18日 出張帰りの清算やら報告やらで、一日が過ぎた。久々の自転車で、昼休みにも近所のコンテナターミナルまでルイガノ号を走らせて、太ももに負荷をかける。

夕食は、カワハギの煮魚、パプリカの炒め物、ネギと油揚げの味噌汁に海苔など食す。
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19日 今日も冷え込んでおり、ルイガノ号で会社に着くころにようやく体が温まる。
昼休みには、またもや太ももに負荷をかけに走る。みなと公園の突端で大柄の猫に遭遇した。iPodを向けたら、シャアと威嚇してきたが、お前なんかには負けないぞ。

新製品の販売までのスケジュールを作り、関係先と調整する。そこそこやることはあるが、まあシニアの仕事としては、こんなものだ。

白菜と豚肉と豆腐で梅干し味の鍋を作る。
13日の金曜日。
午後からの打ち合わせの、たった二時間で、レンタカーには20cmもの雪が積もるから油断が出来ぬ。
その後の打ち合わせも終えて、国道12号線をオッカナビックリで中心部まで戻るのに1時間半かかった。
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14日 土曜日で、実家の母を訪ねた。大通りに面したビルの温度計はマイナス6℃、この日はとうとう気温がプラスにはならなかったようだ。

たまには違ったものを母に食べさせようと、食材を買っていく。
今夜のメニューは、ババ鰈の煮付け、セリと蕪の味噌汁、四角豆のお浸し、オクラ納豆など作りて食す。

15日 日曜日。テレビで京都女子マラソンを見た。まさかの雪の降りしきる中の、熱戦だった。夕刻には、明日に備えて市内のホテルまで移動しておく。

16日 月曜日。沼ノ端までJR、その後は営業所の若手にピックアップしてもらって、浦河の販売店に年始のご挨拶。いろいろ話が出来て有意義だった。
面と向かって話せば、イロイロ聞かせてくれる。営業はやはり現場に出ねばならぬことを、改めて痛感したのだ。

話が盛り上がって、辞する時間が遅れた。
若手氏とは趣味が合って楽しく語らいながらの移動だったのだけれど、夕刻の研究所への再訪は諦めざるを得なかった。再び札幌駅前のビジネスホテルに戻ってきた。

17日 火曜日、朝6時台の快速エアポートで新千歳空港。8時台のJetstarは、少々空席が目立った。それでも90%といったところか。なるほど閑散期の、片道4千円台の航空券の時期であるのだなぁ。今日もコーカソイドが多かった。

着いた成田は晴天、北海道に比べれば暖かいのだが、千葉としてはしっかり寒い。午後からは事務所に出て仕事をして、帰宅すればようやく日常が戻ってきた。

今夜は、イワシの塩焼き、鮪のトロロ、法蓮草のお浸しなどを作り、暫くぶりのカミサンと互いの出来事を語り合った。
実家に戻り北海道新聞を開けば、「バイオガスプラント3基同時建設へ」の一面記事が目に飛び込んできた。
十勝管内の農協と組合員、農機具メーカーが共同出資して会社を立ち上げ、家畜ふん尿を原料とした大型バイオガス発電プラント3基を同町内に建設する」のだそうな。

酪農の規模拡大が進む傍らで、ふん尿処理が課題だったので計画を進めていた。」とある。となれば、これは危険だ。
何故かと言えば、バイオガス技術は糞尿処理技術ではないからである。

バイオガスはメタン発酵技術、つまりメタンガスと二酸化炭素の混合物を生成する。メタンはCH4、二酸化炭素はCO2。従って、バイオガスを生成すれば炭素:Cと水素:Hと酸素:Oは古細菌の働きで変換されるのだけれども、糞尿に含まれる窒素:Nとカリウム:Kとその他の塩類は減らない、むしろ濃縮されるのだ。
少し理科の時間を思い出してもらえれば簡単な理屈である。

記事では「液肥は畑に還元する」とサラリと書いているが、これが問題なのだ。バイオガスを取り出した後の液肥には、窒素やカリウムや濃縮された塩類はそのまま含まれていることになる。これはそのまま液肥に残るので、土壌に対する負荷は変わらない。処理後の液肥(とやら)を畑にまいても、糞尿処理の方法としては何ら解決していない。

むしろ、ハンドリングが良くなることで撒きやすくなり、施肥過剰が心配される。いわんや、北海道の酪農地帯の土壌は、すでに過剰施肥であり、牧草の栄養成分に悪影響を与えている現実を認識すべきである。

アンモニア:NH3はメタン菌を阻害するので、バイオガス発酵プロセスでアンモニア(窒素)を除去する方法はある。今回導入される施設が、このアンモニア除去プロセスを含んでいれば、問題は少なくなる。僅かばかりではあるが、、、


耕地面積に相談せずに、大頭数飼養のためにバイオガスを導入するなどもってのほかだ。何も解決しないからである。農機具メーカーとやらは、ここをしっかりと説明すべき義務がある。売らんかな、の時代ではないことはお判りでしょうね。

耕地面積に照らして適正な家畜頭数を飼養することを前提に、そこから最大限の利益をくみ上げるためには如何するべきか」をこそ、この際 議論していただきたいものだ。
朝からレンタカーで移動する。
路面は凍っており、主要道路は排雪されているものの、ここまであった雪の山が道路のキワにそびえ立っている。これだけ高い山も近年なかったかも知れないな。
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暫くぶりの冬道で緊張したが、運転するうちに体が思い出してきた。ブレーキのタイミング、車間距離、アクセルの踏み具合。なーに、周りが動かしている車だ、私が動かせぬわけはないのだ。

比国から帰国できないと思われた取引先の社長氏が間に合って、午後からは有意義な打ち合わせだった。我が社のノウハウが間接的に比国の農業支援に役立てば幸いである。

三つの打合わせをこなして、野幌から恐る恐るのレンタカーでの戻り。何とか無事にビジネスホテルに辿り着いてビールでお疲れさま。

月曜日には浦河まで仕事を入れてしまったが、天候が不安である。まあ、何とかなるのであろう。
いくつかの仕事をまとめて、札幌に来ている。
天候が良くないようで心配していたのだが、到着した札幌駅周辺は小降りの雪。明日は久しぶりに雪道運転となるから、気をつけましょう。
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今日のJetstar便は、やたらと外国人が目立った。中国人はいつものことだが、白人のカップルや家族連れが多い。片道5千円台の航空券で、ここまで足を延ばす旅行者が多いのだろう。ちなみに17日の成田への帰路便は何と4千円台なのである。

以下、備忘録。
8日 カミサンと幕張までハリポタ外伝の映画を見に行く。
9日 少し早いが昼飯に鏡餅を食べてしまう。乾いていて、いくら煮ても焼いても柔らかくならない。水に漬けておくべきであったか。
10日 本年の初出勤日、バタバタして一日が終わった。
11日 先月の販売実績を取りまとめ。いろいろイレギュラーな売り上げがあり、単月で予算対比160%とは驚いた。
夜は同僚を我が家に招いて新年会。法蓮草のキッシュ、ローストビーフの特製ソース、鴨鍋を食しつつ、楽しく語らった。
4日 朝からカミサンを有明の病院に送っていく。
流石にまだ4日の朝なので、東関道は大型車が少なく車の流れは極めて順調。早く着いたこともあり、検査と診察は11時前には終わってしまった。

帰路は、道路が空いているので高速道路料金がもったいない。一般道を戻り、津田沼駅近くにできたコメダ珈琲で昼食。頼んだ味噌カツサンドが物凄いボリュームで、魂消ました。

5日 出勤日なのだがシニア特権でこの二日間を有給休暇としている。現役時代には周囲の目を恐れて叶わぬ夢であったが、30日から11連休としたわけなのだ。
少々買い物に出たくらいで、家の中で本を読み、ネットで遊んでいた。
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6日 燃えるゴミの日、これでようやく溜まっていた年末年始のゴミが出せた。朝から、いやいや昨日の夕方からだな、気温が低下して空気が冬の匂いがする、よく晴れた日である。

9時過ぎに歯医者に行き、修繕なったブリッジを被せてもらう。うーむ、やや違和感あり。借り止めにしてもらって様子を見ることとした。

暫くぶりのポタリング、稲毛の浜に出て遠くに霞む富士山を拝んで帰ってきた。夜はBSの雲切仁左衛門を見る。

韓国に対しては我が政府もとうとうキレたようで、しばしゴタゴタの心配ありだ。オトナゲない気もするが、どう着地させるつもりか。
トランプ爺がトヨタのメキシコ工場にイチャモンを付けたとか、先日はマサが飛んで行ったりするものだから、すっかりその気になっているのだろう。
TPPのようにこれから決まるものに待ったをかけるのではない、20年以上も前に発効している条約まで簡単に否定してみせるのだから、順法経営しているつもりの企業にすればとんでもない食えないオヤジである。
正月ならでは、比較的早くにTVを見ながら夕食。
ガッテンとか言うNHKの番組で、痛風の原因物質「尿酸」を排泄するには、牛乳なんだそうである。

少し補足しつつ、思い出しながら書けば、、、
尿酸の二割は食物由来だが、残る八割は我が身の細胞が壊れるときに排出されるプリン体から作られる。従って、摂取するプリン体を減らしても、激しい運動などすれば尿酸値は上がる場面もある。

ところが、尿酸値を下げる食品がある。牛乳である。
牛乳のタンパク質は、チーズとして固まるカゼイン蛋白と、乳清とも言われるホエイ蛋白の二種類がある。このうちのカゼイン蛋白に多く含まれるアミノ酸の一つ「アラニン」が、腎臓での尿酸排泄を即すのだそうである。牛乳でも、ヨーグルトでも、チーズでも、この効果は期待できる。

実際に牛乳を毎日コップ一杯飲めば、乳酸値は低下するのだそうだ。ちなみに尿酸値の適正範囲は「2.1~7.0」だそうで、ちなみに私の昨年の会社健診での尿酸値は7.2で「*」がついていた。関係ないですね。

番組では低脂肪が良いなどと余計なことも言っていたが、たかだか1~2%の乳脂肪を削ったマガイ物を何でわざわざ勧めるかなぁ。
コップ一杯、200ccとしても、たかが2~4gの乳脂肪。しかも数ある脂肪分の中で、機能性のある乳脂肪。
体重が増えるって??? 2~4gが問題になりますか?
乳脂肪をカスメた分だけタンパク質が増えるから???
意味ないよねぇ。

まっ、兎に角だ。皆さん!牛乳を飲みましょう!
明日は近所のスーパーに行ってみようかな。
売り切れたら愉快だな、牛乳。
皆ンなで飲もう! 牛乳!
既に忘却の彼方だが、ブログを読み返しつつ書き留めておこう。

1月 裁判員に選ばれ裁判所内で数日の勤務?をする羽目になった。
たまたま通りかかった被害者も気の毒だが、職場のストレスに追い詰められ精神衰弱して服用した薬と酒で自分を見失った被告も、これまた気の毒であった。
デビッドボウイーが亡くなった。

2月 愛車ルイガノ号をオーバーホールした。
担当するサプリメントのクレーム対処に追われたが、結果として短時間で対処できたのは流石!ワタクシであった。

3月 実家の母の足腰が悪化するも、高齢であり手術は諦めた。となれば介護認定を申請し、まず白内障への対処を急ぐこととなり、数か月間は実家に足繫く通った。
キース・エマーソンが亡くなり、自殺と報じられた。昨年にはイエスのベーシスト、クリス・スクワイヤも亡くなったばかりで、往年のプログレ・ファンとしては寂しい限りだ。

4月 所属部署名が若干変わった。
仕事は忙しくなくなって、この春はカミサンと周辺の花見によく出かけたものだ。

5月 母の目の手術に立ち会った。左目、次いで右目。
オバマ大統領が広島に来た。大国の威信を背負って、彼は立派だった。

6月 英国がEU離脱を決めキャメロンが辞任した。
営業所からの要請を受けて、微生物飼料の販売巡回支援を再開した。実に数年ぶりの経験で、環境の変化を思い知らされた。

7月 家族で小湊鉄道「里山トロッコ号」の小旅行を敢行。
北海道への出張のついでに帯広に足を延ばして、恩師を訪ねた。

8月 盆休みでカミサンと共に帰省、息子らも合流して墓参りと親戚との飲み会。月末には台風が北海道を襲った。大災害となった。

9月 同僚を我が家に招いて食事会を二度ほど。米国から戻った若き同僚と、我が担当事業を支援していただいた方にお礼を言いに出かけた。

10月 差し歯が折れて、ここから長い大規模修繕工事が始まった。

11月 千葉では珍しかったらしい、月末の降雪だった。
千葉駅が新しくなって、モノレールとも改札階で直結した。米国ではトランプが次期大統領に決まった。

12月 月初には珍しく風邪を引いた。
グレグ・レイクが死去、これでEL&Pも一人を残すだけとなった。後半からカミサンが再入院となり、退院は早まったものの年末の帰省を諦めざるを得なかった。

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仕事はシニア社員として暇となったが、まあこんなものなのだろう。担当事業の業績は総じて好調を維持しているのは幸いである。

我が国はと見れば、良くも悪くも我がシンゾーが大活躍だった。強引な国会運営が目立ったが、対抗勢力を欠く中ではこれはどーしょーもない。民進党はあろうことかレンホーを代表に、戦犯ノダを担ぎ出す始末だ。

積極外交は評価したいが、ヒラリーに会いに行くフライングを犯して慌ててのトランプ詣で。TPPの意義を語ったそうだが、すぐに本人からTPP撤退宣言が出されて、すっかりコケにされた感あり。
対プーチン戦でも、イイところは無かった。緊張感あるプーチンを前に、我がシンゾーが薄っぺらに見えたのは私だけだろうか。

年末のパールハーバーは私はご苦労様と言いたい。マッチョを好む米国民には、正々堂々と開戦の地に立ってみせたかつての敵国首領は、プラス評価に繫がっただろう。

そして、なんと言っても、グローバル・自由貿易主義とやらを本家筋として主導してきたはずの英国と米国の国民が、宗旨替えを表明したのに驚かされた。指導層は兎も角、一般大衆は追い詰められているのだ。2016年は後から見れば節目の年だったと言われるのだろう。

さあて今年はどうなるか。
トランプ大統領がやはり台風の目だ。TPPどころか、更に強引な日米FTAを仕掛けられれば、我が政府は対処できるのか。まあ、経緯が全く見えない密室のTPPよりは、コーカソイド共の強欲だけは国民の目にも明らかになることだろう。今度はちゃんと報道するのだよ、マスコミ諸君。

足元から経済が崩れ落ちるであろう某国が、死に際の無茶を仕掛けて来ぬことを祈らざるを得ない。そして自衛は強化せざるを得ずだ、日本。
元日 昨夜は紅白歌合戦を最後まで見たはずである。紅組と白組のどちらが勝ったのかは覚えていない。日が替わって就寝した記憶がある。
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近所の神様にご挨拶に行き、夕方には息子が来るというので元日から明けているスーパーで刺身と鮪のカマを買う。
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法蓮草でキッシュを作る。次いで鮪のカマを焼く。楽しく飲んで食べて、今日は日が替わらぬうちに就寝。

2日 実はカミサンのPCが起動しない。おそらくハードディスクが具合が悪いらしい。ちょうどよく来た上の息子に見てもらい、新しいハードディスクとOSとデータの吸出しのための機器?とやらをヨドバシカメラに買いに行った。

昨日よりはやや気温が低いだろうか、穏やかな正月なのである。
昼には寿司を買ってきて、息子にはPCを直してもらい、三人でブラタモリを見ながら夕食。息子には作業御礼のハムとワインを持たせた。
皆さま、明けましておめでとうございます。
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本年が皆様にとりまして、楽しい日々でありますことを、祈念いたします。
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カズノコは、塩抜きしてから出汁に漬け込んで、そこそこ上手くできました。
27日 仕事を終えて18時から、市内の蕎麦屋を予約していた。先々代の社長を務められたK氏、今年退職されたH氏に声をかけてささやかながらの忘年会。私だけでは荷が重いので、同僚のI顧問もお誘いして年寄り4人での会食だ。

美味しいものを控えめの量で出していただき、最後は蕎麦で〆る。あまり会話が弾まなかったのは、諸先輩の相変わらずである。蕎麦屋の奥様は今年病気をされたそうだ。お大事にしてください。

28日 来春発売の新製品の商品名を社内公募することになり、案内文書作りなどする。担当しているサプリメントに年末特需があり、状況把握に少々慌てた。

帰宅して、シュウマイを蒸して、シラス大根おろしなどで生酒を飲んだら、大いに酔っ払った。

29日 このところ青空で気温は低い冬晴れの日々が続いている。
午前中は部内打ち合わせ、午後からは来月の年始挨拶等の出張予定に目途を立てた。

16時には机周りの掃除を終えて、例年通りの親睦会の総会。その後の仕事納めで、皆でワイワイ酒を飲み、私は6時過ぎには帰宅した。

ジャガイモとカリフラワーのチーズ焼き、いろいろなキノコの炒め物などを作りて食す。
正直言って心配していたのであるが、我がシンゾーの真珠湾での発言は上出来であったと評したい。オバマもやはり傑物であったのだという事も、このイベントで思い知らされた。

指導者の思い通りに政治が運べば言うことはない、民意を、世の評価を、思い通りに動かすためにイロイロするのも、理想追及の手段と割り切れば判らぬでもない。

オバマは、その点で正攻法で臨んだのであり、結果はついてこなかったかもしれないが後世は評価する類の政治姿勢であったのだろう。

我がシンゾーの代わりに、例えばレンホーが務まる訳がない。ノダはそこそこシノいだかもしれないが、ハトヤマでは論点が宇宙の彼方に漂ってしまっただろう。

そんなことを考えながら、TVを見ていたのだ。
25日 日曜日 家の掃除をするうちに、昼に来た上の息子に蕎麦を茹でてやり、芋のチーズ焼きやらセロリと豚肉のパイなど作って持たせる。

会社の関係先への年賀状印刷をセッセと作業して、投函しに行く。あーあ、肩の荷が下りた。サトイモの煮物、作ってあった鰈の煮付けなど食す。

26日 三連休が明けた月曜日なのだが、カミサンの通院に付き合って有給休暇。昼過ぎに戻って、珍しく二人で回転寿司などを食えば、食べ過ぎたな。

帰宅して今度は我が家の年賀状をセッセと作る。日も暮れてから投函に行き、銀行口座のメンテナンスもして、ようやく安心した。

鶏むね肉とカラーピーマンを炒めてスイートチリソース、カリフラワーのチーズ焼きなど作りて食す。
さあ、今年もあと3日。丁寧に仕事をして参りたい。
23日 金曜日だが天皇陛下のお誕生日の休日。
朝イチで歯医者に行って、終わればポルテ号で有明にある病院にカミサンを迎えに行く。休日で東関道は驚くほどスイスイで、40分ほどで到着したのには驚いた。

退院するカミサンの荷物持ちで、下の息子が来ていた。殊勝なる心掛けであるぞ。三人で戻り、そのまま蕎麦屋で旨い鴨汁蕎麦を手繰る。蕎麦の半分は柚子切りにしてもらった。うーむ、素晴らしい。
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港に面したスーパーに寄って買い物。ここは海産物が充実していて、芝エビ、シラス、鯖などを買い込んだ。

帰宅して、息子に持たす料理に取り掛かる。鯖は煮付け、芝エビは塩焼き、一緒に買ってきたビーフとラムは塩胡椒して密閉容器。息子よ、親孝行の返礼であるぞ。

先日から抽出していたレモン皮をスピリタスから取り出して、グラニュー糖を溶かしたお湯で割れば、見事に白濁した。クックパッドのレシピを見て、ちょうど開栓していた甘口の白ワインも少し入れてみた。これでしばし熟成させれば出来上がりである。
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残ったレモンの実で先日作った果実酒は、年が明けたら実を取り出しておこう。

24日 団地の駐車場の入れ替えがあり申込書を管理事務所に提出、その足で郵便局に行き不在郵便物を受け取り年賀状を買う。帰りには、スーパーに寄ってまたもいろいろ買い込んできた。

世の中はクリスマスイブ、仏教徒である我が家二人の老夫婦も、今夜は美味しいものを食べようというわけである。ナメタガレイを煮ておいて、これは明日に食べるとして、今日はタラバガニを奢ったのでこれをメインに。あとは残っているラム肉でパイでも作ってみようか、いろいろ考え中である。
21日に、「高速増殖炉もんじゅ」の廃炉が決定された。夢の原子炉は、とうとう夢に終わった訳である。

これまでの経過からして当然の帰結であって、何故こうも時間を要したのか。ナンたら言う知事が、まだ「容認できない」趣旨の発言をしているとのこと、笑っちゃうのであるが要するに技術論・科学的見地からの考察は二の次で、これまで関わった先生方(科学屋商売のエセ研究者と政治家)・企業・原発ありきで形成された地域経済が、急な幕引きを許さず、調整に手間取った、引導を渡すのに時間がかかったのでしょうね。

周囲の顔色を見ながらダラダラと決められない、馬鹿な国である。とうに決断すべきだった行政の責任は大きいと言わざるを得ない。
お前はすでに死んでいる(byケンシロウ)と、文科大臣あたりが喝破すれば恰好よかったのですけどね、まあきっと言った本人がこの国では生きていけないのでしょう。

もんじゅの特徴である冷却材の金属ナトリウムは全部で2千トン弱あり、その半分が炉の一次側を回っているので当然ながら放射性物質を巻き込んでいる。ただ空中に置くだけで酸素と激しく反応して爆発的に燃える金属ナトリウムだ、これからの取り出し作業に事故がないことを切に祈るものである。

もちろん、素晴らしい夢のMOX燃料だって行き場がない。そもそも原子力は、スイッチを切って「はい止めました」で終わるものではないのだ。
もんじゅ」はこれからも膨大な費用と人員と時間を食いながら、容易には消えてなくならない。いや、おそらく永遠に作業が続いて、その地域は封鎖され続けることになる。

神を恐れず、ヒトが手に負えない、大変なものを解き放ってしまった。いっその事、その反省を踏まえるモニュメントにして観光地化したら如何か。
そこには「過ちは決して繰り返しません」の碑文を添えよう。
文殊の知恵であるぞよ。
朝からプロジェクト会議、私の提案で始まり二年が過ぎて、今日で最後の実務会合だった。
残る3か月で定年となる時期のスタートだったから、実務リーダーは部下に任せた。レールだけ敷いて、予算を確保してスタートさせたら、後は言いたい事も敢えて発言せずに来た。

製品形態と価格体系は刷新できた、これまでにないアプローチでユーザーへの提案ができ、何より念願だった販売店網の整備に着手できたことは大きな成果だ。すぐに結果が出るものではないが、徐々に手堅く売り上げを積み上げられるものと期待しているのである。この成果は、新しい監督者の手柄にしてほしい。

午後からは会議を抜けて研究員と乳酸菌の打ち合わせ。その後は来客対応。4時半には終えて、カミサンの見舞いに会社を出た。
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何と、明日で退院だそうで驚く。では、歯医者が終わったらポルテ号で迎えに来ます。

帰路は、27日の忘年会の会場探しで一駅前で降りてみた。一回りしてみて、どうもピンとくる店がない。どの店もさほど特徴があるでもなく、先輩をもてなすには不十分と見た。最近の飲み屋は皆こうだ、バイトばかりで店を回している弊害なのだろうな。
一仕事してから事務所を出て、まずは中山競馬場近くの取引先に年末ご挨拶。今年一年お世話になりました、チラシとか製品資料が欲しいとか、何かあったら遠慮なく声をかけてください」と名刺と粗品を置いてきた。営業の基本ですね。
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住宅地の細道をテクテクと駅まで歩く道すがら、葛羅の井戸なる看板を発見。なかなか由緒あるもので、船橋侮れずだ。

市川真間で京成電車を降りて、JR市川まで横移動して東京駅。歩いて八丁堀の取引先にも年末のご挨拶。朝は冷えていたものの、ドンドン暖かくなる。上着にリュックを背負って歩いていると汗ばむ気温だ。

帰社する前に有明の病院にカミサンを見舞う。今日の朝からの手術が終わり、ようやく全身麻酔が覚めてきたところだった。特に問題もないようで安心する。

事務所に戻って明日に備えて、定時過ぎに帰宅。今夜は豚肉を消化する必要があり、セロリとキノコとトマト煮を拵えた。ワインだな。

20日 月次ミーティングがあるので午前中は出社して、午後からは半日有給。朝から出て入院したカミサンの荷物を病院まで運ばねばならぬ。

息子らが使う布団が古くなったので近所のクリーンセンターに捨てに行く、そのまま給油して有明の病院に向かった。今回の入院は前回の手術の後の整形が目的なので、あまり心配はしていない。しかし、年の瀬を控えて、予定が立てにくいのがややストレスである。

まだ明るいうちに帰宅して、冷蔵庫の残り物整理の夕食。

19日 レンタカーを借りて美浦トレセンの得意先に年末のご挨拶、新製品の需要などを聞く。圏央道ができて、ホントに美浦が近くなったな。

急いで戻って2時からはお客様対応、4時には歯医者、戻ってレンタカーを返して、ああバタバタの一日だった。明日入院するカミサンのために、カニと牡蠣を入れてキムチ鍋を作る。
17日 土曜日。夏掛け布団を洗いに行き、待ち時間でカミサンと共に横浜家系ラーメンを食す。私は二度目だが、お初のカミサンにはインパクトあったよう也。
モタレたので、夜は残り物料理にセロリとマッシュルームのスープ。
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18日 神田のビール屋で家族に私の誕生日を祝ってもらう。少し早めに都心に出たので、銀座一丁目から30分歩く。昼間から旨いビールと料理で幸せになった。

息子ら二人は、都内に勤めるサラリーマンであるので、もはや私より都心には詳しいようだ。20年前は私も都内に通っていたが、こんなにほうぼう出歩いた記憶がない。せいぜい職場のあった馬喰町やら人形町界隈だったものだが、今はイイ時代である。

今日の夜も軽めに、麦飯を炊いてオクラ・トロロと、ネギと油揚げとワカメの味噌汁。うーむ、日本人で良かった。
14日 昼の歯医者に事務所を抜けて、終われば遅めの昼めしはラム屋の500円プレートランチ。そこそこ旨かったので、夜にカミサンを誘ってラムチョップステーキを食べてみた。
勢いがついて、一度行ってみたかったクラフトビール・ミハマベース。IPAを始めとしてなかなかの品ぞろえで、旨いビールを堪能した。

15日 展示会、その後は自転車で市内巡行。気温が低い猛烈に風の冷たい日だった。自転車を漕いでいても体が温まらない。
鶏胸肉と長ネギを焼き、昨日買ってきたスイートチリソースで食べたら、これがなかなかイケた。
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16日 事務所を11時過ぎに出て自転車で戻り、電車に乗り換えて四ツ谷で打ち合わせ。終わればようやく昼飯が食えて、そのまま直帰させてもらった。

今日は私の誕生日、頂き物のローストビーフを切り、キャベツのアンチョビ炒めを作る。冷凍パイシートを買ってきて、初挑戦のキッシュはまあ上出来の部類としておこう。

TVには、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンと我がシンゾーが映っていた。場所を変えての長時間の会合、そして調印式、挙句にシンゾー自身がNHKに出て今回の意義をアピールしていたのには驚いた。プーチンもシンゾーも、いい年をしてタフである。
眼光鋭いプーチンの存在感を否応なしに見せつけられたことだ。
12日 そろそろ切る風が冷たくなってきた、今日から耳を覆う織物を装着して自転車を漕ぐ。相変わらず車道の脇を逆走してくる自転車おばさんと若者が多数。あんたら、交通違反なんですけど、、、

微生物飼料のチラシとマニュアルの最終校正、よーし!これで閲覧に回す準備ができた。今年のうちには正式な外部資料と致したい。

帰宅して、カブと油揚げの炊きもの、レンコンの焼き物など食す。

13日 朝から同僚と南房総を目指す。
糞尿処理にも使えるという、真空・発酵・乾燥・土着菌・処理機を見学に行った。見てみれば何のことはない、タンクを加熱水蒸気で覆って加温して、且つタンク内は陰圧にして発酵させつつ水分蒸散を促し、短時間で有機性廃棄物を処理する装置であった。目の前でイノシシ斃獣を機械に放り込んで見せた、南無阿弥陀仏。

とりあえず、物質消滅とかの魔法の機械でなくてよかった。
イニシャルコストとランニングコストが心配だが、目先にあるドロドロの糞尿を、とりあえずハンドリングの良いコンパクトなものにするという設計思想は分らぬでもない。

しかし、この処理物は断じて堆肥ではない。塩類濃度は高かろうし、堆肥のつもりで畑に戻せば土壌を壊すことだろう。

メカとして完成度を追及する技術者さんには、それなりに共感もしたが、農業に対する姿勢、生き物への対峙の仕方には大いに疑問が残った。とりあえず目先の処理をして、後は宜しくでは、問題は解決しないのである。微生物を謳う装置なのだが、生き物への愛を感じることはなかった。ノスタル爺である。

寄ったお客様の山から野生のミカンを多数いただく。帰宅して、キャベツの炒め、法蓮草のお浸し、ジャガイモのチーズ焼きなど食す。
10日 午後からカミサンは女子会で、残された私はと言えばスピリタスを買いに行きレモンチェッロを作ったのだ。
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できるだけ白い部分を取らぬよう、ピーラーでレモンの表面を削る。これをスピリタスで抽出する、色素と香油成分を取り出すのである。後日に砂糖液を混合して熟成させる。
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数か月過ぎたものが美味しいようだ。レモンの実は果実酒につけた。

11日 テレビで見たカニが旨そうで食べに行こうとしたら、千葉市内にある二つのカニ専門店は共に満員のご盛況で一時間待ちだという。そーだよなぁ、日曜日の昼だものなぁ、日頃 街に出ない老夫婦なので考えが甘かった。で、暫くぶりのイタリアン「ステラ☆マリス」に落ち着いた。

帰宅して夕飯は、昨日漬け込んでおいた豚肉を焼く。今度はパイナップルをすりおろして混ぜてみた。前回のパパインに続いて今度は同じくタンパク質分解酵素のブロメラインを試したわけだ。

これも見事に柔らかい、少し入れ過ぎたみたいだ。柔らかすぎる。
植物酵素の偉大さを感じるのである。

夕方になってかなり冷えてきた。実家の母の電話によれば、札幌は大雪に見舞われてるという。
グレッグ・レイクが7日に亡くなったそうだ。
キース・エマーソンに続いて、またも往年のプログレ界の巨人が逝ってしまった。南無阿弥陀仏。

キングクリムゾンでエピタフを歌い、EL&Pでは天才キースの影にはなったが達者なベーシストであり、独特の美声でバンドを支えた。

俺も歳をとったから仕方がないが、青春時代に憧れた人々が次々に亡くなっていくのは寂しいものだ。

先日はユーチューブでEL&Pの庶民のファンファーレを見つけて、楽しんだばかりだった。
今は良い時代で、音質はともかく、手軽にネット動画であの頃のバンドのライブなどを見ることができる。当時から見ていれば、こちらも随分と理解が進んだであろうに、あの頃は極東の島国の、ましてや蝦夷地にいては、レコードに針を落として音を聞くだけの音楽体験だった。

それでも、それだから、随分とストイックに音を聞いたものだし、頭の中でレコードに針を落とせば一曲を脳みその中で辿ることができた。これだけ情報があふれる世の中では、もうあんなに集中して音楽を聴くこともないのだろうな。
9日 この三日間、朝は寒いが良い天気で、ルイガノ号で通勤できたのは有難かった。しかし、今日の昼間の強風はものすごく、昼間に海辺に出れば向かい風で自転車が前に進めないほどだったのには驚いた。暖かい海風が吹き付けていたのだ。

特に急ぎの仕事もなく、頼まれていた新原料の規格書やらMSDSを取り寄せたりで一日が終わった。レンコン料理の二日目は、薄く切ってカブやシーフードとともに鍋。

8日 ボーナス支給日だった。会社PCの電子申請システムから給与明細に入れば支給票がダウンロードでき、ああ出たのねと分かった次第だ。
シニア社員なので金額は下がったが、それでもまあまとまった金額ではある。

幹部職だった時には、人事部から部下の考課表が回ってきて、一人一人部下を呼んではこの半期の業績考課を伝えるセレモニーがあったものだが、この身分では何事もない。金額からすれば悪くない評価だったことにはなるものの、全く説明がない。こんなものかと拍子抜けである。どーも実感がわかないので、昼休みに銀行で記帳してきた。

帰宅して、カミサンがもらってきた立派なレンコンをてんぷらにする。

7日 微生物飼料のチラシとマニュアルをまとめて社内関係者にリリース、意見を聞いて来週には品質保証室への閲覧に回して、社外資料としよう。

早めに退社して歯医者、ブリッジの補修の続きである。コンビニでキャベツの千切りを買い帰宅、漬け置きしていた豚肉を焼いて上にのせる。
スーパーでパパイヤの切り身が売られていたので、ニンニク、玉ねぎとともにすりおろして漬け込んでいたのだが、驚くほど肉が柔らかい。
パパイン酵素、恐るべしだ。生で食べたら、完熟ではない為かあまり美味しくなかったのだけれど、酵素活性は強かったのだね。
5日~6日と、都内で農研機構が主催する自給飼料利用研究会が開催された。我が社も関わって製品化した飼料イネWCSに関する報告もあり、参加することにしていた。

そーしたら、当日のロビー展示のお誘いが来て、これは二つ返事で引き受けた。5日の朝9時には都内北区の会場に居て展示を設営、そして6日の昼過ぎには撤収せねばならぬことになった。パネルだ、のぼりだ、カタログだと、ひと荷物である。
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という訳で、両日とも朝早くに都内まで車を走らせた。幸い天候には恵まれ、荒川の上を走る首都高中央環状線は快適だ。

風邪症状は何とか抑え込むことができて、夕餉に再び酒を飲める体になったことは幸いである。今夜はカミサンは二度目の忘年会、私一人で豚肉の漬け焼きなどを食べながらビールを飲む。
1日 歯医者の予定日で午前休を入れていたら、歯医者にキャンセルが出て既に用事が済んでしまった。上司からは休日承認を受けているので、これを撤回するのも面倒でそのまま午前は家にいた。

実は少々体がだるく、これは風でも引いたか。午前中は布団の中で体を休めていた。
午後からは会社に出ていろいろ。帰宅して、サトイモと豚肉の煮物など作る。まだ酒が飲めた。

2日 来週の用意などあり、新製品の切り替えもこじれて何とか整理をつける。午後からだんだん辛くなってきて定時を過ぎればすぐに帰宅。会社で買った常陸牛の切り落としに、ジャガイモと人参とシラタキを炊く。春菊ベースのサラダも作る。今日は流石に酒が飲めない、早めに就寝。
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3日 起きれば症状はやや悪化、仕方がないのでクリニックで見てもらう。熱はないのでインフルではなく風邪とのことで、抗生物質やら咳き止め薬をもらう。

昼は上の息子が来たので、昨日の牛肉で肉饂飩をこさえて食べさせる。薬のせいか体は楽になった。

我が団地は大規模修繕の真っ盛り、ベランダも今日は塗装の養生らしく封鎖されている。せっかくの良い天気が鬱陶しいことだ。カミサンは忘年会で出かけ、私は今日も早く寝てしまうことにしよう。
29日 生菌剤の企画書をせっせと作り込む。
午後からは机を移動させてもらった。私の席の後ろにロッカーが置かれたため、人通りもありしばしば椅子が干渉したりするのである。小一時間ほどで向かい側の空間に転勤。

帰宅して、昨夜買っておいたサンマの干物を焼き、生タラコと蒟蒻の煮物などを作り、食す。

30日 培養受託品の売り上げに伴って、製品マスタ登録などにバタバタする。降って湧いた講習会への講師派遣でワタワタする。製品リニューアルのスケジュールに関して、急ぎ社内連絡して調整にかかる。

これらを片付けてから、微生物飼料のマニュアルやチラシの作成に取り掛かるも、完成できず来月持ち越しとなってしまった。

さあ、あと一か月で今年も終わる。歯医者通いで随分と時間をとられている。月の後半にはカミサンの入院と手術の予定もあり、関係先への挨拶回りなどしているうちに、アッと言う間に終わりそうだな。

冷蔵庫を見れば材料が乏しかったが、昨夜の煮物の汁でオカラを炊き、根菜各種で豚汁を作った。
今日は、放課後に札幌組が加わって、部の忘年会だ。11月中に、最早二度目なのである。まあ、酒が飲めれば何でもよいのである。

新しい我々の統率者は、若いころからやんちゃで鳴らしたのだそうな。丸くなったと言うが、まだまだ未熟に感じるのは、私が歳をとったせいである。しかし、我が社で偉くなってもらい、我が部門を引き立てていただきたいと切に願う。

26日には息子共が来てくれて、料理を頑張った。
作っても作っても、どんどん食べる。ジャガイモのガレット二色に、鶏胸肉のニンニク焼きに、カリフラワーのティンバッロ。足りなくて、油揚げやら豆腐やらまで食べて、大いに飲んだ。

27日は、昨夜のカミサンのリクエストで、昼飯は近所のカレー屋。人気店で、えらく待たされて、まあ味は悪くなかったが、そこまでして食べねばならぬものでもあるまい。

流石にもたれて、夕食はあっさりと和食とした。
四ツ谷に10時という事で直行させてもらう。市ヶ谷辺りから見渡せば、よく晴れた冬の空だ。
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一時間で打ち合わせは終わり、一度帰宅してから会社に向かった。事務所に着けば我が部署は誰もいない、ご不幸があったり、体調不良だったり、農場で展示会だったり、出張だったり、組合の全国大会出席てのもいたな。

6時過ぎには迎えのバスが来て、会社の親睦会が主催する忘年会。12月になれば営業部門は忙しいとかで、しかし11月に年を忘れるわけにはいかないじゃあないのサ。

美味しいお料理を食べて、ビンゴゲームでは何故か宇都宮の餃子像最中を当てて、餃子の方がよかったなぁ。帰宅してカミサンと飲み直して就寝。
11月に降る雪は珍しいらしい。
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天気予報でも、気を付けましょうとか言いながら、関東の人が妙にはしゃいでいるのが微笑ましい、こちとら北海道人である。

朝のみぞれが、そのまま夕方まで降ったので、屋根や車の上やらは雪が解けずに残っていた。道路は、しかし降るそばから解けるので、交通には支障なし。気温が低い寒い日だった。帰宅して、今日はおでんで温まる。

23日 勤労感謝の日。
雨の降らぬうちにルイガノ号を駆って千葉そごうまで行き、来年のシステム手帳のリフィル・カレンダーを買ってきた。昼は、メークインでガレットと、レタスのスープに卵を落とす。
夜は、届いていた北海道のミズタコでしゃぶしゃぶ。

22日 終日projectの一日のはずが、治療中の仮歯が外れて朝から歯医者に行く羽目になり、そのまま会社は休みとした。

カミサンの再手術が年末に決まって、今年は正月の里帰りを諦めた。まあ、優先順位を考えればやむを得ないのである。

21日 昼に歯医者に出たぐらいで、大した仕事もしていない。
先週末の飼料原料化案件の整理に注力し、微生物飼料のマニュアル編集に取り掛かったくらいか。