12/31 今年一年を振り返る

今年ももはや最終日。振り返ってみれば、今年は公私共にとても濃密な、そして変化の大きな一年だった。特に後半は大車輪だった気がしている。
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1月 NPOの引き継ぎ計画をせっせと進めていた。サプリの開発も大詰めとなり、そうそう部下の怪我が飛び込んできて慌てさせられた。

2月 珍しく千葉を大雪が見舞った。4月からの新組織発足に向けて準備が始まった。

3月 異動する上司の壮行会、翌日も早朝から移動するなど出張で多忙だった。NPO引継ぎの総まとめにかかっていた。

4月 新部署が発足するも人員増が遅れて、忙しさは増すばかり。原料の新規開発に注力した。準備を進めていたNPO移管にも暗雲が広がった。反原発のシンポジウムに出かけて行き、核燃料サイクルなど大嘘である事を知った。原発は卒業しよう、日本!

5月 思い立って久里浜から東京湾フェリーで房総半島に渡る小旅行を敢行した。直前に事件が起きたNPOの通常総会も、何とか乗り切った。事務所PCのディスプレーを二連として能率アップしたのもこの頃だ。出張の度に実家の野菜畑のメンテナンスが忙しかった。

6月 部下の不調が続きこちらの負担が増す。これでは新規部署など動く訳もない。相変わらず出張ラッシュが続く中で、中期計画に取り掛かった。

7月 退任する偉い方をお誘いして、房総縦断蕎麦の旅。製造部門の中期計画を作り込んでいた。猛暑が続く千葉を抜け出して月末には門別競馬を楽しんだ。

8月 どうやら定年後もシニアで千葉勤めらしく、それならばと家探しを始めた。お盆の帰省、夏休みではカミサンの実家のボイラーが壊れて、とうとう住めない家になってしまった。戻ってNPOでは最後の夏祭り出店をこなした。デング熱が流行ったのもこの頃だ。

9月 ようやく増員なり、引継ぎの作業に専念した。引っ越しを前にして、長年溜まった不要なモノたちを思い切って捨てた。カミサンの肉腫が悪性と判明し、引っ越し作業の傍らで何度もの精密検査に追われながら手術の方針が決まった。

10月 上旬に二つの台風が関東を直撃した。最初の台風の日にカミサンは入院、手術は半日を要する複雑なものだったようだ。事務所ではようやく増員が完了して4名体制、下期からを睨んで基本方針を策定した。カミサンの見舞いに、仕事に、そして新居の諸々の不具合に大忙しだった。

11月 我が家の料理人として忙しい日常となった。新居はようやく片付いて家庭生活も落ち着き始めたが、皮膚の活着が不良とされてカミサンは再入院。家事を補助すべく食器洗い機を導入し掃除機を新調した。

12月 夏前から続けてきた糖質制限が功を奏して、とうとう体重が90kgを割り込んだ。カミサンが退院したと思ったら、今度は出張で訪ねた母の具合が悪い。上手く日程調整できて病院に連れていくなどした。仕事はよく回ったが、新年からの負担も増えて油断が出来ぬ年の瀬である。

安倍首相の信任を問う選挙は自公で盤石の結果となり、ますます改革?は加速する事だろう。為替は120円に至り、輸入食品は高騰せざるを得ない。原油安はわが国にはラッキー要素だが、おかけでロシアは見る影もなくなり、中韓国の停滞も加わって世界は大きくそのバランスを変えた。

来年はどんな運命が私を待っている事だろう。「シニア社員の身分でノンビリ仕事」とは行かない事だけは確かのようである。
by yokuya2006 | 2014-12-31 17:06 | 日常の雑感、覚書 | Comments(0)