天気予報では雨は降らぬはずが、家を出たら小雨。これは自転車通勤するとびしょ濡れだと、傘を持って電車に乗った。
昨日の事情聴取結果をまとめる。
今日も昼で仕事はお終いにして、午後2時からはクリニック。先日の健康診断の結果、要再検とされたことを受けて、超音波エコーで腹を探ることになっている。

指示あった胆のうポリープと、昔から置いてある胆石を検知した。石は育ってはいない様子だ。あとは脂肪肝と動脈硬化気味の指摘、もう少し体重を減らして内臓脂肪も落とさねばならぬようだ。よーし、もうひと頑張り糖質制限を進めてみようという気になった。
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先日の旅行で読了した本、ドイツでベストセラーとかのミルヒゲルト。
愛すべき田舎の冴えない中年オヤジ警部が、めったに起きない殺人事件に挑む。背景にはグローバリズムに晒される酪農家と地方の乳業会社の悲哀があった。チーズが文化として定着している国なのだなぁ。

久しぶりの自転車通勤、切る風が心地よい。
貯まったメールに対処して、週末に届いていた問い合わせに対応して、来月の会議資料などを作り込むうちに昼になった。
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午後からは半日休暇を取って都内。桜田門から歩いて、新原料開発中の社長氏と共に農水省のご担当に話を聞きに行く。なるほど、目指すべきところがはっきりいたしました。

ギリギリ帰宅ラッシュにならぬうちに戻る。
土産のかまぼこと、実家の枝豆、実家のレタスでスープを作りて食す。

22日は、朝の5時過ぎにポルテ号を飛ばして成田空港。肌寒い千歳から札幌の実家に到着したのは昼過ぎだった。畑仕事と墓参りと、その他もろもろ、まあ母の様子見に来たわけなのである。
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心配していた晩生の枝豆は、それでもそこそこ実が入っていて安心。流石に晩生で、一株に驚くほどの実がついている。母がお世話になっているご近所さんにもおすそ分けして、さっそく食べてみたら甘くて美味しい。

ゴーヤも母が届かない高いところに大ぶりの実が数個あり収穫、まだこれから大きくなりそうな実も残っているが、葉の枯れも進んできて、そろそろお終いなのだろうな。

前回蒔いた寒縮みホウレン草が発芽していたのでトンネルをかけたり、成長しきってとうが立ってきたレタスは全部収穫して夜のスープの材料になった。

23日はお琴の稽古に母を送っていき、24日は買い物に付き合った後は二つのお墓参り。ようやく日が射して気温が上がり、墓の草取りには汗をかくほどだった。

今日は夕方の便で戻るので午前中は畑仕事ができる。枝豆を全部収穫してしまおう、畑の片付けに向ける時間もありそうだ。

先日の会社の定期健診の結果、聴力や肝機能や胆嚢ポリープなどで保険医さんから要再検の指示書が届いた。連休前だが特に急ぎの仕事もない今のうちに受診しようと、今日は休みにさせてもらった。

朝飯は食えぬので、カミサンに味噌汁とTKGを食わせて、瓶・缶を出して、銀行メンテをしながらクリニックに行った。先生は朝から検査対応で忙しそうだった。年寄りは平日の朝からでも検査に来るのだなぁと思い、あっ俺も年寄りかと納得した。まだ若いつもりである。

腹が減ったので昼飯は近所で再開した「がむしゃら味噌ラーメン」にして、食料を買い物して戻る。
晩飯は、鶏肉と茄子の煮浸し、青梗菜のミートソース炒め、カジキマグロのバジルソース焼き、朝の残った味噌汁にワカメをプラス。
さあ、明日は早い。シャワーを浴びたら早寝が吉と出た。

台風が西日本から近畿辺りまで来ている。
会社では、業務課からメール連絡があり、16時以降各部署の判断で早めに帰宅せよとの事。しかし、外を見れば雨がただ降るばかりでそれほどのこともない。定時まで表計算を進めて帰宅した。

東北の大地震で、ここ千葉みなとも、稲毛海岸も、現在私が住んでいる検見川浜も、すっかり路面が狂ってしまった。地盤沈下などで道路の水傾斜がダメになっているから、少し雨が降ると大きな水たまりがあちらこちらにできるので、歩きにくい。今日の雨の量では、もはや水たまりに踏み込んで歩くしか手はないのだ。

幸い靴の中には水は侵入しなかったが、ズボンの裾はビショビショになった。大根と葱を買って帰宅、晩飯は昨夜の煮魚の汁で煮た高野豆腐、生鮭の素焼きに生醤油、大根おろしなど食す。

17日 ベランダの鉢ものを捨てに行き、買い物して戻る。
上の息子が昼飯を食いに寄ったので、葱だくの蕎麦を作り食す。早々に帰り、カミサンも夕食は女子会だと言うので、私だけでいろいろ料理して酒を飲む。長芋グラタン、ジャガイモのミートソース・チーズ焼きなど。

18日 日曜日で天候は芳しくないものの掃除と洗濯。朝はフルーツヨーグルトとコーヒー、昼はがんもどきの煮物を作って茶蕎麦、夜は昨日のミートソースでパイなど焼く。

19日 昼から出かけますと言ったら、カミサンは喜んで仕事に行った。
若き同僚と共に、川越に住む元会長氏を訪ねる。同僚は米国留学で世話になり、私は担当事業の拡大に大いに導いていただいたのだ。
道に迷いつつ千葉から2時間、懐かしく話して1.5時間、戻りは渋滞で3時間かかった。

同僚は八街落花生、私は仙波清彦氏のCDとサントリーのIPAを土産にした。あの方のストイックな感性を改めて実感した訪問だった。
帰宅して、作ってあった赤サバの煮つけと空芯菜の炒めなど食す。

14日 新規原料を紹介してプロの意見を聞くために商社回り。
ところが、やはりと言うべきか乗ってきて、今後に向けて貴社と協議させて欲しいとか積極的。慌てて、まだ社内調整が済んでいませんと答えた。

まあ、当社の該当部署が興味を持てば、私としては喜んで引き渡そう。もう出る幕ではないのである。

15日 終日プロジェクト、昨年一年間お世話になったコンサル氏が乱入してきて驚く。話を聞けば、なるほどまたもや技術論に拘る我が社の悪い癖が出てきているなと反省もした。

放課後は、同僚を招いて我が家で食事会。
上の息子も来てくれて総勢6名だが、今度はしっかりと準備してあったので、次から次から料理を出すことができた。
チーズのピザで始めて、豚肉と野菜のストーブ鍋、ローストビーフにパプリカのマリネ添え、レタスとワカメで豚冷しゃぶ、鶏もも肉のガーリック焼きには柚子胡椒。箸休めの酢豆、最後にはマッシュルームと海老とタコのアヒージョまで作ったぞ。
ワインは可愛く3本、ビールが数本、楽しい時間だった。

16日 さあて金曜日、今週の片付け物をして、頼まれた売上データ解析も何とかこなして、久しぶりのルイガノ号での行き帰り。そろそろ帰宅早々のシャワーもいらなくなってきたな。
昨日の残り物で有り合わせのまとまらぬ料理。

17日 ようやく辿り着いた休日、この三連休はのんびり身の回りの整理をしよう。
マンションの修繕工事の邪魔になるようだ、ベランダの鉢物を片付けるところから始めましょうか。

いやはや、物凄い降りだった。
通勤時は小雨だったのだが、仕事を始めてふと気がつけば窓の外は真っ白になっていた。たちまち舗装路面は雨水を流せなくなって冠水、歩く人達は靴まで水が入った事だろう。
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昼休みにはあれだけの豪雨も収まって、会社敷地内の排水口には流れ寄せられた枯れ葉がフルヘッヘンドしていた。これだけの水量があったという事である。

夕方も小雨がパラついたが、何とか先週から置いてあったルイガノ号で帰宅することを得た。今夜はトウモロコシとピーマンとベーコンのバタ炒め、ゴーヤでチャンプルー、そしてツルムラサキのお浸し。


10日 昨夜は到着が遅かったので、ゆっくり目にホテルを出る。千歳駅で降ろしてもらいJRで札幌駅、レンタカーを借りて実家まで走る。肌寒い、やはり上着は必要だったなと思うが、しかし成田を離れるまでは邪魔になるに決まっているから、ここは覚悟の上なのだ。

実家の畑は、先日の台風による大風でトマトと胡瓜の支柱が吹き倒されて無残な有様だ。すぐ直せなかったので、植物はその後も伸びているから、ますます面倒なことになっている。

せっかく実り始めた中玉のトマトが根元から折れてしまい、こりゃダメだ。二本あるミニトマトの一本も茎が半周以上裂けてしまっていて、慎重に添え木をして裂け目を閉じておいた。導管が半分以上切れていても、上に水を送ることはできるらしいから、植物は大したものだ。

トマトと胡瓜だけ対処したら、夕飯の支度に取り掛かる。
取り立てのゴーヤでチャンプルー、これも取り立ての葱をどっさり敷いて牛肉を乗せた蒸し煮の鍋など作る。
甥っ子夫婦が、奥様のご友人の結婚式のはしごとかで、昨夜から実家に逗留している。甥っ子と酒を飲み、2歳の息子氏と大いに遊んだ。
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11日 朝から畑仕事、昼飯を作り皆に食べさせる。母も賑やかなのは楽しそうだが、負担はかけられないのである。
出来る範囲で畑の雑草取り、そしてほうれん草を蒔いた。これから間に合うかしら。再来週も来る予定なので、発芽していたらトンネルでもかけてやろう。

晩成の黒豆枝豆を蒔いたのだが、まだまだ実が入らない。大丈夫かなぁ、ちゃんと枝豆になってくれるのかしら。図体ばかり伸びて困ったものだ。
夕食は、今度はたっぷりの葱に鶏肉にして、残り物をいろいろ。
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12日 早朝に実家を出て新千歳空港、Jetstar機は満員で20分遅れの離陸だった。苫小牧の海岸線がよく見えたのたが、そのあとはズ~~~と雲の上。降りた成田は小雨であった。空港連絡バスで昼飯を食べながら、午後から事務所に出社。

夕方に訪ねてきた親会社の方との話で、突然のサプライズあり。これは前会長あたりが仕組んだなと思った。

東関道の成田の先から圏央道に接続したことで、たまに顔を出す美穂トレセンが近くなった。そして、今日は筑波の農研機構まで、やはり近く・早くなった。千葉から一時間半で着いてしまう。
一年間の米国留学から戻った若き同僚と共に、思い出話をしながら車を走らせた。
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食と農の科学館でお魚クイズ、めでたく「お魚料理の鉄人」に認定されました。まあ、こちとら実践者なのであるから当然である。

帰路は成田で降ろしてもらって、少し遅れたJetstarで新千歳空港。
夜の10時まえには千歳市内のホテルに到着した。土日と実家の畑仕事やら、その他いろいろなのである。

6日 先月の実績確定日、せっせと解析作業に専念する。
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帰路、稲毛海岸駅に消防車が集結して、ただならぬ雰囲気。はて、煙も見えぬし何事であろうか。すかさずこれだけの消防車が集まるとは、都会であるなあ。

7日 午前中は中野まで行って商談、午後には八丁堀でお客様への報告等。日本橋から道に迷いつつ八丁堀まで歩いたら、この暑熱の下で大汗をかいて、大いにイキが下がってしまった。
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8日 午前中のお客様と新製品立ち上げの相談、よーしパートナーとなる商社の選定にかかろうではないか。バタバタとアポ取りして来週の訪問を決めた。数年前のフィリピン出張の不首尾への、これは私のリベンジなのである。

昼休みにシェリーを買ってきたことがきっかけで、同僚3人を我が家の夕餉にお迎えすることになった。5人分の料理とはなかなか難しいもの也、オクラの和え物、枝豆、ゴーヤチャンプルー、鶏肉のバジルソース炒め、茄子の辛みそ炒めなどなど作り、食べて飲んで楽しいひと時だった。食器洗い機に二度も活躍してもらい、片付け物が楽で助かるのである。

明日の先月実績解析に向けて、いろいろ準備する。
6月、7月と上出来すぎたからして、先月は予算対比でも厳しい実績になりそうだ。こんな予算をだれが決めたのだ、関われなかったことを申し訳なく思うことだ。

事務所で仕事をしておれば、気付けば大雨だったりする。湿度が高く、まだまだ暑さも緩まない。
帰宅して自室の気温は29.5℃、湿度は72%であった。

鶏胸肉の塩麹に空芯菜を合わせて炒め、海老と帆立の出汁でセロリやパセリやマッシュルームの汁物、小茄子の漬物など食す。

今日の晩飯は、作ってみればカラフルだった。
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レタスとパセリと胡瓜とセロリと赤と黄色のパプリカとミニトマトにサーモンを乗せたサラダ。コーンとピーマンと赤パプリカとベーコンの炒め、イナダの塩焼き、牛もも肉の塩麹葱ラー油焼き、厚揚げはキムチを乗せて食した。

昼には上の息子が来たので、飯を炊いて鰹の刺身など。
掃除して洗濯して、今日は一日家事に追われたのだった。

3日の土曜日、久々にカミサンを誘って飲みに出た。
シニアの私は定時に帰って夜7時には夕食を作りだす。カミサンは私と違って忙しいので、7時半以降に帰ってきていただきますとなる。平日はなかなか外で飯を食うのが難しいのである。

千葉駅から歩いて蕎麦屋でディナーコース、続いて懐かしのスタンドバーL&Jをのぞけば、マスターがおられてお久しぶりでしたね。珍しいチーズや日本酒もお客様にゴチになり、いい加減酔っぱらって帰宅してバタンキューの幸せな一日だった。

まだまだ暑いが、風が涼しくなって建物に熱がこもることはなくなってきたようだ。ルイガノ号で切る風は心地よく、停車してもこれまでのような滝の汗にはならぬのだ。残暑の秋なのである。

新製品のプレスリリース対応も今日まで。取材していただいた新聞のサイトでは、上手に取り上げていただいたし、何故か他の記事を差し置いて「いいね!」が沢山ついている。関係者がサクラをしているのかしらん、共感を得たことは素直に喜んでおこう。

来週の予定がバタバタと入り始めた。来週金曜日から、また実家の畑をやりに行くのだが、何と千歳も札幌もホテルは全滅である。相変わらず観光需要は凄まじいようだ。

帰宅して、茄子と豚肉とキノコで辛味噌炒め、茹で枝豆。カミサンが贅沢にもウナギのかば焼きを買ってきた。ウナギなど価格高騰してから口に入ることはなかったが、なるほどしみじみ旨いねぇ。

1日だから朝礼がある。台風で東北と北海道のデントコーンが薙ぎ倒される大被害が生じている。北海道では一番草も良くなかったし、二番が遅れてコーンがこのようでは、酪農家さんの被害は深刻だ。加えて取引先の食品加工工場も水がついた。これは大変なことになった。

昨日の新製品プレスリリースの対応として終日事務所にいる。今月をにらんでスケジュールを定めた。帰宅して、鶏胸肉と隠元とキノコで辛味炒め。カミサンに教わり酢を使ってみたら美味しくできました。

31日は午後6時半から東京駅近くで飲み会に誘われた。
昔、親会社から我が社に転籍してきた方で、そのうちまた親会社に呼ばれ、最後は上海事務所で働いておられた、懐かしい方である。
相変わらず頭脳明晰で力強い方であった。酔って皆で元会長に電話するなど悪乗りした。

29と30日は、カタログ編集の手伝いなどして日が暮れた。29日は午後休として借家の火災保険と賃貸契約更新、そしてクリニックに行きお薬をゲットした。保険は2万円、賃貸更新で11万円、そうそう先日の健康診断でオプション選択した血液検査が1万円、こないだはポルテ号の車検が10数万円、おふくろさんのメガネを作ってあげてこれも10数万円。最近まあケロケロとお金が飛んでいく事であるなぁ。

28日の日曜日は、久しぶりに自宅でゆったり。ゆったりしすぎてブログ日記からも離れ癖がついてしまい、よーしこれでようやく取り戻せたな。

いろいろバタバタの日が続いたが、今日は休みだ土曜日だ。
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寝坊して、ベランダのバジルと赤唐辛子を収穫する。バジルはオリーブオイルに封じたペーストにして、料理に使ってやろう。
昼飯には上の息子と隣町の小籠包の店で待ち合わせとした。カミサンとテクテク歩いて30分、美味い出来立て小籠包で乾杯。稲浜ショップではイベントがあり、生ビールが飲めたのも嬉しい。
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帰宅して、赤唐辛子を刻み、生姜やニンニクを混ぜたところに熱い胡麻油を注ぐ。自家製ラー油は、これからどうして使ってやろうか。楽しみである。
先日の出張でお土産にした酪農学園大学のカマンベールチーズ、健土健民を謳ったところは立派である。
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私が北海道で迎え撃つ形になった台風は、その前に通過した千葉県でも大暴れだったらしい。お客様のハウスが潰れたとのことで、今日の午前中に見に行ってきたのだ。
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いやはや、お気の毒である。
これは撤去して、建て直さざるを得まいな。中に鎮座している我が堆肥発酵機は無事なのだが、、、

昼前に自宅にポルテ号を置きに戻って、改めてルイガノ号で出勤する。パンフレット原稿の直しを入れて、昔の新原料開発に関わる相談に応える資料を作り込むうちに定時となり帰社する。
自室の気温は今日も29.7℃、湿度66%。まだまだ残暑厳しい。
明日は休日、ようやく休みにありつける気がするなぁ。

23日 昨夜は遅かったので、ゆっくり寝てから札幌駅に移動。
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軽く昼飯はトマトの姿煮。出汁のジュレ、とろろ昆布と共にいただく。なかなか美味しい夏の食べ物だな。

今日も付き合っていただける大学の先輩と共に、バスで門別競馬場まで一時間半余り。心配した台風は速度を速めたらしく、競馬場は快晴の重馬場だが、途中に渡った鵡川は大雨の直後で濁流の渦。近隣の草地は冠水して牧草のロールが流されていた。

さて、仕事?の冠レースである。
各レース共に三連複を2セット投資したが、すべてハズレ。周囲では「取った」の「当てた」のと声が上がる中で、私は北海道に2500円を寄付した格好となった。

それでも楽しく最終レース、記念写真を撮ったら、再び先輩とバスで戻る。レース中は、展示を見守りながら「帰ってきたヒトラー」上下巻を読了した。とても面白い本だったし、ヒトラーのファンになったかもしれない。
ホテルの戻れば、またも11時過ぎだった。

24日 今日も寝坊して、まずは実家に向かう。
青豆の枝豆と、沢山のゴーヤを収穫して、母の知り合いに配りながらメガネ屋に行く。白内障の手術をした母が頼んでいた新しいメガネが、ようやく出来上がった。周りが明るくなったが焦点が違ってしまった母の目に対応したレンズが完成したのである。流石によく見えるらしく喜ぶ母を見て、良かった良かった。今年当初からの懸案だったのだ。

実家に戻って、青豆の枝豆とスイートコーンはすべて収穫してしまう。
枝豆を外したら、会社事務所に出て新任の課長氏と打ち合わせ。人手不足の中でお忙しいですがと、一年過ぎたが引き継ぎもさせてもらった。
新千歳空港でレンタカーを返して遅いJetstar便に乗り、成田から千葉行きの最終バスに間に合って帰宅はやはり11時過ぎだった。

25日 実に久しぶりにルイガノ号で通勤、千葉は相変わらず暑いが体は喜ぶ。出張の後片付けやメール対処をするうちに、あっという間に終業時間に至り、明日できることは明日にして、やや涼しい中を自転車で戻れば自室は温度29.7℃、湿度は66%。まだまだ千葉は暑いのだなぁ。
今日は、切ってあった茄子を鶏肉と炒めてやろう。
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会社の同僚からもらったフリーズドライ納豆で、ツルムラサキのお浸しをもう一品。

21日は、5時台のバスに乗り成田空港、Jetstarで着いた新千歳空港は小雨。札幌市内に入れば、曇天なれど辛うじて雨は落ちていなかった。
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母と共に昼飯を食べて、さあ雨の降らぬうちに畑仕事だ。きゅうりとトマトとゴーヤのメンテ、雑草取りをするうちに霧雨が小雨になり、体を濡らしたので畑仕事を諦めた。
3時過ぎからは、実家の居間でノンビリさせてもらう。そうそう、ダン・ブラウンのインフェルノ下巻を読んでしまおう。バタバタだったここ一週間で、突然の休息を楽しんだ。

夜は、イナダの塩麹焼き、収穫したてのゴーヤでチャンプルー、イカオクラなど作りて食す。

22日 弱いながらも雨、研究所に行って明日の冠レース賞品を箱詰めし、本社に届けて本日の業務は終了。夜には大学の先輩が声をかけてくれて、札幌駅前で一杯。
昔一緒に仕事をした方としばらくぶりにお会いできて、いやー変わりませんね。15年ぶりになるのですねぇ。わざわざ帯広から来てもらったとは忝い事です。

楽しく語らってホテルに戻り就寝。出張に出た合間に、思いがけずにリフレッシュできたことを喜んだ。

18日 午前中は月次定例ミーティング、中期計画に向かいて課題山積であるが粛々と進めて参ろう。
バタバタと片付け仕事をして、昼には会社を出る。一度帰宅して、夏休みで家にいるカミサンと共に昼飯を作って食べ、大汗をかいてJRで東京駅、新幹線で高崎、乗り換えて新前橋。夜には営業所長と共に販売店の方と食事。

19日 鶏さん、肉牛さん、豚さん、乳牛さんとイロイロ回る。しぶとくこの世界で生き抜いてきた方々であって、皆さん個性的な有能な経営者であられた事だ。6時過ぎの電車で戻り最寄駅には8時半着。夕飯をカミサンにフラれて、一人ファミレスで飯を食う。

20日 朝飯を食べたら読書。出張に持って行ったダン・ブラウンのロストシンボル上・中・下巻をようやく読み終わる。昼飯を食べたら来週の飛行機とレンタカーの予約変更、やれやれまた帰宅が深夜になる。

これから家を出て会社事務所で若干の出張準備、そのまま九十九里まで走って堆肥発酵機関連、戻りつつ食材の買い物の予定である。
明日は5時台のバスに乗らねばならぬ、何故こうもタイトな日程になってしまったのか、いささか詰め込み過ぎであるなぁ。ゆっくり酒も飲んでおられぬ、心休まらぬ日々が続いているのだ。

13日 カミサンと共に、成田から昼過ぎに新千歳空港に着く。吉野家で牛トロロ定食、レンタカー屋に向かう。ものすごい混雑で書き入れ時の様子だ、札幌市内の実家に着いたのは2時前。
母を乗せてメガネの購入に行く。数か月前に白内障手術をして、ようやく目玉が落ち着いたらしく眼医者からメガネの処方箋が出たのだ。大いに時間を取られて、買い物して帰宅。ゴーヤチャンプルなどを作って、明日以降の予定を決めて就寝。

14日 朝から実家の畑のメンテナンス。伸び放題の雑草との戦いだ。
収穫を終えたえんどう豆を整理して、トマトと胡瓜に手をやって、ひたすら草取り。カミサンの助力が有り難かった。
シャワーで汗を流して、明日の筋肉痛に備えてホエイペプチドを飲んで、夕方にはバスで月寒のお寺さんに向かい息子二人とも合流して墓参り。終われば親族8人で飲み会。大いに酔っ払い、地下鉄とタクシーで帰宅。

15日 今日は我が家の墓参り。藤野聖山園、平岸霊園とハシゴして、昼飯に鈴蘭ラーメンによれば会社の先輩ご夫婦と出くわしたりする。
帰路に生協で買い物し、夕方には死んだ妹の旦那や息子夫婦にひ孫付きやらが集まって、私が炊事当番。事前にカミサンとメニューを決めていたので、旺盛な食欲に応えるべく各種料理を作る、作る、作る。

マッシュルームと帆立と海老のアヒージヨ、マグロのカルパッチョ、ゴーヤチャンプルーをフライパンで二つ、豚肉冷しゃぶの300g野菜沢山を二皿、鶏もも肉の塩焼き柚子胡椒を3つ、豚角煮と煮卵と小松菜、その他いろいろ。大いに食べて飲んだ。

16日 昨夜の豚しゃぶのスープに昆布を投入して、庭のカブと隠元豆と長ネギでおじやの朝飯。昼は庭のキュウリとカブとレタスでサラダ、ズッキーニとハム焼き、フルーツヨーグルト。うーむ、いつものカミサンと二人の食生活とは異なって、これだけ食べる人がいると準備も次元が異なる。

昼に客が帰れば、母の贈答品の手配で近所の果樹園まで車を走らせ、実家で一息ついてから、それでは私たちも帰ります。母にしてみれば、ひ孫と遊び、大勢での食事などで大いに疲れたことだろう。

空港に向かう道すがら、今は住む人もないカミサンの実家を訪ねて仏壇で焼香。月寒のお寺には行ったのだけれどね。
続いて空港に向かえば雨が落ちてきた。

千歳に着くころには大雨になり、Jetstarで着いた成田も大雨。台風の影響なのだ。
辛うじて千葉行きの最終バスに間に合って、自宅最寄り駅からは弱まった雨の中を歩く。帰宅すれば夜の11時で、流石に私はバタンキューだ。
ああハードな盆の帰省であったことだ。

17日 ルイガノ号で会社に出れば、既に周囲は夏休みを終えて通常モード、当たり前也。
昼前のお客との話が弾んで、近所のホテルレストランで昼食を食べつつ話す。戻って猛然と仕事、カタログ編集などをこなしつつ、あっという間に定時となった。

今日も暑い千葉、帰宅した自室の温度計は31.2℃だった。
冷蔵庫の残り物の消化メニュー、芋と玉葱のカレーソース焼き、イカとオクラと納豆のぐるぐる、その他を食す。
こんな状態で明日からは出張である。シニアしては忙し過ぎるのである。
もう少しゆっくりしたいもの也。

11日 カミサンは仕事なので、いつも通りに起きなければならぬ。
朝飯を食べて、カミサンを送り出してからは、机周りの片付けとお料理。
先日作ってあった料理用トマトのソースを贅沢に投入して、ダール豆と海老を入れてカレー味。昼飯は、これをご飯にかけてトマトカレー。旨いです。

午後から食料品と酒の買い物、今日も暑い日でリュックを背負って自転車を漕げば、背中にびっしょりと汗をかく。夕飯は、いろいろ野菜をピーラーで削って豚しゃぶとした。
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12日 今日もカミサンは仕事、私は昼前に自転車を漕いで銀行口座のメンテナンス。立ち寄った護国神社では降りしきる蝉の声。と見上げれば、沢山のセミの抜け殻。
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足元を見れば、蝉の幼虫が出てきたらしき穴も多数。
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千葉公園のセミたちよ、精一杯鳴いて子孫を残すが良いぞよ。
さーて、帰宅してシャワーを浴びたら、明日からの帰郷の準備に取り掛かるのである。

さて、いったいタンパク質はどれだけ摂取したらよいのだろう。

成人男性で一日70gと言うけれど、私は糖質制限しているので摂取したタンパク質の一部はグルコースになっているはず。しかも、そもそも私はガタイがデカい。身長190cm、体重は落としたとは言え90kgあるのだから、一番的な成人男性の範疇には入りそうもないではないか。

体重は落としたいが筋肉量は増やしたい私にとって、これはどうしたことだろう。

我々エサ屋は、動物に与えるエサの量を体重で決めている。も少し正確に言うと代謝体重:メタボリック・ボディウエイトに比例させて求めるのだ。代謝体重とは「体重の3/4乗」で示され、例えば体重60だと21.558となる。

昔は関数電卓が必要だった(3/4乗の場合はテクニックがある)が、今はエクセルなどがすぐやってくれる。セルに「=X^(3/4)」とタイプすればよいだけだ。便利な世の中になった。

60だと21.588600だと121.231、つまり5.6234倍だ。体重が10倍になれば、使うエネルギーも10倍になるのではなくって「10より少ない5.6倍~♪」(by本川達雄先生)。

私の体重90では29.220となる。体重60kgの人から見れば1.5倍の体重の私が使うエネルギーは1.36倍である。

じゃあ、必要なタンパク質も70gでは少なくて94.9gいるんじゃね?ここのところ、どーなんですかね。何方かご存知の方、ご教授ください。

無理して高タンパク食にして、窒素の排出で腎臓に負担をかけるのは嫌だし、そもそも90gのタンパク質を食事で取るのは大変なのだ。本気でプロテインシェーカーを使って、ホエイペプチドをガンガン飲まなければ、とても届きそうにない。(続く)


この間、朝飯は少量のパンと、ジャムを乗せたヨーグルト、紅茶と牛乳、目玉焼きに23本の小型のソーセージ、これにトマトやキュウリやレタスなどその時にある野菜達。

少量といえどもパンとジャムは立派な糖質食品だが、まあイイさこのくらい。タンパク質としては、卵一個で7g、ソーセージで8g、牛乳とヨーグルトで8g、合わせてタンパク質がおよそ23gの朝食という事になる。

会社での昼飯は、柑橘か林檎を一個と大型のソーセージ(ジョンソンビルの6本入りを2本)が定番だった。タンパク質は16g

夕食は、原則としてご飯は食べずに、野菜と魚と肉や卵、これに豆腐や納豆などの豆食を組み合わせる。豆にも野菜類にも糖質の多いものはあるが、そこまでは気にしない。

魚や肉は一人100g食べてもタンパク質は20gしかないから、できるだけ多めに取りたい。例えば中型の鯵を二匹食べても30gだからな。他のものから来るタンパク質も合わせて、これでようやく一日70gのタンパク質を摂取したことになる。

自転車通勤した後には、まだ太腿が張っているうちにホエイペプチドを数グラム飲んでいた。これは8割ほどがタンパク質で、しかもBCAA(分岐鎖アミノ酸)が多い優れ物だ。言うまでもなく、私が売っている競走馬用サプリメントの原料である。

以上の食生活と、毎日往復40分の自転車通勤、昼休みもできるだけポタリングして、休日には市内巡行で汗を流す。

私はこれで、半年で体重を96kgから最低時87.5kgまで落とすことに成功したのである。(続く)


糖質制限を初めて当初、体のガス欠に苦しまされた。

長年シュガーバーン仕様(糖質を燃やして走る方式)だった私の体が、すぐにエネルギー切れになってしまうのだ。具体的に言えば、自転車に乗っているときに急にガックリ疲れてしまったりする。

こーゆー時に意地を張るのは良くないことで、手近なコンビニに飛び込んでバナナを、或いはアイスクリームバーを買って食べることにしていた。するとすぐに体力が戻るのだから、体は正直だ。

これがなくなったのは、糖質制限を始めて3ヶ月くらいたったころだったろうか。体重減少は進んでいるのだが、空腹感を覚えても我慢できる気がしてきた。体が慣れてきたのだなと思ったし、体の適応能力はスゴイと感じたものだ。

少しはファットバーン体質に変わってきたという事だろうか。(ちなみに、脂肪は残念ながら糖質には化けません。タンパク質などを燃やすエネルギー源になるのです、念のため)

私の経験では、糖質制限に体が順応して安定するのに3ヶ月を要しました。(続く)


8日 月曜日、終日プロジェクト会議だった。そして暑い日だった。
帰宅して、自室の気温は30.0℃、湿度52%。夕食に冷凍庫から取り出したスルメイカの刺身が、台所ですぐに溶けた。生姜をおろして、炒り酒などでいただく。他にはニンニク醤油味の鶏胸肉と野菜の炒めなど。

9日 ますます暑い日だった。
昼間に昼食の買い物に出たら、気温が尋常ではなかった。外に出ていた同僚もタダゴトデナイと言っていた。あとで聞けば気温は38℃くらいには上がったらしい。しかし、こちとら既に体が夏モードに馴致完了である。汗をドッサリかいても、それだけのことだ。

放課後に暑気払いのBBQ会が、一階の玄関前駐車場で催された。二階に入っている親会社の方々もノリの良い人達で、ホタテだ、サザエだ、牛肉だと食べ進み、ビールだ、ワインだ、日本酒だと飲み進んで、暗くなっても大いに盛り上がった。流石にルイガノ号では帰れず、電車で帰宅して、シャワーを浴びたら寝てしまった。

10日 さあて明日から夏休み、今後の仕事を整理しておこう。
進めていた新製品のパンフレットが届き、これを社内配布して、関係先にも郵送する。来週と再来週の出張準備も万全だ、と思ったら、お手伝いしているカタログ編集期限が早まって、これは夏休み明けが忙しい。

今日も暑かったが昨日ほどではない、それでも帰宅すれば自室の気温は30.2℃、湿度は59%か、体感温度は不正確なものだ。

今夜は大根と蒟蒻と凍み豆腐の煮物、シーフードと野菜の炒めなどをこれから制作にかかるのである。

さあて暇な日曜日、外は暑いし、自室でPCで遊んでいる。
そーだ、この際に糖質制限の自らの実験結果をまとめておこう。ご参考になる方はいらっしゃいますでしょうかね。

きっかけは二年前の3月、書店で目に留まった新書版「炭水化物が人類を滅ぼす」夏井睦著、光文社新書だった。この先生は、かつて「傷はぜったい消毒するな」でファンになったお医者様。医療現場にいて、しかし背景に実に広範な生物学的想像力を駆使される方である。
もう一つ、寄生虫博士で有名な藤田紘一郎先生の「50歳をからは炭水化物をやめなさい」も読んで、なーるほどネ、これはやってみようかしらンと思ったのだ。

当時の私は60歳定年の一年前、猛烈に忙しくなってきて、長年の暴飲暴食がたたって体重は96kgに到達、体が重かった。この一年を頑張らねばならず、その後のシニア期間を楽しく過ごす意味でも「少し何とかしようかな」と思っていた矢先の出会いで、よーしやってみるかと、その気になった訳だ。

もともと生化学系なので、理論は理解できた。
炭水化物、要するに甘味や澱粉類、お砂糖や小麦粉でできたパンやら麺類やら、そしてお米を食べずに、その他の食べ物は十分に食べる。結果として、口にするのはお野菜と、肉と魚などになる。つまり食物繊維とビタミン・ミネラルと、タンパク質と脂肪である。

体のエネルギー源は糖質(炭水化物、私の父の時代は含水炭素:ガンスイタンソと言ったんだけれど、知ってました?)だから、糖質がなければ体は困る。そこで、脂肪を燃やしてタンパク質からグルコース(ブドウ糖、代表的な糖質)を作る仕組み(ここのとこ、かなり省略してマス)を持っている。これを糖新生と言う。

ウィキなどを参照すれば、糖新生は「飢餓状態に陥った動物が、グルカゴンの分泌を・・・云々」と書いてあるけれど、農耕を覚える前の人間はいつも飢餓に直面していたのだ。脂肪として体に蓄えたのは「飢餓に備えたエネルギー」なのであって、腹が減れば次の獲物を食えるまでは体脂肪を燃やして持ちこたえるしかなかったのだ。

農耕を学んで安定的な糖質の摂取を可能とし文明を築いた時点で、人類はこの体脂肪による「まさかの時のエネルギー貯蔵」を捨て去るべきだった。食べ過ぎれば太るからである。
しかし、生物の体はそう簡単に進化しない。農耕は、つい最近の、一万年前に始まったばかりだ。で、現代は糖質の摂取し過ぎによるデブが多い、そーゆーわけなのだ。

さて、私も最初はかなり徹底して糖質制限をした。パンも飯もやめたら、体重はみるみる下がった。始めて半年、その年の12月には我が体重は90kgを切るところまで進んだ。
もっとも、秋にカミサンの病気があり、私が炊事当番になったことで糖質制限がやりやすくなったこともあっただろう。しかし夜には必ず酒を飲むが、醸造酒の最たるビールと日本酒は欠かさないので、ここでかなりの糖質は摂取していることになる。

この間、忙しい日々だったが体を動かす事を意識した。運動することでカロリー消費を高めるという事よりは、筋力を増強して基礎代謝量の増加を狙った。よーするに筋肉が多ければ、黙っていても消費するエネルギーは増えるので、体のエネルギー要求量は増すのである。

取り組み当初は、体は軽くなり、自転車運動で太腿は充実し、イイことずくめに思えた糖質制限。しかし、この後がイロイロあった。続く
5日は金曜日、朝から暑いのでカリユシで通勤。事務所では先月のデータ解析などをしながら過ごす。
昼休みに近所の公園でコンビニランチ、今日も夏の雲、気温は高い。空調の効いた事務所にいては体が鈍るので、暑い環境に身を置いている。

帰宅すれば、自室の気温は29.5℃、湿度66%だった。シャワーを浴びて、今夜のメニューは茄子と豚肉の味噌炒めに青トンガラシを多めに入れて、枝豆、青トン豆腐(今日で三日連続だ)、比内鶏の焼き鳥など食す。
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6日 土曜日。ベランダの赤唐辛子が色づいてきて、しかしまだ花も咲いている。もう暫くの間、楽しませてくれそうである。

オリンピックの開会式を見ながら、昼は飯を炊いてトロロご飯、舞茸と油揚げとワカメの味噌汁。カブの漬物。夜は、豚肉のしゃぶしゃぶに、キノコとオクラと茄子を合わせた。

エアコンを入り切りしている自室の温度は、日中は29度を切ることがなかった。明日もこんな気温であるらしい、暑い日々が続いているのだ。
3日 朝から美浦を目指す。改良した製品の評価を聞きに、そして次回製造の目途も立てなければならない。お客様を訪ねれば、やや意外な使い方をしておられ、やはり現場を見ることは大切であるなぁ。
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美浦トレセンの広場は、夏祭りの用意がしてあった。
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雲行きが怪しくなって、戻る圏央道で雨になった。車を走らせるうちに、どんどん雨は強くなって、東関道に入るころには周りが真っ白になった。これは堪らぬと酒々井SAで30分ほど雨宿り。

事務所に戻って少し仕事をして、帰宅すれば自室の温度は29.3℃、湿度は67%。うーむ、カラリとしない気候だが季節は既に夏なのだ。マッシュルームとタコでアヒージョ、ニラとベーコンの炒めなど食す。

4日 今日は速報日、7月の販売実績が〆った翌日なので売上高の速報を作るのだ。営業が頑張っており、前代未聞の好成績だ。春に投入した新製品と、これから投入する新製品が加わって、何とかこの勢いを持続してほしいものである。
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昼休みに近所の公園でコンビニランチを食う。湧き上がり合体する白い雲、飛び交うアゲハチョウとトンボたち、各種のセミの声が降ってくる暑いベンチに居て、夏を感じたのだ。

今日は帰宅すれば自室は29.7℃、湿度は67%、むしろ室内のほうが昼間の熱がこもっているのだろうか。もうすっかり真夏になっていることに、今更ながらに気がついた。
ピーマンと鶏むね肉のニンニク醤油炒め、オカヒジキとツナの和え物、モロキュウ、またまた青トンとおかかで冷奴など食す。
1日は月曜日、朝礼がある。急ぎの仕事もなく、のんびりと新聞広告の原稿作りなどする。心配していた7月の販売実績が、思いのほか好調の様子だ。営業が頑張っている。
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帰宅して今夜の料理は何にしよう。東金で買ってた青唐辛子をそろそろ食べなければと、細かく切って削り節と混ぜ、鱈のしょっつるを垂らして冷奴に乗せたら、これが辛くて旨かった。暑い夏は辛いものが旨いネ。

2日 明け方に、雨滴が叩く音と、轟く雷鳴で起こされた。
トドンと地鳴りがして、窓ガラスがビリビリ振動するほどの、それは凄まじい雷様だった。カーテン越しに、稲光も多数。しかし、朝の通勤時間には雨も止んで、ルイガノ号で走ることができた。

昼前後には事務所の窓ガラスを通して外が真っ白になり、再び雷鳴と集中豪雨。しかしこれまた帰宅時間には雨が上がってラッキーな私。
帰宅すれば、今日の自室は気温28.6℃、湿度75%で、この頃は「まずはシャワー」の毎日だ。

暑い日々が続いているが、体を動かして汗をかく事が、暑熱への馴致を早めるというものだ。自転車の後では汗がなかなか引いてくれないものの、この時期は汗をかくべきだとばかりに、事務所ではタオルを手元に置いてPCに向かっているのである。