23日 昨夜は遅かったので、ゆっくり寝てから札幌駅に移動。
f0057955_18464476.jpg
軽く昼飯はトマトの姿煮。出汁のジュレ、とろろ昆布と共にいただく。なかなか美味しい夏の食べ物だな。

今日も付き合っていただける大学の先輩と共に、バスで門別競馬場まで一時間半余り。心配した台風は速度を速めたらしく、競馬場は快晴の重馬場だが、途中に渡った鵡川は大雨の直後で濁流の渦。近隣の草地は冠水して牧草のロールが流されていた。

さて、仕事?の冠レースである。
各レース共に三連複を2セット投資したが、すべてハズレ。周囲では「取った」の「当てた」のと声が上がる中で、私は北海道に2500円を寄付した格好となった。

それでも楽しく最終レース、記念写真を撮ったら、再び先輩とバスで戻る。レース中は、展示を見守りながら「帰ってきたヒトラー」上下巻を読了した。とても面白い本だったし、ヒトラーのファンになったかもしれない。
ホテルの戻れば、またも11時過ぎだった。

24日 今日も寝坊して、まずは実家に向かう。
青豆の枝豆と、沢山のゴーヤを収穫して、母の知り合いに配りながらメガネ屋に行く。白内障の手術をした母が頼んでいた新しいメガネが、ようやく出来上がった。周りが明るくなったが焦点が違ってしまった母の目に対応したレンズが完成したのである。流石によく見えるらしく喜ぶ母を見て、良かった良かった。今年当初からの懸案だったのだ。

実家に戻って、青豆の枝豆とスイートコーンはすべて収穫してしまう。
枝豆を外したら、会社事務所に出て新任の課長氏と打ち合わせ。人手不足の中でお忙しいですがと、一年過ぎたが引き継ぎもさせてもらった。
新千歳空港でレンタカーを返して遅いJetstar便に乗り、成田から千葉行きの最終バスに間に合って帰宅はやはり11時過ぎだった。

25日 実に久しぶりにルイガノ号で通勤、千葉は相変わらず暑いが体は喜ぶ。出張の後片付けやメール対処をするうちに、あっという間に終業時間に至り、明日できることは明日にして、やや涼しい中を自転車で戻れば自室は温度29.7℃、湿度は66%。まだまだ千葉は暑いのだなぁ。
今日は、切ってあった茄子を鶏肉と炒めてやろう。

21日は、5時台のバスに乗り成田空港、Jetstarで着いた新千歳空港は小雨。札幌市内に入れば、曇天なれど辛うじて雨は落ちていなかった。
f0057955_09302538.jpg
母と共に昼飯を食べて、さあ雨の降らぬうちに畑仕事だ。きゅうりとトマトとゴーヤのメンテ、雑草取りをするうちに霧雨が小雨になり、体を濡らしたので畑仕事を諦めた。
3時過ぎからは、実家の居間でノンビリさせてもらう。そうそう、ダン・ブラウンのインフェルノ下巻を読んでしまおう。バタバタだったここ一週間で、突然の休息を楽しんだ。

夜は、イナダの塩麹焼き、収穫したてのゴーヤでチャンプルー、イカオクラなど作りて食す。

22日 弱いながらも雨、研究所に行って明日の冠レース賞品を箱詰めし、本社に届けて本日の業務は終了。夜には大学の先輩が声をかけてくれて、札幌駅前で一杯。
昔一緒に仕事をした方としばらくぶりにお会いできて、いやー変わりませんね。15年ぶりになるのですねぇ。わざわざ帯広から来てもらったとは忝い事です。

楽しく語らってホテルに戻り就寝。出張に出た合間に、思いがけずにリフレッシュできたことを喜んだ。

18日 午前中は月次定例ミーティング、中期計画に向かいて課題山積であるが粛々と進めて参ろう。
バタバタと片付け仕事をして、昼には会社を出る。一度帰宅して、夏休みで家にいるカミサンと共に昼飯を作って食べ、大汗をかいてJRで東京駅、新幹線で高崎、乗り換えて新前橋。夜には営業所長と共に販売店の方と食事。

19日 鶏さん、肉牛さん、豚さん、乳牛さんとイロイロ回る。しぶとくこの世界で生き抜いてきた方々であって、皆さん個性的な有能な経営者であられた事だ。6時過ぎの電車で戻り最寄駅には8時半着。夕飯をカミサンにフラれて、一人ファミレスで飯を食う。

20日 朝飯を食べたら読書。出張に持って行ったダン・ブラウンのロストシンボル上・中・下巻をようやく読み終わる。昼飯を食べたら来週の飛行機とレンタカーの予約変更、やれやれまた帰宅が深夜になる。

これから家を出て会社事務所で若干の出張準備、そのまま九十九里まで走って堆肥発酵機関連、戻りつつ食材の買い物の予定である。
明日は5時台のバスに乗らねばならぬ、何故こうもタイトな日程になってしまったのか、いささか詰め込み過ぎであるなぁ。ゆっくり酒も飲んでおられぬ、心休まらぬ日々が続いているのだ。

13日 カミサンと共に、成田から昼過ぎに新千歳空港に着く。吉野家で牛トロロ定食、レンタカー屋に向かう。ものすごい混雑で書き入れ時の様子だ、札幌市内の実家に着いたのは2時前。
母を乗せてメガネの購入に行く。数か月前に白内障手術をして、ようやく目玉が落ち着いたらしく眼医者からメガネの処方箋が出たのだ。大いに時間を取られて、買い物して帰宅。ゴーヤチャンプルなどを作って、明日以降の予定を決めて就寝。

14日 朝から実家の畑のメンテナンス。伸び放題の雑草との戦いだ。
収穫を終えたえんどう豆を整理して、トマトと胡瓜に手をやって、ひたすら草取り。カミサンの助力が有り難かった。
シャワーで汗を流して、明日の筋肉痛に備えてホエイペプチドを飲んで、夕方にはバスで月寒のお寺さんに向かい息子二人とも合流して墓参り。終われば親族8人で飲み会。大いに酔っ払い、地下鉄とタクシーで帰宅。

15日 今日は我が家の墓参り。藤野聖山園、平岸霊園とハシゴして、昼飯に鈴蘭ラーメンによれば会社の先輩ご夫婦と出くわしたりする。
帰路に生協で買い物し、夕方には死んだ妹の旦那や息子夫婦にひ孫付きやらが集まって、私が炊事当番。事前にカミサンとメニューを決めていたので、旺盛な食欲に応えるべく各種料理を作る、作る、作る。

マッシュルームと帆立と海老のアヒージヨ、マグロのカルパッチョ、ゴーヤチャンプルーをフライパンで二つ、豚肉冷しゃぶの300g野菜沢山を二皿、鶏もも肉の塩焼き柚子胡椒を3つ、豚角煮と煮卵と小松菜、その他いろいろ。大いに食べて飲んだ。

16日 昨夜の豚しゃぶのスープに昆布を投入して、庭のカブと隠元豆と長ネギでおじやの朝飯。昼は庭のキュウリとカブとレタスでサラダ、ズッキーニとハム焼き、フルーツヨーグルト。うーむ、いつものカミサンと二人の食生活とは異なって、これだけ食べる人がいると準備も次元が異なる。

昼に客が帰れば、母の贈答品の手配で近所の果樹園まで車を走らせ、実家で一息ついてから、それでは私たちも帰ります。母にしてみれば、ひ孫と遊び、大勢での食事などで大いに疲れたことだろう。

空港に向かう道すがら、今は住む人もないカミサンの実家を訪ねて仏壇で焼香。月寒のお寺には行ったのだけれどね。
続いて空港に向かえば雨が落ちてきた。

千歳に着くころには大雨になり、Jetstarで着いた成田も大雨。台風の影響なのだ。
辛うじて千葉行きの最終バスに間に合って、自宅最寄り駅からは弱まった雨の中を歩く。帰宅すれば夜の11時で、流石に私はバタンキューだ。
ああハードな盆の帰省であったことだ。

17日 ルイガノ号で会社に出れば、既に周囲は夏休みを終えて通常モード、当たり前也。
昼前のお客との話が弾んで、近所のホテルレストランで昼食を食べつつ話す。戻って猛然と仕事、カタログ編集などをこなしつつ、あっという間に定時となった。

今日も暑い千葉、帰宅した自室の温度計は31.2℃だった。
冷蔵庫の残り物の消化メニュー、芋と玉葱のカレーソース焼き、イカとオクラと納豆のぐるぐる、その他を食す。
こんな状態で明日からは出張である。シニアしては忙し過ぎるのである。
もう少しゆっくりしたいもの也。

11日 カミサンは仕事なので、いつも通りに起きなければならぬ。
朝飯を食べて、カミサンを送り出してからは、机周りの片付けとお料理。
先日作ってあった料理用トマトのソースを贅沢に投入して、ダール豆と海老を入れてカレー味。昼飯は、これをご飯にかけてトマトカレー。旨いです。

午後から食料品と酒の買い物、今日も暑い日でリュックを背負って自転車を漕げば、背中にびっしょりと汗をかく。夕飯は、いろいろ野菜をピーラーで削って豚しゃぶとした。
f0057955_21212804.jpg
12日 今日もカミサンは仕事、私は昼前に自転車を漕いで銀行口座のメンテナンス。立ち寄った護国神社では降りしきる蝉の声。と見上げれば、沢山のセミの抜け殻。
f0057955_21241315.jpg
足元を見れば、蝉の幼虫が出てきたらしき穴も多数。
f0057955_21240072.jpg
千葉公園のセミたちよ、精一杯鳴いて子孫を残すが良いぞよ。
さーて、帰宅してシャワーを浴びたら、明日からの帰郷の準備に取り掛かるのである。

さて、いったいタンパク質はどれだけ摂取したらよいのだろう。

成人男性で一日70gと言うけれど、私は糖質制限しているので摂取したタンパク質の一部はグルコースになっているはず。しかも、そもそも私はガタイがデカい。身長190cm、体重は落としたとは言え90kgあるのだから、一番的な成人男性の範疇には入りそうもないではないか。

体重は落としたいが筋肉量は増やしたい私にとって、これはどうしたことだろう。

我々エサ屋は、動物に与えるエサの量を体重で決めている。も少し正確に言うと代謝体重:メタボリック・ボディウエイトに比例させて求めるのだ。代謝体重とは「体重の3/4乗」で示され、例えば体重60だと21.558となる。

昔は関数電卓が必要だった(3/4乗の場合はテクニックがある)が、今はエクセルなどがすぐやってくれる。セルに「=X^(3/4)」とタイプすればよいだけだ。便利な世の中になった。

60だと21.588600だと121.231、つまり5.6234倍だ。体重が10倍になれば、使うエネルギーも10倍になるのではなくって「10より少ない5.6倍~♪」(by本川達雄先生)。

私の体重90では29.220となる。体重60kgの人から見れば1.5倍の体重の私が使うエネルギーは1.36倍である。

じゃあ、必要なタンパク質も70gでは少なくて94.9gいるんじゃね?ここのところ、どーなんですかね。何方かご存知の方、ご教授ください。

無理して高タンパク食にして、窒素の排出で腎臓に負担をかけるのは嫌だし、そもそも90gのタンパク質を食事で取るのは大変なのだ。本気でプロテインシェーカーを使って、ホエイペプチドをガンガン飲まなければ、とても届きそうにない。(続く)


この間、朝飯は少量のパンと、ジャムを乗せたヨーグルト、紅茶と牛乳、目玉焼きに23本の小型のソーセージ、これにトマトやキュウリやレタスなどその時にある野菜達。

少量といえどもパンとジャムは立派な糖質食品だが、まあイイさこのくらい。タンパク質としては、卵一個で7g、ソーセージで8g、牛乳とヨーグルトで8g、合わせてタンパク質がおよそ23gの朝食という事になる。

会社での昼飯は、柑橘か林檎を一個と大型のソーセージ(ジョンソンビルの6本入りを2本)が定番だった。タンパク質は16g

夕食は、原則としてご飯は食べずに、野菜と魚と肉や卵、これに豆腐や納豆などの豆食を組み合わせる。豆にも野菜類にも糖質の多いものはあるが、そこまでは気にしない。

魚や肉は一人100g食べてもタンパク質は20gしかないから、できるだけ多めに取りたい。例えば中型の鯵を二匹食べても30gだからな。他のものから来るタンパク質も合わせて、これでようやく一日70gのタンパク質を摂取したことになる。

自転車通勤した後には、まだ太腿が張っているうちにホエイペプチドを数グラム飲んでいた。これは8割ほどがタンパク質で、しかもBCAA(分岐鎖アミノ酸)が多い優れ物だ。言うまでもなく、私が売っている競走馬用サプリメントの原料である。

以上の食生活と、毎日往復40分の自転車通勤、昼休みもできるだけポタリングして、休日には市内巡行で汗を流す。

私はこれで、半年で体重を96kgから最低時87.5kgまで落とすことに成功したのである。(続く)


糖質制限を初めて当初、体のガス欠に苦しまされた。

長年シュガーバーン仕様(糖質を燃やして走る方式)だった私の体が、すぐにエネルギー切れになってしまうのだ。具体的に言えば、自転車に乗っているときに急にガックリ疲れてしまったりする。

こーゆー時に意地を張るのは良くないことで、手近なコンビニに飛び込んでバナナを、或いはアイスクリームバーを買って食べることにしていた。するとすぐに体力が戻るのだから、体は正直だ。

これがなくなったのは、糖質制限を始めて3ヶ月くらいたったころだったろうか。体重減少は進んでいるのだが、空腹感を覚えても我慢できる気がしてきた。体が慣れてきたのだなと思ったし、体の適応能力はスゴイと感じたものだ。

少しはファットバーン体質に変わってきたという事だろうか。(ちなみに、脂肪は残念ながら糖質には化けません。タンパク質などを燃やすエネルギー源になるのです、念のため)

私の経験では、糖質制限に体が順応して安定するのに3ヶ月を要しました。(続く)


8日 月曜日、終日プロジェクト会議だった。そして暑い日だった。
帰宅して、自室の気温は30.0℃、湿度52%。夕食に冷凍庫から取り出したスルメイカの刺身が、台所ですぐに溶けた。生姜をおろして、炒り酒などでいただく。他にはニンニク醤油味の鶏胸肉と野菜の炒めなど。

9日 ますます暑い日だった。
昼間に昼食の買い物に出たら、気温が尋常ではなかった。外に出ていた同僚もタダゴトデナイと言っていた。あとで聞けば気温は38℃くらいには上がったらしい。しかし、こちとら既に体が夏モードに馴致完了である。汗をドッサリかいても、それだけのことだ。

放課後に暑気払いのBBQ会が、一階の玄関前駐車場で催された。二階に入っている親会社の方々もノリの良い人達で、ホタテだ、サザエだ、牛肉だと食べ進み、ビールだ、ワインだ、日本酒だと飲み進んで、暗くなっても大いに盛り上がった。流石にルイガノ号では帰れず、電車で帰宅して、シャワーを浴びたら寝てしまった。

10日 さあて明日から夏休み、今後の仕事を整理しておこう。
進めていた新製品のパンフレットが届き、これを社内配布して、関係先にも郵送する。来週と再来週の出張準備も万全だ、と思ったら、お手伝いしているカタログ編集期限が早まって、これは夏休み明けが忙しい。

今日も暑かったが昨日ほどではない、それでも帰宅すれば自室の気温は30.2℃、湿度は59%か、体感温度は不正確なものだ。

今夜は大根と蒟蒻と凍み豆腐の煮物、シーフードと野菜の炒めなどをこれから制作にかかるのである。

さあて暇な日曜日、外は暑いし、自室でPCで遊んでいる。
そーだ、この際に糖質制限の自らの実験結果をまとめておこう。ご参考になる方はいらっしゃいますでしょうかね。

きっかけは二年前の3月、書店で目に留まった新書版「炭水化物が人類を滅ぼす」夏井睦著、光文社新書だった。この先生は、かつて「傷はぜったい消毒するな」でファンになったお医者様。医療現場にいて、しかし背景に実に広範な生物学的想像力を駆使される方である。
もう一つ、寄生虫博士で有名な藤田紘一郎先生の「50歳をからは炭水化物をやめなさい」も読んで、なーるほどネ、これはやってみようかしらンと思ったのだ。

当時の私は60歳定年の一年前、猛烈に忙しくなってきて、長年の暴飲暴食がたたって体重は96kgに到達、体が重かった。この一年を頑張らねばならず、その後のシニア期間を楽しく過ごす意味でも「少し何とかしようかな」と思っていた矢先の出会いで、よーしやってみるかと、その気になった訳だ。

もともと生化学系なので、理論は理解できた。
炭水化物、要するに甘味や澱粉類、お砂糖や小麦粉でできたパンやら麺類やら、そしてお米を食べずに、その他の食べ物は十分に食べる。結果として、口にするのはお野菜と、肉と魚などになる。つまり食物繊維とビタミン・ミネラルと、タンパク質と脂肪である。

体のエネルギー源は糖質(炭水化物、私の父の時代は含水炭素:ガンスイタンソと言ったんだけれど、知ってました?)だから、糖質がなければ体は困る。そこで、脂肪を燃やしてタンパク質からグルコース(ブドウ糖、代表的な糖質)を作る仕組み(ここのとこ、かなり省略してマス)を持っている。これを糖新生と言う。

ウィキなどを参照すれば、糖新生は「飢餓状態に陥った動物が、グルカゴンの分泌を・・・云々」と書いてあるけれど、農耕を覚える前の人間はいつも飢餓に直面していたのだ。脂肪として体に蓄えたのは「飢餓に備えたエネルギー」なのであって、腹が減れば次の獲物を食えるまでは体脂肪を燃やして持ちこたえるしかなかったのだ。

農耕を学んで安定的な糖質の摂取を可能とし文明を築いた時点で、人類はこの体脂肪による「まさかの時のエネルギー貯蔵」を捨て去るべきだった。食べ過ぎれば太るからである。
しかし、生物の体はそう簡単に進化しない。農耕は、つい最近の、一万年前に始まったばかりだ。で、現代は糖質の摂取し過ぎによるデブが多い、そーゆーわけなのだ。

さて、私も最初はかなり徹底して糖質制限をした。パンも飯もやめたら、体重はみるみる下がった。始めて半年、その年の12月には我が体重は90kgを切るところまで進んだ。
もっとも、秋にカミサンの病気があり、私が炊事当番になったことで糖質制限がやりやすくなったこともあっただろう。しかし夜には必ず酒を飲むが、醸造酒の最たるビールと日本酒は欠かさないので、ここでかなりの糖質は摂取していることになる。

この間、忙しい日々だったが体を動かす事を意識した。運動することでカロリー消費を高めるという事よりは、筋力を増強して基礎代謝量の増加を狙った。よーするに筋肉が多ければ、黙っていても消費するエネルギーは増えるので、体のエネルギー要求量は増すのである。

取り組み当初は、体は軽くなり、自転車運動で太腿は充実し、イイことずくめに思えた糖質制限。しかし、この後がイロイロあった。続く
5日は金曜日、朝から暑いのでカリユシで通勤。事務所では先月のデータ解析などをしながら過ごす。
昼休みに近所の公園でコンビニランチ、今日も夏の雲、気温は高い。空調の効いた事務所にいては体が鈍るので、暑い環境に身を置いている。

帰宅すれば、自室の気温は29.5℃、湿度66%だった。シャワーを浴びて、今夜のメニューは茄子と豚肉の味噌炒めに青トンガラシを多めに入れて、枝豆、青トン豆腐(今日で三日連続だ)、比内鶏の焼き鳥など食す。
f0057955_2192921.jpg
6日 土曜日。ベランダの赤唐辛子が色づいてきて、しかしまだ花も咲いている。もう暫くの間、楽しませてくれそうである。

オリンピックの開会式を見ながら、昼は飯を炊いてトロロご飯、舞茸と油揚げとワカメの味噌汁。カブの漬物。夜は、豚肉のしゃぶしゃぶに、キノコとオクラと茄子を合わせた。

エアコンを入り切りしている自室の温度は、日中は29度を切ることがなかった。明日もこんな気温であるらしい、暑い日々が続いているのだ。
3日 朝から美浦を目指す。改良した製品の評価を聞きに、そして次回製造の目途も立てなければならない。お客様を訪ねれば、やや意外な使い方をしておられ、やはり現場を見ることは大切であるなぁ。
f0057955_20383086.jpg
美浦トレセンの広場は、夏祭りの用意がしてあった。
f0057955_20392770.jpg
雲行きが怪しくなって、戻る圏央道で雨になった。車を走らせるうちに、どんどん雨は強くなって、東関道に入るころには周りが真っ白になった。これは堪らぬと酒々井SAで30分ほど雨宿り。

事務所に戻って少し仕事をして、帰宅すれば自室の温度は29.3℃、湿度は67%。うーむ、カラリとしない気候だが季節は既に夏なのだ。マッシュルームとタコでアヒージョ、ニラとベーコンの炒めなど食す。

4日 今日は速報日、7月の販売実績が〆った翌日なので売上高の速報を作るのだ。営業が頑張っており、前代未聞の好成績だ。春に投入した新製品と、これから投入する新製品が加わって、何とかこの勢いを持続してほしいものである。
f0057955_20584756.jpg
昼休みに近所の公園でコンビニランチを食う。湧き上がり合体する白い雲、飛び交うアゲハチョウとトンボたち、各種のセミの声が降ってくる暑いベンチに居て、夏を感じたのだ。

今日は帰宅すれば自室は29.7℃、湿度は67%、むしろ室内のほうが昼間の熱がこもっているのだろうか。もうすっかり真夏になっていることに、今更ながらに気がついた。
ピーマンと鶏むね肉のニンニク醤油炒め、オカヒジキとツナの和え物、モロキュウ、またまた青トンとおかかで冷奴など食す。
1日は月曜日、朝礼がある。急ぎの仕事もなく、のんびりと新聞広告の原稿作りなどする。心配していた7月の販売実績が、思いのほか好調の様子だ。営業が頑張っている。
f0057955_20293575.jpg
帰宅して今夜の料理は何にしよう。東金で買ってた青唐辛子をそろそろ食べなければと、細かく切って削り節と混ぜ、鱈のしょっつるを垂らして冷奴に乗せたら、これが辛くて旨かった。暑い夏は辛いものが旨いネ。

2日 明け方に、雨滴が叩く音と、轟く雷鳴で起こされた。
トドンと地鳴りがして、窓ガラスがビリビリ振動するほどの、それは凄まじい雷様だった。カーテン越しに、稲光も多数。しかし、朝の通勤時間には雨も止んで、ルイガノ号で走ることができた。

昼前後には事務所の窓ガラスを通して外が真っ白になり、再び雷鳴と集中豪雨。しかしこれまた帰宅時間には雨が上がってラッキーな私。
帰宅すれば、今日の自室は気温28.6℃、湿度75%で、この頃は「まずはシャワー」の毎日だ。

暑い日々が続いているが、体を動かして汗をかく事が、暑熱への馴致を早めるというものだ。自転車の後では汗がなかなか引いてくれないものの、この時期は汗をかくべきだとばかりに、事務所ではタオルを手元に置いてPCに向かっているのである。
今日は7月最後の日で日曜日。さあて、今日も遊びに出るのだ。
息子らも付き合ってくれて、JR五井駅で待ち合わせ。小港鉄道に乗り換えて上総牛久まで走れば、里山トロッコ3号に乗り込むことを得た。
f0057955_18274515.jpg
普通列車とは違って、時速30kmくらいでトコトコ走る。停車駅は里見だけで、養老渓谷駅が終点だ。
f0057955_18292973.jpg
勿論の事、里見で降りて歩いて数分の功徳庵更科で蕎麦を手繰るのが、本日のメインイベント。
f0057955_18311444.jpg
列車での移動の途中ではスコールのような雨に遭遇したが、トロッコに乗ってからは何とか降らずに、しかし蕎麦屋に入れば断続的に大雨が地面を叩いてくる。今日は変わりやすい天候だ。

車ではないので昼間から家族4人でビールをいただくと、数品が載った酒の肴を出してくれた。そして本番の蕎麦、私は大将のお勧めで裏メニューのぶっかけ、息子らはお決まりの鴨汁蕎麦の特盛り、カミサンは鶏汁蕎麦の普通盛り。堪能させていただきました。

里見から再びトロッコに乗って養老渓谷駅ではバタバタと足湯に浸かり、またトロッコ号で折り返してきた。上総牛久を目指す上り列車は何と!機関車がトロッコ4両を押すのであった。小港鉄道にはターンテーブルがないのかしらね。まあ、後ろ向きの機関車に押されてトコトコ走るのも風流ではある。
途中でまたスコールが来た。天井だけで窓がないトロッコは雨が吹き込むが、これも風流であると思っておこう。

ちなみに蒸気機関車の形をしているけれど、中身はクリーンディーゼルだそうで、偽物の煙を吹くギミック付き。こんな機関車を作るのに、いくら掛かったのでしょう。高かったでしょうね。家族4人で、一日フリー切符が1,800円、トロッコには三度載って各500円だから、合計で13,200円也で小港鉄道に貢献した来たのだった。

家族4人が関東にいられるのもあと少し。(多分)
息子らが付き合ってくれるうちに、多少はお金がかかっても日常を楽しんでおきたいものだ。息子らよ、彼女を連れてきても良いのだよ。
土曜日、昼に昔住んでいた団地のショッピングセンターの小籠包を食べに行こうと、カミサンを誘った。
f0057955_21114628.jpg
昨夜のうちに上の息子も誘ったら、来るという。
隣駅まで30分歩く、昨日ほどではないが暑い。汗をふきふき歩く。

店で息子と合流して、小籠包を三人前頼み、お隣の酒屋で缶ビールを買ってきて、イートインで昼から幸せになる。出来立ての小籠包は、こりゃまた旨かったネ。

イオンで涼んで、道端でコーヒーを飲んで、電車で帰ってきた。買い物をして帰宅して、あとはエアコンをきかせた部屋にいた。

マグロ納豆に青トンガラシ、長芋のおろしたのにオクラ、キムチの汁で豚肉とシメジ、とうきびの実のバタ炒めなど食しながらブラタモリを見る。
28日 気になる今月の販売実績をまとめつつ、印刷会社と新製品パンフレットの打ち合わせなどする。ドタバタしながら、ようやく校了が間近だ。
ルイガノ号で帰宅すれば、まずはシャワーが欠かせない。鶏胸肉をニンニクと塩をすり込んで焼き、大根おろしにシラス、キャベツの漬物など食す。

29日 今日は朝から暑い、昼飯に外に出ればこれまた蒸し暑い。早めに事務所を出て、クリニックで処方箋をもらい、降圧剤に替える。帰宅すれば今日もシャワーが欠かせない。

ああ今日で7月の仕事もお仕舞だ。8月に入れば、すぐに夏休みがやってくる。丁寧に仕事ヲしよう。
f0057955_2220455.jpg
会社の花壇のひこばえ。この頃は、こうした生き物の営みに心惹かれる。俺も年を取ったなぁと思ひます。

キムチの汁で茄子とニラとタコの炒め、オカヒジキのお浸し、茹でた枝豆など食す。
午前半休を取って銀行に行く。
車検だ、夏休みの帰省だ、借家の借り換えの礼金だで、少しまとまった金が必要になったので、8月に満期となる定期預金を普通口座に移そうとしたら、千葉銀ではATMでできる操作が、我がメインバンクの三井住友信託銀行では「窓口に来てください」なのだった。
よーするに、こんな小金を出し入れする客は客ではないという事なのだろう。で、ルイガノ号で再び出向いたわけである、面倒くさい。
f0057955_22491997.jpg
10時過ぎには終わったので、栄町辺りをポタリングして、午後からの出社前に千葉港のポートタワーに行ってみれば、何やら人だかり。皆して手元を覗いて声一つしない異様な雰囲気だ。
どーやら、ここにもポケモンが沢山出現するらしい。

さて、放課後は常務までやった方の引退の送別会。年の近かった私には功罪合わせてよく見えて、評価は難しいが、最後は気持ちよくお送りして差し上げよう。

体調不良では本人も未練があろう。しかし、振り返れば、もう少し他人の使い方が、配慮が上手だと良かったですね。そこが貴方の限界だったと思います。巧く生きるのは難しいものです。
25日 昼前に会社をルイガノ号で出て、市内の別事務所まで借り物を返しに、銀行に寄りつつ向かったわけである。千葉公園を走っていると、何やら多くの若者が手元の情報端末(スマホとか言う)を眺めながら、タムロしている。口がポカリと開いた阿呆共。

これは例の輩だなと思いつつ、巡航速度で横を走り抜けようとしたら、自転車にまたがった若者が心ここに在らずの様子でフラフラとこちらの行く手を阻む。オーイと声をかけたら、彼はようやく魂が現世に戻ったようで「ああ、済みません」などとノタマう。

帰宅してから調べたら、千葉公園ではピカチュウがゲットできるらしい。ピカチュウは電気ポケモンの代表例であり、進化すればライチュウになるのです。

26日 天気予報は怪しかったが、朝に自転車に乗ればそのまま向かう主義である。昼過ぎには雨がポツリポツリと落ちてきて、今日はルイガノ号では戻れぬかと思ったが、定時を過ぎれば辛うじて雨は落ちてこなかった。この二日間、自転車で通勤できたことは幸いである。

昼休みには、千円床屋に行き、コンビニランチを済ませ、郵便局まで行く。午後からはひたすら新製品の情報リリース。

帰宅して、鮭を焼いて大根おろし添え、春菊とベーコンの炒め、南瓜の煮物、昨夜作ったキャベツの浅漬けなど食す。
コンビニの棚を眺めていたら、レトルトハンバーグに「黒毛牛肉」と書かれていて驚いた。よく見ると、そのあとに(アンガス種)と書いてある。これはダメだろう。

日本の高級牛肉は和牛、代表格は黒毛和種、まあ褐色をした褐毛和種(あか牛)なんかもいるのだが、消費者は黒毛と聞けば和牛を連想して、高級肉であり美味しいのだと捉えるはずだ。

で、アンガス種とはアバディーン・アンガス種のことで、確かに毛色は黒い(茶色もいる)がこれは和牛ではなく外国の牛である。肉専用種で確かに美味しく、世界の食用牛の代表格だ。
黒毛のアンガス種の肉ですから「黒毛牛肉」、何か文句ある?と小賢しい奴が考えたのだろうが、消費者を惑わせるのは確かだ。大手コンビニがやるべきことではない、恥を知れと言いたいネ。

同様に有名なのはヘレフォード種、これも海外ではポピュラーだ。大昔にオーストラリアのフィードロット(広大な肉牛肥育場)を見学したときは、アンガスとヘレフォードが中心だが、暑さに強いブラーマンなどもいて、これらの交雑種がほとんど区別なく飼われていた。

見慣れない黒牛がいたので、あれは何かと問えば「アンガスとヘレの交雑種」でブラックボーイと呼んでいるとか聞いたし、積極的にブラーマンと掛けて(交雑させて)暑熱耐性を持たせているとも聞いた。彼の地の人にしてみれば、要するに全部が肉牛なのだ。

ちなみに、ヘレは一般的には茶色で、ブラーマンは白い。前述のように茶色いアンガスもいる。海外では毛が黒い事には何の意味もないが、黒毛牛肉と言うからには、この牛肉は全て黒い毛皮を着ていたのだろうなと、イヤミの一つも言ってみたくなる。茶色の毛のアンガス種の肉が混じっていたら、不当表示ですからね。意味ないけど。
23日 前々会長のK先輩、今年会社を卒業したH先輩をお誘いして、千葉で蕎麦会を企画した。11時に千葉駅に集合して、モノレールで穴川の名店「そばいち」で蕎麦前付きの昼食。
f0057955_2044231.jpg
モノレールで戻って、千葉ポート観光船ではカモメに餌をやり、陸に戻ればポートタワーの展望室から今見てきた港を俯瞰する。
一階ではお約束のソフトクリームを舐め、ついでに本日運航開始のポートトレインで、ポートパーク外縁をノコノコと巡る。

千葉県立美術館で時間調整して、またモノレールで作草部。5時から「泰庵」で〆た。
お二人の先輩には楽しんでいただけただろうか。会社つながりではあるが、年の離れた方々との交流は新鮮であるし、これからも続けて参りたいもの也。

24日 さて日曜日、九十九里に移設した堆肥発酵機が気になっていて、昔の仲間M氏も呼んで様子を見てきたわけである。昨日は暑すぎず寒すぎずだったが、今日は青空。気温もやや高いが、まだまだ平年並みではないようだ。

行ってみれば、発酵の良さを過信して、水分の多い原料を投入しすぎて、すっかり発酵の灯を消してしまった。も一度やり直し、しかし水分調整材のモミガラを大量にゲットして、まあ立て直しは何とかなりそうである。

東金の道の駅でまたまた野菜を買ってきて、昼はレンジでチンしたトウモロコシ、ハマグリを酒蒸しにしてズッキーニとバタ炒め。カミサンと猛然と家の掃除をして、ベランダの植物の世話をして、夕飯はハマグリの汁で茄子の煮浸し、玉葱と茄子とズッキーニとトマトとパプリカとニンニクと青唐辛子でラタトウーユ、ベランダのゴーヤでチャンプルー。
うーむ、野菜の消費が進んだぞ。
21日 雨で、傘をさして電車通勤。
月次ミーティングを過ぎたら昼だった。午後からは新製品のパンフレット編集の最終段階、何とか明日には形にしたい。
帰宅して、ベランダで育てた赤トンガラシを刻み、茄子の味噌炒めを作った。そこそこ辛かった。

22日 先日友人と酒を飲んで流れた健康診断、今日は市内の別事務所で受診することにしていた。ルイガノ号で向かうつもりが、外は霧雨。まっ、このくらいは大丈夫と漕ぎだした。

11時前に終わって、今年のバリウムは何かノド越しが良かったと思う。量が少なかったせいか、日々進歩しているのだなあ。
腹ペコで、とりあえず朝昼兼用を食べつつ、ルイガノ号で事務所に戻る。

定時に帰宅して、野菜の消化メニュー。届いたばかりの枝豆を煮て、一週間前のオクラを茹でておかか和え、一週間前のアスパラと豚肉で炒め、一週間前の獅子唐の焼き、一週間前のキュウリで酢の物、大根とガンモの煮物。

食材が多すぎる。食べきれずに劣化した野菜を捨てている。牛乳は5本もある。買いすぎ注意である。冷凍庫は一杯だ。食材の夢を見そうだ。
19日 多分初めてだろう、帯広から南下して大樹あたりから峠越えルート「天馬街道」と言うらしい。山肌に霧がまとわりつく峠を、標高500mまで登ったら、今度は下りになった。途中で道端の牧草地にワゴン車が落ちていた、雨で滑ったのかしら。

何と帯広を出て2時間ほどで浦河に着いてしまった。
販売店さんとの話が弾み、さあ札幌方面に移動しようとすれば雨で車の流れは遅い。気が急くがどーしよーもなく、ようやく日高道に乗った時点で同僚との札幌合流を諦めた。

3時半のANAで羽田、今度は千葉で6時からの飲み会が私を待っている。5時過ぎに着陸して、20分のバスに乗れたのは上出来だったが、この時間の高速道路は混んでいる。結局、飲み会には一時間遅れで合流。常務だった方の送別会で有志が集まった。

銀行系のご出身で、我が社に移籍してからは不良債権の取り立てやら、関連会社の立て直しに努力された。クールに、且つ経営者の気概を持って事に当たる姿に見惚れた。そんな昔話に花が咲いて、朝から時間を気にして気の急いた一日も、最後は楽しく酔っぱらった。

20日 朝は市内の別事務所にカタログの打ち合わせに行く。戻って、午後からルイガノ号で出社して、出張精算やら残務整理を進めた。もう今月の見えてきて、アッと言う間に夏休みになりそうだ。
f0057955_21353095.jpg
帰宅すれば、ベランダの唐辛子が赤くなり始めた。これを利かして、また茄子の味噌炒めを作ってやろうと考えている。
17日 一日、畑の雑草取り。トマトと胡瓜と盛りを迎えつつあるえんどう豆に手をやって、人参の間引きをして、二十日大根と、小松菜と、青梗菜を蒔きなおす。何とか、それらしい形になった。

18日 月寒の叔母に野菜を届けたら、高速道路で帯広を目指す。
f0057955_23144591.jpg
峠は雲の中で、下った帯広は曇り、涼しい気候である。

大学の恩師を訪ねる。もうすぐ御年77歳になられる。
私が今でも扱う微生物飼料の生みの親であり、微生物の生業を当時から明快に喝破した方である。
今では、自然界の中で培養できる菌種は一割にも満たないとか、平気で言われるようになったけれど、昔は違った。名前が付いていなければ認めないという「専門家」の先生方に、どれほど時間を取られたものか。

今やメタジェノミクスの時代、菌の同定など放っておいて、細菌叢のDNAを丸ごと調べて、菌群の動向をマクロで見据える時代が到来している。先生の研究は30年早かったのですね。

二時間余り楽しく語らい、市内のホテルに寄宿。
明日は早朝から南下して、浦河そして札幌、夕方には千葉で飲み会に参加せねばならぬのである。忙しいが、何とかこなして見せよう。
13日 新製品のパンフ編集などして、夕方には新人の歓迎会。カラ酒気味で酔っぱらうも、寝てしまった若い同僚をタクシーで送っていく。このあたりもまあシニアの仕事なのである。

14日 終日プロジェクト。不安定な天気で昼間は雨が降ったが、幸い朝は自転車通勤が可能だった。夕方も喜々としてルイガノ号を漕ぐが、稲毛海岸あたりから土砂降りの中を走る羽目になった。ここまで濡れれば、もうどうでもよいところまで濡れて、水の滴る帰宅。雨はその後も大いに降った。

15日 自転車通勤可なり、しかし10時を待たずに再び本降りとなる。窓から見通す周辺が真っ白だ。その雨の中、昼前に懐かしいお客が来て、新原料開発の話など聞かせてもらう。

夕方にはようやく雨が上がり、路面も乾きはじめた。販促物とホームページの仕事を片付ける。カミサンが遅くなる日なので、糖質制限もたまには良かろうと油そば(汁なし麺)を食べて帰宅。

16日 土曜日。カミサンは研修とかでいつも通りの出勤。私は野菜を切りおくなどしてから、バスで成田空港Jetstar。着いた新千歳空港は過ごしやすい気候だ。
三連休の為なのだろう、夏休みを待たずにレンタカー屋は大盛況、ご繁盛で何よりですね。

明日は一日、畑の雑草と対決する私である。
11日 月曜日、先週に託したはずの仕事がなされておらず、新しい上長から催促のメール。うーん、ちゃんと引き継いでから出張に出たではないですか、君もまだまだだな。部長職がどんな情報を聞きたいか、その身になって考え給えよ。まだ無理なのかな。

午後からは昔の仕事で南房総の飼料基地、施設の更新準備を手伝う。直帰して帰宅して、ベランダの南蛮が折れていたので急きょ作った茄子の味噌炒めが旨かった。
f0057955_2195670.jpg
12日 Stehkaffeeさんのお勧め、火星の人」を読了した。

ログエントリー、一日目(10日)
こんなに夜遅く就寝してから文庫本を開くのは、危険な気がする。しかし、読み始めればやはり止まらない。蒸し暑い夜で、エアコンを入れれば寒くなり、切れば蒸してくるのを数回繰り返しながら、一気に上巻を読む。今は既に明日になっているはずだ、下巻には手を伸ばさぬと誓って、無理やり眠る。

ログエントリー、二日目(11日)
今夜も寝床で本を読もうと早めに就寝、その後のワトニーはどうなった。少々酒を飲み過ぎたらしく、読み進めるにつれて睡魔が襲ってくる。もうだめだ、寝る。ワトニーの無事を祈りつつ。

ログエントリー、三日目(12日)
柄にもなく文庫本をリュックに入れて出社、昼食後は読みふける。またもやのアクシデントに唖然として、しかしワトニーはタフだ。

ログエントリー、三日目の午後6時過ぎ
定時を過ぎて帰宅して、残りに取りかかる。ついに到着した。そして火星を離れる。フライバイして戻ってきた仲間は、入念にランデブーを試行するが、ここで最後のアクシデント。打ち上げ速度が足りず、インターセプトできない。しかし今度は宇宙船の仲間がまさかのアイデアでこれを切り抜ける。やるなぁ。

おめでとうワトニー、地球の全ての人々が君の帰還を喜んでいる。こんなに金のかかる、そして人類が一体となった救出劇は君が初めてだ。状況を客観視してユーモアを交え、決してへこたれない君、もちろん科学的知識と都度の冷静さが君を救ったのだ。そして君の命を支えたのは、地球で共に生きていた植物とバクテリアだった。
昼になったら家を出てカミサンと選挙に行った。
昨日とは違い、そこそこ暑い日だが、選挙の後は今日も二人で遊び回ることにしていた。

千葉港の船着き場で遊覧船の券を買ってから船待ちコンビニランチのビール付き。13:30発の遊覧船に乗り込んだ千葉港クルーズは、いつもは見られない海側から食品コンビナートやらコンテナ荷揚げのガントリークレーンやら、製鉄施設と併設のコークス工場に自家発電施設と、なかなか新鮮で楽しい。

船券にはポートタワーの展望台券もついているので、実に久々にポートタワーに昇った。今、船で回って観てきたところが一望出来て、ますます理解が深まる。うーむ、このコラボは良いね。
f0057955_21334980.jpg
近所の公園のベンチで一休みして、モノレールで昨日とは別の蕎麦屋を目指す。少々豪華な蕎麦前を楽しんでから、二色セイロで〆てきた。帰路の空は茜色だ。

昨日と今日の蕎麦ツアーは、実は再来週の会社の先輩を招く蕎麦会の予行演習であったのだ。実際に回ってみれば、距離感と時間割りが腑に落ちる。幹事としては自信が持てて上首尾だった、二日間付き合ってくれたカミサン有難う。
天気予報では午後からと報じていた雨が、既に朝から路面を濡らしていた。しかし、今日の予定は決行だ。傘をさしてカミサンと遊びに出た。

まずは千葉都市モノレールに乗って穴川、老舗の蕎麦屋で蕎麦前を楽しみつつ盛りを手繰る。モノレール車上から見えた千葉公園の蓮を見に行こうと、作草部で降りて、八百屋を覗き、無料開放していた競輪場を冷やかして、千葉公園の蓮池にアプローチ。
f0057955_9432926.jpg
小雨が蓮の葉にコロコロと乗る様が楽しい。しばらくぶりに見た大賀蓮は美しかった。
f0057955_9463472.jpg
大賀博士は満鉄に務めたが、軍部の暴走を見かねて退社して本土に戻った方なのだな。すでに亡くなられて久しいが、植物学者としての素晴らしい功績が、今も私たちを楽しませてくれる。
古代蓮に名前を冠する名誉は、生き物に対する限りない好奇心と愛情の帰結であろうし、2000年前の蓮の種子は博士の魂との精神交歓の上で自らのDNAを再び起動させたのであろう。

さて、蓮を楽しんでいるうちに千葉港の遊覧船の出航時刻に遅れてしまった。どうしようかと、そのままブラブラ駅まで歩いて、では映画でも見ようか。

京成ローザで上映時間に合ったものを探せば、アリスの映画だった。マッドハッターの家族を探して時間をさかのぼる物語。特撮も見事な、しかもたまたま特殊メガネを装着して観る3D映画だったので、楽しいが草臥れました。

夕方の4時過ぎ、中途半端な時間なので、映画館ビルの二階の寿司屋で酒を飲み寿司をつまんで、もう一本映画を見よう。自宅近くの海浜幕張まで移動して、今度はシネプレックス幕張で見た映画はインディペンデンス・ディの二作目。

今度は普通の2Dの字幕版、うむ!古い人間には3Dより2D、吹き替え版より原語・字幕版がやはりしっくりくるなぁ。前作で墜落した侵略宇宙人の船からのSOSに応えて、復讐にやってきました巨大宇宙船、中には女王が乗っている。一方で彼らの敵役の異星人球体が登場するが、既に居住していた星を滅ぼされていて、自らをデジタル化した存在なのだとか。

で、この球体の協力も得て、敵船に乗り込んで奪取した戦闘機で舞い戻った戦士たちもお約束なら、核融合爆弾を抱えて敵船にスイサイド・アタックする元統領もお約束で、辛くも再び人類の勝利。
しかしだ、防衛の為の戦いは止むを得ないと認めるが、他星に攻めに行くのは止めとけよ地球人。少なくとも、我が国は承認しないからな、ねっ!安倍総理。

そー言えば、今回は核の使用を躊躇わなかったねデイビッド。原爆をスターターにしない所謂きれいな水爆が、この時代には完成している設定なのかな。異星人のテクノロジーの一部を借りて、航空機なども重力制御されていたみたいだから、核融合も可能になったのか。敵船をフィールドで覆っていたようだしね、、、

それにしても、核融合爆弾の爆心に居て無傷だった女王のバイオ・パワードスーツが、元大統領の娘さんの戦闘機の銃撃で破壊されたのは驚きだった。それなりのダメージを与えていたから、という事なのかな。ちと安易、しかしウイルスの二番煎じは使えないし、デイビッドの頭の冴えは見られなかった。もう歳だしな。
7日 夜半の雨で起こされたが、尾張一宮のホテルで迎えた朝には雨は降りやんでいた。朝から蒸していて暑い。
f0057955_21205454.jpg
JR名駅の横から地下に降りて慣れぬ名鉄の電車で西春駅、首尾よく30分以上前に着いて喫茶店でカフェオレ。ご当地お約束のモーニングは断った。

お客様に拾ってもらって高速道路を小一時間。
現場を見せてもらい、説明して、意見交換して、昼飯を食わせてもらって帰路に就いた。

今度は「ひかり号」に乗車、豊川あたりで同僚からビールの誘いがある。5時に津田沼で待ち合わせとした。
f0057955_21261052.jpg
ビールと酒を飲みながら、氏の苦労話を聞く。
一部のシニア社員先輩の往生際の悪さが話題となり、私はそうならぬよう気を付けたいもの也。人の目が気にならなくなったらOUTである。

酔っぱらって店を出れば、早いうちは開いていなかったアイリッシュパブが、今は明かりが灯っているではないか。ここで再び飲み直しとなれば、もう明日の健康診断は諦めた。友人との時間が大切である。

帰宅してのは11時を過ぎていただろうか。明日の二日酔いを覚悟しつつ、エアコンを聞かせた部屋で就寝。

8日 痛飲した翌日は、これはやはり起きられぬ。今日は会社は休みにして、10前まで布団に中にいたわけだ。

起きだして、銀行口座のメンテナンスをして、昼にはラーメンを食べて、コンビニで漫画を二冊「空母いぶき4巻」と「ウルトラマン8巻」を見つけて戻る。また昼寝して、夕方にはようやく体調を戻すことを得た不良老人であった。

今夜のメニューは在庫野菜一掃で、インゲン豆のお浸し、オカヒジキの卵焼きエノキ味、モロヘイヤと納豆のぐるぐる、獅子唐のじゃご炒め、小松菜と豚肉のオイスターソース炒め。
午前中は6月実績をせっせと作表する。
昼からは、名古屋に向けて移動させてもらった。東京駅から乗ったのは新幹線「こだま」、ヤッホー~~。
名古屋まで各駅停車で三時間弱を要した。最速の「のぞみ」ならば一時間半で着くようだが、なーに我がPCのiTunesでリボルバーを聞いて、幸せな時間だった。
f0057955_2093336.jpg
真っ昼間からビールを飲みつつ、Beatlesの後はQueenの3rdアルバムになった。

下車した名古屋は暑かった。尾張一宮まで来て泊まり、明日に備えているのである。
昨日の糖鎖の模型は、会社で加工を加えてこうなった。
f0057955_22452769.jpg
うーむ、今イチの感があるが、まあヨシとしておこう。これで説明して参ります。

今日は、新人が我が部署に配属になった。いろいろ聞くうちに魂消た、この専門性が要求される部署に、生化学の知識がまるでなさそうなデザイン卒なのだそうな。人柄は良さそうだが、基礎的知識がなければ仕事は出来まいに、、、会社も酷な事をする。苦労するのは目に見えているし、付け焼刃で勤まる部署ではないよ。

まったく、人事は何を考えているのか。
新人さんも、迎える我々にも、仕事の効率というものがあるのです。縁故採用なのかなぁ、そー言えば私も縁故採用であったな。人の事は言えないのである。

6月の販売実績は予算をクリア。第一四半期の通算ではやや未達ながら、前年よりこれだけ伸ばして予算未達とは、予算がオカシインじゃね。今年度予算にはタッチしていない、シニア社員の愚痴である。まったく、若い奴らには任せておけないナ。妄言多謝。