3/12 地震の翌日

都内に勤めている息子は、新小岩まで歩いたところで帰宅難民を救済するべく解放された高校の建物で一夜を明かし、復旧した電車に乗って昼過ぎに帰宅した。
私は、ほぼ通常通り、朝から自転車を走らせて事務所に向かった。
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隣の団地では、液状化で電柱がかしいでいた。いたるところで、泥水が噴き出した跡があり、自転車のタイヤを取られる。泥は、乾けば細かな埃となって風に舞い上がる。
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事務所に到着すれば、お客様や取引先から電話がかかってくる。「今日の到着を頼んだ荷物は届くのでしょうか。」「明日出しの千葉への荷物が宅配便で受け入れ中止です。」
担当部署の人間が何故出社しないのかと思いつつ、お客様対応して、担当者には携帯電話は通じないので携帯メールアドレスを調べて連絡すれば、すぐに返答が返ってきた。聞けば彼らも、昨日は都内の向こう側にいて、渋滞の都内を抜けてたった今戻ったばかりとか。彼らの事情も考えずに、何故俺がと憤った自分を恥じる事だ。皆、一所懸命に仕事をしているのだ。

東北の日本海沿岸の飼料基地が壊滅状態だ。工場設備の復旧を急いだとて、港湾機能が死んでいるから、原料が入らなければエサは作れない。後背地の酪農・畜産農家にエサを届ける術がない。
これは大変な事になった。何とかして、上(北海道)と下(関東)からエサを届けるべく、社内はてんやわんやの状態だ。

このドタバタの中でも、4時には事務所を抜けてNPOの生ごみ処理機メンテに顔を出す。
クライアントのホテルでは、被害がなかったらしい。何よりでした。

自宅に戻って、上の息子の無事を祝う。福島の原発も、圧力容器の損傷には至っておらぬらしいから一安心だ。そうこうするうちに、我が団地に給水が復活。これは嬉しい。
ふんだんに水が出て、熱いお湯に浸かれる幸せ。余震も随分と少なくなって、今日は安心して眠れそうである。
by yokuya2006 | 2011-03-12 21:47 | 日常の雑感、覚書 | Comments(6)
Commented by LaLa-blue at 2011-03-12 22:17
ご家族皆さま、ご無事で何よりでした。
本当に凄い地震で、立っていられないほどでした。
我が家では、下の娘となかなか連絡が取れず心配いたしました。
まだ、余震があって怖いです!!
Commented at 2011-03-13 05:19
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by haru123fu at 2011-03-13 09:18
地震当時夫は川崎にいたので、昨日ようやく自宅アパートに戻ったといってました。
自宅についてビックり、室内はグチャグチャだと言ってました。
でも、二日寝てないので、とりあえずものをよけて睡眠をとった
とのこと。
yokuyaさんのところも、物が散乱して大変でしたね。
とりあえずは、命のあることに感謝ですね。
Commented by yokuya2006 at 2011-03-13 22:56
LaLa-blueさん、ご無事でしたか。揺れが長くて、なかなか収まらないので、不安でしたね。しかし、案外と鉄骨のビルって丈夫なものです。会社事務所も盛大にギシギシメキメキいってましたが、窓ガラスひとつ割れる事はありませんでした。過信は禁物ですけど、、、
Commented by yokuya2006 at 2011-03-13 22:57
鍵コメさん、お互いに気をつけましょう。
Commented by yokuya2006 at 2011-03-13 22:59
haru123さん、まだ房総沖が空白地帯だとかで、嫌ですね。
首都圏の会社員は、何せ職住接近ではない方々が圧倒的に多いので、電車が停まると大混乱ですね。