8/1 妹の通夜

f0057955_1371483.jpg通夜の式場でスライドショーをやるというので、実家にあった妹家族の写真を早朝から届けに行く。
夏晴れではあるが、もうすこし気温が上がってもよい札幌である。

カミサンを美容室に、息子を床屋に行かせて、昼は母も誘ってグランドホテルでゆったりと昼食。
大通りのビヤガーデンは、そこそこに賑わっていた。

15時には北24条の斎場に着く。何か最近、このような映画があったものだと思いながら親族で湯灌に立会い。棺桶に収めて階下の式場へ安置する。そのうち上の息子も到着、関東圏の親族も揃いはじめた。
会場ではお花やお供物の並べ方などを指示しながら、数を増してくる参列客の対応で喪主は忙しそうである。交友の広い妹ならでは、大層多くの方々に集まっていただいた。

18時から通夜の儀、嫁ぎ先は曹洞宗で、経も、式の次第も門徒の我が家と違って興味深い。やや関西のイントネーションが残る坊さまであった。
その後は、妹が関わっていた真光さんのお仲間が集い、彼等の流儀で拝んでくれた。近所の組み手の方には、随分と親身に世話してもらったらしい。肝硬変末期の症状の緩和や、本人の気力にも大きな力になったと聞いた。

弔問客が帰った後で、親族で深夜まで思い出話。若過ぎる死が惜しまれた。
明るく面倒見のいい性格から、嫁ぎ先では何かと頼りにされコーディネーターが「はまり役」であった。一緒に育った若い頃は思い当たらないのだが、結婚後は驚くほど社交的になった。人付き合いが上手く、親交も実に広く、気配りがあって、交渉事もそつがなく、しかも何処そこの業者さんは腕がいいだの、あそこだと安く買えるだの、情報通であったものだ。経験と環境とが、彼女を鍛え、その才能を開花させたのだろう。

ピアノ教室で生徒を教え、教室のホームページやブログも持っていたが、これらは闘病生活が本格化したときに休止してしまって、それきりになってしまった。

ワイワイと深夜に至って、明日もあるからとシャワーを浴びて斎場の二階で就寝。
by yokuya2006 | 2009-08-02 22:04 | 日常の雑感、覚書 | Comments(0)