているのだろう。
対してジモティは総じて背がコンパクトな印象、そして顔つきが関東圏とは異なる。男の人など裃やチョンマゲがさぞ似合うであろうと思わせる人が多数。私ら北海道人のような全国混交DNAではなく、地域の血が濃いのだなぁと思わせられたのだ。
ポツリポツリの雨の中を阪急の四条大宮駅まで歩く。
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烏丸で乗り換えて京都駅、JRの二駅で大津、駅裏に出て少し歩けばいつものレンタカー屋がある。
栗東までの行き帰り、昼過ぎには車を返して、午後は空き時間なのでゆっくり戻る。大津駅から琵琶湖の湖畔まで下りて、京阪電車の浜大津駅から京都に戻った。

烏丸の駅で間違えて快速に乗ってしまったらしい、次の駅には停まらず、桂まで運ばれてしまった。不覚である。
どうせ時間はありすぎるので、では乗り換えて嵐山まで行って、嵐電で大宮まで戻ってやろうと企んだ。
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ところが着いた阪急の嵐山駅と嵐電の嵐山駅は隣接していない。何と中之島の先の桂川を渡った向こうなのだった。

蒸し暑い中をじゃりじゃりと歩けば、おおこの橋は何処かで見たことがあるぞ、多分。渡月橋とか言うらしい、これを見て、渡っただけでも寄り道した価値があったかもしれない。

15分ほど歩いて、たった一両の電車に乗り、この路線はやたらと短い間隔で駅があるものだ。観光名所も多いらしく、お客もぞろぞろと入れ替わる。
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大汗をかいてホテルに戻り、シャワーを浴びたら、ワイシャツや下着を洗濯して干す。早めのビールのお世話になって、今日は旅先だがノンビリさせてもらおうと考えている。17:30までは、業務の携帯電話は受け付けます。
25日は日曜日、家の掃除をしたら料理に取り掛かる。
昼には息子二人も駆けつけて、カミサンのお誕生会が華々しく開催された。バースデーケーキを食べてから、茹で卵と豆腐でボリュームアップしたバンバンジーサラダ、鶏むね肉のガーリック焼き、初めて作ったジャガイモのニョッキと空豆には、息子に買ってきてもらったゴルゴンゾーラチーズでソースを作る。

ビールをたくさん飲んでから、白ワインを二本空けて、そのあとは日本酒になって、庭のバジルでカプレーゼや、隠元豆のお浸しなど作った記憶がある。皆していいだけ飲み食いして、酔っぱらって、息子らが帰ったらバタンキューだった。しかし、ピアノでlet it beの練習をした記憶もかすかにある。

26日 昼前のJetstarに乗らねばならぬというのに、昨夜の飲み過ぎで朝はミルクティーのみ。それでもカミサンの弁当を作ったり、やることはやったのだ。

鉄路で成田空港、昼に到着した新千歳空港でレンタカーを借りて母の入院先まで。上着を持って来なかった事を後悔した、えらく気温が低いのだ。

母から持ってくるべきものを聞いて実家で荷造りして、戻って届けて、転院予定の病院に医療相談員氏を訪ねる。

詳しい説明を聞き、転院は7月5日を希望すると伝え、緊急入院してそのままになっていたリハビリを訪ねて料金を支払い、実家に戻れば軽く畑仕事をして青梗菜を収穫した。採りたての青梗菜を油揚げと炊き合わせる。うーむ細胞が生きている、美味い。

27日 実家の野菜を叔母の家に届けて市千歳空港、今度は関空行きのJetstar。久しぶりだな関西空港、乗ってきた飛行機にはスパイダーマンが描かれていた。
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鉄道より安いはずのバスで京都まで移動して、明日に備えて四条のホテルに入る。

札幌の病院からは、5日の転院OKの電話があった。来週も忙しくなるな。
ああ、今日はやるべきことがない。久しぶりにゆっくりとさせてもらった。
朝飯を食べて、ルイガノ号を走らせてクリニックで処方箋をもらい、調剤薬局で降圧剤をゲットした。今日はカミサンの大台に至る誕生日、昼飯にケーキを買ってきてコーヒーを入れる。

ほぼ毎日通っていたブログ主が、体調不良を理由に中止の告知。残念だが仕方がないか。TVでは歌舞伎役者のカミサンが若くしてガンで亡くなった報。若い方の死はお気の毒である。が、この役者は数年前に飲み屋で与太者と喧嘩して怪我をしたとかで騒がれていた男だな、多分。婚外子がいるとかも言われていたはず、波乱万丈であるなあ。商売とは言え、傾くのも大変だ。
周囲も騒ぎ過ぎであろう。ガンで若死にする人など、世の中に多数いるのだ。

午後からは買い物に行き、ゴミ箱と椅子の布団を新調して、食料品を買ったら、トヨタの店に行く。右手が不自由なカミサンが自動車を運転するための補助具の情報を得ることができた。ハンドルに取り付ければ良いだけらしい、実現を目指してみるのである。

小松菜とシーフードのクリーム煮、鯖の塩焼きなどを作りて食す。久々の、我が家でゆったりできた一日であった。
22日 暫くぶりに会社に出て、今日は健康診断だ。
身長190cm、体重90kg、糖質コントロールを覚えてこの3年余り体重は変わらない。努力すれば、も少し落とせるのは分かったので、この辺りに留めている。

体は醸造酒以外の炭水化物を受け入れにくくなっており、会社のおやつで大きめの煎餅三枚を食べたら夕方までモタレる始末だ。

カミサンが大仕事の後の飲み会なので、私は昨日の麻婆豆腐にニラと豆腐を増量し、野菜と卵の炒めなど食す。

23日 母の転院に関していろいろ動きがあり、懸案の出張も上手くハマって、来週の予定が見通せた。バタバタだが、明日はカミサンの大台に至る誕生日、めでたい。日曜日には、息子共を呼んでお誕生会を開催予定也、めでたい。

キャベツとひき肉のスープ煮、胡瓜と茗荷の酢の物などを作りて、久方ぶりにカミサンといろいろ話しつつ食す。平安なる日常が戻ってきたが、前途は多難なり。
20日 火曜日。午前中に母が世話になっているケアマネさんとのミーティングを予定していたら、入院先の病院から電話がある。
腰のレントゲンを取ったら圧迫骨折らしき形跡ありとて、専門医の診断が必要とか。現在入院している病院は脳神経外科なのである。

先方の病院の受診が午前中なので、すぐにも出ますとの事で、では私も移動して現地合流としたわけなのだ。母を救急車で送ってもらい、その後は私が付き添って受診して、脊椎の専門医によれば第三と第五腰椎に圧迫骨折の痕跡あり。新しくはなく、古くもなく、これは1月の尻餅事故によるものであるらしい。これが母の現在の腰痛の原因であることが確認されたことになる。

帰路はまた救急車に迎えに来てもらい、帰路なので急がぬとも良かろうにサイレンを鳴らして移動する。音源と共に移動すればドップラー効果が生じないことを、身をもって体験した。

一度実家に戻って、畑仕事などして、夕刻に見舞いにより、そのまま千歳まで移動して宿泊。途中の札幌駅のライオンでビール。このくらい楽しませて下さい。

21日 基本料金5千円台のJetstarで昼過ぎに成田着。
後ろの若者が、短い脚をせわしなく組み替えるので、都度に席の後ろからキックが来る。閉口して隣の席に移動する。

この頃は、こーゆー若者が増えた気がする。
じっとしていられない、始終何をしていないと身が持たぬらしい。ペットボトルのお茶を飲み、スマホで遊び、落ち着きなく身を動かし、ヘッドホンで音楽を聴いたかと思えば、トイレに立つ。オジサンは呆れるのである。

到着した成田は小雨ながら風が巻いている。
駐車場に置いてあったポルテ号を回収して、事務所に直行。夕刻からの会議に間に合わせる。外部からの要請にどうこたえるかの会議だが、たぶん一番正確に素早く対応できるのは私だけなのだが、どうも勝手が違う。

ここまで判らぬメンバーが増えると、群盲象を撫でる感ある。
まあ、客観的に作業が進められる事だと言う事にしておこうか。シニアの身だ、いらぬ事は言わぬのだ。

帰宅して久々にカミサンと話す。
18日の日曜日、昨日は甥が、今日は義理の兄ともう一人の甥が、入院中の母を見舞ってくれたようである。
私は午後からカメレオン号で向かって、母からいろいろ持ってくるものを頼まれる。母は少しは体が動くようになったようだ。
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19日 月曜日になってしまった。昨年も盛大に有給休暇を取っており、今年もこの様子では、あと10日程を残すのみだ。
私はあと何日休めるのだ、有給休暇を使い果たしたらどうなるのだ、介護休業とか言う制度はどうなっているのか、これらを聞きに上野幌の本社を訪ねた。
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札幌の南のはずれから東のはずれまで、片道25kmほどの道のりで8時半に出て10時10分到着。上りの坂より向かい風がきつかったし、ワイシャツだけだったので大いに体温を奪われて消耗した。

残る有給は10日程、その後は欠勤が30日まで許され、該当すれば介護休暇は無給ながら90日との事た。これまで会社に貢いできたつもりのシニアの身だ、ここは最大限にこれらを利用させてもらおうと思う。

昼前に月寒の叔母を訪ね、母を見舞った後は夕方だが洗濯。明日は帰り支度をしなければならぬのだ。寄り道して帰宅すれば、今日は50km以上走ったはずである。太腿の張りが心地良いのである。
柑橘を一個剥いてヨーグルト、ベーコン卵、珈琲と牛乳で朝食とする。ご近所に母の不在を告げて、カメレオン号でスタート。蕎麦屋に再訪して、母を見舞う。

転院のめどは立たないままに土日になってしまった。こちとら会社を休んで待機しているのだから、病院にはも少し積極的に動いて欲しい。月曜日にはケアマネさんや整形外科の相談員さんに電話をしてみよう。
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帰路には駐車場がなくて訪問できずにいた真駒内のエドウィン・ダン記念館、この際だ寄ってみた。米国オハイオ州の若者が、極東の国の酪農畜産の礎を、まさにその身を賭して築いてくれた。我が国の恩人なのである。当時のアメリカ人にはイイ奴もいたのだ。有難うと言いたい。
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石山緑地にも寄ってみた。
今日は良い天気で気温もそこそこ。久しぶりのカメレオン号が、ようやく体に馴染んできた感がある。
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バタバタだった。
14日は会社に出てメール対処などするうちに、母から携帯にヘルプのメール着。昨日別れてきたばかりだが、今日の朝には立てなくなったらしい。

昼イチのJetstarを予約して、会社は休みにしてルイガノ号で漕ぎ戻る。荷物を拵え、ポルテ号で成田空港、1250発で千歳、途中で買い物をして、実家には17時過ぎに到着した。明日の通院のために、車椅子に対応した福祉タクシーを予約した。

19時 夕飯を作り、いただきますをしたところで、母が箸を落とし椅子に座ったままで意識をなくしてしまい驚く。体調が悪い時によくある貧血症状と判断し、ベッドに寝かせる。心配で先に寝るわけにもいかずにいると、22時に母がトイレに立ち、用は済ませたものの立ち上がる際に再び意識をなくして崩れ落ちる。

ベッドに寝かせたものの、二度の意識喪失は異常であり、夜中に何かあってもいけない。暫し考えて、契約しているセコムを通じて救急車のお世話になる判断をした。
救急車の陪席は初体験也、若い隊員3名は嫌な顔一つせずによくやってくれる。有難いことだ。

意識喪失の症状から当番病院の脳神経外科に搬送されMRI、異常なしだが腰痛で歩けぬ体だ、そのまま入院となった。私は深夜に帰宅してビールを飲む。

15日 気になっていた床屋を済ませてから、入院申し込みなどで病院へ。区役所から発行される標準負担額減額認定とやらが必要である。母は落ち着いており一安心、医師との面談で早期に整形外科への転院を勧められ、病院同士でやり取りしていただけることとなった。午前のポツリポツリ雨は午後からは小雨、肌寒くなかなか晴れ間を見ない。

16日 朝からようやく陽が照っている。洗濯をして片付け物をしたら、昼に母から頼まれた荷物をバッグに詰め込んで、久しぶりのカメレオン号のタイヤに空気を入れて、区役所を目指す。

途中で新しい手打ち蕎麦屋に引っかかる。
区役所では首尾よく認定書をもらい、病院事務に申込書と共に提出した。母が医師と話したところでは、どうやら再び4月まで居た整形外科病院に転院となる模様だ。来週早々に移ることができれば良いのだが。
帰路にはまたもやのポツポツ雨、帰宅して急いで洗濯物を取り込んだ。

去年も、母の通院や白内障の入退院やらで盛大に有給休暇を使っている。今年の残りも10数日だったはずである。有給を使い果たせば欠勤となり、無期限に会社を休むわけにもいくまいな。シニア三年目にして、そろそろ退社を見極める時期が来たのかもしれない。
千葉に仕事があるカミサンには申し訳ないが、退職して実家に戻るという選択も見えてきた。それならそれで止むを得ないか。も少し、いろいろしてみよう。
11日 日曜日、午後からようやく雨が上がって、しかし油断がならない空の下で畑仕事。時間があるので、歩いて近所のホームセンターで7尺の姫竹を買って、へいこら担いで戻る。

12日 祭り休みを取った月曜日。ようやくの晴れ、快晴だが気温は低い。こちとらまだ体温調節機能が復帰しておらず、作業では汗をかき、上着を端折ればやたらに寒い。それでも、豌豆に手を遣って、胡瓜とトマトも対処して、出遅れた感のあるゴーヤにはアミノ酸液肥をくれて、何とか畑の恰好を整えたゾ。
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青梗菜と蕪の間引き菜、ラディッシュはそろそろ第一陣を収穫してしまわねば。後は野良で生えてくるアスパラと、蔓延りすぎた京蕗を収穫して、お隣にもおすそ分けする。
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快晴ながら肌寒い札幌を後にした。

13日 成田に戻れば、まさかの上着のいる涼しさだ。
6日ぶりに自宅に戻り、不要になった自転車を管理組合に届け出て、夕食を作りつつカミサンを待てば、日常がも取ってきたのである。
安かった鰹を薬味たっぷりで、シシトウとジャコの炒め、韮の卵とじ汁など食す。

この旅行では、今野敏を読みふけった。
千歳までに熱波を読み終わり、その後は海に消えた神々、そして闇の争覇、帰路にはヴィクトルとの邂逅で公安マンとして目覚めた倉島のシリーズ2作 白夜街道、3作 凍土の密約、そして第4作はアクティブメジャーズ。この人は多作なのでまだまだ読むべきものがあるのが嬉しい。
7日 午前中は札幌とTVでつないで製品開発の進捗会議。先日お店を閉めたお蕎麦屋さんが、グッと近所に開店したというので、昼休みに様子を見に行く。夜はカミサンとここで食事と決めたのだ。
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7時に待ち合わせてエレベーターで昇っていけば、あらら満席のご盛況。おめでとうございます。順調な滑り出しですね。我々は仕方がないので一階のバーに引っかかり、そのあと歩いてホテル地下の居酒屋にも引っかかり、大いに酔っ払って帰宅した。

8日 都内に仕事を入れてあり、八丁堀にて打ち合わせ。
終われば戻って歯医者、二つ目のインプラントに歯を建てる日を決めてきた。ちょうどよいJetstar便があれば成田だったが、も一度都内。羽田空港からJal便で千歳空港には夜の8時ころに着いた。上着を持ってきて良かった。

9日 今日は有給休暇を取っている。実家に来て、プラゴミを出すのに間に合った。さあて畑仕事であるが、この時期は毎度スギナとの戦いだ。もう少しで格好がつくところで雨、まあまだ時間もあるからここらで引き上げる。

喉風邪が悪化して少し熱があるようだ。早めの就寝。

10日 起床すれば本格的な雨、これでは畑仕事ができないな。
母の耳鼻科に付き合って、薬をもらってきたら、明日の畑仕事に備えておとなしくしていよう。

退位特例法が成立した。英国ではメイおばさん率いる保守党が過半数に至らず、トランプ爺は辞めさせた元FBI長官に噛み付かれ、大洗ではプルトニウムが飛び散った。いろいろな事がある世の中だ。
5日 月曜日、昼前にルイガノ号で出て、昼飯を食べつつ久々の「ろっぽう水の道」を通り、配送センター事務所で来年のカタログ内容の打ち合わせ。少し早めだが直帰させてもらった。
豚肉を焼いて、茄子と空豆とシメジを煮込んだトマトソース。スティックブロッコリー、ズッキーニのオーブン焼きなど食す。
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6日 火曜日、今日はますます涼しくて、自転車通勤が楽しい。
5月の実績がまとまる速報日で半日をエクセル作業、昨年よりも後退しているが、今月の販売ピークに向けて昨年も前年割れしていたのだし、聞けば受注は取れているというので、まあ6月実績を期待することにしよう。

今夜は安かった塩サケを焼いて、久々に飯を炊く。水菜と豆腐で汁物を作り、切り干し大根の煮物、うむーグッと和風テイストだな。

九州地方が梅雨入りしたらしい。帰宅すれば北見の叔父の訃報が届いていた。