6/27 神力達夫先生の訃報

今日、ある方のブログを見ていたら、お通夜に出席の記事。なにやら胸騒ぎがして辿ってみたら、神力先生が23日に亡くなったという。驚いた。

f0057955_19563531.jpg神力先生とは、前のNPOでご一緒したのが縁である。
一部の理事達の独断専行に対して、監事のお立場であった神力先生は理事会などでも常に正論をもって論破され、我々良識派の理事とともにNPOの正常化に貢献されたものである。

そんなことがあって、先生と意気投合して、当時は私も比較的に時間が自由になる仕事だったから、堆肥処理の専門分野の立場から随分と先生のお仕事を手伝い、また勉強もさせてもらった。

f0057955_19571161.jpg当時出版された先生の著書「活かそう生ごみ」についての講演会、応用科学学会での講演、ドイツ商工会議所での新技術紹介、そして熱心に取り組んでおられたドイツの乾式バイオガス技術の導入など数多くの発表では、まだ中学生・高校生だった我が息子達にも手伝わせてパワーポイント資料を編集し、会場にも私のノートPCを持ち込んでアシストもさせていただいたものだ。

当時のパワーポイント資料は、今でも私のPCの「神力先生PPT資料集」フォルダに10を越える数で残っている。
今見返しても、当時の神力先生の意気込みと熱意が、ひしひしと伝わってくる。これらの資料は「あなたと私との共作ですから、自由に使ってください」と言っておられた先生。いつか、これらの資料を何らかの形で公開させていただきたいものだ。

f0057955_19584270.jpg失礼ながら、工学系の方にはありがちなことだが、神力先生も生物系にはやや疎いところがあって、その点では私も言いたいことを言い、先生も若輩者の言い分をよく聞いてくれた。目下のものにも決して偉ぶることなく、常に人の意見はよく聞き、且つご自分の意見をしっかりと話す方であった。高い見識から発せられる言葉には、聞くもの皆を納得させる力があった。

しまいには神力先生が理事長をされていたNPOにも誘われて入会し、地方自治体の調査事業にも参画させてもらったが、これは残念ながら不本意な結果に終わった。神力先生のご好意を町役人のアリバイ作りに利用されてしまい、私はこれを訴えて退会。神力先生とも一時は疎遠になったが、そのうちお付き合いが再開した。私からのご無沙汰メールを、先生にひどく喜んでいただいたことを覚えている。

2年前の千葉聖書研究会Xmas祝会で、お孫さんのスライド発表をお手伝いし、先生と一緒に慣れぬ賛美歌を歌ったこともあった。今年の2月に、乾式バイオガスに興味のある取引先の社長さんを案内してお訪ねしたのが、先生とお会いした最後になってしまった。

「私たち(ご夫婦)は、ヴェリィ・オゥルドだからねぇ」と、息子等を笑わせておられた。
資料の整理に向かわせた息子等に、気安く中華料理や寿司を振舞ってくださった。
神力先生のお人柄に触れさせていただいただけで、我が息子等には有難いことでした。

戦後の焼け野原の東京で、くず鉄から鋳物を作る仕事をされたとの思い出話を聞かせてもらったことがある。製鉄に炭素を加えて鋳鉄を作るのは、製鉄の逆工程で大変でしたが皆で智恵を絞って何とかしましたよ、と語っておられた。
食品加工の会社を建てて、一度に複数のスライスを作る機械を考案され、ドイツ、ノルウェーまで代理店を作られたと聞いた。
生まれは1922年、現北朝鮮の元山府だが、ご実家は北海道の増毛の網本で、増毛には國稀という旨い酒がありますね、と申し上げると「そうそう」と喜んでおられた。

惜しい方を失った。ご高齢だから、いつかは止むを得ないとは言え残念なことだ。
神力先生、お通夜にも参上できなかった不肖の弟子を、どうかお許し下さい。
私のPCに残っていた写真。学会で発表される、在りし日の神力先生。
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f0057955_20212296.jpgドイツの環境政策において、新規技術に政府が公平に援助して現場で戦わせ、勝ち残ったものには更に支援策を用意して育成する方法論を、機会あるごとに紹介しておられた。

インセンティブとは、こうしたことだ。

我が国の、産業界と癒着した政界の有り様を、嘆いておられた。

私にお渡しくださった、先生の著書。
2008年3月31日の発行とある。

敬虔なキリスト者であられた先生。
血を吐くが如き、非戦の決意が記されている。

先生、未熟な私ですが、また読み返してみます。

どうか安らかに、お休み下さい。

I am the ocean. Lit by the flame.
I am the mountain. Peace is my name.
I am the river. Touched by the wind.
I am the story. I never end.
by yokuya2006 | 2009-06-27 20:56 | 日常の雑感、覚書 | Comments(2)
Commented by 神力の孫の山崎です at 2009-06-28 22:52 x
クリスマス集会でお手伝いをしてもらった、孫の山崎志真です。ご無沙汰しております。祖父がどのような活動をしていたのか知りたく、インターネットで祖父の名を検索していたらたどり着きました。
87歳になるまで活動を続けてきた祖父ですが、いろいろと無理をしてきていたのだろうと思います。あっという間のことでした。6月7日に講演会への道すがら倒れ、その一週間後に肺炎に、23日の11時11分に還らぬ人となりました。あまりにあっけなく、そして儚いものでした。書いている僕自身、今も祖父は花園の自宅かホームで机かパソコンに向かい仕事をしているような気がしてなりません。誰か別の人のことを書いているような気さえします。
祖父が87年間を走ってこれたのも、見守ってくださった方々のおかげだと思います。祖父は未来につながるたくさんの種をまいたのだと思います。祖父を支えてくださり本当にありがとうございました。祖父の連絡ができなかったこと、母が申し訳なかったと申しておりました。
これからのご活躍をお祈り申し上げます。機会があれば祖父のことをお聞きしたいです。では。
Commented by yokuya2006 at 2009-06-29 08:02
山崎様、この度は誠に残念なことでした。
聡明、高潔、そして人間味溢れる素晴らしい方でした。私如きのみならず、周囲が先生をお手伝いできたのは、先生の人柄に触れ一緒に仕事をする楽しさがあったからこそです。

先生の地域活動については、ネットの方々がお詳しいでしょうか。そのほかにも、お引き合わせできそうな方が沢山おられます。お時間があれば、ご案内を致しますよ。ご遠慮なく。

私のPCのデータは、同じものを先生にも勿論お渡ししていましたが、ご覧になりたければメモリにいれてお送りさせていただきます。鍵コメで、ご住所をお知らせ下さい。