1/4 去年を振り返る

既に忘却の彼方だが、ブログを読み返しつつ書き留めておこう。

1月 裁判員に選ばれ裁判所内で数日の勤務?をする羽目になった。
たまたま通りかかった被害者も気の毒だが、職場のストレスに追い詰められ精神衰弱して服用した薬と酒で自分を見失った被告も、これまた気の毒であった。
デビッドボウイーが亡くなった。

2月 愛車ルイガノ号をオーバーホールした。
担当するサプリメントのクレーム対処に追われたが、結果として短時間で対処できたのは流石!ワタクシであった。

3月 実家の母の足腰が悪化するも、高齢であり手術は諦めた。となれば介護認定を申請し、まず白内障への対処を急ぐこととなり、数か月間は実家に足繫く通った。
キース・エマーソンが亡くなり、自殺と報じられた。昨年にはイエスのベーシスト、クリス・スクワイヤも亡くなったばかりで、往年のプログレ・ファンとしては寂しい限りだ。

4月 所属部署名が若干変わった。
仕事は忙しくなくなって、この春はカミサンと周辺の花見によく出かけたものだ。

5月 母の目の手術に立ち会った。左目、次いで右目。
オバマ大統領が広島に来た。大国の威信を背負って、彼は立派だった。

6月 英国がEU離脱を決めキャメロンが辞任した。
営業所からの要請を受けて、微生物飼料の販売巡回支援を再開した。実に数年ぶりの経験で、環境の変化を思い知らされた。

7月 家族で小湊鉄道「里山トロッコ号」の小旅行を敢行。
北海道への出張のついでに帯広に足を延ばして、恩師を訪ねた。

8月 盆休みでカミサンと共に帰省、息子らも合流して墓参りと親戚との飲み会。月末には台風が北海道を襲った。大災害となった。

9月 同僚を我が家に招いて食事会を二度ほど。米国から戻った若き同僚と、我が担当事業を支援していただいた方にお礼を言いに出かけた。

10月 差し歯が折れて、ここから長い大規模修繕工事が始まった。

11月 千葉では珍しかったらしい、月末の降雪だった。
千葉駅が新しくなって、モノレールとも改札階で直結した。米国ではトランプが次期大統領に決まった。

12月 月初には珍しく風邪を引いた。
グレグ・レイクが死去、これでEL&Pも一人を残すだけとなった。後半からカミサンが再入院となり、退院は早まったものの年末の帰省を諦めざるを得なかった。

 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
仕事はシニア社員として暇となったが、まあこんなものなのだろう。担当事業の業績は総じて好調を維持しているのは幸いである。

我が国はと見れば、良くも悪くも我がシンゾーが大活躍だった。強引な国会運営が目立ったが、対抗勢力を欠く中ではこれはどーしょーもない。民進党はあろうことかレンホーを代表に、戦犯ノダを担ぎ出す始末だ。

積極外交は評価したいが、ヒラリーに会いに行くフライングを犯して慌ててのトランプ詣で。TPPの意義を語ったそうだが、すぐに本人からTPP撤退宣言が出されて、すっかりコケにされた感あり。
対プーチン戦でも、イイところは無かった。緊張感あるプーチンを前に、我がシンゾーが薄っぺらに見えたのは私だけだろうか。

年末のパールハーバーは私はご苦労様と言いたい。マッチョを好む米国民には、正々堂々と開戦の地に立ってみせたかつての敵国首領は、プラス評価に繫がっただろう。

そして、なんと言っても、グローバル・自由貿易主義とやらを本家筋として主導してきたはずの英国と米国の国民が、宗旨替えを表明したのに驚かされた。指導層は兎も角、一般大衆は追い詰められているのだ。2016年は後から見れば節目の年だったと言われるのだろう。

さあて今年はどうなるか。
トランプ大統領がやはり台風の目だ。TPPどころか、更に強引な日米FTAを仕掛けられれば、我が政府は対処できるのか。まあ、経緯が全く見えない密室のTPPよりは、コーカソイド共の強欲だけは国民の目にも明らかになることだろう。今度はちゃんと報道するのだよ、マスコミ諸君。

足元から経済が崩れ落ちるであろう某国が、死に際の無茶を仕掛けて来ぬことを祈らざるを得ない。そして自衛は強化せざるを得ずだ、日本。
by yokuya2006 | 2017-01-04 17:17 | 日常の雑感、覚書 | Comments(0)