3/31 退社までの時間軸

31日は本社で退社式。退職同期の10名が呼ばれて、社長から感謝状、金一封、退職辞令の交付を受ける。お言葉をいただき、退職者代表の謝辞のあとは、退職に関する書類を書いて判を押す。健康保険証をいったん返却した。
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5時半からは、市内のホテルに場所を移して会食。いつもながら良く酒を飲む懇親会だった。

まだシニア社員で仕事をするのだが、一応の「区切り」と云う事で、入社から退社までの時間軸を辿ってみよう。

1980年、札幌本社に入社したのは、スリーマイル島の原発事故の翌年だった。
1986年、入社して数年で、今度はチェルノブイリ原発の事故が起きて、世界を震撼させた。

1989年、あのベルリンの壁が崩壊した。当時はバブルのまっ盛りで、私は北海道勤務の仕入れ担当だったから、東京からゴルフ出張してくる商社マンとの飲み会が日常茶飯事、連日ススキノで夜の仕事の所謂「社用族」の末席に居た。

そしてバブルは崩壊。私も東京は馬喰町に転勤となり、千葉に居住する事になった。今から思えば、失われた20年とやらを千葉で暮らしたのだ。

1995年、阪神淡路大震災が起きた。新幹線から眺めた大阪を過ぎたあたりの住宅地の屋根を覆うブルーシートを、まだ覚えている。

次いで地下鉄サリン事件、いつも使っている日比谷線をその日は使わず、私は難を逃れたのだ。
その後は事務所が移転して千葉、勤務地は変わらぬが部署異動は数知れず、所謂スリッパ転勤と云うやつだ。

2008年には、まさかのリーマンショック。
2011年には、東日本大震災を間近で体験し、福島原発の事故がおまけで付いた。

人生何があるか判らない。
振り返ってみれば、私の現職の時間軸は、三つの原発事故と二つの大震災、資本主義の行き詰まりと、バブルとバブルの崩壊の中にあったと云う事になる。

その時々の立場でベストを尽くしていたか?が問われる。
どうなのだろう。
まったくのNOではないが、YESと云い切れる自信はない。
そんなところだ。
by yokuya2006 | 2015-03-31 22:31 | 仕事と出張 | Comments(0)